最近、嬉しかったことと悲しかったこと、そして最後にちょっとだけ感慨深かったことが、身の回りでそれぞれ一つずつありました。

 

「いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」というのは、前者と後者の落差・意外性でいかに笑いを取るかという大喜利のネタだと理解しているのですが、私には大喜利のセンスが一切ないので最初に書いてしまいます。

 

嬉しかったこと:長男に三秋縋先生の著作をお勧めしてもらえたこと

悲しかったこと:絵本作家の山脇百合子先生が亡くなったこと

感慨深かったこと:数年ぶりに次女のリクエストを受けて、長女次女に「ぐりとぐら」の読み聞かせをしたこと

 

以上です。

 

上記三つはしんざきの中でちょっとずつ関連しあっていて、全体として一つのテーマになっているので、以下の文章でその関連について所感を書きたいと思います。よろしくお願いします。

尚、以下の文章には「ぐりとぐら」の作中展開についての重大なネタバレが書かれている為、未読の方はご注意いただければと思います。一家に一冊あってもいいと思うのでご購入をお勧めします。

 

まず、嬉しかったことについて。

先日、中学三年の長男が「これ、滅茶苦茶面白いから読んでみて!」と、私に一冊、本をお勧めしてくれました。

スターティング・オーヴァー (メディアワークス文庫)

スターティング・オーヴァー (メディアワークス文庫)

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その本のタイトルには、「スターティング・オーヴァー」とありました。著者は三秋縋さん。

聞いてみると、長男は最近めっきり三秋先生の作品にハマっているらしく、中学校の図書館から何冊かまとめて借りてきたようで、「これすごい……!!」となって私に勧めてくれたようです。他、「三日間の幸福」や「恋する寄生虫」も借りてきていました。

 

実を言うと、私は三秋縋先生の名前は以前から知っていましたし、著作も何作か読んでいますし、著作が出版される以前から三秋先生の作品を読んでいました。

 

というのは、ご存じの方も多いと思うのですが、三秋先生は「2ちゃんねる」に投稿する形で10年以上前からwebに作品を発表されており、当時から「なんでこんな面白い話を2ちゃんに投下しているんだ……!?」と戦慄しながら作品を読み耽っていた為なんです。

その頃書かれていた作品の一部は、「げんふうけい」の名義で、今でもweb上で発表されています。未読の方は読んでみてください。大変読みやすいし、面白いので。

 

 

とはいえ「スターティング・オーヴァー」については、当然web版は読んでいたものの書籍版はまだ未読でして、「読んでみる!!!」長男のお勧めのままに読破して、web版に比べて更に大幅に加筆された展開を楽しんで、ストーリーの収束の見事さに感動して、しばらくの間長男と三秋先生語りに終始していたわけなんです。

 

この件の何が嬉しかったのかというと、まず、長男始め子どもたちが、「誰かにコンテンツをお勧めして、共有することの楽しさ」に慣れ親しんでくれているようだなあ、ということ。

そして、その対象の一人として、父親である私を選んでくれているということ。

 

本を読む、アニメを観る、ゲームを遊ぶ。それらはもちろん単体でも十分楽しい経験なんですが、更により一層楽しむ方法って、やっぱり「誰かと共有すること」だと思うんですよ。

自分の好きなコンテンツについて、言葉を尽くして誰かにお勧めする。全身全霊で「これは面白いぞ!読め/観ろ/遊べ!」と説明したコンテンツに、相手が実際にその手を伸ばしてくれる。

これは、コンテンツを愛好するものにとって、最大の喜びの一つです。

 

更に、その誰かが、自分の好きなコンテンツに触れて「楽しかった!」「面白かった!」と言ってくれる。自分が驚いた展開について、「何これどういうこと!?」と悲鳴を上げてくれる。

「初経験者の悲鳴を聞くほどの愉悦はない」とはよくいったものです。

 

そのコンテンツについて、楽しめたところ、楽しくなかったところを語り合う。

「ちょっとした不満を妙に楽しそうに語り始める」というのがハマり手前の状態だというのは、かの「レベルE」で富樫先生も記していたところですが、「不満」について語り合うことだって立派なコンテンツ語りです。

 

「誰かと共有することによって、自分自身、何倍もの濃さでそのコンテンツを味わうことが出来る」ってさいっこーーーに楽しい経験なんですよね。

これは、「お勧めする側」にとっても「お勧めされる側」にとっても同じことだと思います。

 

人間、年を経るごとにやはりアンテナは摩耗していくもので、私自身昔よりは「徹底的に一つのコンテンツを掘り下げて楽しむ」ということが難しくなりつつあります。

 

けれど、すぐ近くで誰かが一緒に楽しんでくれることで、以前と同様、あるいは以前以上にコンテンツを楽しむことが出来る。

自分にはない視点でコンテンツに触れて、私にもその視点を開示してくれる。多少アンテナが摩耗しても、子どもたちが新しいコンテンツを見つけて、私まで巻き込んでコンテンツを味わってくれる。

これは私にとって、オタクとしての一種の「生存戦略」でもあります。

 

「子どもたちがおススメコンテンツを私に教えてくれる」「子どもたちとコンテンツの感想を言い合える」というのは、私がずっと以前から夢見ていた状態なんです。その点、長男のみならず長女も次女も、たとえば「総長さま溺愛中につき」という恋愛ラノベだとか「魔王城でおやすみ」だとか、私が直接観測していなかったコンテンツについてお勧めしてくれて、色んな楽しい点をお互いに話し合うことが出来ているんですよ。

 

そういう意味で、現状はいわば「夢が叶いつつある」状態であって、その点は滅茶苦茶嬉しいことだなあ、親冥利に尽きるなあと、改めて思ったという次第なのです。

 

次に、悲しかったこと。

先日、山脇百合子先生の訃報に接しました。

皆さん、山脇百合子先生をご存知でしょうか。もしお名前に思い当たらなくても、恐らく「ぐりとぐら」や「いやいやえん」などの絵本については、きっと触れたことがおありだろうと思います。

ぐりとぐら [ぐりとぐらの絵本] (こどものとも傑作集)

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いやいやえん (福音館創作童話シリーズ)

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山脇百合子先生は絵本作家で、特に中川李枝子先生とのコンビで多くの名作絵本を世に送り出してきた方です。

恐らく何百万人もの子どもたちにとって、山脇先生の絵本は「読書」の世界の扉を開いてきたのだろうと思うんですが、ご多分に漏れずしんざき家でも大変お世話になっていたんですよ。

 

私自身、子どもの頃から「こまったさん」シリーズや「こぐまちゃん」シリーズと並んで「ぐりとぐら」を読んできたんですが、しんざき家の子どもたちも何百回となく「ぐりとぐら」や「くまさんくまさん」を読み込んで来たんです。

 

絵本作家さんってどなたも表現力が物凄いんですが、山脇先生の表現力はその中でも抜きんでていると思うんですよね。

子どもが何度も読みたがる絵本って、「分かりやすい」と「面白い」を両立していることが最低条件で、しかもその上で何かプラスアルファ、子どもの記憶に残るものがないといけないんです。

山脇先生の絵って、一見シンプルなのにキャラクターの表情とか仕草とかがバリエーション超豊富で、しかも一度見ただけで全部記憶出来るくらい印象的でユーモラスと、その辺の条件を完全クリアしていて、読みながら感動する他ないんですよ。

 

ちなみに私、山脇先生と同レベル別ベクトルで表現力がカンストしている絵本作家さんって、「はじめてのおつかい」の林明子先生だと思うんですが、ここでは一旦その話は置いておきます。

 

うちの子どもたちって、恐らく「ぐりとぐら」で「第四の壁の越え方」を覚えたんです。

つまり、ただ「読む」というだけではなくって、そのコンテンツに入っていく、絵本と語り合って絵本について言葉にするという行為を、山脇先生の絵で初めて経験したんです。

 

例えば、これは作品の重要なネタバレなんですが、「ぐりとぐら」の作中、ぐりとぐらってホットケーキを作りますよね。

大きな卵を割って、砂糖やら牛乳やらぶち込んで、いい匂いをぷんぷんさせながらホットケーキを焼いて、象や鹿やワニやライオンなど、森の動物たちにホットケーキをごちそうする。

 

本来ライオンや狼はホットケーキじゃなくて鹿や兎食いそうですけど、まあそれを覆すくらいホットケーキが美味しそうなわけです。

で、皆でホットケーキを食べた後、ぐりとぐらは卵の殻でちょっとした工作をするんですが、この時中川先生、読者にこう語り掛けるんですよ。「このからで、ぐりとぐらはなにをつくったと思いますか?」って。

 

で、うちの長男も長女も次女も、読み聞かせがここに差し掛かった瞬間、ページをめくる前に必ず、例外なくこう叫びます。

「くるま!!」って。

 

言葉を話し始めたくらいの頃から、何年も後までずっと、子どもたちが欠かさず発し続けた言葉。

ただ「受け取る」だけではなく、自分たちが本の中に入る、その本の内容について考えて口に出すという原体験。

 

「本を読む」って決して一方向の行動じゃなく、双方向で楽しむものなんだって、子どもたちはこの時学習するんですよね。

その機会を子どもたちに提供してくださった中川利枝子先生と山脇百合子先生には、ただただ感謝するしかないと、そういう話なわけです。

 

さて。

 

山脇百合子先生が亡くなったことを、私は家族にも話しました。

長女や次女は、「やまわきゆりこさんって誰だっけ?」ときょとんとしていたので、「ぐりとぐらの絵を描いた人だよ」と伝えるとピンと来たようで、「えーーーーっ!」と二人で騒いでいました。

 

長女次女は双子で、もう小学五年生です。上でも書きましたが、既に自分の「お気に入りの本」が何冊もあって、「かぐや様は告らせたい」とか「ゆるキャン△」とか、恋愛ラノベとか読んでいる年頃です。

 

ただこの時、次女が「ぐりとぐら、読んで」と言ったんです。

 

長女と次女は小さな頃から読み聞かせが大好きで、寝るまでに何冊も絵本を読んでやらないと満足しない性質だったんですが、さすがにここ数年は読み聞かせをねだる機会も無くなっていました。

そんな次女が急に読み聞かせをリクエストしてきたので、私、ちょっとびっくりしたんです。

 

一応、「自分で読むんじゃなくて、読み聞かせがいいの?」と聞いてみました。すると次女、こう答えました。

「だって、本を読むときは一人だけど、読み聞かせはみんなだから」

それ聞いて、ああ、なるほどなーと思いまして。

 

もしかすると、「コンテンツを共有する」ことの原体験って、絵本の読み聞かせにあったのかも知れない。親が選んだ「これ面白いぞ!」という絵本を子どもと一緒に読んで、それについての感想を言い合って。子どもと親が一緒に、同じコンテンツを楽しむ。

それってもしかすると、親にとっても初めての、子どもたちへの「おもしろコンテンツのプレゼン」だったのかも知れないなあ、と。

 

私自身、昔から児童書は大好きで、今でもたくさんの「お気に入りの絵本」があるんですが、そういうお気に入りラインナップから全力で「面白い絵本」を子どもたちにぶつけてきた、その結実が今の「コンテンツの共有」なのかも知れないと思うと、ちょっと感慨深いし、またちょっと誇らしい気分にもなったんですよ。

これからも、面白いコンテンツを子どもたちにお勧めして、子どもたちからお勧めしてもらったコンテンツを楽しみ続けよう。そんな風に考えたわけなんです。

 

私と長女次女は、並んで横になって、三人で一緒に「ぐりとぐら」を読みました。何年かぶりに道に落ちている大きな卵の話をして、普段使いにしてはデカ過ぎる鍋の大きさに突っ込んで笑い転げて、「蓋転がすの昔からやってみたかった」なんて脱線して。

そして、「このからで、ぐりとぐらはなにをつくったと思いますか?」と読みました。

 

長女と次女は、口をそろえて「くるま!!」と言いました。

 

 

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・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
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【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
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参加費:無料
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(2025/6/2更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo by:Picsea