わたしはもともと、「シェアリングエコノミー」なるものがあまり好きではなかった。

 

ウーバーイーツのつまみ食いとかメルカリの転売とか、いろいろと悪い話を聞いたし、違法民泊のニュースを何度も見たし。

やっぱり他人とのシェアより、自分のもののほうがいいよ、うん。

 

個人的に許容できる他人とのシェアは、図書館の本くらいかなぁ。

なんて思っていたわたしだが、もしかしたらこの冬、シェアリングエコノミーを利用するかもしれない。

 

なぜなら、カネがないから。

 

車がほしかったけど、カーシェアリングで我慢……

今年の夏、夫がようやく車の免許を取得したので、冬になったら車を買おうと計画していた。

が、今年のヨーロッパは電気代やガス代が高騰し生活を圧迫、よく知らないがガソリン代もバカ高くなっているらしい。

さらに残念なことに、神経を抜いた左上の奥歯が割れて、治療に10万円近くかかることに……。

出費がかさむことが確定しているので、ちょっと車はきびしいかもしれない。

 

そこで夫が提案したのが、カーシェアリングだ。

いろんなタイプのシェアがあるが、たとえばあなたが東京駅から新宿駅まで車で移動したとする。あなたは新宿駅で車を乗り捨て、わたしは新宿駅でその車をピックアップし、その車でディズニーランドへ行く。そんな感じ。

 

使いたいときに車を使えるし、維持費がかからない。

必要な時に必要なぶんのカネを払えば車を使えるのだから、たしかにお得だ。

 

とはいえ正直なところ、「安全面はどうなの? 面倒くさくない? 事故にあったときは?」など、いろいろ不安はある。

ぶっちゃけマイカーのほうが絶対にいい。

でも経済状況を考えると、今年の冬は、カーシェアリングを利用することになりそうだ。

 

……なんて話を夫としているとき、ふと気がついた。

「所有から共有へと価値観が変わった。シェアリングエコノミーはそれを代表する新しいビジネスモデル」なんて言われるけど、それってただ、所有する経済的余裕がない人が多いだけじゃない?と。

 

モノのシェアリングエコノミーは結局のところ「節約術」

たとえば『ネットビジネス進化論』という本には、こう書かれている。

シェアリングエコノミーは、売買ではなく小分けにすることで、資産を使い切ろう、資産の回転速度を上げようという発想です。資産の流動性が高くなると、世界が大きく変わります。
たとえば、エアビーをうまく使えば、自宅と別荘の2拠点生活も夢ではありません。

「さすがにそれは夢だろ!」と突っ込みたくなるのはわたしだけだろうか。

 

改めて考えてみると、「シェアリングエコノミーがなんたるか」を解説しているものって、往々にして「資産を持っている側の視点」に偏ってるんだよな。

シェアする必要はないけど、話題に乗るため、もしくはより豊かになるためにシェアする人ばかりを紹介しているというか……。

エアビーで貸し出すにせよ、そもそも家を2軒持てる時点でかなりの勝ち組じゃない?

 

シェアリングエコノミー利用のメリットとして、「カーシェアリングで安く車を使えて便利」「エアビーなら旅行先で現地の生活感を楽しめる」「服のレンタルでクローゼットを圧迫しない」なんてのをよく見るけどさ。

 

カーシェアリングよりマイカーのほうが便利に決まってるじゃん。

いつでもすぐに車に乗れるんだから。

 

エアビーよりホテルのほうが、宿泊施設としてしっかりしてるよね。

民泊は盗撮や窃盗、ご近所トラブルとか結構取り沙汰されてるし。

 

レンタルでいろんな服を着られるのは楽しいけどさ。

わざわざ登録して配達を待って返却するより、購入してクローゼットに掛けといたほうが楽でしょ。

 

って思う。

それでもシェアリングサービスを使うのは、単純に「そっちのほうが安いから」だよね。

 

お金持ちの社長が、カーシェアリングのために近くの公園まで歩いて行って車をピックアップする?

10LDKみたいな訳わかんない物件に住んでる海外セレブが、余剰資産利用のために部屋を貸し出す?

数万人のフォロワーがいるモデルがバカでかいクローゼット部屋を公開するのは、それがステイタスだからでしょ?

 

結局、シェアリングエコノミーは、中学生が仲間内でマンガを読みまわすのと同じ。弟が兄の制服をおさがりでもらうのと同じ。旅行先の京都で友だちの家に泊めてもらうのと同じ。

カネを節約するためにすることなんだよ。

 

節約のためのモノの共有は、どこの家庭・コミュニティでも、昔からやっていたこと。ここ最近、いきなり価値観が変わったわけじゃない。

変わったのは、他人とシェアしやすくなったネット環境と、所有する余裕がなくなった一般家庭の経済状況じゃないだろうか。

 

「所有しないのがトレンド」はただの強者理論

もちろん、シェアが悪いなんてことはまったくない。

安く済むなら利用者としてはうれしいし、余っている資産でお小遣いを稼げるなら提供者にもまた利益がある。

シェアリングエコノミーといっても、クラウドファンディングでカネを共有したり、スキル出品サービスで能力を共有したりと、いろんなかたちがあるしね。

 

でもさぁ、「モノの所有」に関して、ちょっとこれを読んでみてくださいよ。

給付金だけでなく、ボーナスの主な使い先は貯蓄だし、前回の特別定額給付金もそれに多く回ったと言われている。現金ではダメでクーポンならいいという話ではなく、われわれに「お金を出して買いたいモノ」がないのが、根本の問題でないのか。(……)
「これがあれば、より豊かな生活」を感じさせるような商品は今やない。俯瞰で見れば、一定レベルの豊かさが行き渡ってしまったからだ。「欲しいものは?」にすぐに答えが返ってこない時代にいくらお金をバラまいても貯蓄に回るのは当たり前だろう。

出典:「もう買いたいモノがない」日本人の消費のリアル

ちがうよ~! 単純にカネがないんだよ~!

 

「所有しないのがトレンド」的な主張をしている人は、勘違いしている。

だれだって、買えるなら自分のものを手に入れたいに決まってるじゃないか。実際金持ちは、家も車も服も「所有」しているわけだし。

それをできない層が、所有を諦めているだけなんだよ。

 

……なんて書くと、「こういうやり方をすれば車を安く買える」「いまならある程度の性能でも〇〇円あれば車が手に入るぞ」なんて言う人がいるけど、それもちがうんだ。

わたしがカーシェアリングを検討しているのは、「いま車を買うカネがない」からじゃなくて、「将来車を維持する余裕があるかわからない」からだから。

 

いまカネがないんじゃない、将来カネがない「かもしれない」

たとえばいま、100万円の車が目の前にあったとして、わたしはそれを買うことができる。

でもそのあと、ガソリン代や保険代、駐車場代なんかを月々払わなきゃいけないよね。

わたしが心配しているのは、100万の出費じゃなくて、それ以降ずーっと続く毎月5万の出費のほうなんだよ。

 

いまは払えるけど、今後物価がさらに上がったら、月5万はかなり重い。それを考えると、カーシェアリングのほうが無難だよなぁ……ってなるわけ。

将来の憂いがあるから、出費より貯蓄したいし、うっかりモノを買って将来負債を抱えたくない。だから、買わない。それだけ。

 

「所有」を楽しんでいた世代の人たちって、終身雇用と年功序列っていう雇用形態で、「手元のカネが増えていく」前提の生活を送っていたんじゃないかな。将来も、年金をもらえる確信があっただろうし。

それなら、いま払える車の維持費が将来払えなくなる、なんて可能性を考慮せず、「いま100万円あるから100万円の車を買おう」って気持ちになれるよね。

 

でも手元に入るカネが増えない、それどころか結婚や子育ての出費、ボーナスカットや保険料アップを考慮し、「手元に入るカネが減る」可能性を考えたらどうだろう。

おいそれと、モノを所有できるだろうか。

 

「ほしいものがない」と言う人だって、「維持費ゼロの車を100万円で買える」なんてキャンペーンがあったら、「まじで!? いま100万使えばその後出費なし!? じゃあ心配いらないな、買おう」ってなる人、たくさんいると思うんだよ。

先10年の安定した生活が約束されていれば、車も買うし家も買うし、大型犬3頭くらい飼いたいし、壁掛けの巨大TV買ってPS5で最新のゲームしたいし、ダイソンの掃除機そろえたいし、めっちゃ高性能な圧力なべだって買っちゃうよね、買いたいよね。

 

でも将来が不安だから、「まぁなくてもいいかな」「なくても困らないし」って諦める。

所有欲がなくなったわけでも、ほしいものがないわけでもないんだよ……。

 

シェアリングエコノミーが流行るのは、それが必要な経済状況の人が多いから

さて、シェアリングエコノミーの話に戻ろう。

シェアリングエコノミーによる「所有しない」選択は、いわば将来に向けた節約だ。

 

車をシェアすれば、将来の維持費の心配がなくなる。

メルカリでモノを売る選択肢があれば、買ったものが気に入らなくてもあまり損をしなくなる。

定期的に買い替えが必要な子ども服も、不要になったものを3着送るとほかの人が使った3着が届くトレードサービスを使えば、子どもの成長に伴う出費をかなり押さえられる。

そんな感じ。

 

それを「所有から共有へ価値観が変わった!」「シェアすることでみんな幸せになる新しいビジネスモデル!」っておしゃれに表現されているのを見ると、「えっカネがあるなら買うけど?」って気持ちになっちゃうんだよね。

だって登録とか面倒くさいし、中古で汚れがあったらテンション下がるし、個人情報とか心配じゃん……。自分のものにできるならそうするって……。

 

いやね、シェアが悪いんじゃないんだよ。

シェアリングエコノミーという手段で節約できるのはおおいに助かるし、それがビジネスとして成立するのも事実。本当、便利な世の中になったと思う。

でもぶっちゃけ、「気軽に他人とシェアできるシェアリングエコノミー社会」と「若い人が将来の心配をせずモノを買える社会」だったら、後者のほうがよくない……?

 

強者から見るとシェアリングエコノミーは「資産の有効活用」なんだろうけど、そもそも資産なんてほとんど持ってない人間にとって、シェアリングエコノミーは「買えないからシェアで我慢」「節約のために共有で妥協」でしかないんだよね。

余裕がある人の視点でばかりシェアリングエコノミーが語られるのは、ちょっと偏ってるんじゃないかなって話でした。

 

 

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【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

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