『悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味』(伊藤喜之著/講談社+α新書)を読みました。
「ガーシー」こと、東谷義和さんにUAEのドバイで密着取材した元朝日新聞記者による、内側からみた「ガーシーと仲間たち」を書いた新書です。
僕自身は、東谷さんを全く支持していませんし、東谷さんが「アテンド」という名目の、芸能人に「都合のいい遊び相手」をあてがう役割をやりながら、その芸能人がひどいことをした、と暴露するのは、不快だったのです。
別にその芸能人をかばいたいわけではなくて、東谷さんが「共犯関係」だったことにあまりにも無自覚だと思ったから。
正直、芸能人の醜聞なんてどうでもいいですし(ブログのネタにはなりますが)、僕がずっと応援しているプロ野球チーム(巨人じゃないです)の選手の醜聞もこれまで伝えられてきました。
結局のところ、彼らは(全員がそうではないと信じてはいるけれど)、ファンのため、とかは関係なく、自分の快楽のために行動しているのだ、と見なしてもいるのです。
東谷さんが参議院選挙に立候補して、議席を獲得したときには「日本の『有識者』は、アメリカのトランプ大統領をさんざんネタにしてきたけれど、日本も似たようなものだな」と認めざるをえませんでした。トランプ大統領には、まだ「偉大なアメリカを取り戻す」「国内の産業と雇用を回復する」という理想があるだけマシなのではないか、とさえ思ったのです。
真剣な支持、というより、「こういうとんでもない人が議員になったら面白そうだ」「既得権者たちを驚かせてやろう」と投票した人が多かったのではなかろうか。
「ガーシーなら、国会や議員の内幕を暴露してくれるのではないか」という期待もあったのだと思います。
しかしながら、東谷さんは国会に一度も出席することはなく、日本国内にも足を踏み入れないまま、議会の決議で議員としての資格を失い、警察・司法の包囲網もどんどん狭まってきているのが現状です。
なぜこんな人を議員にしてしまったのか、そして、国民が投票して選んだ議員でも、国会内での議員たちのやりとりだけで、こんなにあっさりクビになってしまうのか。
ガーシー議員というのが、ポピュリズムという暴走した民主主義が生み出したものであるのなら、その結果を国民は直視する、あるいは、直視させるべきではないのか。
東谷さんは、2022年5月の著者のインタビューで、YouTubeをはじめた理由を、このように述べています。
──(2022年)2月以来、「ガーシーCH」を配信し、芸能人の異性関係や犯罪行為などの暴露を続けている。なぜ、このようなことを始めたのか。
「元々はユーチューバーのヒカルにYouTubeの動画で、僕が『詐欺師』だと晒されたのがきっかけです。晒されて、僕のなかで何もかも失ったタイミングで、残っていたのは芸能人との人脈しかなかった。僕は芸能界の友達に異性を世話する『アテンド』を27年間してきました。YouTube配信でその一端を暴露していくことで、動画の再生回数を増やし、広告収入で借金や被害弁済をしていくしかないと思った。
もちろん彼ら芸能人の多くは友達だと思っていたので、最初は晒すつもりはさらさらなかった。なかったですけど、ヒカルに晒されたり、Z李(ジェット・リー)(ツイッターで闇社会を中心とした情報を配信することで知られる)にBTSに会わせるといって約40人から4000万円を集めて返金しなかった件について晒されたりした後、彼ら芸能人の友達からは数人を除いてまったく連絡がなかった。助けを求めたかった相手にラインをしたら無視されたりしました。でも、これまで僕がスキャンダルを晒してきた綾野剛しかり、城田優しかり、新田真剣佑しかり、彼らが困ったとき、みんな僕が助けてきたんですよ。誰も手を出さないような案件でも僕は手を差し伸べてやってきたのにもかかわらず、その彼らから一切の連絡はなかった。あとで聞くと、彼らは『あいつ(東谷氏)やばいな』などと周囲に言っているとも聞いた。あ、これはわざわざ忖度する必要はないな。全部、晒したろうと思ったんです」
──自分が犯したことの責任はどう考えているのか。
「もちろん元々の原因と言えば、自分にあると思います。元々は自分が変なことをしちゃった。もちろん自己責任だと重々わかってはいるのですが、ただどれだけ僕の自己責任だろうが何であろうが、僕が今まで彼らのケツを拭いてきたことを考えれば、電話の一本ぐらい、ラインの一本ぐらいできるやろうと思ったんです。それ(連絡)がなかった時点で、じゃあ僕が持っている財産はこれ(芸能人とのつながり)しかないから、これをお金に変えるしかないと。もちろん、僕は自分を正義の味方だと思っていないし、これが正しいとは思ってないです。でも総額3億円以上の借金を返すにあたって、普通のことをしたら返せない、どうしたら返せるかと考えたときにYouTubeが一番適していました」
ちなみに、その借金は東谷さんのギャンブル依存で、カジノでお金を溶かしてしまってつくった、とのことでした。
本人にとっては、そうせざるをえなかった、のでしょうけど(依存症とはそういうものなので)、他者からみれば、同情・共感しづらい理由ではありますよね。
お金のために詐欺行為を行なってしまった際に、離れていったり、無視されたりした人たちをネタにしてお金にする、というのも、いくら相手が酷いことをしていても、「それをお膳立てしていたあなたがやるのか?」という感じではあるのです。
東谷さんが「アテンド」していなければ、起こらなかった不幸は多いはず。
でも、当事者が節度を持って「遊んで」いれば、遊びたい人、遊ばれたい人のマッチングを行なっていただけ、というのもひとつの理屈ではあります。
著者は、東谷さんの人柄について、こう述べています。
観察していて一つ気づくのは、東谷はFC2高橋に対してもそうだが、何らかの犯罪に手を染めた者やその嫌疑がかけられているもの、あるいはヤクザや半グレなど、社会のグレーな領域に身を置く人物であっても、それだけの事実ではただちに拒否感を示したりはしないということだった。
「たとえば、小さいころからの自分の親友がヤクザになった。それで友達を辞めるのか、それはおかしいやろっていうことですよ。友達は友達だから」
東谷は口癖のようにそう語っていた。東谷が芸能界で最も敬愛する島田紳助は東谷の父親が自殺した時、葬儀に駆けつけてくれた。しかし、島田は暴力団との交際が原因となり、2011年に芸能界の完全引退を余儀なくされた。日本では、暴力団対策法や暴力団排除条例などでヤクザへの締め付けは強まり、一般人であれ芸能人であれ、ヤクザと関わることはアウトな世の中だった。
東谷は「引退せないかんぐらいのことなんか」と、島田に引退を迫ったコンプライアンス(法令遵守)ばかりを求める社会を「窮屈」ととらえ、いまも疑念を抱いている。
東谷さんのパトロン的な存在であり、ドバイに誘ったAさん(本の中では実名が書かれています)は、東谷さんが借金を返すためにどうすればいいのか一緒に考え、仮想通貨のトレーダーとしての可能性なども検討したそうです。
でも、まったく予備知識がない東谷さんには難しそうだった。
では他にあるか。東谷が培ってきた人脈を考えると、残された選択肢は一つしかない気がした。それが、芸能人暴露だった。
「週刊誌とかに芸能人の暴露話を売って借金の返済に回したらと提案しました。でも、それに東さんは『それをやってもうたら、元に戻れんやろ』とめちゃくちゃ嫌がっていた。俺は『何いうてるんですか? じゃあ逆に(暴露)やらんかったら今さら元に戻れると思っているんですか』と返したら、『そやけど悪いのは俺やし』とめっちゃ考え込んでいました」
東谷さんは、2022年5月の参議院選挙へのオンライン会見で「カルロス・ゴーンの本とか、犯罪を犯した逃亡者の本が売れるわけじゃないですか。今の人々は『嘘の正義より真実の悪』を求めている面はあると思いますよ」と発言しています。
2022年8月の成田悠輔さんとのオンライン対談では「自分のこと悪党だと思っているんですよ。『悪党にしか裁けない悪』は絶対にある。警察や弁護士やまともな人では対応できないね」とも述べています。
東谷さんには「罪の意識」はあるし、「仲間」と認めた人は大事にしてきた。そういう「自分の美意識や行動原理がある(それが客観的にみて合理的かは別として)」人間が、追い詰められた末に開き直り、自分の顔を出してやっているからこそ、観る側も引きつけられてしまう。
いま、東谷さんは議員をクビになり、外務省から「旅券返納命令」も出ています。日本の警察当局は国際手配し、滞在先に身柄の引き渡しを求める方針だとされています。
そこまでやるのか、と思う反面、実際に「暴露」された人たちにとっては、「そのくらいは当たり前のこと」なのでしょう。
本人が「自分は悪党」だと公言していたわけですし、こういう「YouTubeを使った暴露や風説の流布」でお金を稼ごうという人たちへの警鐘として、警察も厳しい姿勢を見せているのです。
『ガーシーCH』がずっと続いて、ガーシーは大金持ちの人気YouTuberとして末長く幸せに暮らしました、なんてことになったら、これまで東谷さんを支持してきた人たちも「失望」するのではないでしょうか。
「おおいに盛り上がって、そんなに長持ちもせず、どこかで奈落の底に落ちていくであろう『悪党』」だからこそ、多くの人が「束の間の祭り」に参加したのかもしれません。
東谷さんの著書のタイトルは『死なばもろとも』なのですが、東谷さんは「自分も死ぬ(社会的に抹殺される)」ことを覚悟して、これまで「自分が助けたのに、自分を助けてくれなかった成功者たち」を道連れにしようとしていたのです。
彼らのせいで借金を作ったわけではないのだから、逆恨み、あるいは八つ当たり、ではあるのですが、「裏ではこんなに悪いことをやっているのに、芸能事務所や所属組織、人脈の力で、『なかったこと』にしている人たち」あるいは、「そういう裏の顔を知っていながら、取材拒否や訴訟、その他の『めんどくさい揉め事』を恐れて、知らんぷりをしているメディア」への不信、「なぜ、あいつらだけは何をやっても許されるんだ?」という不満が、「一般国民」にはくすぶり続けている。
自分には絶対に行けない「あちら側」にいる人たちを、引きずりおろしてやりたい。でも、自分が車を暴走させたり、刃物を街中で振り回したり、有名人をおそったりするほどイカれてもいない。
なぜ、「ガーシー」はあんなに支持されたのか?
僕は、遊びたい芸能人と遊ばれたい一般人がやっていることに興味はありませんでした。彼らも「人間」なんだな、という、緩い諦めがあるだけで。
でも、この本を読みながら、僕は「ガーシー」への支持や投票は、この格差社会で、希望をなくしてしまった人たちの「ささやかなテロリズム」だったのではないか、と思ったのです。
自分が「暴露される側」になることは絶対にない。そして、あちら側の人たちは、強固な防壁を築いて、何をやってもこちら側からは見えないし、罪にも問われない。
そんな状況への憤りや不満を、自分が傷つかない方法で示すには「ガーシーCHの視聴」「ガーシーへの投票」くらいしかない。そんな社会への絶望感。
しかし一連の暴露の結果として残ったのが、ただの混乱や破壊だけだったのかといえば、それも違うだろう。定義にある「文化英雄」という表現は大仰だとしても、社会のプラスに働いた面も指摘されている。
東京の港区界隈で芸能人に対し、異性のアテンド業などをしている30代男性はこう話す。
「(ガーシーCHの影響で)港区界隈での芸能人の遊び方は急に変わりましたね。ガーシーさんが『どこにでも俺のスパイがいるぞ』とか言っていたので、不特定多数の人を呼ぶようなパーティーは一気に減って、みんなひっそり遊ぶのを好むようになったんです」
出馬時の選挙公約では「芸能界をクリーンにする」と訴えていた。
もちろん、「ガーシーにビクビクして派手に遊ばない」というのが、必ずしも健全な社会とは限らないが、結果的に暴露対象になるようなスキャンダルを犯さず、芸能人が綺麗な遊び方をするようになったとするならば、そこに一定の社会的意義を見出すこともできる。
漫画『DEATH NOTE』で、犯罪者を「抹殺」していった『キラ』の影響で、犯罪が激減するという描写がありました。
プロセスはどうあれ、結果としてプラスになれば、それは「善」なのか?
僕自身、ずっと答えを出せていないのです。
インターネットで、「いままで見えなかった人々の顔」が可視化されただけではなく、「いままで存在すら意識していなかった、あちら側の人々との透明な壁」をあらためて意識させられるようになりました。
東谷さんがこれで退場することになっても、「あちら側の人々」への不満は消えることはないし、その不満は別の対象、あるいは現象に投影されていくのでしょう。
「ささやかなテロリズム」は、まだ、はじまったばかりなのです。
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著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
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