今日は、ドイツの大学留学中に出会った、ニコという同級生を紹介したい。

 

端的に言うと、ニコはダメなやつだ。

酒、タバコ、女、ギャンブルが好きで、部屋はつねに散らかっており、しょっちゅう遅刻するので友だちが合鍵を渡しあって「ニコを起こす当番」をしていた。

 

グループワークはやってこないし、パーティーに呼んでも時間通りに来ることはない。

どこからどう見ても、明らかに「ダメなやつ」である。

 

それなのに彼のまわりにはなぜかいつも人が集まり、なぜかみんながニコのために動く。

そして彼はなんやかんや大学を卒業し、結構いいところに就職した。

 

そう、たまーにいるんだよね、こういう人。

天然の「手伝われ上手」とでも言おうか。

 

こういう「人を惹きつけるダメ人間」の魅力は、いったいどこにあるんだろう。

 

いつもまわりに手伝ってもらうふしぎな「ニコ」

ニコの第一印象は、人懐っこくてよく笑う人。

 

でも学内でよくビールを飲んでるし、リュックサックのなかの書類はぐちゃぐちゃだし、通りがかるクラスメートからは「どうせ宿題やってないんだろ」とからかわれるし、笑うときは大げさに手を叩いてうるさいので、「良い人だけどだらしなくて下品」なイメージだった。

 

でもなぜか、まわりの人たちは

「明日テストだからニコの家に泊まるんだ、あいつ起きないから」

「ニコの担当ぶんはどうせ遅れてるだろうから、みんなで勉強会する予定」

「あいつ単位落としそうなんだよな……。レポート見てやらないと」

と、ニコを気にかけ、積極的に手伝おうとする。

 

なんでみんな、ニコを手伝いたがるんだろう。

バカな子ほどかわいいとか、自分がいなきゃダメなんだとか、そういうやつだろうか。

 

……なんてことが数年前にあり、先日街で偶然、ニコに出会った。

 

どうせもう会わないかもしれないということもあり、思い切っていろいろと聞いてみることに。

なんでみんなが「ダメなニコ」を手伝うのか、手伝いたがるのか、その理由を知りたくて。

 

「しょうがねぇなぁ」と手伝いたくなるニコの行動

「ニコは最近、なにしてるの?」

「転職したばかりだよ!」

 

「どう? うまくいってる?」

「うん、みんな良い人ばっかり! 新しく入った俺にも親切にしてくれるよ」

 

ほら出た、ニコはそうやっていつも、みんなに親切にしてもらうのだ。

というわけで、親切にしてもらったエピソードを、いろいろと聞いてみた。

 

「最初はみんな、俺に興味がなくてね。困っても、だれに相談したらいいかわからなくて。だから、朝たくさんの人に笑顔であいさつしてた人に声をかけたんだ。その人がトイレに立ったタイミングで俺もトイレに行ってね」

「なんて声かけたの?」

 

「困ってるけどだれに聞いたらいいかわからない、あなたはいろんな人と仲良く話していたから、きっと優しい人だと思って、席を立つのを待って声をかけた。って」

「おー、そう言われたら、親切にしようと思うね」

 

「でもその人は担当じゃないからわからなかったんだよ。だから、その人の同期を紹介してくれた」

「同期の人からしたら、新人の世話を任されて余計な仕事が増えちゃうよね。どんな反応だった?」

 

「その人もすごく良い人だったよ」

「そうなの? 最初、どんな話をした?」

 

「えーっと、『自分はわからないけどこいつならわかる』とすぐに名前が挙がるくらいだから、あなたはとても優秀な人だと思う、さっそく知り合えて光栄だ、みたいな」

 

これが人たらしか……と感心しつつ、「ニコは人を褒めるのが上手だね」と答えた。

 

「褒めるっていうか、本当のことを言ってるだけだよ。だって、新人の教育係に俺を選ぶ人はいないでしょ? ちゃんとした人じゃなきゃ紹介できない。だからその人は、まわりから信頼されてるって思ったんだ」

「たしかに、ニコが教育係はちょっと想像つかない(笑)」

 

「でしょでしょ? だから、紹介された人はすごいじゃん。わざわざ褒めてるつもりはないよ」

 

ニコの話を聞いていると、たしかに「しょうがねぇなぁ」と手伝ってやりたくなる気持ちになる。これはいったい、なぜだろう。

 

ああそうか、わかったぞ。

ニコは、他人の自尊心を満たすのが、天才的にうまいのだ。

 

「自分の価値の確認を手伝ってもらいたい」という欲求

自尊心とは文字のとおり、「自分を尊ぶ心」、つまり「自分には価値があると思う気持ち」のことだ。

 

『人望が集まる人の考え方』という本に自尊心について書かれているので、一部紹介したい。

世界中の人々が最も飢えているもののひとつは、自分の重要感である。つまり、すべての人は自分の価値を他人に認めてほしい、自分をほめてほしい、自分に気づいてほしいと思っているのだ。(……)
すべての人は自分の自尊心を大切にしてほしいと願い、それを傷つける人を敵とみなす。

この本のなかでは、自尊心を傷つけられるという不安に耐えられず、他人にやられる前に相手を攻撃しようとする傲慢な人や、出っ歯をからかわれたので自分の力を見せつけるために強盗をした17歳の少年の話などが出てくる。

 

あなたもきっと、心当たりがあるんじゃないだろうか。

 

大勢の前で小さなミスを大げさにからかわれた。あいつとはもう話したくない。

彼と行ったディズニーデートの思い出を大事にしていたのに、彼はほとんど忘れていた。自分はその程度の存在なのか、もう冷めた。

 

こんな感じで、相手から軽く扱われることで相手を敵だと思うことは少なくない。

すべての人は自分が重要な存在だと感じたがっているだけでなく、自分の重要性を他人に認めてほしいと思っているのだ。
私たちが求めているのは、自分の重要感を他人に満たしてもらうことである。言い換えると、すべての人は自分の価値を確認するのを他人に手伝ってほしいのだ。

この「自分の価値を確認する作業を他人に手伝ってもらいたい」というのは、とても的確な表現だと思う。

 

生徒から人気な先生は、生徒ひとりひとりの話をちゃんと聞く。

親子仲がうまくいっている家庭は、親が子どもをよく褒める。

信頼が厚い上司は、部下が困っているのを察して声をかける。

 

これはどれも、「自分に価値があるからそうしてくれるんだ。自分は大切な存在だ」と思うお手伝いである。それをすれば、相手からの信頼を手に入れられるのだ。

 

他人の自尊心を満たすのがうまい=人が集まる

で、ニコは他人の自尊心を満たすのがうまい。ものすごくうまい。

 

「お前、どうせ宿題終わってないんだろ?」と言われたら、「そうなんだ。君しか頼れる相手がいないから、今回も教えてくれよ」と笑顔で返す。

締め切り前にレポートが終わってなければ、「この課題が出たとき、まっさきに君の顔が浮かんだ。前回のプレゼンでS評価をもらったのは、まわりで君くらいだ。コツを教えてくれないか」と頼み込む。

 

そう言われたら、だれだって嫌な気はしない。

この人にとって自分はとても価値のある人間なんだ、じゃあなんとかしてやるか。そう思う。

 

ニコは、食堂で偶然知り合いに会ったら、あいさつするだけでなく「隣いい?」と一緒に食べる。

相手の話をさえぎって否定し、自分の意見を押し付けることもない。

自分の話をするより、相手に質問し、楽しそうに話を聞き、よく笑う。

 

「この人は自分と仲良くしたいんだな、自分のことが好きなんだな」と思わせるのが得意なのだ。

 

ニコは他人の自尊心を決して傷つけないから安心できるし、一緒にいると自分を好きになれて居心地いい。

ニコがみんなを大切に扱うから、まわりもニコを大切に扱うようになり、なんやかんや手を貸したがる。

 

それが、「手伝われ上手なニコ」をつくっているのだ。

 

良好な人間関係は相手の自尊心を満たすところから

部下に「無能」「なにをやらせてもダメ」「役立たず」と言えば、部下は「自分には価値がない」と落ち込んでやる気を失うかもしれないし、上司を憎んで悪い噂を流したり、叱られた原因を他人に転化してだれかを憎んだりするかもしれない。

自信家の鼻っ柱を折ってやろうと論破したり、面倒だからと挨拶を無視すれば、その人はあなたを恨むだろう。

 

一度相手の自尊心を傷つけたら、「いかにあなたが大切で価値があるか」をひたすら伝えて謝罪しないかぎり、許してもらえることはない。

いや、それをしても許してもらえるかどうか……。

 

逆に、自尊心を満たしてくれた人への恩や好感は、なかなか消えないもの。

 

学生時代チームから孤立していた自分を助けてくれたキャプテンから10年ぶりにSOSの連絡が来て、お金を貸したり。

彼氏にフラれて落ち込んでいたときに出会った男性に暴力を振るわれても、「あのとき優しくしてくれたから」と離れがたく思ったり。

生まれつき独特でからかわれていた髪の色を、採用面接で面接官が「すごく素敵だと思う」と褒めてくれたから入社を決めたり。

 

自信を失ったときに寄り添ってくれたり、コンプレックスを受け入れてくれたり……自分の価値を信じられないときに手を差し伸べてくれた人への感謝は、深く胸に刻み込まれる。

 

自尊心が人間関係のキーになるのは、仕事場でも、友人関係でも、恋人同士でも、家庭内でも、同じ。たぶん、全世界老若男女問わず通用するだろう。

だってみんな、適当に扱われるよりも、大切にしてもらいたいもの。

 

ただしこれは、おべっかを使え、へりくだれ、という意味ではない。

相手のいいところを見つけ、ストレートに伝えよう、というだけだ。

 

まぁ百歩譲って本心じゃないお世辞だったとしても、それで相手が喜んでいい関係を築けるなら、別に悪いことでもないしね。

相手が大切な存在であることを前提に接すれば、きっと相手も、あなたを大切な存在として扱ってくれる。

それを繰り返せば、きっとニコのように、困っているときにだれかが助けてくれるような人間関係を築けるのだと思う。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

 

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

Photo by :Priscilla Du Preez