「言葉は刃」。

あえて事例は挙げないが、そのことを改めて痛感させられる痛ましい事件が近年しばしば起きている。

 

リアル世界で全く面識のない有名人の訃報でも悲しいものだが、それが長年接してきた友人や知人、家族となると、さらに重い。

 

確信犯でひどい言葉を投げかけたり、誰かを追い込むことに楽しみを覚えたりするような人は別として、普通の方ならそんな悲劇を知った時、

「どうしてこんなことが起きるのか」

「なぜ止められなかったのか」

「せめて、何か自分にできることはなかったか」

といった自責の念にかられるのではないか。

 

ただ、本気で覚悟を固めた人に決意を思いとどまらせるのは、なかなかどうして至難の業だ。

また、自死まではいかなくても、家庭や仕事上の失敗などで身近な人々が絶望の淵に立っていることは往々にしてあるし、自分自身がそのような立場に追い込まれる可能性もある。

 

そんな時、救いになるとは限らないが、せめてものフォロー、また取り返しのつかない衝動的行動を抑えるため、筆者がしばしば使うおまじないのような言葉がある。

 

それは「どんな悲しみも、いつか笑って振り返れる時が来る」。

 

幸い、というかご本人たちにとっては幸いではないかもしれないが、筆者の周囲には人生の中でとてつもない「大事故」を起こし、どん底を経験しつつも生きることを選択した大先輩が少なからずいる。

それらの人々が今、皆幸せに暮らせているとは限らない。

だが、とにもかくにも生き続け、かつての自分のやらかしを酒の席での持ちネタにするくらいの余裕を持てている。

 

彼らのエピソードを聞くたびに感じるのは、順風満帆な人生を送っている方が持ち得ない独特の味わいであり、「笑わば笑え、どっこい俺は生きている」といった開き直りの強さである。

これは言わば、絶望に直面した時、命を投げ捨てる選択をしなかったからこそ、たどりつけた境地だ。

 

そういう話に普段から触れていたり、はたまた身近に自らのどん底体験談を語ってくれる人がいれば、迷える方の心のブレーキとして機能するかもしれない。

そんな思いから、今回は人生の崖っぷちに追い込まれた時、踏みとどまるための考え方について書く。

 

どんな絶望も時とともにいつかは薄れる

死にたいと思ったことがない人は、それだけで幸せである。

失恋、失業、離婚などに限らず、人はさまざまな理由から時として絶望に囚われる。

 

経験がある方ならばお分かりいただけると思うが、そういう時には他者から見れば、もしくは後で振り返ってみればさまざまな人生の選択肢があるにもかかわらず、「死」しか残されていないといった心境に陥りがちだ。

 

そこで何かしらの逃げ道があれば、まだ救われる。

それがたとえ、本人にとって良くない行為であったとしても、筆者は「自決よりマシ」と考えるため、犯罪などでなければ止めたりしない。

 

たとえば、筆者のとある知人。

彼は普段から度を越した量の酒を飲む人で、理由を聞くと「酔ってないと自己嫌悪で死にたくなるんで、飲むしかないんス」とのたまう。

一番いいのはアルコールに頼らず、思いとどまることなのは間違いないし、こういう飲み方をしていると緩やかに死に向かってしまうのも確かである。

 

だが、酒を取り上げた挙げ句、職場の屋上からダイブなどということになるよりは、「死んだら飲めない」という至極単純なロジックで止める方がマシだと自分は考える。

 

日本では「先送り」という言葉は基本、悪い文脈で使われる。

だが、命を自ら絶つということに関しては何がどうあれ先送りは善であり、とにかく決断を留保させること、これに尽きる。

 

そのためには、自死をイメージしている人に、それ以外の選択があることを提示するのが効果的……とまでは言い切れないが、無益ではないと思うのである。

 

では、それ以外の選択肢とは何かと言えば、どれほど今が苦しく、絶えられないほどの恥辱や後悔の念に襲われていようが、(犯罪以外)何に逃げてもいいからまず生きる。

そうして自死の衝動を先送りないしは留保して、現在抱えている耐え難い思いが、時間の経過によって過去となるのを待つことだ。

人間は普通、特定の尖った感情を10年、20年と同じ熱量で保ち続けられないものである。

 

むろん例外もあり、筆者の親友の子は教科書を一度見ただけで全て覚えてしまう天才的記憶力の持ち主で、それが仇となり最初に付き合った彼氏からの仕打ちを10数年経った今でも昨日のことのように思い出し、フラッシュバックに襲われるという。

また、並外れた執着心を持ち、中学時代にいじめを受けた経験を延々反すうし続けてモンスターのような人格を形成してしまった知人もいる。

 

しかし、これらはあくまで特殊な例で、若い頃に起業で失敗したことや、熱烈に好きだった子にふられたといった思い出は、中年を過ぎてしまえば大抵の場合、青春時代のメモリー以外の何物でもなくなる。

そうすると、過去の悲しみがむしろ財産になることもある。

筆者自身、学生時代から社会人になりたての頃を思い出そうとすると、大半は当時「死にてえ」と思ったような話ばかりであるのだが、逆に言うとそれ以外のことはおおむね忘却の彼方にある。

 

要は、当時の悲しみがなかったら、昔話もできないわけだ。

そして実感として確実に言えるのは、たいがいの悲劇も今なら苦笑混じりで話せる。

 

「一緒に暮らしてた時、あんたが発狂してゴルフクラブを振り回し始めた時はどうなるかと思ったけど、2階に住んでたおっさんが110番してくれて、あれなかったら頭割られてたわ」

「そういやあの後閉鎖病棟入れられて速攻鎮静剤打たれてな、起きたらまた打たれてで1カ月くらい記憶ないんよ」

「でも一般病棟移ってから恐る恐る見舞い行ったら、あんた車椅子乗り回してたやろ。エレベーターにバックで入ってくの見て『車庫入れめっちゃ上手いやん』ってウケてん」

 

……といった話を、まさにゴルフクラブを振り回した相手と笑って話せる時がいつか来る(場合もある)。

ただしそれは、お互い生きていればこそ。

 

自死を選んだ知人・友人の思い出は、いつまでも深い悲しみとともにしか語れない。

 

生きていればこそ笑って過去を語り合える

筆者が社会人になり、最初に入った会社はごく小さな所帯だったが、当時の社長と部下1人、合わせて2人がすでに他界している。

その会社には2年間勤めたが、社長は奇人中の奇人で、実は一度もまともに会話をしたことがない。

 

それでいて自分は下っ端として、社長からとてつもなくひどい扱いを受けていたので、相手に対して「地獄に落ちればいいのに」といったことを思っていた。

 

後日、社長が自殺したと聞いた時、自分はすでに職場を去っていたが、かつて抱いていた怨念を悔いた。

相手の不幸を願っていた過去があり、それが現実となってしまった以上、自身の気持ちとしては「そうですか」では済まない。

自分が殺った、とまではさすがに思わなかったが、心の重しは今も残っている。

 

もう1人、端的に言って自分にとってかわいい部下だった若者の自死は、思い出すたびに懊悩に襲われる。

外見はどう甘く見ても不良なのだが、シャイで口数少なくいつもはにかんでいて、仕事に対して底抜けにストイック。

心底真面目な子で自分は大好きだったのだが、ある時失恋後タイに渡り、バンコク郊外の密林の中で冷たくなって見つかった。

 

先輩として、彼には仕事以外にもバカな遊びをたくさん教え、一緒にたくさん笑って、たくさん泣いた。

生きていたら、どんなに楽しく思い出に花を咲かせられたことだろうと考えると、断腸の思いしかない。

 

前述の社長と違い、彼とは密接な時間を過ごした間柄で、その最悪の決断を止められなかった責任の一端は間違いなく自分にあると思っている。

そして、もう二度と自分の周囲でこういうことが起きないよう、筆者はできる限り、相手におせっかいと思われようが、知人・友人に積極的にコミットメントするようにしている。

その手法は人それぞれだろうが、自分はシリアスな話より、笑いの方がより死の瘴気を打ち消す力を持つと感じる。

 

筆者はそれほど若くなく、過去にさんざん愚行をやらかしてきた自負がある。

それらを面白おかしく語ることで、とてつもなく重い悩みでも、それがいつかは笑って話せるようになると伝える。

 

むろん、立場も異なれば同じ苦しみも味わっていない、別人格である自分が何か言葉を弄したところで、相手の心に必ず届くとは限らない。

それでもなお、何もしないよりは絶対いいはずだと信じ、己を恥ずかしい過去を露出プレイのごとくさらけ出す。

これが筆者なりに考え、実践している自殺ストップの方法である。

 

どんなに後ろ指を刺されようが、とことんバカにされようが、人生というリングに最後まで立ってた奴が勝者。

さあ、思う存分笑ってくれい……! といった思いを持てるようになれば、しめたもの。

自死願望という死神は、おのずとあなたから遠ざかってゆくことだろう。

 

 

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【プロフィール】

御堂筋あかり

スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。

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Photo by Caroline Veronez