「無難なファッション」に翻弄された後輩
「ちょっとした事件というか、問題が発生してるんだけど」
友人が深刻な表情で切り出した。
「本人にも伝えたんだけどさ、唐島の・・・」
唐島とは、同じコミュニティーに属する後輩のことだ。黙っていればイイ男で、芸能人ならば高橋一生によく似た「塩顔男子」の代表である。しかも、プライベートでは劇団員として活躍しており、まさにそっち方面で重宝がられる顔面の持ち主なのだ。
おまけに、関西の有名高校出身で旧帝大を卒業するなど、想像以上に優秀な遺伝子を兼ね備えているから恐ろしい。
そんなポテンシャルの塊に、いったいどんな問題があるというのか——。
「服装が、致命的にダサいんだよね」
そこにいた全員が一瞬、沈黙した。と、次の瞬間、大爆笑が起きた。
唐島本人がいないのをいいことに、服装がダサイなどという悪口を言っていいわけがない。だが誰一人として、その発言を否定する者はいなかった。
それもそのはず。唐島と出会ってからの数年間、誰もがそう思っていたにもかかわらず、誰も口にすることのできない禁断の事実だったからだ。
そもそも、他人のファッションに口を挟むなど、余計なお世話でもあるしプライバシーの侵害にあたる。
だからこそ、あえて「ダサい」などという指摘をする必要もないわけで、とはいえ「服装さえまともならイイ男なのに・・」というモヤモヤが消えないまま、今日まで無言を貫いてきたのだ。
「オレさぁ、思わず聞いちゃったのよ。その服どこで買ったの?って。そしたら、どこって答えたと思う?」
まだ笑いが静まらないうちに、友人が追い打ちをかけてきた。ユニクロ?ワークマン?それとも、ドン・キホーテ?
「なんと、ブックオフ!しかも10年くらい前ね」
驚きとともに悲鳴が響く。
ブックオフといえば、「♪本を売るならブックオフ♪」でおなじみの、中古書籍やDVD、ゲームなどの買い取り販売を行う、国内最大手のリユースチェーン店である。だがまさか、そのブックオフで衣類も売られているとは、恥ずかしながら初耳である。
というか、オシャレ全盛期の20代ならばもう少し背伸びをして、ブランド店の名前を挙げてほしいところ。
ところがよりによって・・いや、ブックオフが悪いわけでもディスっているわけでもない。おかしなデザインを選んだ唐島が悪いのだ。
(これは、どうにかしないといけないな。唐島の将来のためにも・・)
*
翌日、私は唐島を連れてユニクロを訪れた。
そこでさまざまな衣服を物色したが、どうもしっくりこない。というのも、どうやら唐島のフォルムに原因がある模様。
役作りのためだと言い張るが、でっぷりとしたその憎たらしい体型には、Tシャツにジーパンといういわゆる「普通の服装」が似合わないのだ。
さらに掘り下げて分析すると、唐島のウエストからケツ周り、そして太ももの太さが尋常ではないため、ジーパンがピチピチでみっともないということに気が付いた。
(・・もしかすると、デニムが似合わないのかもしれないな)
顔も見た目も悪くないのに、一般的な服が似合わないという謎の現象を解明するべく、私と唐島はGAPへと向かった。
店をチェンジした理由は、GAPのほうがなんとなくスポーティーで、海外テイストのオシャレが待っているように感じたからだ。
そこで私はいくつかのズボンを見繕った。
中でもイチオシはカラーパンツ。とりあえず、無難なところで黒とベージュの2本を選択し、念のためデニムも1本選び、唐島を試着室へと押し込んだ。
着替えが終わるのを待っている間、隣の試着室を使用する男子の会話が聞こえてきた。
「マジで似合ってるよ、バチクソかっこいい!」
友人の試着を見ながら、もう一人の男子が褒めている。どんな服を着ているのか私からは見えないが、よほど似合っているのだろう。
「オレには無理だけど、オマエはすげぇいい感じ。なるほどね、こうやって着るのが正解なんだな!」
なんとも褒め上手だ。高校生くらいだと思うが、自分の分析もしつつ友人の選択を全力で後押ししている。
その会話で一つ、私の心に響くセリフがあった。それは「オレじゃ似合わない」という言葉だった。
流行りのファッションを真似することは誰にでもできるが、それが自分に合うかどうかは別の話だ。
もちろん、似合う似合わないは置いておいて「好きな服を着る」というチョイスも大切である。だが、ファッションについて強い想いやこだわりがないのならば、無理に流行りに乗る必要はない。
言い換えると、「無理にみんなと同じ格好をする必要はない」ということだ。
よくよく考えると唐島は、特筆するほどダサい服を所持しているわけではなかった。おかしなロゴや中途半端な丈の服はあるが、仮にそれをモデルや俳優が着たとすれば、一気にオシャレアイテムに変身するわけで。
要するに、唐島は「似合わない服ばかりを所持している」ということではなかろうか——。
「どうですかね?」
勢いよく試着室のドアが開いた。そこには、ジャストフィットの黒パンツに白と青のストライプシャツを羽織った、高橋一生が立っていた。
——やはり、そういうことなのだ。
*
街行く男子の多くがTシャツにジーパンで闊歩している。男子に限った話ではなく、われわれ女子も同様のチョイスで身を包んでいるわけだが、それは、この組み合わせが「最も無難なファッション」だと認識されているからだろう。
ちょっと視点は異なるが、スーツ姿というのも似たような傾向にある。さすがにスーツは制服の一種であり、好んで着ているわけではないにせよ、とりあえず「スーツを着ておけば無難にやり過ごせる文化」が定着しているのは事実。
しかし、スーツが似合わない男性もいる。ぽっちゃりしていたりワイルドな風貌だったりすると、スーツよりもニッカボッカーズや作業着のほうがマッチするからだ。
この件については、私なりの持論がある。
それは、スーツのような「形ありき」の衣服は、細身で塩顔男子のために作られた「ユニフォーム」の性質を含んでいるということだ。
元から形の決まっている衣服は、いかにそのフォルムを崩さずに着こなせるかで、似合う似合わないが決まる。そのため、ガタイがよかったりぽっちゃりしていたりすれば、どうしてもスーツのフォルムに影響を及ぼしてしまう。
ところが、細身かつ淡泊な顔立ちの男性ならば、スーツはスーツとして存在することができ、なおかつ、スーツの潜在能力によって洗練された雰囲気を醸し出すことができる。
そんなわけで、「スーツでこそ輝けるオトコ」が巷で多発しているわけだ。
とはいえ、これはユニフォームとして優秀なスーツの話であり、私服の王道であるTシャツ&ジーパンは、着る人を選ばないはず・・・と思い込んでいるならば、それこそがそもそもの誤りである。
顔や体型が異なるにもかかわらず、「無難なファッション」などという、万人受けする都合のいい組み合わせが存在するはずもないのだ。
だからこそ、そう、そんな思い込みを信じたからこそ、我らが唐島は致命傷を負ったのだ——。
*
繰り返しになるが、「みんなが着ているから」「みんながそうしているから」といって、それらが自分に合うとは限らない。
あの高校生のように、似合う似合わないの判断基準を持てるようになれば、唐島も晴れて高橋一生になれるのだろう。(了)
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【著者プロフィール】
URABE(ウラベ)
早稲田卒/ライター&社労士/ブラジリアン柔術茶帯/クレー射撃元日本代表
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Photo by :Jeff M for Short