かつて、事件記者としてずっと追いかけていたある事件の詐欺師から、「今からインタビューしに来ない?」と、電話を受けたことがある。

 

多くの記者が追っても追っても逃げ続けた彼が、自ら筆者を呼び出し話を聞かせてくれるのだという。

逮捕当日午前2時すぎ。筆者は彼が数時間後に手錠をかけられることを知っていた。彼もそのことを悟っていたのかもしれない。

 

そんなタイミングで記者を呼び、彼は何をしたいのだろう?

最後まで自分は詐欺師ではないと主張したいのか?

他になにか意図があるのか?

 

相手は犯罪者の集団である。緊張しながらカメラマンと共に向かった。

場所は高級ホテルのラウンジバーだった。

 

警視庁担当記者と捜査当局の関係

もう20年ほど前のことだが、筆者は警視庁の担当記者をしていた。いわゆる「事件記者」だ。

 

みなさんはドラマや映画に出てくる記者を見てどのような印象を抱いているだろうか。

正直、筆者からすればあれは美化されすぎている。

そもそも、現場の捜査員とそこら辺で会話することなどありえない。捜査情報は当然重大な機密情報であり、漏らすことなどあろうものなら捜査に支障をきたしてしまう。

 

傷害などの現行犯を追いかけるのならば別だが、詐欺などのいわゆる「内偵捜査」が必要な事件の場合、自分が捜査対象だと犯人にバレてしまうと逃げられかねない。

いつ家宅捜索に入るかバレてしまうと証拠隠滅をされてしまう。

いつ身柄を取りに行くかというスケジュールも当然知られるわけにはいかない。

 

それでも、いろんな手段を使って事件記者は情報を仕入れてくる。よって情報を持ちすぎている記者の場合、「交渉」に入ることもある。

書くタイミングを待って欲しい、しかし他社の記者以上に情報は与えるから、というわけだ(中には交渉が決裂することもあるが)。

 

だから、当局幹部と記者は、身内のような敵のような不思議な関係にある。

実際、こんなことがあった。

 

ある事件の内偵捜査について、ほとんどのマスコミ各社は把握していた。容疑者逮捕の日時も知っていた。

しかし、逮捕当日の午前3時。ある新聞社が、容疑者が「きょうにも逮捕される」というニュースをインターネット上に掲載していたのである。いわゆる「前打ち報道」だ。

これは大変な事態だ。なぜなら、警察はまだ容疑者の身柄を確保していない。つまり容疑者がインターネットでこの記事を目にしてしまったら、すぐさま逃亡もできる状態なのだ。

 

偶然このニュースを見つけた筆者は、すぐさま担当課の幹部に電話をかけまくって叩き起こした。そして急いで捜査員を向かわせたところ、容疑者は逃亡しようと駅のホームにいたという。

間一髪、嘘みたいな本当の話だ。

 

沈没船からお宝ザクザク?

さて、詐欺事件についてである。

筆者自身がどんなきっかけでその詐欺グループが本格的な捜査対象になっていることを知ったかは忘れたが、すでに多くの新聞やテレビ局がその捜査について知っていた。

 

詐欺の手口は典型的なマルチ商法。

自分達は世界のあちこちに財宝を抱えた沈没船を発見し引き揚げている。船の引き揚げには金がかかるので、事業に投資してくれる人には引き揚げた財宝で得た利益を配当するビジネスをやっている。

なんなら新規会員を紹介してくれればプラスアルファの報酬をその場で支払う、というものだ。

 

この手の話の顛末はこうだ。

 

最初は約束通りに配当が入金されるが、やがて滞る。

そして入金がストップした時には、すでに連絡が取れない状態になっている。

ただ、彼らは割と巧妙(?)だったのかもしれない。

事件となる随分前に、商売については隠したまま、大きな発見をしたので記者会見を開く、とマスコミ各社にFAXを寄越していた。

 

ただ、たいがいのマスコミはそんなものは相手にしない。

しかし筆者はいろいろな意味で、興味本位にその場に足を運んだ。この話が先々どう転んでもいいように見学に来たという感じだろうか。

 

場所は高級ホテルの小宴会場。

彼らはご丁寧にもガラスのショーケースを持ち込み、そこに古びた金貨や、骨董品のように見えるものを展示していた。

 

いちおう、適当に社長とやらにインタビューをしておいた。

この男、当時は70歳前後だっただろうか。

 

そして、男は程なくして捜査対象となった。

調べてみればこの男、過去にも似たようなことをやっている。

 

ほどなく、マスコミ各社はこの事件を嗅ぎつけ、この男を筆頭に関係先に取材攻勢をかけることになる。

 

しかし難敵だった。

どうにか「広報担当」を名乗る人物にコンタクトが取れたが、ここでまた大茶番が発覚して筆者は苦笑いした。

その人物の名刺には大手新聞社のロゴがでかでかと載っていたのである。その人物曰く、「M新聞社のグループ会社でいろんな企業のPR担当をしてまして」なのだそうだが、

「なんで大手新聞のグループ会社が詐欺会社のPR担当やねーん!」

 

まあその思いは隠して、社長に話を聞かせて欲しいと伝え、とにかくその人物からの連絡を待った。待つしかなかった。

 

諦めかけたその頃

そして逮捕前夜。今日中になんとかなりそうです、という言葉を受けて、筆者はその人物からの連絡をずっと待っていた。

ここまでマスコミが男の周辺を探っているのだから、男はもう自分が近く逮捕されることも知っていたはずだ。

 

やはり男は無言を貫くのか・・・

 

そう考えた26時過ぎ、つまり逮捕当日の午前2時すぎ。

件のPR担当を名乗る人物から電話が来た。

「社長が取材に応じてくれるそうなので、今から来られますか?」

 

最高のスクープに筆者の血が少し沸いた。場所は都心の高級ホテル。テレビカメラをいきなり持ち込むわけにはいかないので、カメラマンには一般的なハンディカムで同行してもらった。

 

さて着いてみれば、ラウンジで男を筆頭に関係者3人が宴たけなわである。テーブルには食べかけのチーズの盛り合わせもある。

「よかったら何か飲んでくださいよ。」

 

男に促されたが、記者の倫理としてご馳走になるわけにはいかない。

 

そして、カメラの前で男のフリートーク開始である。

最初は延々と、「事業」について壮大なウソを繰り広げた。

今把握している財産は試算で数百億円にのぼるだとか、世界中の沈没船の在処についてだとか。

 

筆者は相槌を打つことと、最低限の質問しかできない。

もちろん、夜が明けたら逮捕されますよ、なんて言えないし、疑惑について正面からぶつけるとそれだけで怪しまれるセンシティブ極まりないタイミングだ。

彼を逃亡に追い立ててしまうかもしれない。実際、以前にはそういうことがあったのだから。

 

そうして、カメラの前でひとしきり話した男だったが、カメラを止めたあと、ソファに再び体を預けてこう言った。

「まあ、でもね、詐欺師はね、一度その世界に入ると、詐欺師以外で生きることができなくなっちゃうんだよ。もう何十年も、そうやって生きてきちゃったしね」。

 

意外すぎる告白だった。

なるほど、泡銭を手に入れる方法を知った人間は、もう元には戻れないのである。

 

ひとつ嘘をつくと……

ひとつ嘘をつくと、その嘘を守るためにふたつの嘘をつかなければならなくなる。そしてふたつ嘘をつくと……。よく言われることである。

 

それは格言のようなものであって、そう強い実感を抱く人がどれだけいるかはわからないが、嘘つきのプロであるこの男こそ、誰よりもこの事実と向き合ってきたのかもしれない。

 

少し前まで大ホラを吹いていた男が、カメラが止まった瞬間に「詐欺師はその道でしか生きていけなくなる」と、つぶやいたのだ。

そして筆者の調べた限り、これが初犯ではない。

しかし年齢も年齢だ。詐欺をやめたいという気持ちは、取り巻きよりもこの男のほうが強かったのかもしれない。

 

逮捕当日の明け方に接触した筆者は、彼の逃亡を最後まで懸念したが、そこから数時間して、彼は無事に(?)ホテルからお縄となって捜査員に連れられて行った。

筆者は胸を撫で下ろした。むしろ心の中で、この男に「お疲れ様でした」との言葉をかけたくらいだ。あの男も人の子だったのだ。苦しかったことだろう。

 

彼は彼なりの「生きづらさ」「これまでの苦しみ」を、最後に誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。もうじゅうぶんな年齢だ。それがたまたま、女性である筆者だったのかもしれない。

 

詐欺師を助長する人間がいるという事実

さて、男の話はここまでだが、詐欺の世界にも、需要と供給のようなものがある。

平たく言うと、男のような人間が生み出されるのは、「欲に目がくらんだ」人間が次々に生まれてくるからでもあると筆者は思っている。

 

例えば、今回の財宝話に関して言えば、「小金持ち」が被害者として多いと聞く。

じゅうぶん余裕を持って暮らしていけているのに、さらに楽して金が欲しいという魂胆に、詐欺師はつけ込む。

 

事件記者をやっていた当時、被害者を名乗る資格があるかどうかを「被害者適格性」と呼んでいた。

「楽して儲けたい」が強い人ほど、「被害者」というより、騙されてもおかしくないところに自ら足を踏み入れているように見える。そのようなキラキラした話を渇望しているのだ。

 

だから、誤解を恐れずに言えば「騙されるほうが悪い」場合も多い。

逆に、男は、効率的な稼ぎ方をいちど知ってしまった結果、他の職に就けないまま歳を取ってしまったのだ。

 

詐欺師を助長する人間がいる限り、詐欺師もまた、無くならないのだ。

 

 

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【プロフィール】

著者:清水 沙矢香

北九州市出身。京都大学理学部卒業後、TBSでおもに報道記者として社会部・経済部で勤務、その後フリー。
かたわらでサックスプレイヤー。バンドや自ら率いるユニット、ソロなどで活動。ほかには酒と横浜DeNAベイスターズが好き。

Twitter:@M6Sayaka

Facebook:https://www.facebook.com/shimizu.sayaka/

Photo:Daniel McCullough