野球とサラリーマン

「この案件は全員野球でいくぞ!」……などと昭和のサラリーマンはよく言っていたものと思われる。

しかし、今は令和のビジネスパーソンの時代だ。「全員野球」という言葉も「おっさんビジネス用語」の代表格だ。

 

しかし、たまにはいいじゃないですか「全員野球」。

え、全員野球ってなんだって? そりゃあもう、スタメンから控え、監督コーチスタッフみんなで頑張ろうってことですよ。

……野球に例える必要があるのか?

 

まあいい、2023年シーズン、全員野球の戦い方でセ・リーグ二位になったチームがある。広島東洋カープだ。

それを率いたのが新井貴浩監督である。この新井監督が実にモチベーターだな、と思った次第。

 

モチベーター。厳密に定義されているのかわからない。他人や集団のモチベーション、やる気を鼓舞し、目標に向かわせるような人、ということにしておこう。

 

ビジネスにおいても、そういうリーダー像が求められることもあるだろう。

そんな新井監督がどんなチームを作り、どんな戦い方をしたのか、一カープファンが見た感想を記したい。

 

2023年の広島カープ

新井さんの話をする前に、2023年のカープと新井監督について軽く説明しておく。

 

カープはそもそも戦後広島で……などと話し始めるとどうしようもなくなるので、近年の流れを。

2016年に25年ぶりのリーグ優勝を果たしたのち、2018年まで三連覇。その後、低迷が続いて2023年。新監督として元カープ→阪神→カープでプレーした若き新井監督就任となる。

 

新井監督。いや、新井さんといったほうがいいだろう。新井さんは現役時代、2203安打、319本塁打の記録を残した名球会入りの名選手だ。が、どうも「名選手」という言葉は似合わない。

 

そもそもプロ野球に入れたのも大学の先輩のコネを使って必死にアピールしてのこと。

プロになれるほどの実績などなかったのだ。が、プロ入り後は朝から晩まで猛練習をしてホームランバッターとして開花した。

 

カープの主砲として活躍のあと、フリーエージェントで阪神へ移籍。

これはおれを含めて多くのカープファンを落胆させ、冷たく、暗い気持ちにした。

 

が、阪神での活躍が終わった後、自由契約でカープに復帰。

成績はほとんど期待されていなかったが、見事復活を果たし、カープ三連覇の立役者となる。あれ、やっぱり名選手?

 

しかし、先輩からも後輩からもいじられるキャラと人間性。どこか抜けているところもあり、残したネタも数しれず。とくべつにファンを魅了したといっていい。

 

で、その新井さんが監督になる。どんな監督になるのか。そもそも監督なんてできるのか。とにかく未知数。

そして、カープは新井監督の新チームにろくな補強をしていなかった。

 

シーズン前の評論家たちの順位予想はよくて5位。多くは最下位になるんじゃないかと思われていた。

正直、カープファンも新井さんの初年度だし、いきなり結果を出すことはないだろうと思う人が多かったのではないか。

 

「家族」の躍進

しかし、おれが新井さんに期待していたことはあって、チームの雰囲気を変えてくれることだ。

 

なんとなく、ここのところチームが暗かった。せめて、新井さんの明るさで雰囲気くらい変わってくれないか、と。

そのあたりはもう、就任早々からいろいろな発言やアピールで新井さんらしさが見えたので、まあよかったか、と思った。

 

で、新井さんが早々にアピールしたのは「チームは家族」という言葉。こんな発言をしたのだ。

https://baseballking.jp/ns/column/347795

「お前たちはカープという大きな家にいる。だから家族同然だと思っている。自分の弟やお父ちゃん、お母ちゃんが嫌いか?それと同じ感覚で、嫌いな奴は1人もいない。みんなが好き。カープという家の中にみんなで一緒に住んで、みんなで切磋琢磨して頑張ろうという考えだから」

正直、これは戦う集団としてどうなのか? そもそも仲良くない家族もあるんだが? などと、おれのような人間は思ってしまったわけだ。大丈夫なのだろうか? というのが正直な感想だった。

 

が、これが大丈夫だった。大丈夫どころではなかった。終わってみればそうだった。それこそ全員野球だ。

新井さんはチームへの最初の訓示でこう述べた。

「言いたいことは2つある。まず1つ目は、お前たちが思っているより、俺はお前たちみんなに期待している」
「2つ目は、好き嫌いでの起用を絶対にしない」

正直、今年は若い監督が若い選手を使って、チームの実力アップを目指すシーズンだと思っていた。が、違ったのである。

「お前たちみんな」には、新井さんとチームメイトとして一緒に戦ったベテランも含まれていた。

 

三連覇の主力選手ながら、その後低迷していた田中広輔には「戦力として見ているから」と声をかけた。

ここ二年くらいの成績から「田中広輔はもう終わった」と思っていたファンも少なくない。

 

おれもそうだ。だが、田中広輔は新井さんの言葉に応え、いいところでツーランホームランを放ったりした。

シーズンが終わってみれば決して好成績とは言えないし、守備での衰えも見せた。

しかし、戦力ではあった。「家族」の象徴の一人であったとは言える。

 

というわけで2023年のカープは復活したベテランと中堅と若手が不思議と噛み合ったチームとなった。いや、不思議ではなく、そういうチームづくりをしたといっていい。

 

「ベテラン偏重では?」、「好き嫌いしないと言いながら、選手時代のチームメイトばかり使っているのでは?」という声もあった。しかし、そのベテランを押しのけるような若手の突き上げも弱かったのも事実ではある。

 

まあとにかく、なんだかカープは勢いに乗っていた。最下位争いと思われていたチームが、首位争いまでした。

今年は阪神が強すぎたのもあって、さすがに層の薄いカープは突き放された。他の球団もそれぞれいまいちな点があったのも確かだ。でも、結果とにかく二位。クライマックスシリーズもファーストステージを勝ち抜いた。上々過ぎる結果といっていい。

 

新井監督がしたこと

では、新井さんは何をしたのか。もちろん、野球は選手がプレイするものだが、新井さんが監督でなければ今年の二位はなかったと思うカープファンは少ないはずだ。

少なくとも、去年と同じままでは、戦力があまり変わっていないのだから、ここまで変わらなかっただろう。

 

カープを変えたのはなにか。

それがモチベーターとしての新井さんということになる。選手に期待する。選手を信頼する。それを口にする。そして、失敗しても起用した自分の責任だと言い切る。

 

実際、おれは新井さんの発言を気にしながら見ていたのだが、絶対に選手のせいにはしなかった。

褒めるところは褒めるが、ミスについて責めることはしない。むしろ、ポジティブな言葉をかける。起用した自分の責任だから、のびのびとやってくれ、というスタンスだ。

 

それが、言葉だけでないのが選手にも伝わったのだろう。

たとえば、クライマックスシリーズの対ベイスターズ戦、失敗すれば試合に負ける、絶対にアウトになってはいけないシーンで、若手の代走羽月がリスクの高い三盗を決めた。ベイスターズ側に油断があったという指摘もあるが、それでも相当に度胸がなくてはできないプレイだ。

 

これについて羽月は「恐怖心はなかった」と言い切った。

シーズン中から監督やヘッドコーチから代走で出たらなにをしてもいい、めちゃくちゃにしてくれと言われているから、アウトになったらしょうがないという気持ちでやっているのだという。

 

このあたり、なにか「心理的安全性」という言葉が連想されないだろうか。むろん、会社組織と野球のチームでは違う点も多い。だから、あくまで連想だ。

しかし、たとえば「リスクのある意見を述べてもいい」とチームリーダーから言われたとしても、実際に言えるかどうかは、本当に自分個人へのマイナスがないと信じられるかどうかにかかっている。

 

その点で、今年のカープには監督から選手への信頼とともに、選手から監督への信頼があった。だからこそ、ミスを恐れずに攻めることができる。

たぶん、羽月があのシーンで盗塁を失敗したとしても、監督やコーチのみならず、他の選手も責めるような空気にはならなかったのではないか。そのようなチームでは個々の力が発揮されやすいだろう。

 

ミスを恐れずに攻める。それが数字になって現れたのが、それこそ盗塁数だ。前年までは「今のメンバーでは走らせられない」とコーチが広言し、機動力野球が代名詞だったカープの盗塁数は非常に少なかった。

が、今年は違う。ガンガン仕掛けた。その結果が、阪神と一個差のリーグ二位の盗塁数である。……が、失敗数はリーグ断トツ一位でもあった。ただ、「カープは積極的に走ってくる」というプレッシャーを相手に与えることにはなったはずだ。

 

……とかいうのはまあ昭和の発想かもしれん。そもそも盗塁数がチームの勝利数にどこまで寄与するのかを計算するのが先だろう。盗塁数があまり意味のない指標だとしたら、多かろうが少なかろうが順位には関係してこない。

しかし、今年のカープ、ざっと見たところ、勝利に寄与するとされるような指標(セイバーメトリクス的なやつも)、軒並み高くないんだよな。阪神はきちんと高いのに。不思議な勝ちが多かったのかもしれない。いや、それも新井マジック……?

 

まあいい、おれにセイバーメトリクスのことはわからん。わからん昭和の野球ファンだ。

 

ただとにかく、チームは「家族」といい、選手を信頼するといった新井さんのやり方は成功したといっていい。他チームのことをどうのこうの言うのはマナー違反かもしれないが、あえて比べてみたくなるのが最下位に終わった中日だ。

 

それこそアマ時代からエリートの名選手であった立浪監督のやり方は「令和の米騒動」などを引き起こし(わからなかったら検索してください)、どうもチームの雰囲気も悪いように見えた。

むろん、カープも中日も来年どうなるかはわからない。ただ、今年についていえばモチベーターの新井監督のやり方が上を行ったといえる。

 

新井さんの問題点

と、ここまで新井さんのやり方を絶賛してきたが、負の側面もあったことは否定できない。モチベーターのやり方にも功罪はある。

 

最初に挙げられるのは、選手を「信頼しすぎた」ことだろう。不調の選手も使い続ける傾向があった。

たとえば、シーズン前に四番のマクブルームと抑えの栗林だけはそのポジションを明言していたのだが、その二人とも不調に陥った(よくそれで戦えたな、とも思うが)。

 

それでも、不調に陥った選手を信じて使いすぎた、という点がよく見られたのだ。

 

とくに、抑え投手はチームの勝敗に直結する。というか、守護神が抑えに失敗するというのは、ざっくり言って勝ちゲームを負けゲームにしてしまうということだ。

 

栗林はWBC、侍ジャパンにも選ばれるほどの実力があり、三年目ながら絶対的守護神と言われるほどの成績を残してきた。それが今シーズン開幕後、セーブ失敗がつづくことになった。それでも新井さんは栗林を信頼して、使いつづけた。

その結果、故障を発生して三軍での調整となった。栗林は声を上げて泣いたという。新井さんもこれには、「逃げ場を作ってあげられなかった」と反省したという。

 

ほかにも、「エース」と表記されることのある大瀬良大地のこともある。新井さんは大瀬良を信じた、信頼した。しかし、大瀬良は肘に故障を抱えつつで、成績も上がらない。個人的にはここ数年大瀬良はピリっとしてないなと思っていたが、今年は顕著だった。

 

もちろん、リーグでも最悪に近い援護率の低さというのはあるにせよ、それも早い回で痛打を浴びる大瀬良がゲームメイクできないせいではないかと見えた。とくに肝心な試合で負けることも多く、ネット上では大瀬良へのヘイトが多く見られるようになった。

 

そんな状況でも新井さんは大瀬良を信じたが、ついには大瀬良自身がクライマックスシリーズを前にして「先発をやめさせてほしい」と言うに至ったという。これも大瀬良を追い詰めたとは言えないだろうか。

でも、大瀬良は最後まで信用され、最後の最後のクライマックスシリーズ阪神戦で「やはりエースでは?」という魂のこもった投球を見せたのだが。でもでも、やっぱりオフには即手術ということになったのだが。

 

その他、好調のベテランや体質的に強くない選手を使いつづけ、故障者続出で上本四番(説明はしないです)みたいな事態にもなった。

まあそれで上本四番が機能してしまうあたり、なにか持っているのだろうが、その上本も結局は故障してしまう。

 

このあたりが、なんというか、モチベーターの負の部分のようにも思える。信頼のしすぎによって、相手を追い詰めてしまう。

あるいは、モチベーションがアップして躍動する分、反動で身体への負担が大きくなってしまう。消耗が大きいのだ。

 

戦力的にベテラン頼りになってしまうのも仕方ない面があるとはいえ、前半戦を高打率で引っ張ったベテランの秋山翔吾などもだんだんと成績が下がっていき、やはり故障してしまった。

 

もとから選手層が薄い上に、故障者が続出。それでもなんとか勝負になったのは、ちょっと奇跡的というか、運が良かったのも否めない。

いくらチームの雰囲気がよかったとしても、だ。これに再現性があるようには思えないし、そこで大失速していた可能性もあったと思う。

 

2024年の新井さん

さて、来年の新井さんはどうするのか。すでに、今年の反省、自分の至らなかったところを述べている。続出した故障者に、自らのマネジメント不足を反省している。

「ベテランが調子よくとも、適度に休養を与えつつ戦う」というのは、コーチ経験もない新人監督には難しいことだったとは思う。しかし、一年戦ってそれに気づけたのは大きい。

 

モチベーターによって鼓舞された集団。ゲームでいえば「バフ」がかかった状態とでも言えるのだろうか。2023年のカープは、そんな状態で戦ってきた。最初から、最後まで。チームの意識は高い。結束力もあった。だが、余裕はなかった。代償も小さくなかった。特定の選手に負荷がかかりすぎた。

 

今年のカープが数字的に誇れる戦力といえば、強力な中継ぎ投手陣があげられると思うが、これもまたかなり固定されたもので、勤続疲労が心配される。アドゥワやアンダーソンをもっと使ってもよかったのではないか。

 

まあ細かい話はともかくとして、モチベーターによって組織されるチームの強さを見たし、同時に弱点も見えた。そんなシーズンだった。

 

必ずしもチームのリーダーがモチベーター的なタイプでなくてもよいし、「家族」的なチームがよいとも限らない。

「球界で嫌う人はいない」と言われるような新井さんの人間性があったから成り立ったところもあるだろうし、下手な人間がモチベーターぶったりしたら、パワハラと紙一重になりかねない。もちろん、新井さんとて過度の期待によって選手を追い詰めたり、消耗させすぎたりという面もある。

 

とはいえ、新井さんが急にクールな知将タイプになることもあるまい。

来年もビッグプレーがあれば選手の誰よりもベンチから飛び出してガッツポーズして大はしゃぎすることだろう。それが新井さんの持ち味なので消してはよくない。

 

モチベーターとして選手たちを鼓舞しつつ、心理的安全性のある意識付けをしつつ……そのうえで、チームがパフォーマンスをシーズン通して維持できるようなマネジメント能力を高めていく必要がある。

新井さんはそれができるんじゃないかとおれは期待している。なにせ、この戦力で戦い抜いて二位になった。チームリーダーとしての資質がなければできることではない。勝負勘のようなものもあるタイプだと思う。悪くない。

 

と、書いてみたものの、2024年のカープには不安のほうが大きい。今のところ。それがおれというファンの心理だ。今年、全力でやりすぎた反動が出るのではないか。

躍動したベテランたちもさらに一つ歳を取る。守れて、走れても、打てなさすぎる若手が多い。チームカラーとして大きな戦力補強は望めない。むろん、勝負事なので他チームの巻き返しはあるだろうし、阪神はしばらく安定して強そうだ。

 

それでも、二年目で成長した新井さんが選手たちに力を与え、ヒリヒリするような勝負を見せてくれることを信じたい。やがては新しいタイプの名将と呼ばれるようになり、ビジネスシーンでも「新井野球でいこう!」と言われる日がくるかもしれない。

いや、それはないだろうが、まあ「理想の上司」のアンケートに入る日はくるかもしれない。

 

……と、ここまで書いて正直にいうと、おれは働き始めてからずっと零細企業の一兵卒であって、部下を持ったこともない。会社が小さすぎて、「組織づくり」や「チーム」とか言えるようなものもない。

きちんとしたマネジメントなんて存在していない。だから正直、「野球とサラリーマン」的な昭和の想像だけで書きました。ご容赦ください。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

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