適材適所の重要性を知った、元旦の夜

新年早々、私は人間の本質というか究極の事実を知った。

「そんな大袈裟な!」と一蹴されそうだが、私自身もまさかここまでショックを受けるとは思っておらず、"新たな自分の発見"に心底驚いたのである。

 

その事実とは、仕事に対するモチベーション・・いや、与えられた作業の向き不向きによって、"作業に従事する者が、想像以上のダメージを負う"ということだった。

 

結論から述べると、適性のない人間に作業を強制すると、作業効率の低下のみならず、その者の精神を崩壊させかねない。よって、事業主は「(人手不足だから)誰でもいいので雇いたい」などという軽薄な考えを、即刻捨てるべきである。

 

さもなければ、この世の一定数の人間が精神を病み、辛く苦しい人生を歩まされることとなるからだ。

 

新年早々、コピー機を操作する

新年の初仕事は、元旦の深夜にコンビニでコピーをとることだった。厳密には「仕事」ではなく、プライベートで必要な書類——というか、ピアノの楽譜をコピーするためだった。

 

なぜなら、ベートーヴェンやショパンの練習曲集は、分厚い上に重さが1キロ近くあるため、持ち運ぶのに労力を要する。しかも、一回のレッスンで必要なのはたった一曲だったりするので、「一曲分だけコピーすれば、持ち運びが便利になる」ということで、コピーをとることにしたのだ。

 

それにしても、コピー機というのは20年たっても変化がないことに驚く。おまけに現金オンリーかつ小銭のみ・・という古典的な状況に、電子マネー信者の私は倒れそうになった。

とはいえ、元旦の深夜から"現金不要論"をネチネチとかますのもいやらしいので、おとなしく百円玉を投入口へと流し込んだわけだが。

 

(えーっと、サイズを選んだら読み取りスタートっと・・)

 

コピーをとる際、見開きのページならば背表紙をしっかりと押さえつけなければならない。言うまでもなく、そこだけ歪んだり写らなかったりするのを防ぐためだ。そんな単純なことですら、デジタルデータばかり扱っているとつい失念しそうになるわけで、初心に戻ったつもりで一枚一枚丁寧にコピーをとった。

 

——こうして、19枚にわたり楽譜をコピーした私は"次の作業"へと移ったのである。

 

「製本テープ」という名の呪物

帰宅後、バラバラの楽譜をつなぎ合わせて"蛇腹折りの長い帯"を作ることにした私。なぜなら、通常の楽譜は見開き2ページを一度に見ることができるが、どうせなら全部をつなげて"天女の羽衣"のようにすれば、ページをめくる手間が省けて便利だろう——と考えたからだ。

 

その時ふと、引き出しの奥で眠る「製本テープ」の存在を思い出した。かつては紙ベースでの書類保管が一般的だったため、複数枚におよぶ契約書や論文は製本テープで背中を留める必要があったのだ。

 

ちなみに当時の私は、どうにかしてこの面倒くさい作業をなくそうと、契約内容を簡潔にすると同時に文字サイズの縮小を試みた。その結果、5ページあった契約書は2ページに凝縮され、さらにそれを両面印刷することで"紙一枚"というエコの極みを達成したのである。

とはいえ最近は、電子データに電子印鑑が主流となり、もはやページ数を気にする必要もなくなってしまったが。

 

そんな昔を懐かしがりながら、私は楽譜をつなぎ合わせるべく製本テープを引っ張り出した。——とその時、一抹の不安が脳裏をよぎった。

 

(これって、キレイに貼るのが難しかったような・・・)

 

自慢じゃないが、私はこういった事務作業がものすごく苦手である。とくに、角を揃えてホッチキスで留めたり、資料に付箋を真っすぐ貼ったりすることが、信じられないくらいに下手なのだ。

さらに、ホッチキスならば一度外して留め直せばいいが、シールやテープとなると失敗が許されないわけで、極度の緊張と集中を要する最悪の作業となる。

 

(マズいな。誰かバイトを雇おうかな・・・)

 

どうしたって成功する未来は想像し難い。そう、できないことを無理にこなすよりも、得意なヒトに頼むほうが仕上がりもいいし効率的である。とはいえ元旦の夜中に、誰が製本テープを貼る作業を引き受けてくれるというのか。

 

やむを得ず私は、ダメもとで自ら挑戦することにした。製本テープというのは、テープの剥離紙を左右別々に剥がすことができるので、まずは左側の剥離紙を剥がすと、一枚目の楽譜の右端をテープの上にかざしてみた。

 

(・・これは、およそまっすぐならばいいものなのか?それとも、何かやり方があるのだろうか?)

 

そこで私は書類作成のプロ、もとい"製本テープの申し子"である弁護士の友人に尋ねた。

 

「製本テープを上手く貼るコツってある?」

すると友人は、こう教えてくれた。

「あるよ、丁寧にやること」

 

——チッ。聞かなければよかったと舌打ちをしつつ、無策のまま一枚目の楽譜を製本テープの上に載せ・・・ダ、ダメだ。テープがくるんと丸まってしまい、楽譜を載せさせまいと邪魔をしてくるではないか!

 

しばらく考えた私は、製本テープを山折りにすることで"くるん"を阻止してみた。これならば先ほどよりは丸まらないが、依然として微妙なカーブを描いているため、平らな紙を載せようとすればあらぬ部分が貼りついてしまう——。

 

グズグズしていても埒があかないので、「まだ一枚目じゃないか!」と気持ちを奮い立たせ、思い切って楽譜をテープに押し付けてみた。すると案の定、上部はテープの中央に置くことができたが、下へ進むにつれて徐々に外側へと開いていった。その結果、下部はテープの真ん中から1センチくらいズレた状態で貼り付いてしまったのだ。

 

(まぁいいや・・二枚目をこれに合わせて斜めに置けば済む話だ)

 

今回の作業は楽譜の裏側をテープで貼り合わせることなので、裏面のテープが曲がっていようがシワが寄っていようがどうでもいい。つまり、楽譜同士が平行ならば問題ないのだ。

——そう自分に言い聞かせると、気を取り直して二枚目の楽譜を手に取った。そして、斜めに貼りついている一枚目と平行になるように慎重に近づけた。

 

(まずい、手が震える・・・)

 

トータル19枚の楽譜をつなげるにあたり、初っ端でコケたのではやる気も失せる。よって、なにがなんでもここは成功させなければならない。とはいえ、どうしたら曲がった一枚目と平行に、二枚目を並べられるのか——。

 

目の前に横たわる忌々しい粘着面を睨みながら、楽譜を近づけては離し、また近づけては離し・・気付けば5分が経過した。

今の私は、もはやビビりすぎてただの腑抜けである。高校時代、自分の耳にピアスの穴を空けることができず、友人に泣きついた記憶がよみがえる。

 

(ダメだ、私には無理だ・・・)

 

こんな単純作業すらまともにこなせない己に絶望するとともに、この先の長く険しい道のりを想像すると一気にテンションが下がった。そして、悶々としながら台所へ向かうと、もらい物のシャンパンを開栓してマグカップに注ぎ、立ったままグビグビと飲み干した。

 

アルコールなど滅多に欲しない私だが、いま飲まずしていつ飲む・・・というくらいに、酒のチカラを借りなければやってられない気持ちになったのだ

未だかつて、作業が上手くいかないからといってアルコールに手を出したことはない。むしろ、酒を使って現実逃避する輩を「精神が脆弱で稚拙な人間だ!」と、頭ごなしに否定していたわけで。

ところが今、あいつらの気持ちがよく分かる。痛いほどよく分かるのだ。——これは確かに、酒でも飲まなきゃやってらんねぇ。

 

それにしても、なんなんだこの体たらくは。たかがテープに紙を貼るだけのことなのに、まだ一枚も達成できていないじゃないか。このような単純作業、小学生でもスイスイとこなすだろうに。

いや、この際小学生以下でいいから、どうしたら二枚の紙を平行に貼り合わせることができるのか、コツが知りたい。ただ単に「エイッ!」とやるのが違うことくらいは分かる。だが、いくら考えてもいいアイディアが浮かんでこないのだ。

 

あっという間に空になったマグカップへ、再びジョボジョボとシャンパンを注ぐ。酒が飲みたいわけじゃないし、一刻も早く楽譜を貼りつけなければならないのだが、私の手は無意識にマグカップへと伸びてしまうのだ。

 

(苦手な仕事をやらされるサラリーマンって、毎晩、こんな感じなんだろうな——)

 

自己分析では「どんなことでも卒なくこなすタイプ」だと思っていた私は、完全に自惚れていた。なぜなら、得意なことしかやらない私が強制的に苦手な作業をやらされたら、それを放棄し酒に溺れる"木偶(でく)の坊"というのが、知られざる正体だったのだから。

 

(・・こ、こんなところで挫折するわけにはいかない!)

 

テーブルにマグカップを置くと、おもむろに二枚目の楽譜を手に取った。そして覚悟を決めると、斜めに貼られた一枚目の楽譜の隣へと叩きつけた。

——その結果、楽譜と楽譜の間から銀色の粘着面が顔をのぞかせるという、想定内の"最悪な着地"となったのである。

 

(・・・終わった。これはもう、どうしたって取り返しがつかない)

 

不器用かつ想像力に欠ける者は、事務作業をするべきではない

ご覧の通り、二枚の紙を製本テープで貼るだけのことでこの騒ぎだ。あとどれだけの時間を費やせば、19枚の楽譜が一本の帯になるというのか。

ちなみに、テープ面に楽譜を貼ろうとするから難しいわけで、合わせ鏡のように楽譜同士を重ねて、それを綴じる形でテープを貼ればよかったのだ・・と、気がついたのは一週間後だった。

 

とにかく、事務作業というものを軽んじてはならない。この仕事、私には全くもって不向きであり、苦痛以外の何ものでもないのだから。

(了)

 

 

 

 

 

【著者プロフィール】

URABE(ウラベ)

ライター&社労士/ブラジリアン柔術茶帯/クレー射撃スキート

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Photo:Marius Masalar