古くから続く組織には成功の秘訣がある。そして、その秘訣は現代の組織にも通じるのである。仏陀、あるいは釈迦と呼ばれる人物が2500年前に創設した組織である仏教僧団にも、優れた組織運営の秘訣があるはずだ。
しかし、その秘訣はカトリック教会のそれと比べると、一般的にはあまり知られていない。
本稿では、前回に引き続き現代に通じる仏教僧団の優れた組織運営を紹介する。
仏教僧団に学ぶ行動指針の浸透
「新人研修で経営理念を説明されたけどよく覚えていないんだよね……」「社是・社訓って社長室の額縁に入れて飾ってあるやつでしょ?」「行動指針をまとめた冊子をもらったけど読んだことない」
あなたは自身の所属する会社の経営理念や行動指針を覚えているだろうか?それらがまとめられたものを定期的に見返したことはあるだろうか?
良い組織を運営するための方針・ルールづくりは重要である。
しかし、方針やルールをつくれば良い組織が実現するわけではない。その方針やルールをしっかりと浸透させ、それらに基づいた組織運営がなされてこそ良い組織は実現する。浸透していない方針やルールは、まさに仏作って魂入れず、単なる「お題目」である。
仏教僧団も良い組織運営を行うために「律」と呼ばれるルールを定めていた。事例が発生するたびに釈迦が判断し定めたものとして現代まで伝わっている。
この律はただ定められただけではない。メンバーが律を正しく理解し、それを順守するような仕組みをつくっている。それが布薩(ふさつ)と自恣(じし)である。
自己確認と他者確認の繰り返しがルールを浸透させる
布薩とは、月に2回、新月と満月の際に集まり、律を確認する催しである。無断欠席は禁じられている。各人が所属する僧伽(そうぎゃ)のメンバー全員が一堂に会し、律を読み上げ、順守できているのか自己確認するのである。
定期的に読誦することで、内容はそらで言えるくらい身体に染みついてしまう。そして、自己確認することで自身の行動を振り返り、正しい行動を意識できるようになるのである。
朝礼で社訓などを唱和している会社もあるだろう。仏教僧団ではそれだけでは留めずに、さらに自己確認をすることでしっかりと内容が定着するのである。
さらに重要なのが自恣である。インドの夏は雨期であり、草木が生育し小動物が活動する時期である。無用な殺生を避けるために、仏教僧団は夏の雨期の時期は一か所に滞在し、雨期をやり過ごしながら修行を行っていた。これを安居と呼ぶ(あんご:夏安居や雨安居という場合もある)。
この安居の最終日に律に基づいてお互いの改善点を指摘し合い、反省を促す。それが自恣である。布薩での自己確認に加え、他者の目による確認も行う。このように自己と他者との複数の目で律が順守できているか確認できるような仕組みを導入しているのである。
ルールは浸透させる仕組みとともに作る
このように釈迦の組織は、ルールを作るだけではなく、しっかりと浸透させる仕組みも作り、「仏に魂を入れた」のである。あなたの組織はつくった方針やルールを浸透させる仕組みがあるだろか?
初回にとりあげた起業家の会社では、全社員が定期的にウェイの読み合わせをする機会を設け、ウェイに基づいて360度評価を実施する仕組みを導入して、ウェイの浸透を行っている。まさに現代の布薩と自恣である。
なお、実は日本に体系的な律を持ち込み、布薩を伝えたのは鑑真和尚だと言われている。一人前の僧侶になるために必要な授戒師が日本にはおらず、そのために中国から招聘されたのが鑑真和尚だと歴史の教科書には書かれている。
しかし鑑真和尚は、日本の仏教僧団における規範導入の立役者でもあるのだ。
経に比べて、律がなかなか伝わらないのは日本だけではなく中国も同様であった。
シルクロードを旅してインドに渡り重要な旅行記を残した法顕も、中国に律を持ち帰るためにインドを目指したのである。生活規範や行動規範という重要だが地味なものは、なかなか浸透しないという歴史の証左なのかもしれない。
(執筆:河田 一臣)
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