以前、インド映画「ミッション・マンガル」に感動したというコラムをこちらに掲載していただいた。
その後何かとバタバタした日々が続き、疲れも溜まってきた。
なんせこれだけ夏が長いのである。夏バテという言葉は、今シーズンは1回では済まないだろう。何回もバテて当然だろう。
そんなこんなで割り切ってオフの日を取り、気になっていたインド映画「RRR」をアマプラで観た。
アカデミー歌曲賞を受賞したことで日本でも話題になった作品だ。
中身は…もう、日本で言えば「んなことあるかーい!」とツッコミどころの多すぎる昭和のギャグマンガを、それも、ハッキリ言ってやっす〜い感じのCG使って実写版にしたみたいなやつやん。
さすが、期待を裏切らない。
しかし、深みが違う。
特にラスト30分くらいは何十回も再生してしまった。最後の台詞には唸った。
イギリス軍にとっての、インド人の命の値段
人の命に値段をつけることなどできるのだろうか?というのは現代多くの人に共通の疑問だろう。
しかし「RRR」では、えげつないほど明確な値段が示されている。
「相場」とか「雰囲気」とかじゃない、物々交換的な原理的な値付けが台詞になっている。
この映画の舞台は1920年代、イギリス植民地時代のインド。ある部族の村がイギリス軍に襲われ、ひとりの少女が攫われてしまう。
RRRはその少女を取り返すために、ひいては、過去にもイギリス軍の襲撃に遭った村民をイギリス人から守るために、それぞれ違う時期に村からデリーに向かった2人の男、ビームとラーマが繰り広げるストーリーである。
ビームは「少女を取り返す」ため。
ラーマは「村や祖国を守れるよう、同胞に武器を持たせる」ため、4年をかけてイギリス軍の懐に入り込み、地位の高い警察官となっていた。いわばスパイである。
2人の目的は、根本的には同じところにある。
しかし出会った時には立場は真反対。そこから2人が真の友情に目覚めていく。
そりゃあ最後には、地位の高い警察官だったラーマが森の中で半裸でケンタウロスみたいに弓で無双するし(炎の矢まで出てくる)、その相棒ビームは素手でバイクを方々に投げつけて敵を退ける。
「んなことあるかーい!」
カオスの連続はまさにインド映画だが、ここで描かれた「命の値段」の話が印象に残っている。
ラーマが幼き頃に村を襲ったイギリスの軍人は、部下の兵士たちにこう述べたのだ。
「この銃弾は15ルピーする。インド人ひとりを殺すのに使うのはもったいない。この銃弾はインド人の命より尊い」。
なるほど。
非人道的な話ではあるが、実にわかりやすい計算式である。
産業革命が訪れるよりはるか前の時代。確かに、銃弾も貴重なものだったのだろう。
イギリスの金属を使ってイギリスの工場でつくられ、七つの海を渡ってきた貴重な銃弾。それをインド人「ごとき」を相手に闇雲に使うな、というわけだ。
わたしはもちろん、戦争は好まない。戦線に送り込まれて殺すか殺されるか以外の選択肢を与えられない人たちが今も世界にたくさん存在しているのは忌まわしいことである。
ただ、強いて言うなら、この映画には「人を殺すには、殺す側にも負担があるから無限ではない」ということが強く盛り込まれている点が印象深いのである。
ちなみにストーリー上では、これがあだとなってしまう。
森の中に逃げ込んだビームとラーマを包囲したはずのイギリス兵たちだが、「確実に仕留められる距離になるまで撃つな!」と指令を受ける。
相手はインド人ふたりだ。銃弾がもったいないからだろう。
そうこうしているうちに、暗い森の中、ふたりの野生的な俊敏さとパワーで兵たちは完全に混乱させられ、援軍もろとも炎上させられるというオチがついてくる。
殺人AIロボがついに登場
そこから時代は変わり、いまの戦争は近代化とやらで、「効率的に人を殺す」技術開発がどんどん進んでいる。
昔よりは国際社会とやらで「人の命を大事に」と言われるようになり、機械の利用は「兵を失うリスクが低くてすむ方法」ではあるのかもしれない。
機械を使えば、殺す方は人命を失わずに済む。トラウマも軽減されるかもしれない。
果たしてそれが「比較的人道的だよね」ということになるのかどうかはわからない。
無人機、ドローンなどはすでに第一線で仕事をしている。
そしてニューズウィークの今年7月の報道によれば、アメリカ国防総省はこのほど、新たに10億ドルを拠出してドローン部隊をアップグレードすると発表したという。
ウクライナ戦争での制空権に関わる問題への解決方法だ。
しかし、世界が殺人にかける情熱はそんなものではすまない。
中国では「自律型殺人ロボット」が登場し、2年以内には戦線に登場するのだという。AI技術によるものだ。
中国軍はすでに銃を装填したロボット犬をカンボジアでの軍事演習で披露しているという。
AI兵器については、中国はロシアと協力関係にあり、ロシアはこのロボット犬を改造した「M-81」にロケット弾の発射装置をつけたものを2022年に見本市で展示したとのこと。
(出所:「中国の自律型殺人ロボット、戦場に登場間近…AI戦争の新時代到来」ニューズウィーク日本版)
スイッチを押すのは誰なのか
もちろん現代社会では「国際世論」というものがあり、そう派手にいきなり殺人ロボの大量投入はできないことだろう。
しかし、では万にひとつ、これら殺人ロボが普及したとして。
そのスイッチは、誰もがそう簡単に押せるものなのか?
話は変わるが、日本の極刑は絞首刑として執行される。
そして、執行室に隣り合った「ボタン室」には3つのスイッチがあり、2つはダミーだ。3人が同時にボタンを押すことで、執行官の心理的負担を和らげるというものである。
しかし、死のスイッチを押すというのはそう簡単なことではない。
もう10年以上が経つが、わたしは母を自死で失った。
そしてこれは地域によって違うのかもしれないが、火葬の着火スイッチは喪主が押すというシステムだった。
父がひとりでそのボタンを押す勇気を持っているわけがない。
だからわたしが申し出て、父とふたりでそれぞれの親指をスイッチにあてがった。
着火の合図。
わたしはあの感触を忘れてはいない。
間違いなく、わたしのほうがコンマ何秒かそれより短い差で、父より早くスイッチを押している。
そんなものは、感触でわかる。
だいたい、父が一人で押せるわけがない。ただ、
「一緒に押したよね。後悔はないよね」
という形をつくるのが私の役割だろうと思って気丈にそうした。実際、父の心は多少はましだったようだ。
しかし、意図を持っていた私からすれば、その感触はいまだに忘れられない。
同様に死刑執行官も、何件も執行を重ねれば、たぶん「今のは自分だ」とわかるに違いない。
ロボットによる殺人には、引き金を引く兵士の心理的負担の軽減もあるだろう。
人間が持ち合わせる「躊躇」は効率性を奪うものでしかないというのが現代の理論だろう。
しかし、ロボットにもAIにもまだ、「オペレーター」が必要だ。
自動殺人システムを作動させるエンターキーは、人間が押さなければならないのだ。
人間がその主体をAIに完全に渡すとしたら、それは、地球上で食物連鎖の頂点を気取る人間が敗北を宣言することに等しい。
そして、偉い人ほど戦線には行かない。直接手を下すことはない。
これが昔の「戦(いくさ)」と「戦争」の違いだろう。
ならば「クリックするだけの簡単なお仕事です♪」みたいな感じで、殺人ロボ発動のエンターキーを押す人間を貧しい地域から単発で雇い、責任を押し付けるか?
貧富の差が大きな国であれば、そんなことも可能になってしまうのだろう。
そんな想像をしてしまうのはわたしだけだろうか。
目的を果たした戦士が最後に王に望んだもの
さて、話をRRRに戻すとしよう。
ビームとラーマは最終的にイギリス軍の拠点を破壊し、拠点から奪ったトラックいっぱいの武器を積んで村に帰る。
村の願いを成し遂げての帰還である。
そして、実は村の王家の末裔だったラーマはビームに対して、「何かしたいことはあるか?」と訊く。
ビームが返した最後の台詞は、
「読み書きを。」
である。
村を出発し、4年の歳月をかけてイギリス軍の高級警察官にまで上り詰めたラーマが、村人ビームに救われ、その恩返しとして求められたこと。
それが「読み書き」なのである。
こんな台詞、ハリウッドが大枚叩いても出てこないと思う。
人は「読み書き」によって世界を広く正しく知っていく。
「クリックするだけの簡単で高単価のお仕事♪」に疑いを持ち、真理を調べ、知り、忌まわしいことから避ける力をつけていくのである。
それをみごとに抉って見せた深さとメッセージ性。
インドという立ち位置の国でしか描けないのではないだろうか。
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【プロフィール】
著者:清水 沙矢香
北九州市出身。京都大学理学部卒業後、TBSでおもに報道記者として社会部・経済部で勤務、その後フリー。
かたわらでサックスプレイヤー。バンドや自ら率いるユニット、ソロなどで活動。ほかには酒と横浜DeNAベイスターズが好き。
Twitter:@M6Sayaka
Facebook:https://www.facebook.com/shimizu.sayaka/
Photo:Maxim Hopman