世の中には勉強になることが溢れている、というより、何事も勉強するつもりで眺めると見え方が違ってくるものだ。
たとえば、一時期まで有名だったボジョレーヌーボーの売り文句。

これは、日本有数のワインショップ「エノテカ」さんから引用したものだが、まあその、どの年もとてもおいしそうに読める。
事情を知らない人々がこれを見て、
「ボジョレーヌーボーのキャッチコピーは褒めてばかりだ」
「嘘やインチキじゃないの?」
と疑ってかかっても無理からぬことだろう。
もともと、その年のブルゴーニュワインの作柄を占うものとされてきたボジョレーヌーボーが毎年こんなに素晴らしい出来だったら、ブルゴーニュワインも毎年素晴らしくて、当地には不作なんて存在しないみたいに思えるじゃないですかー。
ついでにボジョレーヌーボーに占われる側、本命であるブルゴーニュワインの売り文句をワインショップのウェブサイトで確認してみると、やっぱり悪いことは何も書いてない。
「溌剌としたフレッシュ感」
「がっしりとしたボディ」
「長期熟成できそう」
とか。
ときどき「フェミニンな」とか「男性的な」といった、何が言いたいのかわからない売り文句も混じっているが、とにかく、ワインを讃えるセンテンスがびっしりと貼り付けられている。
かつて、2ちゃんねるを立ち上げたひろゆき氏は「嘘を嘘と見抜けない人には(インターネットは)難しい」と言ったという。
ところがオンライン上のワインショップに並ぶ売り文句を眺めている限り、嘘を嘘と見抜ける気がまったくしない。
実際に買ってみて、飲んでみて、寸評してみなければワインショップの華美な売り文句の真贋は掴めそうにない。
ワインショップは嘘を……ついていなかった!
で、私はワイン愛好家の端くれになり、そういった華美な売り文句の貼り付けられたワインを飲む側に回った。
良い作柄の年のものも悪い作柄の年のものも、作り手が信頼できるものも、ワインがひどいことになっているものも、1000本、2000本と購入して飲んでみた。
そうして骨身にしみて理解したのは、「ワインショップは嘘をついていない」ということだ。
華美にもみえるワインの売り文句は、実際、ワインの性質をよく言い当てていると思う。
私はワインショップの売り文句をあてにしていないので、何が書いてあるのかを確認するのはワインを飲んでしまってからのことが多い。
で、飲んでからそれらを読むと、なるほど、ワインの特質をうまく言語化していると感心させられたのだ。
酸味の利いているワインはそのように書いてあるし、スパイシーな風味を伴うワインにも必ずそういうことが記されていた。
プロが品定めして書いているだけあって、私には気づけなかった特徴も表現されていて、読んだうえで残りのワインを飲んでみると「なるほどー」と唸らされることも多い。
じゃあ、たいして良くないワインの売り文句はどうなのか?
これがまた、飲んだ後に読むと「なるほどー」と思わされることが少なくないのである。
たとえば一般に不作の年とされるヴィンテージの、酸っぱくて水っぽい赤ワインがあったとする。
するとワインショップの売り文句はこのようにワインを賛美する:
「すぐに飲めて、酸味がよく利いていて、繊細な味わいです!」
なるほどー! 物は言いようってわけか!
ハズレ年のワインは寝かせておいても熟成可能性が乏しいばかりか、次第にショボくなっていくものが少なくない。
だから「すぐに飲める」。
酸っぱいワインは「酸味がよく利いている」と表現できるし、水っぽければ「繊細な味わい」と来るわけだ。
厄介なことに、これらは出まかせってわけでもない。
熟成だなんて、まどろっこしいことを言ってられない人にはハズレ年の早く飲むべきワインこそがお勧めかもしれない。
「酸味がよく利いている」は酸っぱいワインが好きな人にはポジティブな情報だろう。
水っぽいワインなんてろくでもないように思えるかもしれないが、例年より水っぽいおかげで、普段は意識できなかったことが意識できる場面がワインには稀によくある。
そういう意味では、「繊細な味わい」と言われたら嘘だと否定するのも難しい。
その延長線上として、一本1000円以下の、馬の骨みたいなメーカーが作っているなんだかよくわからない激安ワインの売り文句たちを眺めてみよう。
うーん、嘘はついていない……かもしれない。
(2026年の相場で)一本800円前後ぐらいのワインになると、たいていの品は長所よりも短所のほうが挙げやすかったりする。
それでもワインショップはどうにか売り文句をひねり出さなければならない。
短所だらけの激安ワインに華美な売り文句を与えるには、ワインの性質をよく確かめたうえで、語彙力をフルパワー全開にする必要がある。
そこでは力任せなワインが「豪快」だったり、甘ったるいワインが「ジューシー」だったり、渋いうえに酸っぱいワインが「タンニンと酸のバランスがとれていたり」する。
毒にも薬にもならない水っぽい白ワインが「どんな食事にもぴったり」的なレコメンドをされていることだってある。
ファー! どんな食事にもぴったりですかぁ。
あと、水っぽい白ワインを「ピュア」とかいうの、やめてもらえませんか。
ピュアな白ワインって言ったらさあ、よくできた甲州とか、よくできたピュリニーモンラッシェとか……。
失礼、ちょっと血圧が上がってしまいました。
とにかく、ワインショップの言うことにゃ、世の中にはまずいワインは存在せず、そのうえでワインショップは嘘を言っているわけではない。
しかし、そこでは言葉の綾というか、欠点をギリギリ褒め言葉に転換するような言葉の錬金術、いや言葉のメッキが行われていて、あばたをえくぼと評してワインが売られているのである。
商魂たくましいことだと、言わざるを得ない。
「褒め言葉からワインの欠点を連想する」
しかし、こうしたワインショップの能書きのメカニズムをいったん理解してしまえば、色々なことがわかってくるし見えてくる。
つまり、ワインに寄せられた褒め言葉を透かしてみれば、そこから弱点や欠点もある程度まで推定できるようになるのである。
つまり「ピュア」で「繊細」なワインは、水っぽいワインであるリスクが高そうだし、「豪快」で「野趣あふれる」ワインは濃すぎたり雑なつくりだったりするかもしれない。
もちろん、実際にそれらが讃えるべき長所といえるワインがないわけではない。
たとえばボルドーやブルゴーニュやカリフォルニアの超高級価格帯で「豪快」で「野趣あふれる」と記されていたら、それが正真正銘の長所である可能性もある。
しかし1000円前後の価格帯のワインに関しては、それらの売り文句がどこまで長所で、どこから弱点の裏返しなのかはわからない。
で、売り文句が短所のほのめかしだったワインに一杯食わされてみると、ワインに対する解像度はともかく、ワインショップの売り文句に対する解像度は高くなる。
日本語に対する解像度も高くなるかもしれない。
落胆させられるようなワインを掴まされた時は、ワインショップのウェブサイトでどんな売り文句が添えられているのか、ぜひ確かめてみていただきたい。
なにかの理由でボトルそのものが駄目になっているとかでない限り、「なるほどー」と膝を打つ部分が見つかるはずだ。
そして売り文句を検証していくなかで「ああ、ワインショップは短所を長所としてそれとなーく書いて、おれたちワインマニアにこっそり知らせてくれているんだ」と感じるようになってくる。
そうなるとますます、ワインショップの売り文句が嘘ではなく、トゥルースの一種であるように思われてくる。
「嘘はついていない。少しだけ尾ひれはひれをつけて褒めているだけ」という世渡り
してみれば、ワインショップの売り文句は、嘘か本当かという尺度で評価すべきものではない、と言わざるを得ない。
言葉巧みにワインについて口上を述べたてるそれは、本当であり、嘘ではなく、長所はもちろん短所すら率直に述べ立てたものだが、ところが全体としては売り文句として成立している。
ワインショップの売り文句は、どんなにひどい出来栄えのワインですら、センテンスのうえでは優れたワインであるかのように述べたてる。
これは正真正銘、言葉の錬金術、または言葉の幻惑術ではないだろうか。
けだし、このような言葉の幻惑術を用いて、本当であり、嘘ではなく、長所はもちろん短所すら率直に述べ立てたものが世の中にはたくさんあるのだろう。
いわゆるマンションポエムなども、こうした言葉の幻惑術の領分ではないか? と眉に唾を付けて眺めたくなる。
しかし、嘘ではなく短所すら実は述べ立てているわけだから、嘘と言ってもはじまらない。
ワインショップの売り文句やマンションポエムを読解する際には、ひろゆき氏の「嘘を嘘と見抜けない人には~」も通用しない。
これは非常に厄介なことだ。
しかし、ファクトかフェイクかといった二分法が通用しない領分が世の中には存在していること、それが一種独特な文法を形成し、流通している領分が存在していることを知っておくことは、娑婆の知識として役立つし、なんならワインショップの売り文句からテクニックを学び取り、みずから言葉の幻惑術を習得することさえ可能かもしれない。
こういう目線でワインショップの売り文句を眺め直すと、彼らの言葉運びの巧みさ、言葉の幻惑術の巧さにびっくりさせられると同時に、身が引き締まる思いがする。
娑婆にはこのような技芸のうまい人間とそのプロダクツが少なからず存在しているので、世渡りの一助として勉強してみるのもいいかもしれない。
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(2026/4/30更新)
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

Photo:Hermes Rivera




