「男の人に一目惚れして、電車で声を掛けたことがあるんです」
先日、女優の岡田結実さんがドラマの制作記者会見でそんな発言をして、場をわかせることがあった。
声を掛けられた男性もまんざらではなく、その場で連絡先までゲットできたのだという。
真偽はともかく、モデル・女優として1流に昇りつめるような女性からの声掛けであれば、多くの男性が鼻の下を伸ばすのも無理はないだろう。
眩しいやら羨ましいやらのお話だが、しかし言うまでもなくこんな“奇跡”は、岡田結実さんだから起こりえた超レアケースというものだ。
もっともオッサンの場合、若く美しい女性からの声掛けなど恐怖でしかなく、私なら全力で逃げ出してしまうが。
まして男性からの声掛けであれば、高橋恭平さんクラスのイケメンであっても多くの女性には、間違いなく恐怖だろう。
「一目惚れしたので声を掛けました!」
そんなコミュニケーションが意味するものは「一方的な認知」であり、不審人物という自己紹介に等しい。
「とても美味しいので、これ食べてみて!」
海外旅行先の屋台で、青色に光る生魚やピンク色のキノコ料理を差し出された時よりも数十倍、怖い。
しかし日本企業では、そんな恐怖の儀式にも近いことが近年まで堂々と行われていたといえば、言い過ぎだろうか。
“優秀さの物差し”
「当社では、どんな仕事をしたいと思っていますか?」
話は変わるがもうずいぶんと昔、新卒の採用面接をしていた時のこと。
大手商社を定年でリタイアし転職してきた事業部長が学生にそんな質問をして、驚いたことがある。
「当社のどういったところに魅力を感じたのでしょうか」
そんな質問も重ねるが、全く意図が理解できない。
そのため採用面接が一通り終わった後に、問いかける。
「部長、あれはいったい何を知るための問いかけだったのですか?」
キョトンとする事業部長。いったいお前は何を言っているんだと、不思議なものを見る顔で不快感をにじませる。
「志望動機とか、入社後の仕事の意欲を聞くなんて当然やないか。やる気のない学生を採ってどうするねん」
20年以上も前、2000年代初頭の頃あいである。
大手や、少し気が利いている中小企業ならwebサイトはかろうじてあったが、作って終わりの静的ページでしかない。会社案内はまだまだ、紙が主流という時代のことだ。
「うーん…。では逆にお聞きしますが部長、ご自身は入社前、ウチの魅力をどうやって調べたのでしょう」
「…社長と直接会って、話した。幹部採用なんやから当たり前やろ。一緒にすんなや」
「その通りです、学生にそんな機会はありません。ウチに対して当たり前に魅力を感じているという、ありえない前提での質問に違和感があります」
今でこそ、新卒学生の採用はインターン経験などを通して、双方向の理解が進むように設計が為されている。
しかしほんの20年も遡ると、浅はかな質問で学生を“品定め”する、前時代的な価値観のリーダーが溢れていた。
そんな違和感を婉曲に伝えたつもりだったが、激しい口論になってしまう。
「だから会社案内があるんやろ!会社が出してる情報を勉強してない学生なんか、やる気がないと判断して当然やないか」
「キレイごとしか載せていない会社案内を記憶するなど、優秀であるかどうかの判断基準になりません。仕事ができるかどうか、ポテンシャルを推し量る上でも無意味です」
「ほなら、なにを基準に質問するねん」
「正直私も試行錯誤しています。しかし少なくとも、学生さんが“ウチを熱望している”ことを前提にする質問は間違えています。前提がおかしいので、茶番でしかありません」
もしここで、事業部長がこんなことを回答したらきっと、口論にならなかっただろう。
「組織に順応できる能力を見るために、建前のキレイごとも言えるか試している」
適切かどうかはともかく、質問の意図と知りたい答えが一応、矛盾していないからだ。
しかし何年前のものかすらわからない会社案内を記憶しているかを“優秀さの物差し”にするなど、気が狂っている。
人としてもビジネスパーソンとしても、学生さんを理解するうえで全く意味がない。
就職氷河期の走り、私のような昭和40年代後半あたり生まれの世代には、こういった「ガチ昭和」の狂ったリーダーとともに一緒に仕事をした記憶が、いまも色濃く残っている。
新卒の時、採用面接では数少ない情報から会社の魅力を“創造”し、おべんちゃらを言う技術がマニュアルのようになっていたほどだ。
しかしありていに言って、優秀な人材であればあるほど、会社など踏み台程度にしか思っていないものだ。
まして、会社から大した魅力も情報も発信していない未上場の中堅企業では、「数万社のうちの1つ」という前提で学生さんに接するのが現実的というものである。志望動機や、入社後にしたい仕事を質問するなど100年早い。
だからこそ、採用責任者として私はいつも学生さんに、こうお伝えしていた。
「数ある会社の中から、本日は弊社に面接に来て下さって本当にありがとうございました」
当たり前ではないか。
“どこを好きになったのですか?”
話は冒頭の、「恐怖の儀式」についてだ。
どんな非常識が、日本企業では最近まで常識であったのか。
一昔前の面接での常識をお話した後に多くの言葉は要らないだろうが、そうもいかないので少し補足したい。
令和の今、社会でリーダー的な地位にある40代半ば以上の世代にとって、新卒採用は「会社が若者に恩恵を施すもの」という、体験的に刷り込まれた価値観が今もなお残っている。
大手ではさすがに改善しているように思うが、地方のワンマン中小企業ならむしろ、まだまだ常識だろう。ひと世代上のリーダーたちから、自分たちがそのように扱われてきたためだ。
ビジネス小説家として一時代を築いた清水一行さんの作品だったと思うが、若い頃に読んだ今も忘れられない大企業の描写がある。
「仕事を教えて下さった上に給料まで下さって、会社には心から感謝しています!」
朝礼時に毎朝、そんなことを唱和させられる一コマである。
令和の若者にはにわかに信じられないだろうが、昭和生まれの世代は多かれ少なかれそんな青年時代を過ごし、影響を受けてきた。
そしてそんな価値観に色濃く影響を受けたリーダーや経営者は、今も平然と、採用面接でこんなことを言う。
「当社を志望した理由を聞かせて下さい」
「ウチに入社してやってみたい仕事は何ですか」
トヨタ自動車さんの「トヨタイムズ」のように、自社メディアにお金も人員も割いて情報発信をしている会社であれば、そんな質問も成立するだろう。
「自分たちはこんな価値観で、会社を運営しています」
「入社後のキャリアパスはこのように、多くの選択肢があります」
それをわかりやすく、巨額の資金をかけて発信しているからだ。
しかし給与と年間休日の多さだけで受けてみた会社の採用面接で、志望動機ややりたい仕事などを質問されたら、適当なキレイごとを言うしかないだろう。
「俺に一目惚れしたの?どこを好きになったのか上手に説明できれば、付き合ってあげてもいいよ」
電車の中でたまたま目が合った若い女性に、中年のオッサンがそんな声掛けをするのに等しい。
岡田結実さんからのナンパですら恐怖なのに、もはやホラーですらある。
そんな質問に、“一目惚れした理由”を上手に回答する儀式を、日本では「就職活動」と称してきた。
会社に一目惚れしたことを前提の愚問で、“優秀な学生”を選別したつもりになっていた。
どんな価値観の社長であり会社であるのか、どんなキャリアパスを描けるのかといった情報など無いままに、“見た目”という上辺だけで好きになったと言わされる儀式である。
令和になりようやくそんな時代は変わりつつあるが、当たり前ではないか。
誰かに選んでもらったり好きになってもらうためには、会社も個人ももっともっと、自分を知ってもらう努力をしなければならない。
好きになってもらう努力を怠っているのに、“一目惚れして当然”という前提の質問をしてくる会社など、人手不足の時代には早々に、淘汰されるだろう。
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桃野 泰徳(ティネクト株式会社)
作家、編集ディレクター。大和証券勤務を経て、中堅メーカーなどでCFOや事業再生担当者を歴任し独立。リーダー論・組織論を中心に朝日新聞GLOBE+や経済誌に執筆。著書に『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)など。
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(2026/7/1更新)
【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
偉そうなこと書きましたが、井川遥さんのような女性なら何歳になっても一目惚れしてしまいそうです…。
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