「これ、使って下さい」
「え? 2本もお持ちなんてすごい偶然!使わせてもらいますね!」
少し以前の事だが飲み会の後、お店を出ると予報外の雨に降られることがあった。
その際、参加者の一人が傘を持ってなかったので、どうぞ使って下さいとお渡しした時のこと。
そんなお礼を言われる。
共感してもらえるかどうか自信がないが、私は地元にお迎えする人のためにホテルを探したり、飲み会の会場を探すのが大好きだ。
駅近で17㎡以上、大浴場があり…などなど自分が嬉しいパラメーターを予算内で満たそうといろいろ考え、ワクワクする。
当然のようにカバンの中にはいつも、万が一の雨に備え傘を予備で入れている。
とはいえ地元であれば、当然のことながらホテルに泊ったことなどない。
ゲストのホテルを探すというのに、ネット情報に頼らざるを得ない。
部屋の内装、清潔さや口コミなどを慎重に確認し、喜んでもらえそうな施設を必死になって探す。
「ありがとうございました、とてもいい部屋でした!」
そんなこともあり後日、こんなメッセージを頂けるととてもテンションが上がる。
しかしいったいなぜ、こんな“何の意味もない”ことに時間と手間を費やしているのかと、我ながら頭がおかしいと思うことがある。
貧乏暇なしなので、決して時間に余裕などない。
傘など自分用だけでいいし、ホテルなどyahooトラベルあたりで、一定以上の評価と予算の範囲でソートし適当に決めてしまえばいいのに。
「大人になればわかるよ」
そんなことを思いつつ、“無駄な手間と時間”を使うことをやめられないままだった昨今。
いい年になったので無理もないのだが、老母を見送ることがあった。
父は若い頃にすでに鬼籍に入っているので、これで何とか三途の川だけはすんなりと渡してもらえそうだ。
不摂生な生き方をしている自覚があり、賽の河原での石積みを覚悟していたので妙に安堵している。
そんなある日、実家の荷物を整理していた時のこと。
食器棚の最奥から、とても懐かしいラーメンどんぶりが“出土”することがあった。
(初めて自分で料理したラーメン、この丼で食べたな…)
おそらく小学3年生、1983~4年くらいのことだろう。
亡父に教えられながら初めてガスコンロの前に立ち、水を計量し、火をつけ、サッポロ一番塩ラーメンを作った。
「なんでスープの粉は、火を止めてから入れないとダメなの?」
「ヤケドして危ないからだよ」
今から思えば、オヤジの料理の教えはそんな感じで適当でデタラメだった。
加えてオヤジは毎回、どんぶりに移したラーメンに生卵を落とし入れることにこだわった。
「これが美味しいんだよ!」
ラーメンに生卵を入れるやり方を美味しいと思ったことは、一度もない。
とはいえ、10歳児が親父に逆らうことなどできないので、美味しいねと同調する。
どんぶりを手にした瞬間、そんな遠い日の思い出が鮮明によみがえり、“付喪(つくも)神”のイタズラなのだろうかと鳥肌が立つ。
どんぶりの付喪神に魅入られたのか、さらに記憶がよみがえる。
おそらくこれも、小学生時代の記憶だ。
夜の9時30分ごろに唐突に、オヤジが聞いてくることがあった。
「ラーメン食べたいか?」
「夜ご飯食べたし、お腹いっぱいだよ」
「西大津駅近くに、新しくラーメン屋さんができたんだよ。美味しいって評判だよ?」
「え!?連れて行ってくれるの!!」
昭和50年代といえば、まだまだ外食など貴族のたしなみの時代だ。
少なくとも、決して裕福ではないうえに3人兄弟だった我が家では、外食の記憶など数えるほどしかない。
嬉しさに舞い上がり、駅近のラーメン屋さんに向かう。
「そこのラーメンどんぶりとお盆を持ってきな」
「・・・?」
(ラーメン屋さんに行くのに、なんでラーメンどんぶりを持っていくんだろう…)
言われるままにどんぶりを抱きかかえるとオヤジの助手席に乗る。
程なくしてラーメン屋さんに着き入店すると、オヤジは思いがけないことを店主に告げた。
「ラーメン1個、持ち帰りできますか?」
「申し訳ありません…持ち帰りはやってません。容器もありませんし」
「家からどんぶり持ってきました。固めに茹でてラップをかけてくれればいいです」
「それならできますが、早めに食べて下さいね」
店内の客が一斉にこちらを見る。
そりゃそうだろう、どんぶり持参のラーメン持ち帰り客など、令和の今まで私自身、見たことがない。
オヤジ自身はラーメンを食べる気が無いので、席に座るわけにはいかない。
だから私の為に1杯だけテイクアウトし、家で食べさせるという魂胆であった。
恥ずかしいやら嬉しいやらの思いでラーメンを受け取ると、家に戻る。
リビングの自席に座り、人生で初めての外食(?)ラーメンをすする。
薄切りチャーシューにネギがたっぷり、プロが作る塩ラーメンの美味しさに感動し、夢中になってほおばった。
「美味しいか?」
「うん、美味しいよ!」
オヤジはただ、ウイスキーグラスを傾けながら満足そうに見ているだけだった。
「なんでお父さんの分は買わなかったの?」
「お父さんはいつも、外で美味しいものを食べてるからいいんだよ」
「じゃあなんで、連れてってくれたの?」
「大人になればわかるよ」
「・・・ふーん、変なの」
そんなやり取りが昨日のことのように、鮮明によみがえった。
そしてオヤジの言う通りいい年の大人になった今、その理由がよくわかる。
「思ったより嘘が下手なんだね!」
話は冒頭の、ゲストを迎える時の作法についてだ。
傘など自分用だけでいいし、ホテルなどyahooトラベルあたりで評判のいい上位から適当に決めてしまえばいいのに、なぜできないのか。
茶の湯を大成したことで知られる千利休の残した教えに、利休七則というものがある。
茶は服のよきように
炭は湯の沸くように
夏は涼しく、冬は暖かに
花は野にあるように
刻限は早めに
降らずとも雨の用意
相客に心せよ
茶道を学ぶ人なら誰でも最初に教わるであろう、一期一会の覚悟をわかりやすくまとめたものだ。
ゲストを迎える主人であれば、来客には真剣勝負で向き合えといったところだろうか。
もちろんこれらの心遣いに、見返りなど求めるものではない。
一期一会とは、そういうものだ。
しかしどうしようもない俗物の私は、「一期一会」のつもりでゲストをお迎えした時、わかって貰えると正直言って嬉しい。
というよりも、誰かに喜んでもらうことが嬉しいのであって、それが一期一会の真似事なのかと、後付けで納得したくらいのものだ。
そしてきっとオヤジも、そうだったのだろう。
僅かであったであろう小遣いを“無駄に使って”でも、子供の喜ぶ顔を見たい。
そのために、仕事に疲れ帰ってきた後でも、ラーメンどんぶりを抱えた私をラーメン屋さんに連れて行ってくれた。
思えば先日亡くなった母も、裕福ではない中でもできる限り、お金のかからないお出かけに連れて行ってくれた。
おそらく50年近く前だと思うが、夜桜を観に行こうと京阪電車に乗り、大津から蹴上まで出かけた日の事は鮮明に覚えている。
実家のラーメンどんぶりから不意に現れた付喪神は、そんな懐かしい記憶の数々を呼び起こしてくれた。
「え? 2本もお持ちなんてすごい偶然!使わせてもらいますね!」
だからこそ、予備の傘を出した時にそんなお礼を言われると、嬉しいかといえば正直微妙だ。
しかし私には、そんなゲストを批判する資格などないだろう。
「なんでお父さんの分は買わなかったの?」
「お父さんはいつも、外で美味しいものを食べてるからいいんだよ」
「ふーん、お父さんって思ったより嘘が下手なんだね。ありがと!」
私自身、そんなふうに感謝の言葉を伝えることができなかったのだから。
Google検索にAI Overviewが表示され、ChatGPTやPerplexityで情報収集するユーザーも増えています。検索順位を上げるだけでは、企業の情報が見つけられなくなる時代に、何をすべきか——。Books&Appsの弊社ティネクト代表安達裕哉が「経営oneplusサミット2026 Summer」に登壇します。

<2026年7月30日 開催予定>
AI検索対策最前線:手法から効果測定まで
安達裕哉 登壇|経営oneplusサミット2026 Summer 内セミナー講演概要
これから重要になるのは、AIに正しく理解され、引用され、推奨されるための情報発信です。SEOからAIOへと変わりつつある考え方から、具体的な対策手法、効果測定の考え方までをコンパクトに解説します。
登壇者
安達裕哉(ティネクト株式会社 代表取締役社長)
Deloitteで12年以上にわたり大企業から中小企業まで業務プロセス改善コンサルティングに従事。近年はAIによるコンテンツ作成を専門とする。著書に『仕事ができる人が見えないところで必ずしていること』『頭のいい人が話す前に考えていること』など。
開催日時:2026年7月30日(木)13:35-13:55
配信形式:オンライン(経営oneplusサミット2026 Summer 内)
参加費:無料
特典:事前申込でアーカイブ動画(2週間)を全員にプレゼント
お申込み・詳細
こちらのイベント詳細ページ をご覧ください。
(2026/6/26更新)
【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
部屋の大掃除で、懐かしいアルバムなどが出てきて掃除がはかどらないという経験をした人は多いと思います。
実家の整理、こんな感じでその100倍、時間がかかります汗
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
Photo:Crystal Jo






