はじめに、これをご覧になっていただきたい。

これは、東京大学系のウェブメディア「U Tokyo」から引用してきた、東京大学の学生の男女比をあらわしたグラフだ。

これを見てノーヒントで「東大生の男女比だ!」と読み取れる人は、よほどの東大マニアか、受験産業マニアか、ジェンダーマニアか、なんにせよマニアに違いないと思われる。

 

引用元では、この表を【特集 悩める東大 お金の話だけではない大学の現状と課題】という記事のなかで紹介している。

何を悩んでいるのか? もちろん、東大生の男女比が大きく男性に傾いていることが「悩みの種」だろう。

関連して、「東大の教員の男女比も男性に傾いている」「女子のほうが自分を過小評価しがち」「思い込みが理系の男性イメージを強化」といったことにも話題が広がり、「東大に女性が少ない問題はジェンダー不平等の象徴」とも締めくくられている。

 

この話の論旨は、進学率の男女比は生物学的な男女の差異によるのでなく、社会構築物としてのジェンダーの差異によるという前提に基づいている。

そのうえで現在の東大生や東大教員の男女比について憂うのはまったく「正しい」姿勢と言える。

 

では、なぜ、このように正しくなくジェンダー的に遅れたことが東大で起こっているのだろうか?

答えのひとつは、今日の価値判断=「正しさ」に基づいたジェンダー平等の推進が足りない、というものだ。

 

たとえばソウル大学の学生(3:7弱ぐらい)や北京大学の学生(4:6弱ぐらい)と比較すると、東大学生の男女比は極端と言わざるを得ない。

韓国や中国の最高学府でできていることがなぜ日本でできないのか? と問われたら、そこになんらかの問題がある、と考える姿勢は自然なものだ。

 

ちなみにハーバード大学やオックスフォード大学ともなると、学生の男女比はもっとずっと均衡している。ジェンダー的不平等の改善、という視点でみると、ここには是正の余地があるようにみえる。

 

答えのもうひとつは、ジェンダーの反対、生物学的な傾向に根差した統計学的根拠だ。そもそも極端な高学歴者が男性に発生しやすいとしたら、問題の本丸は生物学的男女比に由来することになるかもしれない。

『人間知能の正体』に答えを問う

この問題について考えるヒントになりそうな書籍に巡り合った。Ian J. Deary著、柿沼一雄・大井由貴訳『Intelligence 人間知能の正体』である。

本書の著者はエディンバラ大学で教授として活躍した心理学者だ。

知能の測定とその統計的傾向について、読者が正確な知識を獲得できることを期待してこの本を作ったのだという。

 

IQ、知能指数についてはインターネット上でさまざまなことが言われているが、信頼できる専門家が書いた書籍にあたるのが一番だろう。

 

高学歴の男女比について考える前に、まずIQの男女比について『人間知能の正体』を調べてみよう。

すると、たくさんの被験者を集めて測定した研究ではIQの男女差は無い(=統計的に有意な男女の差がない)、と出ている。

 

統計的有意差を抜きにして構わないなら、女性のほうがスコアが高い研究も多い。

これらの研究結果からは、「男性全体のIQの平均値と女性全体のIQの平均値では、男女の差は無い」、と言える。

 

ところが「男性全体のIQの平均」と「女性全体のIQの平均」には差がなくても、「男性のIQのばらつき具合」と「女性のIQのばらつき具合」にはかなりの差がある。

これは1932年にスコットランドで行われた知能調査の結果だ(『人間知能の正体』から)。

このグラフが、それぞれのIQ帯における男性の占めるパーセンテージ、および女性の占めるパーセンテージをプロットしたグラフである点に留意しながらご覧いただきたい。

 

たとえばIQ60の男性は188人、IQ60と測定された総勢の58.6%を占めており、IQ60の女性は133人、IQ60と測定された総勢の41.4%しか占めていない。

一方、IQ100の男性は4534人、IQ100と測定された総勢の49.99%を占めていて、IQ100の女性は4748人、IQ100と測定された総勢の50.01%を占め、ここでは男女比が逆転している。

 

このグラフから読み取れるのは、IQ100に近い平均的な領域では女性のほうが多く、IQが極端に低い、または高い領域では男性のほうが多い、ということだ。

というより「女性のほうがIQのばらつきは少なく」「男性のほうがIQのばらつきが大きい」と言い換えたほうがいいかもしれない。

 

統計学的な表現をするなら「男性被検者群においてはIQの正規分布の分散が大きく、女性被検者群においてはIQの正規分布の分散が小さい」、となるだろうか。

 

ちょっと小さくて読みにくいが、このグラフにはそれぞれのIQのおける男女の人数が記されている。

これをよく見ると、IQ90~110あたりにおいて女性が多いといっても、男性被検者も大半がここに含まれているし、このIQ帯における男女の人数比は0.01%の桁のレベルに過ぎない。だから、世間一般から平均的なIQの人を探し出してくると、男女比はほとんど同じと感じられるだろう。

 

ところがIQ60~70やIQ130~140のIQ帯になると、男女比はかなり明瞭になる。

世間一般から極端にIQが低い人や極端にIQが高い人を探し出してくる場合、かなりはっきりと男性のほうが多いと感じられるだろう。

 

このレポートは1932年のものだが、その後に行われたさまざまな研究でも同じ傾向が確認されている。

数十年前の研究でも最近の研究でも、異なるテストセットを用いても、アメリカでもイギリスでも同様だったと『人間知能の正体』は記している。

 

ちなみにIQの下位項目についてみていくと、数的推論や非言語的推論といった下位項目ではこのグラフのとおりになるが、言語的推論という下位項目では高IQ帯においても女性が一貫して男性を凌駕している。

 

この、男性のほうがIQのばらつきが大きい現象は、「雌より雄のほうが身体の機能や行動のばらつきが大きい」という有性生殖生物全般にみられる傾向とも一致している。

おそらく、生物学的なバックグラウンドに基づいた傾向と思われる。

 

ただし「IQの高低」と「学歴の高低」はイコールではない

だが、ここまで注意深く読んでくださった読者の方は意識しているだろうが、「IQの高低」と「学歴の高低」はまだイコールではない。

IQが高い人は学歴も高いと本当に言ってしまっていいのだろうか?

 

この疑問に答えるレポートを『人間知能の正体』はちゃんと紹介している。

この表は、著者らが1997年に11歳だった子どものIQを測定した総まとめ(F1)と16歳時の一般教育証明試験を測定した総まとめ(F2)がどれぐらいの相関関係にあるのかをみたものだ。

この図に記されている数字はどれも0.8以上だが、これらは相関がかなり高いことをあらわしている。

要するに、11歳時点のIQが高い人は16歳時点の学業成績が優れている傾向にある、とここから読み取れる。

 

同じく職務遂行能力、特に専門的で複雑な仕事における職業的成功の予測因子としても、IQの高さはかなり精度が高い、と同書にはある。

IQの高さだけが予測因子として優れているわけではないし、IQの高さだけを頼りにすべきでもない点は同書も断っている。

とはいえ、仕事のできる/できないを占う因子のひとつとして、IQはある程度までは頼りになりそうである。

 

ここまでを踏まえると、東大の学生や教員が男性のほうが多いのも、極端な社会的成功者が男性のほうが多いのも、なんだか自然なように思えるかもしれない。

 

だが、話はそんなに単純でもない。

さっきのIQの男女差についてのグラフをもう一度振り返ってみていただきたい。IQ130~140のIQ帯において男性のほうが割合として多いのは事実だが、あのグラフをよく見ると、IQ130~140の男女比は東大の学生や教員の男女比ほど巨大ではない。

 

グラフに記されている小さな数字を拾い集めて計算したところ、IQ130~140帯にプロットされている女性のパーセンテージは46.3%で、男性は53.6%でしかない。

IQ140に絞っても、女性のパーセンテージは42.3%で男性のパーセンテージは57.7%程度だから、東京大学の学生や教員における女性のパーセンテージはそれよりずっと小さいことになる。

 

ここでようやく、冒頭で紹介した「特集 悩める東大 お金の話だけではない大学の現状と課題」という記事の問題提起がわかってくる。

なるほど、高IQ者には若干の男女比の違いがあるかもしれない。だが、その比率と東大の男女比のあいだには巨大なギャップがあり、そのギャップはおそらく社会慣習や社会制度、さらにジェンダー的な問題によって左右されていると考えるべきなのだろう。

 

学生の進学率に関する限り、北京大学やソウル大学のほうがジェンダー的な問題を解決しているようにみえ、そうはなっていない東京大学がそこを問題視するのは理解できることだ。

 

統計を眺める時は慎重に。それから個人と集団をごっちゃにしないで

『人間知能の正体』は、人間のIQに関する統計学的に確からしいことをまとめた書籍で、それだけに内容にはインパクトがある。

しかし、「IQのばらつき具合の男女差」が東大における男女差ほど甚大なものではないことが示すように、その内容、その差異の記述がどの程度の水準なのかは注意深く読む必要がある。

 

たとえば本書は「高IQ帯において男性の比率が高い」ことを教えてくれるが、それは東大における男女差を正当化する根拠になるような水準ではない。

むしろ逆に、本書の内容は東大における男女差がIQの男女差から予測されるよりも大きく、東京大学に、ひいては日本社会になんらかジェンダー的な問題が存在していることを教えてくれている。

本書の内容を論拠として東大の現状を肯定するのは間違っている。

 

それからもうひとつ。集団にみられる傾向や差異と個人それぞれの性質が一致しているとは限らないことをお忘れなく。

たとえば世の中には、女性の軍用機パイロットが存在する。

統計的にみても、身体機能の男女差から考えても、軍用機のパイロットには男性のほうが向いている傾向が強いと言えるが、個人として十分な資質と意志を持っているなら女性が軍用機パイロットを勤めること自体は妥当だ。

 

統計としてどうであるかと、個々人が実際にどうであるかが一致しているとは限らない。

そこの不一致を度外視して個人について決めつけるのは、一般に「偏見」と呼ばれるものだと思う。

 

統計的にどうであるかの話と、個人が実際にどうであるかの話の間にはいつも距離がある。

その距離のことを分けて考えられない人は、統計をあまり振り回してはいけないんじゃないかな、と私は思う。

 

 

 

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(2026/8/3更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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ブログ:『シロクマの屑籠』

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