前回は、子育て専業主夫を3年ぐらいやった話を書いた。

諸事情が重なった末の苦肉の策ではあったけれども、結果として、精神科医としても親としても大切な経験が得られて良かったと思う。

 

これに限らず、医師の世界にはいろいろなキャリアを歩む人がいる。

起業を始める人。農業を始める人。宇宙飛行士を目指す人、等々。

 

医師は将来性の狭い職業だと思う人もいるかもしれないが、実際にはそうとは限らない。

今日は、そんな「生きたいように生きる医師」の一例を紹介したうえで、いまどきの高学歴社会、ひいてはいまどきの西洋近代社会に文句のひとつでも言ってみようと思う。

 

「生きたいように生きる医師」の神髄を見た

ここで紹介する「生きたいように生きる医師」は、私がキャリアの駆け出しの頃に出会った女性医師のQ先生だ。

Q先生は20代後半の研修医で、優秀でタフな人だった。

ナースの集まりに物怖じすることなく、かといってツンケンするでもない、コミュニケーション上手でもあった。

その彼女が実は二児の母親で、親族や保育園に頼りながらとはいえ子どもを育てていることを聞いた時、私はびっくりしてしまった。

 

聞くところによれば。

彼女は医学部在籍中に学生結婚し、医学部を卒業し医師国家試験に合格して間もなく一人目の子どもを出産した。

次の年にはもう一人。

さすがにこの時期は子育てに専念していたけれども、親族や保育園に頼れるようになってからは研修をリスタートし、専門医の免状をもらうべく奮闘しているのだった。

 

なんということだ!

年齢は私とそれほど変わらないのに、彼女は人生のずっとずっと先を歩んでいる。

女性医師が結婚・出産とキャリアの板挟みに悩むのは珍しいことではないと聞くが、Q先生の人生はそういった悩みを超越している。

それにしても、彼女の選択はなんと大胆で、合理的なのだろう!

 

女性医師の誰もがQ先生のように生きられるとは到底思えない。

彼女は勉強ができるだけでなく、何かが根本的に優れていた。

そもそも医師国家試験に合格してすぐ出産し、時機が来れば研修病院にスルリと復帰してくる要領の良さはちょっと普通じゃない。

 

それとQ先生が嫌味の無い愛嬌を持っているというか、同性にも異性にも嫌われにくい不思議な魅力をたたえていた点も、彼女の人生を融通のききやすいものにしていただろう。

 

とはいえ、実際にそのように生きてみせる女性医師が存在し、その生きざまを私は目撃してしまった。

そこから私は多くのことを学ばせていただいたように思う。

 

・「生きたいように生きる医師」になるためには、人生の優先順位についてしっかりした判断ができなければならない。

・自分が属しているコミュニティの常識や慣習には敬意を払ったほうがいい。しかしそれらに流されないだけの意志と、その意志を実行に移すための能力を持たなければならない。

・能力だけでは無理なこともたくさんあるので、チャンスやタイミングを常に見計らい、それらに対して自覚的でなければならない。

 

ここで箇条書きにした教訓を、Q先生から直接言い渡されたわけではない。

けれども彼女の生きざまはどんなライフハック書籍よりも雄弁に「生きたいように生きていくとはどういうことなのか」に語っていた。

 

私が家庭の危機に際して専業主夫になると決断できたのは、間違いなくこのQ先生のおかげだ。

彼女に出会わなかったら私は決断できず、家庭の危機を切り抜けられなかったかもしれない。

 

Q先生のような女性医師は増えたか

私がQ先生に出会ってから、約20年の歳月が流れた。

その間に医師の世界はそれなりに変わり、世の中全体も変わったように思う。

 

医師の世界について言えば、この20年間に若手医師のキャリアは自由度が高くなり、いわゆる大学医局制度から距離を置きながらキャリアアップをはかる人が増えた。

その反面、一人前の医師になるまでのトレーニング期間はますます長期化し、今まで以上にライフコースを圧迫するようにもなった。

 

今、一人の女性が医師になろうとしたら、ライフコースの設計にかなり苦労するだろう。

18歳で医学部に現役合格し、24歳で卒業した女子学生でさえ、一人前になるまで待っていたら30歳を越えてしまう。

 

令和時代の30歳は昭和以前の30歳よりずっと若く見え、余命も長くなっているけれども、生殖適齢期は昭和以前とほとんど変わっていない。

男性も女性も30代後半には妊娠・出産の能力が急激に低下していくし、年を取ってからの子育ては体力的にもハードだ。

だとしたら、いまどきの若手女性医師はいったいどのタイミングで結婚・子育てを考えればいいのだろう?

 

いやいや、これは若手女性医師だけの問題ではない。

本当は若手男性医師だって真面目に考えなければならない問題のはずである。

 

一人前の医師になるまでのトレーニング期間が長くなっている以上、若手医師がキャリアアップと子育てを両立させる難易度は高くなっている、はずだ。

それなら合理的判断の帰結としてQ先生のように学生時代に結婚し、子育てを始めてから研修医としてリスタートする女性医師が増えていてもおかしくない……ように思えるのだが、実際には、そのような女性医師が増えているとも、そのようなライフコースが流行っているとも聞いたことがない。

 

Q先生のような女性医師が増えないのは、制度や慣習による縛りのせいかもしれないし、そもそもQ先生が「生きたいように生きる医師」として優秀すぎただけなのかもしれない。

いずれにせよ、一人前の医師になるまでのトレーニング期間が長くなっている事実と、人間の生殖適齢期が昭和以前とほとんど変わっていない事実を掛け合わせて考えるなら、医学生~研修医の段階で子育てをスタートする女性医師(や男性医師)が増えてしかるべきはずである。

 

ところが実際にはQ先生のような医師は増えていないのである。

女性医師のキャリアについては、30代半ばに(子育てにより)就業率が低下することがしばしば問題視され、就業率を高めるべきだと論じられてきた。

だが、私に言わせれば30代半ばに就業率が低下するのは遅きに失している。

Q先生のように若いうちに子育てをスタートするキャリアが常識ではなく例外であること、生殖適齢期にフィットしない子育てを余儀なくされていることのほうがよほど大きな問題ではないだろうか。

 

私は男性医師だが、冒頭で触れたように専業主夫として子育てに時間を費やした。

そうしたうえで私は、子育てに専念できる時期は男性医師にもあって良いと思う。

子育てに専念すると、親子関係が変わり、夫婦関係も変わり、人生や世界の見え方も変わる。

 

だからこれは、女性医師だけの問題に矮小化すべきではない。

経済のロジックや医療需要のロジックに忠実になるなら、医師はすべからく就業し続け、子育てに専念などしてはならないのかもしれないが、そのような人間疎外はあってはならないはずである。

 

女性医師が男性医師と同じように働くことを理想視するのは、もうやめるべきではないだろうか。

というより現在の範疇的な男性医師のライフコースやキャリアコースも、トレーニング期間の長期化と生殖適齢期の兼ね合いからいって、非効率で時代遅れと言わざるを得ない。

 

もちろん、こうしたことを変えるのが制度からいっても慣習からいっても難しいことは私も理解している。

だが、難しいと理解していることと、それを肯定することはまた別である。

トレーニング期間が長期化し、それが自分たちのライフコースをより難しく、より険しくしているのなら、すぐには制度や慣習を変えられなくても、まずそこに問題があると周知されるべきだし、指差し確認されるべきだと私なら思う。

そして医師という専門家集団は、ここで述べているような問題を意識し、指差し確認するのに最適ではないだろうか。

 

Q先生のような女性研究者は増えたか

ここまで医師の話をしてきたが、もちろん医師ではない男女、とりわけ高学歴社会の真ん中を担う人々にも同じことが当てはまる。

 

社会が進歩し、ますます高度な知識労働者が求められるようになったことで、長く学ばなければならない人が少数の例外ではなくなった。

そうした高学歴化に伴うトレーニング期間の長期化は、20世紀後半には”思春期モラトリアムの延長”とも関連づけて論じられ、実際、就職や結婚の時期が遅くなる男女がだんだん増えていった。

 

社会がより高度な知識労働者を必要としていること、そうしたなかで向学心を持つ男女が増えてきたこと自体は喜ばしいことだ。

しかし、長期化したトレーニング期間によって知識労働者たちはライフコースを圧迫されるようになり、人生の舵取りが難しくなってしまう人も増えた。

たとえば女性の研究者が研究キャリアと子育てを両立させるのは、けして簡単ではない。

 

こうした問題は日本だけに起こっているわけではなく、欧米でも、知識労働者としての女性がキャリアと子育ての板挟みに遭ってしまうことは珍しくないようである。

欧米では日本以上に男性の子育て参加が進んでいるとはよく言われるが、だからといってキャリアと子育ての板挟みがなくなったわけではない。

この貼り付けツイートの引用元となっている「The unequal impact of parenthood in academia」というレポートによれば、女性研究者が母親になると研究生産性が下がる(そして男性研究者はこの限りではない)のだという。

 

この報告では、研究者が女性か男性かで研究生産性の下がり具合に違いがある、ということが重要なのだろう。

が、私には、子育てに時間やエネルギーを割くことで生産性が下がることを問題視し、下がらないほうが良いと決めつけて考えている研究者たちの固定観念と、その固定観念をつくりだしている現代社会の制度・慣習・通念のほうにも問題があるように思える。

 

アメリカの進化生物学者のサラ・ブラファー・ハーディーは著書『マザー・ネイチャー』のなかで、みずからの経験を踏まえたうえで、女性研究者のキャリアと子育ての板挟みについてこんなことを書いている。

私は自分の選んだ職業で成功したいと、とても強く思っていた。だが一方で、自分の娘から安心感を奪いたくもなかった。娘がそれを求めていることは、はっきり確信できるようになっていた。個人的な野心が娘の要望と衝突するのは避けられないように思えた。

その当時、私は母親としての願いと職業人としての願いがこれほど絡みあっているものだとは思ってもいなかった。

近年の調査から、私もいまではわかっている。私が感じたような葛藤は、程度の差こそあれ、アメリカのほとんどの母親が経験しているものだ。

このような葛藤は、子育てをする女性研究者、ひいては現代の働く母親にとってなじみ深いものだと思う。

 

余談だが、このサラ先生は、進化生物学者としての研究分野をうまく生かし、研究をしながら子育てを進めるという離れ業をやってのけていたので、たぶんQ先生同様、研究者としてだけでなく人としての立ち回りも甚だうまかったのだろうと私は想像している。

 

このサラ先生やQ先生のような女性がもっと増えればいいと思う。

いやいや、男性だってこんな人生の軌跡を描ける人がもっと増えて欲しい。

 

だが現状は、こうした人生の軌跡を描いてみせるのは一種の離れ業である。

これが離れ業ではなく、当たり前にならなければならないと私なら思う。

 

「そこに問題は存在しない」わけではない

どのような職業、どのようなキャリアを選ぶ人でも、挙児や子育てといった人間にとってプリミティブな営みを否定されたり制限されたりすべきではないはずである。

優生学や断種のようなわかりやすい制限を問題視するだけでなく、実質的に否定や制限を迫ってやまないような制度・慣習・通念も「本当はそれっておかしいよね」と指差し確認しなければならない、はずである。

 

今、大学院などへ進んでいく研究者のなかで、さきに挙げたサラ先生やQ先生のようなキャリアを歩んでいける研究者はそれほど多くない。

もしいたとしても、それはキャリアの王道としてではなく、例外や離れ業とみなされるだろう。

 

20世紀の中頃ぐらいまで、高学歴な知識労働者といえばまず男性だった。

そのうえ、そうした知識労働者の男性たちは子育てとは縁のない、研究や事業に没頭する人生を歩んできた。

そのことを思えば、現代の知識労働者、とりわけ女性の知識労働者が直面するライフコースの困難がなかなか問題視されず、20世紀以来の制度や慣習がなかなか変わらないのはやむを得ないことなのかもしれない。

 

だからといって、そこに問題は存在しないとみなし、考えるのをやめてしまうべきではない。

もし「そこに問題は存在しない」などと思って構わないとしたら、女性に参政権が無かった過去の社会も、子どもに体罰を行うのが当たり前だった過去の社会も、「そこに問題は存在しなかった」と思って構わなかったはずである。

 

これから先、ますます知識労働者の割合が増え続け、私たちのトレーニング期間が長引くとするなら、いい加減、長引くトレーニング期間と生殖適齢期の兼ね合いについて慣習や通念を振り返り、反省し、変えていかなければならないはずである。

もし何も変わらないなら、これから知識労働者となっていく人々はますますライフコースを圧迫され、ますます子育てとキャリアを両立しづらくなり、ますます子どもをもうけなくなるだろう。

それは社会にとって深刻な損失であるはずだ。

 

今回私が書いたことは、多くの人には現実無視の理想論のように響くのではないかと思う。

 

そうではある。

今の段階では、この問題の背景にある制度・慣習・通念をアップデートするのは不可能に思える。

それでも私は、問題がそこに存在することを意識し、今は不可能にみえても理想を展望しておき、そこに問題があることを多くの人に知っていただきたい。

そしてキャリアと子育ての板挟みに遭うことがさも当たり前だという顔をしている社会が、それってちょっとおかしいんじゃないかと思う社会へとまずは変わって欲しいと願う。

 

 

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(2021/9/15更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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