先日、facebookに何気なく投稿したつぶやきが、100万回以上閲覧されることがあった。

スーパーでは、焼肉用の牛タンは固い部位(タン先)と柔らかい部位(タン中、タン元)を盛り込んで売るお店が多い。

固いタン先は歯ごたえがあり過ぎるので、煮込み用として別に売られることもあるだろうか。

しかしこのお店では、タン先だけで焼肉用として売っていたので驚き、投稿したものだった。

 

するとこの投稿に、本職のお肉屋さん、スーパーの精肉部門で働く人、一般の消費者も含めて、たくさんの反響が書き込まれる。

「肉屋です。スーパーの精肉部門はそんなもんです」

「タン先、タン元⋯関係なく満遍に売れますよ!」

「教えて頂きありがとうございます!違いを知りませんでした!」

「タン先の方が脂少なくてヘルシーなので、逆に選んでしまいます」

 

好みの違いに気が付かなかった、SNSならではの学びをもらい勉強になる。

中にはこんなレスまでもらい、本当に目からうろこだった。

 

「タコのオスとメス同様に知ってる人が美味しい思いをする仕組みです。生鮮食品あるあるの目利きですね!」

レスをくれた人曰く、吸盤のデカいタコはオスで身が緩い。小さく揃っているのはメスで身が締まっていて旨いとのこと。

確かに、稀に吸盤の小さいタコを食べたら旨いなと思うことがあったが、まさかオスメスの違いだったとは…。これからはスーパーで必死に目利きしようと、お礼のレスを書き込んだ。

 

そんな中、一定数の閲覧があるとどうしても、facebookのような実名SNSでもこんな書き込みをしてくる人がいる。

「同じ値段じゃないじゃん、バカ?」

中には“コイツ”呼ばわりで、左の方が876円、右は661円じゃないかと、“マヌケ”と罵倒してくる見ず知らずの人まで現れる。

 

普段から買い物に行き、生活感のある人であればそんな勘違いはしないだろう。

さすがにそこまで度が過ぎれば、読んで下さる他の人にも不快だろうと、黙ってコメントを削除する。

 

そしてそんな“SNSバズ”ならではの光景を見ながら、ふと思い出したことがある。

 

「何が悪いのか、知りたいんです」

もうずいぶんと昔の話だ。

20代の若い社員から2人で飲みたいと誘われ、仕事終わりに安居酒屋に連れて行ったことがある。

生ビールで乾杯し、ひとしきりの雑談をかわすと思い詰めたように下を向き、言葉を絞り出す。

 

「僕の何がおかしいのか、教えて頂けませんか…」

相当、悩んでいたのだろう。それだけ言うと一気にビールを飲み干し、目線をそらせたまま固まってしまった。

心なしか、目は充血しているように見える。

 

「まずは少し、落ち着こうか。いったいどうしたんや」

「…上司から、退職勧奨のようなことを言われたんです」

 

「具体的には?」

「お前は本当におかしいと。ウチはもちろん、日本での仕事は向いてないんじゃないかと」

 

両親とも日本人、生粋の日本人である彼だが、幼少期から高校までアメリカで育っていた。

そんなこともあるのだろう、良くも悪くも納得できない指示ややり方には、どんな小さなことでも上司や先輩に反論していたと聞いている。

 

「アイツには手を焼きます、なんとかならないでしょうか」

平成の前半といった時代背景もあり、まだまだ年功序列の価値観も根強かった頃あいだ。

 

上司の側からも、そんな相談をされたことがある。

私自身、こんなやり取りで彼に少し驚いたことがあった。

「次のアポがギリギリやし、タクシーで向かおうか(=流しのタクシーをつかまえてという意思表示のつもり)」

「わかりました」

 

「・・・」

動こうとしないのでやむを得ず、道路に出て自分でタクシーをつかまえる。

すると彼は、停車したタクシーに先に、黙ったまま乗り込んでしまった。

 

「いかにも山本らしい行動やけど、今のはアカンな」

「なぜですか?」

 

「タクシーで向かおうと言われたら、日本では目下の立場が車を探すのが一般的かな。それと、先に乗るのも目上というのが一応のところ、日本のビジネスマナーやねん」

「納得できません、道路に近い場所に立っていたのが桃野さんでしたし、車が停まった時、ドア近くに立っていたのが私だったのでこの方が自然です」

 

「言ってることはわかる、まあ今の場面はともかくとしてや。山本が考える全体最適と、上司や経営陣が考える全体最適は、一致しないことがほとんどや。山本の考えは、多くの場合で部分最適かも知れんぞ」

ハッと何かに気がついたように、黙り込む。

 

ローコンテクスト、すなわち文脈に依存せずなんでも言語化することが当たり前のアメリカで育った彼だ。

そこからハイコンテクスト、すなわち文脈から“空気を読む”文化の最たる日本に戻ってきたのだから、いろいろとストレスを感じて当然である。

それは上司や同僚も同じで、組織になじめずにいたというのが客観的な事実なのだろう。

 

「確かに上司の言葉は、退職勧奨かもしれんのでキツイな。で、どうしたいんや?」

「自分の何が悪いのか、知りたいんです」

 

ビールをお替りし、それもまた勢いよく流し込みながらそんなことを答える。

酒でも飲まなければ相談できないほどに、悔しかった想いが伝わる。

 

もうずいぶんと昔の話なので、そのあと彼にどんなアドバイスをしたのか、細かな言葉は正直よく覚えていない。

ただ、誰も悪いヤツなどいない、それぞれのやり方が違う時、それぞれが歩み寄らないとぶつかるのが組織だと伝えた。

 

生きやすい組織に転じるか、それが難しいならハイコンテクストなコミュニケーションに慣れる訓練を少しずつでもするよう、助言したことを覚えている。

その後、彼はほどなくして外資系の製造業に転職を決め、会社を去っていった。

 

「ひとは、自分の器で学べることしか学べない」

話は冒頭の、“牛タンのバズ”についてだ。

「同じ値段じゃないじゃん、バカ?」

そんな勘違いで罵倒してきた書き込みをみて、なぜそんな昔の出来事を思い出したのか。

 

人はどれだけ学びに努めても、何も知らないに等しいほどに無知な存在だ。

ネットやAIの時代にあっても、森羅万象どころかどうでもいい雑学ですら、その0.1%も知ることができない。

それほどに人生は短く、世界は広い。

 

そんな中にあって、「自分の知識と経験の限界」を疑えないことほど、こっけいなことはない。

先の書き込みをした人は、自分でスーパーに買い物に行き、高い安いに悩む世界にいない人なのだろう。

買い物に行かないのであれば、単価という常識が無くても当然のことだ。

 

私自身、社会人になりたての頃に初めての贅沢でデパ地下のサラダ売り場に行った時のこと。

“600円/100g”と表記されている、すでにパッキングされている量り売りの商品を手に取り、1500円と言われて腰を抜かしたことがある。

それほどに、当たり前の日常ですら経験しないとわからないことに、人生はあふれている。

 

だからこそ、自分の知っている知識や経験など取るに足らないことを理解しないと、人はますます無知になっていく。

それを認める勇気を持てるかどうかで、知性のベクトルは大きく変わる。

 

その意味で、最初に自分の立ち居振る舞いを疑った元部下の彼は本当に凄かったと、今も思っている。

幼少期から過ごし身に着けた価値観を疑うなど、並大抵の勇気ではない。

 

「自分の何が悪いのか、知りたいんです」

あの時の彼の、鬼気迫る真剣な表情は今もよく覚えている。

そしてアドバイスに素直に耳を傾け、価値観を上書きし進路を変えた。

 

私の敬愛する、元大学教授に教えてもらった、こんな言葉がある。

「ひとは、自分の器で学べることしか学べない」

同じ人から同じ言葉を聞いても、学べるかどうかはその人次第ということだ。

 

出社最終日にあいさつに来てくれた彼は、最後にこんなことを言ってくれた。

「納得できる答えを初めて貰えました」

私の拙いアドバイスのようなものからでも、必死になって何かを学ぼうとしてくれたのだろう。

 

自分の知性と経験の限界を疑い、0ベースからリセットできた彼の事だ。

きっと自分の居場所を得て、驚くほどのフィールドで活躍していると確信している。

 

 

 

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(2026/8/17更新)

 

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

美味しい牛タン食べたい。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Crystal Jo