2007年の夏に長男が生まれて、それから大体19年くらい経ちました。
途中、双子の長女次女が増援にきまして、現在は5人家族です。
長男が生まれたのは、確かまだ本格的に暑くなり始める前の初夏の月曜日、朝に妻が産気づいたので私は会社に連絡をして、割と無理やりめに休みをもらいました。
その後、長男が昼頃に生まれるまではひたすらそわそわして、無駄に流動食を買い込んできたり、妻の好きな飲み物を買ってきたりしていたと思います。
そのまま、長男が生まれるその瞬間に立ち合いました。
ただ、その時「自分は父親になるんだ、という自覚」とか、「これから家庭を背負っていかないといけないと、という覚悟」が出来ていたかというと、多分全くそんなことはなくて。
そのあとの私の「育児」って、言ってしまうと「発生しまくる課題と、ただひたすら対峙し続ける」ということだけだったんじゃないかなあ、と思うんですよ。
もちろん子どもを食べさせる、おむつを替える、一緒に公園に行って遊ぶ、泣いたらひたすら抱っこしてなだめる、夜は寝かせる、熱を出したら慌てて病院に連れていく。
時には勉強わからなくて泣く子どもの隣に座ってじーっと抱っこする、必要なら宿題の計画を立てる、先生に迷惑をかけたら学校に電話して謝る、学校行きたくないと泣いたら添い寝しながらリモートで仕事する。
友達と喧嘩して落ちこむ子どもの話をじーっと聞く、もしも何か言えることがあれば、ほんのひとことだけ何かアドバイスする。
学校で楽しかったことがあれば、聞ける範囲で楽しい話を聞いて一緒に笑う。
面白い漫画をお勧めして、あるいは面白い小説をお勧めされて、一緒に読んで早口で感想語りをする。
確かに親がするべきこともあれば、あんまり親がするべきじゃないこともあっただろうし、失敗も散々あったろうし、面倒でサボっちゃったこともあったと思います。
一方「父親として」上記のことをやってきたかというと全然そんなことはなくって、ただ「一緒に住んでる誰か他の人」に自分がやりたいこと、やるべきだと思ったことをひたすらやってきただけ、のような気もするんですよね。
なんの覚悟も、親としての自覚もないまま、なんか19年経って、子どもがずいぶん大きくなってしまった。
親としての苦労って後々漂白されるもので、ひとつひとつの場面を切り取れば滅茶苦茶大変だったことも悩んだこともあったと思うんですけれど、今から振り返ると「ただただ場当たり的に何とかしてきただけ」というようにも思えるんです。
***
ただ、私に何かひとつだけ、親としての強みがあるとすれば、「世界って割といい場所だ」と、根底の部分ではそう思っていることかも知れません。
世界に対する信頼感というか、なんだかんだで、この世界は結構丈夫だし、思ったよりも優しい。
もちろんこれは、「世の中まともな人ばっかり」という意味ではありませんし、「社会は堅牢で住みやすい」という意味でもないです。
世の中色んな人がいるし、時にはとんでもないひとがとんでもないことをするし、自分がその被害を被ることだってある。
ただ、根本的なところでは、自分の周囲の世界が厳しいか優しいかっていうとどっちかというと優しいし、「世界は思ったよりいいところ」という認識で損をした記憶があまりない。
少なくとも、前提として「世の中には敵より味方の方が多い」という信頼感を持っていた方が、その逆よりは生きやすいと思うんですよね。
だから、その「世界に対する基本的な信頼感」と、「じゃあ、その世界の一部であるためにはどんなことをすればいいのかな、というなんとなくの意識」だけは、少しでも子どもたちに伝えられるといいな、と思ってきました。
自分に当てはめても分かります。親が子どもに伝えられることなんてほんのちょっぴりです。
どんなに頑張って話をしても、100伝えたとして、子どもにはせいぜい5か10くらいしか残りませんし、その5か10だって来週か再来週くらいには忘れます。
それでも、常に一緒にいる私が、「世界って案外いい場所だよね。だから一緒にこの世界で生きていこうね」というスタンスを常にとり続けてきたことには、多分何ほどかの意味はあるだろうと思っているんです。
親が子どもに伝える言葉の中の、子どもに残るほんの数%、更にその0.01%くらいに、そういう意識があるといい。
それで、「そういえば昔お父さんがこんなことを言っていた」というよりは、「なんかどっかで聞いたことあるな」という程度の粒度で、一度でも子どもたちの心が楽になることがあるのであれば、それ以上嬉しいことはないなと、そう思っているわけなんです。
***
本当にただの運だと思うんですが、幸いにして、現時点で私は幸せに過ごせていますし、妻も子どもたちも、なんだかんだで楽しく健やかに暮らせているように思います。
それは多分、私が立派な父親としてこの家庭を支えてきたからではなくて、覚悟がなくても、完璧な親でなくても、毎日なんとかやっていくことはできるし、できてきたから。
子どもに残ることなんてほんのちょっと、だからこそ、常に頑張ってなくても、時々サボっても、案外なんとかなるものだから。
下の子ももう14歳になりまして、なんだかんだでだいぶ、昔かかっていた苦労は減りつつあります。
今では、添い寝をしなくても子どもたちは勝手に寝るし、自分たちでご飯用意して食べることもできるし、遊びに行くときは友達同士連れだって遊びにいきます。
もちろんまだまだ全然お金はかかるし時間も手間もかかるわけで、親を卒業できるかというとまだしばらく先になりそうなんですが、それでもだいぶ、子どもたちが「人生の主人公」として本格的に旅を始めて、私や妻はモブ親になりつつあるんだなーという感覚はあります。
それはありがたいことでもあるし、ほんの少しだけ寂しいことでもあります。
だから、子どもたちが巣立つまでの多分あまり長くない間、まだ私が名分だけでも「父親」でいられる間というのは、もしかすると一種のボーナスタイムなのではないかと。
もうちょっとだけ、自覚がないままでも父親を続けてみたいと。もうちょっとだけ父親をやってみてもいいかなーと。
そんな風に思うわけです。
今日書きたいことはそれくらいです。
Googleの検索結果はAI Overviewが上部を占めるようになり、「〇〇とは」型の解説記事は掲載されても訪問されなくなりつつあります。それでも読まれ、AIに推奨されるコンテンツをどう作るか——安達裕哉が解説するウェビナーを開催します。

このウェビナーでお伝えする内容
・AI Overviewの拡大によって、検索経由の流入がどれだけ減っているのか(最新データで確認)
・辞書系・解説記事・単純な統計など、AIの登場で効果が低下したコンテンツの共通点
・AIまとめに「勝っている」ページの共通点と、これから力を入れるべき7種類のコンテンツ
・AIの回答の中で、自社が名指しで推奨されるための3原則
・AIに推奨されると、なぜクリック率・コンバージョン率・滞在時間が高くなるのか
・GA・コンバージョンフォーム・プロンプト監視による、AI検索対策の効果測定の方法
【対象】
BtoB企業のマーケティング、広報・PR、コンテンツ企画、Webサイトの担当者・責任者/オウンドメディアやSEO記事の流入減少に直面している方/ChatGPTやGoogleのAI回答の中で自社を推奨・引用させたい方/経営層・事業責任者として限られた予算でAI時代の情報発信を見直したい方
セミナー名:AIの登場で効果が低下したコンテンツを救うたった2つの対策
開催日時:2026年9月10日(木)11:00-12:00
配信形式:オンライン(Zoomウェビナー)
参加費:無料
登壇:安達裕哉(ティネクト株式会社 代表取締役)
お申込み・詳細
こちらのウェビナー詳細ページ をご覧ください。
(2026/9/1更新)
【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
photo:Kelli McClintock




