インターネット全体が年を取ってきたためか、中年期についての語りを見かける頻度が高くなったと思う。

2010年代には「中年期」という言葉を他人事のように扱っていた人々が、それを自分自身の問題として受け取り、深刻そうに語っている──そういうネットアカウントを私はたくさん見かけてきた。

 

10年前、私はアラフォーだった。当時の私は「中年期の一年生」のようなものだったと思う。

年を取った自分自身に落胆した部分もあった半面、中年期の強みや面白さにも気づいて楽しい時間を過ごさせていただいた。

 

いっぽう現在の私はアラフィフだ。同じ中年期でも、アラフォーとアラフィフはだいぶ違う。命の残り時間を気にする度合いも、衰えを感じる度合いもかなり変わってきた。私は今、老人に向かうなだらかな下り坂をゆっくり歩いている自覚がある。

 

そうしたなか、そろそろ枯れてきたと感じるものがある。

テストステロンなど、男性ホルモンだ。

 

私が自分自身のテストステロンの低下を自覚し始めたのは本当に最近のことだ。

けれどもたぶん、自覚する前から私のテストステロンは減り始めていたのだ。その減り始めたテストステロンに対し、どうやら私は無意識のうちに手当てをしていたらしい。この体験談はこれからアラフィフになっていく人の道しるべになると思うので、 books&apps に寄稿する。

 

テストステロンの性質について

はじめにちょっとだけ、テストステロンについて解説させていただきたい。

テストステロンはいわゆる男性ホルモン(のひとつ)で、成人男性では主に精巣でつくられる。

 

テストステロンは男性の生殖能力だけでなく、第二次性徴も含めた身体の成長やつくりをも左右する。テストステロンは脂肪を減らし、筋肉量を増加させ、骨を強靭にし、体毛を増やす。

これらの性質はドーピングにも利用可能だから、スポーツ選手のテストステロン濃度は監視の対象になる。

 

また、テストステロンと男性の行動には密接な関係がある。

その名も『テストステロン』という書籍には、さまざまなテストステロンの性質が記されている。

 

たとえば男性が子育てに深く関わる一夫一妻制の部族と、男性が子育てにほとんど関わらない一夫多妻制の部族、それぞれの父親のテストステロン濃度を比較すると、前者においてテストステロン濃度は低く、後者においてテストステロン濃度は高いという。

同じく、子育ても含めた家庭の事柄に熱心な男性と新しいパートナー探しに鵜の目鷹の目の男性では、後者のほうがテストステロンは高い。

 

テストステロンは勝負事に勝つと増加し、勝負事に負けると減少する。

サッカーファンの唾液中のテストステロン濃度を測定した実験によれば、応援しているチームが勝ってもテストステロンは増え、応援しているチームが負けてもテストステロンは減った。

プロ野球やJリーグの熱心なファンは、ひいきのチームの勝敗のたびテストステロンの濃度が上がったり下がったりしているのかもしれない。

 

同じく『テストステロン』によれば、テストステロン濃度を高めた雄ザルは、自分よりも社会的地位の低いライバルには攻撃性を発揮するが、自分よりも社会的地位の高いライバルには礼儀正しく接するという。

同書には、「人間は、勝利や社会的地位を物理的攻撃以外の手段でも獲得できる」ことを踏まえたうえで「テストステロンは状況を要求することを達成させようとする傾向がある」とも記している。

 

つまりシンプルに暴力を亢進させるのでなく、その場の状況のなかでいちばん報酬が期待できそうな行動を促進させるというわけだ。

ということは、テストステロンが身体的暴力を亢進させることも、受験勉強を亢進させることも、創作活動を亢進させることもあり得るわけだ。

 

そして当然ながら、性ホルモンであるテストステロンは男性の性的欲求、性的興奮、性的機能に深くかかわる。

テストステロン自体がそれらを左右するし、またそれらをとおしてテストステロンの濃度が上がったり下がったりもする。男性のテストステロン濃度が低下すれば、性にかかわる欲求や行動は少なくなる。このことは、既に多くの人がご存じだろう。

 

気が付けば私は筋トレをはじめ、サプリを飲んでいた

で、ここからが本題だ。

私は三十代後半あたりから「自分はもう若者ではなくなった」「中年期に突入したな」と感じていたが、それは専ら社会的加齢や社会的立場の次元だった。

父親としての役割、仕事における中堅的ポジション、自分を育てることから年下を育てることへの目線のシフト、といった事柄に私は中年っぽさを感じた。

 

といっても、肉体的にはそこまで衰えを感じていなかった。若者みたいな恰好はできないと理解しつつも、自分の身体が老化していく足音はまだ遠いと感じていた。

 

そうした「中年期だけど身体はそんなに年を食っていない」感覚を持ちながらも、いつしか私は筋トレを増やしていた。

いつから私は筋トレを増やしていたのだろう? 43歳ぐらいの頃か? それとも46歳ぐらいの頃か? 正確な時期はわからない。

 

が、私は筋トレやジョギングをする人間になっていた。「そうすることが気持ち良かったから」筋トレをするようになったのも事実ではある。

だがそれは、今までどおりの身体を保つうえで、ひいては加齢によって減っていくテストステロンを補ううえで都合が良いから「気持ち良かった」のではないか?

 

しかも私は40代後半から亜鉛やマルチミネラルのサプリメントを飲むようになった。

これには前日譚があって、かつて恩師が50歳になった時、サプリを飲み始めて「サプリはいいぞ、中年になったらサプリを飲め」と言っていたのを思い出したからだ。とはいえ、そのことを思い出したのも40代も後半になってからだった。

 

こうした変化のなかで40代後半の私は意欲的に仕事をし、達成感を求めて原稿を書き続けた。

筋トレやサプリはそうした活動を補強してくれただろう。なぜなら筋トレやサプリは多かれ少なかれテストステロンを補う方向に働くからだ。

 

男性のテストステロン濃度は20代でピークを迎え、その後、ゆっくりとだが低下していくとされているが、当時の私の活動は(完全にではないにせよ)テストステロン濃度の目減りをカバーしてくれたに違いない。

そのためもあってか、私は40代後半を充実した時間として過ごすことができた。

 

それでも寄る年波には勝てない

ここまでは、こうしたテストステロンを補う選択が私にとって幸いしたと思う。それならこれからも同じでいいだろうか?

 

いや、たぶん駄目だろう。

私の身体は今も変わり続けている。こういうやり方でテストステロンを補う手法が通じるのはせいぜいあと数年、長くて10年ぐらいじゃないかと見積もっている。

どこかで「テストステロンを補う」という発想から「テストステロンを諦める」という発想に、たぶん私はシフトさせなければならない。

 

なぜなら、これだけあれこれやってもなお、やっぱり私のテストステロンは目減りしているように思われるからだ。

 

兆候のひとつは、女性全般や性的な物事に対する私の興味関心が低下していることだ。

もともと私は見ず知らずの女性と話したがらず、キャバクラなどに出かける人の気がしれなかったが、最近は街で妙齢の美人を見かけてもノイジーと感じるようになった。

 

コンビニで見かける週刊誌の表紙を飾っているグラビア女性などは、ますますノイジーに感じられる。

女性的な表徴全般にいわくいいがたい鬱陶しさを感じるよう、私は変質してしまった。

 

それから体毛。若い頃に比べて、体毛が薄く、細くなってしまっていることに気づいた。

ということは、これだけテストステロンを補うような行動をとっていてもテストステロンは補いきれていないのだろう。

昔は「体毛がもっと薄ければいいのに」と思っていたけれども、いざ薄くなり始めると寂しいものである。大事な何かが自分の身体から失われている気がする。

 

そしてほんの僅かずつ、脂肪がつきやすく太りやすくなっている。3年前までは少し意識しただけで3㎏程度の減量なら簡単だったが、今はそれが遠い道のりと感じられる。

と同時に、腹部に脂肪がつきやすくなり、反対に筋肉がつきにくくなっているとも感じる。

 

もちろん、こうした事柄を一時的に解決する方法は思いつく。

たとえば亜鉛やマルチミネラルではなく、テストステロンそのもののサプリメントを摂ればテストステロンの砂時計を一時的にひっくり返すことはできよう。

しかし私はそうするつもりはない。なぜなら、あまりに人工的な手段でテストステロンを増やせば、それは私自身の身体に取返しのつかない結果をもたらすかもしれないからだ。

 

さきに挙げたように、テストステロンには天然ドーピング物質のような性格があり、筋肉や競争行動をもたらす。

ゆえにこそ、テストステロンには身体に負荷をかける一面もある。

そもそも男性のほうが女性よりも短命なのはなぜか? 理由はいろいろあろうが、テストステロンが男性を天然ドーピングし、男性を太く短く生きさせるからではなかったか?

 

そしてテストステロンには副作用だってある。巷ではよく耳にするのは「禿げること」だろうか。

だが禿げるぐらいならマシかもしれない。内臓や血管に良からぬ負荷をかけてしまう可能性はないだろうか?

 

医療の世界では、不自然な水準のホルモンやホルモン類似物質に長期間さらされた身体が、びっくりするほど変わってしまっている症例にしばしば出会う。

控えめで節度あるアンチエイジングを、私は悪くいうつもりはない。けれども私の医学的知識に照らして考えるなら、際限のないアンチエイジングは一時的に若返りをもたらすとしても、長い目でみれば大きなしっぺ返しのリスクを伴うように思える。

 

年齢にあわせ、最適解は変えていかなければならない

だから私は「ああ、テストステロンを追いかける季節は終わったんだな」と思うことにした。

筋トレをやめるわけでも、サプリメントを飲まなくなるわけでもない。けれどもテストステロンは補いきれなくなっていると判断することにした。それが、50代に突入した私の決断だ。

 

ある年齢で最適解だと思えたことが、次の年齢ではそうとは限らず、固執することで危機を招くことがある。

たとえば中年期に筋トレに夢中になった結果、若かった頃よりもムキムキな身体をつくる人がいるが、あれが何歳まで最適解と言えるのかはよくわからない。

 

いったん身に付けた筋肉を60歳、70歳まで維持するのは簡単ではないし、それだけの筋肉を維持することが内臓にとって重荷になる可能性はある。

それからもうひとつ、いったんムキムキになった筋肉を落とす羽目になった時に脂肪を獲得してしまう可能性はないか? 筋肉の増強にあわせて食事量が増えてしまった人の場合、ここらへんのコントロールはそれほど簡単ではない気がする。

 

過ぎたるはなお及ばざるが如し。

最適解が年齢とともに変わっていく以上、ある年齢・ある状況に自分自身を最適化させすぎるのも考え物である。

ダイエットもサプリメントも筋トレも、度が過ぎれば毒になる。で、あれば、ゆっくりとテストステロンが低下していく中年の身体との付き合い方も、ある時点からは低下を受け入れるかたちが好ましいのだと想像している。

 

それにしても、自分の身体がこんなに老いさらばえるとは!

今の私は、他人のそれを眺めるのと自分自身がなってみるのでは雲泥の差だと思い知っている。

 

 

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(2026/9/17更新)

 

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo:Simone Pellegrini