会議って、ぼーっと座って眺めているとめちゃダルいですね。

部署の代表者や担当者が雁首並べて、あーでもない、こーでもない、みたいなことを延々としゃべっています。

プレゼン資料を作る人は苦労しているし、参加者は配布資料に目を通さなければならないし。時間と体力はしっかり消耗するのに、なんの成果も無いようにみえる会議もしばしばあります。

 

皆さんは、会議、お好きですか。

インターネットが開闢して以来、たくさんの人が「無駄な会議が多すぎる」「会議に参加しても意味がない」と言い続けてきました。

現実世界でも、だるい顔をしている人が多い会議は珍しくありません。でも、そういう会議だからといって無意味と言えるかはわかりません。同様に、表向きは何も決まらなかった会議を「無意味だった」と即断するのも、さて、いかがなものでしょうか?

 

そもそも、会議の役割って何でしたっけ?

「何かを決定すること、合意をかたちづくることが会議の役割だ」とあなたはおっしゃるかもしれませんし、もちろんそれらは会議の重要な役割です。

 

でも、それだけだと思い過ぎるのも間違いだと思うのです。会議には他にも色々な役割や機能が潜んでいて、議題以外にも賭けられているものがあるんじゃないの? ってのがこれから書くことです。

 

決まらないこと・合意できないことも会議のうち

一般に、会議は「何かを決定すること」「合意をかたちづくること」を目指して行われます。決定や合意は、新規のものもあれば従来からのものもあるでしょう。

ここからすぐ連想しなければならないことがあります。

 

それは「何かが決まらなかったこと」「何かが紛糾して合意形成ができなかったこと」も会議の役割、あるいは会議の成果たりえる点です。

 

全会一致か多数決か、他の方法かに関係なく、会議は合意に基づいた意思決定の場として準備されます。

新しい議題が特別に無い場合も、現状維持で構わないかを参加者一同で決定するでしょう。

なかには、決めたくない人・合意を避けたい人だって混じっているかもしれません。

 

たとえばあなたがAという作業の手順を刷新したいと考えていて、それが会議の主な議題だったとします。

あなたにとって、その会議は「決定すること」「合意すること」が目的となるはずです。

ですが参加者のなかに今までどおりのほうが良い、と考えている人が混じっているとしたら、その人にとっては「決定しないこと」「合意に至らせないこと」が会議の目的たり得ます。

 

会議には色々な立場や思惑の人が参加していますから、会議の役割や成果も人によってまちまちです。

自分から見て「なんの成果も得られなかった会議」が、別の参加者からみて「満額回答の会議」であることだってあり得るはずです。

 

それから、あなたが通したかった議題が通らなかった会議は、あなたにとって本当に無意味でしかないでしょうか。

 

そうとも限りません。

否決されたとしても、会議には「合意に際して必要な条件をくっきりさせる」「合意に至るまでの障壁をくっきりさせる」効果が残ります。

参加者のなかでも発言力の大きな人々が反対票を投じそうな場合、下調べや根回しが必要なのはもちろんですが、それとは別に、反対票が投じられる際にどんな反対表明が出てくるのかを確認することにも、相応の意義があります。

 

これは正反対の立場でも言えることで、会議で自分が何かに反対する場合、自分が反対票を投じることや反対票を投じる理由などが参加者に記憶されるでしょう。

賛否どちらに回るのであれ、そのときのあなたの意見表明や態度表明は情報や履歴として参加者の知るところとなります。

 

なかには、そのあたりを見越して会議で「観測気球」をあげる人だっているかもしれません。

が、そのことも含め、会議は参加者それぞれのフォーマルな意見をシェアする情報源たりえます。そこで得られた情報は次の会議につながる情報源としても、仕事の他の場面で役立つヒントともなり得るでしょう。

 

参加者の「面目」や「面子」が賭けられている

それからもうひとつ。

こちらのほうが私には重要と思われるのですが、会議のテーブルに乗せられているのは個々の議題だけではありません。

参加者それぞれの「面目」や「面子」がテーブルに載せられているのです。

 

会議とはフォーマルな議論の場です。フォーマルに議論するということは、参加者の立場もフォーマルだということでもあります。

たとえばフォーマルな場で愚弄されるとは、フォーマルに愚弄されること、フォーマルに面目や面子を傷つけられることです。

よってフォーマルかつ建設的な会議では、参加者一同が礼儀作法を守るよう期待されます。

 

社会学者のゴッフマンは、著書『儀礼としての相互行為』のなかで、人間同士のコミュニケーションに際しては話されている内容とはまた別にお互いの面目や面子が賭けられていること、現代人は原則としてそうした面目や面子を配慮しあって暮らしていることを詳らかにしました。

 

 

以前紹介した、「内容のないコミュニケーション」もそうですね。

知人同士がたまたまバス停などで出会った時には、天気の話題のような他愛もない会話がしばしば交わされます。ああいった場面での会話では話題の内容は(本当は)どうでもよくて、お互いが面目や面子を守り合える仲であると確認されることが重要です。

 

こうした面目や面子についての法則性と重要性は、会議にもそのまま適用されます。

フォーマルな席上で恥をかかされたり面目が丸つぶれになったりするのは誰しも避けたいものです。

 

そして上掲書籍のなかでゴッフマンは

「誰かの面目や面子をつぶすことをしゃべったら、話者自身の面目や面子も無事では済まない」

「その場のいろいろな人が気まずい思いをすれば結果的にその場のいろいろな人の面目や面子までもが無事では済まない」

といったことも付け加えています。

 

つまり、会議の席で誰かの面目や面子をおおっぴらに潰すとは、実は自分の面目や面子にも、他の会議参加者各位の面目や面子にもよろしくないのです。

 

会議が進展しない背景には利害の不一致だけでなく、この、面目や面子を守りあわなければならないことを主要参加者が熟知していて、お互いの面目や面子を守るために慎重な発言を選びあい、牽制しあっている場合もあるでしょう。

たとえば特定部署に問題の中心があると参加者の誰もが思っていても、それをストレートに会議の席上で言うと部署担当者の面目や面子が丸つぶれになり、それどころか連鎖反応的にいろいろな人の面目や面子にまで差し障る場合、それが読めている人は安易に言及できないでしょう。

 

世の中にはこうしたことに疎い人もいて、そういう人は誰かの面目や面子を傷つけることも自分自身の面目や面子が傷つくことにも無頓着です。

そういう人が「みんなのための献策」として提出する意見のなかには、しばしば物理的には最速の問題解決方法とみなせるものも多いものです。

 

しかし、えてしてそういうソリューションは参加者の面目や面子を守りあう観点からみれば問題だらけで、政治的には見込みが少ないことも多いのです。

提案者からすれば全員を利するようにしか思えない提言でも、誰かの面目や面子をひどく傷つけていたり、全員の面目や面子をうっすらと傷つけていたりすれば、そう簡単には通らないでしょう。

 

それだけではありません。前掲のゴッフマンの理論に基づくなら、そうした時に最も面目や面子を失ってしまうのは、みんなのための献策と称して誰の面目や面子も顧みずに傷つけてしまった提案者自身なのです。

特定の誰かの面目や面子を深く傷つけて恨みを買ってしまうだけでなく、「あの人は他人の面目や面子を尊重することを知らない人だ」とみなされ、会議の席上では発言力の低下を不可避的に招き、最終的には発言機会の減少にも繋がるでしょう。

※上級テクニック:会議参加者の面目や面子を潰して否決されてしまった疎い人の提言を、参加者一同に根回しをほどこしたうえで、可決までもっていくと自分の手柄や成果にできるかもしれません。

会議を通すとは政治的な問題解決に道筋をつけることだから、こういうのを安易に「トンビが油揚げをさらった」などと呼ばないほうがいいと思います。なお、疎い人に恩を売ることもできるかもしれませんが、面目や面子のわからない人は恩義とか義理といった概念も理解していないことが多いので、そのあたりを見極めてからにしましょう。

世の中には、自由な意見交換を謳った会議もあったりします。が、そういう場でもゆめゆめ油断しないほうが良いでしょう。

すべての会議には多かれ少なかれ参加者全員の面目や面子が賭けられていて、それに対する配慮を怠れば、配慮できなければ通るはずの提言が通らなかったり、買わなくて良かったはずの恨みを買ってしまったり、「あいつを会議に呼ぶとまとまる話もまとまらない」と噂されたりするかもしれません。

 

まとめ

長くなってしまったので、最後に3フレーズでまとめましょう。

1.会議が決裂しても、その過程で示された賛否は情報源になる。
2.会議には参加者全員の面目や面子が賭けられている。
3.その面目や面子のせいで会議が停滞していることもある。さりとて無視すれば自分にしっぺ返しが来る。

 

となるでしょうか。

これらを気にしたことのない人は、たぶん会議が下手で、会議に退屈しやすいのではないかと思います。

逆にこれらを気にすると幾らか会議がうまくなり、会議参加者の挙動を眺めているだけで退屈しなくなるので、おすすめです。

 

 

 

【お知らせ】
「オウンドメディアを続けたいけれど、書く人も時間も足りない」とお悩みの経営者・マーケティング担当の方へ。
Books&Appsを運営するティネクトは、プロライターの手法をAIで再現し、AI検索対策に効くコンテンツを毎月自動で積み上げるオウンドメディア自動運用サービス「AUTOMEDIA」を提供しています。

AUTOMEDIA(オウンドメディア自動運用サービス)

AI × プロの知見で、オウンドメディアを自動運用

・記事制作時間を従来比85%削減(1記事350分 → 45分)
・プロライター・コピーライターの知見を反映、出典明記&AI査読で品質を担保
・従来のSEOに加え、GEO(生成AI検索)対策に対応
・月次本数を固定した計画的な制作体制で安定納品

納品した記事の著作権はお客様に帰属。東証プライム上場企業から新進気鋭のスタートアップまで導入いただいています。


サービス名:AUTOMEDIA(オウンドメディア自動運用サービス)
提供:ティネクト株式会社


無料相談・資料ダウンロード
こちらのサービス詳細ページ をご覧ください。

(2026/9/17更新)

 

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Christina @ wocintechchat.com M