最近とある企業の採用担当者と会い、大変興味深い話をうかがった。その方の会社は中々に革新的で、昨今話題のAIによる採用判定を書類選考に絞って導入してみたのだという。

結果はなかなかに上々だったとの事だけど、最終的には採用におけるAIの導入は断念した。

 

AIの採用を見送った理由はAIの判断が悪かったからではない。結果だけみれば、AIの判断はプロの採用担当者と比較して、そう悪いものではなかったようだ。

問題となったのは、AIが「なぜこの人を選んだのか。なぜこの人を選ばなかったのか」を説明してくれなかったところにあったという。

 

これは実に大変興味深い指摘で、今後AIが導入される社会を生きる私達にとって非常に有益な知見が詰まっている。今日はこれを掘り下げて、僕なりのAIが導入された後の社会の行方についてみていく事にしよう。

 

AIの思考回路は人間と随分違う

AIは囲碁の世界チャンピオンを打ち倒したり、将棋の名人を打ち倒したりと、ある意味では人間の知能を既に超えているといわれる。

このことをもって、人間ほとんどの人間は用無しとなり、ホワイトカラー職は根絶するという人がいるが、この手の意見を言う人はAIについての理解がだいぶ足りていないといわざるをえない。

 

近年大ブレイクを遂げたAIだけど、その根幹となっている技術がディープラーニングといわれているものだ。

これは凄く大雑把に説明すると、AIが膨大な試行錯誤を行う中で、自ら法則性を見出し学習し、どんどん勝手に賢くなっていく工程を指す。

 

ムーアの法則により誕生当初よりも格段に発達したCPUを持つAIは、人間と比較して、とてつもない量の計算を短時間に行う事が可能となった。

アルファGOを始めとするAIに大量のデータ投げてガンガン経験をこなさせると、学習量が増大するにつれてどんどんと賢くなっていく。コンピュータはついに成長という能力を獲得したのである。

 

ディープラーニングの凄さは計算を計算で終わらせず、そこからプログラム自体に学びを蓄積させる手法を組み入れられたところにある。

例えばあなたがスマホを使って電卓アプリで複雑な計算を何回しても、あなたのスマホは賢くならない。けど特定の目的を設定した上で、ディープラーニングのプログラムが仕込まれたスマホに何度も演算をさせると、急速に成長を遂げてゆく。

 

今まで経験を蓄積する事ができるのは、生物にしかできなかった。機械にそれが導入されたというところに、ディープラーニングの強みがある。

今までのコンピュータは言われた事を反芻する事しかできなかったのが、今のコンピュータは計算を行うことで法則性を見出すという新しい機能を獲得するに至ったのだ。

 

「AI凄いじゃん。人間はそのうち不必要になるんじゃないの?」

ディープラーニングの話を聞いた当初、僕も人間は本当に不要な存在になると思った。

現実世界では、言われた事ができるだけでも相当優秀なのに、言われたことが出来て、その上学習すらできるAIなんて、どう考えても凡人には太刀打ちできないと思った。

 

AIは人の言葉で説明ができない

ところがAIには1つの弱点がある。AIは自らが導き出した答えに至る思考回路を人間の言葉で説明できないのだ。

 

これがあらわとなったのが、冒頭にあげた採用担当者の話だ。冒頭に書いた会社では書類のデータを打ち込んで、AIに採用・不採用を判断させた。

データを入力し終えたら、答え自体はパッと瞬時に出たようだ。

けど、部署内で「採用は非常に責任がある行為だから、AIが出した答えに本当に合理性があるのかを二重にチェックする必要がある」という事になったのだという。

 

そうして「なんでこの人が採用で、この人が不採用なのか」という事をチェックし、それに理由付けを行っていったところ、「結局これ、普段やってる業務とやってる事かわなくない?」という話になったのだという。

結局、かかった時間を計算してみたところ、少なくとも現時点においては採用にAIを使うメリットは全くないという結論に至ったようだ。

 

これは将棋や囲碁でも全く同じ事がいえる。アルファGOやボナンザといったプログラムは、確かに人間の世界チャンピオンよりも強い。

けどこれらのプログラムは、なんでその手を選んだのかについての説明が全くできない。これはAIがそもそも人間の言語を使って、人間と同じように思考を行っていないからに他ならない。

 

実際、アルファGOが囲碁の世界的な名手と指している時、アルファGOが指した手が人間に全く理解できないという事が何度かあった。

その手をみて解説者が「これは悪手だ」といったのだけど、その後にその手が絶妙な手である事が対局が進むと判明した。コンピュータの選択が、人類の選択よりも上だった瞬間である。

 

このようにコンピュータは容易に人間よりも上手い選択をやってのける。けどその手をなんでそこでさそうと思ったのかの理由については、AIは絶対に私たちには説明してくれない。

これはコンピュータと私達の思考回路が根本から異なるのだから当たり前だ。逆を考えればよりわかりやすい。

AIがどういう事を考えているのか、そこで使われたプログラムをみて、私達に理解できるだろうか?断言するけど、普通の人には絶対にできない。

 

AIと私達は思考に使用しているツールが根本から異なる。だから出てきた答えが例え一緒だとしても、、そこまで至る過程が全く異なるのである。

そしてここに人間が圧倒的にAIよりも強い部分がある。

例えば最強のAI同士に将棋を対局させると、どういう局面ができあがるかご存知だろうか?強い者同士が戦うのだから、さぞかし面白い対局になるかと思いきや、出来上がる棋譜は過激なだけで全く面白みに欠けた、学ぶべきものがないものになるのだという。

棋譜が過激になりがちなのは、コンピュータの読みが人間よりも圧倒的に深いから大きなリスクを取れるという事もあるのだろう。

 

けど、問題はそこではない。1番の問題点は人間がみて、その対局がつまらないと感じてしまう部分にある。

 

つまりコンピュータ同士の対局は、人間には共感できないのだ。何を考えているのかがわからないのだから、共感しようがない。その結果、人間にはコンピュータの対局がクソつまらなくなるのである。

その点、プロ棋士の対局は多くの人が内容を理解する事ができ、それに感動を覚える事ができる。だから人は囲碁や将棋に熱中するのだ。プロ棋士が職業としてなくならない最大の理由がここにある。

 

答えではなく、理由が大事

私達は様々なものに理由を求める。僕達医者は毎日のように患者さんに

「なぜあなたはこの病気になってしまったのか」

「どうすればよくなるのか」

を人間の言葉で感情に沿った形で説明している。

 

コンピュータがこれを行う事は少なくとも現時点では100%不可能だ。

病気という、非常に敏感な分野を扱う時に、患者さんが心の底から欲しているのは結果だけではない。理由や感情という部分にも相当な重きが置かれている。

 

これは医者の世界に限らないだろう。

さっき冒頭にあげた企業の採用だって、いずれ採用者の選別にAIを用いるようになるかもしれないけど、「なんでこの人が選ばれたのか、逆になんでこの人を選ばれなかったのか」の理由を推測し、上層部に採用試験の結果を「人間の理解できる形で」伝える人間は絶対に必要だろう。

 

恐らくだけど、AIが私達の社会に深く組み込まれる事で、私達の仕事は相当に性質が変わる。

医者は診断ミスを恐れる機会が相当数減る。それにより、ミスに怯える事からかなりの部分で解放されるだろう。その一方で、より人間の感情に配慮した部分に労働力を組み込む事ができるようになる。

 

採用担当者も、AIの出した答えについてのレポートの整合性をより深く考えて、社内でAIがなぜその判断を行ったのかの検討に相当時間が割かれるようになるだろう。

今までは採用していなかったタイプの人間がそれで多数採用されるような事案がでてきたとしたら、そこに今までは見逃していた会社の成長のヒントが隠されているのかもしれない。

 

結局、人が感情と言語というものを用いて思考を行っている限り、私達はそこからは絶対に逃れる事ができない。これからはAIの出した答えから的確な分析をする能力や、それをわかりやすく人間の言葉で説明する技能の需要が飛躍的に高まるだろう。

AIは私達から仕事を奪うのではない。AIは私達の仕事の質を変えるのだ。今後は人に共感してもらえる説明ができる人に、もっともっと価値がでてくるだろう。

 

なんでもそうだけど、結果よりも過程の方が100倍は大切だ。人が本当に欲しいものは、結果に至る過程にある目に見えない何かなのである。

いつだって「大切なものは、欲しいものより先に来る」のである。道草を、大いに楽しもうではないか

<参考 ハンターハンター32巻>

 

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

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(Photo:Ars Electronica)