事業の強い「在り方」が結果的に強い「数値」を引き連れてくる
米IT大手4社「GAFA」(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルをひとまとめにした呼称)は、2年間続くコロナ禍をものともせず、発表される決算の数値は相変わらず力強さを維持しています(SNS『フェイスブック』を有するメタは、ややメタバースへの先行投資がかさんでいるようですが)。
GAFAが力強い数値を持続できるのは、厳密に数値計画を立て、営業がタフにクリアしているからというより、稼ぎ出す枠組み(プラットフォーム)をつねに進化させ、独自のものに磨き続けている結果として、強い数値が出てしまうといったほうがよいかもしれません。
GAFAの強さはいろいろに語ることができますが、本稿では、その強さは事業目的の目線が一貫して「在り方」に置かれている点にあるとみます。
すなわち、GAFAはそれぞれの分野で新しい枠組みをつくり上げ、そこでいわば「胴元」的なポジションを獲得してビジネスを継続しています。
彼らが専念するのは、ひたすらその枠組みの在り方や独自世界の構築です。競合他社はそれに伍する枠組みを構築するのが非常に難しくなり、市場は一強化・胴元の優位化が進むことになります。
市場参入企業の多くは、事業目的の目線を「在り方」に向けるのではなく、一足飛びに「シェアの獲得」や「技術の差異化」といった相対的競争に向けます。
すなわち既存の枠組みの中で「優秀者」を目指そうとするのです。確かに、製品・サービスづくりの技術やアイデアに優れていれば、その枠内で即効的にある程度の勢力を獲得できるかもしれません。
しかし、常にレッドオーシャン(競争が激しい流血の海)上に船を浮かべねばならないのです。また、コモデティ化の流れにもさらされます(下図)。
「在り方」を具現化するために手段として技術を駆使する
さて、日本人の民族コンピテンシーの1つとして、きめ細かな感覚と手先の器用さ、そして他を模範とし自分流にアレンジすることがあげられます。
ある基本形や枠組みが示されれば、そこからどんどん改良・改善を加えていく、そしていつしか、その分野の世界で最もていねいなものづくり・サービスづくりをやる。すなわち、日本の産業は基本的に「枠の中の優秀者」を目指すことで、その足腰をつくってきたとも言えます。
ところがその対極として、欧米の企業は新しい枠組みをつくり出し胴元となって覇権を取ることに長けています。
これらの企業は「在り方」を変え、みずから大きなゲームチェンジを仕掛けます。枠を破るコンセプトを起こします。
先導的なビジョンを描きます。独自の事業哲学・世界観・目的観を持ちます。
そして、これらを具現化するために手段として技術を磨き、駆使します。この「手段としての技術」というのが留意すべき点です。
日本人は手先が器用なだけに、技術向上がすぐ目的化します。それが悪いことではありませんが、こだわった技術はたいてい小さなアイデアと結びつくだけで、できあがる製品はいつもこぢんまりまとまったものになります。
「イノベーション」という概念が輸入された当初、日本ではこれを「技術革新」と訳しました。いかにも技術信仰の国のとらえ方で、これは狭く閉じた発想の訳語です。
イノベーションという概念は、「新しい結合」あるいは「新しいとらえ方」によって新しい価値や枠組みを生み出すといった大きな意味を含んでいます。
その意味のもとでは、技術は重要な要素ではあるものの、決定的な要素ではありません。
本当に大きなイノベーションは、大きな概念のもとで大きく技術が用いられたときに起こります。日本人はそうした大きなダイナミズムを起こすことが苦手です。
「意志を宣言するアップル」vs「性能説明をする日本メーカー」
そんなようなことが如実に表れたのが2011年春の携帯端末機商戦です。
その春、アップルは『iPhone4』の広告を展開していました。宣伝のためのポスターやリーフレット、ウェブページには次のようなコピーが載っています───
「すべてを変えていきます。もう一度。」
「見たこともない、電話のかけ方を。」
「マルチタスキングとは、こうあるべきです。」
一方、日本の端末機メーカーの宣伝コピーはどうだったのか───
「最薄部8.7mmのエレガントデザインと磨きぬかれた映像美の世界。」
「トリプルタフネスケータイ 耐衝撃構造×防水×防塵」
「ボタンが押しやすい10.4mmスリムケータイ」
「バカラのきらめき、歓びのかたち。」
アップルと日本メーカー勢とでは、明らかに商品の訴え方に違いがあります(下図)。
この違いは何なのか? そしてこの違いはどこから生じているのでしょうか?
アップルは自分たちが考える携帯端末機の「あるべき姿」を提示し、主観的な意志を宣言しているように見えます。一方、日本メーカーはハード的な性能優位を謳うばかりです。それは客観的で説明的な言葉です。
この2011年以降、携帯端末機市場のパラダイム変化を主導したアップルは強力なポジションを確立していく一方、日本メーカーは存在感を弱めていくことなります。
事業の目的目線を「在り方」次元にシフトさせる
この決定的な差を生んだのは、事業目的への目線の違いではないでしょうか。アップルは、スタイルをつくり出すという「概念/在り方/essence」にまなざしを向けていました。
ところが、日本メーカーは1mmのモノを0.1mmに薄くするという「技術/処し方/form」に向けていました。
その差こそ、「新しい枠組みの創造者」と「既存の枠組みの中の優秀者」を分かつ点だったのです。
アップルの目的目線が「在り方」次元にあるとはいえ、彼らが「技術」を軽視したわけではありません。日本メーカー以上にこだわりは強かったでしょう。
しかし彼らの目線はあくまで携帯情報端末機が実現する新しいライフスタイルの創造にあり、その高さの目線においては、日本メーカーが目的とする「薄さを何ミリにして他社製品に勝つ」とか「コストを何%下げて業界シェア何位を保持する」といった外形的な数値目標は手段に置かれることになります。
2011年の携帯情報端末機の市場から私たちは何を引き出すことができるでしょうか。
それはみずからの製品・サービス・事業に新しい概念の光を当てて、目的を「在り方」の次元に上げよということです。
モノやサービスが「form/処し方」すなわち具体次元でコモデティ化する中、そこから抜け出す道は同じ次元で相対的競争を繰り返すことではありません。事業の概念を変え、新しい次元で独自の世界を起こすことです。
実際、そのように目的の目線を上げて、みずからの存在を「essence/在り方」という抽象次元にシフトする動きが広がっています。
「シェア獲得」から「どんな存在でありたいか」へ脱皮する企業
①リクルート
例えば、リクルートはかつて単なる営業力一本槍で突き進む人材紹介会社でした。業界で圧倒的シェアNo.1を固持するという数値目標が事業の目的としてあり、それが良くも悪くも同社のアイデンティティを形成していました。それがいまでは事業の目的目線を上げて、「マッチング」の事業を行う存在へと生まれ変わりつつあります。
つまり、同社は「まだ、ここにない、出会い。」というミッションフレーズを掲げ、一方に個人を束ね、もう一方に企業を束ね、個人と企業をつなぐ支援をすることに事業概念の転換を行ったのです。その目的のもとでは、人材紹介事業(「リクナビ」「リクルート・エージェント」など)や、理容店・飲食店支援事業(「ホットペッパー」など)は手段になります。
②福武書店(ベネッセコーポレーション)
また福武書店は、かつては学生向け通信教育『進研ゼミ』で市場シェア1位を狙い、維持することを目的にする会社でした。1970~80年代、この市場で先行し君臨していたのは『科学』と『学習』という強力な商品を展開していた学習研究社(現、学研ホールディングス)でしたから、後発の福武書店は何としても規模を拡大し、市場の覇権を取りたかったのです。そして「赤ペン先生」の添削指導サービスを武器に躍進し、その後業界最大手に上りつめることができました。
そこで同社は目的目線を上げます。「人がよりよく生きるための支援サービス会社になりたい」と。そしてラテン語の「bene(よく)+esse(生きる)」を組み合わせ、ベネッセコーポレーションとして生まれ変わるわけです。いまではその目的のもとに、通信教育事業をはじめ、育児支援事業や介護施設事業を手段として手がけています。
③タニタ
タニタも「シェア獲得」次元から「在り方」次元へと事業概念をシフトした企業の1つと言っていいでしょう。同社は長らく、ヘルスメーター(体重計)の製造で他社と機能やシェアを争い、市場トップシェアを目的とする会社でした。しかし近年はそのフェーズを越え、みずからの事業のとらえ方を「単なるハードウエアメーカー」から「“はかる”を通して人びとの健康をつくる会社」へと変えていったのです。
タニタは「在り方」の次元で目的を持ったことにより、健康器具のデジタル化をどうするか、「タニタ食堂」などの食品・食堂事業をどうするかが、1つの基軸のもとで力強く一貫して行える企業になりました。
日本人は内に高度な抽象概念を広げ、外に作法や造形として表す力を持っている
私たちの事業現場では常に事業継続、組織存続のプレッシャーがかかっており、「数字を出せ」「利益を確保しろ」「シェアを上げろ」の声が飛び交います。そして目に見えやすい外形的なところで他社との差異化を図ろうと、そこに注力します。するといつしか、これらの数値目標がノルマとなり、目的化します。その状態が下図の組織Aです。
組織Aは目的が利益や技術といった具体次元にあります。つまりその次元では、自己を物質的に維持・拡大することに意識が向けられ、処し方をどうするかがもっぱらの関心事になります。
他方、組織Bは目的が概念や意味といった抽象次元にあります。その次元では、自己を存在的に開発することに意識が向けられ、在り方をどうするかが核心のテーマになります。これらを考えるためには、意味や在り方を探り、概念を起こしていく「コンセプチュアル思考」の力が必要になってきます。
企業は利益獲得のための装置であるというような機械論な組織観を持つことや、量的・覇権的なものを事業目的に据えるのは、たやすいことです。「多く売って稼ぐ事業を目指す」というのは事業コンセプトとしては、いかにも芸がなく厚みがありません。コンセプチュアル思考の観点からすれば、ほとんど思考停止状態といってもいいでしょう。
もちろん、我が社は量的拡大こそ事業目的という経営があってもいっこうにかまわないわけですが、その思想のもとでよき人材が保持できるか、組織が内発的に躍動していけるか、顧客や社会の共感を得られるか、結果的に事業継続できるのか、などの課題にきっちり答えを持たねばならないでしょう。
VUCAの時代の到来で、科学的合理性や論理を単線的に突き詰めれば唯一無二の正解値にたどり着くということはなくなりました。それぞれが自己にとっての最適解をつくり出さねばならない時代です。その最適解は、おそらく意味や目的、概念、在り方といった次元に踏み込まなければみえてこないものでしょう。
私自身、製造業出身であり、日本(人)のものづくりの優秀さを十分に知っています。しかし、その長所が逆にあだとなり、みずからを「技術/処し方/form」の次元に拘泥させることになりました。そのため特にグローバル市場では、製品スペックでは勝っているのに事業で負けるというようなことが起こるようになりました。
日本のものづくりの力が真に報われるためには、事業目的の目線を上げ、大きな概念・在り方のもとに、大きく技術を使うことだと思います。振り返ってみれば、茶道にせよ、枯山水の庭園にせよ、日本人は内に高度な抽象概念を広げ、外に作法や造形として表すことを見事にやってのける能力を持っています。きめ細かに、ていねいに技術を駆使する日本人が、新たな枠組みをつくるような概念構想力を磨けば、まさに「鬼に金棒」、強い事業を打ち立てるチャンスは十分にあると思います。
<前回はこちら>
(執筆:村山 昇)
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Photo by Jamie Fenn