皆さんは、日本人の年齢の中央値が幾つぐらいかご存じですか?

総務省統計局の資料によれば、2020年時点で、日本人の年齢の中位数年齢(年齢順に並んだときに、人口を二等分する境界の年齢)は48.6歳なのだそうです。48歳の人でさえ、日本では「若いほう」から数えたほうが早いわけですね。

 

ちなみに他の国の中位数年齢をみると、イギリスが40.5歳、アメリカが38.3歳、ベトナムが32.5歳、インドが28.4歳となっていました。いかに日本の高齢化が進んでいるのかが、わかるというものです。

つづいて、ちょっと唐突かもしれませんが、認知機能の検査バッテリーについて紹介します。医療現場で用いられている認知機能検査バッテリーであるWAIS-IVのマニュアルを確かめると、検査で出たスコアの評価が高齢者ほど甘いことがみてとれます。

 

たとえばWAIS-IVのある項目の検査で20代の被検者なら「平均的」と評される程度のスコアを60代の被検者が記録したら、「けっこう優れている」と評価されることがあるのです。全部の項目でこうだというわけではなく、たとえば [単語の知識] のような年老いても色あせにくい項目では20代も60代前半もだいたい同じ採点基準で評価されます。

ところが [数唱][記号探し][符号] といった加齢の影響を受けやすい項目では、20代の被検者よりも60代の被検者のほうが甘い評価基準で評価されて、スコアが同じなら60代の被検者のほうがIQが高く評価されます。

 

逆にいうと、「測定されるIQの数値が同一のまま年を取っていく被検者がいたとしたら、その被検者のスコアの実測値のいくつかは、年を取るにつれて下がり続ける」とも、「IQの数値は変わらないけれども能力そのものは低下している」とも言え、「IQ100の20代のほうが、IQ100の60代よりも実際の検査でたたき出しているスコアは高い」と言えます。

このことと社会の高齢化をかけあわせて考えた時に導かれるのは、どんな結論でしょうか?

 

高齢化社会は「認知機能検査のスコアが低下した社会」ではないか

それは、「高齢化社会が進むと、認知機能検査のスコアの実測値が、社会全体のアベレージとして低下する」ということです。

 

WAIS-IVをはじめとする認知機能検査は、それぞれの年齢において正規分布に沿うかたちで認知機能を算出します。ですから、20代にも30代にも60代にも70代にもIQ100の人がいますし、それぞれの年齢におけるIQ120やIQ80の人のパーセンテージも同一です。

ところが、さきほど紹介したように、同じIQ100でも20~30代と60~70代では検査のスコア実測値じたいは異なっていて、年を取っている人のほうが同じIQ100でも、検査における実測値は(複数の項目で)低スコアなのです。

 

ということは、日本人の平均年齢がドシドシ高齢化していくと、IQの分布じたいは今までどおりだとしても、日本人全体のスコア実測値は低下していく、とみるべきではないでしょうか。

もっとざっくり言い換えてしまえば、「日本の高齢化が進めば進むほど、日本人の認知機能のアベレージも加齢によって低下し、全体としては低認知機能社会ができあがってしまう」のではないでしょうか。

 

日本人の年齢の中位数年齢は、1970年には29歳でした。今の日本よりざっと20歳若く、IQを測定する際に最もスコアが厳しく採点される年齢です。この頃の日本社会は全体として若々しく、若くてピチピチした脳の持ち主が多かったことでしょう。

むろん、若ければ認知機能が全面的に優れているとは限りません。当時は今日に比べて低学歴で、そのぶん読み書き能力や計算能力も低く、飲酒・喫煙・頭部外傷・違法薬物摂取などによって認知機能に悪影響を受けている人の割合も今日より大きかったでしょう。そして平均年齢が低いぶん、社会経験が乏しい成員の多い社会だったとも想像されます。

ですから私も、「1970年の日本人のほうが2025年の日本人よりも頭が良かった」、などと極論を言うつもりはありません。

 

とはいえ、2025年の日本人が1970年の日本人よりも高学歴で健康に気を配っているとしても、 [数唱][記号探し][符号] といった加齢の影響を免れにくい項目も認知機能検査には含まれています。

[単語の知識] のような、教育などで穴埋めしやすそうな項目はともかく、そうでない項目については加齢による機能低下は避けづらいと思われます。少子高齢化の進んだ日本社会は色々に変化してきましたが、そのひとつとして、高齢化による(いくつかの領域における)認知機能のアベレージの低下も念頭に置いておく必要があるよう思われます。

 

この観点から見た高齢化社会に備えられるか?

そのように日本社会が変わってきたとして、何が想定されるでしょうか。

さきほどから書いているとおり、 [単語の知識] のような領域では高学歴化した日本社会は昔よりも向上しているかもしれません。「知識や経験でカヴァー可能なパフォーマンスに関しては、高齢化してもあまり低下しない」、と期待したいところです。

 

ですが、高齢化した社会では、たとえば交通安全上の危険を素早く察知し、対応できる人の割合が少なくなるでしょう。若者の多かった時代の交通事故は、若者の無鉄砲さや経験の不足、交通違反によって起こるきらいがありましたが、高齢者の多い時代の交通事故は、高齢者の判断の遅れや判断の不適切さによっても起こりやすくなります。

近年、高齢者の交通事故は10万人当たりで数えれば減少傾向にあり、これは日本全体にも当てはまるトレンドではあるのですが、それでも高齢者、特に70歳以上の高齢者が交通事故に遭う率は群を抜いています。

 

カルチャーにも影響があるかもしれません。

世の中の年齢の真ん中が30歳の社会と50歳の社会では、流行る音楽も違ってくるでしょう。イノベーター層は、年齢が高くなっても流行を追いかけ、むしろ流行を作る側であろうと努めるかもしれませんが、たいていの人は、移り気な流行を追いかける気がなくなってしまうかもしれません。老眼になっている人の割合が増えれば、小さなディスプレイのガジェットが使いこなせない人が増えてくるでしょう。

 

自動車の売れ行きについてもそうで、繊細なドライビングテクニックが要求される自動車を欲しがる人は少なくなり、できるだけ簡単に運転できる自動車、自動車を運転しているのか自動車に運転させられているのかわからないような乗用車の需要が高まるでしょう。

昨今の乗用車にさまざまなドライブアシスト機能が装備されているのは、ニーズに適ったことと思います。

 

それで言えば、自動運転技術が待ち遠しいですね。自動運転技術はアメリカが進んでいるようにみえますが、本当に自動運転技術を必要としているのは、高齢化が進み、運転技能に関連しそうな認知機能のアベレージが低下してきている日本のような国ではないでしょうか。

少子高齢化の影響は、老人ホームの増加・子どものための場所・子どものためのコンテンツの減少をとおしてみてとれますが、運転技術の低下のような、認知機能がダイレクトに反映され、しかも教育や経験では埋め合わせられない領域にもそれが現れているはずです。

そのさまは、幹線道路をつぶさに観察したり、色々な場所でタクシーに乗車したりすれば観測できるでしょう。

 

高齢化によって、危険察知や素早い判断などのアベレージが低下してしまった社会はそうでない社会に比べて安全・安心に傾くし、また、傾かざるを得ません。

その影響は、単に自動車や交通事故の領域だけにとどまらず、たぶん、社会通念や慣習の領域にも及んでいるでしょう。最近の私は、そういうことをもっと知りたいなと思っています。

 

 

 

【お知らせ】
人手不足 × 業務の属人化 × 非効率──生成AIとDXでどう解決する?
今回は、バックオフィスDXのプロ「TOKIUM」と、生成AIの実務活用支援に特化した「ワークワンダース」が共催。
“現場で本当に使える”AI活用と業務改革の要点を、実例ベースで徹底解説します。
営業・マーケ・経理まで、幅広い領域に役立つ60分。ぜひご参加ください!



お申し込みはこちら


こんな方におすすめ
・人材不足や業務効率に悩んでいる経営層・事業責任者
・生成AIやDXに関心はあるが、導入の進め方が分からない方
・属人化から脱却し、再現性のある業務構造を作りたい方

<2025年5月16日実施予定>

人手不足は怖くない。AIもDXも、生産性向上のカギは「ワークフローの整理」にあり

現場のAI・DX導入がうまくいかないのは、ワークフローの“ほつれ”が原因かもしれません。成功のカギを事例とともに解説します。

【内容】
◯ 株式会社TOKIUMより(登壇者:取締役 松原亮 氏)
・AI活用が進まないバックオフィスの実態
・AIだけでは解決できない業務とは?
・AI活用の成否を分ける業務構造の見直し
・“人に任せる”から“AI×エージェントに任せる”時代へ
・生産性向上を実現した事例紹介

◯ ワークワンダース株式会社より(登壇者:代表取締役CEO 安達裕哉 氏)
・生成AI活用の実態
・「いま」AIの利用に対してどう向き合うか
・生成AIに可能な業務の種類と自動化の可能性
・導入における選択肢と、導入後のワークフロー像

登壇者紹介:

松原 亮 氏(株式会社TOKIUM 取締役)
東京大学経済学部卒業後、ドイツ証券に入社し投資銀行業務に従事。
2020年に株式会社TOKIUMに参画し、当時新規事業だった請求書受領クラウド「TOKIUMインボイス」の立ち上げを担当。
2021年にはビジネス本部長、2022年より取締役に就任し、経費精算・請求書処理といったバックオフィスDX領域を牽引。
業務効率化・ペーパーレス化の分野で多くの企業の課題解決に携わってきた実績を持つ。

安達 裕哉 氏(ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO)
Deloitteで大手企業向けの業務改善コンサルティングに従事した後、監査法人トーマツにて中小企業向け支援部門を立ち上げ、
大阪・東京両支社で支社長を歴任。2013年にティネクト株式会社を設立し、ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
2023年には生成AIに特化した新会社「ワークワンダース株式会社」を設立。生成AI導入支援・生成AI活用研修・AIメディア制作などを展開。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計71万部を突破し、2023年・2024年と2年連続でビジネス書年間1位(トーハン/日販調べ)を記録。


日時:
2025/5/16(金) 15:00-16:00

参加費:無料  定員:50名
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
こちらウェビナーお申込みページをご覧ください

(2025/5/8更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Laura Thonne