ハフィントン・ポストにて、本田宗一郎氏の含蓄のある意見を見受けた。
どうだね、君が手に負えないと思う者だけ、採用してみては ── 本田宗一郎
ある日、本田は採用担当の試験官にこう提案した。「どうだね、君が手に負えないと思う者だけ、採用してみては」
「言うは易く行うは難し」の見本のような言葉だが、採用の本質を突いている。
実際、この採用方法は2つの点で実行が非常に難しい。
1.採用側が、「手に負えない人」を採りたがらない。
2.応募者側が、「ダメな会社に入りたくない」と思い、入社してくれない。
特に、1はまだいいとしても、2は致命的で、下の記事に書いたとおり、良い人は良い会社にしか、興味が無い。
企業が応募者を見る以上に、求職者や学生は企業をよく見ている。自分の生活の時間の殆どを預けることになるのだから、当然だ。そして、彼らは「そこに務めている人がどの程度のレベルなのか。経営者の人格はどうなのか」を肌で感じるのだ。
だから、殆どの場合「社員以上のレベルの人」は、その会社に来ない。「良い人が取れない」のは、自分たちが「良い人」ではないからだ。
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だから、実際には「デキる人々」が面接官にならない限り、その会社の平均以上の人材すら、確保するのが難しいのである。様々な会社で採用活動を見たが、「応募者を見極めてやろう」と言っていた本人が、その実、「応募者に見切られている」なんてことは枚挙にいとまがない。
したがって、採用活動をうまくやろうと思えば、まず「面接官の人選」が一にも二にも大事である。
私が少し前にお手伝いした会社も、「面接官の人選」に苦労した会社のうちの一社だった。
その会社は伝統的に「チームリーダー」と、「役員」が面接官をしていたが、私が見る限り、有能な人物はその内のよくいって半分程度、のこりは「年功序列」で、能力にかかわらずその地位についた人物であった。
そこで私はおせっかいとは思いながらも、社長に、「今の面接官だと、なかなかよい人が採れないかもしれません。」と進言すると、社長はうなづき、「それは知っている。今年は彼等の適性を確かめてから、面接官に登用する」と言った。
私は思わず、「適性ですか?どのように確かめるのですか?」と社長に聞くと、社長は、「では一緒にお願いします。ちょうどこれから適性を確かめる面談だから。」と、私をその場に残した。
そして10分後、一人の役員が入室した。
社長は彼に話しかける。「今日は、採用の面接官をやってもらうかどうか、少し考え方を聞きたくて来てもらった。今からする質問に答えて欲しい。」
その役員は、「はい。なんなりと聞いてください。」と言った。
私は、「どんな質問をするのだろう?」と、期待していたのだが、意に反して、社長は役員に当たり障りない質問を投げかける。
「どんな人を採りたいか?」
「応募者の何を見るか?」
「どんな質問をするか?」
そういった、ごく当たり前の話だ。
応募者もそういった質問は想定済みらしく、当たり障りない回答、模範的な回答を行う。
私は「どうしてこれで適性がわかるのだろう…」と、不思議だった。
そして、20分程度の時間が経ち、社長が言った。
「では、最後の質問だ。誰を面接官にすべきかの参考にしたいので、身の周りで、自分より優秀だと思う人を挙げてみてくれ」
役員は不思議そうな顔をしている。
「…自分より優秀…ですか?」
「そうだ。」
役員は苦笑して、「まあ、お世辞ではないですが、社長、あとは◯◯さんです。」と答えた。
「◯◯さんか、なるほど。まあ、役員の中では確かに頭抜けて優秀かもしれないな。因みに理由を教えてくれないか?……うん、ありがとう」
そして、面談は終了した。
そして、その後2人ほどの役員とリーダーに同じような質問をし、3人目の面接となった。彼はリーダーであったが、次期役員候補と目される人物であった。
最初の役員と同じような質問が社長から投げかけられた後、最後のお決まりの質問となった。
「では、最後の質問をいいかな?誰を面接官にすべきかの参考にしたいので、身の周りで、自分より優秀だと思う人を挙げてみてくれ」
そのリーダーは、ちょっと考えていたが、やがて口を開いた。
「まず◯◯さん、洞察力と、営業力が素晴らしいです。つづいて、◯◯さん、営業力はあまり無いですが、人望があり、人をやる気にさせる力がずば抜けています。リーダーの◯◯さん、現場を任せたら社長よりもうまいでしょう…すいません。そして、うちの部の◯◯さん、新人なんですが、ハッキリ言って私よりも設計する力は上です。」
社長はニコッと笑って、「ずいぶんと多いな。」という。
「当たり前です。皆私よりもいいところがあり、そして、私に劣るところがある。」
「分かった。ありがとう。」
「というわけで、面接官はアイツに決定だな。」
「そういうことですか…。」
「彼は器が大きいんだ。私よりも上かもな。私はまだまだ変なプライドがあるからな。」
「確かに、面接官に変なプライドは邪魔ですね。」
「そうだろう。「身の回りで、自分より優秀な人間を挙げてみよ」と言われて、挙げることの出来た人数が、その人間の器の大きさだよ。」
「…」
「今年こそ、採用をきちんとやりたいな。まあ、彼に任せれば大丈夫だろう。」
そして、社長の予想通り、そのリーダーは素晴らしい人物を数多く採用した。
時には応募者に教えを請い、時には応募者を説得し、八面六臂の素晴らしい活躍だったそうだ。
今でも面接官をやる度にあの社長の言葉を思い出す。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

ティネクト代表の安達裕哉が東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。
ティネクトでは現在、生成AIやマーケティング事業に力を入れていますが、今回はその事業への「投資」という観点でお話しします。
経営に関わる全ての方にお役に立つ内容となっておりますでの、ぜひご参加ください。東京都主催ですが、ウェビナー形式ですので全国どこからでもご参加できます。
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
筆者Twitterアカウント安達裕哉(人の能力について興味があります。企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働者と格差について発信。)
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