「汝自身を知れ」という言葉は、デルフォイのアポロン神殿に残された古代ギリシャ人の言葉であるが、今でも全く色褪せることのない言葉だ。

仮に私が「仕事における重要な格言を一つだけあげるとしたら、何がいいですか?」と聞かれたら、迷わず「汝自身を知れ」と答えるだろう。

それくらい、この言葉には価値と重みがある。

 

ではなぜ「汝自身を知れ」という言葉が仕事において重要なのか。

それは、自分のことを知らないがゆえに、あまりにも多くの人が停滞しているからだ。逆に言えば「汝自身を知れ」ば、たいていの問題は解決し、仕事はうまくいく。

 

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基本的に人は、自信過剰の生き物だ。

英国サセックス大学の心理学者、スチュアート・サザーランドは著書※1の中で、「イギリス人ドライバーを対象にした調査では、被験者の95%のドライバーが、自分は平均的なドライバーより運転が上手だと答えた」と述べる。

 

また、雑多な経験は更に人の目を曇らせる。自らの経験を一般化し「オレができたのだから、オマエもできるだろう」という間違った認識を押し付ける人は多い。

上述のサザーランド氏は「豊富な情報は、正確性が向上するとは限らず、むしろ誤った自信につながる公算が大きい」と実験結果を公開している。

経験者は、経験があるがゆえに、間違う。

経験者の言うことは一つの体験としての価値はあるが、それを一般化して語るほどの価値はない、というのが真実だろう。「成功事例セミナー」があまり役に立たないのはそのためである。

※1

 

したがって、ほとんどの人は、正確に自分の能力を把握できていない。「何が得意か」は、実際には「何が好きか」に過ぎないし、「何が不得手か」は、実際には「何が嫌いか」である。

マネジメントの大家であるピーター・ドラッカーは「誰でも自分の強みについてはよくわかっていると思っている。だが、たいてい間違っている。わかっているのはせいぜい弱みである。それさえ、間違っていることが多い」と著書の中で述べた。※2

※2

 

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私の知る、ある女性のコンサルタントは非常に自信のある人物だったが、残念ながら仕事はお粗末だった。なぜなら、提案書を作るにも、営業活動をするにも、人からの指摘をほとんど受け付けなかったからだ。

上司や同僚は彼女に「こうしたほうが成果があがるよ」「これを直せば、もっとお客さんの反応が良くなるよ」と指摘をするのだが、彼女は

「いいんです、自分のことは自分が一番良くわかっています」

と、取り合おうとしなかった。

 

お客さんからクレームをもらってしまった時ですら「悪いのはお客さんです」と開き直る始末。そのうち誰も彼女を相手にしなくなった。

彼女はますます意固地になり「職場が合わない」と辞めていった。

 

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「有能になりたい」と願うなら、どうすべきだろうか。これはもう、明らかだ。「汝自身を知れ」との言葉に従い「自分の限界を見極めること」だ。

 

まず、仕事の食わず嫌いをやめること。

上司の「とりあえず、つべこべ言わずにやってみろ」という指示は多くの場合正しい。少なくとも、あなた自身よりも上司の方があなたのことをよくわかっている可能性が高いからだ。

無能な人物ほど「根拠の無い自信」があり「仕事を選ぶ」傾向にあるのは、このためだ。彼らは自分の能力をうまく把握することができていない。

 

次に、仕事で受ける指摘や、批判をよく吟味すること

大抵の人は感情が先行するため、指摘や批判をうまく取り扱うことができない。だが、受けた指摘や批判を分析することは、自分の限界や弱みを知るチャンスだ。

特に、自分を良く知らない人物からの指摘を分析することは「汝自身を知る」ために有用である。たとえその指摘が間違っていたとしても、批判を吟味することはあなたの能力を向上させる。

 

常に「自分よりできる人」と仕事すること。

組織内で「自分ができる方」だと感じているなら、注意が必要である。おそらくそれは「井の中の蛙」となっている。能力は「自分よりできる人」と働かないと伸びない。常に、自分の「出来なさ」を実感する状態に身を置くこと。

これは経営者でも同じである。「経営者が一番仕事ができる」会社は、実際にはあまりよい会社ではない。なぜならそれは多くの場合、単に経営者が自分の力の限界を把握していないだけだからだ。

カーネギーホールなどを創設したことでも知られる大実業家、鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーの墓碑に刻まれた「自分より優れた者に協力してもらえる技を知っている者、ここに眠る」という言葉は、ピーター・ドラッカーが「これほどの自慢はない」と評する通りである。

 

自分の能力は「実績」以外では証明できない。

実績を出していないにもかかわらず、「能力はある」と評する人がいる。他者がそれをやるのは良いのだが、自分でそれを言ってしまうことはお勧めできない。

できるだけ客観的に、自分の実力と能力は、イコール、「実績」「年収」であると認識する。そこに言い訳をするようでは能力の向上は見込めない。

仕事は「自分の力の限界」を正しく認識することからはじめなければならない。ただでさえ、人は自信過剰なのだ。自分のことは過小評価するくらいが、丁度良い。

 

 

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(Chris Smallwood)