いよいよ、である。いよいよ私が人生後半戦の勝負に出た「スマホ写真のマーケットプレイスSnapmart(スナップマート)」のiOSアプリがAppStoreに公開された。

まだ公式なリリースを打ってないので宣伝は何もしていないが、どこからともなく人が集まり始めている。ありがたいことだ。

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(↑先日の「アプリ万博」での筆者。ブースもスタートアップらしく手作り感満載。)

 

働く20〜30代女性の「迷い」

実は私にとっては、これが二度目の起業になる。一度目の起業は、ぼちぼちうまくいって最終的には失敗した(事業は残っているが)。そのときけっこう大変な思いをしたので、二度とこういうことはやるまいと誓った。

そして私はサラリーマンになった。38歳だった。

ほぼ同時期に結婚もし、それから4年あまり、週末や長期の休みには夫と旅行やキャンプに行くような悠々自適なサラリーマン生活を送っていたが、43歳になったとき突如として「よし、仕事しよう!」と思った。

もちろん、それまでも真面目に仕事には取り組んでいた。ただ、仕事が最重要事項ではなかった。なぜなら「もしかしたら子供を産むかもしれない」という思いが頭の片隅にあったからだ。

 

「子供を産まなければ」という無意識レベルの重圧

私たち夫婦には子供はいない。晩婚(二人とも再婚だけど)だったこともあり、子供は最初から諦めていたというか「いたらいいね」くらいの期待値しかなかった。

ただ、そんな程度の意識しかない人間であっても、子供を持たないことに対する罪悪感はあった。「このまま何もしないで年を重ねてしまっていいものだろうか?」「もっと年をとったときに後悔するのではないか?」という気持ちもあり、人並みに不妊治療にもトライした。

 

しかし、不妊治療はその程度の軽い気持ちでは到底続けられるものではなかった。まず女性がフルタイムの仕事を続けながら治療をするのは、相当恵まれた環境でないと難しい。本気で取り組むなら仕事を辞めるしかないのだが、そうすると今度は治療費が払えなくなる。しかも、そこまでしてもその努力が報われる可能性は低い。

そんな不条理な治療を何年も続ける自信もなかったので、私たち夫婦はちょっとやってみてすぐに諦めた。単純に検査や治療が痛くて嫌だったというのもある(是が非でも子供が欲しいと思っていないと到底耐えられるものではない)。

 

そんな自分にとって「35歳」と「42歳」という年齢は重要なターニングポイントだった。35歳は「自然妊娠して無理なく子供を育てられる限界年齢」であり42歳は「人生において子供が持てる限界年齢」だった。

もちろんこれは私自身の資質を考慮した線引であり、人によってはこれが45歳や50歳だったりもするのだろう(実際にその年齢で子供を産んでいる方もいる)。

ただ私はなぜか長年、この年齢を強く意識していた。

そして去年、ついにそのボーダーラインを超えた。43歳になったのだ。

 

女性の40代は20代とは違う可能性に満ちている

「もう自分は子供を持つことはないのだ」と腹の底から思ったときに、どんな感情が湧き上がってくるのか。それについては、私はさっぱり想像がつかなかった。ただ漠然と「悲しいんじゃないかな?」とは思っていた。

 

ところが、実際は違った。思いがけずホッとしたのだ。いや、そんなぬるいもんじゃない。刑務所から解放されて青空の下に立っているような清々しい気持ちとでも言おうか。走り回って小躍りしたいような気分だった。

「ああ、これでもう子供ができるかもしれないという不測の事態に怯えながら中途半端に仕事をしなくていいんだ。男の人と同じように仕事のことだけに専念できるんだ」と思った。

 

私は子を持たずしてこの年齢になったが、子を持つ女性にとっても40代は「子供を産み、育てる」という目に見えない重圧から解放される時なのではないかと思う。

子供がいてもいなくても、結婚していてもしていなくても、どれだけ社会が「男女平等」になろうとも、女性はこの重圧と無縁ではいられないのではないだろうか。

 

可能性が断たれたその先に見えてくるもの

そんなわけで、「女子」から「おばさん」という生き物に生態を進化させた私はいま、毎日のびのびと、不測の事態に怯えることもなく、1年後、3年後を見据えて新しい仕事に取り組んでいる。

なんて素晴らしいのだろう。おばさんバンザイだ。「みんなも早くおばさんになったほうがいいよ」と、若い女の子たちに言って回りたいほどだ。

こんなに気がラクになるならもっと早く子供を持たないと決めればよかったと思ったが、ことはそう単純な問題ではないように思う。

 

これまでも自分は、35歳を過ぎた頃から「一生子供を持たない可能性が高い」とは思っていたし、そのような人生設計に沿って生きていた。ただ、「そうなるかもしれないと思う」ことと「物理的に可能性が断たれること」は相当な違いがある

たとえば、不倫している女の子が「彼との結婚は望んでいない」と言いながらも時折苦しむのは、そこにわずかな可能性があるからだ。人の決めることに「絶対」はない。どれだけ理性で律しても「もしかしたら」「万が一」という希望を持ってしまう。

 

「可能性」という言葉には明るい希望が宿っているように見えるが、必ずしもそうではない。わずかな可能性があることにより、かえって苦しむことだってある。

「子供を産み、育てる」という可能性がなくなった私の目の前には、いま「事業を産み、育てる」という新しい可能性が開けている。不倫相手と結婚できないと悟った女の子も、そのうち別の男性と結婚するだろう。

可能性が消えることは、必ずしも悪いことじゃない。その可能性が消えなければ見えてこない、新しい別の可能性もあるのだ。

 

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(2020/7/2更新)

 

【著者プロフィール】

名前: えとみほ スマホ写真のマーケットプレイス「Snapmart(スナップマート)」の開発者。ソーシャルメディアの可能性を探求するWebメディア「kakeru」の初代編集長。巨大LINEグループの帝越コク、「SNSポリス」のかっぴー、”インスタジェニック”の生みの親である石井リナなどの才能を発掘する。

 

Twitter: @etomiho 個人ブログ: http://etomiho.com

スマホ写真のマーケットプレイス「スナップマート」http://snapmart.jp