珍しく売れて欲しい、と心の底から思えた本があるので紹介する。
借金玉さんの「発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術」である。
発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術
- 借金玉
- KADOKAWA
- 価格¥1,540(2025/07/14 14:16時点)
- 発売日2018/05/25
- 商品ランキング21,432位
タイトルだけみると、よくある自己啓発本の亜種にも見える本書だけど、その本質はそういうものとはちょっと異なる。まあ本質については後で書くとして、まず本書の見どころから書いていこう。
ライフハックとは「メガネをつかえ」ということである
まず、この本は読み物として普通に面白い。
この本は大雑把にわけると全部で2つの構成要素がある。1つ目が日常生活への適応で2つ目が社会への適応である。
以下順に説明していこう。
世にある多くの自己啓発本は「こうすれば朝型人間になれる!」だとか「こうすれば仕事の生産量が圧倒的に高くなる!」といったスーパーマンの成り方を語っているけれど、この本は「残念ながら自分は変わらない」事を前提に書かれている。ここが物凄く面白い。
「残念ながら自分は変わらない」けど、発達障害者として、なんとか生きなくてはならない。
そういう中で、借金玉さんが努力でなんとか日常生活に適応するために何をするかというと、道具とか環境を整備したり、時には薬を利用したりして、なんとか日常生活をハックしていくのである。
この姿勢は本当に学ぶべき事が多い。できないことをできるようになる、のではなく、できないなりになんとか日常生活を卒なくこなせるように工夫する。
場合によっては精神科に通って薬も使う、という姿勢は本屋にならんでいる自己啓発本とはある意味対極的だけど、本来、ライフハックというのはそういうものだ。
例えば視力が悪い人は根性や努力で視力は良くならない。マサイ族に入って、遠くの獲物を見続けるという作業で視力がメキメキ良くなるような人も中にはいるかもしれないけど、多くの目が悪い凡人にとってはメガネやコンタクトレンズを躊躇なく使った方が、圧倒的に効率よく困難を解決できる、という事を考えてもらえば話はわかりやすいだろうか。
この本にはメガネやコンタクトレンズに相当する日常生活をラクに送るためのコツみたいなものがそこかしこに仕込まれており、発達障害を抱えていない普通の方々にも役立つものが結構ある。ぶっちゃけ、凄く有益なのだ。
「サラリーマン文化人類学」という圧倒的に会社を納得できる魔法の鍵
また、特に僕が秀逸だと思うのが2つ目が社会への適応で、借金玉さんは会社を”固有の文化を有する部族”の集まりとして分析しており、これがサラリーマン文化人類学と言っても過言ではないほどによく出来ているのだ。
僕も正直、会社に馴染むのに苦労しているタイプの人間なのだけど、会社を「部族」という単位で眺めることで下らないと思ってたことにも、それなりに意味が見いだせるようになり、随分と自分の中で無駄だと思っていた就業規則にも納得がいくようになった。
この「納得がいく」という事が実のところ会社という場所を生き抜くにおいては本当に大切なことで、人は理解さえできれば、結構何でも頑張れる。逆に言うと、人は自分が納得がいかないものをずっと続けられる程には強くない。
多くの人は借金玉さんの分析したサラリーマン部族のオキテを読む事で、会社に感じる理不尽さが相当に低減するはずだ。
例えば飲み会が辛いのは意味がわからないからだけど、本書を読めば飲み会の意味だとか、何をするのが正解なのかといった事が随分と理解出来き、まあクソだけど仕方がないな、と納得できるはずである。
このほんのちょっとの納得が、物凄く大きい。今までわからなかった謎の風習も、本書を読めば一発で疑問が氷解する事うけあいである。
コミュニティーに入れば生きにくさがかなり低減する
とまあ、内容として見るべきポイントはこのような感じなのだけど、僕がこの本に感じた本質は上に書いたメリットとは随分と別の場所にある。
僕が思うに、この本の本質は”発達障害を抱えている人の居場所の形成”である。あなたが発達障害を抱えている人ならば、この本を読むことで日常生活で感じる”生きにくさ”がかなりやわらぐはずだ。
これがどういう事かを説明するために、ちょっとだけ僕の話をしよう。
これを書いている筆者は最近になるまでずっとある種の生きにくさを抱えて生きていた。
僕は生まれてこの方、何とも言い難い周りの人とのズレを感じていて、クラスメートや会社の同僚と溶け込むのが物凄く苦手な人間だった。これが原因で今まで随分と手痛いイジメにもあってきたし、いつも周囲と自分との間に疎外感を感じながら生きていた。
「自分はおかしいんじゃないか」
こういう思いはずっと僕の中にあった。とはいえ自分を殺してまで周りに溶け込む気力がなかった僕は、自然と孤独である事を選択するようになっていった。
ただまあ、やっぱり一人は寂しい。僕のこれまでの人生は、この疎外感と孤独感とのせめぎ合いだったといっても過言ではない。
ところがこの疎外感と孤独感だけど、つい最近になってこれが相当に緩和される事になった。何をやったかというと、自分でコミュニティーを形成したのである。
とあるきっかけがあって、僕はワイン会を運営しているのだけど、自分でコミュニティーを作ってみたところ、当初想定していたのとは全く異なる恩恵を手に入れる事となったのである。それが自分と似たような存在との出会いだ。
上にも書いたとおり、僕は生まれてこの方、ずっと周囲と上手く溶け込めなかった。だから自分と似た同族なんてこの世にいないんじゃないかと思っていたのだけど、それが自分のTwitterを通じてワイン会に来てくれる人が、僕と似てる事、似てる事。
「なんだよ兄弟。お前ら、みんな俺と同じような性格じゃん。今までめっちゃ生きにくかっただろ。お互い、もっと早く出会えてれば、こんなにずっと孤独感なんて感じないで済んだだろうに」
一体なんど参加者にこう言いたくなった事だろう。たぶん参加者も、同じような事を僕に感じ取ったんじゃないだろうか。
こうしてインターネットの海を隔てて、同族との遅い邂逅を果たした僕は、ようやく周りに何の気も使わずに違和感なく付き合える仲間を手に入れる事ができるようになったのである。おかげ様でようやく自分が異邦人であるという感覚がかなり収まり、最近はだいぶ生きやすくなる事に成功した。
さて話を借金玉さんの本に戻すと、この本は、上に書いた僕に対するワイン会というコミュニティーがもたらした効用と似たようなものを、発達障害の方々に提供する要素が非常に多く含まれている。
「あなたは一人じゃないよ。いっしょに頑張っていこう」
そこかしこに散りばめられた、これらのメッセージは非常に温かい。筆者はきっと、かなり面倒見がよい性格である事が伺えるけど、実際に氏のTwitterをみると、ほぼ全てのリプライに丁寧に返事をしていて、非常に真摯である。
実際、本の最後にも「僕は大体インターネットにいますので、ブログとかTwitterを見に来てください」と書かれており、発達障害者の相互補助コミュニティーのような役割を率いようという気概が感じられるのだけど、これを本で提唱するのがなんというか物凄く斬新なのである。
従来ならば、読者と作者というのは創作物を通じてでしか接点がなかった。けど技術が革新した今ならば、本の作者と読者がもう少し近い距離で繋がれたっていいはずなのだ。
僕がこの本を「売れて欲しい」と思った最大の点はここで、この本が売れてもっと多くの人の目につくようになれば、発達障害を抱えて生きている人の手により広く行き渡りやすくなる。
そうして、それらの人々の手にこの本が行き届き、借金玉さんのように発達障害由来の生きづらさを抱えている人とインターネットという近接的な距離で関わりあう事ができたら、多くの発達障害者が感じているであろう”生きにくさ”はかなり低減するんじゃないかな、と思ったのだ。
これは新時代のコミュニティーのあり方だと僕は思う。かつては雑誌の投稿欄だとか、インターネットの掲示板がその役割を担っていたわけだけど、本という創作物とインターネットを使うことで、よりリアルタイムで自分の居場所を感じられる空間の演出に一役買っているというわけだ。
借金玉さんは本当に公益になる創作物をこの世に送り出したと思う。本当にこの本は売れて欲しいなと素直に思える、大変によい本である。
そして多くの識者に、この本の本質であるコミュニティー形成のメリットが理解され、みんながみんな、自分と似たような人たちと楽しく生きれる為の居場所づくりに邁進して欲しいなと思う。居場所作り、めっちゃ楽しいですよ。
大丈夫、あなたは一人じゃない。彼が毎回文末に添える”やっていきましょう”という文言からは、そういう温かいメッセージが感じられはしないだろうか。
というわけで我々も、やっていきましょう。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます→ https://note.mu/takasuka_toki
(Photo:Michael Chen)