珍しく売れて欲しい、と心の底から思えた本があるので紹介する。

借金玉さんの「発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術」である。

タイトルだけみると、よくある自己啓発本の亜種にも見える本書だけど、その本質はそういうものとはちょっと異なる。まあ本質については後で書くとして、まず本書の見どころから書いていこう。

 

ライフハックとは「メガネをつかえ」ということである

まず、この本は読み物として普通に面白い。

この本は大雑把にわけると全部で2つの構成要素がある。1つ目が日常生活への適応で2つ目が社会への適応である。

以下順に説明していこう。

 

世にある多くの自己啓発本は「こうすれば朝型人間になれる!」だとか「こうすれば仕事の生産量が圧倒的に高くなる!」といったスーパーマンの成り方を語っているけれど、この本は「残念ながら自分は変わらない」事を前提に書かれている。ここが物凄く面白い。

「残念ながら自分は変わらない」けど、発達障害者として、なんとか生きなくてはならない。

そういう中で、借金玉さんが努力でなんとか日常生活に適応するために何をするかというと、道具とか環境を整備したり、時には薬を利用したりして、なんとか日常生活をハックしていくのである。

 

この姿勢は本当に学ぶべき事が多い。できないことをできるようになる、のではなく、できないなりになんとか日常生活を卒なくこなせるように工夫する。

場合によっては精神科に通って薬も使う、という姿勢は本屋にならんでいる自己啓発本とはある意味対極的だけど、本来、ライフハックというのはそういうものだ。

 

例えば視力が悪い人は根性や努力で視力は良くならない。マサイ族に入って、遠くの獲物を見続けるという作業で視力がメキメキ良くなるような人も中にはいるかもしれないけど、多くの目が悪い凡人にとってはメガネやコンタクトレンズを躊躇なく使った方が、圧倒的に効率よく困難を解決できる、という事を考えてもらえば話はわかりやすいだろうか。

 

この本にはメガネやコンタクトレンズに相当する日常生活をラクに送るためのコツみたいなものがそこかしこに仕込まれており、発達障害を抱えていない普通の方々にも役立つものが結構ある。ぶっちゃけ、凄く有益なのだ。

 

「サラリーマン文化人類学」という圧倒的に会社を納得できる魔法の鍵

また、特に僕が秀逸だと思うのが2つ目が社会への適応で、借金玉さんは会社を”固有の文化を有する部族”の集まりとして分析しており、これがサラリーマン文化人類学と言っても過言ではないほどによく出来ているのだ。

僕も正直、会社に馴染むのに苦労しているタイプの人間なのだけど、会社を「部族」という単位で眺めることで下らないと思ってたことにも、それなりに意味が見いだせるようになり、随分と自分の中で無駄だと思っていた就業規則にも納得がいくようになった。

 

この「納得がいく」という事が実のところ会社という場所を生き抜くにおいては本当に大切なことで、人は理解さえできれば、結構何でも頑張れる。逆に言うと、人は自分が納得がいかないものをずっと続けられる程には強くない。

多くの人は借金玉さんの分析したサラリーマン部族のオキテを読む事で、会社に感じる理不尽さが相当に低減するはずだ。

 

例えば飲み会が辛いのは意味がわからないからだけど、本書を読めば飲み会の意味だとか、何をするのが正解なのかといった事が随分と理解出来き、まあクソだけど仕方がないな、と納得できるはずである。

このほんのちょっとの納得が、物凄く大きい。今までわからなかった謎の風習も、本書を読めば一発で疑問が氷解する事うけあいである。

 

コミュニティーに入れば生きにくさがかなり低減する

とまあ、内容として見るべきポイントはこのような感じなのだけど、僕がこの本に感じた本質は上に書いたメリットとは随分と別の場所にある。

僕が思うに、この本の本質は”発達障害を抱えている人の居場所の形成”である。あなたが発達障害を抱えている人ならば、この本を読むことで日常生活で感じる”生きにくさ”がかなりやわらぐはずだ。

 

これがどういう事かを説明するために、ちょっとだけ僕の話をしよう。

これを書いている筆者は最近になるまでずっとある種の生きにくさを抱えて生きていた。

僕は生まれてこの方、何とも言い難い周りの人とのズレを感じていて、クラスメートや会社の同僚と溶け込むのが物凄く苦手な人間だった。これが原因で今まで随分と手痛いイジメにもあってきたし、いつも周囲と自分との間に疎外感を感じながら生きていた。

「自分はおかしいんじゃないか」

こういう思いはずっと僕の中にあった。とはいえ自分を殺してまで周りに溶け込む気力がなかった僕は、自然と孤独である事を選択するようになっていった。

 

ただまあ、やっぱり一人は寂しい。僕のこれまでの人生は、この疎外感と孤独感とのせめぎ合いだったといっても過言ではない。

ところがこの疎外感と孤独感だけど、つい最近になってこれが相当に緩和される事になった。何をやったかというと、自分でコミュニティーを形成したのである。

 

とあるきっかけがあって、僕はワイン会を運営しているのだけど、自分でコミュニティーを作ってみたところ、当初想定していたのとは全く異なる恩恵を手に入れる事となったのである。それが自分と似たような存在との出会いだ。

上にも書いたとおり、僕は生まれてこの方、ずっと周囲と上手く溶け込めなかった。だから自分と似た同族なんてこの世にいないんじゃないかと思っていたのだけど、それが自分のTwitterを通じてワイン会に来てくれる人が、僕と似てる事、似てる事。

 

「なんだよ兄弟。お前ら、みんな俺と同じような性格じゃん。今までめっちゃ生きにくかっただろ。お互い、もっと早く出会えてれば、こんなにずっと孤独感なんて感じないで済んだだろうに」

一体なんど参加者にこう言いたくなった事だろう。たぶん参加者も、同じような事を僕に感じ取ったんじゃないだろうか。

 

こうしてインターネットの海を隔てて、同族との遅い邂逅を果たした僕は、ようやく周りに何の気も使わずに違和感なく付き合える仲間を手に入れる事ができるようになったのである。おかげ様でようやく自分が異邦人であるという感覚がかなり収まり、最近はだいぶ生きやすくなる事に成功した。

 

さて話を借金玉さんの本に戻すと、この本は、上に書いた僕に対するワイン会というコミュニティーがもたらした効用と似たようなものを、発達障害の方々に提供する要素が非常に多く含まれている。

「あなたは一人じゃないよ。いっしょに頑張っていこう」

そこかしこに散りばめられた、これらのメッセージは非常に温かい。筆者はきっと、かなり面倒見がよい性格である事が伺えるけど、実際に氏のTwitterをみると、ほぼ全てのリプライに丁寧に返事をしていて、非常に真摯である。

 

実際、本の最後にも「僕は大体インターネットにいますので、ブログとかTwitterを見に来てください」と書かれており、発達障害者の相互補助コミュニティーのような役割を率いようという気概が感じられるのだけど、これを本で提唱するのがなんというか物凄く斬新なのである。

 

従来ならば、読者と作者というのは創作物を通じてでしか接点がなかった。けど技術が革新した今ならば、本の作者と読者がもう少し近い距離で繋がれたっていいはずなのだ。

僕がこの本を「売れて欲しい」と思った最大の点はここで、この本が売れてもっと多くの人の目につくようになれば、発達障害を抱えて生きている人の手により広く行き渡りやすくなる。

 

そうして、それらの人々の手にこの本が行き届き、借金玉さんのように発達障害由来の生きづらさを抱えている人とインターネットという近接的な距離で関わりあう事ができたら、多くの発達障害者が感じているであろう”生きにくさ”はかなり低減するんじゃないかな、と思ったのだ。

 

これは新時代のコミュニティーのあり方だと僕は思う。かつては雑誌の投稿欄だとか、インターネットの掲示板がその役割を担っていたわけだけど、本という創作物とインターネットを使うことで、よりリアルタイムで自分の居場所を感じられる空間の演出に一役買っているというわけだ。

 

借金玉さんは本当に公益になる創作物をこの世に送り出したと思う。本当にこの本は売れて欲しいなと素直に思える、大変によい本である。

そして多くの識者に、この本の本質であるコミュニティー形成のメリットが理解され、みんながみんな、自分と似たような人たちと楽しく生きれる為の居場所づくりに邁進して欲しいなと思う。居場所作り、めっちゃ楽しいですよ。

 

大丈夫、あなたは一人じゃない。彼が毎回文末に添える”やっていきましょう”という文言からは、そういう温かいメッセージが感じられはしないだろうか。

というわけで我々も、やっていきましょう。

 

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高須賀

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(Photo:Michael Chen