先日、人気ブロガーであるHagexさんこと岡本顕一郎さんという方が凶刃に倒れた。
Hagexさんを知らない人も多いだろうから簡単に説明しておくと、彼はブログ愛好家の間では結構有名な方で、ブログでは主にネットで炎上した事件を、背景分析も含めて面白おかしく書かれる方だった。
基本的には彼が取り上げる炎上案件は、背後に悪どいビジネスが隠れているものだったり、「仕事をやめてブログ一本で食っていく」というような若者がよくみる悪い夢を醒めさせるようなものが多く、ネット愛好家の間では割と良心的なコンテンツを作られる方として人気のあった方であった。
今回、Hagexさんを殺害してしまった方は、はてなブックマークという相手にコメントをつけるサービス上で相手の事を低能、低能と揶揄する発言を繰り返し行っていた方で、その行動があまりにも際立っていた事から、低能先生と呼ばれ、サービス利用者からあまり好ましく思われていなかった方であった。
この事件の詳しい事情については、色々なメディアで既に書かれているのでここでは述べない。詳しく知りたい方は、この記事が上手にまとめられているので、一読をおすすめする(参考→「低能先生」を凶行に駆り立てたネット民の闇 | インターネット | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準)
無敵の人
この事件が起きた後、インターネット上では“無敵の人“というワードが瞬く間に広がっていった。
無敵の人というのは”人間関係も社会的地位もなく、失うものが何もないから罪を犯すことに心理的抵抗のない人”を表すネットスラングである。
普通の人は逮捕されると職を失ったり、社会的信用が下がったりする。この事もあり、犯罪には一定の抑止力が働くのだけど、”無敵の人”はそもそも何も持たないものであるので、失うものがなにもない。
それゆえに普通の人ならどこかで躊躇して踏みとどまるような事も、最後の最後に歯止めが効かなくなってしまい、野蛮な行為に働けてしまう。
ちなみに6月におきた事件を並べると、この「無敵の人問題」は結構既に無視できない規模に膨れ上がりつつある事がわかる。
あの新幹線内刺殺事件も、小学生刃物襲撃事件も、富山拳銃奪取発砲事件も、おそらくこの”無敵の人”の要素は少なからず含まれているだろう。
無敵の人から身を守るための三つ壁
この事件が起きた後、インターネット上で無敵の人から身を守る為に心がけたい事についての記事がアップされ、なかなか好評をよんでいた(参考→インターネットの「無敵の人」から身を守る方法 – 俺の遺言を聴いてほしい)
この記事の著者は無敵の人から身を守るために三つの壁を作る事を提唱されている。
一つ目は、お金の壁である。人は、自分の嫌いな人にはお金を払えない。だからネットの外で会うイベントを主催するときは、お金を払った人かこれないようにすれば、ある程度は参入障壁として作用するというものである。
二つ目は、信用の壁だ。信用できない人とはあわない。知らない人とあうときは、信用できる人からの紹介がなければ合わないようにするというものだ。
三つ目は、常識の壁。常識が通じない人、常識が根本から異なる人とはあわないようにする。”無敵の人”には常識が通用しないのだから、これも大切な心がけておきたいポイントだろう。
ただ僕はこの三つの点が非常に重要であるという事は重々承知するものの、これを読み、また周りの人たちがこれを絶賛するのを見ていて薄ら寒い気持ちになった。
これってトランプが作ろうとしてるメキシコの壁と、本質的には何も変わらないんじゃないだろうか?
僕の心の中のトランプは、上の三つの壁についての記事が絶賛される風景をみてこうつぶやいていた。
「ハッハッハ、シンゾー、君には負けたよ。まさか本場のアメリカンジョークで私から一本取るだなんてね。お互い、巨大なKABEを作って、社会を分断させていこうじゃないか」
インターネットの利点はつながりやすさにある。それまで、何の縁もゆかりも無かった人間が、偶然ネットの海で出会ったというだけで、交流を持つことが可能になるというのは、他のツールではとても得られない素晴らしいメリットだ。
この文章だって、ネットがなかったら、こんな形で表にでることなんてまずなかっただろう。自分はインターネットから、このつながりやすさの恩恵をフルに受けてきた人間であり、この点に関してはありがとう以外の事が何もいえない。
とはいえ、つながりやすいツールであるがゆえに、ネガティブなつながりも容易に産んでしまうというのは考えものだ。
よくツイッターなんかだとクソリプだなんていうのだけど、僕も時々わけのわからない人に突然絡まれる事があり、困惑する事がある。
Hagexさんの今回の件は、インターネットのつながりやすさのデメリットが産んだ最悪の一形態に他ならない。
低能先生は、おそらく社会にうまく溶け込めていなかった。
社会への鬱憤を、相手をネット上で罵倒する事ではらしていた事が、彼の自我崩壊を食い止めていた最後のラインだったのだろう。
その自我崩壊を食いとどめていた最後の生存空間を、イジメにも近い形で奪われてしまった事が、彼が凶行に及んだ原因であるとされている。
ただ、だからといって、低能先生が他人を無差別に罵倒する事を許せるかというと、それはそれで難しい。
はてな社は低能先生のアカウントを何度も何度も停止したみたいだけど、営利企業であるはてな社からすれば低能先生の罵詈雑言をその他の99.9%のユーザーに届かないようにするのは、ある意味当然な事ともいえる。
じゃあ結局、低能先生問題は何が問題だったのだろうか?それは彼がのべつ幕無しに、様々な人に、様々な人に罵詈雑言を届けられてしまった部分にある。
じゃあ解決方法としては極めてシンプルな事となる。低能先生の発言権は奪わずに、かといって、多くの人を不快にさせないのが現実的な落とし所になるだろう。
実はリアル社会には、それに若干近い場所がある。
インターネットにも黄金町や西成のような場所が作られるようになるのかもしれない
ここで一旦、リアル社会に目を移してみよう。
私達の生きる社会において、例えば恵まれない人が、いきなり銀座とか新宿にあらわれて人を攻撃する事はまずない。
もちろん警察などの機能がきちんと整備されているなど、抑止力がうまく働いているという事もあるだろうけど、僕が思うに、リアル社会はそこそこいい感じにゾーニングがうまくなされているのだ。
以前、僕は横浜の黄金町という場所で働いていた事がある。
知らない人も多いとは思うのだけど、この街は日本の中でもかなり特殊なところで、誤解を恐れずにいうと、資本主義社会で人が最後に流れ着く街といってもいいかもしれない。
関西でいうなら西成(あいりん地区)に近い場所だと思う。
僕がこの街で医者として働いて一番始めに驚いたことの1つとして、意外と治安がよいという点があった。
こういっちゃなんだけど、それこそ一歩間違えたらスラムといっても過言ではないような環境にも関わらず、意外とこの街は全くと言っていいほど荒れてなかった。
働いていたあの頃は、なんでこの街が全く荒れてなかったのかが想像できなかったのだけど、今考えて見ると、あの街の治安が崩壊してなかったのは、そこにいる福祉や医療を担当する人が、あの街に住む人の暴走を食い止めていたからじゃないかな、と思っている。
はっきりいって、あの街で福祉とか医療をやるのは、普通の人にはあまり面白い事ではない。
ただ極めて極まれだけど、そういう場所に生きがいを見出す人がいるという事もまた事実である。そういう人がいるから、恐らく黄金町や西成は、スラムにならずにすんでいるのだろう。
現状では、2ちゃんねるやはてな匿名ダイアリー(増田)という場所は、福祉機能のないスラムのようなものだ。そこにはリアルでいうところの福祉のプロもいないし、医療のプロもいない。
つまり場所は用意されているのだけど、福祉機能だけが全く整備されていないのである。
だから今後は、そういうインターネットスラムで、黄金町や西成で上手に機能しているようなネット特有の福祉機能が設けられる事が色々と必要とされていくのではないだろうか。
今後も無敵の人による魂の叫び声がどんどんリアル社会であげられ続ける事だろう。今回の件から、私達が学べることはきっと沢山ある。決して、たまたま起きた悲惨な事故として片付けてはいけない。
インターネット福祉の重要性が今後ますます高まっていくのは間違いないだろう。この全く新しい分野をキチンと築けるかどうかが、今後のインターネットの治安を左右するといっても過言ではない。
そのためにも今一度、黄金町や西成で働かれている方の知見を、私達は真摯に聞くべき時にきているのではないだろうか。
自己防御として壁を作る事も確かに必要だろう。けれど、それでは進撃の巨人のあの超大型巨人がやったように、壁を壊され時、世界が崩壊してしまう。
その世界は硬いが脆い。弱き者に本当に必要なものは壁ではなく、救いだ。私達に何ができるのか、一度よく考えてみよう。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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(Photo:Adam Rozanas)