文才。

私が欲しいと思うもの。

されど決して届かぬもの。

 

00年代の前半、テキストサイトと呼ばれる文章をウリにするウェブサイトが繁茂していた頃、私はさまざまなテキストサイトのウェブマスターの文章を読んでまわり、自分には文才が決定的に欠けていると感じていた。

 

優れたテキストサイトの文章にはきらめきや輝きがあった。しようもない出来事やなにげない日常、そういったものでさえ、執筆者というフィルタにかけられると面白くなったり美しくなったりする、そういうサイトを尊敬半分、やっかみ半分の気持ちで私は眺めていた。

それから20年以上が経ち、こうして私はまだ文章に張り付き続けているわけだけど、文才が身に付いたとは感じられない。

 

後で書くように、まあ……ある程度は上手くなった。

それでも、あの時のテキストサイトの人気者たちのような面白さ、美しさを再現するには遠い。「何をもって文才と呼ぶのか」という定義問題はあるにせよ、二十余年の歳月をもってしても身に付けられなかったものは確かにある。

 

私の文章は、昔も今も鉛の水道管みたいに重たくてふにゃっとしている。そう思う。

羽毛のような軽やかさや金管楽器のような光沢は、私の文章には望むべくもない。もうほとんどコンプレックスだ。

 

ところが、今、ここでこうして書いているのはおれなのだ

そのかわり、テキストサイトの人気者の大半に欠けていて、私にはあった才能がある。

それは継続する力だ。文才が無くても、それでもなお書き続ける力だ。

 

具体名を出すのは控えるが、あの頃、憧れていたあの書き手も、この書き手もいなくなってしまった。

ごく一握りの書き手が作家となって活躍しているほかは、皆、書くこと・アウトプットすることをやめてしまった。

 

みようによっては、彼/彼女らは「書くことを卒業できた」、といえるかもしれない。

でもって、私は「いまだ書くことを卒業できていない」とも。だがこれも考え方次第ではある。

彼/彼女らは私より優れた才能がありながら、書き続けることができなかった。書き続けるための環境なり状況なりモチベーションなりを維持できなかった、とも言えるかもしれない。

 

「継続は力なり」、と人は言う。

 

確かに継続は力だ。

20年も書き続ければ、私の鉛管のような文章も少しはマシになる。短所を削り、長所を伸ばし、大小の機会を拾い集め、自分なりに書きたいことを追究できるようにもなる。

 

しかし振り返ってみれば、その継続は誰にでもできるものではなかった。

どんなに才能やセンスに恵まれても、飽き性で、一年や二年ぐらいでそれを投げてしまえば、才能やセンスの閃きは火花で終わってしまう。

才能やセンスに恵まれた人のなかには、いろんなことに手を出し、どれも結構上手にできて、どれも長く続かないタイプの人がいる。あっちでもこっちでも火花を閃かせ、美しくもあるのだけど、火種や溶鉱炉には決してなれない人物。

 

それもまた才能、という見方もできようし、流行に乗って火花を散らすこと自体に価値のあるライフスタイルもある。

だが繰り返すが、それでは火種や溶鉱炉にはなれない。

そういう人は、ブログが流行ればブログで火花を散らし、SNSが流行ればSNSで火花を散らし、動画配信が流行れば動画配信で火花を散らし、どこでも冷たくなっていく。

 

また、書き続けるモチベーションが維持できない・書き続ける環境が確保できない、そういった理由で退場していく人もたくさんいる。

そういう意味では、書き続けられる周辺環境を整えることも、継続という名の才能の重要な一部だと言える。

書くためのデバイスや機器を取り揃えておくこと、一緒に書いているという手ごたえを感じさせてくれる友達やライバルができることだってそうだ。

文才の乏しさを継続によって補うためには、その継続をやさしくするための諸能力・諸才能が必要になる。

 

この点において、自分でいうのもなんだが、私には才能があった。テキストサイト時代もブログ時代も現在も、書き続ける周辺環境を整える力が遺憾なく発揮されている。

いつも書き続ける周辺環境をモニターし、自分が書き続けられる環境が守られるよう、絶えず周辺環境に注意を払っている。

そうして獲得した継続力を使って、自分より才能やセンスのあった人々ができなかった・手が届かなかったことを、今もここで続けている。

 

やってやったぜ、と私は思う。

自分よりも才能やセンスのあった先人たちが到達しなかった/できなかった地平に、彼らとは違うタイプの才能──継続力──をもって到達したのだ。

 

こういうことを書くと「そりゃあ、おまえが精神科医という属性を持っているからだろう?」とツッコミを入れる人もいるかもしれない。

ええ、精神科医という属性を持っていますがなにか。持っているものはなんでも使って、少しでも有利に、少しでも継続力を高めなければならない。

それらも全部ひっくるめての継続力だと、自分は理解している。

 

人気や実利がなくても続けられる、これまた才能

他方、私とは違ったかたちで継続の才能を発揮している人達もいる。

巷の流行や実利とは無関係に、ひっそりと、だが堅牢に自分の趣味や関心領域のウェブサイトを続けている人々だ。

オフラインの趣味人にも、恐ろしいまでの継続力を持ち、とんでもない量の知識や経験を蓄えている人がいる。

 

たとえば人気のないウェブサイト、人気のない動画アカウントを10年20年とやっている人は、圧倒的な継続力がある。そうとしか言いようがないではないか。

おそらくそういう人は他者の承認や流行、実利とは無関係に趣味や関心領域と向き合っていて、よっぽどそれが好きか、自分で作った創作物で自分自身を満足させるモチベーションのエコシステムが完成しているか、どちらにせよ本当は簡単ではないことをやってのけている。

 

アウトサイダーアートの作り手とされたヘンリー・ダーガーという人なども、誰に自分の絵をみせるでもなく、ずっと不思議な絵を描き続けてきたわけだけど、あれも、流行や実利から隔絶した状態で継続できたから自分の世界が豊かになった。

ダーガーほど極端でないにせよ、ひっそりと着実にプロダクツを残し続ける人、何かを追いかけ続ける人には継続力があると感じずにいられない。

そして自分の才能や着想を、継続の長さによって延々と精錬し続け、自分だけの世界を豊かにし続けている。

 

でもって、そうした人々も、趣味や関心領域に没頭するための周辺環境を整えている点では変わらない。

くだんのダーガーだってそうだ。他人に邪魔されずに没頭できる時間と空間、最低限の経済的与件、そういったものを曲がりなりにクリアしていなければダーガーの作品群は生まれなかっただろう。

息の長い趣味人、ひっそりとしたウェブサイトのウェブマスターも同じである。継続という名の才能のかなりの部分は、自分がそれを続けるための周辺環境を獲得する力に依っている。

 

そこから逆算すると、継続力という才能は、何かを継続するための与件を獲得したり整備したりする能力にかかっている、とみることもできる。

その能力の具体的な内容は、人によっては頼りになる支援者を見つけることだったり、自分自身がパトロンになりながらやっていくことだったり、隙間時間の作業効率を極大化することだったり、さまざまだろう。

 

そうした周辺環境を整える力のある人なら、それらを強みとして継続力を発揮して、純然たるセンスや才能と互角以上の戦いができるかもしれない。

そういう意味では、たとえばセルフマネジメントの卓越や種々の整理術、コミュニケーションの調整能力なども継続力の一部をなしていて、見ようによってはリベラルアーツの一種ともいえるかもしれない。

 

軍事上の戦いがしばしば補給能力で決まるのと同じように、何かを創作すること・何かを追究することもまた、しばしば継続力で決まる。

鋭利な才能やセンスの持ち主を、鈍い継続力の持ち主が追い付き、追い越すことはぜんぜん珍しくない。「

うさぎとかめ」でいえば、私ははっきりと亀タイプなので、世の亀タイプの皆さんに、こう呼びかけたい。

「おれらの継続力で、あのうさぎたちを、やっつけてやろうぜ」と。

 

 

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システム開発やITコンサルティングを経て、
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野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。


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(2026/01/19更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo by Marcus Dietachmair