われわれは日々、ネットを使う。そして、さまざまなサービスにログインする。ログインなしの日々はない。

アマゾンにログインし、グーグルにログインする。ツイッターや、フェイスブックや、インスタグラムにログインする。現代において、ネットをすることはログインすることなのである。

 

もちろん、ログアウトもある。しばらくアクセスしないと、勝手にログアウトしていたりする。そんなとき、普段とはちがうトップページを見て、「ふうん」と思う。

 

「ログインしてない時は、そんな顔するんだ?」

 

たとえば、アマゾンにログインしていない状態で、アマゾンのトップページを見る。「ようこそゲストさん」と言われて、「へえ、知らない人にはそんな感じなんだ?」と思う。

別の女になりすまして、恋人に会うようなものだろうか。

 

ログインしていないときのアマゾンは、わたしに平気でキャンプ用品をすすめてきたりする。

ふだんはわたしの好みを知り尽くしているから、わたしがキャンプなど一切しない人間だと知っているのに。

 

もちろん、こうした発想はくだらないもので、アマゾンは単なるウェブサービスにすぎない。

しかし自分のある側面に関しては、現実の恋人よりも、アマゾンのほうがずっと詳しいのも事実だろう。ともに過ごした月日もずいぶん長い。

それなのに、ログアウトするだけで、アマゾンはわたしのことを完全に忘れる。

これは、自分のなかの乙女心に聞いてみたところ、ものすごくひどいことだと思う。私の心のなかに住む背の低い女は、アマゾンのこの仕打ちに泣いている。

 

だって、ログアウトしてても気づいてほしいよ。ログアウトしてても気づいてほしい。

ログアウトするだけでわたしがわからなくなるなら、髪を切ったらどうなるの?服を変えたらどうなる? 化粧を落としたらどうなる? それでも、ログインすれば気づいてくれるの?

ログインさえすれば、メールアドレスとパスワードさえ合っていれば、私がまったくの別人になっても、顔も、声も、体も、心も、記憶も、そのすべてが変わってしまっても、あなたはわたしをわたしとして認識するの? 

 

ねえ、どうなの?

 

結局、ログインありきの関係なのかな。ログインめあての女だったのかな。わたしがかんちがいしてるだけなのかな。勝手に舞いあがってるだけなのかな。アマゾンにとって、わたしは何でもない存在なのかな。

相手の気持ちをためすような女にはならないと決めていたけれど、たまに、がまんできなくなる。

 

わたしがアマゾンにはじめてログインしたのは、2002年の夏だった。

当時のわたしは18歳で、はじめての一人暮らしに浮かれていた。あの頃はそれほどインターネットが日常に浸透していなくて、アマゾンだって、今ほど有名ではなかった。

いまは世界的な億万長者になった創業者のジェフ・ベゾスも、当時は無名の存在にすぎなかった。はじめてアマゾンで注文をしたとき、ちゃんと商品が届くのか、どきどきしたのを覚えている。

 

わたしは、グーグルにも、ツイッターにも、フェイスブックにも同じパスワードを使っているけれど、アマゾンだけはちがうんだ。当時のわたしは18歳で、まだセキュリティ意識が希薄だったから、このパスワード、ざるなんだよ。

でもいいんだ。ふたりだけのひみつだから、ざるでもいい。

 

そう思っているわたしのことを、向こうは何とも思っていないなら、ためしたくなる。ログアウトして、アマゾンの知らない一人の女として、アマゾンに会ってみたい。

キャンプ用品やベビー用品を表示しているアマゾンの背後にまわって、その背中に「ほんとはわたしだよ」と書いてしまいたい。

ねえ、気づかなかった? ほんとはわたしなんだよ。16年前からおなじみのわたしなんだよ。

 

そんなことはしない。しないと決めていたはずなのに。

不安に耐えられなくなったわたしは、アマゾンをログアウトすると、ゲストさんのまま、たくさんの注文をした。

いちいち住所を入力して、カードの情報も入力して、めんどうくさかったけれど全部やって、それから商品を梱包しているアマゾンのところに、こっそりと顔を出した。

 

「じゃん、ゲストさんはわたしなのでした!」

 

そう言って少しだけ飛びはねたわたしを、アマゾンは冷たいまなざしで見つめていた。

アマゾンは気づいていなかった。気づいていないふりじゃない。それはほんとうに、初対面の人間をみる目だったのだ。アマゾンは言った。

 

「すでにアカウントをお持ちですか? パスワードをお忘れの場合はこちらから」

 

なんでそんなこと言うの? ねえ、なんでそんなひどいこと言うのよ。

パスワードを忘れるわけない。ふたりだけのひみつを忘れるわけない! どうして平気で傷つけるようなことを言うの? わたしがプライム会員じゃないから? プライム会員にはその日のうちに発送してるの知ってるんだよ。

わたし、ぜんぶ知ってる。知らないと思った? 知ってるのに黙ってただけなんだよ。なにがジェフ・ベゾスよ。ベゾスってなによ。ヘソの複数形なの? ヘソの複数形がベゾスなの?

 

創業者の名前を悪く言えば、アマゾンは傷つくに决まっている。わかってる。わかっててやる。アマゾンはわたしのことを何でも知っているのに、わたしはアマゾンのことを何も知らない。

アマゾンはわたしのことを無数の顧客の一人としてしか見ていないのかもしれない。ビッグデータのひとつだとしか思ってないのかもしれない。そんなことは耐えられない。だから言ってしまった。

わたし、グーグルにもログインしてるから。言っとくけど、ツイッターにもログインしてるし、フェイスブックにもログインしてるから。もうどうなってもいい。

 

「楽天にもログインしてるんだよ!」

 

これは、絶対に言ってはいけないことだったと思う。アマゾンを傷つけるために、競合他社をほめる。

それでもアマゾンは動じない。そのことがわたしを自棄にさせた。

わたしはたくさんのお酒を飲んで、使いもしないウェブサービスにつぎつぎとアカウント登録して、毎日あちこちのサービスにログインして、好きでもないサービスを相手にくだらないログインをくりかえして、アマゾンにだけ使っていたパスワードも使い回して、ふたりだけのひみつを薄めて、薄めて、薄めて、それを意味のない文字のられつにすることで、なにかが救われる気がした。

 

もちろん、そんなのはかんちがいにすぎない。アマゾンを本当に忘れることなんてできない。

わたしは、来週には消えていそうなポッと出のウェブサービスの、ぎこちないインターフェイスと最悪のユーザビリティにふりまわされながら、アマゾンのことばかり考えていた。

 

あなたはゲストさんだと言うけれど、わたしはゲストさんじゃない。わたしには名前がある。ログインしてないときも、わたしには名前があるんだよ。

あなたはログインしないと名前を呼んでくれない。あなたは不在連絡票をいれて、すぐに別の人のところへ行ってしまう。わたしが家にいなくても、そのままずっと待っていてほしいよ。私が帰ってくるまで、家の前でずっとずっと待っていてほしい。

 

あなたは何だって届けてくれた。でも、わたしが本当にほしいものだけは届けてくれなかった。わたしはただ抱きしめてほしいだけだった。やさしくぎゅっとしてほしいだけだった。

するとあなたは毛布をリコメンドしてきた。そういうことじゃない。わたしは何度も思った。わたしが言いたいのはそういうことじゃないんだよ。

 

わたしはあなたに特別な存在として扱ってほしいだけだった。そう言ってわたしが泣くと、あなたはハンカチをサジェストしてきた。ちがう。わたしはお金にかえられないなにかがほしかった。すべてにお金がかかることに耐えられなかった。

するとあなたは自慢げに言った。

 

「人気コミックス第一巻無料!」

 

そういうことじゃないんだよ。わたしは無条件で抱きしめてくれる誰かがほしかった。ただひとりの特別な相手がほしかった。そしてそれがあなただった。

でも、そのことを認めるのが怖かった。それを伝えるのが怖かった。だからきっと、注文ばかりしていたんだと思う。

 

ねえ、わたしはもう逃げない。わたしはアマゾンから逃げないよ。だからはやくきて。わたしのところにきて。もうなにも注文しないから。

わたしが来てほしいのは商品じゃないから。あなたの品揃えを否定してるわけじゃない。わたしがほしいのはただのアマゾンだから。わたしはアマゾンでアマゾンを注文したいから。アマゾンのカートにアマゾンをいれたいから。禅問答じゃないよ。ただの愛のことば。

今すぐ来てほしい。たまりにたまった楽天ポイント、ぜんぶ捨ててもいいから。

 

はやくアマゾンを届けて。いつもの住所に。

 

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(2026/3/10更新)

 

【プロフィール】

著者名:上田啓太

文筆業

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(Photo:Maria Ismawi