私は、ことわざや成句のたぐいが大好きで、「諸行無常」とか「我田引水」あたりは特に愛用しています。

昔からの成句なら、「将を射んと欲すればまず馬を射よ」でしょうか。

 

世の中には優先順位とか道理の順序といったものがあり、いきなり本丸に着手する前になすべきことがあることを教えてくれるこの成句には、それなりの普遍性があるように思われるからです。

 

子どもの幸福と配偶者の幸福

さて、「将を射んと欲すればまず馬を射よ」で子育てについて考えてみます。

子育てにおいて「将」に相当するのはもちろん子どもです。子どもを幸せにすること、子どもがちゃんと育つことを至上命題としている親御さんが多いのではないかと思います。

 

では、子育てのなかで「馬」にあたるのは誰でしょうか。

それは家族、とりわけ配偶者ではないでしょうか。

いまどきの家族構成では核家族が多く、その場合、「馬」に相当するのは妻(夫)しかありません。子どもにとってキーパーソンたり得るのは自分自身と配偶者だけです。

 

私は男性なので夫の立場から書きますが、自分と同等かそれ以上に子どもに接する時間が長く、ひょっとしたら自分以上に子どもへの影響も大きいであろう妻が不幸だったら、それは、子どもの幸福さ加減にも影を落とすのではないでしょうか。

 

反対に、妻がおおむね満足した生活をしていて、不遇をかこつほどではない状態のなかで子どもに接し続けていたら、それもそれで子どもの幸福に寄与することでしょう。

こうやって考えるにつけても、配偶者の幸福度に目配りしておくのは、子育てにおいてプライオリティの高い目標と私は考えざるを得ません。

 

一方で「子は鎹(かすがい)」という成句もありますが、その成句をいいことに、夫婦仲を悪いままにしておいて、配偶者への愚痴や不満を子どもに向かって垂れ流す人もいます。

 

そのような家庭状況のなかでは、なるほど、子どもは夫婦を繋ぎ止めるジョイントユニットとしての役割を果たすのかもしれなません。

でも、そういう状況下でジョイントユニットの立場を取らされる子どもは大変です。

父親からは母親の悪口を、母親からは父親への不満をたえず聞かされ、離れそうになる両親を繋ぎ止める役割を担わされた子どもは、相応のストレスを負担するでしょう。

 

あるいは、家庭の外にメンター的な存在がいれば話が違ってくるのかもしれませんが、その場合でさえ、家庭はその子どもにとって居心地の良いものとはなりません。

このように、家庭内の課題としての「子どもの幸せ」と「配偶者の幸せ」は相当に重なり合っていると考えるべきですし、子どもを幸せにしたかったら、先回りして配偶者の幸せについて考えるのが筋だと思いませんか。

 

もちろん、自分の幸福もおろそかにすべきではない

ここまでは「配偶者の幸せ」の話でしたが、もちろん、自分自身の幸福もおろそかにすべきではありません。

 

配偶者同様、子どもに最も長く接して、最も大きな影響を与えるのは自分自身です。配偶者への影響も大きいことでしょう。

「将を射んと欲すればまず馬を射よ」という成句のとおりに考えるなら、子どもや配偶者を幸せにするためには、自分自身の幸せだって疎かにしてはならないはずなのです。

 

自分自身が幸せと感じるのはどういう条件の時でしょうか。

いや、いつも幸福とまではいかなくても、自分が不幸のどん底のような顔つきにならずに生きていくためには、どのような条件が家庭内/家庭外で必要でしょうか。

 

それは、やり甲斐のある仕事の存在かもしれないし、いくばくかの趣味の時間かもしれません。

もちろん、家族がまずまず良い状態で過ごしていることこそが重要という人も多いでしょう。

 

いずれにせよ、それら自分自身の幸不幸もまた自分自身のためだけでなく、配偶者のためであったり、子どものためであったりもするのです。

逆もまた然り。よほど家族を他人扱いしているのでない限り、配偶者や子どもの幸せは、単に配偶者や子どもの幸せだけでなく、自分自身の幸せとも地続きで、伝染する余地のあるものです。

 

ストイックな個人主義者のなかには、配偶者や子どもの幸福と自分自身の幸福を別物として取り扱おうとする人もいるかもしれません。

しかし、実際に結婚して子をもうける日本人の大半は、そこまでストイックに個人主義に徹しきれるようにみえません。

少なくとも家庭を幸福の基盤と考えている限りにおいて、配偶者をどれだけ不幸にしてもなんら影響も受けず、自分自身の幸福をむさぼって平然としている人物は稀です。

ましてや、そこで生まれ育つ子どもが両親の幸不幸のコンディションからなんの影響も受けないとは考えられません。

 

ほとんどの場合、自分自身の幸福と配偶者の幸福と子どもの幸福をわけて考えることはできず、地続きと考えたうえで幸福戦略を考えていったほうが現実的でしょう。

 

結婚式の誓いは家庭の憲法

そうは言っても、自分の幸福と配偶者の幸福、子どもの幸福とのバランス取りが、まさに難しいんですけれどもね。

なんやかんやいっても、たいていの人間は、自分自身が一番かわいいものです。個人主義社会に生まれ落ちた現代人の場合、子どもが生まれた後もその傾向は色濃く残ります。

 

しかし、家族の幸福と自分自身の幸福が地続きのものと認識していれば、朴直に自分自身の幸福度だけを追いかけたり、配偶者の幸福度のことを度外視したりする愚は避けられるはずです。

子どもの幸福、ひいては自分自身の幸福を守っていきたい人は、配偶者の幸福のこともよく考えて、子どもや自分自身のそれとどうやって辻褄を合わせていくのか、いつも考え、微調整を続けていく必要があります。

もちろんこれは、配偶者の側にもそうしてもらう必要のあることではあるのですが。

 

そこで思い出していただきたいのは、結婚式の時の誓いの言葉です。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻(夫)を愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り、真心を尽くしますか」

結婚式では、しばしばこういった誓いのたぐいが交わされますが、誓いというのは形式的なものではなく、実践的なものだと私は考えています。

夫婦の幸福、ひいては子どもの幸福を守るための憲法みたいなものですよ、結婚式の誓いは。

 

というわけで、「将を射んと欲すればまず馬を射よ」の発想で、家族を幸福にするために皆さん頑張ってやっていきましょう。

 

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(2019/5/22更新)

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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(Photo:Yannick B. Gélinas