日々進歩するAI。
AIが記事を書いただとか、囲碁で勝利しただとか、その性能の向上を伝えるニュースを目にすることが増えた。
近々、通訳者を介さずに世界中の人と会話し、翻訳者が訳さずとも世界中の本を読めるようになるかもしれない。
そうすると、『AIがあるから外国語学習はしなくていい論』なんかが盛り上がってきそうだ。
「なんで日本人なのに英語を勉強しなきゃいけないんだ」と同じように、「なんでAIがあるのに外国語を勉強しなきゃいけないんだ」と言う人が現れるだろう。
その主張がなされる前に、「それはちがうぞ」とあらかじめ言っておきたい。
「AIが進歩したら語学は不要になる」論
わたしはドイツ留学中、必死でドイツ語を勉強した。
ドイツに来たばかりのときは、「ごはん おいしい」「ドイツ 寒い」というレベルのドイツ語力だったが、1年後、CEFRでC1レベル(TOEICでいえば945点以上)にまでなった。
自分でいうのもアレだが、結構がんばったと思っている。
ドイツ語学習に熱中した理由は、「せっかくドイツにいるから」「友だちと話したいから」というのはもちろんだが、言語を学ぶこと自体がとても楽しかったからだ。
わたしとしては、「勉強した」というより「趣味だった」に近い。
しかし残念ながら、「ドイツ語を勉強してなにになるの?」という声をちらほら聞いた。
「すでに外国語ができる人はたくさんいるんだから自分で学ぶ必要はないんじゃないの」
「語学の専門職につかなければドイツ語なんて使わないでしょう」。
極めつきは、「AIが進歩すれば語学は無駄になるよ」。
たしかに、AIの性能は日々向上している。
日本人の友だちがわたしの家に来たとき、ドイツ人のわたしのパートナーと、アプリを使って会話をしていた。
スマホに向かって話しかけると、それを認識し、指定の言語に翻訳してくれるらしい。
精度はまだまだだが、会話が成り立つ程度のレベルには達していた。
すでにこんなアプリがあるのか。
それなら、「言語なんて勉強しなくても」と言う人が現れるのも当然だし、「通訳者や翻訳者は不要になる」と主張する人がいるのも理解できる。
でもわたしは、だからこそ言いたい。
「AIが進歩したって語学には大きな意義がある」と。
外国語の会話から学ぶ「現地のアレコレ」
言語は、あくまでコミュニケーションのツールだ。
言語を学ぶことで、その国の文化や歴史、価値観に触れることができる。
たとえばドイツ語には、敬語(というより丁寧語)がある。
英語での二人称は「you」だが、ドイツ語にはSie(敬称)とDu(通常の二人称)がある。
このふたつは、日本語のように互いの社会的立場や年齢で使い分けるというより、その人との距離感によって使い分ける感じだ。
銀行の窓口では双方Sieと呼ぶが、フレンドリーなレストランでは店員も客もお互いDuを使ったりする。
ご近所でも、初対面からDuを使う人もいれば、「まず最初はSieで」という人もいる。
「Möchtest du〜?」「Möchten Sie〜?」は両方とも「〜したい?」と聞いているのだが、どちらの二人称を使うかで、距離感は結構ちがうのだ。
また、デュッセルドルフとケルンは電車で30分の距離だが仲が悪いことで有名で、デュッセルドルファー(デュッセルドルフ人)とケルナー(ケルン人)はよくそれをネタにする。
「(デュッセルドルフの地ビールである)アルトビールの良さがわからないなんて無粋なケルナーだ」なんてジョークを飛ばし、ケルナーは「金持ちアピールする鼻持ちならないデュッセルドルファーは(ケルンの地ビールである)ケルシュを飲む資格なんてない」と答える。
AIがこういった会話を『翻訳』する未来は、遠くはないだろう。
しかし、相手がなにを思ってその言葉を使っているかを、AIの翻訳を通じてちゃんと理解できるかどうか。
そういう話になれば、それはやっぱり無理だろう。それを理解するためには、文化や価値観など、その国特有の知識が必要だからだ。
さらに、翻訳できない言葉もある。
ドイツは音に敏感な国で、地域や大家の意向によってちがうが、22時以降洗濯機を回しちゃいけない、シャワーを浴びちゃいけない、日曜日は掃除機をかけちゃいけない、なんてルールがある。
その法律はRuhezeitというのだが、日本の騒音規制法とは考え方が異なるため、「休息の時間」「静かにする時間」などと訳すしかない。
つまり、「現地のことを知らないと意味をなさない単語」というのも存在するわけだ。
AIは学習の価値を奪うわけではない
わたしはドイツ語学習を通じてドイツの文化や価値観も学ぶことができたから、「どうせAIがやってくれる時代がくる。ドイツ語の勉強する必要はなかった」とは思わない。
たとえAIの翻訳が『完璧に正しいもの』になったとしても、それでも語学の意義や価値がなくなるわけではないのだ。
商談でお互いが翻訳機を使って意思疎通ができたとしても、相手の国でのビジネスマナーを知らずリスペクトが感じられなければ、商談はうまくいかないかもしれない。
スポーツ選手でも、通訳者を介して思いを伝える人もいるし、まだあまり上手でなくとも現地語でインタビューに答えようとする人もいる。
前者のほうが言語レベルは上だが、後者がダメかといえばまったくそんなことはない。
言語はあくまで、意思疎通のためのツールなのだから。
AIは、いまこの瞬間も着実に進歩しているだろう。
近い未来、そのへんの翻訳者よりGoogle翻訳のほうが正確に翻訳してくれるかもしれないし、通訳者がいなくとも音声認識と翻訳アプリを使ってだれとでも会話できる世界になるかもしれない。
それでもやっぱり、語学の意義がなくなるわけじゃない。
いくらAIの翻訳が『正確』になろうとも、自分で理解することの大切さは変わらないだろう。
AIの進歩に甘えて学ぶことの意味を見失わず、知的好奇心をもった人間でいたいと、改めて思う。
(2024/1/22更新)
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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(Photo:Dickson Phua)