ドイツに移住してからというもの、何度もカルチャーギャップを体験した。

そのたびにびっくりしていたわたしだけど、驚いたのは日本とドイツとのカルチャーギャップだけではない。『自分が思い描いていたドイツと実際のドイツの乖離』にもまた驚かされた。

もっとかんたんにいえば、わたしはドイツを誤解していたのだ。とくに、働き方に関して。

 

わたしはドイツに来た当初、よく「日本は長時間労働だけどドイツには残業がないからいいよね」なんてよく言っていた。

それに対するドイツ人の反応は予想外のもので、100%「ドイツにも残業はある」と返ってくるのだ。たぶん30人以上とことやり取りをしたが、答えはいつも同じ。

労働研究所の職員の方に取材をさせていただいたときも、「ドイツに残業がないなんて言われているんですか? どうして?」と逆に驚かれたほどである。

どうやら、わたしが触れてきたドイツ情報は、理想化されすぎていたらしい。

 

『ドイツは残業ゼロ』というまやかし

たとえば、「OECDの統計では、日本の平均労働時間1710時間と長時間に対し、ドイツはたったの1356時間。OECDで一番労働時間が短く残業はない。それなのに経済大国なんて、さすがドイツ」というのが、典型的な『理想化されたドイツ』だ。

 

この統計によると、OECDの平均労働時間は1756時間。実は、日本の労働時間だって平均より少ないのだ。

だから、この統計から「日本は長時間労働だがドイツはそうではない」と結論づけるのは、ぶっちゃけ印象操作の類である。日本の労働時間だって、平均以下なのだから。(ちなみに、残業含めた数字だとされている)

 

また、この統計は、フルタイム労働者の平均労働時間を表しているわけではない。

ドイツは15歳から64歳の女性の46%、実に半数弱の女性が時短ワークしている国で(連邦統計局)、そういった女性たちを含めての平均労働時間である。労働時間の話をするなら、フルタイムワーカーで比べるべきだろう。

 

たとえばBAuAの統計を見ると、ドイツのフルタイム労働者の5人に1人は、週48時間以上働いている。

それなりの割合の人が残業していると解釈できるのだが、『残業なしドイツ』の文脈で語るとき、こういった数値は無視され、なぜか「総労働時間」の話にすり替わっていたりする。

そもそも、「総労働時間が少ない」から「残業していない」という因果関係も成り立たない。

 

ドイツにだって納期や繁忙期はあるし、どうしても結果を出すべき仕事もある。

「定時なんでお先〜」と明日締め切りの仕事を放り投げる部長が、それでも評価されるのだろうか。

 

いくらドイツでも、さすがにそれはない。

日本のように「クライアントの無茶振りで終電まで働く」

「なんとなく帰れない」

「長時間がんばるからえらい」という雰囲気は、たしかに感じない。

 

それでも、こういった類の、日本で広まっている『理想的なドイツの働き方』には、疑問を抱いてしまう。

(ちょっとした宣伝だが、拙著『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』ではさらに詳しく書いているので、ぜひお手に取っていただきたい)

 

「いいや、自分が見聞きした範囲では、ドイツでだれも残業しなかった」。

そう主張する人が「まちがっている」とまで言う気はない。たしかにドイツは、相対的に働きやすいとは思う。

 

ただ、メディアや統計をちょっと調べれば、残業の存在はいくらでも確認できる。それなのになぜ「ドイツには残業がない」なんて言えるのか、ふしぎでしょうがない。

 

あと、「労働時間が短いのに経済大国」という主張もよく見かけるが、「ユーロ導入の恩恵に触れずにドイツ経済を語るのは乱暴では?」とこれまた疑問である。

 

理想化されているのはドイツだけじゃない

しかし、理想化されているのは、どうやらドイツだけではないようだ。

『「お手本の国」のウソ』という本から、少子化を乗り越えた国として挙げられるフランスについての記述を一部抜粋する。

いつまでもパートナーに「異性」として魅力的に映るように努力しています、というようなことを、日本の雑誌に出てくるフランス人やフランス人パートナーを持つ日本人などが発言するのは時々見るけれども、それはどうも日本のメディアがそういう返答を求めるので、つい合せてしまっている例が多いのではないかと、私は自分が取材された経験や、自分が取材したほうの経験も振り返って、そう思う。〔中略〕

「フランスに学ぶ恋愛作法」のようなものは、フランスの現実よりも日本の人たちの夢を具体的に描いたものだと思う。

そこには、こういう風にしたら恋人同士、夫婦はうまくいく、といった知恵や希望が込められている。〔……〕

フランス人たちの素の姿を知ろうと思うなら、その種の本はあまりあてにならない。

学力水準が世界トップレベルのフィンランドの教育方法『フィンランド・メソッド』についてはこうだ。

フィンランド人の夫と結婚し、在住7年になっても、こういったギャップに日々驚かされながらフィンランド発の情報を日本に伝えようと試みているわけだが、このところこの国の良いところばかりが注目を浴びていることに正直、戸惑いも覚えている。〔中略〕

実際にフィンランド・メソッドについて地元のフィンランド人に聞いて見ると、誰も知らない。

それもそのはず、フィンランド・メソッドとは、在フィンランド日本大使館の元職員・北川達夫氏がフィンランドの教育の特色をまとめたものに対して付けた、日本独自の名称なのだ。〔……〕

思い切って私見を述べると、北川氏は、日本人のグローバルコミュニケーション能力の向上を切望されるあまりに、少しこの国の教育を買いかぶり過ぎているような気がする。

このあと、「日本とほぼ同じ大きさの国土だが北海道より人口が少ないフィンランドでふるい分けをすれば一握りしか人材が育たない」、「自殺率が高く気候が厳しいため社会制度や教育制度で暮らしやすさの追求をした結果である」といったことが続く。

 

わたしはフランスについてもフィンランドについても詳しくは知らない。しかし、こっちのほうが「現実的だなぁ」とは思う。

 

普遍的で万能な正解があればもうみんなやっている

フランスが万能少子化改善策を見つけ出したのなら、わたしが住んでいる隣国ドイツはすでに取り入れて解決しているだろうし、フィンランド教育法が最高なら科学的に研究され世界基準となり、みんなめちゃくちゃ頭が良くなっているはずだ。

 

ドイツ人が超絶効率的に働き、それによって経済を発展させ、だれも残業しなくて済むように完璧に仕事を割り振れるのであれば、アメリカや中国あたりの企業が札束を積んで、もっと積極的にリクルートしているだろう。

 

でも当然ながら、実際にはそうなっていない。

それぞれの国は、それぞれちがった歴史を辿ってそこに行き着き、一方で問題も抱えている。完璧な国なんてないのだ。

「ドイツの働き方は超絶ホワイト」

「フランスの夫婦はいつまでも恋人関係である」

「フィンランドの教育方針が優れている」

こういう情報が一概にウソだというわけではない。

 

ただ、良いところだけを切り取り欠点や問題点を意図的に無視したり、そういう社会や制度になった背景を踏まえず万能であるかのように喧伝したりして、外国を理想化している傾向はあるんじゃないだろうか。

 

外国は理想投影の対象として都合がいい

このような『外国の理想化』の原因のひとつは、自分の理想の投影にあると思う。

ドイツであれば長時間労働、フランスであれば少子化、フィンランドであれば学力低下。

現在日本が抱えているこういった問題を解決する希望として、「そんな問題が起こっていない、もしくは解決した国」の存在は好都合だ。

 

その国を引き合いに出して「日本もこうすればいい」と言えばいいのだし、ちょっと誇張して自分の理想を上乗せして伝えたところで、日本語の情報であれば現地の人からなにか言われる可能性も低い。

 

そしてそういう文脈でドイツを語るなら、ドイツは『残業がなくみんなが効率的に働く経済大国』であってもらわないと困る。

成果を求められる管理職が場合によっては夜まで働くことや、生産性は高くとも担当主義で自分の仕事以外無関心である現実なんて、興ざめなのだ。そんな情報は求められていない。

 

必要なのは、日本を導いてくれる可能性のある素敵なお手本。自分の理想を重ね合わせるのに都合のいい外国(できれば欧米の国)だ。

 

その海外情報、理想化されすぎていませんか?

理想をなにかに重ね合わせるのは、だれもが経験することだろう。

アイドルや漫画のキャラクターにハマり「この人と付き合ったら」なんて妄想をするとき、対象は基本的に『理想の人』として描かれる。

 

それと同じで、「日本ももこうだったらいいのに」という文脈で、美化されすぎている(と思われる)海外情報が結構ある。

上記で紹介した本のなかでは、「期待されているコメントをするフランス人や在仏日本人」、「自分の理想をフィンランドに重ねた元大使館職員」の可能性が指摘されている。

ドイツの理想化された働き方に関しても、日本人が期待しているドイツ像を意識したり、自分自身の理想を重ね合わせた結果なのかもしれない。

(ドイツが好きでドイツに移住したわたしは当初、ドイツにおけるすべてのものが新鮮で革新的でキラキラしているように見えた。だから現実より良く見えていた部分もあるだろうし、移住した国が「理想的であってほしい」と思う気持ちもわかる)

 

もちろん、テーマに対し、多くの人が求める情報を『供給』するのはある程度当たり前だ。

箱根駅伝がテーマなら、小学生のときからトップ選手だった人より、無名の県立高校でがんばってケガを乗り越えて出場した人のほうが「都合がいい」だろう。

 

ただ、海外情報の場合、多くの人が事実かどうかを自分で確認・体験できない、そういう国がありえてもおかしくないことから、理想化された姿が『事実』だと思われやすい。

 

でも、それは結構な問題だと思う。まやかしのユートピアの情報に、どれだけの価値があるんだろう。

たしかに、他国から学べることはある。しかし実態を捉えないままでは「なにを真似すべきでどこを真似できるか」の判断ができない。そういう意味で、理想化された海外情報の広まりは危惧すべきだと思う。

 

「そんな理想的な環境はありえるのか」

「因果関係にこじつけはないか」

「信じるに足る具体的な話をしているか」

「背景の説明はあるか」など、いろいろな点から、「その海外情報は理想化されすぎていないか」を考えることが必要だし、ライターの端くれとして、実態の伴わない理想化には気をつけていきたい。

 

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(2019/7/14更新)

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

(Photo:Roan Fourie)