「ひょん」なことからとしか説明できないあらすじは、概ね面白くない物語だと思う。
話の展開に必然性や理由がないから、というか登場人物がイケメンないし美少女だから話が進むんだろ!と
一気に共感性が薄れるからだ。
でも生きているとホントに「ひょん」としか説明できないことが起きる。
私の場合はというと、都会のど真ん中でひょんなことから19歳の男の子を拾ってしまったのだ。
映画やドラマだと無粋になるだろう、その「ひょん」について、ここで言い訳したいと思う。
世の中は師走。
その日は仕事納めに忘年会と、12月特有のイベントが重なっていた。
今年の小言は今年のうちにというべきか、上司の止まらない説教を頂戴したため、メンタルがズタボロで思考停止気味だった
—そういうことにしておきたい。
家の最寄り駅に着いたのは夜の11時頃。
駅の階段を降りて、目の前のコンビニに行って、ビールでも買って、家に帰ろう。
目をつむってでも出来る日々のルーティーンに身を委ねようとすると、コンビニの前に座り込んでいる人が見えた。
「おや、忘年会シーズンで潰されちゃったのかね。助けねば」と思った。
心のせいじが起きた瞬間だった。
〝心のせいじ〟とは、千原兄弟の兄・千原せいじのことだ。
国境・言葉関係なくだれかれ構わず話しかけまくる彼の姿を、テレビで一度は見たことがあるだろう
私の心にもせいじさんと同じように、国境なきおせっかいのマインドが備わっている。
例えば観光地で家族写真を撮ろうとして困っているだろう人達を見たときは必ず「撮りましょうか」と声を掛けてしまう。
相手に本当にそれが必要かどうかは関係ない。
もうウズウズしてたまらなくなり、気づいた時にはカメラを撮っているのだ。
コンビニ前のヘタった人物に声を掛けたのも、私ではない。せいじなのだ。
気づいた時には彼にあげるための水とヘパリーゼを買っていた。
一方で、残りの理性を司る26歳OLにも計算があった。
この駅は乗り換え線もなければバスもない。
つまりこの駅でわざわざ降りる人は、だいたいこの周辺に住んでいる人なのだ。
だからものを渡して、タクシーに乗せても最悪1000円で済む。
それでせいじが収まってくれるならそれでいいじゃないか、と思ってしまったのだ。
心の中に住む2人の合意がなされたところで、さっそく当該男性に話しかける。
ちなみに彼がどんな状態かというと、コートのフードを目深にかぶり、胃液みたいな何かをずーっとコンクリートに垂れ流している。
コンビニに行く人も出る人も横目に見るけど避けて通るような、結構ヤバい感じの人物だった。
つまりこの時点で、容姿年齢等で人物を選定するような色眼鏡はなく、夜中で一番純粋な都会のOLとせいじだったことはわかってほしい。
「お兄さん、大丈夫?とりあえずお水飲みなよ」
せいじ(私)が声を掛けると、その人物がフードをとってこちらを見る。
その時の光景を、私は今でもスローモーションで思い出すことが出来る。
わ、若い—
そのショックでせいじは消えさり、心の中には無防備で乾燥気味の26歳OLしか残っていなかった。
愚かな私は「お酒でつぶれている=少なくとも20歳は超えているだろう」と思っていた。
が、そうじゃない。
自分の意思に反して飲んでしまう、限界を知らない大学生がいることを私は10年近く経って忘れていたのだ。
なんたる詰めの甘さ。そういうことを忘年会で怒られていたのではないか。
「え、何歳?」
「ふふふーおしえにゃーい」
か、可愛い。
白状しよう、この物語のミソはやはり出会った少年の顔が可愛いことなのだ。
誰似かと言われればセキュリティ賃貸のCMでちょっと頼りない旦那さんを演じている中村倫也的な、ちょっとふにゃふにゃしていて目が細い柴犬っぽい感じ。
そう、尋常じゃなく酒臭いこと以外は超絶怒涛のドストライクだったのだ。
しかしこのストーリーは主人公がキュンとしている間を与えてくれない。
キーパーソンである中村くん(仮)は抱きつき魔であり、隙あらば唇を奪おうとするキス魔だったのだ。
どこのエロ小説かと思うかもしれないが、19歳の性欲は凄まじかった。
「都会でこんなに優しいお姉さんに会えると思ってなかったよぉ。ハグぅぅぅ」
「ちょっと待って。君、家どこなの?」
「わかんにゃ~い。そんなことより、チュー!」
さすがに周りの目が痛かった。
はたから見ればクリスマス前に盛りを迎えてしまった年の差カップルなのである。
なんとかこの状況を抜け出そうと、キスとハグの応酬をかいくぐり住んでいる場所を聞き出す。
東北のある県人会の寮に住んでおり、そこは明らかにこの駅からは五駅くらい離れた場所だった。
全然計算はずれてるじゃねぇかよ、と数分前の自分を恨みつつ、この状態で見知らぬ駅に独りにされた中村くんに同情した。
お金のない大学生をタクシーに詰め込むわけにもいかないし、だからといって私がお金を出す程財布に余裕はない。
とにかくさっき降りた駅のホームに再び彼とともに行き、終電間際の電車に一緒に乗り込んで寮がある最寄り駅まで連れてこうと決心した。
が、電車に乗らねえ。
電車に一緒に乗る → 中村くんがなぜか降りる → 閉まる間際に私も降りる
という不毛なやり取りさせられ、3本以上電車を見送った。
その間もチューを迫られ、強めのハグをされ、避ける私も正直クタクタであった。
また彼自身が私からある言葉を言わせようとしていることも何となく察していた。
そして、終電を見送ったところで—
「じゃあうちに来る?」
「うん!」
以上が19歳の男の子を拾ったことの顛末である。
ただ残念ながらこの物語は「ひょん」をピークに尻つぼみしていく。
普通の映画なら、ホームでハグするところで次の日のシーンに切り替わり、
裸の少年が木漏れ日を浴びながらスヤスヤ寝ていて、それをしり目に私がベッドの縁で後悔するみたいな。
そうはならなかった。
とにかくここできちんの主張したいのは、彼とはヤッていないということなのだ。
中村くんは家に行けることになって気が緩んだのか、自分について話し始めた。
東北の野球の強豪校出身でキャプテン・4番をやっていたという彼は自分の代で全国大会出場記録を止めてしまったらしい。
それからは県外に出たくて、引退してから必死に勉強して、奨学金で東京の私大に通っているという。
でも本当は生活のために続けているスーパーのバイトはもう辞めたい。
けど、親を安心させるためにもちゃんと卒業して、就職しなきゃ、と。
私は地方大会決勝の9回の裏、ベンチから身を乗り出して、泣きながらチームを鼓舞する中村くんの姿を想像した。
そしてこれがほんの1年前であると思うと、なんだか涙が出そうになった。
都会でもがく酔いどれ大学生はあまりにもまぶしく、ホームで芽生えたOLの下心はすぐに萎えた。
部屋についた瞬間「今日はゴムがないから寝よう」と先制攻撃をかまし、都会の素敵なお姉さん然として大学生になったらみんなつける謎のワックスの香りをかぎながら眠れない一夜を過ごした。
その日以来、彼がどうなったかもどんなキャンパスライフを送っているのかもわからない。
ただ帰り際に「ヤらないでくれてありがとうございます」と照れ臭そうに言う中村くんを思い出すたびに、マジで一発くらいヤっときゃよかったと心底思う。
夢か現実かもよくわからない「ひょん」な出会いは、やっぱり少し消化できない夢物語としてしこりのように残り続けている。
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【著者】
らいあうどす
1991年生まれ。東京都出身。
小中高12年間を女子校で過ごし、大学卒業後はマスコミ業界へ。
いまだにお酒の飲み方が分からず植え込みで爆睡する「だらしのない社会人」。
趣味はダイビング、お笑い鑑賞、観劇鑑賞、AV鑑賞。
(Photo:jamesjustin)