1.個人ブログ、マイナーサイトなどからキュレーションする。大手メディアからはキュレーションしない。
2.個人が本当にオモシロイと思ったものだけを掲載する
3.記事が書かれた時代に関わりなくキュレーションする(古い記事もキュレーションする)
公式Twitter(@Books_Apps)でも毎日発信しています。フォローして頂ければ「他サイトおすすめ記事」を毎日受け取ることができます。
どうか楽しんでいただければ幸いです。
Books&Apps編集部
SF小説家、アーサー・C・クラークの小説が好きで、よく読む。
とくに、
「幼年期の終り」
[amazonjs asin="B00APBGAXK" locale="JP" tmpl="Small" title="幼年期の終り"]
「2001年宇宙の旅」
[amazonjs asin="B00DZC067C" locale="JP" tmpl="Small" title="2001年宇宙の旅〔決定版〕"]
「都市と星」
[amazonjs asin="B00APBGB0W" locale="JP" tmpl="Small" title="都市と星(新訳版)"]
「宇宙のランデヴー」
[amazonjs asin="B00JRYHKYE" locale="JP" title="宇宙のランデヴー〔改訳決定版〕"]
などは、何度も読み返した。
個人的に、「幼年期の終り」は、安部公房の「第四間氷期」などと合わせて読むのがおすすめ。
*
それはそれとして。
つい先日、「SFずきの知人」とちょうど話題となった「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の話や、「火星の人」「三体」などの話になった。
流行り廃れはあるが、個人的には、SFは「ありそうな未来」がテーマになっていると面白い。
それらはある意味では、「今後の科学技術に対する考察」でもあり、理系を志す少年少女たちの燃料でもある。
そんな話をしていたときに、「クラークの3法則」の話が出た。
アーサー・C・クラークには、よく知られている主張が3つあり、そのなかでも、第三法則は最もよく知られている。
十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない。
という主張だ。
我々は「科学技術」を扱うことで、魔法のような力を行使できる。
よく知られた事実だ。
遠隔地の人間と話をする。
未来を予想する。
容姿を変える。
数万度の火を起こし、稲妻を作り出す。
鉛の弾を超音速で飛ばす。
人間のように話ができるマシンを生み出す。
このような話をしていたときに、別の知人が、こんなことを言った。
そういえば「ハリー・ポッター」で描かれている「魔法」って、けっこう科学技術でできちゃうよね。
と。
そうなのかな?と思ったが、確かに魔法使いのできることは、「姿現し」などの空間転移以外は、科学技術で再現可能にも見える。
なるほど、たしかにわざわざ「魔法」である必要もないかもしれない。
また、彼によれば、ハリー・ポッターの世界における「魔法」の描かれ方は、科学技術にそっくりなのだという。
再現性と法則性がある。
体系的に教育される。
運用にはルールと罰則、限界がある
人を傷つける魔法は禁忌とされ、通常は使われない
従来の魔法使いは、「おとぎ話」や「TVゲーム」で描かれるように、杖を振れば何でもできたり、戦闘のために魔法を使うシーンがメインで描かれていた。
また、「魔法」とは、単に「個人的な能力」とみなされていた。
「魔法を礎にした社会はどのようなものなのか?」について、詳しく描かれることはなかった。
(ファンタジーの世界の住人は、「魔法」があるにもかかわらず、我々と同じような思考をする)
しかし、ハリー・ポッターの世界では、魔法はもう少し複雑な描かれ方をしている。
「社会における体系化された技術の一つ」
であり、数学や工学、化学のような扱いだ、というのだ。
ただ、そう考えていくと、実は我々の世界でも、学校で、科学の礎たるSTEM、つまり「数学」や「工学」をきちんと習得できないのは、問題なのではないかと思った。
何しろ、ハリー・ポッターの魔法使いの世界では、魔法が使えないのは人権にかかわるくらい、重大なことなのだ。
*
「STEM」という言葉がある。
科学、技術、工学、数学の頭文字を取ったもので、国力の根幹を支える、不可欠なものとして認識されている。
科学、技術、工学、数学(STEM)教育と研究は、国家の発展と生産性、経済競争力、そして社会の幸福にとって不可欠なものとして、世界的にますます認識されるようになっています。
世界各国の政府が、学校における理科と数学、そして高等教育におけるSTEM分野の教育と研究を統括するSTEM政策を策定しようとしていることからも明らかなように、STEMへの世界的な転換が見られます。(Research Gate)
これらは、いわば現実世界における「魔法教育」のようなものかもしれない。
実際、世界における時価総額トップの企業群の創業者はほぼ「STEM」の学位取得者で占められている。

つまり、強大なパワーを操り、マシンをコントロールできる「魔法使い」たちが、大きな力を持っている。
一方で、魔法を習得するのは、簡単ではない。
実際、日本においては、「魔法」の習得者は、全体の2〜3割に過ぎない。

2〜3割の「魔法使い」が存在しており、残り7〜8割の「マグル」(ハリー・ポッターの世界では、魔法が使えない大半の人々は「マグル」と言われる)が、存在しているともいえる。
*
とはいえ、日本も含め、主要国の国家元首は中国を除き、STEM分野の出身者ではない。
政治家の多くは「マグル」であり、マグルの代表でもある。
しかし富は魔法使いに集中し、マグルはこれをコントロールできなくなってきている、と感じる人も多いのではないだろうか。
ハリー・ポッターシリーズの主人公、魔法使いであるハリーは、自分の養父母であるマグルのおじさんとおばさんに、半ば虐待のような生活を強要されている。
おじさんとおばさんは、大きな力を持つ魔法使いに対して、恐怖を抱いているからだ。
そしてそういう対象は、迫害しても構わない、と思っている。
テクノロジーへの不信、そして、科学者への敵視というのは、マグルが魔法使いを恐れるのと、何ら変わりはないのかもしれない。
自分たちのよく知らないパワーは、怖いものだ。
実際、ハリー・ポッターの世界では、魔法使いたちは、マグルたちの記憶を改ざんし、記憶に残らないように暮らしている。
マグルたちとの無用な争いを避けるためだ。
まあ、与太話としては面白かった。
忘れてほしい。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書
[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]
Photo:Shayna Douglas
3月5日に40歳になった。もうこれで、文句のつけようのない中年である。
小さい頃は自分が40歳になるだなんて想像すらしなかったし、40歳は完全無欠な大人だと思っていたが、実際には至らない点が多い。多少の円熟はしたとは思うが。
40歳を迎えて思うのは、次の10年が最初で最後のやりたい事に全力で向き合える機会だろうなという事だ。
20代30代の頃は、そもそも仕事や技能の取得が出来ておらず、それ故に自分がどれぐらいの能力があって、どういう事が実際に出来るのかが、全くわからなかった。
しかし40歳にもなると、さすがに自分の能力やスキルについては客観的に把握ができるようにはなってくる。その上で、自分が何を成し遂げるべきなのかを冷静に見据え、それらにコツコツと向き合い続ける事で、きっと明るい50代が迎えられる事だろうという予感がある。
いま思うと、20代~30代は苦の連続だった
最近の僕は精神的にはとても落ち着いている。この落ち着きが何に由来するかといえば、若かった頃にあった「会社に行きたくない」という感覚が薄いからだと思う。
いま思うと、20代30代は地獄だったように思う。その地獄が何に由来するかといえば、結局は会社に行くと自分が何かをできない事を痛感させられ、それで自尊心が削られるからだ。
この自尊心の目減りが会社に行きたくない、働きたくないという正体の9割ぐらいだった。
しかし40代になり、少なくとも自分の専門分野に限っていえば幸運にもそれなりの才覚に恵まれていたという事がハッキリとするようになってからは、僕は会社にいくのが全く苦痛ではなくなった。
むしろキチンと自分の能力を発揮して自分自身の存在感を出せるという事もあり、働く事が楽しくなったとすら言えてしまうかもしれない。
やりたくない事をやらなくては、人は楽にはなれない
以前にも「結局、辛いのは弱いからであり、だから楽になりたいのなら強くならなくちゃ駄目だ」というような事を書いた事がある。
生きるのが楽になって思うのは、結局いまの自分を構築しているのは、辛く厳しい20代30代の自分が踏ん張ってくれたからに他ならないという事だ。
もしあの頃の自分に「それがお前の本当にやりたい事なのか?」と、スティーブ・ジョブズの最後のスピーチっぽく誰かが問いかけたら、恐らく過去の自分が全力でNO!というと思う。
もしそこで、踏ん張ることを辞め、楽な道に逃げ出していたとしたら…まず間違いなく40歳になった僕は、今ほどには心の安寧は迎えられてはいないだろう。
特に若い人に多いとは思うのだが、そもそも自分が何をやりたいのかなんて、多くの人にはサッパリわからないものだ。
そりゃアンパンが好きだとか、カツカレーが好きだみたいな雑な好きぐらいなら誰でも簡単に言えるだろうが、40歳でそれなりに達観した境地に達したいみたいな状態に至りたいと思ったとしても、そのためにどうすればいいのかは好きとか嫌いの理の範疇には無い。
必死になって生き延びろ。そうすれば答えは出る
こう考えればわかるとおり、実は好きとか嫌いのようなものは、やりたい事の判断基準にはあまり役には立たない。
むしろ嫌で嫌で仕方がない事の方が、安楽な好きなんかよりも、よっぽど将来の自分の為になる可能性のほうが高いだろう。
子供をみていても思うのだが、人間が最も凄いなと思うのは、発達するという事だ。
例えば僕は今ではフルマラソンを完走する事もできるし、数時間ぐらいなら全く身動きせずに坐禅を組む事もできる。仕事の速度や正確さは業界内でも恐らく上位3割にはいるだろうし、昔はあまり得意ではなかった他人への共感も、あまり苦ではなくなった。
この出来るようになった事だが、いま思えばどれもこれも全て僕が大嫌いだったものばかりである。
だからそもそも自分は出来ないと思っていたのだが、色々な副次的な理由もあって、結局どれも履修する事になり、そして僕は”発達”した。
人は発達してしまう
一度自転車に乗れるようになってしまった人間が、二度と自転車に乗れなくはならないように、人間の発達は基本的には不可逆的なもので、出来るようなればその技能が失われる事はまず無い。
必死になってギリギリ生き延びるような日々が続いていると、自分が高度に発達するだなんて事は想像も出来ないが、実際には生き延びてさえしまえば、大抵の人間は結果的に発達する。
一度発達さえしてしまえば、もう後は楽なもんである。その技能はもう、二度と失われる事はない。だから辛い事から逃げずに頑張る事には意味はある。
自分で自分の事がわからなくなると、正しい判断が行えなくなる
逆に、適切な発達をせずに出世してしまった人の予後は暗い。
僕はかつて、秘書をわざわざ雇っている人達の気持ちがよくわからなかった。自分の事ぐらい自分でするべきであり、自分で自分のスケジュール管理すらできないような状態に陥っているのは、明らかにオーバーワークだと思うからだ。
しかしこの歳になってくると、確かにある領域に限っていえば、仕事を外注せざるをえないなと感じる事は多い。
全てを自分で処理するのは、増え続ける仕事と対比させると、さすがに難しいものがある。
そういうわけで、秘書のような方に、自分のスケジュールを管理してもらう事も仕方がないのかな、と思うようにもなった。
だが、そうやって自分の仕事を自分の器を超えるような形で拡張させすぎた人の何人かが、ちょっと頭がおかしいのではないか?という行動をときおり取るような姿を散見するようになり、とても不思議なものをみるような気持ちになってきた。
この手の人達は、恐らくなのだけど自分で自分の事がちょっとわからなくなってしまっているのだと思う。
若い頃はこういう状態になったら「ちょっと休んでスッキリしなさい」とか、あるいはあまりにも酷いと説教されてハッと我に返ったりできると思うが、微妙に偉くなってしまった後で、そういう風にゼロの地点に立ち戻るのは、かなり難しい。
仕事を誰かに外注するのは確かに良い事だ。だが、それは必ずしも自分で自分の事を把握しなくてもよいという事にはならない。
だから間違った選択をしたくないのなら、常に自分の事を見つめ直す事である。
だいたいの誤った判断は、自分を見失っている事に起因する。
偉くなったんだし、ちょっとぐらい火遊びしても問題ないだろうというのが、転落の火種になるのだろう。
40代は、20代に見えていた景色と全く異なるから希望を持っていい
20代の頃の僕は、結局はこの世はお金が全てであり、性的快楽にまさるものはなく、美味しいものを食べるのは無常の喜びで、仕事もせずにグータラ毎日遊び耽るのが最高の人生だと思っていた。
運動なんて疲れる事は絶対にやりたくなかったし、会社に所属する意味も全くわからなかった。子供は凄く嫌いだし、別にいなくてもいいかなと思っていた。
しかし40代の今の僕は、ランニングがライフワークになっており、人生で最も幸福を感じる瞬間が子供と公園で遊んでいる時だという、20代に想像していた景色とは完璧に異なるものだった。
会社に通う意味も、お金や仕事を覚えるためというよりも、人のふり見て我がふり直せ的な、自分自身の立ち振舞いの修正に最も役立つ、社会生活におけるメンテナンス的なものになるという風に、全く異なる意義として捉えるようになった。
逆にあんなに好きだったグルメ活動は一旦やめてみたら意外と辞められるもので、そこまでの執着は今ではない。
もちろん、暇が戻ってきたらまたやり始めてもいいかなとは思うものの、最悪無いならないで未練は感じない。
あと美しい異性に全く心を惹かれなくなってしまった。これはまあ、性欲が抜けたのに加え、女性と人間関係で随分揉めてて色々と学べた事が大きいのだと思う。
若い頃の僕が、今の自分をみたら、随分つまらなさそうな大人にみえるのかもしれないが、逆に40歳になった今の自分が20代の自分を思い返すと「いろいろな欲望に自我を振り回されたりしてて、執着も多くて、苦しそうだなぁ…」と思う。
昔は「これぐらい当然だ」と思っていたことが、この歳になると苦悩を生み出すものに対する執着でしかなく、それをさっさと捨てれば楽になれるのにというのは分かるのだが…まあ、若いってそういうものでも、ありますからね。
なにはともあれ、ちょっとは余裕をもって40歳を初められそうでよかったなと思う。
これからもコツコツと日々を積み重ねてゆき、想定外の50代を迎える日を楽しみに待つ事にしよう。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように
noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
Photo by:
数日前、「脱オタクファッション」について当時を知る人々とおしゃべりする機会があった。
1980~2000年代は、オタクとみなされることが社会不適応者の烙印たりえる時代だったから、そうしたマジョリティからのオタク差別をかわすための擬態として、「脱オタクファッション」を求める向きが存在していたわけだ。
ところで、オタクが差別の対象となる時代は、オタク界隈が日陰者の隠れ家たりえる時代でもあった。
オタクが社会不適応者の烙印だったからこそ、社会不適応者にとってオタク界隈がアジールたり得た、とも言える。
当時のオタク界隈はカウンターカルチャーとして機能していた、とも言えよう。
そのことは、当時の景色からも、そこで生まれたコンテンツからも、そこで育ったクリエイターからも言えるだろう。
社会のマジョリティからは蔑まれても、内部に独自の価値観やステイタスを持ち、「マジョリティの価値観やステイタスから距離を置ける社会空間」としてのオタク界隈。そこに救われた人はけっして少なくなかったはずだ。畢竟、成功したカウンターカルチャーとはそういうものではないだろうか。
ところが00年代後半以降、オタク差別は次第に解消され、オタク界隈で育まれていたコンテンツやクリエイターが広く支持されるようになっていった。オタクという言葉の響きも、のっぴきならないものからライトなものへと変化した。
それはカウンターカルチャーとしてのオタク/オタク界隈の終わりの合図でもあった。控えめに言い直すなら、オタク界隈がマジョリティに親和的になった、とするべきだろうか。
コンテンツで例示するとしたら、たとえば00年代なら『涼宮ハルヒの憂鬱』であり、10年代なら『君の名は。』であり、20年代なら『超かぐや姫!』あたりが事態をよく物語っていると思う。
それで良かった、とも言える。
オタクがマジョリティになっていくと同時に自分自身も社会に馴染んでいき、社会へと組み込まれていった世代にとっては特にそうだ。
しかし、カウンターカルチャーとしてのオタク界隈が終わった後、社会不適応者がたゆたっていられるカウンターカルチャーはどこに行ったのだろう?
サブカルチャーからカウンターカルチャーへ──オタクの誕生
本題に入る前に、カウンターカルチャーとしてのオタクについて少しだけ振り返っておきたい。
社会学者の宮台真司らは、『サブカルチャー神話解体』のなかでオタクの出自として1973~76年頃の東京有名私立校などの一部の若者たちを挙げている。
73~76年、東京の有名私立校などの一部の若者たちによって原新人類=原オタク文化が混融した形で担われていたが、77年以降にメディアを通じて性や恋愛と結びつく形で新人類的なものが上昇を開始すると、新人類的なものとオタク的なものの担い手が対人能力によって分化し始め、オタク系メディアの物語世界が「ついていけない人間」に対する「救済コード」として機能しはじめる──。
[amazonjs asin="4480423079" locale="JP" tmpl="Small" title="サブカルチャ-神話解体: 少女・音楽・マンガ・性の変容と現在 (ちくま文庫 み 18-3)"]
ここでいう新人類とは、1970年代にオタクと袂を分かち、20世紀末のサブカルチャーの主流派となっていったグループだ。
宮台らによれば、76年あたりまではオタクと新人類は首都圏の良い学校に通っている良家の子女を共通祖先としていたが、コミュニケーションを志向し異性関係に開かれていく新人類と、そうではないオタクに分派していったという。
1983年には新人類のオピニオンリーダーの一人である中森明夫によるエッセイ「『おたく』の研究」が雑誌『漫画ブリッコ』に掲載され、これ以降、オタクには根暗な社会不適応者の集まりというスティグマが貼りつけられるようになった。
当時を憶えている人なら、1988~89年に起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人についての報道がそれに拍車をかけたことも思い出せるだろう。
かくして、オタクとオタク界隈は社会の表舞台から遠ざけれた。
新人類が若者文化の雛型として持て囃されるのをよそに、アニメやゲームに傾倒している人も、外見からそのように見える人も、まともに区別されることなくオタクという一言でまとめられ、蔑まれ、アンタッチャブルな人物とみなされた。
この時期、NHKはオタクという言葉を放送禁止用語にしているが、それぐらい、オタクとみなされること、オタク呼ばわりされることは社会適応にかかわる大問題だった。
オタク界隈に通じている人々もそれは自覚していて、オタクたちは自分達の対義語として「一般人」や「カタギ」といった語彙を用いていたし、コンテンツの作中描写、たとえば『ああっ女神さまっ』などにはオタクが社会不適応者らしい姿で登場している。
だが、それは悪いことばかりでもなかった。大人たちや若者文化のマジョリティに忌避されたからこそ、当時のオタク界隈はカウンターカルチャー(のひとつ)として機能した、とも言える。
新人類とそのフォロワーの嘲笑をよそに、この時代のオタク界隈はコミュニケーションの苦手な者のアジールとして機能する側面を持っていた。
自分の好きなアニメの話になるとマシンガントークをしてしまう人、独り言がやめられない人、いつもオフ会の時間に遅れてくる人、新人類的なコミュニケーションや恋愛に嫌悪感を持つ人でも、仲間意識を持ちあえる場所だった。
社会から後ろ指をさされかねない者同士、そのようなコンテンツをシェアしている者同士という仲間意識が、お互いを結び付ける一助になっていたのは想像にかたくない。
少なくとも地方在住の私には、『アドバンスド大戦略』や『機動戦士Vガンダム』や『痕』といった個々のコンテンツの話題が通じる相手であるだけで「友達」のように感じられた。
それからクリエイターを揺籃する地としてもオタク界隈は機能した。
大人文化はもちろん、若者文化の主流派からも距離を置いていたからこそ、許される表現や試される表現があった。
『Fate』シリーズなどの那須きのこ、『魔法少女まどか☆マギカ』などの虚淵玄、『君の名は。』などの新海誠は、この時代・この界隈で頭角を現したクリエイターだ。
ボカロやゆっくり実況、今日のアニメ表現の少なからぬ部分でさえ、この時代のオタク界隈から受けた影響は小さくない。
若者文化の主流派からパージされていたからこそ、2010年代以降に台頭していく表現や感性の種が蒔かれたといえる。その種を育てたのは、クリエイター自身であると同時にそれらを支持した当時のオタクたちだったのは言うまでもない。
若者文化の主流派としての始まり、カウンターカルチャーとしての終わり
ところが00年代の中頃、『電車男』や『涼宮ハルヒの憂鬱』が人気になったあたりからオタク差別がなりをひそめていく。マスメディアにおけるオタクの扱いも変わり、「クールジャパン」なるシュプレヒコールまで聞かれるようになった。
それからは皆さんもご存知のとおりだ。
ライトノベル的なもの、ガンダム的なもの、推し活的なもの、そういったものが若者文化の主流派へと繰り入れられ、それらを愛好していることが差別に直結する事態は緩和された。
オタクという言葉も希釈され、洒落た服装をした男女が気軽に自称できるものにもなった。
今ではもう、オタクを自称すること、オタク呼ばわりすることにたいした社会的意義は存在しない。たとえばもし、推し活する人をオタクと呼ぶなら、今日の若者文化の主流派はオタクということになる。そこまで希釈された言葉に、もはやたいした意味などない。
しかし、そのこともオタクたちにとっていいことづくめとは限らない。
00年代後半の段階から、ライト化・カジュアル化していくオタク界隈、あるいはコンテンツたちに不満な目線を向けるオタクは存在したが、それは「にわか」に難癖をつける以上の意味があったよう、2026年からは回想される。
オタクとオタク界隈が若者文化の主流派に転じたことに伴い、それらはコミュニケーションを不問に付すアジールとしての機能を喪失していった。
もちろん、コンテンツを観ているだけで本当の本当に誰ともコミュニケートしないなら、それすらどうでも良いことだったかもしれない。
が、しかし、同好の士と繋がろうと思ったら今後はコミュニケーション能力が問われることになる。
かつてのように、個々のコンテンツの話題さえ共通していれば無条件に仲良くなれるのではなく、たとえば空気も読まずにマシンガントークしてしまう人は同好の士のあいだでも浮いてしまう可能性がにわかに高まった。
旧来のオタクたちに比べて、若者文化の主流派をなすマジョリティのマスボリュームは巨大で、コミュニケーション能力に下支えされた影響力は強大でもあった。
コンテンツだけ見ていて人間を見ていない人間が、コンテンツも人間も見ている人間、ひいては本当は人間のほうを見ていてコンテンツはそのために選択している人間に影響力で伍するのは難しい。
SNSで全員が繋がり合った世界で「いいね」や「シェア」を利用しコンテンツを遠く高く飛ばしていくのは、コンテンツと専ら一対一で向き合っているような影響力ゼロの人ではない。
コンテンツをみんなと一緒に推せる人、そしてコンテンツ(と自分自身)をアッピールできる人だ。
そうなると、アニメもゲームも次第にマジョリティのほうを向いたジャンルへと変質していき、たとえば2000年前後につくられたビジュアルノベルにあったような、「マイノリティのためにつくられた作品」は相対的に少なくなっていく。
さきほど『サブカルチャー神話解体』から引用した際に、コミュニケーションの可否によって新人類とオタクが袂をわかち、前者が若者文化の主流派となったと書いた。
これが示すように、元来オタクはコミュニケーションに苦手意識を持つ人々が構成員に多かったカテゴリーで、オタク界隈のコンテンツもコミュニケーションに苦手意識を持つ人々のほうをある程度は向いていた。
その傾向は、たとえば『Kanon』や『CROSS†CHANNEL』や『灼眼のシャナ』といった往時の作品を振り返ってもわかることだし、くだんの『サブカルチャー神話解体』にも、たとえば「青少年マンガのコミュニケーション」の章にもそれは詳述されている。
2026年第一クールの秀逸なアニメにしてもそうだ。
コミュニケーションに苦手意識を持つ旧来のオタクのほうを向いた作風は主流ではない。
それらの作品はそもそもクオリティが高いからコミュニケーションに苦手意識を持つ人でも十分楽しめる。だが、旧来のオタク「のために」作られた作品とは違う。
コミュニケーション強者におもねる作品とまでは言わないにしても、コミュニケーション弱者に格別な配慮をはからう作品ではない。
母屋を乗っ取られるとはこのことだ。支持層の傾向から言っても、作中描写やキャラクターの造形から言っても、90~00年代にオタク界隈で育まれ成長してきたコンテンツ、ひいてはジャンルは、若者文化の主流派に占拠された。
例外がないわけではないにせよ、アニメやゲームはカウンターカルチャーとしての性質をおおむね失い、大人文化や若者文化の主流派とも接続し、アジールと呼び難い場所に変わってしまった。
カウンターカルチャーとしてのオタク界隈は、終わってしまったのである。
コミュニケーションの苦手なオタクはどこへ行った?
そうなると、即座に疑問が立ち上がってくる。
コミュニケーションできないオタク、たとえば人間集団に溶け込めないオタクやオフ会の片隅で無口だったオタクはどこへ行ったのだろうか?
答えの半分は、「今でもオタク界隈に残っている」だ。
友達はできづらくなるかもしれないし、オフ会にも気軽に参加できなくなるかもしれない、しかしアニメやゲームに向き合うことはできるし、SNSで「いいね」や「シェア」をやってのけることだってできる。
ソーシャルゲームの片隅でなら承認欲求をみたせなくもない。マジョリティに母屋を乗っ取られたことを気にしないなら、まあ、楽しむことはできる。
しかし、マイノリティ同士が繋がれるアジールはどこにある?
トー横キッズになれる人は、なれば良いのかもしれない。そこは確かにカウンターカルチャーみが深い場所だ。
が、誰もがそこに入れるわけではないし、身の危険と隣り合わせの場所である。旧来のオタクに相当するような青少年に親和性の高い場所とも思えない。
私は年を取ってしまったので、たとえば進学校に通っているコミュニケーションの苦手な少年が易々と所属でき、友達を見つけられるカウンターカルチャーみの深い場所がどこにあるのか、よくわかっていない。
わからないままでいいのかもしれない、とも思う。
かつてのオタク界隈がそうだったように、新時代の表現やクリエイターは大人の与り知らないところで育まれるだろうし、そのほうがアジールとしてちゃんと機能するだろうとも思えるからだ。
[adrotate group="46"]
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

Photo:Clark Gu
「あの時、あの場所でしか存在しなかった体験」の話をする。
まず、ゲームセンターの話から始めさせて欲しい。
時期としては、私がお小遣いとか勉強時間とか睡眠時間とか栄養とか、色んなものを削りに削って、ゲーセン通いにリソースを全振りしていた頃。もう少し正確に言えば、大体1992年~1998年くらいまでの期間になる。
かつて、ゲーセンに通っている人たちの間では、「ホームどこ?」という言葉が「相手の身元確認の手段」として成立していた。
ホームというのは、要は「自分が普段通っていて、主な居場所にしているゲームセンター」のことだ。「色んなゲーセンがあって、ゲーセンごとに遊べるゲームに偏りがあったので、みんなあちこちのゲーセンを巡っていた」という前提知識がないと、そもそも意味不明な言葉だ。
当時は、ゲーセンでも「強い人/上手い人がたくさんいるゲーセン」と「そうでないゲーセン」の間にはかなり明確なヒエラルキーがあって、前者を「ホーム」にしている人たちは、それだけで「こいつ、なかなかやりそうだな……」と一目おかれたりしていた。
私のホームは、名古屋の端っこの方にある、「キャビン」という小さなゲーセンだった。家から出て、角を二回曲がって、しばらく坂道を転がり落ちていくと、道の左側にキャビンがあった。今はもう、ないのだけれど。
あの光景は、今でも目を閉じるだけで鮮明に思い出せる。匂いも覚えている。ふっと何かの匂いを嗅いだ時、「あ、キャビンの匂いだ」といきなり記憶が蘇ることがあるくらいだ。
主にタバコと駄菓子とおっさんの体臭が主成分で、いい香りとは言い難かったが。
キャビンは小さな体育館のような作りになっていて、天井は鉄骨が剥き出しになっていて、鉄骨から飛行機の模型がいくつもぶら下がっていた。
入り口の方にUFOキャッチャーが三台。真ん中のあたりには格ゲーの対戦台が大きな顔をしていて、ゲーセンの一番奥には(当時基準の)レトロゲームと脱衣麻雀が何台か置いてあった。そして、格ゲーの周辺、対戦台エリアを囲むように、壁際に何台ものアクションゲーム、シューティングゲームが並んでいた。
私はキャビンで色んなゲームを遊んだが、特に色濃く残っているのはシューティングゲームの記憶だ。
つま先から頭まで沼に浸かっていた横シューの最高傑作、「ダライアス外伝」。
最終盤、強大な敵と相対するプレイヤーを鼓舞するように1面のBGMが流れる演出の珠玉、「ガンフロンティア」。
R-TYPE。バトルガレッガ。ソニックウィングス、19XX、ゲーム天国、雷電II、アクウギャレット、BATSUGUN、ウルフファング、ギガウィング、プロギアの嵐、中華大仙、疾風魔法大作戦、蒼穹紅蓮隊、ストライカーズ1945。
無理だ。私があの頃キャビンで遊んだゲームのタイトルは、とてもじゃないが挙げ切れない。
「やり込んだ」と胸を張って言えるゲームもあれば、1コインクリアすらできなかったゲームもたくさんあるが、とにかく思春期の時間の何割かを、私はキャビンに捧げている。
キャビンの唯一の店員であるおっさんには毛髪も愛想もなかったが、脱衣麻雀をスタッフクレジットでプレイしている時以外は割と親切にしてくれて、年少だった私が他の客に絡まれたら声をかけてくれたし、店で売っているキャベツ太郎をおごってくれることもあった。
人生の中に「頭が上がらない人」というのは何人かいるが、「あの場を提供してくれていた」というそれだけで、キャビンの親父も私にとっての「頭が上がらない人」の1人だ。
ということで、キャビンはとても良いゲーセンだったのだが、今から考えると1つだけ、大きな問題があった。
「とにかくうるさかった」のだ。
当時のゲーセンなんて大体そんなものだったかも知れないが、キャビンのゲームはどれも音量設定がデカく、デモの間も音が鳴りっぱなしで、一つ一つのゲームの音なんてろくに聞こえなかった。
格ゲーの対戦台は特にそうで、ゲーム中のキャラの声もデカければ、遊んでいるプレイヤーの奇声もだいぶデカかったので、自分が遊んでいるゲームのBGMをじっくり聴くことなんてとてもできなかった。当時、一部のゲームではヘッドホン端子がついている筐体もあったらしいが、キャビンにはそんな気の利いた台は一台もなかった。
これはだいぶ後になってから分かることなのだが、私はどうも「複数の音が鳴っている中から、一つの音を聴き取る」ということがかなり苦手な性質であるらしく、それも「聴こえない」に拍車をかけていた。
当時、「ゲームのBGMにもいい曲がたくさんある」と認識し始めていた私には、ここだけはなんとももどかしい点だった。
***
次に、レイストームというゲームの話をしたい。
レイストームは、1996年、タイトーから発売された、3Dポリゴンを使った縦スクロールシューティングゲームの大傑作だ。その最大の特徴は、「「高さ」「深さ」という側面から、プレイヤーの視点を完璧にコントロールする」という、圧倒的なゲーム演出にあると思う。
レイストームには、前作「レイフォース」から引き続く、「ロックオンレーザー」というシステムがある。
眼下の敵にカーソルを合わせることで敵を「ロックオン」することができ、そこでロックオンレーザーを放つと画面上のどこにいてもレーザーが敵を襲い、撃破する。
ロックオンレーザーは敵を倒すためにも重要だが、得点を稼ぐためにも非常に重要で、「敵をどういう順番でロックオンして、どう倒すか」というのがゲームを遊ぶ上での重要な要素になる。
縦スクロールシューティングというものは、自然と「自機を上から見下ろす」という視点になるものだが、レイストームというゲームにおいては、ロックオンレーザーと3Dポリゴンによる当たり判定の関係で、それが直接的にプレイフィールに影響する。
その顕著な例が4面の対艦隊戦だ。レイストームでは、「高さ」が合わなければ敵にも敵弾にも接触しないため、下の方の敵はすりぬけられる一方、「遥か下方から撃ってきたレーザーが、自機と同じ高さまで来て襲いかかってくる」なんて場面もある。
さらに、ロックオンレーザーも撃ってから着弾までにタイムラグがあるため、特に自機がR-GRAY2の場合、「遥か下方に見える敵艦にロックオンレーザーを撃ち込んだ場合、戻ってくるまでしばらく時間がかかる」という現象が発生するわけだ。
この感覚が、「宇宙空間での艦隊戦」というAREA4で特に顕著になり、「2Dの縦シューなのに、自分がちゃんと宇宙空間で戦っている」という絶妙な臨場感をもたらしてくれた。
これに限らず、ロックオンレーザーのパターンを構築する時は、「敵の高さと位置」の意識がかなり重要になる。
結果、プレイヤーは「自機の高さと、敵の相対的位置」を自然と意識することになり、結果レイストームが「縦シューとしても他に類を見ない程「見下ろす」という視点を強く意識する」ゲームになっていると考えるわけだが、とはいえ本記事では、レイストームの視覚的演出は本題ではない。
ここで特筆したいのは、レイストームのBGMの演出だ。
レイストームにおいて、自機が託された使命は「惑星間戦争で敗北直前まで追い詰められた人類による反撃」だ。
敵勢力である「セシリア連合」、衛星セシリア自体が元々は地球からの植民衛星であり、セシリアを圧政で支配した地球政府の自業自得的な面もあるのが業が深いのだが、それはそうと自機である「R-GRAY」を駆るプレイヤーは、地球圏から衛星セシリアへと攻め上がっていく。
で、レイストームのBGMは、このストーリー展開と明確に、見事にシンクロしている。
具体的に言うと、序盤、地球圏でのBGM(AREA1~4)は比較的明朗で軽快な曲が多いのに対して、地球圏を離れて衛星セシリアに戦いの場が移って行く(AREA5~8)につれて、BGMの構成がどんどん重く、無機質に、陰鬱に、しかし荘厳になっていくのだ。
その最たる例が、最終面(AREA8)の「HEART LAND」および「INTOLERANCE」だろう。
最終ボスである「ユグドラシル」についにたどり着く自機R-GRAY。
当初は、ユグドラシルは複数のパーツを破壊しないと全容をあらわすことがなく、プレイヤーは激しい攻撃を凌ぎながら、緑色のシールドに覆われたユグドラシルを「見下ろして」ひたすらロックオンレーザーを撃ち下ろしていくことになる。
この時BGMとして流れているのが、心臓の拍動のように静かに重々しくドラムの音が響く、「HEART LAND」。
https://open.spotify.com/intl-ja/track/0zQRBKIcAExLq97MEzqe3T?si=44cac7ab151146a9
そして、全てのパーツを破壊すると、旋回するR-GRAYに合わせて視点がぐるっと動き、自機の前についに「ユグドラシル」の本体が姿を現す。
同時に、まるで滅び行く種族への鎮魂歌のように、静かに、ゆっくりと、「HEART LAND」からスネアの音を経てシームレスに繋がる、「INTOLERANCE」の荘厳なメロディが響き始める。
https://open.spotify.com/intl-ja/track/7uQjOtGpe3MWDHPRQk4cNB?si=9a5d307a6e0b466e
サントラのライナーノーツやエンディングの文章を読むと分かることだが、実はレイストームというゲームでは、エンディング後に衛星セシリアの住民数十億が命を落とすことになる(※PS版のエクストラモードだともっとひどいことになる)。
そのため、まさにプレイヤーが作戦を成し遂げようとしているその瞬間、流れる曲が鎮魂歌となるのはある意味で正しい。
しかし、この「INTOLERANCE」という曲、とにかく静かで、荘厳で、そしてかっこいいのだ。
STGのラスボスという最高に盛り上がるシーンで静謐な曲が流れるというのは、例えばダライアス外伝やガンフロンティアとも通じるところがあるが、レイストームの「INTOLERANCE」の素晴らしさはダラ外の「SELF」にも全く劣らない。聴いたことがない人は聴いてみて欲しい。
ところで、ここでひとつ問題があった。それは、「レイストームのBGM演出は、ゲーセンで味わうにはあまりに繊細過ぎた」ということだ。
しんざきが通っていたキャビンなどは特にそうだが、音がうるさいゲーセンでは、演出を味わうどころか、メロディを聴き取ることすら殆どできやしなかった。「なんとなくかっこいいメロディが聴こえる……」と歯がみするのがせいぜいだった。
***
そんな私を何が救済したかというと、それは当然サントラ、ではなくPS版「レイストーム」だった。
アーケードゲームの家庭用移植というものには、遥か「ゼビウス」の昔から様々な性能上の問題がつきものだったが、PS版レイストームについて言うと、元々のアーケード版がPS互換システムを使っていたこともあり、これが間違いなく超絶良移植だった。
SS版の「バトルガレッガ」(STG移植のひとつの到達点である)に並ぶのではないか、とすら個人的には思っている。
もちろん、画質や処理落ちを始め、アラが全くないというわけではない、ないのだが、自室という静かな空間で、初めて「ユグドラシル」を背景にした「HEART LAND」と「INTOLERANCE」を耳にした時には、「これが本当のレイストームだったのか……!!」と思うほどの衝撃を受けたものだ。
PS版のエクストラモードで聴けるアレンジ版BGM、「ノイ・タンツ・ミックス」がこれまた素晴らしいアレンジ揃いで、一面の「GEOMETRIC CITY」のアレンジで響きわたる笛の音を聴いた時には、これを吹くだけのために管楽器を始めることを決意してしまうほど感動した(それでケーナを始めた)。
サントラはそれはそれで素晴らしく、今でもレイストームは(オリジナル版もアレンジ版も)Spotifyのお気に入りリストに入っているが、それでもやはりゲームBGMの味は、ゲームとセットで体験した時にこそ最大化するものだ、と私は思う。
ゲーセンで散々「音が聴きとれない」という辛酸をなめた後だっただけに、感動もひとしおだったのかも知れない。
***
上でも書いたが、レイストームが発売されたのは1996年。今からちょうど30年前、PS版で考えても29年前になる。
あれから、ゲームを取り巻く環境は激変した。
「個人経営の街のゲーセン」というのは残念ながらその多くが姿を消し、私がかつて通い詰めたキャビンも、今では建物すら残っていない。
その一方で、ゲームを遊べる環境は恐ろしく進歩し、今ではオンラインで何の問題もなく通信対戦ができるし、SteamやSwitch、PS5を始め、様々なプラットフォームでもの凄い数のゲームを遊ぶことができる。過去の名作も遊べるし、現在の大作も、インディーズの新機軸のゲームもDL販売で手軽に遊べる。
これは、疑いなくゲーマーにとっては素晴らしい時代であると思う一方、ほんのちょっとだけ、奇妙な寂しさも感じる。
それは、インターネット時代にパソコン通信のモデムの接続速度の遅さを懐かしむような、たいした意味はない、ほろ苦いノスタルジアとでも言うべきものだ。
そう、ちょうどキャビンのタバコ臭い匂いのように。
「ゲーセンで聴こえなかった音を、家庭用移植版で初めて聴けて感動する」というあの時の体験も、おそらくは「あの日、あの時」しか存在しなかった体験なのだろう。
とすると、それをどこかに書き残しておくのも、全くの無駄ではないのかも知れない。そう思ってこの記事を書いた。
誰かの「あの日、あの時」をほんのちょっと思い出す、そのきっかけにでもなれば、幸いなことこの上ない。
今日書きたいことはそれくらい。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
様々な会社の、新卒採用を手伝っていたことがある。
その時の話だ。
通常、採用の面接官は、「採用に値する人」を振り分けるのが目的だ。
が、正直なところ、新卒採用では「だれを雇うべきか」は、ほとんどわからない。
実績に相当するものが、学歴程度しかないからだ。
では、何もできないのかというと、そうではない。
「雇ってはならない人」を通さない、という役割がある。
その「雇ってはならない人」を見分ける方法の一つが、
「「話のつじつまが合わない部分」をついたときの反応を見ること」であった。
*
例えば、学生が、志望動機を
「豊かな社会に貢献する」という企業理念に共感しました。
私は実家があまり豊かではなかったので、皆が豊かな生活ができる世の中を作りたいと思っています。
といった(テンプレっぽい)話をしたとする。
もちろん、テンプレっぽい、というだけで落としたりはしない。
が、この話、信じてよいのだろうか。
そこで面接官は、具体的に聞く。
「豊かな社会」と「豊かな生活」について、あなたなりの具体的な定義をしていただけますか?
「具体性」を問われると、少なくない学生が、定義ができないことがある。
そういう学生には、
「豊かな社会」に共感したと、先ほどおっしゃいましたが、一体、何に共感したのですか?
雰囲気に共感したということですか?
と、少々突っ込んで問いただす。
あるいは、
豊かな社会とは、皆が不足なく暮らせる社会で…
と、抽象的な言葉で逃げようとする学生にも、
皆が不足を感じない社会なんて、そもそもあり得ると思いますか?
と、現実との矛盾点を問う。
ただ、内容そのものは、正直何でもよいのだ。
我々は、価値観ではなく、能力と性格を見ているのだから。
つまり、ビジネスでよくある、
「会議で突っ込まれる」とか
「お客さんから聞かれる」とか
「部下から矛盾を突かれる」など
といった、少々苦しいシチュエーションを、この場で擬似的に作り上げるのが目的なのだ。
そして、こういうところでは、人間の本性が出る。
「こまったなあ」という表情を浮かべる学生もいる。
焦って凍りついてしまう学生もいる。
中には、
「雰囲気で共感していました、すいません。でも気持ちは本物です。なぜなら~」と、謝れる人もいる。
それならいい。
謝れることは、社会ではとても重要なことだし、能力不足は、育成でなんとでもなる。
が、少なからずいるのが、こちらに怒りの矛先を向ける人だ。
表情と、口調が変化する。
「いえ、そういうことではなくて。誤解していただきたくないのは……」
と、こちらの誤解のせいにしようとする人。
「私が申し上げたのは、豊かというのは経済的な意味だけではなくて——」
と、「話のわからない人たちだ」、とでも言いたげに、最初に言ってもいない前提を突然持ち出してくる人。
「ダボス会議で言われていたのは……」
などと、別の権威を持ち出して、質問に答えず、話をすり替えようとしてくる人。
反論するのは全く問題ないのだが、感情的なのはいけない。
面接の場で、何回かこのような反応が見受けられたら、
彼らは
「謝れない」
「間違いを認めない」
「頑迷である」
という特性を持った人たちの可能性がある。
彼らはどんなに学歴が良く、ペーパーテストができても、基本的には落とす。
ビジネスでも、アカデミックでも一緒だと思う。
「謝ったら死ぬ」とまでは行かないが、重要なときに「自論の欠点/間違い」を認められないのは、後々、顧客対応や社内のやりとりなどで、大きなトラブルを引き起こす可能性が高いからだ。
面接官は、単に話の辻褄が合わない部分を突いただけ。
圧迫したわけでも、叱ったわけでも、人格を否定したわけでもない。
でも、このタイプの人はそれらを区別できない。
「論理の指摘」を「人格への攻撃」として受け取ってしまう。
こういった性格面での未熟さは、10年経っても、20年経っても、だいたい治らない。
柔軟ではない人は、年配も若者にもたくさんいる
余談だが、よく、「若者は柔軟だ」と言われる。
が、実際に様々な採用に携わると、決してそんなことはない、と気づく。
現場で見聞きした限りでは、おっさん、おばさんと、若者は大して変わらない。
事実、「年を取ると頑固になる」という話には、大したエビデンスがない。
おそらく、直接なにか言われたときに
「黙っている」とか
「反抗しない」
といった若者が見たことが多いからなのだろうが、それは彼らが、柔軟だからではなく、経験からくる「意見」を持っていないだけの可能性が高いのではないだろうか。
それは柔軟さではない。
おそらく、柔軟さや素直さ、謝れるかどうか、といった性質は、年齢よりも「個人差」のほうが圧倒的に大きい。
なんでも「はい、はい」と、無条件に受け入れてしまうのは、素直ではなく単なる阿呆だ。
だが、話の矛盾や欠点を突かれて、相手に怒りの矛先を向けたり、謝罪して修正をできないような人間は、組織の人間関係や対顧客の関係を危うくしかねない。
あくまでも冷静に、「組織に絶対に入れてはいけない人」を見極めることは、かなり重要なのである。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書
[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]
Photo:Amel Majanovic
就職氷河期世代
就職氷河期世代、というものがある。内閣府の定義によると、大卒者は「1970年(昭和45年)4月2日から1983年(昭和58年)4月1日まで」に生まれたもの、高卒者は「1974年(昭和49年)4月2日から1987年(昭和62年)4月1日まで」に生まれたものを指すらしい。いま、Wikipediaを読んで知った。
とはいえ、おれ自身が就職氷河期世代であるということは知っていた。おれは1979年(昭和54年)の生まれだ。
大卒だろうと高卒だろうと氷河期真っ只中だ。凍え死んだ世代の一人だ。それは知っていた。
おれは「知っていた」と書いた。おれは就職氷河期世代の人間の一人として「生きてきた」わけではない。
おれにとって就職氷河期とは、あくまで他人事だ。おれに「就活で何百社も落とされた」とか、「仕方なく非正規雇用についた」というエピソードはない。おれは人生で履歴書を書いたこともないし、就職面接を受けたこともない。
おれは就職氷河期世代と、同じ世代だ。ただ、それだけだ。
ドロップアウト
おれの最終学歴は高卒だ。中高一貫の私学を出た。出たあとどうしたか。一年くらい大学に通っていた。なので、非公式な言い方では大学中退ということになる。
おれが入ったのは慶応義塾大学文学部だった。入学式で学部長だかだれだかがこう言った。
「文学部は就職に不利だと言われるが、諸君らは大学の名前で就職できるから安心したまえ」。
「諸君ら」がどうなったかはしらない。
ひょっとしたら、学部長だかの言うとおり、慶應の卒業者は就職氷河期でも問題なく就職できたのかもしれない。それはよく知らない。だが、おれは就活中らしい上級生のこんな会話を聞いた。
「アコムってところに行ったけど、金融系と思ったらサラ金だったの」
アコムだったか、プロミスだったかは覚えていない。ただ、おれのなかでそこはサラ金だった。サラ金。今だったら消費者金融というのだろうか。
ともかく、慶應の就活生がサラ金を知らないのか。そして、そんなところに就職先を求めるのか、と、意外に思った。
たぶんだが、その当時、リアルタイムではまだ就職氷河期なんて言葉はなかったように思う。
少なくとも、就職氷河期にいるとは自覚していなかった。
もっとも、おれはその自覚をすることなく、就職氷河期からドロップアウトした。ドロップアウトしたのは大学だが。
おれはフランス語の活用が覚えられなかったし、語学のクラスで「二人一組を作って」と言われて、相手がいなかったし、「大学にもなってこんな幼稚園みたいなことをさせられるのか」と絶望した。おれは大学に行かなくなった。おれは大学を辞めた。
大学を辞めたおれはひきこもりのニートになった。ひきこもりのニートになるくらいは実家が太かった。
「このままひきこもっていても、この鎌倉の実家の土地を売れば遊んで暮らせるのでは?」などと思っていた。
おれにはニートの才能があったので、なんの気兼ねもなくダビスタなんかをしながら暮らしていた。
が、親が事業に失敗した。実家がなくなった。一家離散となった。おれにもなにもなくなった。
なくなって、一人暮らしを始めることになった。不本意だ。不本意ながらそうなった。
生きるために働くことになった。自分の身分が何なのかわからなかった。生きるために最低限の金だけ現金で渡された。
初めて銀行口座を作ったときは感動したし、その後けっこう経ってからクレジットカードを作れたときは恩義すら感じた。おれは楽天カードを愛している。いずれにせよ、おれはおれが正社員というものになったのがいつなのかよくわかっていない。そうなる前にちゃんと納税していたかというと怪しいが、納めるだけの税金があったのかどうかもわからない。
最初は洗濯機すらなかった。近くにコインランドリーもなかったので、ユニットバスで服を手洗いした。そのアパートは水道代定額だったので、そういうこともできた。そんな生活だった。
ずっとパソコンも持っていなかった。おれが自分のパソコンを持つことができたのは、おれがブログをはじめたずっとあとだ。おれは会社のパソコンでブログを書いていた。
べつに苦労話をしているつもりはない。単なる事実だ。そしてこれは、就職氷河期世代とはなんの関係もないと思っている。
おれのは自己責任だし
さて、就職氷河期論となると、「自己責任論」が出てくる。とくに下の世代から出てくる。
「いつまで世代論で政治や社会に文句を言っているのか。就職氷河期世代でもちゃんと就職して結婚して子供を作り、資産を形成している人もいる。自分の能力や努力が足りなかったのをいつまで人のせいにしているのか」と。
そういう意見に対して、氷河期世代は大卒者の就職率などを出して反論する。就職活動の悲惨さを述べる。どうしようもない時代に左右されたのだと主張する。
おれはというと……、なにも言えない。おれがまともな人生から脱落したのは、おれが「もう大学に行きたくない」という自己の決断であった。
フランス語の活用を覚えようとする努力を怠ったのだし、友人を作れるという才能に欠けていた。おれには努力するということが物心ついたあとからいっさいできなかったし、なにかになりたいという意志も欠いていた。
おれはまったくの無能な人間であって、なおかつ努力する才能もない。日本経済、社会情勢、そんなものと関係なく、勝手に没落した。社会の底に落ちた。それはおれの自己責任にほかならない。
というわけで、下の世代から投げつけられる自己責任論、それに対する反論について、おれはなにも言えない。
おれと同じ世代にいた人間がすべておれのような怠惰な無能であったわけがない。向上心と性能があった人間も多くいただろう。そういう人間が、ほかの時代であれば得られたであろう人生を得られなかったケースも少なくないだろう。
でも、おれはそれを自分事として語れない。おれには友人というものもいないので、直接見聞きした話も語れない。
「そうだね、この世代の自己責任だよね」ともいえないし、「いや、時代のせいなんだよ」ともいえない。「おれは自己責任で社会の底辺に行って、貧しい人生を送ってきたけれど、ほかの人は……知らねえや」となる。
おれは世代自体からドロップアウトしてしまったので、「氷河期世代の敗者」ですらない。そもそも氷河期の戦場に立っていないのだ。もちろん、立たなかったのも自己責任だ。おれはそういう人間だ。
氷河期世代には報いがあっていい
なにごともすべて世代論で語るのは無理がある。人には人それぞれの人生がある。高度経済成長で成長できなかったやつも、バブルの恩恵を受けられなかったやつもいる。たくさんいる。もちろん、氷河期世代で勝ったやつもいる。それなりにいる。全滅ではない。
全滅ではないが、かなりの損耗率だ。軍隊では何%が損失すると全滅扱いになるのか忘れたが、かなりやられた世代だと思う。世代というものにやられた世代だと思う。
それでおれは「氷河期世代」という言葉には反応してしまう。どの世代でもいえることだが、生まれる前に「自分はこの世代に生まれたいです」と選択して生まれてきたやつは、人類史上一人も存在しない。いや、なんかの宗教のだれかにはそういう話があるかもしれないが、おれは知らない。
おれはたまたま同世代である氷河期世代に同情の気持ちを持ってしまう。たまたま同世代だったからだ。もっとも、おれは同情されてしまう側ではあるので……世代の外側から共感する感じだろうか。うまく表現するのはむずかしい。
おれは土俵にすら乗らなかった人間だからなにも言う資格はないかもしれない。それでも、なにやら苦労が多かったよな、と。いや、おれはその苦労、とくに就活の苦労を知らないのだけれど。
なので、なにか世代という偶然に振り回されて、不利な人生を送った人間にはなにか助け舟があってもいいような気がする。もちろん、下の世代からこういう発想がよく思われないのはわかっている。個人の努力も、世代の努力も足りなかったのだろう。人数はいるくせに、なんて役立たずでお荷物の世代なのだろう、と。
しかし、戦争に動員された世代に同じことを言えるだろうか。まあ、言えるやつは言えるか。そもそも、戦争の時代と不景気の時代を比べるなと言われるか。それでも、時代の不幸はあって、なにか救われてもいいような気がする。
……とはいえ、令和の現代日本がだれかに報いを与えたり、救いを与えたりできるほど恵まれた時代だろうか。そんな余裕ねえよと言われたらそれまでだ。そんな時代を作ったのはおまえら氷河期世代だろと言われたら、さらに返す言葉もなくなる。つらいなあ……。
けど、どのみち人生なんてコントロールできねえよ
昔のおれ、今のおれ。令和最新版のおれとなると、避けて通れないのが病気の話になる。おれは希少がん(NET-G1)になった。なってそれなりに大きい手術をして、一時的に人工肛門もつけた。いまはそれを閉鎖したあとの後遺症というか、LARSという病のなかにある。
で、がんを経験して人生観が変わったのか。がんサバイバーとしてだれかになにか言いたいことがあるか。
……ちょっとなにか、人生観が変わったとか、がんサバイバーとして人に説教できるような余裕はない。今のところはない。でも、ちょっと思ったことはある。新たに気付いたというより、確信が増したということだ。
それはもう、単純で当たり前な話だ。「人生はコントロールできない」ということだ。
自分が大腸内視鏡検査を初めて受けるときに、がんである可能性なんて露ほど思っていなかった。それが希少がんだった。死ぬよりなりたくなかった人工肛門にもなったし、LARSとかいう排便障害持ちになるとも思っていなかった。そんなもん、わからんとしか言いようがない。
ただ、おれは双極性障害という精神障害持ちだが、そうなるとも思っていなかった。思っていなかったが、精神のどこかがおかしいという感覚を抱いて生きてきたところはある。なので、精神科のクリニックに通うようになることも、手帳持ちになることも、それほど特別なこととは思わなかった。
が、希少がんは違った。「ああ、人生ままならないな」と思った。
「人生思い通りだ!」と思ったこともないが、まあそれでもここまでコントロールできないものに人生左右されるのかという話だ。ほっといたら希少がんが進行して死んでいたかもしれない。検査したのも偶然、希少がんだったのも偶然。ぜんぜんどうにもならない。
だからあなたが、氷河期世代科どうかも知らないし、そんな世代論どうでもいいが、まあ人生そんなにコントロールできねえよということは言っておきたい。
「わりと自分は勝ち組かも」と思っている人間も、健康診断一つで地獄に落ちることもある。それを忘れるな。
もちろん、自分で自分の人生の選択をコントロールして、成功した人もいるだろう。失敗した人もいるだろう。でも、どうにもならんこともある。そういうことだ。運命は残酷なので、氷河期世代で辛苦を味わって来た人間が、さらにがんになることだってあるだろう……。
結局、人生でいちばんたいせつな生命ですら、自分ではコントロールできないんだよ。
コントロールできることとできないことを見極める賢明さがあったところで、コントロールできないものはできない。人生は思っているほど人間のものではない。
まあ、それでもおれは今日という日まで生きてきた。それでも、生きてはきた。
明日死ぬつもりもない。けれど死ぬかもしれないと思っている。おれはそうだ。あなたはどうだろう?
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
ブログ:関内関外日記
Twitter:黄金頭
Photo by :Davide Cantelli
最近、「ケア」を巡って暖かい言葉や冷たい言葉がSNS上を飛び回っている。たとえば「女性同士ではケアが行われるが、男性同士ではケアが行われない」、といった風にである。
私には、巷で語られている「ケア」なるものがよくわからない。「ケア」という言葉からは、なんとなくポジティブな、善きものといったイメージが沸く。しかし、イメージばかり先行して具体的な輪郭がわからない。医療や福祉の専門家が狭い意味で用いている「ケア」と、世間で流通している「ケア」の意味が乖離しているようにもみえる。
それと、もうひとつ。
「ケア」という言葉に該当する状況や状態が、私にはそんなに平穏には見えないのだ。少なくとも「ケア」と人々の呼ぶ状況が完全なる善、完全なる平和、完全なる助け合いになっているとは私にはなかなか信じられない。
「ケア」という言葉にポジティブで善いイメージがついて回ること、それ自体に異存はない。しかし手放しで肯定できるほど「ケア」が真っ白かと言われたら、そうじゃないこともあるんじゃないですか? と私は言いたくなる。そのあたりについて、ごちゃごちゃしたことを書いてみたい。
そもそもケアとは何か? 女性同士しかしていないものか?
そもそも、ケアとはいったいなんだろうか。
医学書院のウェブサイトにある、広井良典京都大学名誉教授のテキストによれば、ケアとは、
1.最も広義には「配慮」「気遣い」といった意味。他人や対象を気にかけること全般が「ケア」と呼ばれる。ヘアケアやスキンケアといった具合に、人以外のものが対象になることもある。
2.もう少し狭義には「世話」という言葉に相当する意味。
3.医療や福祉分野において提供されるサービスとしての「ケア」。または職業的な意味内容を含むレベルの「ケア」。
と記されている。
私は医療職なので、「ケア」という言葉を三番目の意味で解釈したくなる。
すなわち、この場合の「ケア」とは介護保険のような福祉制度や福祉体制に根ざしていて、「ケア」の専門家によって提供される「サービス」である。金銭を支払って「サービス」が購入されることもあれば、福祉制度に基づいて現物支給されることもあろう、社会契約的かつゲゼルシャフト的な性質を持ち、権利を持つ人には分け隔てなく提供され得る「ケア」だとも言える。
他方、昨今のSNSで意味されている「ケア」はこれではない。
たとえば、ときどきSNSで見かける「女性同士ではケアが行われるが、男性同士ではケアが行われない」といったフレーズが指す「ケア」は、三番目の意味ではなく、二番目の意味と思われる。
性別による有無はさておいて、「世話」に該当するなら「ケア」と呼べ、該当しなければ「ケアがない」ことになるだろう。
この二番目の意味の「ケア」を考える際に注意しなければならないのは、これが多かれ少なかれ縁故主義的であること、不特定多数が分け隔てなく「ケア」を授受できるとは考えにくいことだ。
友達同士であれ、クラスメート同士であれ、家族同士であれ、先輩と後輩であれ、「世話」に相当する「ケア」は顔見知り同士で贈与されるのが原則だ。
災害発生時など、見知らぬ者同士が「ケア」を授受する状況もあり得るが、あくまで例外だ。なんらかの縁故に基づいているという点において、この「ケア」は非-社会契約的かつゲマインシャフト的であり、授受されるかどうかは当事者間の関係性に依存している。
このことを意識しながら、くだんの「女性同士ではケアが行われているが、男性同士ではケアが行われていない」というフレーズが指す「ケア」を振り返ってみよう。
女性同士でケアが行われていると言っても、それは無尽蔵ではないし、権利意識に基づいて分け隔てなく授受されているわけでもない。
世話する者同士、世話される者同士は、なんらかの縁故に基づいて選択・選別されている。自助・共助・公助という言葉で分類するなら、これは共助のたぐいだ。
私は男性だから、ここでいう「世話」に相当する「ケア」が男性同士の間にも存在すると感じている。
そうした男性ならではの「世話」や「ケア」が一部の人々には見えない形式だったり、認めがたい形式だから、「男性同士ではケアが行われない」といった物言いが出てくるのだろう。
たとえば飲み会に誘う、釣りに出かける、身体をぶつけあう、等々といった男性同士の「世話」や「ケア」は実在する。
女性同士がランチを共にしたりプレゼントを交換しあう、あのあたりまで「ケア」の範疇に入れて構わないなら、同じぐらいの蓋然性で男性同士の「世話」はあるだろう。
だが、この男性同士の「ケア」にしても、分け隔てなく授受されるわけではない。女性同様、男性ならではの「世話」も共助的なものであって、縁故や選り好みに基づいて「ケア」の授受が形成される。
だからもし、二番目の意味で「ケア」という言葉を良いものとし、その不足や不能を嘆くとしたら、この共助的で縁故的でゲマインシャフト的な「世話」を良いものとして認め、それを励行する含意があるのだと思う。
というより、そうした含意ぬきに二番目の意味の「ケア」を推奨する向きがあるとしたら、正直、おかしいと思う。
二番目の意味の「ケア」には縁故や選り好みによる選択・選別が含まれ、すべての人に平等に「ケア」行き渡るとは期待できない。
私はある程度保守的な考え方の持ち主だから、二番目の意味の「ケア」にそうした含意が含まれていることには驚きはなく、「仕方ないけど、『世話』ってそういうものだよね」といったあきらめがつく。
しかし、もう少し進歩的に物事を考える人々にとって、「ケア」とはなかなか厄介で、近代社会の理念にそぐわないニュアンスを含んでいるようにみえる。少なくとも、三番目の意味の「ケア」にあたらず、二番目の意味にあたる「ケア」には、カマトトぶっていられない意味合いが含まれているんじゃないだろうか。
「ケアする/される」と、影響力や権力も移動する
それからもうひとつ。
「ケア」の授受が誰かと誰かの間で行われる時、、人と人との関係性はどのように変わるだろうか。
「ケア」は、身体的問題や精神的問題の軽減に寄与する。生活困難な人を「ケア」が支えることもあるだろう。
のみならず、「ケア」の恩恵は「ケア」される側だけでなく、ときには「ケア」する側の問題を軽減させる。それらは、まあいいだろう。
だが、そうして「ケア」の授受が起こる時、ましてや繰り返し起こる時、人と人との間柄や関係性、ひいては力関係は次第に変わっていく。
間柄や関係性になんら影響を与えない、この方面で完全にニュートラルな「ケア」を想像するのは難しい。二番目の意味の「ケア」なら、とりわけそうである。
「ケア」が授受され、繰り返される時、一方が一方に恩義を感じたり負い目を感じたりすることがある。「ケア」はコミュニケーションの性質を併せ持つから、やりとりをとおしてどちらかが大きな影響力や権力を獲得し、間柄や関係性が思わぬ影響を受けることがある。
かと思えば、はじめから影響力や権力の不均衡があったために、「ケア」という体裁のもと、一方的な状況が生まれてしまう場合もある。
本来、「ケア」をさせられるのが不適当と思われる人が、延々と「ケア」を続けざるを得ない場合には、事前に影響力や権力に大きなギャップがあり、一方が一方に服従、または隷属せざるを得ない状況ができあがっていることがよくある。
では、「ケア」の授受のバランスが均衡していて、恩義や負い目が偏らなければ問題ないか?
そうとも限らない。「ケア」の授受がおおむねイーブンでも、相互依存が強くなりすぎて、双方が「ケア」の輪に囚われてしまう場合もある。共依存などが良い例だが、お互いがお互いを必要とし、双方が貢献し合っているからといって、「ケア」必ず好ましい転帰を迎えるとは限らない。
つまり、ここで私が指摘したいのは「『ケア』って影響力や権力の強い重力を生み出すんじゃないの?」ってことだ。
「ケア」は人と人の間で起こる決して小さくないコミットメントだ。なおかつそれは、しばしばそれは繰り返される。そうした繰り返しは、しばしば「ケア」を授受する者の間になんらかの影響力や権力の勾配を生じさせる。
それが健全な程度であれば別に構わない。「いつも○○さんには世話になっている」程度に恩義を感じるぐらいなら、よくあることだし、それでいいじゃないか、と私などは思う。
しかし、そうした恩義が「○○さんに『ケア』されているから逆らえない」とか「○○さんがしてくれることに比べて、私が○○さんにできることは知れている」ぐらいになると「ケア」が生み出す権力勾配、影響力のギャップは無視できないレベルになる。
それも、なかなか難しい現象ではないだろうか。
あるいは逆に、既存の権力勾配や影響力のギャップに基づいて「ケア」が強制され、まかり通ってしまう状況もあるだろう。
捉えようによっては、ヤングケアラーもそうした状況の一種かもしれない。これはこれでのっぴきならない現象だ。さらに共依存のようなかたちで「ケア」にお互いが囚われてしまう場合もある。
影響力や権力といった時、少なくない人が大文字の政治権力、マスメディアの宣伝力などを連想するかもしれない。
それらに比べれば、ここで論じている影響力や権力は局地的なものに過ぎないし、社会全体に影響するものでもない。
だが、局地的だとしても人と人との関係性が変わること、ひいては誰が誰の言うことをどれだけ聞いてくれるのか・聞かなければならないのかを変更してしまうのも、立派な影響力や権力である。
且つまた、局地的であること、私的な間柄での出来事であることは、大文字の政治権力やマスメディアの宣伝力とは違ったかたちで深刻になり得る。
「ケア」を予断してはいけない
冒頭で紹介した、医学書院のウェブサイトの文章は、以下のように締めくくられている。
人は、案外「他人のために」と言いながら、実は「自分(の存在の確認)のために」行動している、ということがあるかもしれない。
だれかの「ために」役立つことを何かしたい、ということが、自分自身の存在理由を確認できる何かを求めている、という動機による部分が大きい場合があるかもしれないし、もちろんそれがただちに「よくない」ということでもない。
しかしそれが独善的なものとなるのを避ける意味でも、ケアを「与える-与えられる」といった一方向的な関係としてとらえるのではなく、むしろ人間という存在が「ケア」への欲求をもっており、それが実現する場として様々な関わりのかたちがある、と考えるべきではないだろうか。
「情けは人の為ならず」ということわざがあるが、同様に、「ケア」も人の為とは限らない。自分の承認欲求や所属欲求をみたすための「ケア」、対象をからめとり、支配するための「ケア」もあり得るだろう。
文中にあるように、それがただちに良くないというわけでもない。とはいえ「ケア」が抜き差しならない事態をもたらし得る点には注意が必要だ。
コミュニケーションとしての「ケア」が好ましい転帰をもたらすのか、悪しき転帰をもたらすのかは事前にはわからないことが多い。
コミュニケーション全般にも言えることだが、「ケア」が人を救う舞台裏には、こうした影響力や権力を巡る諸問題がべったりとこびりついている。だからといって「ケア」するなとか、「ケア」はいけないというつもりはない。
しかし、影響力や権力を巡る諸問題がこびりついている以上、「ケア」ならばきれいだとか、「ケア」ならば正しいといった予断はすべきではない、とも思う。
「ケア」の面構えをした支配、「ケア」の体裁をとった統治といった出来事は十分に起こり得るものだし、また実際、起こっている。
そのあたりも十分に視野にいれたかたちで「ケア」が語られて欲しい。
頭ごなしに「ケア」を否定するのはいけないが、頭ごなしに「ケア」を肯定するのも、たぶん良くない。
[adrotate group="46"]
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

Photo:J W
おれのLARS
おれはこちらのサイトで、大腸内視鏡検査(結果が出る前)の記事を書き、そこから希少がん(NET G1)がわかり、切除手術を受け、一時的にストーマ(人工肛門)を造設した話を書いてきた。そして、ストーマ閉鎖後に起こるLARSという症状についての恐怖を書いた。
とりあえず、どうなったの? まず、それについて書く。
いま、おれの腹にストーマはついていない。希少がんとは別の病院で、ストーマ閉鎖の手術を受けた。
がんに冒された直腸やその可能性のあるリンパ節を、ロボット支援下手術で6時間行うよりは簡単な手術だ。とはいえ、全身麻酔をかけて行う、入院一週間から十日コースの代物ではある。
で、その結果どうなったのか。前の記事でLARSへの恐怖をさんざん語った人間としては、それを報告する義務のようなものはあるだろう。
現在、閉鎖手術後二週間と少し、水様便による切迫便意と便失禁の地獄には陥っていない。現状ではそうだ。
もちろんおれは、最悪の場合を想定し、あるいは信じ込んでいた。なので、閉鎖手術する入院の際も、「パジャマとタオル使い放題コース」のほかに「おむつ使い放題コース」も申し込んでいた。
おれのLARS恐怖は決して大げさに書いたものではなかった。ストーマの閉鎖の直後からくる、と信じて疑わなかった。
が、手術後、病院食を取るようになったあと起きたのはなんだったのか。切迫便意と便秘、これである。
急に切迫した便意に襲われる。たしか、普通の大腸のころは、だんだん便意というもののゲージが溜まっていったものだったと思う(ストーマ時期を含めて三か月くらいで忘れてしまうものだ)。
ところが、一気にMAX状態でくる。なるほど、切迫だ。で、トイレに行く。おれが今回入院した病院は、大部屋ごとにトイレがなかった。
そして、部屋から男子トイレまで少し距離があった。何度も最短距離での移動を頭でシミュレートした。急いでトイレに行く。が、何も出ない。
これを繰り返す。何度も便意に襲われて、何度もトイレに行く。しかし、出ない。出たとしても、ウサギのふんだ。病院ではほとんどこれだった。
まあ、手術前後の絶食、ほとんど水分の重湯からの食事、まずは出るものもない。それに、大腸もしばらくスルーされていたので機能を復活させていない。そんなところもあるだろう。
おれは希少がん手術のあとも、腸が働かなくて入院がのびた。それもある。
でも、手術痕の状態もよく、ガスも出て、多少の排便もある。これは悪いことではなかったらしい。
おれは最短の一週間で退院した。退院前、こちらから聞き忘れたのもあるが、食事についていっさいなにも言われなかった。
で、おれは野に放たれた。ストーマの切除痕はわざと縫い合わせない技法が取られている。入院時に処置されていたように、ガーゼで保護する。
これもまた、ガーゼを用意して保護して下さいとは言われなかった。消毒の必要もないらしい。ただ、血だかなんだかの液体は沁み出してくる。おれは病室からAmazonにガーゼの注文をした。なかったら大変なところだった。
今回、がんのような大病をしてみて、外出など難しいとき、Amazonは助けてくれた。Amazonをばかにしたり、いろいろな面で批難するひとも多いだろうが、「Amazonは福祉」だと、一人暮らし病人のおれが感じたのは事実だ。
もちろん、Amazonのほしいものリストを通じて、たくさんの人からたくさんのものを支援してもらった面もある。ありがとうございます。
野に放たれたおれの話だった。おれは最初、大腸が機能を麻痺させているから便秘状態なのだと思っていた。いつ、切迫した下痢に襲われるのか、失禁するのかわからないと思っていた。
なので、Amazonで大人用おむつを買った、生理用ナプキンを買った、便漏れパッドを買った。どの程度の症状が出て、なにが過不足なく対応するかわからなかったからだ。
最初おれはおむつを履いて待機した。失禁はなかった。便意は頻繁にあるが、出ても固くて小さいものだった。おむつはもっと危険な状態になったときのために温存しておくか。そう思った。
そう思って、生理用ナプキンにしてみた。Amazonで買った、一番強そうなやつだ。女性用のものなので、男性用の下着、とくにトランクスには対応していないなと思った。
ただ、生理用ナプキンを使うLARSの人の話を聞いていたし、おむつほど大げさでもなく、便漏れパッドより大きい。ちょうどいいように思えた。おれは生まれて初めて生理用ナプキンを使った。それでも水様便には襲われなかった。
最後には……今は、一番小さい便漏れパッドを装着している。
「こんなに小さくて大丈夫なのだろうか」と心配になるようなものだ。
でも、ないよりはマシだろう。漏れたら漏れたで、漏れてみなければわからない。
そう、おれは漏らしていない。むしろ便秘になった。ただし頻便の便秘だ。この状態が二週間と少し続いている。
食べるものは食べていたが、やはり便が極度に柔らかくなることを恐れて、ストーマ時の低残滓メニューをつづけていた。
米、うどん、たまご、豆腐、サラダチキン。退院一週間後に、術後の経過を診るための通院予約が入っていた。そこで食べ物の話も聞こう。メニューを考えるのはそれからだ。そういうことにした。
しかしなんだ、入院時の自分は、退院一週間後に外出できるのか心配していた。そうとうに心配していた。前々日ぐらいから絶食すれば外出できるのだろうか、などと考えていた。
真剣に考えていた。
しかし、おれが実際のところお医者さんに言ったのは「軽い下剤を処方してくれませんか」だった。
下痢、便失禁を恐れていたのに、下剤をお願いする。妙な気分だ。
しかし、おれはこの病気になる前は、野菜中心の食生活をして、便秘とは無縁だった。なかなか起こらないLARS、逆に起こった未知の便秘。便秘の体験もなく、食べても出ないというのもなかなか怖いことだった。退院時に処方された下痢止めも飲まないでいたのだが、出ない……。
で、処方されたのが酸化マグネシウムだった。
これは、おれがずっと自分の病状を叩き込んでいるAIが予想していたものだった。浸透圧系の下剤が処方されるだろう、と。
まあ、それで、土曜日にこわごわと酸化マグネシウムを飲んでみた。そうしたら、すぐに、たくさん、やわらかめのものが出た。たまっていたものが全部出たのではないかというくらい出た。水様便でも下痢でもなかった。
しかし、あまりにも出たので少し怖くなった。飲むのは何日か一度にしようか、とも思った。が、土日の休みに毎食後飲んでも、そんなにお腹が変になることはなかった。むしろ、また軽い便秘に戻った。
というわけで、おれのLARS地獄テキストを期待していた人には悪いが、いまのおれは地獄にはいない。かといって天国でもない。
やはり直腸が存在しない。ためが効かない。急にMAXで便意がくる。何度もトイレに行くし、偽の便意にも惑わされる。ちょっとずつ出る。出たと思ってトイレから出たら、またいきなり来ることもある。頻便ではある。
ただ、幸いなことに、我慢がきく。ぐっとしめると、戻っていく。偽の場合は霧散する。おれはあまりこの手のことを書くのが得意ではないので、なにやら抽象的な表現になってしまうが、そんなところだ。
今のおれは、原理的にはLARSなのだろうが、典型的なLARSではない。便秘的LARSだ。
おれはLARSについてさんざん調べたときに、こんな状態があることはわからなかった。もちろん、自分がなるとも想像しようがなかった。あれだけ不幸を予測した文章を公開した手前、なにか裏切りのような気持ちも少しはあるが、現状、最悪ではないと書いておく。
LARSとはべつの、ストーマ閉鎖の手術痕が痛くてリモートワーク中心の日々を送っているが、出社して一日過ごすこともできた。
もちろん、たくさんトイレには行った。でも、「前もそのくらい行ってたような気がする」と言われた。自覚はあったが、おれは気分転換のために頻繁にトイレに行っていた。それと変わらないのか? まあ、今は「切迫」しているのだが。
まだ、「お出かけ」はできていない。でも、できる可能性はあるような気がする。我慢によって失禁を避けることはできるかもしれない。ただ、いきなり便意がMAXでくるので、怖いところはある。
あるというか、大きい。大きいし、そのような状況で「お出かけ」が楽しめるかというとあやしい。やはり頭の中が「トイレ」でいっぱいになってしまうというLARSの状況にある。
それでもなんだろう、今の主治医(がん切除してくれた執刀医とはべつの医師)は、頻便も「十回が五回、五回が三回になっていく人が多いので」とポジティブなことを言ってくれる。
できればそうあってほしい。ただ、大腸が復活するにつれて悪い方へ転ぶ可能性、おむつの出番がくる可能性もおれは想定している。ただ、今のところは、最悪じゃない。
身体障害者になってみたこと
さて、本題について書きたい。……と、思ったが、ずいぶんLARS報告に時間を取られてしまった。
まあ、そのLARS状態も含めた話だと思ってほしい。
おれは一時期、オストメイトだった。ストーマ、すなわち人工肛門造設者だ。
永久ストーマの人は、身体障害者に認定される。おれは一時だったので認定はされない。ただ、その先に閉鎖する予定があるかどうかというだけで、つける装具も、交換の手間も、その間は永久の人となにも変わらない。
なので、障害者認定とはべつに、各自治体から出るストーマ装具の補助金(月に一万円くらいかかる)は出てもいいんじゃないかと思ったが、それはなかった。
まあ、「骨折しただけで身体障害者認定されない」というようなコメントをどこかで読んで納得したが、そのようなものだろう。
とはいえ、たとえば足を単純な骨折(という言い方でいいのだろうか)した人が、一時的に松葉杖が必要だったり、車椅子が必要だったりした場合、それはやはり一時的に身体障害者になる、ということだろう。
関係ない話だが、おれがストーマ閉鎖で入院した病院は、べつに病状で病室が分けられているわけではないようで、同じ部屋に足を骨折した人が二人いた。
そして、漏れ聞こえてくる話によると、二人ともバイクで事故ったらしい。おれは原付という乗り物が好きだったが、バイクに乗るのはこわいなと思った。
まあいい、彼らも一時的に身体障害者になった。いや、ひょっとすると後遺障害によって身体障害者になる可能性もあるのだが。
そしてまあ、おれもオストメイトという一時的身体障害者になった。希少がん切除手術の退院後は、まさしく歩くリハビリが必要なほど衰弱していたので、その時期も障害があったと言えるかもしれない。
むろん、こんなことを書くと、本当に身体障害者の手帳を持っている人に怒られるかもしれない。
とはいえ、おれも精神障害の手帳持ちだ。いや、張り合うような話ではない。ただ、精神障害者のおれが、身体障害者にもなったのだなと思った。そこは薄目で認めてほしい。
一時的に身体障害者になる。それで見えてくる世界もあるはずだ。世の中がいかに心身の健常者のためにデザインされているのか、それが想像ではなく実感としてわかる。あるいは、健常者だったころカーブカット効果に助けられていたことを実感できる。そういう話だ。
……と、そういう話を一時的オストメイトだった自分が書いておこうと思ったのだ。
思ったのだが、正直に告白すると、おれは自分がオストメイトであるという状態が非常に辛く、ろくに外出もできず、仕事もリモートワークにして、ほとんど引きこもっていた。
だから、「オストメイト対応トイレに助けられた」という話一つない。
自宅以外で排出したことはあるが、「すごく狭くない個室であればできるな」というくらいの感想だ。
むろん、これはおれが中腰になれる身体の持ち主だということによる。
あと、外でパウチの交換をする必要に迫られることもなかった。だからおれは、オストメイト対応トイレについて語れない。
そしてまた、LARSという障害者に認められない病気になった今も、書いてきたとおり「とりあえず、そこまでひどくない」という理由と、これまた本格的な外出をしていないことから、まだ書けない。
しかしまあ、いずれにせよ、どちらについても、トイレは広めできれいで、街の中にたくさんあると助かるなあ、ということは言える。これは、健常者にとってもいえることだろう。
で、なんだろうか、昭和生まれの人間としていえるのは、「外のトイレ」がどんどんきれいになってきたなという実感があるということだ。
商業施設やらなんやら、ウォシュレット付きなんてのは標準的になっている、ような気すらする。昭和生まれの人、そうは思わないだろうか。
べつにこれはカーブカット効果ではない。ではないけれど、まあひょっとしたら、バリアフリートイレの整備といっしょにいろいろ更新されたのかもしれないし、都市の底上げみたいなものが起こったのかもしれない。
もちろん、トイレにしたって、なんにしたって、まだまだ足りないよ、障害者には厳しいよ、ということもあるに違いない。
残念ながら、今回おれは一時的な身体障害者になって、それを体感することはできなかった。せいぜい、退院後に歩けないとき、「もうちょっと歩行者信号は長くてもいいのでは」と思ったくらいだ。
だからなんだ、ちょっと今回おれにはできなかったが、障害者当事者はもちろん、一時的に障害を負った人も、その体験をどんどん流してほしいと思う。
おれも双極性障害の人間としてまともに朝起きて会社に行けないとか、今後はLARSの人間としてトイレについての困りごとについて発信していく。
もちろん、心身ともに健康な人間だって、困りごとはどんどん発信していくべきだ。なにか改善の種になるかもしれない。
ただ、このご時世、炎上の火種になる可能性もある。あるけれど、今日のところはその可能性についてはあまり考えないでほしい。
おれも都市のトイレについて書いていく。結局トイレのことばかり考えている。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
ブログ:関内関外日記
Twitter:黄金頭
Photo by :Marco Bianchetti
PIVOT公式チャンネルで、こちらの動画を見た。
私にとっては内容が衝撃的過ぎて、3回も見てしまった。夫にも友人にもリンクを送って視聴を勧めたし、動画の中で紹介されている本も買いに走った。
[amazonjs asin="B0GLN6CBHN" locale="JP" tmpl="Small" title="本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形 (中公新書ラクレ)"]
語られているのは「文章の経済的価値が劇的に下がっている」ことについてだ。
・インターネットが文章を無料で流通させてきたこと
・動画の方が情報を取るのに効率的だという認識が広まったこと
・そして生成AIによって文章を作るコストが限りなくゼロに近づいたこと
その三つが重なって、文章の価値が急速に失われつつある、という話だった。
聞きながら、「まあ、そうだろうな」と思った。
そんなの知ってた。言われなくても分かってた。
AIが来て、ライターは絶滅すると言われてる。そうなんだろうね。
親しいライター仲間たちに会っても、みな一様に
「原稿料が上がらない」
「いくら知名度が上がっても、ライターの仕事一本では、とても食べていけない」
と嘆いている。
でも、動画を見て気がついた。私が、ちゃんと分かっていなかったことがあった。
ライターよりも先に、読者が絶滅しようとしているんだ。
そうか。そうだったんだ。
よほどの活字好き以外、人はもう文章を読まないことがデフォルトになっていたんだ。
そこで、私は慌ててnoteで有料マガジンを作った。
ここに公開するのは、かつて企業のオウンドメディアに寄稿し、媒体の閉鎖とともに消えていった記事たちだ。
企業側の事情と都合でWebメディアが閉鎖するのは当たり前のことだし、記事が消えるのも仕方がない。けれど、時間をかけて、頭を捻って、記憶を掘り下げて書いた記事ばかりなのだ。一つ一つの記事に思い入れがある。
だから、「今は会社員として忙しいけれど、いつか余裕ができたら、あの原稿たちをリライトして、有料で売ろう」などと、頭の隅でぼんやり考えていた。
書きためてきた原稿は、私の資産だと思っていたから。
でも、呑気にかまえて先延ばしにしているうちに、時代はとっくに前に進んでいた。
もはや一刻の猶予もない。私が書いたものが完全に無価値になってしまう前に、早く届けなければ。ほんのわずかでも価値を見出してくれる誰かが居るうちに。
今の時代、長い文章を読みこなせるのは特殊能力であり、いまや世の中のほとんどの人は、もうわざわざ長い文章なんて読みたいと思っていないらしい。
だいたい長文を読めなくたって、ちっとも困らないそうだ。
読む気が起こらないような長さの文章は、AIに放り込んで、要約させて、「要点だけを押さえればいい」ってなっていってる。
つまり、これから先、長い文章はAIしか読まなくなってしまう。人間の読者がいなくなる。
とはいえ、AIは活字を吸収して学習するのだから、世の中から文章がなくなるわけじゃないだろう。
それに、今だって本が全く売れていないわけでもない。
本を読む習慣がない人でも、「実利的な目的を達成させてくれる本」なら、ちゃんと読むのだそうだ。
だから、テキストという形式は残り続ける。でもその場合、世の中に必要とされるのは、あくまで「情報を伝えるための文章」であって、「文体で読ませる文章」ではない。
文章に書き手の個性など必要なくなるってことだ。
私は、ブロガーやライターになるよりずっと前の若い頃から、「文章力がある」「視点が面白い」と言われてきた。
だから、それが私の武器なのだと思っていた。得意なことであり、他人に認めてもらえるスキルなんだと。
だけどそれは、もう人に認めてもらえる価値じゃないんだ。
じゃあ、私の価値ってなんなの?
動画の中で、MCの佐々木さんがこんなことを言っていた。彼はテキストメディアから動画メディアへとシフトした人物だ。
「ここ(テキスト)に縋り付くと、(会社が)潰れるなと思ったんですよね。これはもう、自分の刀を捨てるみたいなものですよね。捨てないといけないな、と。
けど、意外と辛くないというか。私は本とか、テキストを愛してきたのではなくて、濃い情報とか知識そのものを愛してきたので、その届け方が変わっても、やっていることはそんなに変わらない」
なるほど、と思った。
「濃い情報とか、知識そのものを愛している」
それなら私にも言えることだ。考えてみれば、私は今でも本をたくさん読んでいるけれど、同時に、情報を摂取する手段としては動画を頼り始めている。それはつまり、私が愛しているのは「文章」という形式ではなく、知ることそのものへの欲求なのかもしれない。
知的好奇心、と呼ばれるもの。
集めた情報を理解すれば知識に変わる。得た知識を何かに役立てれば、知恵に変わる。その過程が、私は好きだ。
AIが人間の知的労働を代替するといっても、だからといって、人間が知識を得て、知性を磨く行為が無駄になるとは思わない。むしろ逆じゃないだろうか。
AIはあくまで道具であって、それを使う人間こそがフィルターだ。
つまり、ユーザー(人間)の判断力や、教養や、経験や審美眼がフィルターになるのだ。
AIが人間の知的労働を代替していく世の中では、「AIを使えるかどうか」は最低条件であって、AIの出力に差がつくのは、その先にあるフィルターの性能しだいという実感がある。
だとすれば、AIが強力になればなるほど、人間としての知性を磨くことの価値は上がるはず。
テキストを読むことが非効率とされ、文章を書くことの経済的価値が消えていく時代に、それでも読書を続け、文章を綴ることの意味は、多分そこにある。
私がこれからどこへ向かうのかは、まだ分からない。時代は今まさに移り変わっている最中だから、答えは出ない。
だけど今日も、私はこうして文章を書いている。
たとえ経済的な価値がなくなっても、文章を書くことは、私自身の思考を整理する手段として役に立っているから。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
マダムユキ
ブロガー&ライター。
リンク:https://note.com/flat9_yuki
Twitter:@flat9_yuki
「婚活って短期決戦の、条件の突きつけあいやねん。そんなん無理に決まってるやろ」
先日、婚活を諦めたという50代の友人と話していた時の事だ。
ふと思い付きでぶつけた疑問を、そんなふうに否定されてしまった。
「何人かの候補の人と、1年でも2年でも時間を掛けて理解と共感を積み上げたら、誰か1人くらいとうまくいかへんのか?」
そんな素朴な質問だったが、そんなわけないという。
「女性もなる早で結婚したいから、登録しとんねん。じっくり時間を掛けるとか、それだけで本気を疑われるんやわ」
「時間を掛けることも許されへんとかマジか…。例えばどんな条件なん」
「年齢とか年収、なんやかんやで見た目もあるな。後は兄弟構成、親の介護とか」
「俺の思ってる結婚となんか違う…。っていうかお前も、そんな感じで条件てんこ盛りにしてたんか?」
「いや、俺は子供が欲しかったんで年齢だけや。30代半ばまでの女性って条件以外は、ほぼつけてない」
私自身、婚活というものを経験したことはない。
彼以外に、婚活を経験した人の話も聞いたことが無いので、それが本当なのかもわからない。
その上で思わず、こんなことを言ってしまった。
「ちょっと待て、どう考えてもそれ、最初からクリア不可能なムリゲーやんけ。婚活サービスってそんな詐欺まがいなモンなんか?」
人は必要ないものは買わない
「そんなことないやろ、実際に成婚退会している人もたくさんいるんやし。なんでムリゲーやねん」
「そやな…。例えばお前、こないだ新車買ってたやん。なんでトヨタのあの車にしたんや」
すると彼は、車じゃないと通勤が不便な会社に転職したので、ちょうどいい買い替えの機会だったこと。
昔からトヨタに乗り続けてて、期待を裏切られたことがないこと。
馴染みのディーラーと担当者さんなので信頼しており、今回も同じ店で買ったことなどを説明する。
期待通りのキレイな返事に、思わず吹き出す。
「まさにそれ、マーケティングの基礎やんけ」
「どういうことや」
「人は必要ないものは買わない。人は知らないものは買わない。人は知らない人や嫌いな人からは買わない。合ってるやろ?」
「そんなん当たり前やんけ。マーケティングってそんな程度のもんなんか?」
そう、彼が言うようにこの程度の原則を肌感覚で理解できない人などいない。
にもかかわらず、おもしろいほどに人は、とりわけ会社経営者はその程度の原則を本質的に理解していない。
例えば自社のwebサイトで製品やサービス、経営者の考え方を日々情報発信し、「知ってもらうための努力」を続けている会社が、どれだけあるか。
作って終わりという会社が、ほとんどだろう。
つまりそんな経営者は、こう考えているということだ。
人は必要ないものでも、ウチの商品なら買ってくれる。
人はウチの商品なら、知らなくても買ってくれる。
人はウチの会社からなら、知らなくても(嫌いでも)買ってくれる。
そんなわけがあるものか。
人は必要で、知っている商品で、知っている人(会社)だから「買ってもいいかな」と、思うものだ。
そしてこの「買ってもいいかな」と「実際に買う」の間にも、実は大きな壁がある。
それは「知っている」だけで、人は買ってくれるわけではないという事実だ。
それこそが、マーケティングと両輪で考える必要がある“ブランディング”である。
いろいろな定義があるだろうが、ブランディングに不可欠な要素が少なくとも、3つある。
認知、理解、共感だ。
認知とは、知ってもらうこと。相手の視界にも入っていないのであれば、それはこの世に存在しないことと同じである。
理解とは、自社の考えや商品のコンセプトまで踏み込んで知ってもらうこと。
共感は、それら考えに文字通り共感し、ファンになってもらうことを指す。
認知し、理解しても、「だからこそ買わない」という選択も当然よくある。
認知し、理解し、共感してこそ初めて、人は商品を購入してくれるのが、ブランディングとマーケティングの両輪である。
高額な商品であればあるほど、人はそのように意思決定する。
そんなことを彼に話したうえで、改めて質問する。
「つまりお前は、車が必要で、トヨタを知ってて、よく知っているディーラーと担当者やし、選択肢に入ったんやん?」
「…そういうてるやん」
「加えて、トヨタのモノづくりを理解し、共感したからこそ、ファンであり続けてるんやろ」
「回りくどいな。その通りやけど、それが俺の婚活の話とどう関係があるねん」
「下心なんか、一切なかったんですけどね(笑)」
「すまんすまん、本題に戻るわ。その前にもう一つ、聞いて欲しい話があるねん。50歳で29歳の女性と社内結婚した、かつての部下の話や」
「なんやそれ、そんなことありえるんか!」
「いや~、本当に当時はビビったぞ。離婚と養育費で生活が厳しいとこぼしてたオッチャンなんよ。それが有名女子大卒の国家資格持ちで、すごく愛嬌のある29歳女性の初婚を掴んだんやから」
もう20年以上も前の話なので、時代の価値観を含め多少の粗相をお目こぼし頂きたい。
結婚報告会を兼ねた部署を挙げての飲み会の席で、思わず女性部下に、こんなことを聞いてしまう。
「なんかすごい悔しいなあ!このオッチャンで本当にいいん?」
「…実は私も、よくわからないんです(笑)」
そしてオッサンも会話に参加すると、なぜ結婚にまで踏み切ったのか、2年ほどの軌跡を2人して説明してくれる。
要約、最初はお互いに何でもない“職場の人”としか思ってなかったこと。
しかしそのうち、任せた仕事がお互いに誠実であり、信じられる同僚だと思えるようになったこと。
そんな日常の中で、恋人と別れたり、ケガをした時など「非日常」のタイミングの心のケアで、プライベートの部分にまで入ることをつい許してしまったと女性は話す。
「下心なんか、一切なかったんですけどね(笑)」
そんなことを照れながら話すオッサンだが、だからこそなのだろう。
自然体ではないアラフィフの世話焼きオヂなど、20代の女性から見たら迷惑どころか、恐怖でしかない。
そんなことで、2年以上の時間を彼女と共有したオッサンは、「認知・理解・共感」をゆっくりと満たすことに、奇跡的に(?)成功した。
そして、同僚皆から荒っぽい祝福を受け、幸せな再婚を果たす。
そんな昔話をざっとかい摘まんで婚活を諦めた友人に話すと、改めて聞いた。
「お前の言う“短期間での条件の突きつけあい”ってやり方の婚活、“認知”で止まってしまうやん。頑張っても“理解”まで行けるかどうかやん?“共感”までたどり着けへんやん」
「…そういうもんやねん
「そうか…。でもな、“共感”抜きでの“高額な買い物”って、カタログだけで車とか家を買うようなもんやろ。フェラーリやタワマン並みのスペック持ちでしか無理やって」
SNSでたびたび見かける、「おごりおごられ問題」「初デートがサイゼリヤ」といった話題もそうだが、こんなものは“認知”の段階にある関係でしか起こりえない論争だ。
理解・共感まで成熟した関係であれば、そもそもお互いの価値観に合わないシチュエーションをわざわざ共有することはないだろう。
まして、おごること・おごられることで関係性の軽重を推し量るなど、それだけで未成熟というものだ。
逆に言えば、“認知の次”に行くためには、その壁を乗り越えるためにお互いにいろいろ頑張らなければならないということでもあるが。
その上で、ブランディングとマーケティングについてだ。
人は必要ないものは買わない。
人は知らないものは買わない。
人は知らない人や嫌いな人からは買わない。
認知・理解・共感の全てが揃って初めて、人はモノを買う決断をしてくれる。
そんな当たり前の事ですら、“知っているのに理解していない”経営者やリーダーが、余りにも多い。
「知ってもらう努力」をし続けることこそ、もっとも投資効率のいいセルフブランディングであり、マーケティングだ。
恋愛や結婚という関係も、きっと同じである。
【お知らせ】
3月24日14時から、なぜ「発信する企業」は顧客を集め続けるのか というセミナーを電通出身のマーケター、弊社倉増が実施します。
ブランディングとマーケティングの基礎を学びたい方はぜひ、下記からお申し込みください。
[adrotate group="46"]
【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
もうずいぶんと昔、27歳で結婚した時に妻が、こんなことを言ったことがあります。
「あんたはチョビチョビしててかわいいから、結婚したんよ」
(意訳:子供みたいで無邪気)
偉そうなことたくさん書きましたが、そんなブランディングなど全く意識してませんでした…。
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
Photo:Hongwei FAN
個人的にすごく感慨深い体験ができたので、書き残しておこうと思います。
先日、「地下謎への招待状2025」にソロ参加してきました。
SCRAPさんが提供している、いわゆる「リアル謎解き」「謎解き街歩き」といわれる系列のゲームです。
バラエティ豊かな謎を解きながら東京メトロで色んな場所を巡り、地下鉄旅を楽しみつつ、最後に隠された謎を解くことが目的のゲームです。
「脱出ゲーム」というと、「限られた空間内で謎解きをして制限時間内に脱出するゲーム」なわけですが、「謎解き街歩き」の方はそれよりもだいぶ時間制限も緩く、かつ色んな場所を見て回ることになるので運動にもなるし、知らなかった街を歩けて見聞も広がるし、個人的には脱出ゲーム以上にお気に入りです。
「地下謎への招待状2025」について、細かい感想を書くとネタバレになってしまうので、ここでは簡単な箇条書きに留めますが、
・めちゃくちゃ面白かった
・SCRAPさんの謎解きでは毎度のことながら、とにかく謎解きキットの出来が良すぎて、「こうくるか」と感動させられることばかり
・謎を解きながら30回くらい「マジか」って呟いた
・「次にどの駅にいくことになるのか」が分からない、電車に乗っている間のわくわく感も素晴らしい
・昔は「ここで立ちっぱで謎を解くのは通行人の邪魔になりそう……」といったシーンや「車椅子の人大変では?」と感じる場面もあったけれど、それも大きく改善されていた
・ただし謎解きの難易度自体はかなり高い(どうしても分からなければヒントサイトで答えも見えるので詰まることはない)
・個人的な事情として、自分が勤めている/勤めていた場所を通る頻度が高く、休日出勤をしている気分を非常にリアルに味わえてしまった上、休日作業をしていた同僚に遭遇までして休日出勤への招待状2025になってしまった点だけが唯一の問題
というくらいになるでしょうか。最後のは本当に私個人の事情なので、謎解きのクオリティとは一切関係ないです。
何はともあれ、謎解き街歩きを遊んだことがある人もない人も、「地下謎への招待状」は非常にオススメなので、是非遊んでみていただければ。3月いっぱい開催しています。
*
それはそうと、感慨深かった話についてです。
実は私、この「地下謎への招待状」に一人で参加したのって、今回が初めてだったんですよ。今までは必ず長男と2人、ペアで参加していたんです。
何故かというと、そもそも私が「リアル謎解き」を遊び始めたこと自体が、長男を遊びに連れていったことがきっかけで、中でもこの「地下謎への招待状」は長男と私共通のお気に入りだったので。
ちょっと昔話をさせてください。
「パパ・ぼく謎解き探検隊」の結成と歴史について
私と長男が初めてリアル謎解きに挑んだのはもう11年前、2015年のことになります。
当時まだ長男は7歳で、一緒に「こどもの国」に遊びにいった時、「タカラッシュ」さんの「トレジャーキングダム」というイベントの幟(のぼり)を目撃しまして、宝探しが好きだった長男が「やってみたい!」と大騒ぎしたのです。
初めての「リアル宝探し」に、長男は当然のようにドはまりしました。子どもの国の遊具で遊ぶつもりだったのに、遊具のことを完全に忘れてしまって、夢中になって園内を走り周りました。
それ以来、長男はことあるごとに「パパ、謎解き行こう!」と言うようになりまして、本当にあちこちの謎解きに参加しました。散歩のついでに行ったこともあれば、わざわざ謎解きのためにビジホ泊まりがけの旅をしたこともありました。
やがて長男は、パパとの謎解き旅について「パパ・ぼく謎解き探検隊」というチーム名をつけまして、「パパは知識担当、ぼくは閃き担当」というようになりました。いや実際、私が解けない問題を、頭が柔らかい長男が閃きで解いてしまうことも多かったんですよ。
長男にとって、もちろん「頭を使って色んな謎を解く」という遊びは楽しかったのでしょうが、それ以上に「自分も役割が持てる」ということも嬉しかったのだと思います。
「謎解き探検隊」でどれくらいのイベントに参加したでしょう、ブログで確認したら少なくとも数十にはなってるみたいですが。
ただ、当たり前の話ですが、子どもはあっという間に成長しますし、子どもの世界はあっという間に広がります。男の子が、そうそういつまでも父親と遊んでくれるわけがありません。
いや、それでもうちの長男って相当付き合いはいい方で、私が開催するアナログゲーム会とか、毎回喜んで参加してくれるんですけど。
長男の大学受験も終わった(幸い第一志望受かりました)ので、そういえば今年は地下謎どうすんのかなと思っていたら、長男ちょっと申し訳なさそうに「今回は友達と行くけどいい?」と聞いてくれました。「いい?」なんていちいち聞く必要はなく、遠慮なくどんどん行っといでと言う他ないのですが、長男にとってもやはり多少は「地下謎」が特別だったのでしょうか。
なんにせよ、友人と地下謎を解いてきた長男が「めちゃくちゃ面白かった!!」と言っていたので、それなら俺も行こうと、初めての地下謎ソロ参加に至った次第なのです。
十年以上続いた長男との「謎解き探検隊」もぼちぼち解散かなということで、今回の地下謎参加は、私にとっての「卒業旅行」でもあったわけです。
いや、別に謎解き自体を卒業するわけではなく、今後も色々参加するだろうとは思うのですが。
「幸せのアンテナ」という考え方について
それはそうと。
今回「地下謎2025」にソロで参加しながら、つくづく感じていたのが、ぼちぼち自分の中の「幸せのアンテナ」を再調整しないとなあ、ということでした。
「幸せのアンテナ」というのは私が勝手に呼んでいるだけで、他にもっといい呼び方があるのかも知れませんが、要は「この人の幸せなら、自分の幸せとカウントしてもいいな」というその対象のことです。「この人が嬉しければ、私も嬉しい」という、その相手。
地下謎を遊んでいて思ったこととして、もちろん遊びとしても楽しかったんですけど、それ以上に「謎が解けて長男が大喜びをしているのを、すぐそばで眺める」というのが私にとってもの凄く大きかったんだな、とは感じるんですよ。
自分だけでなく、すぐそばに「この人が嬉しいと自分も嬉しい」という人がもう1人いたから、2倍、3倍楽しめた。
謎解きを楽しみながらも、あー長男いたら「この謎すげー!」と盛り上がれただろうな、と感じるのは、ちょっとだけ寂しい体験でもありました。
基本的には、「幸せのアンテナ」って多ければ多い程いいと思っているんですよね。「この人が嬉しいと嬉しい」対象がたくさんいる程、人生を楽しめる機会は増える。
私にとって、最大の「幸せのアンテナ」の対象は妻と子どもたちなわけですが、これは必ずしも家族である必要はないと思っています。友人でもいいし、芸能人でもいいし、なんなら漫画やゲームのキャラクターでもいい。
例えば推し活をしてる人って、「自分の中に、推しを対象とした幸せアンテナを立てている」ってことなんだろうなあとも思います。
私自身は、正直この「人の幸せを自分の幸せと感じる」アンテナがかなり鈍い方で、その点結婚して育児ができたことって、私にとってもの凄く幸運なことだったと思っています。本当に本当に、私は妻から、子どもたちから、色んな幸せをもらいました。
ただ、当たり前ですが子どもは親を幸せにするために生きているわけではなく、親の側としてもいつまでも「アンテナ」の対象を子ども全振りにしていくわけにもいかず、ぼちぼちアンテナを再調整、つまり子ども以外の世界にも向けていかないとなあ、と。
多分、どんな世代、どんな時代の親も考えたことなのでしょうが、いずれ当然のように巣立っていく子どもたちが、親の方なんて振り返らずに安心して羽ばたいていけるように、こちらはこちらでよりいっそう人生を楽しむ準備をしていかないとなあ、と。
「謎解き探検隊」の解散と同時に、そんな風に考えた次第なのです。
さしあたっては、もちろん私は妻も大好きで、ただ妻自身は(パズルゲーム好きな割に)謎解きにあまり興味をもってこなかったので、ちょっとずつ視界に謎を増やして、いずれ「夫婦謎解き探検隊」の再結成でもしたいなあと考えているわけです。
今日書きたいことはそれくらいです。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
AIでコンテンツを作れるようになった今、発信において、「人間」が果たすべき役割は、
・他にはない「切り口」を出すこと
・AIの出力結果をチェックすること
の2つに集約される。
平たく言うと、「企画」と「校閲」。
ただし、このうち、後者の「校閲」については、正直なところAIでもある程度代替可能である。
ではなぜ、人間がチェックをしなければならないのかというと、成果物の「責任」を誰かが取らなければならないからだ。
仕事においてはもちろん、
「AIのせいです、私は知りません」
というわけにはいかない。
そのため、「このAIの出力には、私が責任を負っています」という人が必要で、それが校閲の役割となっている。
まだAIに「企画」は出せない
しかし、前者の企画、「おもしろい切り口」を出すという観点からすると、AIはまだ力不足、というのが実感として存在する。
残念ながらAIの出す企画は、普通で全く面白くない。
これは、AIを使って、多少なりともクリエイティブな試みを行っている人ならば、誰でも知っている事実である。
もちろん、ネット上では、多くの「驚き屋さん」たちが、生成AIの性能を褒め称えているのは知っている。
が、正直なところ、「人間のプロ」の水準にはまだ及ばない。
かなりチューニングを行ったプロンプトであっても、「素人が考えそうなこと」を言えるだけだ。
だから、現在の生成AIのアウトプットは、最初の「アイデアの種」の質に大きく依存する。
「能力の高い人間」
が使うと、高い品質のものになり、
「普通の人」
が使うと、普通のもの(つまり面白くないもの)が出来上がるのはそのためだ。
AIに適切な方向づけを行い、AIがどのような情報を参照すべきかを伝えられる人、つまりプロが、AIを使いこなして、大きなパワーを得ているのが現状である。
「テクノロジーは格差を拡大する」を地で行っているのがAIだ。
「AIの出す企画」が人間を超える日は来るか
問題は、これが「時間の問題」かどうかだ。
つまり、5年後、10年後には
「誰でもAIですごいものが作れるから、人間の賢さは意味のないものになる」
といえるかどうか、である。
もっとわかりやすく言えば、
「文章の素人が、AIでベストセラーを生み出す」
「絵の素人が、AIをつかって商業誌で人気漫画の連載をする」
「映像の素人が、AIで映画賞を取る」
「音楽の素人が、AIでヒットソングを作る」
などが、可能となるかどうかだ。
これが可能になったら、本当に人間の頭脳労働は不要になる。
未来予測というものは大抵が外れるので、正直なところ確信めいたことは言えない。
が、可能性としては「ゼロではない」とは言える。
人間の頭脳の差を意味のないものにするほどのAIが出現すれば、もはや頭脳労働は人間がやる仕事ではなくなるだろう。
人間に残された仕事は何か?
そうなったときに、我々人間は、どのような仕事をすればよいのか?
一つは、肉体労働とホワイトカラーのハイブリッドである。いわゆる、エッセンシャルワークに就くことだ。
代表的なのは医師、看護師である。
他にも、小学校の教員、保育士、建設作業員、消防士、農作業員、工員、警察官、配送ドライバー、倉庫員、調理員、ケースワーカー、生活支援員などがある。
これは元経営共創基盤代表の冨山和彦氏の「ホワイトカラー消滅」に詳しい。
[amazonjs asin="B0DJCYLVR6" locale="JP" tmpl="Small" title="ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか (NHK出版新書)"]
そもそも、現在の大半のホワイトカラーは、頭を使って仕事をしているのではなく、単に事務仕事をしているだけなのだから、AIが代替すれば仕事はなくなる。
したがって、頭脳労働は、AIと対等のクオリティで仕事をする「スーパークリエイター」と、経営の責任者である「経営者」「上級管理職」しか残らない、という主張だ。
そして二つ目。
これは私の主観だが、「人間が行うことが欲されている仕事」だ。
裏を返すと
「人間が機械にやらせたいと思わない仕事」
が複数存在する。
例えば、アーティスト、宗教家、運動家、政治家、スポーツ選手、アイドル、など、いわゆる「カリスマ」には、一定の存在価値がある。
それは、「憧れの人に付き従いたい」という、人間の根源的な欲求だ。
一種の偶像崇拝だが、ニーズは大きい。
あるいは裁判官や議員など、司法、立法の中枢は、保守的に人間に占めさせることだろう。
これらは企業経営者のように、「人に責任を取らせること」を欲する仕事だからだ。
それと「営業マン」はなくならない
そして、おそらく無くならないのは「営業マン」だ。
「営業パーソン」と書くべきなのだろうが、泥臭い「営業マン」のほうがイメージに近い。
経営者や顧客のキーパーソンを相手にして、商品の説明を行い、接待をし、顔を出して挨拶を行い、彼らに気に入ってもらうことを目的とする職業だ。
実は営業マンは、ホワイトカラーではなく、「エッセンシャルワーカー」に近い。
といっても、情報提供や提案をするだけの仕事、あるいはインサイドセールスなどは、かなりの部分が自動化されていくだろう。
しかし、人間の情理が必要な営業、たとえば不動産販売、M&Aの仲介、塾への勧誘、生命保険への加入、アパレル販売員、ホテルや旅館の接客、そして中小企業向けコンサルタントなどは
「人から買いたい」
「この人の誠実さを信頼する」
という人間関係そのものが商品の一部になっているため、AIに代替されずに残る可能性が高い。
「キーパーソンに気に入られて、取引が始まる」ということは、人間の本質をついている。
「責任者」「リーダー」「カリスマ」を人間がやっている以上、彼らに「直接のサービス」や「人間のインターフェース」を提供するための「人間がやる仕事」が残っていく、というのが近未来の労働の主役になるだろう。
そういう点から見ると、今よりもAIがはるかに賢くなっても、「人間の仕事」は当分、無くなりそうもない。
【お知らせ】
3月24日の14時から、なぜ「発信する企業」は顧客を集め続けるのか というセミナーを実施します。
上の話の根底に通じる部分、「人間は人間に惹かれる」という部分をビジネスに落とし込んだ話をするので、興味がある人は以下のページから。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書
[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]
どうもこんにちは、しんざきです。段々あったかくなってきましたね。毎年この時期になると原因不明の鼻風邪にかかるんですが、遅めのインフルエンザでしょうか。
この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。
・リモートワーク環境下で、一部の新人・中途さんが伸び悩んでいました
・原因の一つは、「仕事が分からない」を言語化できず、特にリモート環境だと気軽に質問・相談できないことのようでした
・文字だけで質問・相談のやり取りする際には、高い言語化能力か、遠慮のない質問力が必要です
・「じゃあAIに聞けば?」となるかも知れませんが、ただ「分からない」だけだと、たとえAIに投げても適切な答えは得られません
・「なにがわからないのか」を明確にして、人に投げられる質問に成型するためにAI相手の壁打ちを使ってみようと話して、生成AIとのやり取りをある程度テンプレ化してみました
・最近、「質問の適切な言語化」にも慣れてきたようで、だいぶ質問できるようになってきました
・「AI使っても仕事わからん」となっている人は、「答えを得る」ことではなく「何が分からないのかを明確化して、知ってそうな人に投げられる状態にする」ことを目標にしてみるといいのではないでしょうか
以上です。よろしくお願いします。
さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。
リモート環境では、「分からない」を言語化する能力で実力の伸び具合が変わってくる
みなさん、普段、遠慮なく「質問」「相談」って出来てますか?
仕事上で何か分からないことが発生した時、「取り敢えずこの人に相談すればいいや」って相手、いるでしょうか?
何度か書いている通り、しんざきはRDBMSを軸足に色々やるITエンジニアでして、自分で動きながら部下もマネジメントする、いわゆるプレイングマネージャーの立場で20年近く働いています。
そのため、新人さんを指導する立場になることもちょくちょくありまして、毎年そこそこの数の新人さんを見ています。タスクを直接管理することもありますが、メンターやアドバイザー的な立ち位置で指導する機会も多いです。
指導する側として、以前から悩んでいたことなんですが、「リモート環境だと細かい疑問をフォローしにくい」という問題があります。
めっちゃ新人指導しにくい。
もちろん、入社当初、ある程度仕事が回るようになるまでは、対面でつきっきりで指導します。それは前提です。
その上で、当たり前のことですが、配属されたばかりで即仕事が十分できる人はいませんので、周囲は色んな面でフォローして、ちゃんと働けるようにお手伝いしてあげないといけません。
これはどんなに仕事歴が長い人でも同じで、「放っておくだけで勝手に自走して、成果を出せるようになる」人は、全くいないとはいいませんが激レアです。新卒だろうが中途だろうがその点は同じです。
大きな問題の一つとして、
「「分からない」を拾いにくい」
「だから「言語化能力が高い人と低い人で大きな差が出る」
という点があります。
まず、リモート前の環境ならできたはずの細かいコミュニケーションや相談が、リモート環境だともの凄くやりにくいんですよね。
仕事のやり方を教えるにしても、その場で相手の表情を見ながら教えるのと、画面を見ながら教えるのでは、やっぱり得られる情報量も違うし、細かいフォローのしやすさも違うじゃないですか。
例えば仕事についての説明でも、対面なら
「あ、今はちゃんと理解してるな」
「今はちょっと目が泳いでるな、あとでここ確認しないとな」
とか、細かい情報からフォローを手厚めにしようとか、教え方の方針を変えようとか判断できたんですが、やっぱり画面越しだと気付かない部分も多くって、どうしてもフォローが行き届かないところが出てしまうんですよ。
以前の対面環境ならちょっと席を立って話しかけに行ったり、雑談混じりに質問を受けたりといったこともできたんですが、それもリモートだとなかなか難しく、「ちょっとした雑談」ベースの情報交換というのが大変やりにくくなっております。
もちろん、指導する側としても色々工夫はしていて、なるべく相談・雑談しやすい環境を作ろうとしてはいるんですが、自分も他の仕事をしながら見ている関係上、遺憾ながらそれにも限界はあります。
こういう状況で何が起きるかって、どうしても「質問する力」「疑問を言語化する力」で実力差がつきやすくなっちゃうんですよね。
つまり、仕事をしていて分からないことが発生する。先輩や上司に聞かないといけない。
けれど、そもそも「どこが分からないのか」が自分でもよく分からないので、どう質問をすればいいのか自体分からない。上司も忙しそうだし、さすがに「何がなんだかわかりません」とは聞きにくい。
これ、例えばTeamsやチャットで先輩に質問を投げる時って、文字ベースのやり取りになるので、
「どこが分からないのかを文章と質問事項にまとめて、先輩に投げられる形に整形しないといけない」
という点で、余計にハードル高いんですよね。
「じゃあ自分で調べるか」ってなっても、これまた何が分からないのか分かっていないので、適切な結果を引き当てることはできない。
そのまま時間だけがずるずる過ぎてしまって、「こんなに時間が経ったのにこれしかできてないの?」と言われるのが怖くて、ますます相談しにくくなってしまう。
悪循環ですよね。
こういう状態でも、構わずバンバン質問を投げてこれる人というのは、実際います。以前この記事でも書いたんですが、「何をどう困っているのか」をちゃんと言語化して説明することができる人。こういう人はすごく伸びます。
昨年入社した新人さんが、あまりにも助けを求めるのがうまくて、「こいつ人生二度目か?」と思った話。
ところがですね。去年入った件の新人さん、この辺のことが殆ど最初からできているんですよ。なんでしょう、大学や大学院時代の指導がよほど良かったんでしょうか。
まず、手遅れになる前にちゃんと「ここが分かりません、できてません」と言える。それだけでも偉いんですが、その背景として「今○○が目的の作業をしてるんですが、ここが分からなくてできてません」と、ちゃんと「作業の目的」と「できてない箇所」を最初の時点で説明できている。
ただ、やっぱりそういう「質問力」みたいなもので、新人さん同士でも実力の伸び具合に大きく差が出てしまうのは確かな話でして。そういうのって上司の責任なんで、私が解決しないといけません。
「曖昧な状態でも聞いてくれていいからね」とか「同じこと何度も聞いてもいいからね」とか、色々フォローをしようとはしつつ、なんとかしないとなーと思っていました。
AIに「答え」を求めてしまっている新人さんとの会話
で、もう半年くらい前の話なんですが、なかなか相談できないで仕事を抱えちゃう傾向がある新人さんに、何度か話を聞いてみました。
1 on 1って言い方だと構えちゃう人がいるんで、休憩中の雑談ベースで。
私はその人の直接の上司ではないので、細かいタスク状況は知らないんですが、色々苦労しているっぽいという話は共有されていました。
私「お疲れさまー。コーヒー飲みます?」
新人さん「あ、いただきます」
私「(ちょこちょこ雑談してから)そういえば最近○○の仕事振られたでしょ。どんな感じです?」
新人さん「あー……色々分からないところが多くて……」
私「どの辺が分からなそうです?XXさんがあの分野超詳しいけど」
新人さん「えーと……ちょっと、分からないところが多すぎて、どう聞けばいいかが……XXさんすごく忙しいですし、ちゃんと整理してからと思って」
大体想定通りです。まあ、そもそも上司に質問を投げるのに遠慮は要らないんですが、
「全然曖昧な状態で投げて手をとらせるのは申し訳ない」
という気持ちはよく分かります。
じゃあAIならいいんじゃねえの、と思いまして、
私「ちなみに、会社のAIbotとか使ってみました?あれ使い倒してもいいと思うんだけど」
新人さん「使ってはみたんですけど、なんかそれっぽい答えは返ってくるけど、やっぱり理解できなくて」
なるほどなーと思いました。
これは、分かっている人にとっては今更の話だと思うんですが、AIは「自動的に答えを教えてくれる装置」ではありません(正確にはプロンプトの作り方によりますが、一旦おいておきます)。
自分がよくわかっていない状態で、曖昧な質問だけを投げても、一般的な答えしか返してくれません。
RAG(その組織の知識を利用できる仕組み)を使ってるかどうかなんて関係なく、疑問の答えを得るためには、ある程度「明確な問い」が必要なわけです。
彼は、「疑問点が曖昧なまま、その答えだけをAIに聞いている状態」に見えました。
その場合、AIとのやり取りは「答えを聞く」ためではなく、「疑問点を明確にする」ために使うべきです。
その上で、AIとのやり取りだけで疑問が解決するならそれでいいですし、解決しないなら「明確になった質問」を他の人に投げればいいわけです。
私は、「じゃあ、「答えを出すところ」じゃなくて、「疑問点、質問点を明確にして、XXさんに投げられるようにするまで」を目標にしてみるのはどうですかね?」と言ってみました。
ある程度具体的なテンプレを提示してみました。こんな感じです。
1.まず、「自分が今やろうとしていることは何か」「現時点で知っていること」「どの辺が曖昧か」などの状況をそのまま書く(歯抜けでも全然よい)
2.AIに足りない情報をインタビューさせる(「上記の目的のために、抜けていると思われる情報はなんですか?」)とか聞けばいい
3.壁打ちしながら「何が足りないか」が分かったら、AIに聞いて解決するならそれでいいし、「その疑問点を上司に質問したいと思います。質問のポイントをまとめてください」と伝えて質問を形成させる
4.適当に整形して上司にもっていく
ポイントとして、「何度も壁打ちしながら、段々具体的にしていく」というところですよね。会社の上司と違って、AIにはいくらでも時間があるので、何度適当な質問を投げても怒られない。
解決しなくてはいけないのは、「分からない」ことではありません。「何が分からないのか分からない」という、その状態です。そこさえ解決できれば、あとは分かる人に聞けばいい。
だから、「自分は何が分からないのか?」ということを突き詰めないといけない。そのためには、「ここまでは分かるんだけど、あと何が足りない?」を壁打ちしていくのが一番速い。
「質問できるところまでたどり着く」ためにAIを使えばいいんじゃないですか、とアドバイスしてみたわけです。
人間って、「入出力するだけ」で段々疑問点を明確にしていけるので、「とにかくやり取りをする」だけでも全然効果があるんですよね。キャッチボールは、何度も続けないと意味がない。そこを上手いことやれるといいなーと思いました。
「質問力」「疑問の言語化能力」はとても重要だが、ある程度はAIで補える
こういうアドバイスって刺さる時もあれば刺さらない時もあるんですが、上記の新人さんには刺さったらしく、その後割とすぐ、結構色々な質問が出てくるようになりました。
当初は「質問できる人と、随分差がついちゃってるなあ」と思っていたのが、段々埋まってきました。
「分からないところを言語化する」ってある種の訓練なんで、何度もやってる間に自分だけでもできるようになっていくんですよね。
いわば補助輪つきの自転車みたいなもので、AIを「答えを得るためのタクシー」ではなく「問いを明確化するための補助輪」として使ったことで、自走もできるようになってきた、とも言えるかも知れません。
「質問力」「疑問を言語化する能力」がリモート環境下でもの凄く重要だ、というのは変わっていないと思います。むしろ、AIも使える今の環境では、重要性はますます上がっている。
ただ、AIを使っても伸びない人の多くは、「疑問を明確化する前に答えをもらおう」としてしまっている。
実際、この先いろんな仕事をする上で、一番価値があるのは「適切な問いを立てられる」ことなのに、そこを飛ばしてしまっているわけです。
現時点で「疑問を言語化する能力」が低い人でも、思考の方向性をちょっと変えて、「答えを得る」ためではなく「問いを作る」ためにAIを使うだけでも、疑問を言語化する力は鍛えられるかも知れませんよ、と。
そういう話でした。
今日書きたいことはそれくらいです。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
Photo:Edwin Andrade
訳あって、アンダークラスについてちょっと調べている。この言葉は、なんらかの階級を指し示しているようで本当はそうではない気がしていたからだ。
そのうえで、私が診察室の内と外で見てきたアンダークラスらしき諸現象も思い出しながら、個人的な所感を付け加えたい。
まず、アンダークラスとはなにか。
これはそのものズバリ、そういう新書がまとめられているので参照する。(注:この文章で引用されているグラフも以下の新書からの引用です)
[amazonjs asin="B07L4KB94J" locale="JP" tmpl="Small" title="アンダークラス ──新たな下層階級の出現 (ちくま新書)"]
著者は、はじめに永山則夫の言葉を引用しルンペンプロレタリアート(モノ持たぬ労働者階級)に言及したうえで、アンダークラスについては以下のように定義する。
……そして底辺には、低賃金で不安定な非正規労働者の大群が形成されていて、その数と全体に占める比率は、増大を続けている。そしてこの構造は社会不安の大きな源泉になっている。
ここで非正規労働者のうち、家計補助的に働いているパート主婦と、非常勤の役員や管理職、資格や技能をもった専門職を除いた残りの人々を、「アンダークラス」と呼ぶことにしよう。その数はおよそ930万人で、就業人口の15%ほどを占め、急速に拡大しつつある。
……平均年収はわずか186万円で、貧困率は38.7%と高く、とくに女性では、貧困率がほぼ5割に達している。仕事の種類は、マニュアル職、販売職、サービス職が多く、具体的には販売店員、料理人、給仕係、清掃員、レジ係・キャッシャー、倉庫夫・仲仕、介護員・ヘルパー、派遣の事務員などである。平均労働時間はフルタイム労働者より1~2割少ないだけで、多くがフルタイム並みに働いている。
管理職や役員や専門職を除外した、非正規労働者で低収入の雑多な職種の人々がアンダークラスであるという、かなりざっくりとした定義がうかがえる。なお、本書はコロナ禍の前に著されているため、今日ではもう少し平均年収は高いかもしれないが、いずれにせよ低収入である点は変わるまい。
同書によれば、このアンダークラスという言葉を現在に近い意味で最初に用いたのは、スウェーデン出身のミュルダールという経済学者が最初であるという。
アメリカ社会の大多数は教育を通じて社会的/経済的移動が盛んで、また可能だが、そうした大多数の下には失業や不安定雇用が長引きやすく社会的/経済的移動が困難な人々があるという。その、社会的/経済的移動が可能か不可能かのボーダーラインより下に位置するのがアンダークラス、というわけだ。
その後アメリカでは、アンダークラスという言葉が素行の良くない人々へのレッテルとして用いられたり、福祉政策への依存により生み出されたものとみなされたりするなかで、「救済に値しない人々」といったニュアンスを帯びるようになっていった、ともある。
アンダークラス≠労働者階級
これらを踏まえたうえで、じゃあアンダークラスとは何か? を私なりに咀嚼しようとした時、それは「いわゆる労働者階級」とイコールではないな、と感じずにはいられなくなる。
かつて、「階級」という人々の区切り方があった。支配階級~中間階級~労働者階級とか、ブルジョワ階級~プチブル階級~労働者階級といった、特にヨーロッパ社会で用いられてきた区切り方だ。この階級という考え方のなかでは、労働者階級が一番下の階級、とみなされている。
では、アンダークラスはそのまま労働者階級とみて良いのか? とてもそうは思えない。そもそもアンダークラスは非正規労働者であって正規労働者ではないし、その内実は雑多だ。実際、『アンダークラス』の著者・橋本健二はこう書いている。
これまでの日本の労働者階級は、資本主義社会の底辺に位置する階級だったとはいえ、その大部分は正社員としての安定した地位をもち、製造業を中心にそれなりの賃金水準を確保してきた。
これに対して激増してきた非正規労働者は、雇用が不安定で、賃金も正規労働者には遠く及ばない。しかも次章でみるように、結婚して家族を形成することが難しいなど、従来からある労働者階級とも異質な、ひとつの下層階級を構成し始めているようである。
労働者階級が資本主義社会の最下層の階級だったとするならば、非正規労働者は「階級以下」の存在、つまり「アンダークラス」と呼ぶのがふさわしいだろう。
労働者階級はいわゆるブルーカラー層にあたる。だからといって非正規労働者ではない。
逆に、アンダークラスだからといってブルーカラー層にあたるとも限らない。旧来の三つの階級の外側の存在とみるなら、アンダークラスという名称にも納得できるというものだ。同書所収の調査結果からも、それはうかがえる。

これを見ると、アンダークラスには事務職が少なからず含まれている。
仕事の種類からいえば、これはブルーカラー層というよりホワイトカラー層、労働者階級というより中間階級やプチブル階級と呼ぶべき人々である。
学歴にも注目したい。非アンダークラスと比較して中卒者が多く大卒者が少ないとはいえ、それでも、決して少なくない割合の大卒者が混じっているのである。
だから、少なくとも日本のアンダークラス=零落した労働者階級とみるのは正しくない。零落した中間階級、持続不可能になったプチブル階級もかなり含まれたまとまりとみるべきなのだろう。
関連して、アンダークラスの貧困率や性差も興味深い。


男女年齢別の貧困率、生活満足度についての調査結果を見ても、この、アンダークラスなるものが一律でも一枚岩でもない、さまざまな属性を持つ人々であることがうかがえる。
もちろん著者も、年金を取得している高齢者は、若年者とは様子が違っていることには自覚的だ。著者はそこから、アンダークラスを年齢や性別により四つのサブタイプに分類していく。
が、そのあたりについてはこの文章の主旨からは逸れるので興味のある人は『アンダークラス』をお読みになっていただきたい。
階級にふさわしいハビトゥスや趣味は、アンダークラスにありや?
ここからは、私自身が診察室の内外で見聞きしたことも踏まえながら個人的な所感を書くので、そのつもりでいてください。
雑多な属性を持った一群だから仕方ないかもしれないが、私は、アンダークラスに当てはまる人々に固有のハビトゥスや趣味を感じ取ることができない。
アンダークラスだから○○を特異的に愛好しているとか、アンダークラスだから××のような仕草をしがちといった、階級固有の「やりかた」「処世術」「嗜好」といったものは想像できない。
階級にふさわしいハビトゥスや趣味といえば、社会学者のブルデューが『ディスタンクシオン』でまとめたものを私は思い出す。そ
こでは、支配階級、中間階級、労働者階級それぞれには選びがちな趣味があり、それぞれにありがちな所作やハビトゥスがあるとされている。
たとえば労働者階級は実用性に即して趣味を愛好し、中間階級は上昇志向的に即して趣味を愛好し、支配階級は実用性から距離を取った趣味が選択できると同時に、余裕ある趣味態度をつくりがち……といった具合だ。
そうした趣味選択や趣味態度には、それぞれの階級の経済事情や他階級に対する卓越性の提示が染み込んでいる。
たとえば中間階級の勤勉な趣味態度は、支配階級に近づきたい上昇志向を遂行する推進力たり得ると同時に、労働者階級に対してみずからの卓越性を示す証拠ともなる。
他方、労働者階級は中間階級とは異なる趣味態度をとおして、勤勉さという中間階級のモノサシから心理的距離を取ることができ、そのおかげで無用の劣等感を抱えずに済むだろう。
ポール・ウィリス『ハマータウンの野郎ども』やリチャード・ホガート『読み書き能力の効用』に記されている労働者階級のハビトゥスや趣味も、そのような性格を併せ持っているものだった。
[amazonjs asin="4480082964" locale="JP" tmpl="Small" title="ハマータウンの野郎ども ─学校への反抗・労働への順応 (ちくま学芸文庫)"]
[amazonjs asin="4480512179" locale="JP" tmpl="Small" title="読み書き能力の効用 (ちくま学芸文庫 ホ-26-1)"]
このように、ブルデューが『ディスタンクシオン』でまとめたそれぞれの階級に固有のハビトゥスや趣味は、それぞれの階級の社会的適応や心理的適応に貢献する一面を持ったものとしても読み取れる。
たとえそれが、融通無碍なものではなく、ときには呪わしい一面をみせるかもしれないとしてもだ。
しかし、アンダークラスとまとめられる人々には、こういった固有のハビトゥスや趣味が見当たらない。
アンダークラスに該当していそうなさまざまな人々の実観測でも、そのハビトゥスや趣味は雑多というほかなかったと思う。労働者階級っぽさが感じられる人もあれば、中間階級っぽさが感じられる人もある。ハビトゥスや趣味といえるものが失われてしまっているとみえる人もいる。
そもそも日本では、ブルデューが1970年にフランスでまとめたような、ヨーロッパ的な階級と階級意識は乏しいように思われる。
戦前はさておき、太平洋戦争やGHQの施策などをとおして貧富の差が少なくなり、”一億総中流”という言葉すら生まれた後の日本社会では、労働者階級と中間階級の境目ははっきりせず、支配階級も目立ちにくい。
少なくとも、読む新聞も話す言葉も通う飲み屋もまるきり違うほどの差異は、日本ではみられない。
Xの行儀の悪い領域では、ときどき「○○はアンダークラスの趣味」といったメンションを見かけることがある。
しかし納得できるものを見たことはない。
ましてや、アンダークラスの社会的適応や心理的適応に貢献もしているハビトゥスや趣味となると尚更だ。ハビトゥスや趣味の桎梏から自由であるとも言えるが、ハビトゥスや趣味に守られている度合いも薄いのだろう。
特に中間階級的な上昇志向を内面化したまま、勤勉にアンダークラスを続けるのは、きついことのように思われる。
くだんの『アンダークラス』の後半には、アンダークラスの人がそうでない人よりもメンタルヘルスの問題に多く直面している統計的データが記されているが、中間階級的な上昇志向を内面化した零落した中間階級の人ほど、アンダークラスという状況に葛藤をおぼえるように推察した。
世代再生産が成らないなら階級っぽくない
それからもうひとつ。
前述の古典的な階級は、親から子へと継承されがちなものだった。支配階級の子どもはそのハビトゥスや趣味がアドバンテージとなり、同じく支配階級になれる確率が高い。
ときには、経営者の子が弁護士となったり弁護士の子が大学教授になる等、サブカテゴリが移動することは、ある。また正統な継承ではないとしても、支配階級の子がメディア産業やサブカルチャー領域に転じて活躍することも少なくない。
そうやって、ハビトゥスや趣味は階級間移動や階級内サブカテゴリ間の移動を伴いつつ、世代から世代へ続いていくものだ。
しかし、そうした営みが続くためには、どうあれ世代再生産が必要になる。逆に言うと、世代再生産が持続してきたからこそ階級という社会的/文化的まとまりが存在し続けてきた、とも言い直せるかもしれない。
ところが、ここでいうアンダークラスは世代再生産が成っていない。
世代再生産の適齢期のアンダークラスに絞って言えば、アンダークラスは子どもをなかなかもうけることができない。
特に男性においてその傾向は顕著だ。かつての労働者階級とは異なり、アンダークラスは世代を紡いでいくことができない。だとしたら、アンダークラスは世代を跨げず、そういう意味でも階級たりえないようにみえる。
なかには子をもうけられたアンダークラスもあろう。しかし、アンダークラスがそれそのままに子どもを育てることは今日とても難しい。
中間共同体がさまざまなリソースや経験を提供・共有していた時代が去った今、子育てにまつわるあらゆるリソースは親が直接伝授するか、購入可能な分野ならば金銭で贖わなければならない。
それができなければ、渡世のリソースとなる学力もスキルもハビトゥスや趣味も乏しいまま子どもは社会へ、その前段階としては学校へ放り出されることになる。
私が世の中を眺めて思うのは、実際には、アンダークラスの家庭に育った子どもが社会や(その手前の)学校で不適応を呈したりメンタルヘルス上の問題を呈したりすることは、かなり多いということだ。
アンダークラスという状況は子世代の不適応やメンタルヘルス上の問題を引き起こしやすいようにみえる。
と同時に、親子どちらかの社会不適応やメンタルヘルス上の問題がアンダークラスという状況を招き寄せる場合もあるようにみえる。
だから、アンダークラスという階級……というより状況は、経済的な問題が原因/結果になっているだけでなく、心理的な問題が原因/結果になっているようにもみえる。
もっと一般化した表現を試みるなら、
「経済・心理・社会的な諸資源の総合としての世帯が回らなくなると、アンダークラスという状況が到来する」
といったところだろうか。
アンダークラスという状況にはセルフネグレクトの問題も近接しているはずで、ここも、経済・心理・社会的な諸資源の欠乏が見え隠れする領域だ。
中間共同体がほとんどなくなった今、理論上、そうした領域への援助は社会契約に基づき国や自治体を経由して行われるべきかもしれないが、実のところ国や自治体やボランティアはそこまで小回りがきかないし、プライバシーという別の問題との兼ね合いもある。
ともあれ、世代再生産という見地から見てもアンダークラスは従来の階級とは違った何かに見え、かつ、これが大きな社会問題であるとは想像しやすい。
社会問題として、この方面についてもう少し知ってみたいなと今は思っている。
[adrotate group="46"]
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

Photo:Steve Mushero
「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」
「何?」
「評価が公平じゃないと思うんですよ。」
「具体的には?」
「例えば、昇進の条件です。シニアコンサルタントになるためには、Aランクの顧客を2社以上担当しなければならない、ってあります。」
「うん、何もおかしくないと思うけど。」
「でも、Aランクのお客さん自体、うちの部署では、4、5社しかないじゃないですか。普通に考えたら担当できないと思うんですけど。」
「担当させてもらえるように頑張りなよ。同期の滝川さんは、こないだアサインされたよ。」
「知ってます。なんで彼がアサインされたんですか?」
「優秀だからじゃない?」
「どういう基準で優秀だとみなされたのか、わからないんですよ。」
「評価基準のシートを見ればいいじゃない。」
「あの基準、抽象的でよくわからないんですよ。「1億円以上のプロジェクトをリーダーとして遂行できる能力がある」とか。」
「具体的だと思うけど。」
「どうすれば、Aランクの顧客を担当させてもらえるんですか?それを知りたいんです。」
「Aランクの顧客を担当できるくらいの能力がある、とみなされたら、アサインされるんじゃない?」
「だから、その基準が……」
「唯一言えるのは、すでにあなたより滝川さんのほうが、昇進にふさわしい、とみなされているということ。」
「だから公平ではないって言ってるんです。」
「そうだね。」
*
「先輩、うちの会社、ひどくないですか?」
「今度は何?」
「AI研修があるらしいのですけど、それを受けられる人って、全員じゃないんですよ。」
「知ってる。」
「課長がAI研修の対象者を選ぶ、ってことになってますよね。」
「そうだね。AI研修も安くないからね。自分で勉強すれば?」
「課長はどういう基準で、対象者を選ぶんですかね。」
「AIをうまく活かしてくれそうな人にするんじゃないかな。もう決めたって言ってたけど。」
「え、そうなんですか。何も聞いてないんですけど。」
「あなたは対象者じゃないんじゃないかな。」
「どういう基準で選ばれるのか、公表されてないのはおかしいと思うんですけど。」
「なんで?」
「不公平じゃないですか。」
「誰が優秀なのかは、上はみんなわかっていると思うよ。」
「どうしたら「優秀だ」ってみなされるのか、全くわからないんですけど。」
「そうだね。」
*
「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」
「そうだね、ひどいね。」
「ちゃんと聞いて下さいよ。」
「もちろん聞いてるよ。」
「有給の申請をしたんですけど、ダメだと言われたんです。」
「ほうほう。」
「休みたいときに休めないなんて、おかしいと思いません?」
「そうだね、おかしいね。」
「もう宿とか、取っちゃったんですよ。」
「それは困るね。」
「そしたら上から、「そこは期末の追い込みで、ギリギリ目標行くかどうかだから、なんとか休みの次期をすこしずらせないかな」って、言われました。」
「頼られてるじゃない。」
「そうなんですけど、前から計画してたんですよ」
「会社は有給に関しては、時季の変更権があるからね。でも、なんで期末は忙しいってわかってて、そこを外さなかったの?」
「好きなときに休みを取る権利があると思うんです。」
「そうだね。好きに休めばいいと思うよ。」
*
「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」
「ひどいよね。」
「いや、今回も本当にひどいんですよ。」
「どうしたの?」
「社内公募があったんです。新規事業の企画担当。」
「知ってる。」
「応募したんですよ。」
「うん。」
「落ちたんです。」
「そうなんだ。残念だったね。」
「で、選ばれたのが、また滝川さんなんですよ。」
「滝川さん、忙しいね。」
「選考基準が全くわからないんです。何を見て判断したのか、説明もなかった。」
「人と企画を見たんじゃないかな。」
「だから、その基準を聞いてるんです。」
「僕も知らないよ。あ、でもちょっと聞いたな。滝川さんは、事前に企画の素案を三つくらい作って、部長に持っていったらしいよ。」
「……それ、ずるくないですか?」
「なんで?」
「そういうことをしていいって聞いてないですよ。」
「そうだね。」
*
「先輩。」
「うん。」
「僕、この会社に向いてないんですかね。」
「急にどうしたの。」
「いや、ずっと思ってたんですけど。」
「うん。有給とかアサインの件とか?」
「それもありますけど……もしかして、自分は嫌われているんじゃないかと思いまして。」
「別に嫌われてはないと思うよ。」
「好き嫌いで評価されていて、嫌われてしまったらどうしようもないですよね。」
「好き嫌いで評価されているわけではないと思うよ。」
「絶対に嫌われていますよ。」
「そうだね。」
「先輩は理不尽だと思わないんですか?」
「何が?」
「この会社の評価です。」
「そう?評価は明確だと思うけど。優秀な人がアサインされて、社内営業がちゃんとできるひとが、希望する仕事ができる。わかりやすいよ。」
「僕がダメだって言ってるんですか?」
「そうは言わないよ。より優秀な人がいるだけ。」
「じゃ、どういうことですか。」
「会社で望んだ地位や仕事、結果を得たいなら、自己評価より、上司とか周りの評価のほうが重要だってことじゃない?」
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書
[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]
Photo:Museums Victoria
いぬじんさんの「子供の中学受験が終わった」という記事を読んだ。
「中学受験かぁ、懐かしいな」と思った。
いぬじんさんはもうすぐ50歳だそうだ。ということは、彼は現在50歳の私と同学年か、一つ下なのだろう。
この年齢でこどもの中学受験に伴走するのは、さぞかし大変だったろうな。
結婚と出産が早かった私は、すでに子育てをほぼ終えている。
長男はとっくに大学を卒業し、就職して自立しており、長女はまだ大学生だけれど、成人式を終えた大人である。
なので、私が子供達の中学受験に血道を上げていたのも、今から10年〜15年ほど前の話だ。
当時の自分がどんな風に子供の中学受験に取り組んでいたのか、先月閉鎖したライブドアブログに記事が残っていた(現在は非公開)ので、編集した上で、ここに転載しておこうと思う。
2017年2月20日に書いた記事なので、今からちょうど8年前の出来事を綴っている。
**********************************************
■ニーナさんはダイヤモンドが好き
あー、寒いんだかぬるいんだか、よく分からないお天気ですね。
今日はあれですよ、あれの日。
中学入試の合格発表の日ですよ!
受験生のいるご家庭は、今この瞬間もドキドキしながら合格者掲示の時間が来るのを待っているのでしょうね。(注:当時はまだインターネット上の合格発表がなかった)
いやー、私も行った行った。あれはン年前の合格発表の日。今日と違って晴れてた気がする、覚えてないけど。
世間には学校を休ませたり、早退させたりする親もいると聞いていましたが、「そんな理由で学校休むとか早引けるってどうなんだろう?」と思った私は、ちゃんと息子を登校させました。
夕方に息子が息を切らせて学校から帰ってきて、二人で受験した学校(中高一貫の私立校)へ行って、
「やったぁあああ!ばんざーい!」
って、二人で叫んだよね。飛び跳ねました。
そりゃ、嬉しかったですよ。だって、うちは受験勉強をする時間がたった10ヶ月しか無くて、10ヶ月間みっちり二人三脚で、毎晩深夜12時とか、遅くなると1時過ぎまで一緒に勉強しましたから。
都会で生活していた頃は、生活に余裕がなくて、息子を塾に通わせられなかったんです。公立中学校に進学させる気でいました。
それが、結婚生活が破綻し、地元に帰ることに。
そして、教育熱心な私の実家のサポートを得たことで(親が塾代を払ってくれた)、急遽中学受験をすることになったのです。
けれど、
「え?偏差値に20台ってあるんだ?」
ってレベルからのスタートでした。その時点で、すでに息子は小学6年生で、4月も半ばっていう...。
あの頃は、前夫と別居したり、離婚したりもしながら、息子の4教科の成績が偏差値20〜30台だったのを、10ヶ月で60〜70台に持ってくのに集中しました。
あ、ちなみに偏差値20台と言っても、息子は小学校では全く落ちこぼれてなんかいませんでしたよ。むしろ賢いって言われているくらいでした。
要するに、公立小学校でやる義務教育の内容と、塾でやる受験勉強の内容に差がありすぎるのです。びっくりしちゃうよね。
あの時は、いわゆる母親(私)の狂気と、受験生本人である息子の短期集中型努力の甲斐あって、無事に志望校の合格を勝ち取りました。
あれからいくつもの春が巡って、今度は娘の番です。
残念ながら、娘は息子ほど受験に対する意欲も集中力もなく、小5の春から塾に通い始めましたが、成績は低空飛行のまま。
そこで、「このまま塾に任せてはおけない」と、息子の時と同様に、また私が横に張り付いて一緒に勉強することに。
昨日は、理科のテキストを復習しました。
内容は、空気や水の温度による変化についてです。
「気体の体積は温度が1℃上がるごとに、0℃の時の体積の273分の1ずつ増えます」
にひゃくななじゅーさんぶんのイチ…
何なの、この中途半端な数字は?法則が分からねー…。
息子と違って、分からなくても数字をともかく丸暗記していくっていう勉強スタイルが苦手な娘には、これは覚えられないだろうなぁ。
お次は水です。
「水は0℃ではなく、4℃のとき体積が最も小さく、温度がそれより上がっても下がっても体積は増えます」
何これ? もう0℃でいいじゃんっていうね。なぜ4℃なのかっていうね。
理数系が苦手な私には、このあたりを科学的に説明することができません。
仮に説明できたとして、うちの娘が理解できるとも思えない。ともかく今は暗記させるしかないんだけど、さて、こういう中途半端な数字をどうやって覚えさせようか...。
そこで、私が考えた語呂合わせがこちらです。↓
私「いい?ここにNinaさんという女の子がいると思ってね。気体の体積の変化の割合はニーナさん(273)で覚えなさい。」
娘「イタリア人なの?」
私「イタリア人かもしれないし、ドイツ人かもしれない。少なくともヨーロッパから来たことだけは確かね。
ところで水の話だけど、4℃といえば、そういう名前の有名なジュエリーブランドがあるのよ。ほら、こういうの。綺麗でしょ?」(パソコン画面で4℃の公式HPを見せる)
娘「わぁ、綺麗!」
私「でしょう? だからね。水の体積はダイヤモンドって覚えなさい。いい? ニーナさんはダイヤモンドが好きなのよ。
では、要点チェックです。空気は温度が1℃上がるごとに、0℃の時の体積に比べてどのような割合で増えますか?」
娘「ニーナさんぶんのいち!」(273分の1ってちゃんとノートに書けました)
私「よくできました。では、同じ重さで比べた時、水の体積がもっとも小さくなるのは何℃の時ですか?」
娘「4℃!」
私「はい、よくできました。今日のポイントは『ニーナさんはダイヤモンドが好き』ですよ! しっかり覚えておきましょう。いいわね? 女の子はダイヤモンドが好きなの。」
夫「ひどい教えかただな」
あら、そうかしら? いい語呂合わせだと思ったのになぁ。
**********************************************
今改めて読むと、我ながら何をやっていたんだと呆れもするけれど、親として子育てに励んでいた日々の楽しい思い出である。
結局、娘は中学受験をしなかった。小学校を卒業するタイミングで夫の転勤が決まり、引っ越しをした為だ。
引っ越し先の地域には中学受験の文化がなく、子供たちは住んでいる地域の公立中学校に進学するのが当たり前だったので、娘も家から近い中学校に通った。
その後、娘は中学に入ってからも高校や大学受験を見据えて塾通いが続いたものの、高校へは推薦で入り、大学も総合型選抜で合格が決まったので、考えてみたら彼女は一度も入試でペーパーテストを受けていない。
だからといって、塾通いや受験勉強が無駄だったとは思っていない。
結局のところ、私が子供達に身につけて欲しかったのは学歴ではなく、「学習の習慣」だったのだから。
冒頭で話したように、私は50歳になる。
学校教育を終えてから、もう何十年も経つ。それでも、「学ぶこと」には終わりがない。
私たちが生きている世界は、放っておいても変わり続ける。仕事のやり方も、常識も、価値観も、数年で更新されていく。そのたびに新しいことを覚え、理解して、とにかくやってみる。
それを面倒だと思わずにいられるかどうかは、才能よりも習慣の問題だと思うのだ。
泣いたり笑ったりしながら受験を終えた全国のお父さんお母さんへ。
目の前の結果だけで、どうか一喜一憂しすぎませんように。
受験の合否は、その年の出来事に過ぎないけれど、日常的に学び続ける力は、その後の人生を長く支える基礎体力となるのだから。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
マダムユキ
ブロガー&ライター。
リンク:https://note.com/flat9_yuki
Twitter:@flat9_yuki
Photo by :Aaron Burden
「タクシーに乗る時は、偉い人が一番奥で運転手さんの後ろです。お供の人は後から乗りましょう」
もう30年以上も前のこと、大手金融機関に入社した時の研修で、最初に教えられたビジネスマナーの一つだ。
不思議に思い、マナー講師さんに率直に疑問をぶつける。
「なぜですか?例えば部長とか偉い人は高齢の人も多く、奥に乗り込むのは大変だと思うんです。足が悪い人であればなおさらです」
「運転手さんの後ろが一番、事故の時に安全なんです。宴会などでも、上座は一番奥で下座は入り口に近いところです。同じことです」
「宴会はわかります、入り口で雑用をこなすためですよね?しかし可能性のほとんどない事故に備えるのが、本当に正しいのですか?」
するとマナー講師は、今はわからなくてもいいので奥が上座で手前が下座であると覚えろ、そのうちわかるというようなことを言った。
全く納得感がなかったが、新卒1年生だったこともありおとなしく引き下がる。
しかしそれから30年以上経った今も、“そのうちわかる”ような成長はできなかったようで意味が分かっていない。
さらに言えば、和室の飲み会で床の間を背負うのが偉い人というルールも、いまだに納得できない。
もちろん、床の間は神聖な場所というのが一般的な文化なので、そこに近い場所が上座という理屈は理解できる。
しかし結果として、下座の方が床の間の立派な掛け軸や生け花の美しさを堪能できるというのは、ズルいではないか。
そんなことに疑問を持っていたある日、ホテルラウンジで納得の光景を目にする。
お気に入りの店だったのに…
話は変わるが、今からもう20年近くも前だろうか。
グルーポンやポンパレと呼ばれる、共同購入クーポンサービスなるものが大流行したことがある。
例えば飲食店で、300名限定で通常価格60%offクーポンを発行する。
旅館でも同様に、100組限定で宿泊代50%offクーポンなどを発行して集客しようとするものだ。
フラッシュマーケティングと呼ばれる販売手法の一つで、24時間限定であったり、100組限定というような“今だけ”感の演出で消費者心理を刺激する。
半額以下などの大幅値引きで過剰なお得感も演出し、潜在顧客の掘り起こしに強力な効果があったとされた。
そんな流れに乗ろうとしたのだろう、ある時、近所にあった食べ放題・飲み放題の串揚げ屋さんが、50%offクーポンを300組限定で販売しているのをそれらサイトで見つける。
個人経営であろうそれほど大きくない、店内はいつも常連さんだけ10組もいないような規模のお店だ。
(いつでも気軽に行ける、安くて美味しいお気に入りの店だったのにな…)
そんなことを思いつつ、自分も50%offクーポンを買うのだが案の定、いつも満席で駐車場にも車があふれるようになった。
駐められているのは、県外ナンバーの車ばかり。フラッシュマーケティングとやらの集客力の恐ろしさを感じつつ、なかなか利用することができない。
とはいえクーポンには利用期限があるので、どこかのタイミングで使わないわけにはいかない。
そんなある日の平日夕方、開店と同時に並びやっと入店することができたのだが、あの時の修羅場は忘れられない。
串揚げの素材は冷蔵棚から取り、自卓で揚げるスタイルなので問題ないのだが、飲み物が全くこない。
20組50人くらいの客に対し、オーナー1人とバイトさん2名で運営しているので、完全にキャパオーバーだ。
さらに悪いことに、そのうち揚げ物の素材もすっからかんになってしまい、まったく補充されないようになる。
やがて店員さんに文句を言い始めるお客さんたち。
一見客であり、おそらくもう2度と来る気もない県外客ということもあるのだろうが、全く容赦がない。
そのクレーム対応でますます店員さんの手が止まり、飲み物も食べ物も提供されなくなる。
加えて、そもそもそれだけのお客さんを捌けるような店の作りにもなっていなかったのだろう。
店内には、気化した揚げ油が充満しそのうち目が痛くなりだした。
そして、1組、また1組と怒鳴りながら店を後にする。
するとあろうことか、今度はオーナーとアルバイトさんがフロアの真ん中で大声を出し、ケンカを始めてしまった。
もっと手を動かせというような叱責に対し、こんなもん間に合うわけねえだろというような言い合いが始まり、忙しさのストレスをぶつけあう。
そこにもう1人のバイトも参加して、オーナーとの激しい言い合いを始めると、やがて2人とも辞めるというようなことを言ってフロアから出て行ってしまった。
もう後は、営業どころではない。
そのため食事を切り上げ店を後にしたのだが、ほどなくしてそのお店は臨時休業になり、そのまま閉店してしまった。
結果として、フラッシュマーケティングとやらを利用したことで、お店をつぶしてしまった形である。
そしてグルーポンやポンパレといったサービスそのものも、数年ほどで急成長しその後、数年で急速に衰退し姿を消した。
当然である。あのようなサービスを飲食や宿泊業にまで適用するのは、どう考えても「物事の本質」を外しているのだから。
ではいったい、何を外しているというのか。
この眺め、自分が観ちゃだめだよね
フラッシュマーケティングとやらが力を発揮するのは、「自社(自店舗)を知らない潜在顧客」に対する、認知の獲得“だけ”である。
例えばサプリメントの通販であれば、初回限定50%off、今から1時間だけというような、“お試し”のやり方だ。
通販であれば、一時に需要が集中しても大きな問題になりにくいうえに、商品が良い物なら必ず一定数リピーターになるので、意味のあるマーケティングになりえるだろう。
しかし飲食や宿泊業では、「安いから利用するだけ」「正規の値段では絶対に来ない」顧客など、百害あって一利なしに決まっているではないか。
ましてそのような集団が一時に大量に押し寄せるなど、ブランドや信用を根こそぎ破壊し、ロイヤルカスタマーの期待を毀損する結果しか招かない。
極論すれば、「筋悪でもいいので知ってもらいたい」のであれば、迷惑系youtuberとして店を宣伝すればいいのである。
飲食や宿泊業がポンパレやグルーポンを利用するなど、そういう行為だったということだ。
サービスを利用したお店も、見境なくあらゆる業種に売り込んでいったフラッシュマーケティング事業者も、衰退して当然の結果であった。
そして話は冒頭の、ホテルラウンジで見た光景だ。
いったい何を見て、マナーに対するモヤモヤがすっきりしたのか。
東京のラグジュアリーホテル、高層階にあるダイニングラウンジでのこと。
偉い人に指定され、場違いなレストランにランチで赴いたのだが、高層階だけあって見たこともないようなとんでもない眺めが目の前に広がる。
個室でもないので、通路側に偉い人を座らせるわけにはいかない。
そのため20分前に店につくと、通路側に座り相手を待つのだが、眺めの良さを下座である私だけが楽しめてしまう形になる。
ふと周囲に目をやると、客層は上品そうな男女2人組ばかり。
そして例外なく、通路側には女性が座り、窓を背にする席には男性が座っていた。
きっと普段なら、通路側に女性を座らせるようなことなどしない紳士たちだろう。
(そらそうだよな…。この眺め、自分が観ちゃだめだよね)
結局のところ、マナーというものの本質は、「相手を思いやり、リスペクトする気持ち」である。
にもかかわらず、マナーを守ることが目的化したら本末転倒でしかない。
場違いなラグジュアリー空間に思いがけず出かけたことで、マナーの本質を見たような想いになった。
同様に、フラッシュマーケティングとやらについてだ。
事業者もお店も、原理原則で顧客のニーズを考えれば、売ってもいい業種なのか、利用してもいいサービスなのかくらい、容易に理解できただろう。
にもかかわらず、売ることが目的化し、また知ってもらうことが目的化した結果、本質を外し事業を潰した。
手段と目的をはき違えるということはそれくらい、あらゆることをぶち壊すほどの破壊力があるということである。
余談だが若い頃、マナー講師の教えに納得ができなかった私は今も、目上の人とタクシーに乗る時には必ずこう聞く。
「もし奥に移動されるのがご面倒であれば私、先に乗ります!」
マナーなんてものは手段の一つであって、決して目的ではない。
[adrotate group="46"]
【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
偉そうなことを書きましたが、カタブツの昭和のオッサンの中には「マナー警察」も大量にいました。
「先に乗りましょうか?」と聞き、タクシー車内で20分、怒られ続けたこともあります…泣
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
Photo:Hongwei FAN
アルコール依存ができなくなった人間の末路
おれはアルコールに依存していた。しかし、大病が原因でアルコールを飲めなくなった。
飲めなくなってどうしたのか。アルコールに代わるべつの依存先を探した。探した結果、そのとき行き着いたのがゼロ・コーラだった。おれはゼロ・コーラ依存症になって2ヶ月くらい過ごした。おれはゼロ・コーラを飲みまくった。
「ゼロ・コーラにもなんらかの害はあるのでは?」という疑問を持つ人もいるだろう。そりゃなんかあるだろう。
だが、アルコールの害とゼロ・コーラの害、どちらが大きいだろうか。とくにおれにとっては、差し迫った希少がんの手術ができるかどうかがかかっているのだ。
ゼロ・コーラを飲むのは「より害の小さい依存」にほかならない。AIなどと対話した先では「ゼロ・コーラより水を飲んだほうが健康的です」などと答えるが、それはさすがに人間をやめすぎている。
ゼロ・コーラが飲めなくなった人間の末路
さて、おれは無事禁酒ができた。希少がんの手術を受けることもできた。大腸切除。ストーマ(人工肛門)の一時造設。そうなった。
ストーマができたおれがどうなったか。飲食物に対する恐怖の塊になった。おれは不安症なので、「ストーマになったら何を食べてはいけないか」について、事前によく調べた。非常によく調べた。
だいたい「ストーマには食事制限はありません」という希望をもたせる言葉ではじまったあと、「ただし、以下の食べ物には気をつけましょう」で、食べるべきではないものがたくさん列挙されている。
正直、いんちきじゃないかと思った。それで頭がいっぱいになったおれは、入院中の病院食に出てきた野菜やわかめなどについても、ウェブで確認したり、AIに聞いたりしたうえで、「危険だから食べない」という選択肢をとったりした。病院食すら信じない。
もしストーマが詰まったらフードブロッケージ、腸閉塞でアウトだ。それだけは避けたい。とくに造設後は注意が必要だ。
というわけで、おれは退院してからも警戒を続けている。最初はレトルトのおかゆばかり食べていた。その後食べるようになったのは、以下の二通りの「おれ流オストメイト食」である。
・オストメイトうどん
Amazonブランドの一番安いうどんの乾麺を標準ゆで時間より長く茹でる。水で洗う。皿に乗せる。コンビニやスーパーで売っているサラダチキンと、一番安い3個100円くらいの充填豆腐、卵を1個のせる。めんつゆをかける。
・オストメイト雑炊
パックご飯をレンジで加熱する。雪平鍋に少量の水を入れ、火にかける。あたたまったご飯を入れ、卵を一つ入れて溶き、ヒガシマルの雑炊のもとを入れる。さらにサバ缶あるいはサラダチキンを入れる。缶詰が味付けではない場合、醤油などを垂らす。
この二つである。おれはこの二つを食べている。よく噛んで食べている。
それでもストーマが「キューッとなる」ことはあるが、詰まったことはない。野菜? そんなもの人間に必要ではない。サプリを飲め。あと、「本当にそんな食事だけをしているの?」と疑問に思った人は、おれのXを見ろ。まずそうな食事の写真が並んでいる。なによりの証拠だ。
まあ、それはいい。おれは食事に極度の恐怖を抱いている。その結果、ゼロ・コーラも飲めなくなった。炭酸飲料もガスを発生させるのでオストメイトにはよくない飲み物だからだ。
でも、ガスが発生するだけなら、人前でなければ関係ないんじゃないか? そう思って、一本飲んだ。こわごわ飲んだ。飲んでどうなったか。どうもならなかった。ガスの発生も感じなかった。
ただし、ぜんぜんおいしくなかったし、気持ちよくもなかった。怖がりながら飲むコーラは、まったくよい飲み物ではなかった。おれはそれ以来、一本もコーラを飲んでいない。炭酸飲料を飲んでいない。
アルコール依存の代わりの、ゼロ・コーラ依存もなくなってしまった。
2026年になってX依存になる
アルコールを飲む時間が、ゼロ・コーラを飲む時間になった。そのゼロ・コーラを飲む時間もなくなった。空いた時間ができてしまった。
なにか、べつのことをすればよい。たとえば読書はどうだろうか。読書ならば時間の区切りも自由だ。べつに意義のためにする行為でもないが、有意義といってもいいだろう。
が、おれは退院したあと本を一冊も読んでいない。恥ずかしながら、おれは読書の習慣を図書館に頼ってきた。本を買う金がない。本を置く場所がない。
入院前に、すべての本を返却して、長いこと続いた、「借りる→返す→返すついでに借りる……」のサイクルを終えた。そして、あらたに借りに行っていない。
最初は手術後の肉体の劣化で、近所のコンビニに行くのがやっとだった。図書館には行けない。今は、体力も回復してきて、図書館くらいには行ける。ただ、どうも足が遠のいてしまう。足が遠のくというか、ストーマがある身体で、外に出たくないのである。
ストーマ閉鎖後にLARS(直腸を失ったことによるひどい排便障害)で本当に外に出られなくなるのがわかっているのに、外に出たくないのだ。部屋に閉じこもっていたい。どこにも行きたくない。図書館にも行きたくない。
あと、本を読む体勢が取れない。へその右上にストーマがあって、うつ伏せになれない。おれは本をうつ伏せに寝っ転がって読むことが多かった。そういうことも頭をよぎる。
おれは日本人の平均以上に本を読んでいたが、もう本も読めない人間になった。本を読もうという気も起こらない。
そして、どうなったか。スマホを見るようになった。よく見るようになった。はてなブックマークをよく見る、5chも見ちゃう。でも、どちらも読み始めると、意外に簡単に読み終わってしまう。
……で、出てきたのがX、これである。旧Twitter、これである。
おれがTwitterのアカウントを作ったのは2009年3月らしい。Twitterも普通に使ってきた。使ってきたが、一番の目的ははてなブックマークと連携させることだった。
もしもはてなブックマークがなくなってしまったとき、Twitterにバックアップがあればいいな、と思ったのである。まあ、はてなブックマークは健在だし(すばらしい)、むしろTwitterのほうがどうなるんだよみたいになったこともあった。まあ、Xになったのだが。
で、おれはあまりXを見なかった。はてなブックマーク連携(記事と一言コメントの転載)と、それこそ自分の食事をアップするくらいのものだった。あ、あと、スペースで配信というのをほぼ毎日4人くらい相手に行っているか。
一方で、たまに自分がフォローしている人のタイムラインを見ることはあっても、べつに熱中したりはしなかった。
「おすすめタイムライン」? なにやら荒れていたり、いやな情報で溢れていたり、よくなさそうなので見なかった。本当に見なかった。
が、これが、時間ができてみてどうなった。「ちょっとおすすめタイムラインを見てみるか」となった。そうなるとおそろしいな、これは。
なんとなく自分の興味がありそうな話題、それもバズっている話題が並んでいる。バズっている話題というのは、それなりにバズる理由というものがあるもので、人の興味を引くなにかがある。おれも人の子なので興味を引かれる。正直、おもしろい。
そして、きりがない。これが怖い。どんどんスワイプしていけば、どんどんバズっているポストが出てくる。いくらスワイプしてもきりがない。きりがないと思って最初に戻って更新してみれば、今度は新しい話題がいくらでも出てくる。
おれはもう、椅子に座って、iPhoneの画面から目を離せない。ほかになにもできない。する気もおきない。時間は信じられないスピードで溶けていく。「あと15分」と思っても、気づいたら1時間くらい平気で溶けている。これはすさまじい。えげつない。やばい。そう思った。
そう思ったおれはどうしたか。Xに課金した。こんだけ使っているのだからいくらか払ってもいいだろう、というのと、広告が減る、というメリットを享受したかった。一番安いコースでは「減る」だけで、もしもそんなに減らなかったら、すぐに解約すればいい。そう考えた。
……したらなあ、たしかに減るんだよ、広告。
実感として。数字で見ると、今まで2957件の広告が表示されなくなって、一年間で42時間節約できる計算らしい。
それでもって、選挙なんていうネット言論空間を躁状態にするイベントもあって、ますます目が離せない。
おれのタイムラインではあまり多くないが、生の陰謀論とかも目にすることができて、ああ、これがインターネットか、と思ったりもした。いや、自分はネットの負の側面、SNSの負の側面について知っているつもりではいたが、あくまで知識として知っていただけで、実際にそういう人を目にしてきたわけではなかった。
……とか、なにやら勉強になったみたいなことを書いてはみたものの、じっさいに「ためになったなあ」、「勉強になったなあ」という手応えは少ない。
むろん、X上にも信頼できる思想家、専門家もたくさんいる。とにかくXにはたくさん人がいる。ピンからキリまでなんでもいる。なので、新しい知見を得ることだってある。
が、圧倒的にどうでもいい話が多い。どうでもいいならまだいいほうで、無駄に怒りを煽られたり、偏見を植え付けられたり、そういう情報もむちゃくちゃ多い。
たんにインプレッション稼ぎ、金儲けのためのポストも山ほどある。玉石混淆と言いたいが、じっさいのところ、圧倒的に石が多い。それがばんばん流れてくる。そしておれは、たくさんの石にぶつかりにいきながら、それをやめることができない。
正直なところ、Xの元ポスト→Togetterのまとめ→はてなブックマークのホットエントリと、ある程度しぼられてきた情報だけ見るのが効率的で健康的だ。
タイムラグは少しあるが、そんな時間のなにが貴重だというのか。
遅れてきたX依存症の末路はどうなる?
まあそういうわけで、おれはXをがっつり見ている。これが遅れてきたX依存症の現状である。
昔は「ツイ廃」などという言葉もあったと思うが、おれはあまりポストしないのでそれには当たらないだろうか。X閲覧依存症だ。
おれはこれが、まるで役に立たない、害になる時間の使い方だと思っている。これはよくないと思っている。思っているが、やめられない。だからもう、依存症なんじゃないかと思っている。
それでも、アルコールよりは害の少ない依存でしょう? アルコールは一滴でもがんその他の病因になることがはっきりしている。
それに比べて、Xを見すぎて肺がんの原因になるという研究はないだろう。ゼロ・コーラの健康の害とされるものの可能性より、さらに健康の害にはならないだろう。「より害の少ない依存症に置き換える」、これにぴったりだ。
だが、ちょっと言いたい。「そんなのアルコール依存症の戯言だろう」と思ってもらってかまわない。
「Xってアルコールより精神に悪い影響あるんじゃね?」
どうも、そう思えてならない。アルコールがもたらすリラックス、安楽、気分の明るさ、それらとは対極のもので精神が侵されていく。
精神というと、アルコールが作用する精神疾患などにも使われるので適切ではないかもしれない。そうだな、「心」に悪い。どうもそのような気がしてならない。
こんなことは、もう10年や15年前に発見されていたことだろう。それでもおれはいまになって気づいた。そして、それでもやめられない。それじゃあ、X見るんで、このへんで終わる。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
ブログ:関内関外日記
Twitter:黄金頭
Photo by :Inspa Makers
ときどき、「ずいぶん未来まで生きたなぁ」と思うことがある。
未来を感じるのは、AIをいじっている時や凄まじいクオリティのアニメを眺めている時だけでない。地方を車で走っている時も、私は同じような感慨を持つ。
今日では当たり前の風景になった地方郊外のショッピングモールは、昭和時代から見れば未来に属するものだ。そのショッピングモールに、徹底的に整備された幹線道路や高速道路を使って大勢の地方民が集まってくる。そこに「未来」を感じる私は、昭和生まれ・昭和育ちのロートルなのだと思う。
定期的に「田舎は車無きゃ死」みたいな投稿流れてくるけど自家用車がちゃんと普及した70年代以前はそうじゃなかったはずで、「車無きゃ死」に切り替わる過渡期の話に興味あるんだけど、今のXに居る年寄りは「その頃の子ども」が中心でそっちはイマイチ流れてこないんだよな
— ンジャメナ (@bg75gf) February 11, 2026
ちょうど先日、「地方が車社会になる前の話がイマイチ流れてこない」というメンションがXでバズっていたが、私が思春期を過ごしたのは、まさに車社会ができあがる直前~直後の頃だった。だからだろう、今でも明け方に見る夢のなかで当時の風景が蘇ったりする。
これもひとつの機縁と思い、今日は、車社会ができあがっていく過渡期の地方の記憶について書いてみる。
1970年代、地方の車社会は完成していなかった
はじめに、思い出話の舞台を少しだけ紹介する。
私は1975年に石川県に生まれた。今日でもそうだが、北陸地方は共働きや三世帯住宅が多いため、世帯収入の都道府県別ランキングではだいたい上位だ。
そのうえ昭和時代の北陸地方は繊維業が栄えていて、織物工場の威勢の良い稼働音があちこちから聞こえていた。土地の値段は安く、たいていの家は車庫やカーポートを増設するのも難しくない。
そうしたわけで、私が保育園に進む頃には近所の家の多くが自家用車を所有していたし、世帯収入の高くない我が家でさえ自家用車があった。
確か、マツダのファミリアだったと思う。次に我が家にやって来るカローラに比べると手狭で、子ども心にも小さい車だと感じられたが、とにかく、世帯収入が高くない家でも乗用車を保有する状況が1970年代の北陸地方にはできあがっていた。
では、その当時の北陸地方が車社会だったか?
そんなことはない。
自家用車が普及している状況は、車社会であることをそのまま意味しない。さきほど私が「北陸地方は共働きや三世帯住宅が多い」と書いたのを思い出していただきたい。世帯に一台の自家用車では、家族全員が車で通勤・通学・通院するような生活にはまだ遠い。
統計を振り返っても、そのことが確認できる。
これは不破雷蔵さんのyahooニュースの記事 から引用したグラフだが、グラフを見ると、私が生まれた1975年の日本の自動車保有台数は3000万台にも届いていない。内訳にトラック・バス・特殊用途車両が800万台程度あることを差し引くと、自家用車の実数は多く見積もっても2000万台弱と推察される。

昭和から平成にかけ、日本の自動車保有台数は右肩上がりに上昇し、最終的には約8000万台に到達した。
今日の地方でありがちな「一人一台」のカーライフが完成したのは21世紀、早く見積もっても1990年代に入ってからのことだ。
車社会ができあがる前の地方も、それなりに豊かだった
そうしたわけで、私が子どもだった頃には車社会以前のフレーバーが残っていた。なかでも今日なかなか見かけなくなったのは、行商人だ。
我が家では富山の薬売りの行商人が頻繁に出入りしていて、私は風船や折り紙で色々なおもちゃを作ってもらっていた。他にも色々な行商人がやってきた。これも少し前にtogetterで話題になっていた、"押し獅子舞"の話も、そういう時代のものだろう。
私自身は"押し獅子舞"を見たことがない。そのかわり、北陸地方だからか"押し読経"の人は一年に一度か二度ほどはやってきた。
修行僧のような恰好をした人が、頼んでもいないのに玄関で朗々と読経をはじめる。祖母から教わったとおりに私が100円玉を手渡すと、彼/彼女は深々と一礼をし、仏教に関する小冊子を手渡して帰っていくのだった。
それから個人商店。私の集落には複数の「○○ストア」や「××商店」があり、肉や魚、野菜や果物、トイレットペーパーや電池といった日用品まで、ひととおりののものが並べられていた。
今日のショッピングモールなどに比べれば品揃えは貧弱かもしれないが、それが当たり前だと思っていたから足りないとは感じてなかった。
商店はそれぞれ品揃えが微妙に異なっていて、そのことは大人も子どももよく知っていた。
たとえば1980年代前半には「ガンダムチョコボール」や「ビックリマンチョコ」といったオマケが肝心なお菓子が流行ったけれども、そうした流行の品をどの商店がたくさん仕入れているのかは、地域の共有情報になっていた。
だから、昭和の個人商店だからといって商売の機敏が問われなかったわけではない。今から振り返ると、個人商店衰退の時代にも愛顧され、長く生きながらえたお店は、子どもや大人が欲しがる商品を仕入れ、並べるのがうまい商店だったからだ。
ひとつひとつの商店の品揃えは少なくても、全体としてみれば半径1㎞圏内にたいていのものが売られていて、衣服でも靴でも電気機器でも手に入れようと思えば手に入ったのである。
市町村の中心部には書店や銀行の支店もあり、寿司屋や仕出し屋、食事処などが繁盛していた。商店街には人気があり、活気があり、数年後に一挙に衰退するようには見えなかった。
あと、路線バス網も忘れてはならない。
1980年代前半ぐらいまで、地方都市の路線バス網は今日とは比べ物にならないほど本数も路線数も充実していた。自家用車に頼れない人がまだまだいる以上、通勤や通学、街の中心部への買い物などはバスに頼らざるを得ない。
けれどもバスの本数が多く、路線のバリエーションも豊富なら、バスだって十分に使えるのである。
今日、路線バスの本数と路線数が充実しているのは東京や大阪といった大都市圏に限られ、地方の路線バスの時刻表はしばしば以下の写真のような有様となっている。

こんなバス路線では、通学に使うのも厳しい。しかし1980年代前半の片田舎にはもっとずっとマトモな頻度でバスが走っていて、それが重要な交通手段になっていた。
しばしば私も、街の中心にある商店街やデパート的店舗までバスで連れていってもらった。そういう時、祖母は決まって喫茶店に立ち寄り、アイスクリームやプリンアラモードなどをご馳走してくれたのだった。
私自身にはあまり縁が無かったが、鉄道網も充実していたことを付け加えておこう。今日では廃線になっている国鉄路線や私鉄路線が現役で、北陸本線にはたくさんの特急や急行、貨物列車や郵便列車が走っていた。
この時代の貨物列車は実にさまざまなモノを運んでいて、子どもの好奇心を刺激してやまなかった。そうした貨物列車の存在は、ロジスティクスとしての車社会がまだまだ未完成だったことを証明していた。
そして街の中心部や個人商店は寂れていった
昭和が終わり、平成が始まる頃、景色が変わり始めた。ちょうどその時期、私は中学→高校→大学と進学し、地方都市の中心部にあるゲーセンや商業施設の最上階にあるゲームコーナーに足しげく通っていたから、街の変化のことはよく覚えている。
1980年代後半の段階では、地方都市の商店街や商業施設に、それほどの翳りがあるとは感じなかった。
平日でも夕方になればお客さんがそれなりいて、ゲームコーナーには地元の学生や若者がたむろしていた。CDや本、ゲームソフトを買う際も、地方都市の中心部に行くのが一番間違いないように思われた。
それが、私の高校在学中のうちに変わっていったのである! かつて、週末には満車になっていた駅近くの商業施設の駐車場はガラガラになり、ゲームコーナーにたむろしていた学生たちもどこかへ行ってしまった。
バスターミナルに近い商店街も閑古鳥が鳴くようになり、シャッターが下ろされた店舗が増えていった。
世間を知らない学生の私にもくっきりわかるほどの、すさまじい速度の衰退だった。
市町村の中心部にいた人々はどこに向かったのか?
国道である。
正確には、国道沿いに立ち並ぶできたばかりの店舗たちだ。
石川県には国道8号線という大きな幹線道路があり、沿線には昔からいくらかの商業施設が存在していた。とはいえ、国道沿いにしか無い店舗といったらせいぜいホームセンターぐらいで、頻繁に足を運ぶ場所ではなかった。
ところが1990年代に入ると、その国道沿いに大きな商業施設、今日でいうショッピングモールの前身のような総合商業施設が建ち始めた。
2000年に大規模小売店舗立地法が施行される前の出来事だから、総合商業施設といっても、現在からみればささやかな規模でしかない。それでもこの新しいタイプの商業施設ができたとたん、人々は殺到した。
一か所でたいていの用事が片付くうえ、ひどい渋滞を起こしていた市の中心部を通らなくても構わなくなるからだ。
やがてそうした総合商業施設がアピタやジャスコにとって代わられ、最終的にはイオンモールになっていったのは言うまでもない。
高校生だった私たちも、次第に国道沿いに移動していた。CDショップ、カラオケボックス、ゲームセンター、ファーストフード店。そういった学生の好きそうな店舗が国道沿いに次々に建てられていったからだ。
私と私のゲーセン仲間のホームグラウンドは、高校一年生の段階では市の中心部、バスターミナル近くの商業施設のゲームコーナーだったが、高校3年生の頃には国道沿いの総合商業施設のゲームコーナーになっていた。
そちらほうが対戦格闘ゲームのプレイヤーが多く、最新のゲームももれなく入荷し、他の用事を兼ねるうえでも便利だったからだ。
家族に連れられて買い物に向かう先も国道沿いになっていた。私とその家族だけがそうだったのではなく、友人やその家族もだいたい国道沿いをあてにするようになっていた。
カメラのキタムラやアルペン、CoCo壱番屋といった、全国チェーンの専門店舗もだいたい国道沿いに建てられていた。市の中心部に店を構えていた書店や玩具店も、体力のあるところは国道沿いに移転していった。
それが、私が目撃したモータリゼーションだった
そうした大変化の背景にあったのが、自家用車の普及だったのは間違いない。1990年代には母が仕事帰りに買い物をする際も、国道沿いのスーパーマーケットを利用するようになっていた。
市の中心部は人が集まる場所ではなく、その役割は国道沿いにとって代わられたのだ。
人の流れから外れてしまったバスによる交通網は、干上がった川の支流のように縮小していった。
今の私は、その大変化がモータリゼーションと呼ばれることを知っている。自家用車が「一人に一台」まで普及し、それに合わせて道路網も整備されていった結果、地方の暮らしや街並みは激変した。
それが起こったのは石川県だけではない。今日では「ありふれた風景」とか、ときには「なんにもない風景」と呼ばれがちな、あの国道沿いの景観、それから巨大ショッピングモールは、1990年代にできあがった、当時としては新しいものだったのだ。
私の身体はその新しい世界ができあがる前のことを憶えていて、ときどき、少し寂しく思い出す。あれこそが昭和の風景だったんだな、とも思う。
そうした景色について語る意志と能力を持った人は、これから減っていくだろう。だから、こんな風に書き残すことには意義があると私は思っている。
[adrotate group="46"]
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

Photo:
こんにちは、しんざきです。気は長い方というか、ぼーっと待つのがあまり苦にならない性質でして、「昔のPCゲーのテープ読み込み待ちはこんなもんじゃなかった」を合い言葉にすると大体の待ち時間を穏やかな気持ちで乗り切ることができます。
いやー、大変でしたよね、昔のゲームの読み込み待ち。画面一枚表示するのに数十秒かかったりとか、場面転換の度にディスクを入れ替えないといけなかったりとか。今は場面転換どころか、セーブ&ロードすら一瞬で済むのすごい。
この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。
・子どもと接する上では、「待つ」ことがとても大事です
・子どもは感情を扱うことに慣れていないので、整理がつくまで待ってあげないといけません
・ただ、「待つ」のは放置とみられがちだし、待つこと自体が状況的に難しいことも多いです
・だから、「待つタイミングを選ぶ、待つ基準を決めておく」「ゆっくり考えていい、というメッセージを伝える」「周囲と「待つ」基準、方針について合意する」「待っている間も観察する」といった、いわば「能動的に待つ」スタンスや「待つための技術」が重要なようです
・これは仕事の上でも同じで、「放置ではなく能動的に、戦略的に待つ」ということを、周囲と合意しておくことが重要っぽいです
・世の中「すぐ結論が求められる」ことは多いので、上手に待てるといいですよね
以上です。よろしくお願いします。
さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。
育児における「待つ」ことの重要さ
以前から何度か書いているんですが、しんざき家には3人子どもがいます。
長男、高校生。長女次女、中学生の双子。最近子どもたち全員、すごくよく食べるようになりまして、五合の米が一日で溶けます。約一週間で5kgの米が必要になるわけで、米の購入費こわい。麦飯増やそうかしら。
まず前提というか、当たり前のことかも知れないですが、育児の上で「待つ」ことってとても大事だし、一方とてもとても難しいことでもあるんですよね。
さすがに最近はなくなってきたんですが、しんざき家の子どもたちはみんな感情豊かな方で、昔は「何か悲しいこと/悔しいことがあって大泣きする」ということが頻繁にありました。3人ローテーションの中一時間制で泣いてるのかな、ってくらい、大抵誰かは大泣きしていました。
何かが欲しくて泣いたことも、何かをやりたくて泣いたことも、叱られて拗ねて泣いたことも、転んで泣いたこともありました。「どうして泣いているのか、親には(もしかすると本人にも)理由が分からない」ということもしょっちゅうでした。
で、親としては「子どもが泣いている」というのはもちろん非常事態なので、すぐに理由が知りたくなるし、早く泣き止んで欲しくなるわけです。だから、どうしても「泣き止む」ことを急かしてしまう。あるあるな話ですよね。
ただ、泣いている時に限らず、子どもが感情を大きく動かしている時、しんざき家では状況が許す限り「待つ」を選択するようにしてきました。
なぜかというと理由は大きく二つで、
・「感情に整理をつける」ということはどんな人間にとっても大変で、特に子どもにはその練習をさせてあげないといけないから
・「ちゃんと聞いてもらえている」「ちゃんと待ってもらえている」という認識は、自己肯定感の獲得の中ですごく大事だと思うから
そもそも、大きく揺れ動いた感情の整理なんて大人でも簡単にできることではないのに、まだ言語化の経験も足りていない子どもが、そうスムーズにできるわけがないんですよね。
感情って子どもにとっては嵐のようなもので、その嵐が多少なりとも静まらないと、親の助け船に乗ろうにも乗りようがない。
ちょっと前にこんな記事を読みました。
幼稚園のときに泣いていたら先生から「泣いてたら分かんないよ?」と言われたが「お前が勝手に聞いてきただけで何も訴えようなどとは思ってない」と激しくムカついたのを覚えている
多分似たような話だと思うんですよ。大人としては、とにかく子どもが泣いているという「課題」を「解決」したいけれど、聞いて答えが出るような状況ならそもそも泣いていない。
「どうして泣いてるの」という質問を重ねれば重ねるほどお互いに焦ってしまって、大人も子どもも疲弊するだけ、みたいな場面ってありがちだと思うんですよね。
だからこそ、可能な限り、「取り敢えず待つ」。
待っている間に少しずつ、自然に感情がおさまっていって、必要なら説明もできるようになるし、「ちゃんと時間をかけて整理していいんだ」「待ってもらえるんだ」という意識が根付く、という側面もあるんじゃないかと思うんです。
もちろん、子どもにもよるし家庭にもよるし状況にもよると思うんで、一般化する意図はない、ということは注釈させてください。しんざき家では状況が許す限りそうしている、というだけの話です。
ただし待つのも簡単じゃない→「待つため」に考えたこと
ただ、これも当然ながら、「待つ」のも言うほど簡単なことではなくて、世の中には「待てない状況」「待てない事情」が山ほど存在するんですよね。
単純に時間が足りない。子どもを待っている間、他のことができず他のタスクが進まない。待ってる間も容赦なく時間は過ぎるのだから、悠長なことを言ってられない場合も当然あります。
周囲へのご迷惑や、周囲からの視線が気になる。電車で子どもが泣いていれば騒音にもなるし、「子どもを放置する親」だと思われるかも知れない。
待てど暮らせどいつまでも解決しない、待てば待っただけ待ち損ということだってあるし、放置ととられて逆に子どもの疎外感を高めてしまうことだってあるかも知れません。
これについて、もちろん色んなやり方があると思うんですが、子どもたちが小さい頃から、何度も何度も試行錯誤する内に、こういうやり方がいいかなーと思うようになりました。
・「待つタイミング」を選ぶための基準を決めておく
・周囲と「待つ方針」「待つ基準」について合意しておく
・ゆっくり考えていい、というメッセージを伝えて、「今は感情を整理する時間なんだ」と認識してもらう
・待っている間も子どもを観察する
まず、「今は待ってもいいタイミングだ」「今は待ってられないタイミングだ」ということについて、ある程度基準を決めておいたこと。
当たり前ですが、怪我をした時とかの緊急事態とか、もうすぐバスや電車の時間だという制限がある場合、また公共の静かな場所で大泣きしている場合とか、「待ってる場合じゃない」という場面は当然あります。
そういう時は、取り敢えずおぶって移動したり絵本で釣ったり、とにかく強引にでも緊急避難して、もしも後から振り返れるようなら振り返ればいい。「待ってる場合じゃない」の判断は素早く、というのが一つの方針でした。
また、基本的には「やってはいけないことをした時は即叱る」「やらないといけないことをしない時は待つ」という方針にしていまして、「これはダメだよ」という場合にはすぐ指摘する一方、例えば片付けが面倒とか、お皿を洗いたくないとか、そういう「するべきことができていない」時は、もっぱら腹落ちするまで待つことにしていました。
一方、寝る時間だとか食事の時間だとか、「本来はここに納めたいけどコントロールできなくもない」程度の時間については、なるべく融通を効かせるようにしました。
その辺、「今は待つ時間」「今は待たない時間」というのは、私と妻で基準が一致していないと家庭内タスクにも不都合だし子どもも混乱するので、この辺はことあるごとに意識共有するようにしました。幸い妻も「待つ」ことの大事さは理解していたので、意識のずれは殆どありませんでした。
これが二点目の、「待つ基準」について合意しておく、ということです。
おかげで、長男が小学校に上がるくらいの頃には、だいぶ阿吽の呼吸で「待つ」「待たない」を判断できるようになりました。長男が大きくなった頃には、長男にも「待つ基準」を伝えて、長女次女を「待つ」時につきあってくれるようになりました。
三点目として、「今は待つ時間だから、ゆっくり考えていいんだよ」と納得してもらう、つまり、「待つ」目的や方向性を共有すること。
子どもの側からしても、「親がなんか怖い顔をして黙ってるだけ」となるとプレッシャーもかかるでしょうし、「なんとかしないと」という意識が強すぎて余計に焦ってしまうかも知れない。あるいは、「構ってくれない」と思って余計にヒートアップしてしまうかも知れない。
だから、色んな形で、「私は今待っているから、ゆっくり気持ちを整理していいんだよ」「時間はあるから、焦らなくていいよ」と伝えるようにしていました。時には抱っこしたりおんぶしたり、時には横で寝転がりながら、「後で理由が言えるといいねー」と伝えました。なるべく寄り添う、待つスタンスを伝える、というのは、そこそこ頑張ってきたと思います。
四点目として、「待っている間」のスタンス。これも状況によるんですが、私の場合、なるべく子どもの様子を観察して、何か助け船が出せそうなら出せるようにしていました。いわば、「待つ」を受け身の行為ではなく、能動的な観察の時間にしていたわけです。
これ、子どもが「放っておかれている」と思わないために、というのがそもそもの理由なんですが、周囲にも「あ、あの親は今は子どもが落ち着くのを待っているんだな」と理解してもらえる、という側面も大きくて、時には周囲の皆さんが協力してくれることもありました。
たとえば公園で長女が泣いている時、長男と次女を他の親御さんが見てくれたり、なんてこともありました。ありがたさしかありません。
繰り返しになりますが、上記は飽くまでしんざき家での方針です。家庭によって、子どもによって、マッチするしないはあるのだと思います。
とはいえ、上記のようなやり方が子どもたちに影響した部分も多少はあるのか、最近は長男たちも色んな場面で「待てる」ようになった気はしまして、私自身気が長くて損をした記憶がないので、子どもたちの気の長さに多少は寄与できたかなあ、と思うと、いいやり方だったのかも知れないと考える次第なのです。
ビジネスにおける「待つ」は思考停止ではなく「戦略的停滞」
ところで、上記のような話は、そっくりそのまま仕事にも当てはまります。というか、仕事上の「待つ技術」について考えていて、「これ育児と同じじゃん」となりました。
例えば部下の育成とか、チームの組成とか。あるいはトラブル時の判断とか。
子どもが泣いた時と同様、ビジネスでも、「判断を急がない方がいい時」「時間をとった時がいい時」っていうのはしばしばありますよね。
私自身が実際に遭った話ですが、社内の内部システムのトラブルについて、普段私が見ていたところを、初めて部下に任せた時。もちろん早く直す必要があるんですが、とはいえ顧客に露出するシステムではない以上「ド緊急」というわけではない。
こういう場合、焦りまくる部下に「今は時間を使える場面だから、焦らないでじっくり調べよう」と声をかえて、周囲にもそれを承知してもらう、という動きをするのが望ましいのは当然で、結果的にそれが部下のスキルを育てることにもなります。
「放置されている」と思わせないよう、部下の動きをある程度観察しておいて、助け船が必要な時はフォローする、というのも、これまた育児の時と同様です。
一方、これはSI会社にいた時の失敗例なんですが、当時はBtoBのパッケージ製品の保守をやっていて、「顧客側のトラブルに対応して、UIの一部に変更を加えることになった」なんてこともありました。
BtoBの顧客側トラブルってある種「子どもが泣いている」状況と相似しているものがありまして、先方の担当者様は「とにかく急いでUIの××の箇所を改善しろ」とおっしゃるわけなんですが、こちらとしては本来「待たれよ」と言わなくてはいけないところなんですよね。本当にそれって必要な変更か?根本解決になってるのか?と。
これも、本来なら時間をとって、きちんと状況を観察して要件の深堀りをして、とやるべきだったところ、当時は無駄にフットワークがいい営業さんと無駄にフットワークがいい会社判断のため、緊急対応とあいなって、事態が落ち着いたころ
「この変更のせいで滅茶苦茶運用がしにくくなったんですが」
という他社さんからのクレームに悩まされることになるんですが、これも「待つ方針」についての合意ができていて、顧客に「深堀りするまで待ってください」と言えていれば避けられたかも知れない問題ではあります。
「待つ」ことが「放置」とみなされてしまう。だから動かざるを得なくなる。けれど、時には戦略的に、能動的に「保留」「停滞」を選ぶべき時もある。
もちろん、仕事におけるタスク管理、時間管理のシビアさは育児以上なので、「待ってられない、本当に今すぐにでもどうにかしないといけない」という状況は当然あります。納期が週末の仕事について、じっくり時間をとって判断を待つ、なんて悠長なことをやっていられるわけがありません。
だからこそ、「こういう場合は待った方がいいです」「ここは時間ちゃんととった方がいいです」という、「待つ基準」「待つ方針」について、きちんとチーム内、また上の人とも合意しておくというのも重要で、これまた家庭での「待つ基準の合意」で学んだ話でもあります。
もうちょっとシンプルにまとめてしまうと、
・待つかどうかを判断する
・待つ目的と判断基準を共有・合意する
・観察しながら介入の準備をする
この三点が、育児と仕事に共通した、「能動的に待つ」という考え方に必要なポイントなのかもなーと。
家庭で当てはまる話が、仕事でも当てはまる。仕事の知見が、家庭でも活かせる。これについては、「待つスタンス」の話だけでなく、色んな場面で当てはまるなあ、と。
今後とも家庭と仕事を行ったり来たり、一方で得た知見をもう一方でも活かしていければなあ、と。
そう考えたわけです。
今日書きたいことはそれくらいです。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
Photo:Marco López
コミュニケーション力とは、「知性」のことである。
そのように主張すると、
「たかがコミュニケーション力で?」
と思う方もいるかもしれない。
しかしこれは事実だ。
クイーンズランド大の心理学教授、ウィリアム・フォン・ヒッペル氏は著書の中で、「コミュニケーション能力」を「社会的知性」と呼び、要は、
「他者の考えていることを類推する能力」であるとしている。
この「他者の思考を読む」という能力こそ、人類を地上の覇者にした能力、すなわち知性の本質だ。
なぜなら、これによって「協力」が可能になるからだ。
「協力」が苦手だと、組織を作ることができない。
例えば、人間と近縁種であるチンパンジーは、集団で狩りをするときでさえも、全員が参加するわけではない。
のんきに座り込んでいる者、騒ぎをただ見物するだけの者。
チンパンジーは、怠けものと協力者を、ほとんど区別しない。
しかし、人間は違う。
4歳の子供ですら、チーム内で「協力」をしたものには報いようとするが、「非協力的なもの」には、褒美を分けようとしない。
これは、進化という観点から見ると、必要不可欠な行動で、協力者と傍観者を区別しない動物は、効果的なチームを作って維持する能力を持つことができないのである。
技能も伝えられない
また、チンパンジーはコミュニケーション能力が低いので、技能を伝達するのも苦手だ。
野生のチンパンジーが木の実を石で割って食べる技術を身につけるのに、10年もかかるのはそのためだ。
実際、母親のチンパンジーは、子供チンパンジーが何を知らないのかを類推することができないため、教えることが苦手だ。
ハンマーとなる石の持ち方や、木の実のおき方を効果的に伝えることができない。
一方で人間のトレーナーは、子供のチンパンジーが何を考えているかを類推できるため、1年で技能を伝えることができる。
「企業」「科学」「宗教」「軍隊」など、人間の文明の産物で「多くの人の協力」が不要だったものはほとんどない。
それゆえ、「コミュニケーション能力の不足」は、文明社会で生きていくことにとって、致命的になる。
企業が採用時に、「コミュニケーション能力を重視する」のには、こうした背景がある。
コミュニケーション能力の低い人の特徴
もちろん、人間の中にも、相対的にコミュニケーション能力の高い個体もいれば、低い個体もいる。
高い個体は多くの人を束ね、組織を運営して大きなことを成し遂げる可能性が高い。
逆に、コミュニケーション能力の低い個体は、他者や集団に必要とされず、孤立しがちで、社会的な成功を得にくいことは周知の事実である。
ではなぜ、「コミュニケーション能力の低い」個体は、「他者の思考を読む」ことが苦手なのだろうか。
*
私がまだ、大きな組織でコンサルタントをやっていたころ、経営者たちの中にも「コミュニケーション能力の低い人」が、数多く存在していたのを見た。
彼らは、一生懸命、
「やってほしいこと」
「期待すること」
「ビジョン・ミッション・パーパス」
「自分の哲学」
「自社の仕事の意義」
などを語るのだが、社員にはほとんど興味を持たれない。
いったい、社員たちはなぜ、経営者の言うことをほぼ無視してしまうのか。
社員たちの声は、こうだ。
「社長、何言ってんのかわかんないんですよね」
「現状は社長の認識と違います、といってるのに、聞かないんです」
「あー、また言ってんな、っていう感じです」
実は、これは、経営者の「単なる言葉の能力」の問題ではない。
「社長が、社員の考えていることを類推する能力が低い」
ことに原因がある。
つまり、コミュニケーション能力が足りないこと、言い換えれば
「経営者が、周りの人たちの話をちゃんと聞かないこと」
に起因することが多かった。
賢い個体は、コミュニケーションをするにあたり、周囲の手がかりを集めることに余念がない。
だから、「自分が話す」のは、出来るだけ、周囲の状況を正確に把握してからにする。
例えば、良い営業が「沈黙」を活用するのは、そのためで、相手に喋らせたほうが優位に立てるからだ。
高い知性を持つ「コミュニケーション強者」は、実際には「聞く」「見る」ことに長けており、状況から、他者の思考を類推することが得意なのだ。
地頭が良い人は、コミュニケーション能力が高い
昔、地頭について書いたことがある。
「地頭の良い人」と、そうでない人の本質的な違いはどこにあるか。
この「地頭」の正体について、私はずっと気になっていた。地頭の良さとは一体何なのか。
「地頭の良い人」というのは、同じ情報に接していても、そうでない人に比べて、そこから読み取ることができる情報が桁違いに多いのだ。
同じ情報に接していながら、「そこに気づくのはすごい!」という驚きを周囲に抱かせる人は、「地頭が良い」と言える。
コミュニケーション能力は、それと似た性質がある。
例えば、こんなことがあった。
ある会社の、品質管理プロジェクトに参加していた時のことだ。
私は当時、先輩のコンサルティングを見て学ぶ、OJTを受けていた。
その中で、一点だけ私に任されたのが、「内部監査テキストの説明」だった。
人前で話すのが苦手だった私は、よどみなくテキストの説明ができるように繰り返し練習を行い、その日に備えた。
そして本番。
私は時間ぴったりに説明を終え、間違いもなく、詰まることもなく、完璧にリハーサル通りに、説明を終えた。
心配していた質問もなく、私は「良くできた」と満足していた。
ところが先輩は、沈黙するお客さんに向かって
「あ、〇〇さん、監査チェックリストの使い方、不安でしょうか?」
と、声をかける。
また、「△△さん、計画作るの大変そうだと思ったら、手伝いますんで!」
とフォローをする。
すると、お客さんから一斉に、質問が噴出した。
それに丁寧に、先輩はこたえていく。
結果的に、その日は「成功」だったのだが、私は引っかかっていた。
私は「完璧な説明」をしたつもりだったが、先輩のフォローがなければダメだったのでは、と思ったのだ。
私は帰途についたとき、先輩に聞いた。
「私の説明、マズかったでしょうか」
先輩は言った。
「いや、マズくないよ。説明は完璧だった。でも……」
「でも?」
「チェックリストのところは、説明が難しいから、お客さん顔をしかめてたよね、あとみんなメモ書きが止まってた。説明をわかってなかったと思うよ。」
私は失敗したのだ。あれほどリハーサルをしたのに……
「何が悪かったんですか?」と、私は聞いた。
「安達さんは、相手を見てないよね」と先輩は言った。
確かにそうだった。
私は「自分がうまくやること」ばかりに意識が向かい、「相手が何を考えているか」に想像力が及ばなかった。
先輩は説明がうまいことは当然のこととし、さらに「相手の反応を見て、出し方を変える」ことまでやっていた。
これを「コミュニケーション能力の高い人」は自然にできてしまうのだ。
わずかな表情、口調のちがいに気付く能力。
言語化できていない要望をくみ取る能力。
相手が用いている表現に合わせて、こちらの言葉を制御する能力。
コミュニケーション能力が「高い知性」の表れであることの所以である。
コミュ力が高い人が話しながら意識していること
ここからは余談だ。
こうした話を、今から約10年前の2017年に、書籍として出したことがある。
[amazonjs asin="453405517X" locale="JP" tmpl="Small" title="仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか?"]
好評をいただき、様々な本の中で紹介されたり、企業内研修のテキストとして採用していただいたりした。
ただ、すでに刊行から10年近く経過していることもあり、時代に合わない部分も出てきている。
そこで今回、この本を「新装版」として、書き直した。
[amazonjs asin="B0GMPMHNDD" locale="JP" title="コミュ力が高い人が話しながら意識していること"]
2月13日、本日発売なので、お手に取っていただければ幸いである。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書
[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]
Photo:Kylie Lugo
親はもうすぐ50歳
子どもの中学受験が終わった。
ぼくはもうすぐ50歳。夫婦ともにフルタイムで働きながらの中学受験は、とにかく体力の限界だった。
次に同じことをやれと言われても、お断りだ。お金を積まれてもお断りだ。
いやまあ金額によるけど、よほどでなければお断りだし、だいたい受験のスペシャリストでもなんでもないただのアラフィフに高額な報酬を払うような酔狂な人はいないだろう。
酔狂といえば、中学受験である。
中学受験に必要なのは父親の経済力と母親の狂気、とドラマ(原作はマンガ)『二月の勝者』で黒木先生が言ってたけど、ほんとそうだよなと思う。
まあ、父親に経済力がないばかりに苦労したのだけれども。
そのぶん、父親も狂気と、そして時間をしぼりださざるをえなかったのだけれども。
時間が…ない!
お金がないなら、なんとか時間をしぼりだして、子どもの受験勉強をサポートするしかないのだが、これが大変だ。
昼間は仕事をしていて何もできないので、こちらの対応も、どうしても子どもが帰ってきてしばらくしてからのスタートとなってしまう。
そのあいだに一人でさっさと問題集を解きはじめてくれていればいいのだが、そうはいかない。
いくら開始時間を決めていてもその通りにはなかなか始めない。
親が帰ってきて、さあやろうぜと何度も声をかけて、ようやく重い腰を上げる。
調子がいいときはそれだけでどんどん問題を解いていくのだが、問題が少し難しかったり、本人のコンディションがイマイチだとすぐに手が止まる。
手が止まったら、その問題はさっさと飛ばして解ける問題へと移ってくれたらいいのだが、鉛筆を持ったままじーっとしている。
フリーズしているのである。
そういうときは声をかけるようにしているのだが、そんなことにいつも気づけるわけではない。
ぼくが残してしまった仕事の対応や家事をしているあいだじゅう、ずっとフリーズしていることもある。
となると、子どもの状態をいつも気にかけながら別の用事をしなければいけない。常に出塁され続けているピッチャーの心境である。
子どもが問題を解き終えたら、親が丸付けをする。丸付けをすると同時に、間違えた問題にチェックを入れる。
これは後でもう一度その問題を解き直すためだ。
そこまで過保護にやることはないのではと思われるかもしれないが、分業にしないと間に合わないのである。
もちろん、それも全部自分でやっている小学生もいるだろうけど、うちではそのやり方をしていなかった。
話はそれるが、ぼくは何か成功体験を伝えようとしているわけではない。
だからといって完全な失敗体験だというわけでもない。だいたい、何をもって成功か失敗かなんて、明確なようで明確でもない。
志望校に無事合格できたからといってそれで「成功」なのかといえば、まあ一義的にはそうなのだろうけど、結局はそこからどんな6年間をすごすか次第でその後はまた変わってくるし、もっと言えば人生において何を成功とするかなんてその人次第である。
だからこの話はただの体験談であり、ここから中学受験のヒントになるようなことが得られるわけではないと思う。
さて予告通り、話はそれた。
とにかく、ぼくの場合はそうやって、子どもが問題を解いているあいだ見守ったり、丸付けをしたり、明日やる分の問題集のチェックをしたり、過去問のプリントアウトをして、学校から帰ってきたらすぐに始められる準備をしておいたりする。
そして、子どもがやるべきことを終えて布団に入り、眠りにつくまで見届け、そのあとそっとパソコンを開いて、日中の仕事の続きに取りかかる。
気がつくと深夜になっている。とにかく時間がなかった。
体力が…ない!
しかし時間以上にキツかったのは、体力が足りないことである。
ぼくはもうすぐ50歳。
週末に4時間ほど運動をして汗を流す習慣はあるけれども、平日はほとんど動けていない。おまけに、この数か月、腰痛の治療で痛み止め薬を飲み続けている。
この薬が厄介で、とにかく眠くなるのである。
日中に仕事をして、子どもが帰ってきたら対応、そして子どもが寝るところまで見届けて、そこから仕事を再開する、という状況が続くと、20時頃にとんでもない眠気がやってくる。
ちょっとソファに背中をあずけただけのつもりが、1時間ほど、時間が飛んでしまっている。
あるいは、眠たいのをとにかく我慢して、子どもが眠るところまでたどりつき、さて自分のことをやろうかと思ったところまでは覚えているのだが、気がつくと床の上で寝ていたりする。
だからといって、痛み止めの薬をやめるのは怖い。腰が痛いと座っていられなくなる。受験どころか仕事にも支障が出る。
なんだか年寄り臭い話をしているなと思うが、もう年寄りに片足を突っ込みはじめている年齢だ。
しかたがないとも思う。
ちなみに、塾の説明会や模試の会場、実際の受験会場で、ぼくよりも年上らしき男性たちを何人も見かけた。
見た目が老けているだけで実際は違う人もいるのかもしれないが、それにしてもみんなよく体力が続くなと思う。
まあ、ぼくとちがって「父親の経済力」を発揮できる人たちなのかもしれないが…。
だとしても、単純に子育てをするだけでも体力が必要だ。
そのうえ中学受験にまでチャレンジするなんて、やっぱり狂気の沙汰なのかもしれない。
お金が…ない!
経済力という話でいえば、中学受験でお金がかかるのは塾代だけではない。
受験の世界では、勉強が得意でない子ほどお金がかかるようになっている。
というのも、中堅帯の中学校では、午前のA日程、午後のB日程、翌日午前のC日程、翌日午後のD日程、さらには夕方の特別Z枠(勘弁してくれ…)のように、同じ学校を何度も受験できる枠を用意しているのである。
当然ながら、それらの枠を受ければ受けるほど受験料がかかっていく。
おまけに、日程が後半になればなるほど、競争は熾烈になっていく。
募集人数が減っていく上に、うちの子よりも上のレベルの学校を受けてうまくいかなかった子たちが「降りて」くるからである。
そんなわけで、うまく第一志望の学校に合格すれば、受験から解放されるわけであるが、うちの子のようにいつまでも合格が出ないまま何度も同じ学校を受験し続けると、体力も気力も、そしてお金も削られていく。
日程が進むと、明らかに保護者たちの表情が暗くなっていく。
はじめの頃は、待合室で、知り合い同士が出会ったのか、ぺちゃくちゃと楽しそうに話している人たちも多い。
それが二日目、三日目と進むにつれて、声のトーンがはっきりと下がっていくし、他人同士でぺらぺらと話している人は激減する。四日目ともなると、病院の待合室のようである。
ほとんどの人はうなだれて、無口で、寝不足で顔色も悪い。隣から聞こえてくる夫婦の会話の内容も、とにかく暗い。
お兄ちゃんの時はこんな風ではなかった、こんなはずではなかったとか、こんな学校に通ったところで大学受験で苦労するに違いないとか、勉強自体が好きではない性格を直さないとこれから絶対に困るとか、聞いているだけで気が滅入るような話をしている。
もちろん、ぼくだって同じようにメンタルをやられている。
しかし、ぼくも腐ってもブロガーである。
こんな悲喜こもごもの人生たちを観察できる機会もめったにないと思って、そういう会話に耳をすましたり、飲み物を買いに行くついでに会場内をうろうろして他の人たちの様子をのぞいたりしていた。
色んな人たちがいた。
明らかにすべり止めのために受けているだけの人もいれば、この学校に通らなければもう後がない、という様子の人もいた。
あるいはスタンプラリーのように色々な学校を受けて、受験自体を楽しんでいそうな人もいた。
だけど、どの保護者もみんな、子どもの合格を願っていることだけは同じだった。
希望は…ある!
さて、子どもは、意外と頑張れるものである。
もちろんとても疲れているのだが、周りの子どもたちも状況は同じだし、なかなか合格が出ない中でも、試験が終わるとちゃんと前を向いて、顔を上げて帰ってくる。
その様子を見ると、どれだけ心が折れそうになっていても、こちらもいい顔をして出迎えようと思うものである。
時間も、体力も、お金もない中で、なかなかのハードモードだった中学受験だが、最後まで気持ちよく、前向きに取り組むということだけはあきらめないように努力した。
それだけは家族で力を合わせてやり抜いたと思うし、中学受験をしてよかったなと思うことのほとんどすべてである。
結局、うちの子は第一志望も、第二志望も合格することはできなかったが、はつらつとしていて、受験が終わった翌日には、中学校ってどんな勉強をするのかなあ、と聞いてくる。思わず抱きしめたくなってしまった。
そこで思うのは、結局、中学受験の価値なんて、そんな程度のことなのではないだろうか、ということである。
同じ目標に向けて、家族で力を合わせて取り組み、悲喜こもごもを味わう時間。
子どもというものは、わりとどんなことでも楽しめる生き物だと思う。それが受験であれ、スポーツであれ、なんであれ、楽しめる人たちだ。
問題は親なのである。
あるいは、ぼく自身なのである。
ぼくが、子どもと一緒に楽しむ時間をすごすことができるか。妻と一緒に力を合わすことができるか。
その機会がたまたま中学受験という形で存在するだけなのだ。
どこに合格したかなんて、おまけのようなものだ。
もっと言えば、それは人生のすべてである。
目の前の人と、良い時間をすごすことができているか。そして何より、自分自身が楽しんでいるか。
経済力があるかとか、社会的地位があるかとか、そんなものは、おまけのようなものだ。
50歳を前に、そんなことを思う。
…ほら、だから言ったでしょ、中学受験のヒントになるようなことなんて、何も書いていませんよって。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
著者:いぬじん
プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。
だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。
プロフィールって、むずかしい。
ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。
Photo by:Ben Mullins
ちいさいころ、近所の本屋さんに両親に連れて行ってもらうのが好きだった。
おもちゃ屋さんよりも好きだったかもしれない。
なぜかというと、おもちゃ屋さんでは、めったに欲しいものを買ってもらえなかったが、本屋さんでは、欲しいものが買ってもらえたからだ。
せまーい通路をぬって歩いて、自分のお気に入りを見つけ、隙があれば、工作の本や、付録付きの雑誌なども買ってもらう。
両親の財布の紐がゆるくなる場所、それが私の子供の頃の印象だ。
そして今もなお、本屋さんは、特別な場所だ。
「特別」というと、ちょっと大げさかもしれないが。
例えば、飲食店は「料理」を売る。スポーツ用品店は「スポーツ用品」を売るし、家電量販店は「電気製品」を売っている。不動産屋さんは「家・土地」を売っている。
一般的には、お店というのは、何かを「売る」、つまり消費をする場所だ。
しかし、本屋さんは「本を売っているお店」と言えるのか、というと、微妙なところだ。
考えてみると、正直なところ私は書店に「本を買いたくて入る」わけではない。
結果的に本を買うことはあっても、書店は、「消費する」ために入る場所ではない。
これは、Amazonで本を買うのとは全く違う。
Amazonは消費、つまり本などを「買うため」におとずれるが、書店に行くのは本を買うためだけではない。
経営的にはゴメンなのだが、本屋さんに入って本を買わないことも多い。
実際、書店は昔から、本の販売だけでは経営が成り立たず、街の3分の2の本屋さんは、副業をやることで生き残って来たそうだ。
テレカ、お菓子、ハンバーガーショップ、コンビニ、ゲーム、アイス、家電、カルチャーセンター、CDなど、「本は客寄せパンダ」という位置づけだったらしい。
[amazonjs asin="B0F2M6M9C4" locale="JP" tmpl="Small" title="町の本屋はいかにしてつぶれてきたか: 知られざる戦後書店抗争史 (平凡社新書 1079)"]
書店とはどんな場所なのか
では、今の私にとって、書店とはどんな場所なのか。
書店はいうなれば、「叡智と出会う場所」だ。
辞書を引くと、叡智は「優れた知恵・心理を洞察する精神能力」とある。
こういうとなんか小難しいが、要は、知識の新しい切り口が「叡智」だと私は考えている。
書店の本アピール方法、選書、あるいは出版社によるフェアなど。
それらはすべて、「本の内容」そのものだけではなく、ある知識と知識の関係に関する、メタ情報を提供してくれる。
・3月に卒業する皆様へ
・人間関係に悩んている人は…
・あの著者が絶賛した元ネタの本……
こういう情報が、Amazonにはあまりない。
いや、あるのかもしれないが、レビューをいちいち読まないといけないし、レビューにはゴミ情報も多い。
もちろん、そういう叡智と出会う場所は本屋さんだけではない。
例えば、学校は叡智を扱うように作られているし、企業も仕事で「叡智」を生み出さねばならない場所だ。
また、そういう場所は街中に他にもあって、図書館、博物館、美術館、コンサート、セミナー、討論会、展示会、……などたくさん存在している。
そういう場所で得られるものは、検索やスマホのニュースから得られる「知識」とはかなり違う。
だから、本屋さんに足を運ぶのだ。
でも、本屋さんの何が良いって、博物館や美術館、コンサートなどと違って、「何の気負いもなく行ける」のがいい。
図書館でも良いのだが、図書館は数が少ないし、本屋さんはあちこちにある。
「副業」で面白いグッズがたくさんあるのも良い。おもちゃ屋さんと図書館の間のようなイメージだ。
書店とのつきあいかた(自己流)
さて、タイトルを回収しておく。
「人間が知識をどのように使っているのか」を書店に行って、見てみる。
本は、古典が良い、と思ったこともあったが、最近は新刊をよく見る。
「ベストセラー」と「新刊」は、世の中のひとの「悩み」を知るに最適だからだ。
最近はお金の本がやたらと多い。
高い「株価」が影響しているのかもしれない。
しかし、単に投資本が売れているのかとおもいきや、結構前に発売された「お金の使い方」に関する知識の一つである、「DIE WITH ZERO」がどこでも売れているので、
「金の使いみちにも興味があるのだな」
「人生に対する疑問があるのだな」
といったことも、あれこれ考えながら本を見ていくのは楽しい。
[amazonjs asin="B08K88Z2XR" locale="JP" title="DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール"]
そして、店内のPOPを見る。
店員さん(?)が渾身の力で書いたPOPはとても面白いものがたくさんある。
【中高 NEWS】ジュンク堂書店大宮高島屋店で書籍POPアップ企画を実施 https://t.co/KbDYlumnai
— 埼玉栄中学・高等学校 (@sakae460127) February 3, 2026
新刊やベストセラーを見たら、次に立ち読みしている人や、本を買っている人を見る。
どの本が手に取られているのか、どの程度立ち読みしているのか、どのような組み合わせで本が買われているのか。
年代によって、どのコーナーに行くのかを見る。子どもたちは何を読んでいるのか、学生は何に興味があるのか。
今どき雑誌を読んでいるのは、一体どんな人なのか。
実は、今も昔も「本を読む人」の数は、それほど変わっていないそうだ。
16歳以上の書籍の読書量は調査以来ほぼ月1冊台で、多少の上下はあれど長期で見ればほとんど変わっていない。
つまり雑誌は購買・読書ともに衰退傾向だが、書籍については購買量は減ったものの、読書量は減っても増えてもいない
(引用:町の本屋はいかにしてつぶれてきたか)
「本は文化」などという高尚な話にはあまり興味がないが、書店は面白い。
「町のおもちゃ屋さん」はなくなってしまった。
が、書店はいまだに、心躍る場所であり続けている。
それを残すために、本屋さんで少し、買い物をして帰る。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書
[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]
Photo:Tom Hermans
毎月のように話題になるためのキャンペーンを考え、タレントやインフルエンサーを探し、単発の施策を繰り返す。
その度に一定の成果は出るものの、終われば元通り。また次のキャンペーンを考える……そんな消耗戦を続けていませんか。
実は、多くの企業がこの状況に陥っているのには理由があります。それは、投資対効果の良い「成果が積み上がる施策」の選択肢が、年々少なくなっているからです。
同じ予算を投じても、一過性の施策と、資産として蓄積される施策では、1年後のリターンがまったく変わります。
本稿では、売上・利益につながる重要指標が時間とともに増え続ける施策を、投資対効果の高い施策として定義します。
その具体的な施策をお伝えする前に、「なぜ今、その選択肢が少なくなっているのか」を理解しておきましょう。この「積み上がる施策」がどのように変化してきたのか、歴史を振り返ってみましょう。
マス広告の時代
かつて、マーケティングの主戦場はマス広告・店頭・流通でした。
企業は、テレビCM、新聞・雑誌、交通広告、折込チラシ、店頭POPといった施策に予算を投じていました。投資対象はコンテンツそのものではなく、広告枠や店頭という「露出を買う」ことでした。
この時代は、メディア接触が特定の媒体に集中し、一定の予算を投下すれば広範囲に確実にリーチできました。
継続的に投資し続けることで、認知や信頼といったブランド資産が積み上がっていきます。
ただし、マス広告そのものは出稿を止めると効果が落ちるという性質があり、継続的な投資が前提となる施策でした。
その後、検索エンジンとSNSが普及したことで状況が変わります。
マス広告には大きな広告費が必要でしたが、SEOやSNS運用は低コストで始めることができ、「コンテンツを増やせばリーチが伸びる」という分かりやすい構造が生まれました。
小さい投資で大きな成果を狙える時代になったことで、これらの施策が注目されるようになりました。
SEO・SNSバズの時代
SEOでは自社コンテンツを作って検索流入を狙い、SNSでは自社アカウントを育ててフォロワーにリーチする。
こうしたオーガニック運用にコンテンツ制作費を投資してリターンを狙う手法が注目されるようになりました。
これらの運用に共通していたのは、コンテンツを積み上げればリーチも伸びていく構造があったという点です。
より多くのSEO記事を作れば検索流入が増え、SNS投稿を続ければフォロワーが増えてインプレッションが右肩上がりで伸びていく。非常に分かりやすい構造でした。
つまり、「コンテンツ蓄積=リーチ拡大」という構造により、一度投資すれば効果が継続的に発揮され続ける。だからこそ、オーガニック運用の投資対効果が高いと評価されていたのです。
メディア環境の激変と獲得広告の限界
しかし、この前提が現在は崩れつつあります。
生成AIの出現で検索行動が変わり、GoogleでもAIによる回答が目立つようになりました。さらにSNSはレコメンドメディア化が進み、フォロワーに対して自社の投稿が届きにくくなっています。
このようなメディア環境の変化により、自社コンテンツやアカウントを育てるオーガニック運用「だけ」に投資しても、以前ほど効率よく成果が積み上がらなくなっています。
もちろん、オーガニック運用は依然として重要です。しかし、マーケティング投資全体における比重や役割が変わってきているのです。
さらに追い打ちをかけるように、獲得広告のCPAが高騰しています。
多くの企業がデジタル広告に参入したことで競争が激化し、広告単価は年々上昇しています。
かつては低いCPAで顧客を獲得できていた企業も、今では費用対効果を維持するのに苦戦している企業が増えています。
獲得広告に頼り切っていた企業は、CPAの高騰により利益を圧迫され、事業の成長が頭打ちになってしまうでしょう。
オーガニック運用だけでは投資効率が低下し、獲得広告はCPAが高騰している。この二重苦により、従来の手法だけでは投資対効果を維持できなくなってきました。
「単発施策」だけでは成果が積み上がらない
だからこそ重要なのが、継続的に成果が積み上がる設計にする、という視点です。
現在、多くのSNS代理店が提案するのは、単発のプロモーションやインフルエンサー施策です。
新商品のローンチ時にインフルエンサーを起用する、キャンペーン時に大きなプロモーションを打つ。こうした施策は一時的に話題を作ることはできても、成果が資産として残りません。
いわば「単発の山を作る」だけで、継続性がないんです。
「バズ狙い」も同様です。短期間に大量のインプレッションを獲得できたとしても、一過性のもので終わってしまいます。
では、なぜ多くの企業が単発施策に頼るのでしょうか。それは、投資対効果の良い、成果が積み上がる施策の選択肢が限られているからです。
広告は、オフラインであれデジタルであれ、出稿を止めれば効果は落ちてしまいます。ただし、費用対効果が良ければ継続的に出稿し続けることができるでしょう。
しかし、「広告を出稿し続ければ売上・利益が伸びる」という単純な構造ではありません。
効果的な広告媒体や手法は限られており、多くの企業が参入すれば競争が激化し、効率が徐々に低下してしまうケースが多いです。
実際、多くの企業がデジタル広告に取り組んだ結果、広告単価は年々上昇し、費用対効果は悪化している傾向にあります。
オーガニック運用の成果が積み上がらない状況も踏まえると、投資対効果の良いマーケティング施策の選択肢が少なくなっているのです。
結果として、企業は単発施策に頼らざるを得ない状況に追い込まれています。
広告×UGCによる成果の積み上げ
では、どうすれば投資対効果の高い、成果が積み上がる施策を実現できるのでしょうか。
その答えが、広告とUGCを組み合わせて、継続的に成果を積み上げていく戦略です。
マス広告の時代には大きな広告費が必要でしたが、SEO・SNSの時代には小さい投資で成果を狙えるようになりました。
そして今、再び広告費に投資する時代になっていますが、ただ元に戻った訳ではありません。
SNSが台頭し、数千万人が日々発話するプラットフォームになったこと、これが大きな変化です。
広告を効果的に活用することによってUGCを増やすことができれば、成果が積み上がっていくマーケティング施策を実現できるのです。
また、SNS広告は少額からでも実施できるため、予算規模に関わらず取り組むことができます。
SNSで広告を使うことを「逃げ」だと捉えている方もいますが、むしろ逆です。
オーガニック投稿は、プラットフォームのアルゴリズム変更によって露出が大きく左右されます。フォロワーがいても届きにくく、バズっても再現性がありません。
しかし、広告は違います。広告費をかければ確実にリーチできるため、アルゴリズムの影響を受けにくいのです。
また、UGCが広告と決定的に違うのは、「施策を止めても残る資産」だという点です。広告を止めれば効果も落ちますが、一度投稿されたUGCは消えることなく、そのUGCが新たなUGCにつながる好循環を生み出します。
以前、ホットリンクが実施した調査では、UGCが増えるほど指名検索が増え、指名検索が増えるほど売上も伸びるという相関関係が確認されています。
UGCの循環を生み出す上で、オーガニック運用も必要不可欠な存在です。UGCが生まれるには、ユーザーが「このブランドについて語りたい」と思える接点や情報が必要であり、それを提供するのが自社アカウントやコンテンツだからです。
つまり、オーガニック運用の役割は「単独で認知を拡大すること」から「UGCを生み出す土台を作ること」へとシフトしているのです。
これこそが、単発施策と継続施策の決定的な違いであり、成果が積み上がる戦略の本質です。
2026年度のマーケティング投資を考える際、「この施策は、1年後も資産として残るか?」という問いを、ぜひ判断基準の1つに加えてみてください。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
増岡宏紀
株式会社ホットリンク 営業本部長
2016年にホットリンクへ入社後、SNSコンサルタント・プロモーションプランナーとして企業のSNS戦略立案や運用支援に従事。現在はコンサルティング営業本部長として、新規顧客の戦略設計から実行支援までを統括。業界イベント・セミナーへの登壇、マーケティング専門メディアへの寄稿・取材実績も多数。2025年12月には、日経BP社より著書『コミュニティマーケティングは「巨人の肩」に乗れ ~UGCと指名検索が増え続けるSNS活用の新常識~』を発売。
[amazonjs asin="B0G3VFXGXV" locale="JP" tmpl="Small" title="コミュニティマーケティングは「巨人の肩」に乗れ UGCと指名検索が増え続けるSNS活用の新常識"]
前回記事:「SNS売れ」はどのように生まれるのか
Photo:Taras Shypka
はじめに
これから希少がんを切り終わったあと、人工肛門を一時造設した自分の話をする。LARS(低位前方切除術後症候群)についても触れる。この状況については、希少がんはほぼ関係なく、広く大腸がん、直腸がんになった人に共通するものになるかと思う。
ただし、おれは横の比較をするつもりはない。あくまで縦の比較であり、おれがおれの身体を通して、おれのなかで感じたことを書く。
ん? 横と縦ってなんだって?
たとえばある有馬記念があって、べつの馬同士、コスモキュランダとダノンデサイルの能力や実績を比べるのが横の比較だ。
一方で、コスモキュランダだけを見て過去の成績、好走傾向、調子の上下などを見るのが縦の比較だ。そういうことだ。
おれがいくら苦しいとわめいたところで、「もっと苦しい病気の人もいる」と言われてしまえば、それはそうだとしか言いようがない。「グエー死んだンゴニキ」はもっと若くして亡くなっている、と言われたら返す言葉もない。
しかし、それを言い出したらきりはないし、不毛なことになりかねない。だれも声を出せなくなる。いろいろな状況の人がいて、それぞれ近かったり遠かったりする。自分の声を出すことによって、わりと近い人の参考になるかもしれない。そのつもりで書く。
もちろん、病気のやつは自分の主治医の言うことを聞け。標準的な医療をしている医師の言うことを。
休戦したつもりでいた
さて、おれは希少がんである大腸のNET(神経内分泌腫瘍)に罹った人間だ。
「罹った」というのは、手術により取り切ったと言えそうなので過去形にしている。転移もなさそうだし、病理診断で写真を見ながら「マージンをとって切れました」というのを聞いた。
おれのなかで、NETという希少がんはなんとかなった、というのが今のところの感覚である(もちろんこの先どうなるかはわからない)。
しかし、入院して、手術して、退院して、それで終わりではない。おれは手術にあたって人工肛門を一時造設したのである。
それが決まったとき、おれは「希少がんと休戦した」と書いた。
「この距離なら肛門温存できそうです」。なにかこう、心から救われたような気になった。
おれは死ぬということよりも、具体的に人工肛門が怖かった。そのことは書いてきたとおりだ。死へのイメージが足りなすぎるかもしれないし、人工肛門を恐れすぎているのかもしれない。でも、そのあたりは人それぞれの感覚、価値観だろう。
結果、人工肛門の一時造設となった。これはなんなのだろうか。聞いた瞬間は「九死に一生を得た」と思った。
そうだ、おれは永久人工肛門ではなく、一時で済むという診断にずいぶんホッとした。助かったと思った。
むろん、人工肛門を閉鎖したあとに「頻便」になるという話は医師からもあったし、そのやりとりも上の記事に書いている。とはいえ、そのときのおれは希少がんの重さと、永久人工肛門かどうかで頭がいっぱいだった。閉鎖後の話が出たときは「なんと」と思ったくらいだ。
もちろん、「人工肛門(ストーマ)の一時造設」についてたくさん調べた。体験談もたくさん読んだ。体験談を読むと、閉鎖後の記録を残している人も少なくなかった。だから、「頻便」では済まないぞ、ということは頭のどこかにあった。どこかにあったが、まだそこまで考える余裕はなかった。まだ腸の中には希少がんがある。
しかし、今考えてみると、おれが救われたようになったこと、ホッとしたこと、よかったと思ったこと、ぜんぶ、浅はかだった。愚かだったといってもよい。休戦と書いたが、その戦場には大量の地雷が残されていたのだ。
人工肛門は最悪だ
と、「地雷」について書く前に、おれの人工肛門に対する印象を書いておく。
最悪なものを想像していたが、それよりもさらに悪い。
造設後2ヶ月、退院後1ヶ月くらい経っての正直な感想がこれである。あくまでおれの場合の話だ。
まずは、内臓が外に出ているという状況そのもの。いくら装具で覆っているとはいえ、このことが怖い。いやな感じがつきまとう。これが24時間絶え間なく続く。
そうだ、人工肛門は新たなる臓器だ。眼鏡のようにつけ外しできるものではない。それが常に主張する。ストーマ装具が主張する。ちょっと動けば、「いま、剥がれるような感覚があった」となる。
歩けば揺れてお腹を引っ張るし、なんなら常に引っ張られている。それだけ強力に吸着していなければ、四六時中便を受け止めて溜めることなどできないので当然だが、そこに意識が持っていかれる。
そして、排出の気持ち悪さ、これである。これはあまり世の中で語られていない。調べても出てこない。ストーマからの排出は基本的に無意識に行われ、本人は気づかないという建前になっている。
だが、おれはときどき「キューッ」となって、足をバタバタさせないと耐えられないような締め付け感に襲われる。そうでないときも、プツプツ、ポツポツと、ストーマが排出するのがわかるときがある。その気持ち悪さといったらない。むろん、ストーマに感覚はないので、周囲の問題だが。
そのあたり、医師に聞いてみたら、あっさりと、「ストーマ周囲の筋肉の反射」と答えてくれたわけだが、本当にこれも辛い。
ストーマが排出時にキューってなる問題(ストーマの痛み、違和感について)
これらが、とにかく24時間、絶え間なく存在しているのだ。部屋の外、病院や会社などであるていどの時間を過ごしていると、どんどん神経がすり減っていくのがわかる。ナイフでザクザクやられているように、メンタルが削られていく。
もちろん、自分の部屋のなかにいようとも、心は休まらない。はっきり言って眠れていない。もとより精神障害があって眠れないタイプの人間ではあるが、それにしても眠れない。眠れたとしても、ゆっくり眠れない。だいたい、ストーマがあるので自由に寝返りも打てない。
造設以来、「よく眠れた」ということは一度もない。時間的に睡眠時間が十分だとしても、おれの目はずっと極度の寝不足のときのように歪んでいる。目の下のくまもとれない。頭のなかももうストレスでむちゃくちゃになっている。もとから狂っているが、一線を超えた狂気の世界に行きそうだ。
最悪より地獄のLARS
「そこまでいうのであれば、たとえ排泄障害になろうが人工肛門を閉鎖するにこしたことはないじゃないか」と言われそうだ。
だが、こんな人工肛門が「パラダイス」のようだと言う人すらいるのが、LARS(低位前方切除術後症候群)である。
数少ない(唯一の?)LARSについてのサイトを少し読めばだいたいわかるだろうか。おれはこのサイトを運営している医師や看護師などの専門家がアップしたYouTube動画もすべて見た。
LARSは、Low Anterior Resection Syndromeの略です。日本語では「低位前方切除術後症候群」といいます。
直腸がんの手術療法には様々な術式がありますが、「低位前方切除術」や「括約筋間直腸切除術」は切除後、残存する結腸と肛門を縫い合わせる、つまり肛門を残す(排泄経路の変更がない)ものです。
この術式では永久的人工肛門を回避することはできますが、実は、患者さんは術後、長期間にわたって複雑でやっかいな排便障害を体験することになります。
LARSの代表的な症状は「不意に生じる便意(便意逼迫)」、「便の漏れ(便失禁)」です。ただ、これらは日中、いつ・どこであろうが、何の前触れもなく突然起こる、予測不可能な症状なのです。ですから、LARSの患者さんは四六時中、排便のことを気にしながら生活することを余儀なくされます。
当然のことながら、会社や学校など社会生活は極めて困難になります。一般の下痢とは原因も症状も全く異なるので、経験も知識もない他者にはなかなか理解してもらえません。家族や周囲の人にさえうまく伝えられず、一人で悩み苦しんでいる人たちがいます。
四六時中の人工肛門のストレスが終わると、次は四六時中の排便のストレスが待っている。その確率は7~9割とされている。
そして、なりやすい、重症化しやすい要素として、「男性」、「高齢ではない」、「一時的人工肛門造設」、「切除した場所の肛門からの距離の近さ」などがあり、おれはすべてに当てはまっている。おれがLARSになるのは確実だといっていいし、重症化する確率も客観的に見て高い。
では、LARSは治るのか。これが、不治の病なのである。なぜならば、直腸そのものが失われているから。直腸という貯蔵タンクがないのである。
ほかの部分は代わりになってくれない。また生えてくるわけでもない。薬やなにかでどうにかするには限界がある。これはもう、物理的に治らない。神経が一緒に切除されているから、などの理由もあるが、なによりも物理的に失われているのが大きいように思える。
この動画でも、患者役が「でもLARSはそのうち治るんですよね?」というセリフを言ったら、不穏な音楽が流れて終わる。
そして、後半に行くとそれに対して明確に答えることなく、どれだけ術後によくならないか、についてのデータが提示される。術後18ヶ月までは改善するが、その後は横ばい。
最初に重症だと、よくて一生軽症のLARS。つまり、一生排便のことで頭がいっぱいになりながら生きていかなければいけない。
というか、頭がいっぱいで済むわけではない。まずは家から出られない。頻便と不意の便意、便失禁、外出は難しいだろう。これが少し落ち着いたところで、おむつが必要な生活がつづく。そんな状況で外に出られるだろうか。
とうぜん、肛門は痛むだろうし、たいへんな皮膚障害が起きることもあるだろう。これが、治らない。一生続く。もう外で仕事をすることもできなくなるし、遊びに行くのも難しい。病院に行かなくてはならないときはどうするのだろうか。一日か二日でも絶食すれば大丈夫だろうか。
第7回 直腸がんの術後の排便障害「LARS」について知る【前編】 発症のメカニズムと食事について(大腸外科医に聞く)
絶食なら大丈夫だろうが、たとえば食事についてのエビデンスもない。まだLARSという病気自体、広く認知されているわけではないのだ。
まあ、それも仕方ないだろう。まずはがんを取り除くというところから始まって、つぎに肛門を温存できるかも、ということが可能になって、さてその次の問題だ。
が、自分のこととしては「仕方ないだろう」では済まされない。
永久人工肛門しか解決策がない
というわけで、上のサイトなどで語られている最後の、最善の解決策が「永久人工肛門造設」である。上のインタビュー記事でもこのようなやり取りがある。
―私は重度のLARSを経験した後、永久人工肛門を造設しました。このような患者の選択をどう思われますか。
肛門に近い直腸がんの方には、私は最初から永久人工肛門を勧めることもあります。手術前に患者さんにヒアリングし、家族構成やお仕事、たとえば長距離トラックの運転など長時間トイレに行きにくいようなお仕事かどうかを確認します。
また、生きがいとしているものがテニスやゴルフ、ダイビングと言った場合など、その方の状況を把握してから術式を決めるようにしています。
上の方で「パラダイス」と書いたが、そう表現していたのはこのインタビュアーの方である。YouTubeの動画でそう語っていた。
この方はがんサバイバーとして積極的に発信を行っており、非常に有用な体験談が読める消化器がんのコミュニティサイトにも関わっている。ただ、ネットに公開されている部分はあるものの、そのサイトは女性専用となっており、男性である自分が直接言及するのは失礼だろう。
まあとにかく、LARSを体験したあとだと、人工肛門がパラダイスに思えるという。ほかにも、一時的人工肛門造設者が、未来のLARSについて思い悩んでいる暇があったら、人工肛門のうちに人に会ったり、好きなものを食べたりしたほうがいいという書き込みなども見た。LARSになると、人にも会えないし、ものも食べられない。そういうことだ。
いずれにせよ、LARSの最終的な解決策がなにかといえば、「永久人工肛門造設」、これなのである。上の記事の動画版も見たが、「そうだよね、人工肛門だよね」という感じで語られている。そうか、なんだ、人工肛門にすればいいのか。
……って、なるわけないだろう。おれがどれだけ人工肛門を恐れ、実際になってみて想像より悪いと感じ、ガリガリ精神を削られているかは書いたとおりだ。
これが「一時的人工肛門造設」という休戦が残していった地雷だ。
地雷という比喩が不適切だと言われるかもしれないが、おれの正直な感覚である。がんとの戦争は終わったはずなのに……。
おれはLARSを知れば知るほど、ひどい恐怖とストレスがのしかかってきて、人工肛門とともに二重の地獄のなかにいる。
第8回 直腸がんの術後の排便障害「LARS」について知る【後編】 排便障害の本質的な辛さ「人間の尊厳」との関わりとは(看護学の教授に聞く)
こちらの記事ではLARSが「人間の尊厳を損なう」とされているが、おれにとっては同じように、人工肛門というものが辛い。あくまでおれの話だが、人工肛門が楽だというのもだれかの話にすぎない。
何かの代償なしに生命は救われない
さて、ここまで書いてきて、最新の情報として「そもそも人工肛門を閉鎖できるのか」という話も出てきたのでちょっと書いておく。
閉鎖に向けての検査で吻合部(つなぎ合わせ部分)が狭くないかということになったのだ。というか、内視鏡を入れたら、1cmの内視鏡が入らないほどであった。そこにバルーンを入れて拡大する手術(?)を2ヶ月くらいかけて何回も行う、そういうことになった。ひょっとしたらよくならないかもしれないし、そうなったら永久人工肛門確定だ。
……と、書いて、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ楽になった自分もいる。人工肛門か便意の地獄かという究極の選択をしなくて済むのではないか? ということだ。
これまで人生でこれといった選択をすることがなかった。ただ流されるままに流れてきて、低く暗い方へ流れ着いた。先の見通しもなにもない。しかし、それにしたって、究極の選択がこんな二択になるとは思いもしなかった。
まあ、これが大きな病気をすることなのだな、とも思う。ちょっと遅れていたら生命を失うような病気が、入院、手術くらいで都合よく消えてなくなってくれるわけがない。これが大病の代償というものなのだろう。
まあ、あまり大きな代償を払いたくないという人間は、こんなものを読んでないで、とっとと大腸内視鏡検査なり、人間ドックなりの予約をしたほうがよい。軽いうちに終わらせろ。そうでないと、おれのように人生が終わる。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
ブログ:関内関外日記
Twitter:黄金頭
Photo by :
今年の正月休みのあいだに、私は長く続けてきたlivedoorブログを整理した。
Googleアドセンスを停止し、すべての記事を非公開にしたのだ。
最後にlivedoorで記事を更新し、活動の場をnoteに移したのは2025年の1月。
「noteに引っ越して、一年経ったらlivedoorブログを消そう」
そう決めていた。
告知はしていない。自分の中だけで決めていたことだ。人知れず、ひっそり消えるつもりだった。
「流れの早い世の中で、もはや個人のブログは読まれなくなっている。きっと1年も経ったら、私のブログが消えたところで誰にも気づかれないだろう」
そう思っていた。
案の定、年明けに全ての記事を非公開にしても、特に誰からも反応がなかった。誰にも気づかれなかったか、なんとも思われなかったのだろう。
寂しいような気もしたが、安堵の気持ちの方が大きい。
正直に言うと、会社員として働き始め、生活の中でリアルでの人付き合いが比重を増していくにつれて、好きなように書き散らかしてきた過去のブログが重荷になってきていた。
facebookのアカウントは、先駆けて削除済みだ。
私は地方で生きているし、これからも生きていく。
田舎の小さなコミュニティで、周囲の人々と密接に関わりながら生きていかざるをえない今後の暮らしについて考えると、ここらで一度、過去を精算する必要があった。
ただ、全てを消し去りたいわけじゃない。noteに転載して、取っておきたい記事もある。
そのため、今は一度すべての記事を非公開にし、ひとつずつ読み返しながら、残すものと、残さないものを選別している。
この作業が思った以上に大変で、遅々として進まない。
私がブログを書き始めたのは2015年で、最後の更新が2025年。意識しないまま、気づけば10年ものあいだ書き続けていたのだ。
一日につき一記事はチェックしようと決めたが、量が多く、いつ終わるのか分からない。
自分の書いた記事を一から読み返していると、時代の移り変わりが見える。
「あぁ、この時にはこんなことがあったのか」「そういえば、あんなこともあったなぁ」と、当時の空気感を思い返しては、しみじみと感傷にひたっている。
私がブログを書き始めた2015年ごろは、個人が情報発信する手段の主流は、まだブログだった。様々なブログサービスが乱立しており、みなが競うように文章を書き、それをFacebookやTwitterで共有し、コメント欄でやり取りをする。
たくさんの人気ブログがあった。耳目を集めるブロガーはインフルエンサーと持て囃され、何冊もの書籍が出版された。
「ブログで稼ぐ」が流行ったのもこの頃だ。
しかし、やがて発信の中心は文字から写真へ、写真から動画へと移っていく。
YouTuberが時代の寵児になったと思ったのも束の間、次第にショート動画やライブ配信へとトレンドは移り、若者の間ではTikTokerやライバーが脚光を浴びるようになっていった。
こうした時代の流れの中で、かつて隆盛を誇った人たちは、どこへ行ったのだろう。
「イケハヤ」や「はあちゅう」といった、炎上を繰り返しながらも強い影響力を持っていた元ブロガーたちは、今でもしぶとく活動はしているようだ。
けれど、もう彼らが世間の関心を集めることはない。
私は、かつて彼らが掲げていた「脱社畜」をうたうビジネスを、かなり批判的に書いてきた。彼らの手の内を知るほどに「こんな悪党どもは私が叩き潰してくれるわ!」と息巻いていたのだ。
今振り返ると、何をそんなに怒っていたのかと不思議に思うが、当時はまだ“憤れる若さ”があったのだろう。
あの当時、イケハヤ、はあちゅう、そして彼らの取り巻きへの批判記事を書くアンチやウォッチャーは、私以外にも数えきれないほど居た。私たちが書くような批判記事にもPVが集まったのは、それがネットのエンタメだったからだ。
彼らが起こす高火力の炎上の愉快さと、それに対する苛烈な批判の痛快さとがセットになることで、ネットユーザーを熱狂させるコンテンツになっていたのである。
ネットの空を茜色に染めていた火柱も、それを眺める野次馬たちの高揚も、今や昔の話だ。
今になって思うのは、彼らのような炎上ブロガーを終わらせたのは、アンチやウォッチャーからの批判ではなく、本人たちが起こしたスラップ訴訟でもなく、時間だったということだ。
インフルエンサーには旬がある。
どんな過激な表現にも、どんな極端な思想にも、人はやがて慣れてゆき、飽きてしまい、そして新しいオモチャを探し始める。
情弱ビジネスの一種であるキラキラ起業や、スピリチュアルの流行も同じだ。
かつてキラキラ起業と呼ばれたムーブメントは、まだ消えてはいない。
けれど、そこにかつての熱狂はない。
スピリチュアルと結びついたインチキなビジネスも、教祖たちが自滅したり、方向転換したりしながら鎮静化していった。
かつて多くの女たちの心をとらえた
「自分を愛し、自分だけの機嫌をとり、自分らしくワガママに生きよう」
「嫌なことはしない。どこまでも己の欲望に忠実であれ」
「私は私。他人がなんとディスってこようと、耳を貸す必要はない」
という、一昔前は新鮮だった子宮系スピリチュアル教祖たちの主張も、珍しくもなんともなくなってしまった。
まったくと言っていいほど同じ内容を、今では教祖たちよりはるかに面白いトーク力でアレン様が喋っているし、圧倒的な迫力で、ちゃんみなが歌いあげる。
本物の才能と突き抜けた存在の前では、スピリチュアル教祖たちのささやかな人気や影響力など吹き飛ぶしかない。
だいいち、いくらアメブロで「女たちー!女性性を開花させよう!子宮の声を聞いて!」と語りかけても、もはや「カモになりそうな女たち」は字を読まないのだ。
発信手段のトレンドも、時代と共に移り変わる。
私が馴染んでいたTwitterはXに変わり、青い鳥は消えた。
そして、SNSは「誰もが無料で発信できる場」ではなくなってしまった。
サービスは有料化し、どの投稿が表示されるかはAIが決め、フォロワー数は無意味と化した。
ブログを書き、リンクをSNSで流し、フォロワーから反応が返ってくる。そして交流が生まれる。そんな循環は、もう当たり前ではない。
つまらないけれど、仕方がないことなのだ。こうした流れに違和感や失望を感じること自体が、私自身がとっくに時代遅れになっている証拠なのかもしれない。
今のところ、noteは楽しい。
広告は表示されず、コメントを通じた読者との交流もあり、かつてのSNSやブログ文化を彷彿とさせる一面がある。
私はnoteに活動の場を移したけれど、livedoorブログ時代に親しく交流していた人たちの多くは、とっくに消えてしまった。
彼ら・彼女らは時代に敗北したのではなく、成長し、変化し、卒業していったのだ。
私自身もまた、変化している。気持ちも、立場も、生き方も。
私が10年間ブログに書いてきたのは、その時々で熱くなったり、冷めたりする自分の温度だったのかもしれない。
時代は変わる。
プラットフォームも、アルゴリズムも、読者も変わる。
それでも、書くという行為だけは、形を変えながら、しぶとく生き残っていく。
私は、次の場所で、また書くだけだ。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
マダムユキ
ブロガー&ライター。
リンク:https://note.com/flat9_yuki
Twitter:@flat9_yuki
Photo by :Denny Müller
少し以前の事だが、陸上自衛隊の元最高幹部とお酒をご一緒させて頂いている時、こんな質問をしたことがある。
「鈴木貫太郎ってなぜ、あのタイミングで総理大臣を引き受けたのでしょう。実利からも名誉からも全く割に合わないので、よくわからないんです」
鈴木貫太郎とは、太平洋戦争で日本が敗れた時の最後の総理大臣だ。
1945年4月、敗戦のわずか5か月前に、今に至るも史上最高齢となる77歳で着任した首相として知られる。
昭和天皇から、戦争を終わらせるよう直々に大命を受け、文字通り命を懸けて戦争を終わらせた人物といえば、ご存じの方も多いだろう。
その鈴木、元々は生粋の軍人だった。
日露戦争では、駆逐隊の司令として日本海海戦に臨み、多くのロシア艦を撃沈した歴戦の英雄である。
多くの武勲もあり海軍大将まで昇るのだが、退役後は名誉職のポストを歴任しながら老後を養っていた。当然、総理大臣どころか何らの国務大臣を務めた経験すら、まったく無い。
そんな鈴木が、「(戦前の)日本を滅亡させることになる、最後の総理大臣をやれ」といわれたわけである。人生をかけて築き上げてきた名誉が全てぶっ壊れるだけでなく、子々孫々まで「敗戦の総理大臣」と誹りを受けるだろう。
実際この時、長老たちは多くの政治家に総理大臣への就任を打診するのだが、適任と思われる者たちは皆逃げた。
そのため最後に、その役割が鈴木に回ってきたわけである。
どう考えても、こんなもの受ける方がおかしい。
とはいえ同じ立場なら絶対に受けたくないし、私だってきっと逃げる。
そんな思いもあり、同じ「最高位にあった元軍人」である陸将に、冒頭のような質問をしたということだ。
すると返ってきたのは、こんな言葉だった。
「桃野さん、それは貫太郎が軍人だったからです。逃げ出した人たちは、政治家だからです」
(そうか…そういうことか)
短くシンプルな答えだったが、一瞬で腹落ちした。
「もっと早く救助が来ていれば…」
なぜ腹落ちしたのか。
その説明の前に、毎年この時期になると思い出す印象深い話を聞いて欲しい。1995年1月17日午前5時47分に発生した、阪神淡路大震災についてだ。
いまさら多くの説明は要らないだろう。
淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の地震が主に阪神地方を襲い、死者・行方不明者6,437名もの犠牲が出た、痛ましい出来事である。
「確かに痛ましい大災害だったけど、東日本大震災の死者・行方不明者22,228人に比べると、減災できた方なのでは?」
そんな印象を持つ人がいるかもしれないが、全く違う。なぜそんなことが言えるのか。
政府の公式資料から記述するが、東日本大震災における犠牲者の死因は、90%以上が溺死であった。
あれほど急速かつ大規模に押し寄せてきた未曾有の津波の前に、人は本当に無力だった。
誰がどうしたところで、発災後に救える命は限定的だっただろう。
それに対し、都市直下型の阪神大震災は、まったく違った。
死因の7割超が、建物などの倒壊による圧死・窒息死であり、なおかつ建物が倒壊し挟まれたことで身動きが取れず、凍死や焼死に至った人を含めると、9割を超える。
東日本大震災とは、犠牲になった方の死因が全く異なるのである。
「もっと早く救助が来ていれば、助かった命が無数にあった可能性がある震災」であったということだ。
言い換えれば、自衛隊に1分でも1秒でも早く災害派遣要請が発出されていれば、多くの命が救われた可能性があるということである。
にもかかわらず、自衛隊に災害派遣要請が為されたのは発災後、実に4時間以上も経った後の、午前10時頃。
今さら名指しは避けるが、自衛隊に災害派遣要請を出す権限を持つ地元の首長による、余りに遅すぎる最悪の意思決定の結果である。
「いやいやいや。あれほどの大災害なんだし、全体把握には時間がかかるでしょ
「批判は結果論に過ぎない。むしろ4時間で意思決定したのであれば、十分では?」
そんなふうに思う人も、きっといるかもしれない。
そう考える人に対して聞いて欲しい話が、本コラムのメッセージである。
前例のない決断
その話とは陸上自衛隊の第36普通科連隊、黒川雄三・連隊長(当時・以下敬称略)の意思決定についてだ。
第36普通科連隊は兵庫県伊丹市に所在し、発災時における受け持ち地域は北大阪及び阪神地区である。もっとも被害の大きかった地域を管轄する、陸上自衛隊の部隊だ。
そして1995年1月17日5時46分。
黒川は経験したことがない大きな揺れで目を覚ますと、直ちに連隊本部に現れ、隷下部隊に対し出動待機命令を出す。
しかしいつまで経っても、政府や地元首長からの出動要請がまったく下りてこない。
その一方で、目の前では建物が大規模かつ広範囲に崩落し、また煙が上がり次々と火災の確認報告がなされる。
この非常時に指を咥え、人々が犠牲になっていくのを見ているしかないのか…。
そんなことに思い悩んだであろう黒川は、前例のない異例の決断を下した。自衛隊法第83条3項の近傍派遣条項を援用しての、独断での人命救助である。
詳細は端折るが同条項には、基地や駐屯地の近傍で火災が発生した際には、指揮官は独断で部隊を動かしても良いことが記されている。
とはいえその目的は火災の鎮圧であり、それ以上でもそれ以下でもない。
黒川はこの条項を援用し、午前7時30分に部隊を動かすことを決断すると直ちに、人命救助に動き出した。
地元の首長が午前10時に自衛隊に災害派遣を要請する、実に2時間30分も前である。
言うまでもなくその結果、多くの人命を救助している。
これだけを聞くと、ただの「勇気ある美談」と思われるだろうが、まったく違う。
今の若い人には想像もつかないと思うが、1990年代といえば、社会党(現社民党)の党首が総理大臣であり、日本全体が“左傾化”していた時代だ。
自衛隊に対する世間の理解は最悪であり、マスコミをはじめとして、自衛官には何をしても許されるような風潮があった。加えて、兵庫をはじめとした近畿地方は伝統的にリベラルが強く、特に自衛隊に風当たりの強い地域である。
そんな中で、前例のない自衛隊法の援用を理由に、指揮官が独断で部隊を動かしたら、どうなるか。
「二・二六事件再来の恐れ」
「満州事変の教訓が生かされていない自衛隊法」
などのように、マスコミが書き立てる可能性が極めて高かっただろう。
当然、そのように世論が動けば黒川はクビになっていたであろうこと、想像に難くない。
控えめに見ても、左遷されキャリアを失うであろうことは、本人も理解していたはずだ。
にもかかわらず、黒川は前例のない独断で部隊を動かし、多くの人の命を救った。
繰り返すが、阪神淡路大震災における犠牲者の死因は7割超が圧死であり、身動きをとれなかったことによる凍死や焼死を加えると9割超に昇る。
その現実をまさに現場で目にしていた黒川が決断したことの重みを、どう思われるだろうか。
「もう一つの真実」
話は冒頭の、鈴木貫太郎の決断についてだ。
十分な名誉と悠々自適な老後生活をすべて捨ててまで、なぜ国家滅亡の責任者という誹りと命の危険を選んだのか。
どう考えても割に合わない総理大臣への着任を、なぜ引き受けたのか。
「桃野さん、それは貫太郎が軍人だったからです。逃げ出した人たちは、政治家だからです」
元陸将の言葉が、シンプルでありながら軍人という人たちの価値観と行動規範を表している。
軍人にとっての行動規範とは、適時適所において迷い無く正しい意思決定を下し、その意思を貫徹することにある。
政治家のように、利害得失の計算や環境要因により、「為すべきこと」が変わるようなことなどない。
「こんなことしてクビになっちゃったらやだなあ。見なかったことにしよう」
そんな行動規範からは、最も遠いところにいる。
「いやいやいや、それは鈴木貫太郎が特別だっただけでしょ。黒川連隊長も、例外的に立派な人だっただけでは」
そんな風に思われるだろうか。
確かに24万人もいる自衛隊はある意味で社会の縮図であり、立派な人もいればどうしようもない人もいる世界だ。
しかし、大部隊を率いる指揮官に昇れるような人はかなりの確率で、貫太郎や黒川と同じ決断を下すと確信している。
だからこそ冒頭のような質問に対し、元最高幹部は迷い無く即答した。即答できるということは、血肉になっている常識ということであり、考えるまでもないからである。
なお余談だが、自衛隊への災害派遣要請が遅れた地元の元首長は後年、講演会でこんなことを言ったことがある。
「自衛隊って、数年で偉い人が入れ替わるんです。あの時も、誰に連絡していいかわからなかったんです」
余りにもバカバカしい言い訳だ。小学生ですら、もう少しマシな言い訳をするだろう。
それに対し黒川は、後年までこう悔やんでいたそうだ。
「もっと早く部隊を動かしていれば、もっと多くの人の命を救えたのではないか…」
そして忙しい公務の傍ら、時間を見つけては四国八十八ヶ所をお遍路で回り、犠牲者に鎮魂の祈りを捧げ続けた。
この話は毎年、1月になると色々なメディアに何度も、同じような文脈で書いている。
今年も書いた。
ぜひ一人でも多くの人に、阪神淡路大震災における「もう一つの真実」を知ってほしいと願っている。
[adrotate group="46"]
【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
改めまして、震災で犠牲になったすべての人のご冥福をお祈りします。
微力ですが、できる限りの教訓を語り続けたいと思っています。
X(旧Twitter) :@ momod1997
facebook :桃野泰徳
Photo: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kantaro_Suzuki_suit.jp
「あいつら、内容の無いことばかり喋ってやがる」と学校や職場の同僚を馬鹿にする人は珍しくない。
世間を知らない学生のセリフかと思いきや、30代、40代の人が同じことをさえずっているのを見てびっくりさせられることもある。ほとんどの場合、こうしたセリフは人望が無い人の口から出てくる。
いつも思弁している人、いつも世界の重要事について考えている人は、世間では少数派だ。
いや、実のところ、「あいつらは内容の無いことばかり喋っている」と言っている本人だって本当はそうなのだ。有意味なこと・重要なことだけを喋る人間など、めったにいるものではない。
仮にいるとしたら、それは事務的な内容や数学の解法のような内容しか喋らない、ロボットじみた人間だろう。
少なくとも、「あいつらは内容の無いことばかり喋っている」などという、内容の無いことをペラペラ喋ったりはしない。
「コミュニケーションの内容」より「コミュニケーションしていること」のほうが重要
人間同士のコミュニケーションを振り返った時、そのコミュニケーションの内容が厳密に問われている場面は思うほど多くはない。
もちろん、報連相的なやりとりに際しては正確な情報伝達が肝心だし、そのためのトレーニングも必要だ。しかし日常会話の大半は、「コミュニケーションの内容」よりも「コミュニケーションをしていること」のほうが重要だ。
その典型が、「おはようございます」「お疲れ様です」「おやすみなさい」「よろしくお願いします」といった挨拶のたぐいである。
挨拶には内容は無い。昔は、“お早うございます”にも内容があったのかもしれないが、もはやテンプレート化している今では無いも同然だろう。
だが、進学や就職のたび挨拶の重要性が語られることが象徴しているように、コミュニケーションに占める挨拶のウエイトは馬鹿にできない。挨拶を行う意志や能力を欠いている人は、社会適応は著しく難しくなるだろう。
お天気や季節についての会話や、時事についての会話、女子高生同士のサイダーのような会話なども、しばしば「内容のない会話」の例として槍玉に挙げられる。
しかし、交わされる言葉の内容そのものにはたいした意味が無くても、言葉を交換しあい、話題をシェアっているということ、それ自体には大きな意味がある。
言葉には、一種の“贈り物”みたい効果があって、言葉を交換しあうことが人間同士に信頼や親しみを生みだす。というより、黙っていると発生しがちな、不信の発生確率を減らしてくれる、と言うべきかもしれない。
人間は、「私はあなたの存在を意識していますよ」「私はあなたとコミュニケーションする意志を持っていますよ」と示し合わせておかないと、お互いに不信を抱いたり、不安を抱いたりしやすい生き物だ。
だから、会話内容がなんであれ、お互いに敵意を持っていないこと・いつでもコミュニケーションする用意があることを示し合わせておくことが、人間関係を維持する際には大切になる。
「空っぽのコミュニケーションが好き」も立派な才能
だから、内容のなさそうな会話を楽しくやっている人達のほうが、内容のなさそうな会話を馬鹿にしている人達より、コミュニケーション強者である可能性が高い。
言葉を交わす行為をストレスと感じたり、嫌がっていたりしている人は、この、“贈り物”としての言葉の交換をあまりやらないか、やったとしてもストレスと引き換えにやることになるので、そのぶん、信頼や親しみを獲得しにくく、相手に不信感を持たれてしまう可能性が高くなる。
対照的に、言葉を交わす行為がストレスと感じない程度に定着している人や、言葉の交換をとおして承認欲求や所属欲求を充たせる人は、ますます信頼や親しみを獲得しやすく、不信を持たれにくくなる。ということは、学校や職場での人間関係にアドバンテージが得られるってことだから、「空っぽのコミュニケーションが好き」は立派な才能である。
こうした言葉を交わす行為の効果は、いつも顔を合わせる間柄、日常的に顔を合わせる間柄においてモノを言う。
毎日のように顔を合わせて言葉を交わすからこそ、毎日の挨拶やコミュニケーションが大きな信頼や親しみを生む。逆に、そこらへんが不得手な人は、不信の芽を育ててしまいやすい。
挨拶も世間話もせず、飲み会にも顔を出さないような人は、遅かれ早かれ孤立する羽目になるだろうし、その孤立によって、成績や業績の足を引っ張られやすくなるだろう。
だから、「内容の無いコミュニケーション」「空っぽのコミュニケーション」を馬鹿にしている人は、何もわかっていない、と言える。
職場で最適なパフォーマンスを発揮し、チームワークを発揮していきたいなら、むしろ、挨拶や世間話を楽しんでいる人をリスペクトして、その才能、その振る舞いを見習うぐらいのほうが良いのだと思う。
もちろん、挨拶や世間話は出来るけれども業績や成績がまったくダメな人もそれはそれでダメだが、自分の業務や成績のことばかり考えたり、報連相的な情報伝達の正確さばかり気にしたりして、言葉の交換を軽んじているようでは、渡世は覚束ない。
「内容のないコミュニケーション」が上手になるためには
じゃあ、どうすれば「空っぽのコミュニケーション」が上達するのか?
一番良いのは、子ども時代から挨拶や世間話を毎日のように繰り返して、そのことに違和感をなにも覚えない状態で育ってしまっておくことだと思う。
毎日挨拶ができること・世間話を楽しむことには、文化資本(ハビトゥス)としての一面があるので、物心つかない頃からインストールしてしまっているのが一番良い。
だが、一定の年齢になってしまった人の場合は、自分の力でコツコツと身に付けていくしかない。
その際には、会話の内容や正確さだけでなく、言葉を交換すること自体にも重要な意義があることをきちんと自覚し、「こんな会話になんの意味も無い」などと思ってしまわない事。
それと、そういう会話を上手にこなしている人達を馬鹿にするのでなく、社会適応のロールモデルとして、真似できるところから真似ていくことが大切なのだと思う。
そしてもし、今の職場で挨拶や世間話をする機会が乏しいとしても、そのままほったらかしにしておかないほうが良い。
世の中には、挨拶や世間話をする機会が乏しく、業務上の報連相的なやりとりばかりの職場も存在するが、それをいいことに言葉の交換をおざなりにしていると、じきに「空っぽのコミュニケーション」ができなくなってしまう。
そのような人は、職場以外でもどこでも構わないから、挨拶や世間話を実践して、「空っぽのコミュニケーション」ができる状態をキープしておいたほうが良いと思う。
いざ、「空っぽのコミュニケーション」が必要になった時、慣れていないととっさに出来ないし、できなくなってしまった状態でできなければならない場所に参加した時にはすごく困ってしまうからだ。
──『シロクマの屑籠』セレクション(2017年5月7日投稿)より
[adrotate group="46"]
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

Photo:
どーもー、ズイショと申します。本年もよろしくお願いしますー!
本題ではないので諸々省いて結論から申し上げますと、今の僕はうつ病になってしまい休職中の身となっております。
まず睡眠時間がコントロールできない。朝まで寝れない時もあれば、一日中起き上がれずに布団でうとうとしている日もある。
夜20時に倒れるように眠りにつき25時頃に覚醒してそれから布団に入り直してもずっと眠れない。このテキストは早朝5時に書き始めています。
食事を取れるも取れないもその日次第で家族の団欒の日としたい土日はすき焼きやら寿司やらハンバーガーやら飲み食いはできるが、そんなハレの日に対して家族が家にいない平日のケの日は薬を飲むために仕方なくパウチのゼリーを腹に入れて薬飲んでそれだけなんてことを繰り返しています。半年で体重が10kg減ったり、カップ麺なんかに頼って5kg戻したり。
こんな「うつ病って大変なんだよ」なんて話はネット上に出回って枚挙に暇がないありふれた話なので本題ではなくてですね、今回僕がしたいのは「マジョリティがマイノリティになってみてわかったことが色々ありました」という話です。
以下からが本題になります。
僕の自己紹介をすると、ステータスだけで言えばそれなりに楽しくご機嫌に生きてきたんだと思います。それなりの給料をもらえる会社員としての本業があり、副業もそれなりにこなして妻子を持ち働いてきました。つまりは特に福祉に頼らずマイペースに生きているそこらへんのおっさんです。次の3月で40歳になります。
ところがどっこい経緯は省きますがうつ病を患い急転直下でダメになってしまいました。
会社とか家族とか環境のせいにするつもりはさらさらありません。僕はどうもおかしくなってしまった。ずっとおかしかったのかもしれない。今までのように生きるのはどうにも難しい状態に陥っている。ただその現実を受け入れるばかりの毎日です。
人間を格上だとか格下だとかそういう考えのもとに他人を値踏みして生きてきた自覚は一切ありません。それでも僕は自分はもうダメだと思い至りうつ病になってしまいました。
しかし、その一方で俺は今までマジョリティであったことへの強い自覚と、僕は今マイノリティになってしまったんだという強い自覚があります。
うつ病になって休職に至ったことで、それ以前の僕には関係がなかった色々な手続きや制度に触れる機会が増えました。
うつ病なんざいつ治るかはわからないため退職という選択肢も当然ありえるので、そういうサポートをしてくれるサービスを受けてみたりもしました。あるんですよ、退職給付金サポートみたいなサービスが、世の中には。
結論としては僕にとっては何の役にも立ちませんでしたが。
故郷を離れて生きる自分は現状報告を常に故郷の父親にはしていたものなのでありのままを共有していると、「退職給付金最大480万円!」と謳う広告を父親に紹介されて、一度相談してみれば?と促され、最悪の場合は父親に金の無心が必要になる可能性もあるのでこれを突っぱねては金の無心もやりにくいというので、とりあえず受けてみました。
しかし、そこでサポーターから聞かされたのは当たり前に自分でリサーチして知っている程度の傷病手当や失業保険の仕組みについてまでで、広告でひらひらとひけらかすようなおいしい話は特にありませんでした。1時間のオンライン面談のうち15分で「そこらへんは全部わかってます」で話は終わり、残りの45分は業界の情報交換に終始しました。
僕が「今回は初回無料相談ということですが、契約するとなるとどうなるんですか?」と尋ねると彼は「最初の契約で30万前後、その後は失業保険の代行で月2万頂いてます」と回答しました。
全部自分でそこらへんの手続き未だできる僕からすると大変に馬鹿げた金額になるのですが、それを自分でできない方々がメイン顧客になるとのことです。手取り20万あるかないかのブラック環境下で働く方々が多いとの回答を得ました。
うつ病ながらもそこらへんの知識を以って自分で書類処理ができる人というのは面談希望者の全体の1割以下らしく、その人たち以外の9割の方々を助けるためのサービスをやっていると担当者の方はおっしゃっていました。
ふざけたサービスだなと僕は思いましたし、担当者の方もふざけたサービスであることを隠しもしませんでした。彼にも彼のノルマがあるし、絶対に契約してくれない僕とも1時間の面談を続ける義務があったのでしょう。
「人類の半分は偏差値50以下」というのは僕が好んで使う言葉ですが、なるほど世の中はこういう風に回っているんだなと改めて感じました。
僕がうつ病なのは事実なのであーだこーだ言う資格はないのかもしれませんが、見えない世界が見えてくる。
うつ病であることは診断を受けた以上間違いないながらも、これはあたかもダークツーリズムのようでいたたまれない気持ちになります。言葉を選ばなければ、下界に降りてきた気持ちもあります。自分が病を抱えて初めて見えた社会は助けてくれないんだなという冷酷な景色が見えます。
他にも色々な手続きを進めていますが、悪い世界をちょっと見学に行こうかなという感覚が抜けません。これは、僕が本当にうつ病であることを認めたくなくて面白がってるフリを気取ってるだけなのかもしれませんが。
それでもやっぱり感じるのはマイノリティへの不親切、存在するはずの福祉の存在をアピールしない世の中の仕組み、そういうものを頑なに隠して自己責任に追い詰める社会の有り様。そして、それをサポートしますよと手数料を掠め取る変な事業会社。
俺はそういうやつらと戦いながら何とか生き延びるしかやることがないんだけれども、「向こうがそのつもりなら俺だってハックしてやるぜ」の方針でやるしかないんですけど。
とりあえずはそういった現実をこの眼で見てやったぜを自分の誇りにしながら、まあなんとかやっていこうと考えています。何から卒業すればいいのかはわからないけど、何をハックすればいいのかはなんとなくわかる。そんな自分にも嫌気がさします。
詳細をここで多くは語りませんが、会社の制度とか国の制度とか、こんなに優しくなくてこんなに不親切でこんなに聞かないと説明してくれないんだとびっくりする毎日です。
俺はなんとかやってやるよやってみせるよと孤軍奮闘しながら、俺はもう一度くらいは上に登ってやるよと思いつつ、こんなのみんながみんなできるわけないじゃんもっと親切にしてやってくれよと思いつつ、僕は今できることを必死にやっています。同じように必死にやってる人がたくさんいるんだな、でも、うまくできない人もたくさんいるんだろうなということを思いながら。
ダークツーリズムは上からじゃなくても下からでも参戦できる。この世の中は狂っている。困っている人を助けながら生きてきたつもりではいたが、こんなにも世の中は困ってる人に冷たい世界なのかを思い知る一つの冒険を俺は今やっている。
無力感がある。俺のこれまでの善行ぶった振る舞いと関係なく世の中はマイノリティを虐げてきたし、俺も虐げた側だったのかもしれない。それだけが辛い。誰かを助けたかった、それは叶わなかった。その報いを一手に引き受けるほどの愛も情も俺には無かった結果が今なのだろうか。無念としか言いようがない。愛すべき人間が増えただけでその人らを抱きしめる腕の数は足りないまま、とぼとぼと歩く。
以上、ズイショでしたー!本年もよろしくお願いします!
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
著者名:ズイショ
関西在住アラフォー妻子持ち男性、本職はデジタルマーケター。
それだけでは物足りないのでどうにか暇な時間を捻出してはインターネットに文章を書いて遊んだりしている。
そのため仕事やコミュニケーションの効率化の話をしてると思ったら時間の無駄としか思えない与太話をしてたりもするのでお前は一体なんなんだと怒られがち。けれど、一見相反する色んな思考や感情は案外両立するものだと考えている。
ブログ:←ズイショ→ https://zuisho.hatenadiary.jp/
X:https://x.com/zuiji_zuisho
photo by Kinga Howard
こんにちは、しんざきです。ついこの間まで、2025年って12月60日くらいまで伸びないかなあと妄想していたんですが、気が付いたらもう2026年1月が半分を過ぎていますね。
何なんでしょうこの4倍速展開。イベントテキストを高速スキップする設定のソシャゲか?
この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。
・年末大掃除をしていて、「子どもが欲しがって/必要だと思って」買ったのに案外使われなかったものを色々整理しました
・「使われなかったもの」の共通の原因は、大きく「欲しがる動機が一過性」「片付けや出し入れに手間がかかる」「普段の生活で触れない/目にしない」あたりであった気がします
・つまり、「必要性の検討が不十分だった」「使い始めるまでの手間とハードルを甘く見積もっていた」「普段の行動の導線上になかった」ということになります
・あれ、これシステム開発の仕事でもよくやってるヤツだな?
・開発業務でも、「作ったはいいが定着しないシステム」というものがしばしばありますが、考えないといけないことは大体同じであるように思います
・つまり、「必要性の検討」「導線の検討」「運用の手間の検討」です
・必要性についてはどうしても調整が難しい部分がありますが、使うまでの手間と導線については改善できる可能性があります
・「これ、買ってもいいけど遊ぶ/使うかな……」と迷った時は、「開発案件のつもりで、導線と運用の手間を改善する」のが一つの手です
以上です。よろしくお願いします。
さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。
「買ったけど案外使わない」の理由
皆さん、「買ったはいいが、思ったほど使わなかったもの」って発生させてしまう方でしょうか?「これ良い!欲しい!」となって買った/買ってあげたのに案外有効活用されていないとか、しまいこまれたまま2、3回しか使われていないとか、値段に関係なく、そこそこ悲しいですよね。
お恥ずかしいことながら、しんざき家ではわりと頻繁にそれが発生してしまいます。特に「子どもが欲しがったか、あるいは必要だと言うので買ってあげたけど使わなかった」ものが割合として多いのですが、まあ大人サイドでもちょくちょく発生します。
昨年末、家の大掃除をしていて、「あー、これ買ったはいいが殆ど使わなかったなー」「あー、こっちも全然使わなかった、もったいなかったなー」というものが複数出てきました。
例えば、商品名は伏せるんですが、iPadと物理パーツを連携させることで様々な物理パズルが楽しめる知育玩具とか。

例えば、リ〇ちゃん人形を遊ばせられるサイズになっているコンビニ型のおもちゃとか。

例えば、冷蔵庫で事前に冷やしておくと、夏暑くなった時に首の周囲に巻いておくことで冷感を得られるリングとか。

例えば、コロナ禍で頻繁に朝ごはんを作る状況になったので買ってみたホットサンドメーカーだとか。

以上はあくまで一例であって、他にもまあ色々あります。プリントを整理するための整理ボックスとか、足指用のクリームだとか、PC用の新しいガジェットだとか。単に例示し切れないだけです。
で、これらの品々について改めて考えてみたところ、どうもある程度共通点がありそうに思ったんですよね。大体同じような理由、同じような経緯で、買った後あんまり使わなくなってる。
・「欲しい理由」が一過性である、ないし目的の緊急性が低い、切迫度が低い
・普段の生活で目に入る場所に置いていない、片付けられると目に留まらない
・利用できるまでにひと手間かかる、準備が面倒である
・いざ使ってみると使用感が違った、既存のものでやりくりした方が便利だった
他にも色々あると思いますが、しんざき家に関する限り、この辺が代表的な理由であるように思います。
上記で言うと、「iPadにパーツを装着しないといけない知育玩具」なんて、「利用できるまでにひと手間」の最たるものですよね。
まず「箱を取り出す」「パーツを取り出す」「パーツをiPadにつける」「iPadを起動する」だけで既に四段階手間がある。しかもその後、物理的なおもちゃ部分を取り出して、遊んで、終わった後は片付けないといけない、なんて「遊ぶ」前の段階で既に相当疲弊してしまいそうです。
「普段の生活で目に入る場所においていない」という話で言うと、冷感リングもそうかも知れません。
もちろん「いちいち冷蔵庫にしまっておかないといけない」という手間もさることながら、我が家、子どもが普段通る導線上にキッチンがないので、「見よう」「使おう」という意図がないと冷感リング自体に接触しないんですよ。
もちろんこの辺りの話は、その商品自体の問題というよりは、しんざき家での利用シーンとのギャップや、事前の見積もりが甘いというところに根本原因があります。
その点、単に我が家にフィットしていなかったというだけで、快適に利用される方もたくさんいるだろう、とは思うんです。
ただこれ、よく考えてみると何か既視感があるというか、学校の試験を受けていたら「あ、進研ゼミでやったやつだ!」みたいな感覚があったんですよ。
早い話、「開発してサービスインしたはいいが、運用が定着しなかったシステム」と似ているような気がするんです。
「定着しないシステム」の発生をどのように防いでいるか
上のパートで書いた「使わない理由」について、もう少し一般化してみると、多分下記のようになると思います。
・要件の検討・必要性の深掘りが足りていなかった
・普段の導線上に配置されていなかった
・運用に至るまでの手間や運用上の工数が想定より高いハードルになっていた
・UI/UXのフィッティングやモックテストが不十分だった
あーあったあった。何度もあった。
しんざきはシステム関連の仕事をしていて、開発にもちょくちょく携わってはいるんですが、「作ったけど使われない機能」だとか、「サービスインしたけど利用されないシステム」みたいなものも、しばしば観測してきました。
CSVでデータを食わせれば凄く綺麗なダッシュボードを作ってくれるのに結局Excelで済ませられてるBIツールとか、わざわざカスタマイズで開発されたっぽいのに職場の誰に聞いても「いや、何の機能なのか知らないです……」って答えが返ってくるメニューとか、そういうのですよね。
もちろん仕事って内容も環境も変化するものですし、その時々によって必要性や必要度合いも変わるわけですから、こういう「使われないシステム」問題、そう簡単に解決する話でもないんです。
開発側に問題がありそうなことも、利用者側に問題がありそうなことも、誰も悪くなさそうなこともあります。
とはいえ、「あともう一歩、こういう風になってればちゃんと使われそうなのになあ……」ということも時にはあって、実際それで仕事をいただいて、システムの改善でお金をもらったことも何度もあります。
とすると、それと似たようなことが家庭でもできるんじゃないのか、って話ですよね。
「使われない」理由には、ある程度定型パターンがあります。すごく単純にまとめてしまうと、「要件」「導線」「運用」の三つ。
・必要性が一過的なものかどうか、継続して必要か、緊急性があるか
・普段の生活で目にする配置になっているか
・使い始めるまでの手間、使い終わった後の手間は重くないか、重い場合軽減できないか
この三点をもう一押し検討してみる、というのは、家庭内で「使われない」ものを減らすために、もしかすると有用かも知れません。
「期待しなかったけど使われているもの」から、「使われるコツ」を考えてみる
ここでちょっと話のスコープを限定して、子どもの遊び用のおもちゃの話をすると、まず「要件の深掘り」って難易度かなり高いんですよ。
子どもの「欲しい!」なんて大体一過性なものですし、欲しい理由を整然と説明できる子なんてそうそういない。
もちろん、「欲しい」をロジカルに言語化しようろするのはいい経験になるかも知れず、実際私が長男にパソコン買ってあげた時はそれに近いことをやったんですが、まあ毎回やるのは結構厳しいし、疲弊しそう。
ただ、「導線」と「運用」については、工夫する余地がかなりありそうです。
たとえばしんざき家で言うと、「バトルライン」を始めとするボードゲーム。

バトルライン、以前次女がボドゲ会で遊んでめちゃめちゃ欲しがったんで買ったんですが、本来遊び始めるまでのセッティングとか、カード配置とか、片付けとかかなり大変で、普通なら「運用」のハードルに引っかかりそうなものなんですよね。
しんざき自身、これ買ったはいいけどあんまり遊ばれない、みたいなことにならないかなーとちょっと心配でした。
ただ、「ゲーム自体が超面白い」ということを置いても、ほぼ日常的にガチガチに遊ばれている(上記画像は、なぜか防音室にたてこもってバトルラインを遊んでいる長女と次女です)というのは確かなところで、これは
・ボードゲーム棚が階段のすぐ側にあって、日常的な導線上で目に入る位置に置いてある
・片付ける時、元々の棚ではなく、パーツ用のケースにそのまま放り込めばいいようになっている
という工夫をしてあって、ここでかなり改善されていそうなんですね。ちなみに、「ドミニオン」とか「宝石の煌めき」辺りにも似たような改善をしていて、遊び倒されています。
やっぱり、「まず普段の生活で目に入る」「準備・片付けがあんまり大変じゃない」という要素ってめちゃ大きいと思うんですよ。
一方、「期待していなかったけどめちゃ使われている」例をもう一つあげると、長女次女に買ってあげた貯金箱のおもちゃですね。

これ、硬貨を入れると自動判別して残高を計算してくれるっていうよくできた貯金箱なんですけど、「お小遣いを入れたら即この貯金箱に入れる」という形で、運用と日常生活を紐づけたところ完全に定着しまして、今でも貯金箱として使っています。
しんざき家ではお小遣い帳システムを導入しているんですが、お小遣い帳が定着したのもこの貯金箱のおかげかも知れません。
これは、「運用と普段の導線を紐づけたので定着した」例と言えると思います。
もちろん、そんなにうまくいく話ばかりではなくって、「工夫をしたけどやっぱり使われませんでした」とか、「そもそも工夫が機能しませんでした」みたいなことも色々とありはするんですが。
それでも、「使われない」という視点を軸に、日常生活と仕事を行ったり来たりしながら改善を試みるのは、それなりに頭の体操になるし、仕事の上でもなにかしらのプラス要素があるのではないかなーと。
また、こういう工夫を起点に、ちょっとでも「あ、これって面白いな、便利だな」ということを子どもたちが発見して、もしかすると自分たちでも何かしら新しい工夫をして、生活のノウハウを形作っていってくれるといいなーと。
そんな風に考える次第なのです。
今日書きたいことはそれくらいです。
[adrotate group="46"]
【著者プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
Photo:Tamara Gak





