「他サイトおすすめ記事」とは?
このページは、Books&Apps編集部メンバーが特にお気に入りだという記事を、ピックアップしたリンク集です。このキュレーションには3つのルールがあります。

1.個人ブログ、マイナーサイトなどからキュレーションする。大手メディアからはキュレーションしない。
2.個人が本当にオモシロイと思ったものだけを掲載する
3.記事が書かれた時代に関わりなくキュレーションする(古い記事もキュレーションする)

公式Twitter(@Books_Apps)でも毎日発信しています。フォローして頂ければ「他サイトおすすめ記事」を毎日受け取ることができます。

どうか楽しんでいただければ幸いです。
Books&Apps編集部

人には、どの人にもある「思考のクセ」が存在しています。

そうしたクセは、普段あまり意識されることはありませんが、「知っている」人は、それを良くも悪くも「実態を隠す技術」や「他人を操作する技術」として使うことがあります。

 

例えば、「アンカー効果」として知られている思考のクセがあります。

これは「予測を立てる直前に見た数字をアンカー(よりどころ)にしやすい」という傾向です。

 

当然これは、金儲けにも利用できます。

数年前、アイオワ州スーシティーのスーパーマーケットがキャンベル・スープのセールを行い、定価から約一〇%引きで販売した。数日間は「お一人様12個まで」の張り紙が出され、残り数日間は「お一人何個でもどうぞ」の張り紙に変わった。

すると、制限されていた日の平均購入数は七缶で、制限なしの日の二倍に達したのである。

[amazonjs asin="B00ARDNMEQ" locale="JP" tmpl="Small" title="ファスト&スロー (上)"]

このように、心理に関する知識は、成果を大きく左右することもあります。

 

では、このような「思考のクセ」。

他にどのようなものがあるのでしょうか。

 

1.直感で信じたものを覆すことはほとんどない。

言い換えれば、「第一印象で決まる」。

 

例えば、採用面接で面接官は

「最初の数分で得た、候補者への印象を検証するために、残りの殆どの時間を使う」

と言われています。(採用ミスはこうして起きます。)

 

第一印象が良ければ「採用するための質問をする」

悪ければ「落とすための質問をする」のが面接官です。

 

逆に言えば、候補者側は「とにかく第一印象を重要にせよ」というアドバイスに従う必要があるということです。

 

これは「文章」にも当てはまります。

例えば、人物描写をするときに、その人の特徴を示す言葉の並び順は適当に決めてはいけません。

明るい 素直 けち

と書くほうが、

けち 明るい 素直

と書くよりも、良い印象となります。

 

 

2.ベストケースしか想定しない

将来予測をするとき、人は「最もうまくいくケース」しか考えません。

しかし、実験によれば、99%の確率で終わると宣言した時間で実際にタスクを終わらせる人間は45%のみです。

 

これは「ホフスタッターの法則」と呼ばれ、コストを過小評価し、便益を過大評価する人間の思考の癖です。

稲盛和夫は「悲観的に計画し、楽観的に実行せよ」と述べましたが、経験的にこれを知っていたのでしょう。

 

 

3.人は独自性を誇張する傾向にある

「うちは特別だからね」という話をどの会社でも聞きます。

しかし実際にそれが特別であるケースは少なく、仮に違っていたとしても、その差はわずかに過ぎないのです。

文化人類学者のマーガレット・ミードは、学生たちにこう言った。「あなた方は世界で唯一無二の存在です。ほかの誰もがそうであるように」
あなたのプロジェクトにどんなユニークな側面があろうと、同じクラス(種類)のほかのプロジェクトとも共通点は必ずある。
[amazonjs asin="B0D143YRBP" locale="JP" tmpl="Small" title="BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?"]

むしろ、独自性バイアスは、必要以上のコストを掛けて、自分たちの独自性を守ろうとしますから、組織に不利益をもたらします。

 

むしろ「独自性を誇張しない人のほうが独自性がある」と認識すべきです。

 

 

4.物語VSデータは、物語が勝つ

人は物語が大好きなので、プレゼンテーション資料も、報告書も、物語性のあるものが好まれます。

 

これだけなら良いのですが、物語のできが良すぎると、人間はデータを見なくなります。

場合によっては、「データが少ないほど、物語としての辻褄が合いやすい」ので、データを排除しようとする人もいるくらいです。

ストーリーの出来で重要なのは情報の整合性であって、完全性ではない。むしろ手元に少ししか情報がないときのほうが、うまいことすべての情報を筋書き通りにはめ込むことができる。

賢くあろうとすれば、自分に有利なデータではなく、自分に不利なデータも集めなければなりません。

そうして初めて「物語」に騙されずに済みます。

 

5.確率を理解できない人は多い

まず、次の文章を読んでください。

リンダは三一歳の独身女性。外交的でたいへん聡明である。専攻は哲学だった。学生時代には、差別や社会正義の問題に強い関心を持っていた。また、反核運動に参加したこともある。

では、次の質問に答えてほしい

リンダは銀行員か、それともフェミニスト運動に熱心な銀行員か、どちらだと思いますか

 

聡明な人であれば、当然前者を選択するでしょう。

しかし、多くの人は後者を選択します。

複数の主要大学の学部生を対象に実験を行ったところ、八五~九〇%が、確率の論理に反して二番目の選択肢を選んだのである。しかも呆れたことに、この連中はとんと恥じる様子がなかった。

あるとき自分のクラスで「君たちは、初歩的な論理ルールに反していることに気づかなかったのかね」と怒ってみせたところ、大教室の後ろのほうで、誰かが「それが何か?」と言い放ったものである。

確率は説得の材料として、全く役に立たない事がよく分かります。

 

 

6.心配が多かったり、忙しすぎると、頭が悪くなる

多くの心理学研究によれば、自分を律することと、注意深く頭を使うことは、どちらも等しく、脳に負荷をかける行為です。

したがって、認知の負荷が高くなると、誘惑に負ける可能性が高いのです。

認知的に忙しい状態では、利己的な選択をしやすく、挑発的な言葉遣いをしやすく、社会的な状況について表面的な判断をしやすいことも確かめられている

このため、例えばある行為の結果について心配しすぎると、実際に出来が悪くなることも多いのです。

 

常に忙しく、給料も安い「ブラックな職場」では、利己的で、口が悪く、思慮の浅い人が増えてしまう。

ですから、これはもはや「社会悪」と呼んでも良いのではないかと思います。

 

7.好き嫌いで決まる

多くの人は

「それが好きな場合は、メリットばかり思い出す。」

「嫌いな場合は、リスクばかり思い出す。」傾向にあります。

スロビックのチームは感情ヒューリスティックのメカニズムを調べる実験を行い、水道水へのフッ素添加、化学プラント、食品防腐剤、自動車などさまざまな技術について個人的な好き嫌いを言ってもらったうえで、それぞれのメリットすると、二つの答はあり得ないほど高い負の相関を示した。すなわち、ある技術に好感を抱いている場合はメリットを高く評価し、リスクはほとんど顧慮しない。逆にある技術をきらいな場合はリスクを強調し、メリットはほとんど思い浮かばない。

したがって、物事を通しやすくするには、あれこれ論理を組み立てるよりも、「好かれる人」になることが最も簡単です。

 

SNSを見れば、多くの人は、あれこれ理由をつけて主張をします。

「ワクチンが〜」

「フェミニズムが〜」

「子育てが〜」

「社会保障が〜」

 

でも、一皮むけば、

肯定的な意見は、「それが好き」。

否定的な意見は、「それが嫌い」。

そう覚えておいて、ほぼ間違いありません。

 

 

8.人は慎重に考えるよりも早く一つに決めたい

いくつもの選択肢を並行して考えることは、認知的な負荷が高い状態です。

認知的な負荷が高い状態は疲れますから、仮に選択が間違っていたとしても「早く決めて楽になりたい」と、思うのです。

これを「コミットメントの錯誤」と言います。

 

「たまたまモデルルームを見に行ったら、そこで買ってしまったよ」

と言う発言は、コミットメントの錯誤の典型であり、家や保険など、選択肢が無数にあり、かつ高額な買いものが、想像よりはるかに簡単に行われているのは、そのためです。

 

なお余談ですが、人には「自分が持っているものを高く評価する」という思考のクセ(保有効果)があり、高い買い物をしたとしても、公開することはめったにありません。

「買わせてしまえばこっちのもの」と思っている営業マンは少なくないでしょう。

 

 

9.簡単にわかるものが好かれる

認知が容易なものほど好かれます。

例えば、見やすい表示、以前に聞かされたことのあるアイデア、見覚えのあるマーク。

こういったものは認識がしやすいため、それだけで「好ましい」と感じられます。

(出典:ダニエル・カーネマン ファスト&スロー)

また、機嫌がいいときや、体調のいいときには、「好ましい」と評価することが多くなりますから、上司の機嫌を見て、何かを提案するのは正しい行動です。

 

ただし、これは極端な話、「内容を問わない」という事でもあります。

「鶏の体温」という表現を繰り返し示された人は、「鶏の体温は四四度である(もっともらしい数字なら何でもよい)」という文章が出てきたときに、正しいと判断しやすい。
文章の一部になじんでいるだけで、全体に見覚えがあると感じ、真実だと考えるからだ。ある発言や文章の情報源を思い出せず、手持ちの情報とも関連づけられないとき、あなたはつい認知しやすさを手がかりにすることになる。

注意をしないと、「何度も見せられている」と言うだけで、それを真実だと信じてしまうかもしれません。

 

 

10.自分の頑張りには甘い評価をつける

チームで仕事をする場合、自分のほうが他のメンバーよりがんばっており、他のメンバーの貢献度は自分より小さいと考えがちです。

例えば、各自がチームに対して、どの程度の貢献をしているかを百分率で表してもらうと、チーム内のメンバーの数値の総和は100%を超えてしまいます。

あなたはもしかすると、自分に配分された報奨以上の貢献をしたのかもしれない。だがあなたがそう感じているときは、チームのメンバー全員も同じ思いをしている可能性が高い。このことは、誰もが肝に銘じておくべきである。

これは、性格的な要因はごく小さく、誰でも同じような傾向を示します。

 

なぜかと言えば、「自分の貢献が一番思い出しやすく」かつ「思い出せないものより思い出せるものの方が強力な説得力を持つから」です。

投票を呼び掛ける活動は、投票日直前にやるほうが強力、という、ごく当たり前の話ではありますが。

これを利用可能性ヒューリスティックスと言います。

 

人事評価は自己申告を基にしてはなりません。

大抵の場合、過剰評価となってしまいます。

 

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」60万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]

Photo:Dave Goudrea

「面接の短い時間で、人を適切に見極めるのは本当に難しい…」

採用業務に携わったことがある人なら、きっと一度はそんなふうに感じたことがあるはずだ。

 

だがもし許されるなら、私にはこんな選考をしてみたいという妄想がある。

「30分で、3品以上の料理を3人分、作ってみて下さい」

 

突拍子もないデタラメに思われるだろうか。

しかし料理には、その人の考え方や現在地、能力の方向性がもろに表れる。

(1)メニューづくり(と買い物)
(2)調理準備
(3)下ごしらえ
(4)調理
(5)盛り付け
(6)後片付け

これだけの工程をみせてもらえるのに、その人のことがわからないわけなどないだろう。

逆に言えば料理とは、それだけリスペクトすべき重労働かつ知的労働ということだ。

そしてそんな信念をつい最近、2人の料理人から確信できる出来事があった。

 

「目でも楽しんでもらいたいんです」

私が住んでいる奈良県生駒市は、“日本一のベッドタウン”である。

県外就業率日本一になったこともある市町村で、住んでいる人の多くが大阪、兵庫、京都に働きに行く。

交通の便が余りにも良いため、文字通り「寝に帰るだけ」の街になっている形だ。そんなこともあり、美味しいごはんを頂けるお店は本当に少ない。

 

そんな中、先日、ウチの近くに本格的なビストロがオープンするという珍事があった。

(生駒なんかでオープンしてくれて、本当にありがとう…)

そんな想いを胸に、さっそく予約を入れ訪問する。

まだ30代くらいだろうか、とてもホスピタリティのある爽やかな店主が出迎えてくれて、期待感が高まる。

 

そしてメニューを開くと、期待は驚きに変わる。

豊富な前菜やサラダ、リゾットに魚料理、メインの肉料理……その多くが数百円~2,000円程度の、呆れるほど安価な設定だ。

いくらビストロ(=大衆食堂)といっても、やりすぎだろう。

 

さっそく前菜盛り合わせや生ハムサラダ、トリュフリゾットなどを頂くのだが、本当に美味しく量もシッカリで、すぐにお腹いっぱいになり満足してしまった。

とはいえこのバグっている値段設定について、どうしても聞かずにはいられない。

 

「このリゾット、お皿一面にこれだけトリュフを散らすなんて、本当に豪華で楽しめました。こんな値段で、本当に採算を取れるのですか?」

「ありがとうございます。今の時期はサマートリュフなので、比較的安価に手に入るんですよ。目でも楽しんでもらいたいので、頑張ってます!」

 

そして、料理は採算ギリギリでいいので、お酒で利益を出していこうと考えている、ということを説明する。

そんなホスピタリティあふれる店主の料理にすっかりと酔いしれ、気持ちよく家路についた。

しかしこの時、ひとつの疑問が心に残る。

(トリュフって、豪華に見えるけど別にそんな旨くねえよな…)

 

「見た目よりも実質を取るべきです」

それから数日経ったある日のこと、とても残念なニュースを耳にすることがあった。

奈良県で初めて、ミシュランのビブグルマンを獲得したビストロ、「ル・ノール」が閉店するという知らせだ。

 

店主の北田シェフはフランスに料理留学し、帰国後は一流ホテルで腕を磨いた本物の料理人である。

にもかかわらず、文字通りの“ビストロ価格”でフランス大衆料理を食べさせてくれる、庶民の味方のとっておきのお店だ。

残念でたまらず、さっそく訪問する。

「北田さん、なんでやめちゃうんですか…(泣)」

「少し体力の限界を感じまして…。しばらく武者修行にでます。10年後くらいにまた、やるかも知れませんので、よろしくお願いします!」

 

そんな会話で最後の味を惜しんでいる時、ふとアラカルトメニューに目が留まった。

“トリュフリゾット”

先日のモヤモヤ感もあり、食事の締めにリクエストする。

そして最初の一口を頂いた瞬間、おもいっきり鳥肌が立った。

 

「北田さん…最高に美味いです。正直私、トリュフを美味いと思ったこと一度もなかったんです。しかしこのリゾット、口の中にトリュフの香りがブワッとたって、言葉になりません(泣)」

「桃野さん、トリュフって乳製品と相性がいいんですよ。香りを立てるには、細かく刻んでリゾットに混ぜ込むと最高です」

「薄くスライスして表面に散らすやり方は、どうなんですか?」

「この時期のサマートリュフでそれをしても、香りを楽しめません。庶民的な価格でトリュフを楽しむなら、見た目よりも実質を取るべきです」

 

そして、見た目も香りも楽しむなら細かく刻んで乳にあわせ、なおかつ仕上げに薄く散らすのがホテルのやり方だと説明する。

しかしそれだとコストがかかり、庶民価格で楽しむことができなくなるので、このやり方で提供しているのだと話してしてくれた。

最後の最後に、なんてものを食べさせてくれるんだ…。

お別れの日に頂いたシェフ渾身のリゾットは、寂しさと満足感が入り混じった、とても切ない後味になってしまった。

 

家に帰るまでが遠足

話は冒頭の、「30分で、3品以上の料理を3人分、作ってみて下さい」についてだ。

なぜ採用の選考で、そんなことをしてみたいと妄想しているのか。

 

再掲すると、料理にはざっと以下の工程がある。

(1)メニューづくり(と買い物)
(2)調理準備
(3)下ごしらえ
(4)調理
(5)盛り付け
(6)後片付け

例えば(1)のメニューづくり。

料理を作る目的からすでに、その人の考え方や現在地、能力の方向性が表れる。

 

食べる人の空腹を満たし、活力を得て欲しいと願うのであれば、ラーメンにから揚げ、ライスをつくるのも一案だ。

食事を通し、束の間の幸せを提供したいという想いを込めるのであれば、前菜、メイン、デザートを用意するような人もいるだろう。

 

果物を3品、切って並べるだけなんていうのも最高におもしろい。

冷凍食品を電子レンジで温めて、パックご飯とともに並べるような人にも興味がある。

「自分にできることは、これが全てです」

例えばそんなことを堂々と言えるような人は、信用できるからだ。

 

下ごしらえから調理の工程には、さらにその人の考え方が表れる。

温かいものは温かく、冷たいものは冷たく食べてもらおうという人なら、下ごしらえに時間をかけ、全ての仕上がりがちょうどよくなるように計算するだろうか。

きっとこういう人は、組織を俯瞰的に見る仕事が向いているのだろう。

 

「簡単な料理から一つずつ仕上げよう」

そう考える人なら、一品一品に集中し、下ごしらえと調理を一皿ずつ仕上げるかもしれない。

こういう人には、きっとシングルタスクに集中し成果を挙げる仕事が向いているのだろう。

 

メニューや工程そのものが大事なのではない。

どういう目的と想いで、その仕事に取り組んだのかを聞きたいということだ。

今、目の前で作ってくれたもの、作った工程の意味・メッセージ性を質問すれば、取り繕った説明など絶対に通用しないのだから。

 

そして話は、2人のビストロ店主が作った、ほぼ同じ材料・価格のリゾットについてだ。

新規オープンした店主のリゾットは、見た目の豪華さと華やかさを演出しようとするものだった。

 

まだお客さんが少ない中で、印象的な料理で顧客の心に爪あとを残そうとする想いが透けて見える。

気持ちは華やいだが、その一方でトリュフの美味さを感じられることはなかった。

 

一方の北田シェフが作ったリゾットには、料理人人生の集大成が表れていた。

「庶民的な価格で美味しいものを食べてもらいたい」

という一貫した姿勢と、見た目に頼る必要がない、揺るぎない余裕と自信である。

だからこそ、料理にはその人の考え方や能力の方向性、現在地が透けて見えると、確信したということである。

 

余談だが、北田シェフが「ル・ノール、最後の営業が終わりました」と、感謝のメッセージをSNSに投稿したのは、最終営業日の翌日のことだった。

いわずもがな、料理の段取りには

(6)後片付け

も含まれる。

きっとお店の後片付けが一段落したところでスマホを取り、“最終営業日”を宣言したのだろう。

 

本当に寂しい閉店だったが、最後の最後まで色々なことを教えて下さった、素晴らしい料理人だった。

いつの日か、北田シェフがまたこの田舎町に戻ってきてくれることを、心から楽しみにしたいと思う。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

若い頃は昼・夜とも「天下一品こってり」を食べて平気だったのに、今では昼に半分だけ食べて夜まで胃もたれするようになりました。
あかん、お酒で胃を鍛えなければ…。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo by:CHUTTERSNAP

先日、『日本人は「無能な同僚」がとても嫌い。』という記事を拝読した。

 

日本の和を重んじる集団主義が破綻しつつあり、「無能と同様の条件で働くのにはうんざり」と考える傾向は、米国人よりも日本人のほうが強いのだという。

それを踏まえ、記事は「これからのマネジメントや、日本社会の運営はむしろ、『個人主義志向』を前提として考えたほうが良いのかもしれません」と締めくくられている。

 

なるほど、たしかに「だれかの尻ぬぐいをさせられるのはゴメンだ」「仕事を早く終わらせるとさらに仕事が増えるからやる気がなくなる」のように、集団への献身を拒否する系のポストはよく見かける。

でもそれは、日本が「個人主義志向」になったからなのだろうか。

 

わたしはむしろ、集団主義だからこそ、みんなが自分勝手になっていったように思える。

 

集団主義は仲間意識と相互フォローで成り立つ

そもそも集団主義とはなにか。

この記事では、自分の意思や得よりも全体にとっての利益を考えて動くこと、組織に対する利他的な考え、と定義したい。

 

この集団主義を成立させるには

①同じ属性に対する仲間意識

②集団が個人を守る

という2つが前提にある。

 

集団主義は、仲間を見つけてグループになることから始まる。そういう意味で、日本人は基本的に、仲間意識がとても強い。

同郷、同期、同年代、同じ大学出身、オタク仲間など、なにかしら共通点を見つけて仲間意識を持ち、集団を作っていく。

 

仲間たちがいる場所なのだから当然強い帰属意識を持ち、「自分はA社の社員だ」ということがアイデンティティとなる。で、「みんなのために」という意識が芽生える。

そして集団は基本的に、「所属している個人を守る」という性質を持つ。セクハラ被害者を黙らせて、そもそもなかったことにしようとしたり。

 

仲間意識があるんだから、仲間を守るのは当然。守ってくれないならだれも集団のために行動しないもんね。

そうやってお互いを守ることでさらに一体感が高まり、ひとつの集団として強固につながっていく。

つまり日本社会は、「同じ属性の人で集まり」「集団内でお互いを助け合う」ことで成り立つ場面が多い。

 

できない人間が得をするなら貢献する気がなくなるのは当然

しかしそれは裏を返せば、「なにもしなくても仲間ができて、その後は集団が守ってくれる」というイージーモードでもある。

 

たとえば転校したら、だれかしらがクラスの仲間に入れようと、声をかけてくれる。

入社したら、どこからともなく面倒見のいい先輩がやってきて、あれこれ世話を焼いてくれる。

なかなか馴染めなくとも、出身地が近いとか同期だとか同じ大学卒業だとか、共通の属性を持つ人が見つかれば、なんとなーく雰囲気が和らいで仲間になっていく。

 

で、どこかに所属したら、あとはもう安泰。

よっぽどやらかさないかぎり、集団の一員として、居場所を確保しておける。

 

……という性質のせいで、集団主義は基本的に「できない人間が得をする」。

学校でも仕事でも、できない人のフォローはできる人の仕事。だって仲間だから。

 

グループワークをやってこなかった人のために自分が代わりに調べてあげても、結局「みんなで頑張った」ことになる。

子育て社員が残業できないぶん自分が残業することになっても、「助け合いが大事だから」と言われる。

 

となると当然、こういう考えが生まれる。

「自分は損している。他人なんてどうでもいい」と。

 

10人がそれぞれ10働くべき場面で自分が15の成果を挙げても、それは8と7しか働かなかった・働けなかった人の穴埋めになってしまう。

それなら自分だって、プラスを作るために努力するより、マイナスでも誰かにフォローしてもらったほうが楽だ。だれだってそう思う。

 

そうやって自分勝手にふるまったとしても、誰かが助けてくれるだろう。集団から追放されることはないだろう。だって自分たちは仲間だから。集団は自分を守るべきだから。

自分勝手に行動しても集団から追放されない、集団に献身しても見返りが期待できない、っていうんじゃあ、そりゃみんな「みんなのための自己犠牲」なんてバカらしくてやられないよ。

 

そしてこういった集団に対する諦め、投げやりな姿勢が、「利他的な行動をしない個人主義」に映ってるんじゃないかと思う。

 

個人主義社会は、足並みそろえる協調性がないとキツイ

でもこれを「個人主義」というのは、ちょっとちがう。

個人主義を定義するなら、集団主義とは対照的に、「自分の自由や権利を重視する」「個人あっての組織」という感じだろうか。そのせいで、個人主義=自己中、ワガママ、というイメージを持っている人も多い。

 

でも、それは誤解だ。

実は個人主義のなかでは協調性がないとかなり生きづらいし、多くの人が利他的な行動を取る。

ほら、アメリカのセレブがとんでもない額を寄付したり、ホームランボールをゲットした男性がとなりの少年にこっそり譲ってあげたり、そういった感動ニュースがあるじゃないですか。欧米は個人主義だっていうんなら、そんなことはしないはずなのに。

 

でもこれは理にかなっていて、個人主義だからこそ他人に優しくして仲間を増やす、という事情があるのだ。

日本なら会社の飲み会に対し、「給料出るんですか? 出ないなら行きません」と断っても、仲間外れにされるわけではない。

 

翌日出勤してもみんな(表面上は)笑顔だし、先輩は相変わらず面倒を見てくれる。

飲み会に行かなかったとしても、あくまで「会社」という集団の仲間だから。

 

でも個人主義社会でそれをやると、その後ランチに誘われなくなり、仕事で大事な情報が流れてこなくなり、自分が知らないところで大事なことが決定されるようになる。

「だってあなた、わたしたちと仲間になろうとしなかったでしょ?」と。

 

悪気なんて一切なく、「仲間になる努力をしなかったあなたに、なぜわたしたちが優しくしてあげないといけないの?」と首をかしげられる。

 

個人で完結するレベルの仕事であれば「終わったから帰る」でもいいが、多くのオフィスワーカーは、仕事が終わらない同僚のためにちょっと残業したり、休日に連絡を取ってフォローしたりしている。

だってそうしないと、自分の仕事が終わらなかったとき、誰も助けてくれないから。

 

日本のように「同僚だから」という仲間意識が希薄なぶん、ちゃんと能動的に助け合って「仲間」になっていく。そのためには、協調性が必要なのだ。

 

個人主義=単体行動で自分勝手、っていうのは全然違って、実は個人主義のほうが「ちゃんとみんなで足並みそろえて行動」して、「まわりの人を助けて役に立つ」ことを求められる。

まぁ協調性がない人もいるけど、そういう人が孤立するのはどこの国でも同じ。むしろ日本のほうが「同じクラスだから」「同じ職場だから」と助けてもらえるぶん、協調性がなくとも生きやすいと思う。

 

日本人は個人主義になったんじゃない、組織に見切りをつけたんだ

集団のなかで自分勝手な行動を取る日本人が多いと感じるのであれば、それは個人主義になったからではなく、「そうしても許されると知っているから」にすぎない。

 

事実、イプソスによる2016年の国際調査の「仕事における幸福度」では、日本は最下位の15位。14位のイタリアが63%に対し日本は44%と、仕事において日本人はぶっちぎりで不幸。

それなら転職すればいいわけだが、そこまでみんなが転職に積極的で頻繁にするわけでもない。

 

集団に対して大きな不満を持っているくせに出ていくつもりもないのは、今いる居場所を捨てて新しい集団に飛び込むより、すでにある居場所にいつづけたほうが楽だから。

でも集団のために頑張っても、マイナスの補填に使われるだけで自分は得をしない。だからみんなのために貢献する気もない。時間の無駄だから飲み会になんか行く気もない。

 

これは単純に、「集団主義の最大のメリットであった『所属すれば豊かになる』前提がなくなり、集団に貢献しても見返りを期待できないから、せめておいしいところだけ利用してやろう」って考えの人が増えた、ということだ。

 

昔の終身雇用&年功序列がまだ生きてたら、いまもみんな企業戦士だったんじゃないかな。だって頑張ったら将来を約束してくれるんだもの。

給料が上がる保証もないし将来どうなるかわからない、生活の保障をしてくれない企業に、どう尽くせばいいんだって思うのも当然。

 

で、それは個人主義なのか?というと、それはちがう。

だって個人主義だったら、自分が所属する集団は自分で決めるから、不満があればすぐに移動するもの。そのうえで、自分で選んだ集団にはある程度は貢献する。

 

というわけで、日本人が個人主義になったのではなく、集団に貢献するメリットが減ったから集団内で利己的な行動をとってるだけ、単純に組織に見切りをつけたんじゃない?って話でした。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

[amazonjs asin="4106107783" locale="JP" tmpl="Small" title="日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち (新潮新書)"]

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

Photo:Papaioannou Kostas

生涯で一番重要なアニメをひとつ挙げろ、と言われたら『新世紀エヴァンゲリオン』を挙げるしかない。

私が精神科医になった動機の約20%は、この作品に感化されたせいだ。感化され過ぎたせいで、「『新世紀エヴァンゲリオン』についてレビューをまとめなさい」と言われたら今でもまとめる自信がない。

 

しかし、『新世紀エヴァンゲリオン』に含まれていた心理学っぽさや精神分析っぽさを振り返ることはできる。

同作品は90年代の心理学ブームやメンタルクリニックブームを踏まえていて、同時代性が強い。だから『新世紀エヴァンゲリオン』を振り返ると、当時のそうした目線を思い出すことにもなる。

 

90年代は「モノより心」の時代

はじめに、90年代のメンタルヘルスを巡る雰囲気について思い出してみよう。

80年代から引き続いて、90年代は精神医療語り・心理学語りがとても流行っていた。「日本人は物質的には豊かになったが、心はまだまだ貧しい。これからは『モノより心』の時代だ」──当時の大人たちはそのように語ったものである。

 

そうしたなか、心理学ブームやメンタルクリニックブームが起こり、世間の人々が精神分析の言葉やロジックに親しむようになっていく。

それが起こった理由の一端は、80年代のニューアカデミズム流行期に精神分析が注目されたせいもあるだろう。だが、精神分析が本当にキャズムをこえたのは90年代に入ってからだ。

 

1991年から92年にかけてはバラエティ番組『それいけココロジー』が放送された。所ジョージが司会をつとめ、〆に美輪明宏が謎めいた笑みを浮かべるこの番組は、深層心理を暴く心理テストなるものをスタジオのタレント、ひいては視聴者に楽しんでもらう番組だった。

番組に登場する心理テストは、フロイトやユングといった精神分析の大家の理論に基づいていると紹介された。

 

『それいけココロジー』はヒットした。当時、この番組のイメージがそのまま心理学や精神分析のイメージになった人も少なくなかっただろう。

俗流心理学だと批判する人もいたが、ともあれ番組は視聴率を稼ぎ、関連書籍はミリオンセラーになった。世間の人々が、心理学的なものや精神分析的なものを受け入れる準備はできていると言って良かった。

 

90年代は、心理学の名のもと、精神分析的に社会や人間を語るよう期待された時代でもある。

この時代のベストセラーには、精神科医や心理学者がものしたものも多い。人間や社会を語る職業として精神科医や心理学者に集まる期待、ひいて精神分析への期待は、現在とは比較にならないほど大きかった。

[amazonjs asin="B0140U6HLG" locale="JP" tmpl="Small" title="心理学化する社会 癒したいのは「トラウマ」か「脳」か (河出文庫)"] 

 

『新世紀エヴァンゲリオン』より少し後の時代になるが、精神科医の齋藤環が著書『心理学化する社会』のなかで情況をまとめている。この本のなかで齋藤は、『完全自殺マニュアル』や『シックスセンス』や『永遠の仔』などを挙げつつ、大衆文化の心理学化、精神科医の精神分析化について紹介している。

カウンセラーが人気職業となり、精神科医がメディアのご意見番的なポジションを獲得していく、そんな「心のケア」の時代、ひいては「心の市場化」の90~00年代前半を振り返るにあたって、この本は示唆的だ。

 

精神医療の現場の雰囲気も少し紹介しておきたい。私は1999年に精神科医になったから、90年代前半のことは耳学問や文献をとおしてしか知らない。

また、私がトレーニングを受けた教室は教授の専門領域が精神分析だったので、他の大学教室に比べて精神分析に親しみやすい環境だったようにも思う。が、それらを差し引いても精神分析的に患者さんについて考える機会は現在よりもずっと多かった。

 

ちなみに、精神分析と同じかそれ以上に精神医療の現場に影響力があったのがドイツ系の精神病理学だけど、これは世間にあまり知られなかった。

ドイツ系の精神病理学は、圧倒的なエビデンスに裏付けられたグローバルな精神医学が台頭してくる21世紀まで、日本の精神医学にとって大黒柱のような存在だったけれども、精神分析ほど「心」や「深層心理」について饒舌ではなかった。饒舌ではなかったから大衆化しなかった、ともいえる。

 

つまり、この時代の人々は「心」を知りたがっていた。精神分析や心理テストをとおして深層心理がわかる、そうすれば「心の問題」も治る、といった期待もあったろう。

『新世紀エヴァンゲリオン』がブレイクした時代とは、そんな風に「心」に対する期待が高まっている時代だった。

 

『エヴァンゲリオン』に残る「心の時代」の痕跡

そうした意識に立ったうえで『新世紀エヴァンゲリオン』を振り返ってみよう。

まずは第四話、『雨、逃げ出した後』。第四話には、近づきたいけれども近づきすぎるとお互いを傷つけてしまう心理状態をあらわす「ヤマアラシのジレンマ」という言葉が登場する。

主人公の碇シンジは、他人との接触と他人からの承認を欲しがっているけれども、親しくなることに臆病になってしまう。そんな、引っ込み思案な碇シンジを物語る際に科学者の赤木リツコが持ち出してくるのが「ヤマアラシのジレンマ」だ。

 

「ヤマアラシのジレンマ」の言い出しっぺは哲学者のショーペンハウエルとされているが、精神分析の始祖・フロイトがこの言葉を用いて「近ければ近いほど克服しがたい反感が生じる心の動き」についてあれこれ書き残した。

『新世紀エヴァンゲリオン』において、赤木リツコは最新の科学に通じたブレイン的キャラクターで、彼女の周囲では生物学や情報工学のテクニカルタームが頻出する。そのなかに、さも当たり前のように精神分析のボキャブラリーが紛れ込んでいるのは、今から見ればちょっとおかしく、古臭い。しかしこの古臭さが「心の時代」の刻印なのである。

 

それからしばらく、『新世紀エヴァンゲリオン』は碇シンジが綾波レイや惣流アスカラングレーらと力を合わせて使途と戦う、表向きは楽しげな作品に転じる。

「表向きは」と書くのは、そうしたなかでも秘密組織ゼーレ、および碇シンジの父親である碇ゲンドウの人類補完計画は着々と進行していたからだ。

そんな楽しげな雰囲気にターニングポイントが訪れるのが、第捨五話『嘘と沈黙』だ。ここでは碇シンジの周囲の人間関係に変化の兆しがみられ、特務機関ネルフがセカンドインパクトと深い関係を持つ何かを隠していることが示される。

続く第捨六話『死に至る病、そして』では、碇シンジは使徒の生み出したディラックの海に閉じ込められ、エヴァンゲリオンシリーズではお馴染みの「電車のなかで自分自身の内面と向き合うシーン」が描かれる。碇シンジはこのディラックの海からは比較的穏便に生還するが、碇シンジの周囲では不協和音が目立つようになる。

 

そして迎えた第弐拾話『心のかたち、人のかたち』。碇シンジは再びエヴァンゲリオン初号機に取り込まれ、そのうえで碇シンジの深層心理が描かれる。父親への攻撃衝動はエディプスコンプレックスを連想させるし、母親に取り込まれるという状況とアルカイック(太古的)な他者との融合願望は、口唇期的退行を連想させる。

実際、碇シンジが"出産"された後、カーラジオからは口唇期について云々する内容が流れていたし、第弐拾話の英語タイトルも「oral stage」 なのである。

 

こんな具合に、『新世紀エヴァンゲリオン』には精神分析を連想させる表現がついてまわる。

惣流アスカラングレーが使徒に心を読まれ、精神汚染を受ける第弐拾弐話や、綾波レイが使徒に融合を仕掛けられる第弐拾参話もそうだ。

 

「心」を閉ざして自分を守る。

「心」を開いて誰かと繋がる。誰かとわかりあう。

新世紀エヴァンゲリオンには「ATフィールド」なるものが登場し、作中では心の壁だと語られている。

エヴァンゲリオンや使徒は、そのATフィールドを展開することで自分自身を守り、と同時に、そのATフィールドを用いて対象を浸食し、攻撃に用いることもできる。『新世紀エヴァンゲリオン』の前半では、このATフィールドが戦闘を彩るフィーチャーのひとつとして注目された。

 

ところが後半話では、そのATフィールドが碇シンジらの「心の壁」であると同時に「他者と繋がりあうための心理的機構」といった風に描かれている。

後半話において、ATフィールドの正体は自我境界──作中に登場するこの言葉は、フェダーンというフロイトの弟子が深堀りした概念で、自他の心の距離を適切に取り仕切れない病態を精神分析的に考察するのに適したテクニカルタームだ──そのものと言っても良いものだ。

 

後半話でエヴァンゲリオンパイロットらが体験したのは、この自我境界を侵される体験だった。もともと親子関係に恵まれずに育った彼らが、高ストレスな環境下で、自我境界を浸食される体験を受けたわけだから、彼らが精神的におかしくなっていったのは当然である。

たとえば第四話『雨、逃げ出した後』には、碇シンジが幻覚とも解離とも離人症ともつかない異常な状態を呈する場面が登場する。これが、精神医学でいえばどの症候に当てはまるのか本当のところはわからないが、自我境界を矛と盾として取り扱う生体兵器に乗っていれば、そうした異常な状態に陥るのは不思議ではあるまい。そして人類補完計画は、この自他の心の距離を取り除いてしまい、巨大な母と融合する計画だった。

 

『新世紀エヴァンゲリオン』のATフィールドは、自我境界理論と親和性が高く、精神分析のアイデアに基づいて「心」にまつわる諸問題を描く際の道具立てとして見事に機能している。

このATフィールドに限らず、『新世紀エヴァンゲリオン』という作品には精神分析的なアイデアがこれでもかと登場していて、それは『ココロジー』が流行し、「心」の語り手として精神科医やカウンセラーに期待が集まっていた時代ともよく合致していた。実際、エヴァンゲリオンの総監督である庵野秀明は、『庵野秀明 スキゾ エヴァンゲリオン』のなかで以下のようにインタビューに答えている。

[amazonjs asin="B00NPWMDC8" locale="JP" tmpl="Small" title="庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン"]

(碇シンジについての問答のなかで)

 それは、僕が大人になるってことと同じですよね。シンジ君って昔の庵野さんなんですかって聞かれるんですが、違うんですよ。シンジ君はいまの僕です(笑)。十四歳の少年を演じるくらい僕はまだ幼いんです。どう見ても精神医学的に言うならオーラルステージ(口唇期)ですよね。メランコリーな口唇依存型。まあ、これは否定しようのない事実で、しかたがないことなんです。それから前に進もうと思ってたんですが、それは結果として自己への退行になってしまった。袋小路ですね。

 1990年代をリアルタイムで生きた人には、庵野秀明の、この精神分析的な自己分析にも違和感がなかろうし、当時の雰囲気が蘇るだろう、しかしそれより後に生まれた人には、彼が喋っている言葉の意味がよくわからないのではないだろうか。

 

同書のなかで庵野秀明はこんな風にも述べている。

(碇ゲンドウについての問答のなかで)

 スタンスとしてはそこになりますね。そんなに投影しているかと思うと、そうでもないと思うんですよ。シャドウであるのは確かですね。

ここでいうシャドウとは、ユング心理学の集合無意識のアーキタイプのひとつとしてのシャドウである。このほか庵野秀明は、「精神分析を学んだ」といったことをインタビューの複数個所で答えている。

今ではあまり引用されることのない精神分析とその用語だが、この頃はリベラルアーツとして通っていたことがうかがえる。

 

新劇場版との比較

『新世紀エヴァンゲリオン』が「心」の物語だと言い切ってしまうなら、それは言い切り過ぎだと私は思う。あの作品にはもっと色々なものがギュッと詰め込まれていて、玉手箱のようだからだ。

しかし『新世紀エヴァンゲリオン』が「心の時代」につくられた兆候として、随所に埋め込まれた精神分析的なアイデアを挙げるのは、それほど筋違いではあるまい。

 

それは、2007年からスタートし2021年に(唐突に)終わった新劇場版『ヱヴァンゲリヲン』との比較をとおして一層浮き彫りになる。

 

新劇場版『ヱヴァンゲリヲン』にもATフィールドは登場する。

しかしここではもう、ATフィールドの心の壁らしさは乏しく、ほとんどただのエネルギーシールド扱いである。使徒とエヴァンゲリオンパイロットが溶け合うシーンもないわけではないが、精神汚染はあまり掘り下げられなかった。そして生体兵器としてのエヴァンゲリオン自身がアルカイックな母の象徴として顕現することもない。

 

新劇場版でも、碇シンジが精神的にやられてしまう場面はある。が、そこでも「心」の問題に焦点が当たることはなく、ましてや深層心理を精神分析のテクニカルタームで深堀りすることはない。危険人物とみなされた碇シンジに大人たちが施したのは、身体拘束やチョーカーに仕掛けられた爆発物といった、ハードウェアをとおして行動を制御する方法だった。

現代の精神科医なら、ここからいろいろな連想を広げることもできよう。そして傷ついた碇シンジを実際に回復させていったのは、カウンセリングでも精神分析でもなく、友人たちに囲まれて村でゆっくり休むことだったのである。

 

新劇場版『ヱヴァンゲリヲン』の碇シンジも傷つき、回復しなければならなかった。『破』から『Q』にかけて碇シンジが理不尽な体験を繰り返していく流れは20世紀のエヴァンゲリオンに似ていたし、創作上の都合から言っても、主人公がいったん傷つき再び立ち上がったほうが見栄えが良いように思う。

しかしその回復過程において、「心」の取り扱いは新劇場版において非常に軽い。いいや、碇シンジの傷つきと癒しは、精神分析のボキャブラリーや深層心理の描写をとおしてではなく、そうではないボキャブラリーや描写に置換された、と表現すべきだろうか。

  

『エヴァンゲリオン』と「心」の時代のエピローグ

このように新劇場版『ヱヴァンゲリヲン』と比較すると、90年代の『新世紀エヴァンゲリオン』は「心」に拘泥していて、当時の世相もそのようなものだったことを思い出さずにいられない。

前述の『心理学化する社会』では、そうした「心の時代」が00年代前半まで続いていたと記されているが、実際問題、そうだったように思う。同時代のビジュアルノベルの傑作とされる『One』や『Air』にも、こうした「心」に拘泥した時代ならではの爪痕が残っている。

 

だが『新世紀エヴァンゲリオン』をはじめ、「心」の時代の盛期に、時代に寄り添うようにつくられた作品の、その時代ならではの魅力は、それゆえ後世の人にはわかりづらい。今ではもう、解説者が必要になっているのではないだろうか。

 

最後に、新世紀エヴァンゲリオンのなかで私が好きな台詞のひとつを引用させていただき、この文章を終えたい。それは、第七話に登場する脇役(時田シロウ)が述べた以下のものである。

「心」にフォーカスを当てて「心」に多くを期待した時代は結局何を残したのか? カウンセリング、深層心理、そういったものは多くの人のメンタルヘルスを向上させたのだろうか?

正直、私はそれがよくわからない。ただ、間違いないのは、21世紀に入ってからこのかた、精神分析のプレゼンスは日本の精神医療のなかで低下し続けていて、今日の主流は、認知行動療法も含めエビデンスに基づいた、「心」よりも「認知」や「行動」にフォーカスを宛てたものに変わってきている、ということだ。

 

世間がメンタルヘルスに向ける目線も変わった。かつては「心」の理解や癒しを期待していた世間も、2010年代以降は発達障害(神経発達症)に目を向けている。「心」の時代がそうだったように、精神医療のトレンドと世間のメンタルヘルスに向ける目線は相変わらずよく似ている。

 

こうして「心」の時代とその時代ならではの作風は過去のものになった。

これからも「心」が物語のテーマになることはあろうが、それは、精神分析のテクニカルタームを介したかたちにはならない。『新世紀エヴァンゲリオン』のような「心」の物語りは、今後、90年代の指標化石のように振り返られるのである。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:

おれはビジネスパーソンを励ましたい

おれとビジネスパーソン、ビジネスパーソンとおれ。おれはいつもビジネスパーソンを励ましたいと思っている。

といったところで、おれが「がんばれ」といっても効果がない。ビジネスパーソンの役に立たない。しかし、励まされるかもしれないなにかを示すことができるかもしれない。

 

なのでおれは山から降りてきておまえたちに告げる。「ギャルに罵倒されると、励まされるかもしれない」と。

 

「なにを言っているのか、こいつは」、「もとからおかしいと思っていたが、ほんとうに狂ってしまったのか」などという声が聞こえてきそうだ。ああ、べつに罵ってくれてかまわない。だが、おまえたちはギャルではない。ギャルでないものに罵られてもうれしくはない。

 

それはそうと、ひとつ断りをいれておきたい。ビジネスパーソンとは言ってみたものの、この記事の対象は「おっさん」になってしまうということだ。

きわめて常識的な男性心理を知りたいという女性でもなければ、今すぐ近くの公園に行って好きな歌を歌ったり、楽しい踊りを踊ったりしたほうがいい。そのほうが有意義だ。あるいは水彩画でも描いたほうがいい。水彩画は心を豊かにする。知らないが。

 

ギャル罵倒のほのかな目覚め

おれに「ギャルの罵倒」が降ってきたのはいつだったか。ひょっとすると、アニメ『イジらないで、長瀞さん』ということになるかもしれない。アニメでその存在を知ったおれは、すっかり夢中になって漫画も買い求めた。紙の漫画単行本である。おれは宝石のように思う作品でなければ、紙の本を買わない。

[amazonjs asin="B07B3VQQFJ" locale="JP" tmpl="Small" title="イジらないで、長瀞さん(1) (マガジンポケットコミックス)"]

「後輩の女子に泣かされた……!!」ある日の放課後、たまに立ち寄る図書室で、スーパー“ドS”な後輩に目をつけられた! 先輩を、イジって、ナジって、、はしゃぐ彼女の名前は――『長瀞さん』! 憎たらしいけど愛おしい。苦しいのに傍にいたい。あなたの中の何かが目覚める、“Sデレ少女”の物語。

ひとり、美術部で絵を描いている「センパイ」。女子に対しては奥手で、陰キャのタイプ。一昔前の言い方をすれば草食系男子ということになる。ここに、ギャルが襲いかかる。襲いかかるわけではないが、いじってくる。罵倒してくる。もう心はセンパイの気分になる。なにかが目覚める。

 

しかし、おれはこのときギャルの罵倒というものに目覚めたとは言えなかった。長瀞さんというキャラクターに惹かれていたのだ、と思っていた。そしておれはもとから自分のマゾ的な資質を知っていた。

 

本当のギャルの罵倒との出会い

ところでおれはあまりYouTubeを見ない。見る習慣がない。たまに思い出したように好きなミュージシャンのミュージック・ビデオを見るくらいだ。あと、大食い動画。

が、ある日、ネットで大喜利得意なアイドルが発掘された、というような記事を見かけた。おれは大喜利を見るのが好きだ。ものはためしに見てみた。

『【緊急企画】タレント福留光帆が大喜利の逸材なのかドッキリ検証したら、爆笑回答連発・フリートークもゲキ強で、仕掛け人トンツカタン森本が震え上がる!』、これである。

たしかにおもしろい。おれは福留さんのファンになった。大喜利はもちろん、競艇へのガチ具合が、同じ公営ギャンブル好きとして深く感じ入るところがあった。愚かものの道。

 

そこから、だ。そこからこの『佐久間宣行のNOBROCK TV』を見始めたのだ。佐久間宣行という名前は知っていたが、彼のテレビ番組を見たことはなかった。そしてYouTubeのバラエティというものとも無縁だった。

 

みりちゃむ様

おれはすっかり『NOBROCK TV』にはまってしまった。「100ボケ100ツッコミ」(これは令和ロマンがすばらしい)、「ドーピングドッキリ」、インパルス板倉の操りによる「ぶっこみアイドル越え選手権」……。次から次に動画を見ていった。そこで見つけてしまったのだ。

みりちゃむ様である。ここで後にみりちゃむ様と数々の名場面を繰り広げる錦鯉の渡辺隆も「完璧な企画」、「性癖に刺さりまくる」、「ドMです」と言っている。完璧とはなにか。その答えがここにはある。

「罵倒キャバクラ」シリーズなどにも発展した。ちなみにこの動画の前半、普通のキャバクラ客としての渡辺さんは神客のように見える。キャバクラで神になりたければ参考にすればいい。おれは女の人が接待してくれる店で酒を飲んだことはない。たぶんこれからもない。それは罵倒とは関係ない。

ずいぶんとわざとらしいが(そう言ってしまえばすべてはわざとらしいのだが)、罵倒できな子が罵倒にチャレンジすると、Mから説教されるということもある。それほどまでにみりちゃむ様の罵倒には回転数とキレがある。

 

ギャルの美学

おれはこの記事を書くのにずいぶんと時間がかかっている。動画を見てしまうからだ。

それはそうと、さっきからおれは「ギャル」という言葉を使っているが、「ギャル」とはなんなのだろう?

 

こういう言葉は辞書には不向きだ。なにごとにも向きと不向きがある。というわけでWikipediaを読んでみたが、ファッションについて多くが割かれている。なるほど、「ギャル」はさまざまな派生形をもつファッションだ。

だが、どうもおれがみりちゃむ様を「ギャル」というとき、そこにファッションを強く意識しているわけではない。むしろ、その精神性にある。見た目はちゃらちゃらしているかもしれないが、内面で筋が通っている。ゆずれない美学がある。そういうものがあるように、感じる。

 

それは少し、「美化されたヤンキー」に近いかもしれない。たとえば「オタクにやさしいギャル」という言い回しもあるが、そのときのギャル像も筋の通った人間として描かれるはずだ。『長瀞さん』の長瀞さんも、その友達のギャルもそう描かれている。

「オタクにやさしいギャル」が実在するかどうかは知らない。実在してくれればいいと思う。おれのために? いや、この歳でギャルにやさしくされてもしかたない。世界のためにだ。世界にはやさしさが足りない。違うか?

この「ギャル像」については、東京大学ギャル学部教授などが新書を書くべきだ。論考に値する問題に違いない。

 

おっさんはギャルに罵倒されるために生きている

まあ、なんであれ、おっさんはギャルに罵倒されるために生きているといってよい。主語が大きいといってよい。しかし、みりちゃむ様の鮮やかな罵倒、おっさんをばっさり斬り捨てていくさまを見ていると、そのような気持ちになる。もちろんおれはドMである。しかし、それを置いておくにしても、だ。

おっさんがギャルに罵倒されるのにはすがすがしさがあるといってよい。ビジネスパーソン……ビジネスおっさんも日々のストレスを解消されるためにギャルの罵倒を接種するのがいいんじゃないかといいたいのだ。

 

本当に?

しかし、おれがそういうだけではなにかが足りない。足りないので、おれはこんな本を読んだ。
[amazonjs asin="4791759400" locale="JP" tmpl="Small" title="マゾヒズムの発明"]

この本のなかに、こんな一節があった。べつにこの本の主な部分でもない。

マゾヒズムを生物学的基盤をもつ状態とみなす考え方は、実践的マゾヒストたちの神話のなかにも生き続けている。六十四歳の異性愛者のマゾヒスト、「ニコラウス」はトーマス・ヴェツシュタインのインタヴューに答えてそれを次のように述べた。

人間は群れをつくる動物だ。最も強いオスが集団を統率し、すべてのメスはそのオスに所属している。子孫は強くならなければならない。生き残り競争に適応していかなければいけないからだ。

他のオスはボスの権利を巡って挑戦し、メスを得るために戦う。彼らは何度も挑戦しては敗れ、メスから軽んじられる。メスの眼にはボスはますます賞賛と崇拝の対象となる。ボスに対する―そしてボスだけに対する―尊敬から、メスには依存と被保護、服従と従属の恍惚が生じる。奴隷のメス、と言ってもいいかもしれない。

ある時点でボスは最も強い存在でなくなる。するとボスは打ち負かされ、追い払われ、いまや元ボスが知るのはメスや他の者からの軽蔑である。敗北者はこの軽蔑を背負って生きてゆかなければならない。彼らはセックスをまったくしない。自然は彼らにその能力を十分に与えているのに……。

その結果、若い女は唯一の主の奴隷となる傾向がある。その主がお役御免になれば、女の服従も終わる。彼は、軽蔑され荒野へと放逐される……。だからこそ、本能に従うなら、男は年をとればとるほどますますマゾ的になってゆくのだ。

しかし、男は、教育に従うなら、「女のボス」であり続けたくなり、馬鹿を晒し、いろいろ問題を起こす。その結果、若い女たちと年老いた男たちは(潜在的に)マゾヒストとなり、他方、若い男たちと年老いた女たちは支配的になりがちで、マゾ的パートナーがいれば、サディズムへと至ることがある。サディズムそのものは生まれながらもっているようなものではない。サディズムはマゾ的パートナーの願望によって生まれる―敗北者の軽蔑というね。

むろん、これは根拠のない「神話」の一部だ。実践的マゾヒストの「ニコラウス」さんの一意見にすぎない。

 

して、なにやら(若い)女性に対する意見についてはわからぬ。今回はそれには言及しない。というか、おれの考えていることと逆だ。女性に対する見方について、時代が違うのかもしれない。

ただ、おれが共感するのは「本能に従うなら、男は年をとればとるほどますますマゾ的になってゆくのだ」というところだ。争いに負けた、ボスにもなれないような男たちは、マゾになっていく。そして、「ニコラウス」さんとはべつに、若くて強い女性に「マゾ的パートナーの願望」を抱いてしまうのだと。

 

これが、おれの考える「ギャルに罵倒されたいおっさん」のルンバである。「自分は負け組のマゾおっさんなんかではない」と思うそこのあなた、本当にそうだろうか。みりちゃむ様に罵倒されたくはないか?

 

……とはいえ、じっさいに罵倒されたらどうなんだろうな

とはいえ、だ。おれはあくまでエンターテインメントの「ギャル罵倒」を見ているだけだ。じっさいに罵倒されたことがあるわけではない。そういうパートナーはいなかったし、そういうお店に行ったこともない。そういうお店があるのかどうかも知らないが。

ここまで変態ぶりをさらしておいてなんだが、男女であれなんであれ、人間同士の関係に大切なのは、互いの尊重ではないだろうか。おれはそのようなつもりで生きてきた。

……というと、嘘になるが、すくなくともパートナーと呼ばれるような女性に対してはそう接してきたつもりだ。もちろん、相手も自分のことをわかってくれる。ときにわかりあえないこともあるだろうが、それでも、どこか信じられる人でなくてはいけない。自分もそうでなくてはいけない。そう思いたい。

 

で、罵倒ってなんだろうか。もしも、街を歩いていて、見知らぬギャルに、「キモイんだよ、くそジジイ!」とか言われたら、どうなるだろう。即座に「ありがとうございます」とは言えないかもしれない。ショックを受けて泣いてしまうかもしれないし、あるいは怒り出してしまうかもしれない。それは自分にも予想がつかない。

だからなんだろう、「ギャルに罵倒されたいだけの人生だった」といえるのかどうか。回り回って、その疑問に行き着いてしまう。あくまで、優れたエンターテイナーとしてのギャル、エンターテイナーとしてのドMおっさん、それが紡ぎ出す見事な作り物を見て、それに憧れるのがいいのかもしれない。それでひとときのすがすがしさが得られるならば、それでいいだろう。

 

だが、もし、進んで罵倒される世界に、マゾヒストの世界に進もうという人がいるなら、おれはそれを止めはしない。止める理由もない。おれはそれを励ましたい。励ますだけだ。励ますだけで、近寄りたいとは思わない。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :The Ian

6月11日、内閣から『経済財政運営と改革の基本方針 2024』なるものが発表された。

「政府は今後こういう方針で経済と向き合っていきます」的なやつだ。

 

そこには、「全世代対象のリスキリング強化に取り組み、ジョブ型人事の導入を促進する」といったことが書かれている。

ジョブ型への移行はここ数年取り沙汰されていたから、「やっぱりその路線でいくのねー」と理解はできるのだが……。

 

なんで、ジョブ型に必須の「職業に紐づく教育」について語られないんだろう?

ジョブ型にしたからって、スキルを持った若者が畑からとれるわけじゃないんだぞ?

 

ジョブ型では若者が「就職弱者」になる

ジョブ型についてまとめたレポートによると、岸田首相はジョブ型に関して、「多様な人材、意欲ある個人が、その能力を活かして働くことで企業の生産性を向上させる」と演説したらしい。

 

また、経団連は「必要な能力やスキルを明確にすることで、働き手が能力開発やスキルアップの目標を立てやすくなり、主体的なキャリア形成、エンゲージメント工場につながる」といっている。

 

ここでのポイントは、「能力を活かして働く」「能力開発やスキルアップ」のように、「ジョブ型では個人の強みを活かせる」という面が強調されていることだ。

 

いやまぁね、それがジョブ型のメリットだから、そこを推すのはわかるよ。

だからこそリスキリングって言葉が流行ってるわけだし。

 

でもこのままジョブ型移行って、かなり危ういと思うんだよなぁ。

だってジョブ型って、若者の失業率が高くなりがちだもの。

 

だからこそ、若者が就職できるように職業に紐づく教育がセットであるべきなんだけど、日本はそのへん大丈夫……?

 

ジョブ型には、社外でスキルアップして証明する手段が必須

そもそもジョブ型は、「この仕事があります。これができる人は来てください」と募集し、「その仕事をするだけの能力があります」と応募するシステムだ。

 

その仕事の担当者=十分な能力があることが前提だから、社内育成という考えがあまりない。すでにできる人を探すだけだから。

 

こういう仕組みだと当然、若者は「弱者」になる。

まともに経験のない若者とそれなりに経験のある10年目の中途なら、どこも後者を採用するからね。

 

同一労働同一賃金のジョブ型では、日本のように「若いから給料が安く済む」という企業側のメリットも小さいので、どうしても若者が不利になりがちだ。

そこで必要になるのが、「職業に紐づく教育」である。

 

ジョブ型の社会では、労働者はステータスによってきっちりランク分けされている。

ランク1の人は、どれだけ長く働いていようが、どれだけ優秀だろうが、ランク2の仕事をすることは基本的にない。

 

で、若者はランクは0~1だから、基本的にたいした仕事を任せてもらえない。運よく就職できても、社内教育がないからいつまでもランクは上がらない。

それじゃ困るから、就職弱者の若者でも戦えるように、「教育」が必要なのだ。

 

社外でランクアップする手段、自分のランクを証明する手段という役目を、教育が担っているのである。

でも日本は社内教育がメインでやってきたから、そういう仕組みが確立されていない。

だからわたしは、それなのにジョブ型に移行して大丈夫……?と心配になるのだ。

 

就職弱者の若者が社会に出るために必要な職業教育

たとえばわたしが住んでるドイツでは、教育は職業にがっつり紐づけられている。

ドイツの大学はテストが難しく卒業のハードルが高いので、みんなめっちゃ勉強する。だからこそ、学位=専門知識の証明になる。

企業によっては「会計が専門だと優遇」「会計の成績が2.5以上」といった細かい条件をつけるくらいだ。

 

とはいえ大学生は、どうしても経験が足りない。

経験不足解決のために、最近は多くの大学・専攻で、4~6週間のインターンシップが卒業要件になっている。

 

無給~アルバイトの給料で働かなきゃいけないが、そこでいい評価をもらえれば就職のときのアピールポイントになるから、みんなせっせと真面目に働く。

その結果、大学生は「大学でしっかり専門知識を学び、インターンで実務経験を積みました」と就活できるのだ。

 

そしてここで大事なのは、「大学生がいっぱい勉強したうえで、無給インターンする時間的・経済的余裕がある」ということ。

ドイツの大学の学費はほぼタダ、学生証で一定区域の公共交通機関乗り放題、奨学金(返済上限あり)があり、希望すれば家具付き格安学生寮に住める(衛生面には期待できないけど……)。

 

とにかく、学生でいることのコストが低いのだ。

だから若者は、生活の心配をあまりせずに、将来のためにがっつり勉強してじっくり経験を積める(さらにいえば、働きながら学位をとったり、仕事を辞めて大学に入りなおすことも容易)。

 

ちなみに大学に進学しない人たちは基本、Ausbildungという職業教育を受ける。イメージ的には専門学校で、だいたい2~3年半、学校に行きながら働く感じだ。

これもまた下積み期間として給料は低めだけど、修了したら公的に「その職種の知識・経験がある人」と認められる。

学位を取れるほど勉強が得意じゃない人、早くから働きたい人もちゃんと、就職のための教育が受けられるわけだ。

 

ちなみにAusbildungを実施する企業は条件を満たした担当者を据える必要があり、その制度に対するきっちりした法律もあるので、企業が好き勝手やれる研修ではない。

とまぁこんな感じで、社内教育に期待できないぶん、「就職弱者の若者でもこの教育を受ければスキルを公的に証明できるよ」という道が用意されているのだ。

 

ジョブ型は「スキルアップは自己責任」と丸投げする大義名分ではない

ちょっと話は変わるけど、みなさん、ユーロ危機直後のスペインの若者の失業率をご存じだろうか。

4割ですよ、4割。全体失業率が2割だったのに対し、15歳~24歳の若年層の失業率はその2倍。

 

ジョブ型は仕組み上、若者は就職弱者になる。

だから大学教育と紐づけて就職先を見つけやすくしようね、職業教育中の低賃金でも生活できるように家賃補助出そうね、とかそういうふうになっているわけだ。

スキルを身につけて証明する手段がなければ、ジョブ型社会では仕事が見つからないから。

 

で、「じゃあ日本は?」という話に戻る。

同一労働同一賃金で社内教育も少なくなったら若者はピンチなわけだけど、下積み中の若者の生活を保証する仕組みがちゃんとあるんだろうか。

リスキリングだのなんだのと言ってるけど、学んだ知識・技術を公的に証明する仕組みが用意されているんだろうか。

 

いやまさかね、お金出してネットで講座を10時間くらい見て、その修了証がステータスになったりしないよね?

リスキリングのために休職して大学に入学しなおした人の生活を保証する社会福祉が、ちゃんと用意されてるんだよね?

……だよね?

 

時代の変化に伴ってジョブ型への移行が必要。これはわかる。

でもポテンシャル採用しておいて、「社内教育はしないので自分でスキルアップしてね」と丸投げすることを「ジョブ型」って呼ぶのはちがうでしょう。

 

スキル重視の採用をするなら、事前にスキルを磨く環境がなきゃムリゲーじゃないか。そこもセットで考えないと。

ジョブ型は、若者を育てる余裕がなくなった企業が、スキルアップを自己責任にして労働者に押し付けるための大義名分じゃないんだから。

 

ジョブ型への移行は、経済界だけでなく教育界の改革が必須

女性活躍って言い始めて、いったい何年経ったんだろう。

 

「保育園落ちた日本死ね」が2016年で、103万円の壁が見直され始めたのなんて、2024年の最近になってからだ。

保育園の確保や男性の育児休暇の制度化、扶養控除のあり方など、そういった制度の見直しがないまま「女性も働く社会だー!」って見切り発車した結果がいまの惨状なわけで。

 

改革には時間がかかる。

だからこそ、ジョブ型に移行するのであれば、先んじて仕組みを整えておくべきなんだよ。スキルを公的に証明できて、若者が手に職をつけられるような仕組みをさ。

 

ジョブ型の「能力を活かしてキャリア形成」といういい面だけアピールするのはズルい。裏を返せば、「能力がないやつはノーキャリアのままずっと低賃金で働く」って意味なんだから。

日本から若者が減っていくことを考えれば、就職弱者の若者でも「仕事が見つからない」ってことはないとは思う。でもジョブ型でノンスキルのまま就職しても、あとがきついだけ。

 

年功序列がないぶん給料は上がらないし昇進もしない、でもOJTもないからスキルは身につかない、スキルアップするために身銭を切って学んでも給料が上がる保証はない、ってなって詰むからね。

だからこそ、ジョブ型に移行するのなら、若者がスキルを身につけるための時間的、金銭的猶予を作ってあげないと。

 

経済界と政府が協力してジョブ型にしていくんじゃない。

協力すべきなのは、政府はもちろん、経済界と教育界なんだよ。

ジョブ型は、企業内組織改革じゃなくて、国全体の社会改革なんだから。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

[amazonjs asin="4106107783" locale="JP" tmpl="Small" title="日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち (新潮新書)"]

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

Photo:Javier Vinals

「幽霊なんてものは存在しない」

最近、そう思う強烈な体験をすることがあった。

青森県の下北半島に所在する、「恐山」を訪問した時のことだ。

 

おそらく昭和世代であれば、誰もが知っているであろう日本三大霊場のひとつ。

比叡山(滋賀)、高野山(和歌山)とともに、日本三大霊山と呼ばれることもあり、地元では死者の霊が帰る山であると信じられている。

 

そんなこともあるのだろう。

昭和のテレビ番組では、幽霊や心霊スポットといったオカルト番組がとても流行っていたのだが、恐山はその定番だった。

なんせ、昼のバラエティ番組ですら“心霊現象再現ドラマ”を毎日のように放送し、心霊評論家を名乗るオッサンが『霊の思い』を解説していたような時代である。

 

有名な心霊マンガには恐山の“山守”が登場し、

「幽霊なんか見慣れてる。珍しくもなんともない」

と語るシーンが描かれ、こうして恐山は、恐怖の山として昭和世代の心に焼きつけられた。

 

そんな中、つい最近、下北半島を訪問することがあった。

恐山ふもと街での仕事で、前入りすれば立ち寄れる距離感の場所だ。

昭和の頃の記憶がよみがえり、どうしても行きたくなる。

 

本当に恐山は、死者の霊が集まる恐怖の山なのか。

生半可な覚悟で行ってはいけない霊場なのか。

そんな想いで訪問し、荒涼とした霊場を一人で歩いたのだが、その時に感じたのが冒頭の感想だった。

 

青森に入る

そんな恐山に行くのは、本当に簡単なことではない。

三沢空港(青森県)まで飛び、空港リムジンバスに乗り換えると三沢駅まで行く。

駅舎には売店もなく、人影もまばらだ。

 

交通系ICカードどころか、自動改札機もない。

昔懐かしい窓口で行き先を告げると紙の切符が手渡され、すぐ横の改札で同じ駅員さんが検札してくれる。

「お気をつけておでかけ下さい」

「ありがとうございます」

そんなやり取りにも、懐かしい香りに不意打ちされたような感情が動く。

 

目的の大湊駅は、本州最果ての駅。ワンマン電車にトコトコ揺られ1時間30分以上の長旅になる。

1~2時間に1本しか無い路線だが、2両編成の車内は60%ほど席が埋まっていて利用客は多い。

 

無人駅で、大きなお土産を持って降りていく男性。

東京のライブに行った帰りらしき、3人の親子連れ。

アイドルのパフォーマンスを熱く語り、時に意見の違いで不機嫌になる青森弁の会話がとても楽しく、寝たふりで耳をそばだてる。

 

心が動かない

翌朝、一つ手前の下北駅まで戻り、レンタカーを借りた。

「おはようございます、桃野様ですね。お待ちしておりました」

受付の女性は手際よくヤリスを回して、契約内容や事故の際の説明をする。

言葉の端々に青森弁のイントネーションが出て、妙な劣情を感じる。

 

(なんで方言を話す若い女性って、こんなにかわいいんだろう…)

そんな邪な想いを必死に打ち消し、書類にサインをすると慌ててアクセルを踏んで、店を後にした。

 

道中は30分あまり。まさに“ 青森”の名を体現するような、青く深い森林がどこまでも続く。

(ここで車がエンストしたら、死ぬかもしれねえ…)

時にそんな恐怖を感じるくらいには、人はもちろん車の往来もほとんど無い。

 

ふと鼻をつく、強烈な硫黄臭が車内に流れ込む。

森を抜け、荒涼とした岩石質の平野が開けると、明らかに空気が変わった。

(これが恐山か…)

 

車を駐めると、総門(入口)の手前では巨大な「六大地蔵」が出迎え、いよいよ“日本三大霊場”に足を踏み入れる実感が湧いてくる。

 

しかしそこで、一つの違和感をどうしても否定できなかった。

(なんでだろう…ここまでして来たのに、全く心が動かない)

総門前の「六大地蔵」:筆者撮影

 

賽の河原でみたもの

(なぜだろう…全然ありがたみを感じない)

”三大霊場”の他の2つ、比叡山や高野山を訪れた時の恐れ多さがまったく入ってこない。

魂を感じることができない造形物という印象すら覚え、このままでは罰が当たるという変な恐怖すら感じる。

 

そんな自分に戸惑いながら総門を抜け、奥へと進んでいく。

しかしそんな違和感は、山門の手前まで来たところで強烈に上書きされることになる。

 

山門前に鎮座する、お地蔵様。

その手前には無数の石が積み上げられ、マジックで何かが書かれているものがある。

 

「生まれてきてくれてありがとう」

「必ずそっちで会おうね」

よく見ると多くの風車に混じり、電車らしき子供のおもちゃも積まれている。

(そうか、ここは自分より先に亡くなった子を想い、親が供養に訪れる場所なのか…)

恐山山門前:筆者撮影

 

ふと気がつくと、右手で左胸を押さえながら、涙を流していた。

比叡山や高野山とは全く違う信仰の場であることを理解し、自分の浅はかさを恥じた。

 

親より先に子が亡くなることは、仏教では大きな罪の一つとされる。

そのため三途の川のほとり、賽の河原で鬼に足止めをされ、渡ることができない。

つまり成仏が許されないのだが、子供たちは罪を許されようと、仏塔(石積み)をつくる。

毎日毎日、小さな手で一生懸命に石を積むのだが、仏塔が出来上がる頃に鬼が来て、それを蹴飛ばし破壊する。

それでも“親を悲しませた罪”を償い、成仏するため、毎日石を積む。

 

そう、恐山のいたる所にある、子を想い積み上げられた石はまさに今、鬼に苦しめられて成仏できない子のために親が手を差し伸べる、“共同作業”の足跡ということだ。

子とともに仏塔を積み上げ、子の成仏をお地蔵さんに願う切ない想いが、形になったものである。

そんな石積みが、恐山には無数にある。

大師堂前に積み上げられた石:筆者撮影

 

そして、そんな荒涼とした悲しい景色を歩きながら私は学生時代の、一人の友人のことを思い出していた。

 

”クズを極めてやる”

本当に頭が良く、面倒見のいい男だった。

スポーツも万能で、女性にもモテた。

就職氷河期の中、大手都銀から早々に内々定を取り付けるなど、本当に優秀なヤツだった。

 

そんな彼だが、入社後わずか5年ほどで仕事を辞めたと聞き、驚く。

さらにその後、不定期に日雇いのアルバイトをしてタバコ銭を稼ぐだけで、引きこもりに近い実家生活になってしまったという。

そんな噂を聞き、たまりかねて居酒屋に誘い出すことがあった。

 

「どうしたんや、お前らしくもない。1回の失敗くらい、なんでもないやろう」

「仕事の話は聞きたくない。ほっといてくれ」

「地元の中小企業に再就職したら、お前なら間違いなく重宝されるぞ?」

「中小企業の管理職なんか、100万もらってもやりたくないわ。もうその話はやめてくれ!」

 

会話が噛み合わず、1時間あまりで別れた。

それから20年以上になるが、今彼がどこで何をしているのかわからないし、正直、彼のこともすっかり忘れていた。

しかし今、あの時の彼の気持ちがとても良く理解できる。

 

彼は完璧主義で、とても自分に厳しかった。

ストイックな性格で、鬼気迫ると言ってもいい姿勢で勉強にもスポーツにも打ち込むヤツだった。

彼はきっと、“ありふれたどこにでもいる人間”になる自分が許せなかったのだろう。

 

だからあの時、きっとこんな事を考えていたはずだ。

「一度堕ちたのだから、クズとしてクズを極めてやる」

 

あの時、彼に必要だったものはきっと2つ。

「特別な人間なんていねーよ。いつまで小学生やってるねん」

という、当たり前の事実を受け入れる現実感。

 

2つ目は、ぽっかりと空いてしまった、”できる自分像”という依存を埋めるなにかだ。

彼にそれをアドバイスできなかった自分を、申し訳なく思っている。

 

恐山には何があるのか

なぜ恐山を歩いている時に、そんな彼のことを思い出したのか。

この山は「子を失う」という、およそ人としてこれ以上ない深い悲しみ、喪失感と向き合う場であることは先述のとおりだ。

 

そんな時に「自分にはまだ、亡くなった子のためにできることがある」と思えれば、どんな気持ちになるだろう。

いてもたってもいられず山に行き、“子とともに”石積みをすることで、ともに生きた日のぬくもりを感じられるのではないだろうか。

 

だからこそ、この山に「幽霊」など決していない。

ここにいるのは、故人を想いながら今を生きようとする人たちの意志と、親や肉親を想い、その来訪を待ちわびている故人の「魂」である。

面白おかしく恐山をコンテンツ化していた昭和のテレビが作り上げたイメージなど、絶対に許されない。

 

もし今、消息を見失った彼を恐山に連れて行くことができたらならきっと、こういうだろう。

「お前にしかできないことって、まだあるんじゃないの?」

 

荒涼とした地獄のような風景の恐山は最後に「極楽浜」にたどり着き、故人の冥福を確信する。

さらにその先にもう一つのサプライズがあるのだが、それはぜひ、一人でも多くの人に足を運び、体験して欲しいと願っている。

極楽浜:筆者撮影

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

今回ほど、人の情(じょう)を深く感じたことはありませんでした。
簡単に行ける場所ではありませんが、ぜひ一人でも多くの人に訪れて欲しいと願っています。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo by:

つい先日、ベンチャー・キャピタルを経営する知人との会合があった。

 

知人はそこに、建設業界に勤める一人の若者を連れてきた。

非常に優秀な理系の若者で、ゼネコンで設計をやっており、Youtubeなどの副業や、投資も精力的にしているという。

 

将来有望だと知人が言うので、話を聞くと、

「どうしてもお金持ちになりたいんです。そのために頑張ってます。」

と若者は言った。

 

 

そこで思い出したのが、昔、中小企業の採用を見ていた時のことだ。

当時「お金が欲しい」という候補者は、人気がなかった。

多くの中小企業の経営者は「会社員なんて、結局は待遇だろ」と、お金を求める人を嫌った。

 

要するに、おとなしくて従順で、安月給に甘んじるやつが欲しい。

私はそう理解した。

そして、そんな方針の採用を見るたびに、儲かるのはオーナーだけなのだな、と思った。

 

しかし、個人的な見解を述べれば、「金が欲しい」と言わない人物より、「金が欲しい」と言い切る人物の方を採用すべきだ。

なぜなら、本当に仕事できるやつは大体、貪欲なのだ。

 

もちろん、中には金に卑しいだけの無能や、金だけ欲しがるくせに仕事しない食わせ者も当然いる。

 

だが、貪欲でない人間は、土壇場で踏ん張れない。

だから、能力が高くても、「仕事はほどほどでいい」なんて人を 雇うメリットはあまりない。

少なくとも会社を大きく成長させたいならば。

 

能力は重要だが、何かを得たい、という野心の大きさが、化けるやつの最低要件で、そういう人は一度ハマれば、会社に莫大な利益をもたらす。

 

だから、その若者のことを、率直にいいな、と思った。

「世のため」

「人のため」

といった、どこまで本気なのかわからない話は飽きるほど聞いてきた。逆に、

「趣味に生きたい」

「ほどほどに」

といった話も、同じくもう聞き飽きている。

 

だが、たまにいる。

羊に紛れて、狼が。

 

だが、カネが欲しい、という話に限らず、その枠を超えた「野心」という資質は、知力よりも遥かに貴重で、得難い。

能力と野心を兼ね備えた人物を雇えた時には、採用担当者は素晴らしい人物を雇えた、と誇るべきだ。

 

ただし、このような人材は長く組織にいつかない。

せいぜい3年から5年。どんなに長くても10年。

 

どんなことをしても、組織に隷属してくれることはない。彼ら野心家は、いつでもトップを目指すからだ。

でも、その間だけでも組織に貢献してくれれば、御の字であるし、本質的に会社と言う組織は、中の人は柔軟に入れ替わっていい。

 

 

少し前に、京大卒だが「働きたくない」と標榜する、phaという文筆家の本を、知人に勧められて読んだ。

[amazonjs asin="B0D3G62CVF" locale="JP" tmpl="Small" title="パーティーが終わって、中年が始まる (幻冬舎単行本)"]

 

著者は少し変わった人物で、若いときから「責任を追いたくない」「自由でいたい」と考えていたという。

 ずっと、何も背負わない自由な状態でいたかった。  お金よりも家族よりも社会的評価よりも、とにかくひとりで気ままに毎日ふらふらしていることが、自分にとって大切だった。  だから定職にもつかず、家族も持たず、シェアハウスにインターネットで知り合った仲間を集めて、あまり働かずに毎日ゲームとかをして暮らしていた。世間からダメ人間と見られても、全く気にしていなかった。(中略)

十代の頃はあまり楽しいことがなかったのだけど、実家を出てからの二十代はまあまあ楽しかったし、東京に来てからの三十代はさらに楽しかった。いろんな場所に行って、いろんな人に会って、面白いことをたくさんやった。この調子で、ずっと右上がりに楽しいことだけやって生きていけたらいいな、と思っていた。

しかし、四十代半ばの今は、三十代の後半が人生のピークだったな、と思っている。肉体的にも精神的にも、すべてが衰えつつあるのを感じる。  最近は本を読んでも音楽を聴いても旅行に行ってもそんなに楽しくなくなってしまった。加齢に伴って脳内物質の出る量が減っているのだろうか。今まではずっと、とにかく楽しいことをガンガンやって面白おかしく生きていけばいい、と思ってやってきたけれど、そんな生き方に限界を感じつつある。

面白い本だ、と思った。

 

というのも、実は著者は「やる気がない」と言いつつ、大きな野心が剥き出しに書かれているのだ。

お金なんてある奴が出せばいい。お金のあるなしと面白さは関係ない。自分は金を持ってる奴らよりも面白いことをし続けてみせる。そう考えていた。(中略)

誰か僕に2000億円くらいくれないかな。僕だったら、自分自身の利益のためにお金を使わず、多くの人が楽しく過ごせるように使う自信があるのに。お金がなくてもみんなが面白く暮らせるビルを建てるとか。そんなことをよく考えていた。

こういう人物は極めて貴重だ。

 

なぜなら、「野心」は、人に教えられて得られるものではないからだ。

だから能力と野心を備えた彼は、永いことシェアハウスとその界隈で、中心人物で居られたのだろう。

 

 

余談だが、彼のように、人との濃い付き合いが苦手なのに、野心がデカい人は、実は経営者や起業家に向いている。

変なしがらみなく、ビジネスの関係だけで繋がれるからだ。

 

経営者や起業家は、「得意なこと」だけで勝負ができる。

だから、実は経営者にはコミュ障が、非常に多い。

人の話は聞かないし、思い込みが強いし、我が強すぎて協調性もないことが多い。

 

会社員より圧倒的にコミュ障なのが経営者だ。

だが、会社員としては3流、4流でも、その卓越した能力と野心によって人を束ねれば、良い経営者となることができる

 

pha氏のように、

「中年になって衰退を感じている」

「パーティーが終わるのが怖い」と思うのなら、

会社組織を作ることを選択肢として持つといいかもしれない。

 

自分のためではなく、組織のために、人の集団のための金儲けは、自分のための金儲けとまたちがった、醍醐味と充実感がある。

冒頭の若者も、野心を持ち続け、そして突き抜けてほしい、と思った。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」60万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]

Photo:Bernd 📷 Dittrich

ちょうど3カ月ほど前、私のスマホに知らない番号から着信があった。

いつもなら、詐欺や勧誘の類いを警戒してスルーするのだが、その時は電話に出た。何か感じるものがあったのだろう。

「●●さんの携帯でしょうか。私、●●と申します。先日、兄の●●が亡くなりました。生前は兄が大変お世話になったそうで、ありがとうございました」。

 

虫の知らせというヤツだった。

亡くなった兄とは、仲間内からの誰からも愛された、愉快な天然キャラの兄貴分で、後輩から「オヤジ」と呼ばれていた。

酒とギャンブル、そして鉄道を愛してやまない男で、失礼を承知で言えば、自堕落なオヤジの身内とは思えない、妹さんのていねいな語り口に少々驚いた。

 

古希(70歳)を目前にした突然の死。オヤジは生涯独身で、妹が一人いることは聞いていたが、面識はなく、話すのは初めてだった。

妹さんは多くを語らなかったが、死因は脳血管系の病気で、賃貸アパートで亡くなっていたという。孤独死だったようだ。

 

オヤジの訃報を仲間に報告すると、オヤジを慕う9人が集まり、墓参りに行くことになった。

関東近郊にあるオヤジの墓の前で、それぞれが感謝の思いと別れを告げた。そして、墓参の帰途に、墓地の最寄り駅前にあった雀荘に入った。

 

ギャンブル仲間が亡くなるのは、オヤジで4人目と記憶しているが、死んだ仲間の思い出を語りながら「追悼麻雀」を打つのが、仲間内での不文律だった。

卓(4人麻雀)が2卓もたち、あぶれる人間(打てない人)も出るほどの盛況な追悼麻雀となったが、これもひとえに、オヤジの人徳だと思う。

 

その一方で、「追悼麻雀」だというのに、悲しい話や暗い話は一切なく、話題はオヤジにまつわるバカ話ばかり。

 

思えば、オヤジが他人の悪口や説教の類いを口にしたことを聞いたことがない。

ただ仲間を笑わせ、楽しませることが生きがいだったようなオヤジにふさわしい、愉快な追悼の場となった。

 

そんなオヤジが、こつ然と姿を消したのは、妹さんから訃報が届く約2年前のことだった。

オヤジが長年使っていた携帯番号が突如解約された。酒や麻雀の誘いがしたくても、誰も連絡がとれない、また誰にも連絡が来ない、という状態が続いた。

 

音信不通の理由として考えられたのは、生涯自営業(個人事業主)だったオヤジが、60代になってから安定収入に恵まれず、その日暮らしのような状態だったこと。

そして、仲間内の数人から借金をしていて、返済が滞っていたこと。

いつも笑いが絶えず、これといった持病も聞いたことがない人だったから、そのくらいしか音信不通の理由は思い浮かばなかった。

 

オヤジは、いわゆる「無年金者」の一人だった。厚労省の令和3年度の調査では、65歳以上の約3%にあたる約52万人が無年金者だという。

自慢できる話ではないが、私の酒&ギャンブル仲間には、後期高齢者の大先輩も含め、無年金者が4人いる。

 

オヤジは会社勤めの経験がなく、イベント企画や広告代理店的な仕事を請け負う自営業者だったが、国民年金の受給資格期間(現在は10年以上、平成29年7月以前は25年以上)を満たしていなかった。

「何回か(国民年金の保険料を)払った時期もあったけど、ズルズルと払わない状態が続いてさ」。

酒場で、オヤジがそんなことを話していたのを覚えている。

 

自由奔放、言葉を変えれば、その場しのぎの人生─。

国民年金の納付が任意だった時代(昭和61年3月まで)もあったとはいえ、「老後も自分で稼げば全く問題ない」という楽観的な発想が、無年金者の道を選択させたものと思われる。

 

オヤジが音信不通になって以降、安否確認のため、賃貸アパートや、その最寄り駅に何度も通った。私一人でも7~8回は行ったし、仲間数人と「捜索隊」を組んだこともあった。

それでもオヤジには会えず、アパートにも生活感がなかったため、安否を心配して、ダメ元で居住地の役所や警察署にも行った。

当たり前だが、個人情報を理由に、詳細は教えてもらえなかった。

 

捜索隊の中には私を含め、オヤジに金を貸しているヤツもいたが、オヤジの場合、金のことなどどうでもよかった。

借金に抵抗のある人には理解できないと思うが、これは本音だ。仲間も同じだったに違いない。

オヤジには金に換えられない生きる活力、笑い、喜び、思い出……、のようなものをもらい続けてきた。

 

これまでのようにオヤジと飲み、麻雀卓を囲みたい─。

オヤジの笑顔、活力で英気を養いたい─。

それ以前に、ただ安否だけでも確認したい─。

 

オヤジは生涯、自営業者として働き、晩年は金銭的に恵まれないこともあったと思う。

子供好きと言っていたが、家庭にも縁がなかった。

だが、人望だけは人一倍あった。「オヤジに会いたい」、「オヤジと酒を飲み、麻雀がしたい」。

今もそう思っている仲間が大勢いるのは事実。これは何事にも代えられない。

 

職場を離れれば付き合いも自然消滅。そんな人間模様も少なくない中、仕事上や利害関係などの打算は一切なく、趣味や遊びだけでつながる仲間の絆は侮れない。

オヤジという人間が好きでたまらなかった仲間たちの思いに触れ、改めてそう思った。

 

妹さんから訃報が届く数カ月前、オヤジから一度だけ連絡が入ったことがある。

見知らぬ番号だったが、留守電にオヤジの声が入っていたので、すぐ折り返した。

いつものオヤジの第一声である、「生きてるか?」という声が返ってきた。「生きてるか?」と聞きたいのはこっちだったが、野暮なことは言わなかった。

 

「今、サンライズ出雲に乗っているんだ。寝台(列車)はいいな。昔、寝台に乗っては、各地のギャンブル場や酒場を巡ったのを思い出すよ。そう言えば、寝台で東京に戻ってきたその足で(麻雀)卓を囲み、お前に国士(国士無双=役満)を振り込んだことを思い出したよ。この野郎!」。

 

いつもながら会話の中身は薄っぺらだが、笑いとシャレに満ちた、オヤジ流のトークだった。

サンライズ瀬戸・出雲は、現在日本で定期運行されている唯一の寝台列車。

 

鉄ちゃん(鉄道愛好家)でもあったオヤジは、最後に、「みんなに迷惑をかけてすまないな。お前からよく謝っといてくれよ。頼んだぞ」と一方的に話して電話を切った。

その後、オヤジからの着信番号に何度か電話を入れたが、つながらなかった。

 

オヤジの訃報を連絡してきた妹さんは、最後に私の銀行の口座番号を聞いてきた。生前、オヤジから、仲間への借金返済を頼まれていたようだ。

その原資が、酒と麻雀を断ち、人知れず働き続けた金なのか。あるいは、死亡保険金の類いか何かは分からない。

ただ後日、口座には、仲間数人と私からの借金総額に加え、詫び料と思われる額が振り込まれていた。

 

遅ればせながら、仲間との約束を守ることが、オヤジの最後の願いだったのか……。

何度も言うが、金のことなどどうでもいい。ただ、昔のように、またオヤジと酒を酌み交わし、雀卓を囲みたかった。

そう思わせる仲間が何人いるか。あるいは、仲間からそう思ってもらえる人間でいられるか。

 

人間のクズと呼ばれる私が言うのも何だが、そんなところに人生の価値があるような気がする。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

【著者プロフィール】

小鉄

約30年、某媒体で社会、スポーツ、音楽、芸能、公営競技などを取材。
現在はフリーの執筆家として、全国を巡り、取材・執筆活動を行っている。
趣味は全国の史跡巡り、夜の街の散策、麻雀、公営競技。

Photo by:Albert Hu

この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。

 

・これまで料理スキル皆無だったんですが、40過ぎになって料理を始めて4年ほど経ちました

・4年間で、ほんの少しの料理スキルと、「自分は炊事について本当に何も分かっていなかった」という気づきを得られました

・今まで「食事の準備」というのはほぼイコール「料理」だと思っていました

・食事の担当を頻繁にするようになって、「料理」というのは「食事の準備」のほんの一分野に過ぎず、他に重要なスキルが山ほどあるのだということにようやく気づきました

・「食事の準備」はタスク整理とスケジュール管理と在庫管理の塊でした

・これを長期にわたって継続してる人は本当に凄いと思います

・この年齢になると初学者の立場になる機会がとても貴重なので、今後もがんがん初学者になっていきたいと思います

 

以上です。よろしくお願いします。

 

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。

手前味噌で恐縮なのですが、4年くらい前、こんな記事を書きました。

40歳で料理を始めてみたら「パソコンを起動できないおじさん」の気持ちがわかった件。

家事の守備範囲分担を言い訳に、火の使用が出来ないレベルで「料理」というものから逃げ回っていた40代男が、コロナ禍と在宅勤務を機として家事タスクの偏り是正の為に料理を始めた、という話ですね。

 

上記記事でも書きましたが、しんざきは本当に殆ど料理が出来ませんでした。別にずっと実家暮らしをしていたわけでもなく、バーの二階に住んだり東京に出たり就職したり、一人暮らしをしていた時期もそれなりにあったんですが、その間もほぼ炊事というものはしておらず、大体節分豆ともずくを食って生存していました(これは比喩ではなく本当に節分豆ともずくだけを食べていたのですが、横道なので一旦省きます)

 

この記事を書いてから4年ほど経ちました。

この4年間、妻のタスク状況によっては月に7割くらいのペースで私が食事の準備を担当するようになり、それなりの頻度で料理もしてきました。

料理に対する苦手意識も徐々に消えてきまして、「今日ちょっと遅くなりそう」「じゃあ作っとく」くらいの気楽さで緊急対応的な炊事も出来るようになりましたし、複数の料理を同時並行で仕上げる作業にも多少は慣れてきました。あと、「事前にレシピを用意してその材料を準備する」ではなく、「冷蔵庫に残っているものから夕飯をでっちあげる」ということがある程度出来るようになりました。

発生当初の単細胞生物から中原生代の多細胞生物くらいには進化出来たのではないかと自負しています。

 

で、その過程で、「いかに今までの自分が何も分かっていなかったか」ということもだんだん分かってきました。

無知の知ではないですが、「自分が何を知らないか」を知るのは案外難しいことです。その為には、自分の知識を現実とすりあわせる作業、例えば言語化やら議論やらライトニングトークやら、なんらかの出力作業を行わないといけません。今回の場合、その「出力作業」が料理と食事の準備でした。

今回私が得た気づきは、社会の大多数の人には当たり前の話なのかも知れないですが、個人的には大きな発見だったのでちゃんと言語化してみたいと思います。

 

まず一つ、

「そもそも「料理」というのは「食事の準備」という大目的の中のほんの一部に過ぎなかった」

という点です。

私は今まで、「食事の準備」というのはニアリイコールで「料理」のことだと思っていました。具材を刻んで整形して、煮るなり焼くなり揚げるなりしてから味付けをして食べられるようにする、それがタスクの大半だと思っていました。

大間違いでした。食事の準備というのは、料理を含んでいつつも遥かに広大なスキル群でした。

 

まず、「食材のやり繰り」と「スケジュール調整」というものがあります。

子どもがいる家庭では特に顕著なことだと思うのですが、家庭運営の上ではイレギュラーな事態が頻繁に発生します。仕事の都合で私や妻が遅くなることもあれば、子どもが体調を崩して手が離せなくなることもある。買い物をして帰ってくるつもりがスーパーに寄る暇すらなかったとか、妻が急に遅くなったので急いで夕飯を準備しないといけなくなったとか、幾らでも予定外の事象が発生するわけです。

 

となると、「作る料理を決めて、レシピを調べて、その料理の材料を準備して」などと悠長なことをやっていられないことなどいくらでも発生します。

仕事が遅れると食事の準備に響きます。食事の準備が遅れると子どもが寝るのが遅くなります。どうしても急ぎで、ということでコンビニに走って既製品を買ってくると金銭面のダメージが蓄積します。

 

そういう時、

「今、家にあるもので何が作れるか」

「どうやれば、可能な限り早く、出来ればそれなりに美味しい食事が用意出来るか」

「今ある食材を使ってしまって、明日の朝食の対応は可能か」

「どうしても足りない食材はどうやってごまかすか」

といった、極めてハイレベルな判断とやり繰りが発生します。

 

子どもの好き嫌いやアレルギーの問題だってあるでしょうし、当然栄養バランスの話もあります。嫌いなものを無理くり食べさせるのは大変しんどいですが、かといって好きなものばかり食べさせていると栄養が偏ります。どうやって最低限必要な栄養を食事で確保するかというのも、殆どパズルの域です。

これ、やってる人には当たり前のことなのかも知れないですが、冷静に考えると物凄く難易度が高いし、習熟も必要なことだと思うんですよ。

 

別にイレギュラーケースに限らず、長期的に食事運営をするならなるべくコストも削減したいですし、となると自然と「何をどの店で調達すればコストが安くなるのか」という判断もすることになります。

かつて私は「40円安いだけで店を選ぶ必要あるのかな」などと思っていましたが、これこそ無知of無知というもので、40円でも250回重ねれば1万円になるわけです。そして、日々の食事の準備の上では、250回というのは「あっという間」です。大きく距離が変わらないなら、そりゃ安い店を選んだ方がいいに決まっています。

「今家にある食材や調味料の把握」
「実現可能な範囲で、それなりに栄養もとれて、子どもが食べてくれる献立の判断」
「不足している食材の代替方法の案出」
「調理時間と他の家事タスクの優先度判断」
「食材の最適な調達手段とそのコストの判断」

といった、いわゆる「料理」以前の段階での対応が、滅茶苦茶な短納期で求められる。

しかもこれがほぼ毎日、場合によっては朝昼晩の3回発生する。

 

「マジか」って感じでした。小規模なプロジェクトマネジメントを延々続けるようなものです。これを不断にやり続けている家庭人の皆様本当にすごいし、当然うちの妻も凄い。もう心の底から感謝するしかない。

 

また、これも当たり前のようで私にとっては当たり前でなかったことなのですが、「ごく当然のようにマルチタスクが時間制限つきで発生する」ということもあります。

「多少は料理が出来るようになった」と思った当初、最大の問題点は「品数を増やせねえ」ということでした。余りにも調理スキルが低いので、一度に一つの作業しか出来ず、何品も作ろうとするとそれだけでやたら時間を食ってしまうのです。

「カレー作った」「チャーハン作った」だけでは、基本「食事」は成立しないというか、まあそれだけでご飯に出来ないことはないけど長期的に見ると栄養面でちょっとな、という感じになります。

 

当然「出来合いの惣菜を買ってくる」とか「とりあえず豆腐だけ切って冷や奴として出す」「カットキャベツをサラダ代わりにする」といった様々な解決法がありますし、現在でもそれらの手段を駆使してはいるのですが、とはいえ「料理を同時並行で数品目作る」という手段を選べるか選べないかでは、コストもクオリティも天地の差があります。

となると、「この調理のこの工程を進める内に、こっちの調理の工程をここまで実施」みたいなマルチスレッド対応を山のように、しかも極めて短いスパンでループする必要があるわけで、これをある程度こなせるようになるだけで2年くらいかかりました。自分の工程のシーケンス図が必要。

 

当然のことながら、「食器の準備」とか「後片付け」も重要な工程ですし、収納をどう解決するかだって脳のコストを使う問題です。

しんざき家では基本的に「自分の食器は自分で洗って片付ける」という制度をとっており、子どもたちにも後片付けはきちんとさせているとはいえ、やはり「次の食事に向けて体勢を整える」となるとそれなりに労力もかかりますし頭も使います。

ちなみに、ちょっと各論になるんですが、いわゆる「調理」スキルとして一番でかいと思っているのは、「揚げ物が苦にならなくなった」という点かも知れないな、と思っています。

特に鳥のから揚げは子どもたち全員大好物で、鶏肉が1kgあっても割とあっという間に消費され尽くしてしまうので、定期的に業務スーパーで冷凍鳥ももを補充してきています。業務スーパーは神。

その他、「自分で食事の準備をするようになって初めて気づいたこと」というのは山のようにあって、40年生きてきて何やってたんだと思う一方、大きなトラブルがなければまだ向こう数十年は人生が続く可能性が高いわけでして、気づかないままより気づいた方が1万倍マシだった、ということも確かです。

その点、ここ4年間、非常に貴重な経験が出来たなあと心から思う次第なのです。引き続き頑張ります。

 

***

 

話が料理から逸れるのですが、それがどんな分野であれ、「初学者になる機会」というのは非常に貴重です。

学ぶという行為にはコストがかかります。脳は基本的に怠惰なので、油断するとすぐ「今持っているスキル」だけでやり繰りをしようとし始めます。「なんも分からん、どうしよう」というところからの自分なりの解決法を、脳が忘れてしまうのです。

となると、自分が学習する効率も下がるし、他人に何かを教える際、「何も分からない」という状態に共感しにくくもなる。新入社員の指導において、これ滅茶苦茶重要な要素だと思うんですよ。

 

初学者の気持ちは、初学者にならないと実感出来ません。そして、「新たな何かに挑戦する」ことのコストや心理的なハードルは、時間が経つ程に上がっていきます。

だから、多少無理矢理にでも、「まっさらな状態から学び始める」機会をなるべく作っていく必要がある。何も分からない、を定期的に体験しておく必要がある。

その点でも、今回「料理」という滅茶苦茶に広く一般的な分野を新たに開拓出来ているのはとても幸運なことで、この点だけはコロナ禍に感謝してもいいかも知れないなと、そう考えているわけです。

 

幸いというべきか、私は割と知識が偏っているというか、社会的常識にところどころ大穴が開いているタイプなので、この先も「初学者」に身を置くチャンスは少なくなさそうです。人生あと何年あるのか知りませんが、なるべく色んな分野で自分の無知を打破していきたいと考える次第です。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

概要

国の大事な決定、たとえば立法は、民主的に選ばれた国民の代表が国会で決めることになっている。

ところが世の中には民主主義や国会をとおさず、官僚や専門家が大事なことを決めていることもあったりする。たとえば医療の分野では、厚労省の官僚や医療の専門家が現場を左右することを決めていたりする。

 

彼らの決定も必要だ。現代社会には専門的知識が必要な分野が無数にあり、なにもかも国会で取り扱うわけにはいかないからだ。それに法改訂には小回りがきかないという問題点もある。

 

じゃあ、そういうことを官僚や専門家にお任せし過ぎてしまったらどうなるだろう?

たとえば人の生死に直結する事柄が民主主義や国会を介さず、官僚や専門家によって決められていくとしたら……。

 

もし、診療報酬改定によって「看取り」が義務になったら

今は消えてしまって読めなくなっているが、先日、インターネットの医療系アカウントとしては古株のある人が、以下のようなことをポストしていた。

老人ホームはどこも人手不足で、将来的にはもっと人手が足りなくなる。
そうなると老人ホームは組織的にサービスの削減をせざるを得なくなり、「介護に手がかかる人・看取りの人は病院へ」という流れができるように思える。
次の診療報酬改定あたりで、今度は「病院あたり年間看取り義務件数」が設定されて、未達成の病院には減算もありそうな気がする。

看取りの件数が少ない病院に、診療報酬の減算ペナルティがつく未来。これを読んだ私は「次の診療報酬改定ではこうならないとしても、未来の診療報酬改定ではあり得るかもしれないな」と思った。

 

医療関係者なら、これがどぎつい未来予想だとすぐに読み取れるだろう。

目のつけどころは、なんといっても「看取り義務件数」だ。上掲のポストは、「老人ホームはこれから人手不足になる」→「病院で患者さんを看取ることが義務になっていく」と予測しているのだ。

 

「看取りが義務になる」と書くぶんには、へえ、それがどうしたの? と楽観的に思えるかもしれない。

看取る、というフレーズには優しささえ感じられる。

 

しかし「看取りが義務になる」を「病院では年間に必ず一定数の患者さんに死んでもらわなければならない」と意訳したらどうだろう? この場合、病院では患者さんに死んでもらわないと困ってしまうから、数合わせ的に患者さんに死んでいただくか、それを避けるために、もうじき死にそうな患者さんを探して連れて来なければならないってことなのである。

 

「看取りが義務」と並んで重要なキーワードが「診療報酬改定」である。

診療報酬改定は、厚労省に授けられた魔法のステッキである。もちろん、この魔法のステッキは法律を遵守するかたちでしか使用できない。しかし法律を遵守する範囲内でなら、日本の医療現場の風景を変えてしまう、すごいステッキなのである。

 

たとえば過去には、高価な点滴製剤を大量に患者さんにどんどん注ぎ込んで金儲けする病院の、そういった金儲けスキームが診療報酬改定でやっつけられた。患者さんをやたらと長期入院させる精神科病院も、この診療報酬改定をとおして経営しづらくなっている。

 

逆に、この診療報酬改定をとおして新しい治療や将来必要になりそうな医療が普及していくこともある。たとえば在宅酸素療法や訪問診療は、厚労省がそうあれと魔法のステッキをふるった結果、たちまち普及していった。精神医療の領域では認知行動療法がそれにあたる。

 

ここまでお読みいただいた人なら想像できるだろうが、診療報酬改定がこのように医療界の魔法のステッキたりえるのは、診療報酬という、病院や施設の経営にとってクリティカルなルールをいじっているからだ。

経営破綻したくなければ診療報酬改定に従うべきだし、これから開業医として大成功したい医師も診療報酬改定の現在とこれからについてよく学んでおかなければならない。

 

さて、冒頭の投稿に戻ろう。

もし厚労省が未来の診療報酬改定で「病院に看取りの義務件数を課す」と決定したら何が起こるだろう? これも病院や施設の経営にとってクリティカルなルールになるから、病院経営者は無視できない。診療報酬改定を無視すると、ときに病院や施設は数千万円単位、場合によっては億単位の減算ペナルティを食らってしまう。診療報酬改定という魔法のステッキは、すべての病院や施設に紐付けられた財布の紐でもあるのだ。これに逆らうなんてとんでもない!

 

そうなれば、看取りになりそうな瀕死の患者さんの争奪戦だ。厚労省はこれまで自宅での死を推進してきたけれども、「病院に看取りの義務件数を課す」診療報酬改定が起こったら、そんなものは吹き飛ぶだろう。

瀕死の患者さんの争奪戦で済むうちはまだいい。もし、看取りの「ノルマ」が達成できそうにない場合はどうなるだろうか?

 

いっそ患者さんを殺してしまう? さすがにそこまではやらないだろう。

けれども病院経営者の患者さんを見る目は間違いなく変わるし、それは病院スタッフ全体の雰囲気をも変える。そして病院での患者さんの死は忌むべきものではなく、積極的に看取るものになるだろう。

 

だけどこれは、政治じゃない

ここまで読み、「厚労省は、診療報酬改定という魔法のステッキを振り回す悪の組織!」と早とちりする人もいるかもしれないが、実際の厚労省はまったく悪の組織ではない。さまざまな決定に際しては各方面の専門家や有識者を招いて意見を集めているし、法改訂が必要な事柄については、その準備に莫大な労力を投入することもいとわない。「世間知らずのお役人と専門家が行政を壟断(ろうだん)している」的なイメージは、持つべきではないと私は思う。

 

とはいえだ。

これって政治じゃないですよね? 統治ではあるかもしれないけれども。

また、民主的というよりエリート寡頭制的かもしれない。

 

さきに書いたように、現代社会は専門分化が進んでいるから、各省庁で行われているすべての決定を国会や国民に委ねるのは不可能だ。だから些末な決定については行政や専門家が(診療報酬改定のようなかたちで)決めればいいのだと思う。

とりわけ、それが有識者会議なども踏まえてよく練られたものなら、私たちは行政や専門家を信用していいはずである。

 

けれども人の命を左右する決定や人生の自己決定に関連したことまで、行政や専門家にまかせっきりで本当にいいのだろうか。

 

行政や専門家におまかせの問題点はいろいろある。

ひとつは、有識者会議を開くとはいっても、それは「出来レース」になってしまいやしないか。「御用学者」という言葉もあるが、そのようなことが起こってしまいやしないか心配である。

私は医療に携わっているから厚労省がどれぐらい「出来レース」をやっているのか判断できないが、他の省庁に関しては、有識者会議といいつつも、おいおい、それって出来レースじゃないんですか、と疑ってしまう場面もあるし、以前、居酒屋で公務員らしき人々が「行政と出来レースの話」で盛り上がっているのを聞いたこともある。

 

もうひとつは、それが技術の問題であって政治の問題ではないとみなされること。

診療報酬改定も含めた省庁レベルの決定は、さきに書いたように政治ではない。少なくとも立法府をとおして有権者が議論する、というフォーマルな政治の回路は経由していない。たとえば病院の運営形態や雰囲気を一変させるかもしれない決定は、人の命のありようや、ひょっとしたら人の命の値段まで左右するインパクトを持っていそうだけど、省庁レベルの決定は政治の立ち入る余地をショートカットし、専門家の領域、そして専門技術の領域へと矮小化してしまう。

 

もちろん実際には矮小化というほど深刻ではないことが多かろう。

政治家は省庁の動向をよく勉強するし、世論やマスコミが省庁の動向に目を光らせている部分もある。だとしても、政治家や世論やマスコミが騒がない決定に関しては官僚と専門家が采配を振るうことになるし、その問題は政治家の問題ではなくテクノクラートの問題となる。

 

このように政治や政治家の問題たりえるものがテクノロジーとテクノクラートの問題に置き換えられてしまう現象は、「脱政治化」と呼ばれる。医療に限らず、教育や法曹など、さまざまな領域で脱政治化が起こり得る。「医療の世界ではこれが常識」「教育の世界ではこれが当たり前」「警察の世界ではこれが必要」と言い切られてしまえば、素人はなかなか反論しにくいものだ。だが、いったいどこまでテクノロジーとテクノクラートの「当たり前」を受け入れるべきなのか、どこから立法府や国民が議論すべきなのかは、本当は曖昧だ。

 

先日のコロナ禍でも、コロナ禍対策はどこまで政治家や国民が決定すべきで、どこから官僚や専門家が決定すべきか、考えさせられた人も多かったはずである。コロナ禍に際しては、官僚や専門家に委ねる必要性を(ある程度まで)認めた人は多かろう。だがそれだけでなく、なにもかも官僚や専門家に委ねるほど「脱政治化」が起こったらおかしなことになるのではないか、と心配になった人も多かったのではないだろうか。

 

「脱政治化」が起こりまくった領域では、官僚や専門家がもっともっと采配を振るうことになるだろう。そして専門分化が進んだ現代社会では、本当はそういうことがあちこちで起こっていてもおかしくないのである。

 

ある程度はしようがない

少子高齢化が進み、人手がどんどん足りなくなっていくなか、行政サービスや福祉サービスのスリム化が図られ、看取りの位置づけや病院の姿勢が変わっていく可能性は、実際問題あると私は思う。その時、看取りという問題をどこまで「脱政治化」していいものだろうか。

 

私は、あまりにも脱政治化してはいけないと思う。官僚や専門家がテクノクラートの立場から決定したり、その手前の提言を行ったりするのは、それ自体悪いことではない。けれどもあまりにも脱政治化してしまって、政治も国民の声も届かないなかで色々なことが決まってしまったら、そのとき看取りの問題は国民の意識のとどかないところでドシドシ変わっていってしまうだろう。

 

なかには目端の利く政治家やジャーナリストもいて、そうしたテクノクラートの決定や提言に目を光らせ、政治問題としてピックアップしてくれるかもしれない。が、それだけで本当に大丈夫なのかはよくわからない。

では私たちはどうすればいいのかといったら、やはり、関心を持つことだろうと思う。看取りや生死の決定についてテクノクラートにすべてをお任せするのでなく、自分たちが本来は当事者であり責任を負うべき者であることを思い出し、たとえば診療報酬改定がこれからどんな風に変わっていくのか、官僚や専門家が今、何を考え、何をしなければならないと考えているのか、多少なりとも知っていくことが必要なのだろう。

 

そして看取りも含め、自分たちの生死は自分たちが決めるもので、脱政治化しすぎてはいけないことを折に触れて思い出すべきなのだろうと思う。

 

ただ、断っておかなければならないことがある。それは、官僚や専門家が決めることが国会や国民が決めることに比べて冷酷だとは限らないことだ。

 

むしろ、国会や国民こそが冷酷な決定を望み、官僚や専門家がそれにブレーキをかけたがるけれども押し切られる、なんてことがこれから起こるかもしれない。

民主的な手続きを経て決まったことのほうが、テクノクラートの決定よりもよほど残酷で、国民自身を苛むものである可能性はぜんぜんある。脱政治化されていたイシューを政治や国民に差し戻した結果、衆愚政治のお手本のようなことが起こることだってあるかもしれない。

 

けれども、民主主義の国に生まれた者として私は思う。

国会や国民の決定が愚かしいことになったとしても、民主的なプロセスでそれが決定されるなら、テクノクラートがエリート寡頭制的に決めるよりもよほど「正しい」のではないだろうか。

 

手続きが正しくて、国が亡ぶ、ということは起こり得るかもしれない。だとしても日本が民主主義の国である以上、手続きがおかしい善政より手続きが正しい悪政を私たちはマシだと思うべきで、その逆はあってはならないのである。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:engin akyurt

京都駅で「のぞみ」を降りようとした時、高齢の母親からスマホに着信があった。

電話をかけてくることなど、めったにない人だ。

なにか良くないことが起きたのかと、階段を下りながら慌てて対応する。

 

「もしもし、すごいじゃないのこの講演会の写真!もしかしてこれ、今話してる最中?」

(何かの記事をみて、嬉しくなり電話をしてきただけか…)

ご機嫌をとりながら少しばかり話し、電話を切る。

 

しかし、何かがおかしい。

言っていることがズレている上に、気のせいか滑舌も悪い。何よりも、そんな電話を平日の昼間にかけてくるなど、絶対にしない人だ。

そんな漠然とした違和感は、その日の夜に答え合わせがある。

 

「もしもし、ヤスノリか?オカンが意識不明で家で倒れてた。今、病院に搬送中や」

そう話す兄の向こう側から聞こえるのは、救急車のけたたましいサイレン音。

(脳梗塞か…)

 

違和感を放置しなければ良かった、もっと話しておけば良かったと、後悔がつのる。

回復は難しいかもしれないと、医師から説明があった。

 

しかし三途の川で、きっと追い返されてしまったのだろう。

わずか2日で意識を取り戻すと、驚くほどあっけなく娑婆(しゃば)に戻ってきてしまう。

治療の経過も順調で、リハビリ専門の病院に転院することになった。

 

さっそく回復の足しになるものを見繕っている時、ふと思いつく。

(文字も大きくて読みやすいだろうから、何か絵本か児童書でも持っていくか)

 

私には、母に買ってもらった幼い頃の思い出の一冊がある。

もう40年以上も前のことだが、言葉を話す1匹のネズミと図工教師の交流を描いたハートウォーミングな児童書、『放課後の時間割』(偕成社文庫)という本だ。

 

これなら昔話をしながら一緒に楽しく読みつつ、リハビリできるかもしれない。

そう考え、さっそく取り寄せるとパラパラとめくり始めた。

 

いつこの本が私の手元から無くなってしまったのか、正直わからない。

きっと40年以上を経ての再会なのだろう。

読み始めるとあまりの懐かしさに昭和の記憶がよみがえるのだが、やがて一つのことに気が付き驚く。

 

「そうか、そういうことか…」

この本が色濃く、自分の一部になっていることを確信したからだ。

 

「現場の足を引っ張るんです」

話は変わるが、日清のカップうどん「どん兵衛」について、少し聞いて欲しいことがある。

ご存知のようにどん兵衛は、東日本と西日本では味もパッケージも異なる。

東日本では、鰹だしに濃口しょうゆを合わせたスープ。

西日本では、昆布と鰹だしに淡口醤油(薄口醤油)をあわせたスープで喰わせる。

さらに最近は「南・北」バージョンが新たに発売されるなど、出汁と醤油の組み合わせをいろいろカスタマイズして楽しませてくれる。

 

うどんはいうまでもなく、出汁と醤油の旨味だけで小麦麺をすする、とても単純な料理だ。だからこそ、地域の特性や好みがまともに現れる、奥深い料理なのだろう。

よく今まで、東・西だけの2パターンだけで日本を代表するカップうどんになれたものだ。

 

考えてほしいのだが、旅行先で一番驚く味覚の違いは、醤油と出汁のはずだ。

九州に行き、醤油の甘さに驚いたことがある人は多いだろう。

北海道に行けば、さしみ醤油でも出汁の旨味を感じる事が多い。

関東のうどんは色が濃く、静岡おでんは濃口醤油で食材もすべて黒く染める。

 

一方で私が育った関西では、うどんやおでん、煮物は家庭料理でも、薄口醤油を使う。

刺身に使うのはたまりか再仕込みなど醤油の旨味で喰わせるもので、甘みや出汁味を感じることはない。

それら“違和感”と出会うことこそ、旅の楽しみでもある。

 

そしてこの味覚の違い。

私たちが自覚している以上に、心の奥深いところで逃れがたいほどに根付いている。

 

もう20年ほども前のことだが、全国で病院給食を手掛ける、ある大手企業のM&A担当役員と話していた時のことだ。

その会社は年商数千億円規模にもかかわらず、地方に進出する時はその地方の小さな給食会社を買収し、事業を拡大していた。

年商10億円程度の小さな会社でも、決して安くないコストを掛けて買収するのである。

 

「いつも疑問に思うのですが、御社ほどの知名度があれば支店を出して、栄養士や調理師を募集すればよいのでは。なぜわざわざ、会社を買うのですか?」

「桃野さん、観光地のメシならともかく、毎日でも受け入れられる食事の味って、地元の人でしか出せないんです」

「そういうことですか…。しかし栄養士や調理師が地元の人であれば、それで機能するのではないでしょうか」

「そう思われるのはわかるのですが、そういった人たちの上に東京から管理職をポンと置いても、機能しないんです。地元の味も食習慣もわからないので、現場の足を引っ張るんですよ」

 

そういえば、全国で宅配食材や宅配弁当を手掛ける大手企業の役員からも、同じ話を聞いたことがあった。

小さな弁当店や惣菜店を営む地元の会社を買収しないと、全国展開などとてもできないという趣旨だ。

調理師や栄養士だけでなく、リーダーになる管理職を含めて一括で揃えないと、“毎日の食事のお手伝い”などとてもさせて頂けない、という話である。

 

「それほどまでに、味覚の地域差は大きいものなのか…」

その時の感想は正直、その程度だった。

しかし今になって思うことは、違う。

 

「現場が機能する組織をつくれたからこそ、あの会社は大手企業になれたのだろう」

さらにいえば、きっとそれら企業も地元で人を募集し、“東京のエラい人”に管理をさせて失敗をした経験があったのではないだろうか。

その失敗から、“部下の役に立てない”リーダーなど組織にとって害悪でしかないことを悟ったのだと、確信している。

 

味覚による地域差は、確かにとんでもなく大きい。

しかしそれ以上に学ぶべき教訓は、きっとこういうものなのだろう。

「人の心を理解できるトップリーダーは、やはり強い」

 

“人間万事塞翁が馬”

話は冒頭の児童書、『放課後の時間割』についてだ。

人の言葉を話すネズミと図工教師のハートウォーミングな物語がなぜ、自分の一部であることに気がつき驚いたのか。

 

著者・岡田淳氏の狙いについて、数ページめくっただけで色濃く伝わってきた意図は以下だ。

“読者の裏をかきたいという、いたずら心”

“かんたんで読みやすい言葉選び”

“会話文と描写から情景を感じて欲しい”という、読者への想い

 

それを裏付けるように、巻末には《解説》として、以下のような書評が記載されている。

「この作者は意表をつく話を設定しながら、子どもが悪戯でもするように自分自身楽しんでいるに違いない。そう思った。どこをとっても鮮やかなイメージが息づいていた」

 

私が描きたいコラムの目指すところは、まさに同じ価値観であることに気がつかされた。

海外旅行の空港で40年ぶりの友人にバッタリ会ったかのような、そんな衝撃である。

 

そして話は、「味覚の地域差」についてだ。

普段余り意識することはないが、私たちの体は、幼い頃に食べた愛情溢れる多くの料理で形作られている。

そしてその時に焼きつけられた味、香り、想い出は、とても抗うことができないレベルで心の深い所に根付いている。

年商数千億円の会社が10億円の会社に教えを乞うほどに、この壁を超えることなどとてもできない。

 

同様に、親族や地域の人たち、学校や友人から受けたたくさんの影響が、今の自分を形作っているのだろう。

そしてそれを、順繰りで伝えていく。私たちはそれを“恩送り”と呼ぶ。

頂いた教えや恩をバトンリレーする、大切にしたい価値観であり言葉だ。

 

今回、母のリハビリのため手に取った『放課後の時間割』は、そんなことを私に改めて教えてくれた。

自分はまだまだ、お世話になった皆様に十分な「恩送り」ができていないことにも気が付かされた。

だからこそ、今回の母の入院を期に、社会や人のために今以上に役に立てる人間でありたいと決心している。

 

なんせまずは、この本を病院に届けた時に母がなんと言うのか、楽しみである。

忘れてても構わない。

むしろ思い出してもらうために、一緒にリハビリを楽しみたいと思う。

 

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

私が幼い頃に大好きだった夕食は、脂が乗りプックリと太ったサンマでした。
夕方、家の外で遊んでいる時に流れてきたあの香りは、昭和の記憶そのものです。
脂に火がつき、悲鳴を上げながら焼く母の姿も良い思い出です。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo by:

昔、面接官をやっていた時のこと。

 

我々は「どうすればコンサルタントの適性を持つ人材を集められるか」を追求していた。

長くても30分ほどの面接で、適切に候補者の選別を行うこと。

それは、「面接官の思いつきの質問」をするだけでは非常に難しかった。

 

我々は面接のやり方を試行錯誤した結果、「書かせること」で、かなり正確に候補者の能力を選別できることに気づいた。

 

一般的には面接では「話してもらうこと」を中心にすることが多いと思う。

が、我々はその場で「書いてもらう」ことにした。

 

 

そのやり方は、以下のようなものであった。

 

まず、お題を出す。

多くは現場の状況を切り取ったもので、次のような趣旨のこと書かれたいくつかの「資料」と「質問」を渡す。

背景

オーガニックカフェ「ナチュラルテイスト」は、都市部で成功を収めている小規模カフェチェーンです。(財務諸表・組織図・現状調査表は別添資料)新鮮で健康的な食材を使用したメニューと、リラックスできる雰囲気で人気があります。現在、都市部での成功を背景に、地方都市への展開を検討しています。

現在の状況

  1. 市場分析
    • 都市部ではオーガニック食品や健康志向の高い顧客が多いが、地方ではその需要が未知数。
    • 地方都市の人口は減少傾向にあり、購買力も都市部に比べて低い。
  2. リスク要因
    • 地方でのブランド認知度が低いため、集客に時間がかかる可能性がある。
    • ローカルフードの人気が強く、新しい飲食店の定着に時間がかかる。
  3. 競争状況
    • 地方都市には既存のローカルカフェが存在し、地元住民に根付いている。
    • 大手カフェチェーンも地方展開を進めており、競争が激しい。

質問

「ナチュラルテイスト」は地方都市への展開を進めるべきでしょうか?あなたの見解をYESまたはNOで表明し、その理由を手元の紙に書き出して説明してください。

これを10分程度でやるようにお願いする。

 

ただし、この問題自体にはさほど意味はない。

そして、正解があるわけでもない。

実際に、我々が見たかったのは、この状況に対しどのように「対応するか」と「アウトプットの質」だった。

 

10分後、皆で一斉に、書き出したものを面接官に見せてもらい、それをプレゼンテーションしてもらった。

なお、プレゼンテーションの順番を決めるのも、候補者たちに任せた。

交渉力や、リーダーシップを見るためだ。

 

10分程度であるから、出てくる答えの質はさほど高くはない。

だが、繰り返すが、その中には候補者の能力を示す情報が数多く詰まっていた。

 

例えば、基本的なこととして

・「YES/NO」を表明しているかどうか

・どの程度網羅的に検討しているか

・具体的な数値が含まれているかどうか

・あいまいな言葉を使っていないか

といったことが対象になる。

 

例えば、以下のような回答をした候補者がいたとしよう。(こういう学生が、少なからずいた)

地方進出のチャンスがある

・都市部でのノウハウを活かして、地方でもブランドを広めることができると思います。

・地方でも健康志向が高まる可能性があります。

これは「良くない」と判断される回答の一つだ。

 

まずYES/NOを表明していないので、質問にこたえていない。

また「ノウハウ」や「ブランド」という、難解な言葉を軽々しく使っている。

読む人の立場になって考えられない典型的な例だ。

 

さらに、数値が入っている資料を渡しているのに、時間がないのか、数字を読むのが苦手なのかわからないが、それを全く利用しようとしていないのもマイナスだ。

 

例えば、次のような回答と比べたら、候補者の能力の差を感じるだろう。

結論:地方都市への展開を進めるべきである

理由1:地方都市における健康志向の高まりは、成長の潜在的な機会と判断できる。資料3の市場調査データによると、地方でも有機食品や健康的なライフスタイルに対する関心が増加しており、「ナチュラルテイスト」の製品・サービスが受け入れられる余地がある。

理由2:都市部での成功事例は、地方においても特に20代の女性に訴求力があるとみなせる。したがって、広告やイベントを通じて「ナチュラルテイスト」が資料4に定義されているようなブランド価値と商品価値を提供しているのかを伝え、地域住民に親しみを持ってもらう活動が可能。

繰り返すが、ここで重要なのは「内容の正しさ」ではない。

思考を文書化する過程が、能力の差が浮き彫りにし、面接官はそれを見逃さないようにしていたというだけの話だ。

 

 

「書かせて」「それを話してもらう」ことで、少なくとも次のような能力が把握できる。

 

・情報収集能力

・語彙力

・論理的思考力

・仮説構築力

 

特に、仮説の構築力は重要で、情報が十分に与えられていない状況であっても「ここは仮説だ」とおいて、議論を進めることができる力は必須だった。

仮定が出来ない人はIQが低いという研究もある。

 

もちろん、仕事で必要とされる能力はこれだけではない。

リスクを取れる勇気や、実行力など、突き進んでいく能力も重要だ。

が、すくなくとも「自分の思っていることを的確に文字にできる」能力は、とくに知識労働と呼ばれる分野では重要だった。

 

ではこのような力はどうしたら身につくのか。

これは非常にシンプルで、それまでにこなした「読み書き」の量で決まる。

「国語力」といっても良い。

 

また、数学者の藤原正彦は、「論理を身につけるには数学ではなく、国語を学ぶべき」と言っている。

現実世界の「論理」とは、普遍性のない前提から出発し、灰色の道をたどる、というきわめて頼りないものである。そこでは思考の正当性より説得力のある表現が重要である。すなわち、「論理」を育てるには、数学より筋道を立てて表現する技術の修得が大切ということになる。

これは国語を通して学ぶのがよい。物事を主張させることである。書いて主張させたり、討論で主張させることがもっとも効果的であろう。筋道を立てないと他人を説得できないから、自然に「論理」が身につく。読書により豊富な語彙を得たり適切な表現を学ぶことも、説得力を高めるうえで必要である。

[amazonjs asin="4101248087" locale="JP" tmpl="Small" title="祖国とは国語 (新潮文庫)"]

この主張には強く同意する。

 

「思考を上手に書きだせる」人物は、知識労働者として大成する可能性は高い。しかしそれは才能と言うよりも、単なる訓練の積み重ねで身につけることができる。

「読み書きそろばん」は、現代でもなお、重要であることに変わりはない。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」60万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]

Photo:Glenn Carstens-Peters

facebookを開くと、関根さんからメッセージが入っていた。

また仕事の依頼だろうか?

 

関根さんは地元の広告代理店の営業部長で、行政絡みの仕事を多く手がけている人だ。

ハンドメイド作家として活動していた私は、自治体が主催するイベント会場で子供向け雑貨作りのワークショップを頼まれるなど、関根さんからしばしば仕事を回してもらっていた。

 

しかし、残念ながら今回のメッセージは、報酬が発生する仕事の依頼ではなかった。

 

「お世話になっております。実は、ゆきさんにお願いがあります。来週の土曜に開催される県主催の婚活セミナーなのですが、申し込みが少なくて困っています。もし来週末にご予定がなければ、サクラとして参加していただけないでしょうか?助けてください。どうぞよろしくお願いします!」

 

えーーー...。

あぁ、婚活セミナーって、最近やたら関本さんがfacebookに投稿している、あの県が主催するやつかぁ。そういえば、テレビで宣伝もしていたな。

確か土曜日に婚活セミナーをやって、日曜日は海辺で婚活パーティをするんだっけ。今回のイベントは関根さんが企画と運営の責任者なのかな。

 

なるほどね。あのセミナーは参加者が集まっていないのか。やっぱりね。

だって、仮に私が結婚願望がある独身だったとしても、自治体主催の婚活セミナーに行くのは嫌やもんね、普通に。

 

ノコノコ出かけて、もし知り合いに会ったらめっちゃ気まずいやん。一瞬で噂が回ることを考えたら頭痛がするやん。

周囲に婚活してるって知られて、焦ってるみたいに思われるのも嫌やん。生活しづらくなるやん。

田舎の地域社会の狭さをなめとんのか、まったく。たとえ真剣に結婚したくても、あんなの絶対行かんわ。

 

と、思っていたセミナーだったが、企画した本人であろう関根さんにそんなことは言えない。

いつも仕事でお世話になっている関根さんから「困っているから助けてほしい」と頼まれた以上は、無碍にできない。だるいな〜とは思いつつ、

「分かりました。特に予定はないので、いいですよ。参加します」

と返信した。

 

セミナーの当日、会場に着くとエレベーター前で関根さんに会った。

「ゆきさん、本当に今日はありがとうございます」

「いえ、ははは。大変ですね」

「もう会場は開いてますので、お好きな席へお座りください。自分は、講師の先生を迎えにいってきます」

 

300人収容のホールに入り、私は真ん中あたりの席に陣取った。

あ〜あ、なんでこんなでっかいホールを会場に選んじゃったんだろう。

これじゃ最低でも100人分の席が埋まらないと格好がつかないのに、開始10分前の会場に居るのは、ざっと見たところ50人がせいぜい。その50人中いったい何人が私と同様に、関根さんに召集されたサクラなんだろうか。

 

斜め前に座っているいかにも遊び人風のイケメンは、きっと関根さんの夜遊び仲間だ。あんな派手な男が女に困るはずがないので、絶対に婚活なんぞに興味ない。

さっき後ろの席に座った人は、確か、商工会議所の社員だよな。あの人には奥さんがいるはずだけど、既婚者まで動員してるのか。

えーっと、向こうに座ってる女性は確か、関根さんお気に入りのフリーアナウンサーだ。彼女も仕事を回してもらっている手前、断れなかったんだろうなぁ。

 

そうやってサクラとおぼしき人物を数えていくと、ざっと会場にいる半数以上の参加者がサクラだと思われた。

本気の参加者は15人いるかどうかといったところだ。これでは関根さんが焦るのも無理はない。

 

一連のイベントは、県の少子化対策として催されたものだ。結婚を希望する県内の独身男女を支援して、婚姻数を増やし、子供を産んでもらおうという筋書きである。

多額の税金(国からの交付金)が投入されているが、企画立案も運営も広告代理店に丸投げなのだった。

 

これだけお金をかけて企画して、宣伝して、でっかい会場を用意して、盛大にコケたとなると、責任者である関根さんも立つ瀬がないだろう。

企画を承認した県職員の人たちだって立場がないに違いない。必死にサクラをかき集めるはずである。

 

そんなことを考えながら、開会の挨拶としてスピーチをする役人の長い話を聞き流した。

家庭を築いて、子供を産み育て、地域を支えてほしいなんて言われても困る。

私はすでに結婚して、離婚して、子供を2人産み育て、まもなく再婚予定だが、もう次の夫とは子作りを考えていなかった。

 

まだギリギリ産める年齢とは言え、子育てだけで人生を終えたくない。

ようやく子供たちが手を離れる年齢になったので、これからは自分自身の人生とキャリアを考えたいのだ。それを理解してくれるパートナーだからこそ、二度とごめんだと思っていた結婚をもう1度するのである。

国のためとか地域のために子供は産めない。愛する2人の子供たちは、あくまで私が欲しかったから産んだのである。

 

ダラダラと長く反発しか感じないスピーチが終わると、いよいよ講師が登壇した。

で、お前は誰やねん?

 

恋愛コンサルタントという肩書きで本を2冊出しており、恋愛弱者を相手にオンラインサロンをしているそうだが、著名人とは言い難い。ほぼ世間の誰も彼を知らないだろうし、何の実績があるのかも分からない。

やたら態度がデカくて偉そうだが、「お前、絶対に女にモテへんやろ」と思ってしまう。

 

この講師の容姿について語ると「ルッキズムだー!」とある種の人々が湧いて出そうなので割愛するが、彼は黙っていても女が寄ってくる見た目ではなかった。

しかし、見た目の問題ではない。彼の立ち居振る舞いに女を寛がせる余裕がないのだ。

 

こいつはアレじゃないのか?モテたくてしょうがない非モテがいい歳こいてから一念発起して、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる方式のナンパ師となり、女と寝られるようになったことを「モテるようになった」と脳内変換し、「モテなかった俺が、気づけば100人の女と付き合えた(寝ただけ)」と看板を掲げて超マイナー出版社から本を出したり、セミナーを始めちゃった系じゃないのか?

 

いや、分かるよ。分かる。藁にも縋りたい気持ちの恋愛弱者がコレに引っかかっちゃうのはしょうがないよ。

だけど、関根さんがコレに引っかかって仕事を発注しちゃうのはどうなのよ?

 

まあね、あれよね。一応は本を出しているような自称恋愛コンサルタントで、こんな僻地に講師として来てくれるのがコレしかいなかったっていうことでしょう?

わざわざ東京から、本を出している先生をお呼びしましたよっていう体裁を取ることが、企画を立てる上で重要だったのよね。

 

「いいですか、みなさん。結婚の前に、まずは異性と出会わないといけません。東京の場合は、仕事帰りに六本木ヒルズのBARに行くんです。六本木ヒルズのBARは、非常に良い男女の出会いの場なのです。特に金曜日が狙い目です」

ハア?ここは東京じゃねぇし。東京だったとしても、金曜の夜に六本木ヒルズのBARに集うような男女は、およそ真摯な恋愛にも安定した家庭作りにも向いてねぇだろ。

 

私は思わず顔をあげて、スクリーンの横に立つ関根さんの顔を見た。

「ホントにすみません。俺だってコイツがここまでポンコツだとは思っていなかったんですよ」(滝汗)

と、私を見返す目が語っているような気がする。

 

「私はこの県のことはよく知りませんが、六本木ヒルズのBARのような男女の出会いスポットはありますよね?どうですか?そこのあなた、どうです?このあたりだったら、多くの男女が集まるのはどこですか?」

 

元非モテ、いや現在進行形で非モテであろう講師が質問を投げかけたのは、どっからどう見てもモテて仕方ないだろうと思われる、余裕ぶっこきのイケメンだ。

講師も、なんでこんなのが婚活セミナーに紛れているのか不思議に思い、やりにくさを感じているに違いない。

 

「そうっすね。◯◯◯市場ですかね」

絶対テキトーに答えている。◯◯◯市場は確かに多くの男女で賑わっているが、観光スポットとして人気の屋台村だ。出会いを求める男女がパートナー探しに出かけるようなところではない。

「みなさん、お聞きになりましたか?◯◯◯市場ですよ、みなさん!これからは、仕事帰りには必ず◯◯◯市場へ行ってください!」

 

もはや会場内の温度は下がる一方である。私のようなサクラはただただシラケるだけだが、真面目に話を聞きに来た参加者は相当ガッカリしているだろう。失望しても怒り出す人がいないのは、これが無料のセミナーだからだ。

 

その後も自称恋愛コンサルタントの不毛な話はすべり続けた。私は時おり関根さんに視線を向けたが、関根さんはもう顔をあげていないので目も合わない。いたたまれなさにじっと耐えているのだろう。

真剣に結婚を求める男女にとって何の役にも立たない無駄な時間がどうにか過ぎて、ぐったりした帰り際、またしてもエレベーター前で関根さんに会った。

 

「ゆきさん、あの、本当に今日は...」

「はは...。まあ、東京の話をされても、あんまり応用が効かないかもしれませんね」

「そうですよね。これから先生をホテルに送って行くんですけど、やんわりと伝えておきます。はは...」

 

地方で東京の話を語っても仕方がない以前の問題として、「結婚をするならまず恋愛から」という設定がそもそも違うのではないだろうか。

なんにせよ、今回の企画がこの地域に住む「結婚を求める層」に刺さらなかったのは確かである。

翌日に開催された海辺の婚活パーティも大爆死だったそうだ。

 

 

このエピソードは、今からちょうど10年前の話である。

2024年現在では、まだ出生数が100万人を超えていた当時とは比較にならないほど少子高齢化と人口減が進んでいる。今年の出生数は70万人を切る勢いだ。

 

最近になって「この10年、国は何をしていたんだ!」と非難の声があがるようになったが、国に「少子化対策をやれ」と号令をかけられて地方自治体が実施していたのは、こうした的外れのイベントなのである。

そりゃあ、何の成果も出なくて当然だろう。

 

もういい加減に認めたらいいのだ。

笛吹けども踊らず。いくら若者に「結婚しろ」「子供を産め」「女は地方から出るな」と騒いだところで、人はそのように行動しない。

今の社会の仕組みを持続させるために子供を増やそうとするのではなく、子供と税収が減り続けることを前提にして、社会の方を再構築しなければならない時が来ている。

 

まだギリギリどうにかなっている今のうちにその議論を始めなければならないのだが、地方の政治家たちはいまだに

「少子化対策に力を入れ、子供の数を増やし、活力のある地域を必ずや取り戻します!」

と叫んでいる。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

マダムユキ

最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :

近年、多くの若手ビジネスパーソンの方から、将来に対する不安の声を聞きます。

「自分の会社や業界は将来も安泰なのだろうか」「転職しても受け入れてくれる会社はあるのだろうか」といったものです。

そして、新型コロナウイルスの流行により、実際に危機に直面した企業も多く、ますます不安の声が増えてきました。

そういった将来に対する漠然とした不安の解消法をご紹介します。

 

漠然とした不安の正体

まずは、漠然とした不安の正体を知ることが、不安解消への第一歩です。

今世の中で何が起こっているのか、私たちを取り巻く不安の種について解説します。

  • ①長期化する職業人人生
  • ②何が起こるか予測不可能
  • ③キャリアは自己責任
  • ④老後の心配
  • ⑤ライフイベントとの両立

 

不安の正体①:長期化する職業人人生

もうすぐ人間の平均寿命が100歳位になっていく人生100年時代が到来し、定年は引き上げられ70代後半~80歳になるとされています。

多くの若者が長いキャリアに対してネガティブになるのは、「怖い」という感覚があるからでしょう。

「世の中の変化についていけないのではないか」「自分の持っている実力では役に立てる仕事がどんどん減ってしまうのではないか」「いつか職を失ってしまうのではないか」と、まだ見ぬ将来への不安の声をよく耳にします。

 

不安の正体②:何が起こるか予測不可能

現代は、テクノロジーの急激な進化により、あらゆるものを取り巻く環境が複雑さを増しています。

そして、将来の予測が困難な状態にあることからVUCA時代と呼ばれています。

ビジネス面では、画期的なサービスが次々と生まれる一方で、これまで想定していなかった業界が突然ライバルになるなど、戦いのルール自体が根底から変わることが起きています。

「大企業だから安心」とも言えなくなってきています。

 

不安の正体③:キャリアは自己責任

副業やフリーランス、テレワークなど、働き方の多様化が進んでいます。

一方で、終身雇用や年功序列など、従業員のキャリアを保証してきた従来の制度もなくなりつつあります。

会社の平均寿命も短くなっており、誰もが転職を経験することが当たり前の時代になってきました。

自分の身は自分で守る必要性が高まっています

 

不安の正体④:老後の心配

現状から考えると、今の若手ビジネスパーソンが将来もらえる年金は、おそらく「雀の涙」程度の額になるでしょう。

平均寿命も延びている今、「老後に金銭面で困らないか」「ちゃんとした生活を送ることができるのか」「ずっと健康でいられるのか」と、不安を抱える人が多いのもうなずけます。

 

不安の正体⑤:ライフイベントとの両立

結婚や子供を持つか否かについては、本人の意思次第なので、無理にする必要はありません。

しかし、「結婚したい」という想いがあるものの、「この人だ」と思える人にまだ出会えていなかったら不安に感じるでしょう。

また、子供についても、1人の人間を育てるという大きな責任を伴うことですので、「ちゃんと立派に育てられるのか」「仕事との両立はできるのか」と不安に感じる人も多くいらっしゃると思います。

 

将来への不安の解消法5つ

このような状況下で、キャリアやお金など将来に対して不安に感じるのは当然のことだと思います。

外部環境の変化の流れを一個人で変えることは難しいので、不安を解消するために重要なのは「想定外のことが起こる前提での備え」です。

 

解消法①:できることに集中し、行動する

「不安だ、不安だ」と何もしないでネガティブなことばかりを考えていると、不安を助長させる危険があります。

不安というものは、目の前のことに集中し、行動している間は緩和もしくは消失するものです。

将来に対して不安な気持ちがわいてきたら、「今の自分は何ができるか」に集中し、将来に備えるためのアクションをとることをおすすめします。

 

解消法②:自己投資し「稼ぐ力」を磨く

将来に備えるために、株や不動産に投資をしている方がいますよね。

これからは、何よりもまず投資すべきは「自分自身です。

最も有益で価値のある投資は「稼ぐ力」を身に着けることです。

将来への不安を取り除くためには、日々の自己投資の積み重ねによる「自信」が何より効きます

自身の市場価値を上げ、「いつでもどこでも誰とでも」働ける状態にしておけば、キャリアやお金に関する不安も解消されていくでしょう。

そして、長い職業人生でより多くのリターンを得るためには、できるだけ若いうちから自己投資を始めることをおすすめします。

 

市場価値が高い人の特徴や磨くべきスキルについては、こちらの記事で詳しく紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください。

どこでも誰とでも働ける!転職で市場価値が高い人の特徴と高めるコツ企業にとって「ぜひ来て欲しい」と言われる市場価値が高い人の特徴をご紹介します。

解消法③:キャリアの選択肢を広げるための行動をとる

スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した「計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」というキャリア論をご存じでしょうか。

キャリアの8割は計画的なものではなく、思いがけない縁など、予想しない偶発的な出来事によって決定されるというものです。

 

実際に活躍している人にインタビューすると、「偶然です」「ご縁です」といった言葉が出てきます。

しかし、彼らが本当に何も考えずにチャンスを引き寄せたかというとそうではありません。

やはりそこには共通してみられる行動があります。

それは、オープンマインドで何事にも好奇心を持ち、様々なことにアンテナをはり、自分がワクワクする方向や興味のある方向に向かってしっかりと行動し続けていたという特徴です。

 

思いがけない縁がキャリア形成につながった、身近な例を1つご紹介します。

私が教員を務めているグロービス経営大学院のMBAプログラムの学生で、初めてファイナンスを学び、その奥深い魅力に憑りつかれ、ファイナンスの道に方向転換された方がいます。

受講前には想像すらしていなかったキャリアです。

これも一つの「縁」です。

 

MBAは、経営を体系的に学び、疑似体験する場です。

実務ではまったく繋がりのなかった仕事や人との縁が生まれる場なので、人生の選択肢が増えるという結果にもうなずけます。

実際に、2020年のグロービス経営大学院の卒業生キャリアアンケートでは、以下のような回答が得られています。

210312_Cnote_column_detail01.jpg

思い通りにならない想定外の時代で、人生の選択肢を広げ、さらには理想の人生に近づいているという結果です。

 

MBAはあくまで一例です。

MBAに限らず、自分の世界を広げるための行動をし、様々な縁を取り込み、自らの人生を切り拓いていくことが、将来の漠然とした不安を解消するための鍵なのではないでしょうか。

 

まとめ:日々の自己投資が大きな資産になる

将来への不安を取り除く効果的な方法は、こちらの3つでした。

不安を乗り越え、理想のキャリアに近づいていくための一歩を踏み出してみてくださいね。

・できることに集中する
・自己投資し、「稼ぐ力」を磨く
・キャリアの選択肢を広げる行動をとる

また、経済産業省が人生100年時代に「多様な人々と仕事をしていくうえで必要な基礎的な力」として定義した『社会人基礎力』という概念があります。

どのようなスキルを身に磨いていくべきか迷ったら、社会人基礎力の中で自分が不足しているスキルから選ぶことをおすめします。

 

こちらの記事で、社会人基礎力に該当するスキルについて詳しくまとめていますので、ぜひ参考にしてみてください。

(執筆:熊谷 翔大)

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

【著者プロフィール】

グロービス経営大学院

日本で最も選ばれているビジネススクール、グロービス経営大学院(MBA)。

ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。

グロービス知見録

Photo by:Jordan Sanchez

先月、引っ越しをした。

わたしはとにかく引っ越しマニアで、「今はなんかしらの転機なのかも」と直感するとだいたい引っ越す。これで上京してから5回目の引っ越しになる。

 

ただいつもと違うのは、今回は建物がやや古いということである。

築40年を超えた二世帯住宅、その1階と2階部分を別々に貸しているというちょっと変わった物件だ。

 

転居直後、ちょっとしたトラブルがあった。

そこに駆けつけたひとりのテレビマン。その姿に、私は胸を打たれた。

 

鬼リフォームの二世帯住宅

写真でこの物件を見た時、かなり驚いた。

まず間取りがえげつない。屋根裏部屋を含めて70平米を超えておきながら、1LDKなのである。

要は、最低限の構造物は残したまま残りのものを全てぶち抜いたのである。

そして洒落た壁紙、綺麗なシステムキッチン。

 

実際に現地に内見に来て、さらに驚いた。

 

自動洗浄トイレ。風呂は自動で湧く(厳密に言えば、蛇口は自分でひねるのだが湯量は自動調整)。

どんな配線をしたらこの建物にこの設備をつけられるのだろう、と驚いたくらいだ。そこにまた小洒落た洗面台。

デザイナーズ物件の匂いすらする。

 

しかも、巨大なプロジェクターが残置物として残っている。

よく見れば部屋の一角の天井に小さなスピーカーがいくつも取り付けられている。ホームシアターだ。

そしてスピーカーの近辺だけ二重サッシになっているという徹底ぶり。前にいた人は、この部屋での暮らしをかなりエンジョイしていたことだろう。

 

お洒落の代償

しかし実際に越してくると、信じられないことが起きた。

テレビが映らないのだ。端末側をちゃんと設定しても映らない。

普通そんなことないやろ、と色々やったが映らない。

ということで即管理会社に連絡をした。

 

そんなこんなで数日前、でっかい脚立やら機材やらをたっぷり詰んだワゴン車で、業者さんがやってきた。

わたしがコンビニから戻ってくると、1階に住む奥さんと業者さんが話し込んでいた。

 

そこで立ち話をしていたのだが、これまた驚きの事実が判明した。

実は、1階の部屋でも、テレビが映ったり消えたりを繰り返していたのだという。

しかしオーナーも管理会社もコロコロ変わり、何かと面倒だったのでそのままでいる、とのことだった。

 

こりゃまた、家賃に目が眩んでトンデモ物件に来てしまったのか・・・

少し後悔が頭を過ぎったが、来てしまったものはしょうがない。

 

しかも。

その職人さんいわく、「これは屋根に登らないとわからない」というのだ。

そのためには4メートルの脚立をのぼらなければならない。

 

しかし、なんせここは坂の上に建つ家で、足場がない。道路からさらに狭い階段を登って入り口にたどり着くような場所である。どこに脚立を立てるというのか。

 

職人さんは、玄関からの幅の狭い階段を指さして、

「ここに(脚立を)立てて、覚悟決めて登るしかないねえ」。

というのだが、聞いているほうが怖いくらいの足場の悪さである。

 

いやいやそんなことをしなければならないくらいなら、もうオーナーさんの負担でケーブルテレビでも引いて貰えば・・・と思ったが、職人さんは

「まあ、覚悟決めて登るよ」

というのだ。

 

後で知ったのだが、危険手当も大した額ではない。よくて8000円だという。

なんという世界だ、とも思った。

それはさておき。

まずはそれぞれの部屋の電波状態の確認である。

 

2階のわたしの部屋には3か所にアンテナの挿し口があるが、ひとつの部屋だけは微弱ながら電波が通っているという。

それが他の部屋や1階に分配されていないのだという。

「こりゃー好き勝手にリフォームしたんだなー」。

 

確かに、最新の設備を取り入れて恐ろしいほどこの部屋はお洒落になっている。

その過程でテレビの配線をおざなりにしてしまった可能性があるのだという。

 

では、建物全体にどう繋がっているのかを見なければならない。

わたしの物件は屋根裏部屋つきで、ドアを開けて屋根裏に上がってもらったが、屋根裏部屋の壁まで見事に綺麗なのである。

「見た目をきれいにするために全部の配線を隠しちゃってるわ。これじゃ中がどうなってるのかさっぱりわかんないや」。

 

職人さんの経歴

結局職人さんは、わたしの部屋の下に突き出ている部分から屋根に登ることに成功した。

まあ、最初に考えていた足場よりははるかにマシだが、スパイダーマンさながらの身軽さである。

 

そしてしばらく作業をしたあとわたしの部屋に舞い戻ってきて、

「これで大丈夫なはずだよ」と。

 

そのあと室内作業をしながら、職人さんはいろいろな話をしてくれた。

「僕はね、何がなんでも直すの。だって、テレビを見られないって相当なストレスでしょ」。

 

正直、筆者はここ何年もテレビをまともに見ていない。

災害時かスポーツくらいだ。しかし彼は、テレビに並々ならぬ情熱を持っている。

彼はその昔、家電販売店に勤めていたらしい。

そこで修理も請け負っていたが、おそらく彼の腕が良すぎるためだろう、他人のミスまで押し付けられてストレスを溜め込み、病気にまでなったのだという。

 

そんな彼のサラリーマン時代の趣味は、ひたすらテレビを見ることだった。

「だから僕はね、テレビを見られないって聞いたら、何がなんでも直してやろうと思うの」。

病気を機にサラリーマンをやめ、今度は建築の世界に飛び込んだ。理由はほかでもない、テレビの仕事をしたいからだ。

 

しかし、やりたいからといって、いきなりそれだけをやらせてくれるわけではない。

だから、解体もリフォームもなんでもやってきた。

 

ひたすら「テレビが好きだから」という気持ちだけがあったという。

いきなりやりたいことに到達できなくても、たどり着くために思いつく唯一の方法を選び、とにかく飛び込んだのである。

 

「リフォームやってたおかげで、外から見ればいろんな配線がどこの壁の裏にあるかがわかるようになったんだよね。

800軒1000軒こなしてくると、だいたいのことがわかるよ」。

 

そして今、テレビまわり専門の修理人として、不動産管理会社から「なんとかしてくれる人」として多くの依頼を受けているのだという。

本人も、「自分の手で必ずなんとかしてやる」と決めている。

 

何年かぶりにテレビをつけたまま寝た

さて、修理を終えて実際にテレビをつけると、もちろん、全チャンネル問題なしである。

さらに彼はわたしが部屋に飾り立てたベイスターズグッズを見て、

「ベイスターズ好きなんだね〜」

と。

 

「そうなんです!だからtvk(テレビ神奈川)が映るのはすごく嬉しいんです!」そう返すと、

「俺も野球好きなんだよ〜。きょうは作業時間考えたら大谷の第一打席だけは家で見られるな、と思って見てたらさ、ホームランだからね。もうきょうは1日機嫌良く仕事できるって思ってね。テレビのおかげだね」。と。

 

「じゃあ、このあとはゆっくりテレビ見て過ごしてくださいね」

そう言って去って行った。

 

なんだか、テレビ見ないと申し訳ないなあ。

そう思って久々にテレビをつけて一晩過ごした。もちろんテレビ神奈川である。

 

本当のことを言えなかった

ちなみにわたしはどのタイミングでも、自分がかつてテレビ局にいたことを言わなかった。というか、言えなかった。

というのは、話を聞けば聞くほど、テレビに対して自分なんかよりも彼のほうがはるかに強い情熱を持っていることが伝わってきたからである。

彼こそ真の「テレビマン」である。

 

何がなんでもテレビを見られるようにしたい、それが彼の原動力であり誇りであり楽しみなのだ。

 

なんだか自分のTBS時代を振り返って、恥ずかしくなったくらいだ。

こんなの完全に建物の不具合なんだから、管理会社かオーナーからちょっとでもなんか寄越せって言ってやる!

なんて一瞬でも思った自分も完全に恥ずかしい。

それどころか、それって彼に対して失礼極まりない発想である。

 

何がなんでも自分の手で直してやる。それが生きがい、という人がいるのだ。

 

「つくる」世界は、その先の人によって支えられているということ

思えばわたしはずっと、「つくる」側の世界にいた。今もそうだ。

 

もちろんそれはそれで必死にやってきたつもりでいる。

どうやったら難しい話をわかりやすく伝えるVTRを作れるだろう?どう作れば興味に応えられるだろう?

そうやって受け手のことも考えてきたつもりだ。

 

ただ、時に「妥協」を迫られたのも事実だ。

時間的な限界、マスとして許される表現の限界。

 

かつ、完全に抜け落ちていたものがある。

「売る人」と「売った後のケアをする人」の存在である。

 

少し前に、普段は営業の仕事をしている音楽仲間が年度末の忙しさを嘆いていた。

「毎日売ってるほうが無理だってわかってる以上のノルマなんてさ。無理なもんは無理なんだってば」。

 

そりゃそうだ。誰だって人間、数字を掲げればそれ通りにいくわけではない。

「売ればいいんでしょ」という気持ちでは、うまくいくものもいかないだろう。

 

しかし、「本当に惚れ込んだもの」を売るとなったら?

きっと何かが違うと思う。

「ファンベースマーケティング」という言葉がある。

世の中に商品や情報やエンタメが溢れかえっている今、「自分にぴったりの商品」や「まさに今の自分に有益な情報」や「自分のツボにハマるエンタメ」にいったいどうやって出会えばいいのだろう。

(中略)

でも、友人が薦めるなら話は別だ。
なぜなら、友人とは「価値観が近い人」だからである。

価値観が近い友人がツボにはまるコンテンツは自分もツボにはまる可能性が高いし、価値観が近い友人が愛用しているモノは自分も愛用する可能性が高いし、価値観が近い友人が熱中するコトは自分も熱中する可能性が高いからだ。

<引用「ファンベース-支持され、愛され、長く売れ続けるために」p72-73

まさにわたしは彼によって、「テレビに対する熱中」の伝播を受けた。

 

ではわたしが何を言いたいのか?

わかる人にはわかってほしい。
業界で活躍する、あなたたち後輩たちにこそ聞いてほしいエピソードだ。頼むよ。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

著者:清水 沙矢香

北九州市出身。京都大学理学部卒業後、TBSでおもに報道記者として社会部・経済部で勤務、その後フリー。
かたわらでサックスプレイヤー。バンドや自ら率いるユニット、ソロなどで活動。ほかには酒と横浜DeNAベイスターズが好き。

Twitter:@M6Sayaka

Facebook:https://www.facebook.com/shimizu.sayaka/

Photo:

リチャード・ドーキンスをひさびさに

リチャード・ドーキンスといえば『利己的な遺伝子』で一世を風靡した学者である。そのドーキンスが無神論の本を著したことはなんとなくしっていた。しっていたが、とくに読んでいなかった。読んでいなかったが、ふと目に止まったので読んでみた。

とくに宗教に関しては、もはや時代は変わったのではないか。十分な知識を持つ人が、世間一般の考えは誤りであり有害であるとの結論に熟考のうえでいたった場合、それを広く知らしめることは、いまや義務とみなされているように思う。少なくとも世人が耳を傾けるような地位や名声を得ている人には、それが求められている。

こうした人が宗教を信じていないと公言すれば、「不信心」(じつに不当な呼び名である)は低い知性やよからぬ性分に由来するという世に流布した偏見は、たちどころに根絶やしにされるだろう。世間の評価も高く、名士と言われるような人たちのどれほど多くが信仰に懐疑的か知ったら、世の人々はさぞや衝撃を受けるに違いない。

……って、これはなんの引用かというと、ドーキンスではない。ジョン・スチュアート・ミルの『ミル自伝』からの一節である。

子ミルは親ミルからやりすぎじゃないかと思われるほどの早期英才教育を受けたことで知られるが、その父ミルの影響で最初から信仰者ではなかった。ジョン・スチュアート・ミルは1806年に生まれて1873年に死んだ。

[amazonjs asin="B00NY5IV7C" locale="JP" tmpl="Small" title="ミル自伝 大人の本棚"]

 

して、おれが読んだドーキンスは1941年に生まれて、おれが読んだのは『さらば、神よ 科学こそが道を作る』という本を書いたのは2019年のことである。ベストセラーとして知られるのは『神は妄想である』で、こちらは2007年だった。

[amazonjs asin="4152088265" locale="JP" tmpl="Small" title="神は妄想である―宗教との決別"]

[amazonjs asin="4152099577" locale="JP" tmpl="Small" title="さらば、神よ"]

 

では、『さらば、神よ』はどんな本なのか。原題は『Outgrowing God A Beginner’s Guide』だ。

要するに無神論の入門書というか、青少年向けに書かれた本といってよい。ティーンエイジャー向けというか。

 

これを読んでおれは驚いた。リチャード・ドーキンス級の人が、今、この時代に、英語圏、キリスト教圏の国の若者に、こんなものを書かなければならないほどなのか。やはり欧米の信仰心というものはそんなに根強いのか、と。

 

アメリカの信仰心

もっとも、たとえばアメリカではキリスト教離れが進んでいるという話もある。

米国でキリスト教離れが止まらない、教会の閉鎖も急増中

米国ではいま、多くの教会が急速に閉鎖に追い込まれている。米国人がキリスト教から離れ始めているからである。米社会でいったい何が起きているのか。

全米にはいま約38万の教会があるといわれているが、米東部コネチカット州にあるハートフォード宗教研究所は、「今後20年で30%の教会が存続できなくなる可能性がある」という報告結果を発表した。

こちらの記事によれば、1972年に92%が自らをキリスト教徒と答えていたのに、2020年には64%に減っているという。

 

一方で、無宗教者も増えている。

アメリカの宗教離れが止まらない!?:増える無宗教者("Nones")と分断される社会

そのような宗教国家アメリカにいま激震が走っている。みずからをキリスト教徒とみなすひとが人口の九割を超えていた時代は過ぎ去り、1972年にはわずか5%だった「宗教的な所属をもたない」("religiously unaffiliated”)あるいは「無宗教」("nones”)を世論調査の質問表で選択するひとがいまでは人口の30%を占めるほどになっているという。対照的にキリスト教徒と自認するひとは人口の60%まで低下した。

こちらの記事によれば、21〜37%のアメリカ人が自らを無宗教とみなしているという。

 

無神論と無宗教は違う。

むしろ興味深いのは、そうした無宗教者たちの多くが、なんらかの「神」(God)や「至上の存在あるいは力」(Supreme Being or Power)を信じているという点にある。また、特定の団体などに属する意味での「宗教」(religion)は否定するが、精神世界には興味をもつスピリチュアルな人たちもこのなかには含まれている。したがって、無宗教者が増加しているとはいえ、あらゆる宗教を否定する、単純な世俗化が起きていると理解されるべきではないのだ。

「空飛ぶスパゲティモンスター教」を信じているわけでもないようだ。そして、こうも書かれている。

無宗教者が学歴や所得といった社会指標において、全米の平均や無神論者たちよりもはるかに低い値を示している

ジョン・スチュアート・ミルの言っていたこととは違うようだ。

 

まあ、そういうわけで、宗教離れはおきている。それでも、だ。いまだにリチャード・ドーキンスが『さらば、神よ』と啓蒙書を書かなければならない。

 

無神論と不可知論と……

現代アメリカにおいて「無神論者」というのはかなり強い意味を持つらしい。選挙戦で「あなたは無神論者かどうかはっきりしろ」と迫る場合もあるらしい。無論、「無神論者である」と言い切ることは難しい。

そこで、べつの名乗りをすることもあるらしい。

名前のある神を信じなくても、「無神論者」という言葉を避けたがる人は大勢いる。そのなかには、ただ「私にはわからない、知りようがない」と言う人もいる。彼らはたいてい「不可知論者(agnostic)」を自称する。

このほかにも、「阪神論者」、バースを神とする関西の……、誤変換だ、「汎神論者」。「私の神は私たちが理解していないすべての深い謎である」と、アルベルト・アインシュタインが述べたような、非アブラハムの神であるとか。あるいは、時空の始まりに万物を作動させただけの「理神論者」だとか。

 

このあたりの違いは、信仰者、アブラハムの神を信じるものからしたら大きな違いがあるのだろう。

「無神論」と言い切ることへの抵抗というものがそこにはありそうだ。「ありそうだ」としか言えないのは、おれがアブラハムの神を信じる人と交流したことがなく、また、そのような環境(外国)に行ったことすらないからだ。

 

で、日本人はどうなんだよ?

と、こんなところで、今まで避けてきた「日本はどうなんだよ?」という話になる。「日本人のお前はどうなんだよ?」という話になる。というか、する。

 

正直、変な上から目線で、「まだ欧米ってそんなところでウロウロしているの?」というのがおれの最初の感想であった。ドーキンスがこんなのを書かなきゃいけないの、遅れてるー。

 

……とかいうのは、「変な上から目線」にすぎないとわかっている。

もう一度言っておきたい。世界の中のある土地に生まれてしまうということは、ドーキンスが「私がむかつくことのひとつは、小さい子どもに親の宗教のレッテルを貼る習慣だ」と言おうと、「カトリックの子」、「プロテスタントの子」、「イスラム教の子」として生まれてきてしまう。その環境の多くは、その土地のエートスというものがあり、そこから独立して生きることはむずかしい。ジョン・スチュアート・ミルのような特殊な環境にない限り、周囲の宗教を身に着けてしまう。

 

このごろ、「宗教二世」というと、社会にとってかなり異端とされる新興宗教の信者の子を指すことになるだろうが、伝統宗教の場合でも二世……どころか何十世になるに違いない。

 

でも、日本人の場合どうなの? と、なると、家の環境と関係あろうとなかろうと、そこまで確固たる信仰を持っている人はあまり多くないかもしれない。なんとなく仏教かもしれない、神社に行くかもしれない、いや、原始的なアニミズムみたいなもんですよ……。

 

さんざんああだこうだと言われてきた日本人の宗教観ということになる。戒律嫌いの儀礼好き、八百万の神原理主義……。

おれは正月になると神社と寺をはしごする。クリスマスは祝わないかもしれないが、スーパーで安くチキンやケーキを売っていたら買ってしまうかもしれない。チキンやケーキがクリスマス? まあいい。このなんとなく「日本人的でしょ?」の宗教観みたいなやつ。日本人は日本教とか、そういう言い方もある。

 

日本教といえば山本七平だが、山本七平の本にこんなエピソードがあった。南方で日本兵を捕虜にした米兵が、現人神を信じるおろかな日本人にダーウィンの進化論を教えようとしたら、そんなもの当然知っていると言われ驚いたという話だ。

日本人好みのエピソードのように思える。それはそれ、これはこれ。でも、これで命を捨てて戦争までしてしまう。一神教のものから見たら、異教徒よりも狂っているように見えるかもしれない。

 

おまえの信仰はどうなんだよ?

では、おれの信仰はどうなんだよ? という話をしたい。

たとえば、あり得ない話だが、諸国の外国人たちと会話するとする。「おまえは神を信じているか? なんの宗教を信じているのか?」。そんなことを訊かれたら、おれは迷いなく「仏教徒だ」と言うつもりだ。

 

だが、「I am a Buddhist, and I follow Jodo Shinshu.」ということになる。この英語が正しいか知らない。

 

我が家は浄土真宗だった。我が家というか、母方は代々浄土真宗の檀家だった。父方はよくわからない。化学博士で、パーキンソン病を患った祖父は、病にかかったあとキリスト教の洗礼を受けたという話だが、そういう話が伝わっているだけで、同居していた我が家にはいっさいキリスト教の影もなかった。葬式も、今で言う家族葬的な感じで済ませたのではなかったか。

 

まあとにかく、父方の親戚とは縁遠かった。

それはどうでもいいが、法事となると母方の親戚の集まりということになって、それが浄土真宗の寺であった。そこからおれは浄土真宗をフォローするように……なったわけではなかった。ぜんぜん違う。

 

おれが勝手に仏教に興味を持ったのは、勝手に松岡正剛の『空海の夢』を読んだところからだった。

[amazonjs asin="B0BGLB2CX4" locale="JP" tmpl="Small" title="空海の夢"]

ずいぶんうさんくさいところから入ったな、と言われればそうかもしれないが、「仏教」というものを「なんまいだー」くらいでしか認識していなかったおれには目からウロコのところがあった。仏教とはこういう解釈もできるものなのか、と。

 

その次に接近したのが禅というか、鈴木大拙の禅、鈴木大拙の仏教であった。最初は『鈴木大拙随聞記』という本から入った。こんなことが書いてあった。

[amazonjs asin="B000JA7I3S" locale="JP" tmpl="Small" title="鈴木大拙随聞記 (1967年)"]

『神が天地をつくった』という。神が創造者になるということは、能造と所造とが分かれるということになる。ところが東洋のほうでは、『神がまだ道あれとも、光あれとも、何ともいわない前の神を掴め』というのだ。神が『光あれよ』といえば、もう二つに分かれてしまう。だから『光あれよ』ともいわない、唇のまだ動く以前の神をつかめという。これは天地未分だ。それが六祖慧能の『不思善、不思悪、父母未生以前の汝の本来の面目を見よ』
ということになる。

ということになるのだよ。おれはずいぶん鈴木大拙の本も読んだし、周辺の本も読んだし、批判も読んだ。して、なお、おれのなかには鈴木大拙の影響は大きい。え、でも浄土真宗なの?

 

結局おれも親の宗教を受け継いだのか

でも、最後には浄土真宗がいいな、となってしまった。これは吉本隆明の影響が大きい。

[amazonjs asin="4480087095" locale="JP" tmpl="Small" title="最後の親鸞 (ちくま学芸文庫 ヨ 1-6)"]

仏教の本をいろいろと読み進めるうちに、『最後の親鸞』にぶち当たった。

これに大きな影響を受けた。空海の世界の広さも、一遍上人のアナーキーもいいだろう。でも、親鸞がいい。そう思った。

 

と、思ったおれの父は吉本隆明信者であった。本棚一つ、全部吉本隆明の本で占められていた。『試行』も創刊号から全冊揃えていた。

おれはそんな父による教育を受けていた。教育ではないか。でも、影響は受けていた。本は読んだことなかったが。

 

おれが吉本隆明を読み始めたのは、一家離散して、父と会わなくなって何年も経ってからだ。なにから読み始めたのかは忘れた。ただ、三つ子の魂なんとやら、おれに吉本隆明はしっくりきた。そして、その親鸞論、信仰論もしっくりきた。

[amazonjs asin="4902516667" locale="JP" tmpl="Small" title="吉本隆明が語る親鸞"]

……つまり「人間は、真実の信仰の場所にいける時もあるし、また時に応じてそこにいけなくて、不信の状態に陥ることもある。人間とはそういうものなんだ。だからそういうものにとって真宗の信仰はどうなるのがいいのか」という具合に、親鸞は人間を理解しているわけです。

だけど蓮如は、自分も信仰の人だし、それから真宗に帰依している並み居る人たちもみんな信仰の人だということを、ちっとも疑っていないという状態で、ものを言っているわけです。

だけど、人間に対する考え方としては、本当じゃないように思えます。親鸞の考え方のほうが、本当のような気がします。人間というのはいつでも信じることと信じないこと、浄土を信じるか信じないかということだけじゃなくて、他人を信じるか信じないかということでもそうなのですが、信じている時もあるし、時に不信に陥る時もあるのが人間のあり方で、そんなに人間は立派ではないけれど、そんなに駄目でもないんだよというのが、親鸞の人間に対する考え方だと思います。

「そんなに人間は立派ではないけれど、そんなに駄目でもないんだよ」というあたりがいい。

そして、信仰者として立派でないところをまあしょうがねえよというくらいに肯定するところがいい。

弟子に「自分は名号念仏を称えても、少しも喜ばしい心にならないし、浄土がいいところだと言われても、そこへゆこうという気持ちがちっとも起こらない。これはどうしてだろうか」と聞かれて、「おれもそうだ」と答える。

そのうえで、「もしも我々が煩悩具足の人間でなくて、すぐにでも浄土にいきたい気持ちになれるのだったら、阿弥陀仏の第十八願などいらないことになり、阿弥陀仏のほうで、これでは救済も不要だと落胆されるだろう。自分たちはごく自然に命脈が尽きた時に浄土へゆけばいいんだよ」と言う。

 

あくまで、阿弥陀仏が願ったこと。これこそ他力本願。浄土へ行くため善行をつもうとかいう人間のはからいなどは、むしろ不要。もう、救われちまっているんだ。

これがキリスト教の予定説と違うところは、「救済されない人間が予定されていない」ことだ。悪人正機というくらいだ。薬があるのにあえて毒を飲むことはないが、さりとて人間は契機があれば千人だって殺してしまう。そういう必然を背負っている。

 

しかし、信仰の内側に行くには?

と、ここまで急に浄土真宗の話をしておいて、そもそも最初に信仰していると書いておいて、おれのなかに信心というものがない。「信」の内側にいるとはとうてい思えない。それは吉本隆明も一緒で、内側の人間のことがあと一歩でわからんという。

 

それでも、おれには宗教があるといえるのだろうか。正直、わからん。

「阿弥陀様のほうで勝手にやっていてくれるから」でいいのか。「南無阿弥陀仏」と口にすることはあるよ。エアトゥーレの子にナムアミダブツというのがいるし。関係ねえな。でも、わからん。「わからんというのがいいんだ」と言われることが信仰になるのか。なったとしたら、それはもはや信仰だろうか? 宗教だろうか?

ちょっとどの本か忘れたが、吉本隆明は鮎川信夫との対談でこんなことを述べていた。

「本当に親鸞が考えている死というのは「正定のくらい」であって、突きつめていけば、仏教、特に浄土教に対する全体的な〈不信〉のような気がします。親鸞は仏教徒ではないのか。多分もうぎりぎりのところまで仏教徒でないわけだと思うんです」

親鸞自身すら「不信」というのだから、もうわけがわからない。

 

というわけで、「神をさらば」したと思いながらも、信仰にとらわれるおれ。信仰への目覚めは、なにか雷に打たれるようなものかとも想像するが、想像にすぎない。

理屈なのか、理屈でないのか。世の中、信仰に目覚めた人が、そのきっかけについて書いた本も多いだろう。でも、それはもう信仰の内側からの声だ。たぶん、届いてこない。

 

ところで、おれは雷に打たれたいのだろうか。

もしも大安心がえられるならば、アブラハムの宗教でも信じてやっていいと思っているが、いまのところお誘いもこない。こんなおれにくるはずもない。というか、そのまえにドーキンス先生に叱られてきたほうがいいのだろうか?

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :

日本人は集団主義、欧米は個人主義。

日本人は和を重んじるが、欧米人はそうではない。

 

そんなステレオタイプを聞いたことはないでしょうか。

 

でも現場では、「自分勝手な人」をたくさん、見てきました。

特に多いのは、「やることは決まっているけど、個人的にイヤなのでやらない」という人で、決まったことに対して、サボタージュを行ったり、周りの社員にネガティブな意見を吹き込んで、アンチとなったりするケースです。

なんなら、「上司に楯突いている、アンチな俺はかっこいい」と思っているフシすらある人も。

 

もちろん、そういう人は仕事もできないし、成果もあがりません。

自分の給料が出るのは、周りの成果をあげている人のおかげだということも、気づいていません。

 

コンサルティング会社では、そんな人間はすぐに、クビになったり、配置転換されたりして、排除されていました。

「役に立たないやつは要らない」というのが共通見解だったのです。

 

が、日系の大手企業や、中堅中小企業では、社員に対してそこまで厳しい処置を取ることはありません。

決して黙認されていたわけではないですが、結果的に、放置されたり、見逃されたりしていました。

 

私はそれを見て、「仕事をしない人にまで、給料を払っているなんて、なんて日本企業は懐が深いのだ」と、つくづく思ったものです。

多少の異分子にも目をつぶり、社員の生活を守る。

そしてそれが和を重んじる、「集団主義」の良いところなのだ、と思っていました。

 

 

しかし最近、その「集団主義」も、ついに破綻しつつあると感じます。

 

というのも、以前とは逆に、最近では「仕事をしない人」をなんとかしないと、「仕事ができる人からやめてしまう」のです。

「無能な同僚を放置する会社では、仕事はできない」と言って、優秀な人ほど、複数の会社を渡り歩いて、「できる人が評価される会社」で、どんどん自分の待遇を上げていくことが、すっかり普通となりました。

 

NTTから創業当時のマイクロソフトへ転職して成功を収めた、中島聡さんのブログには、そんな話があります。

私が32年前に NTT からマイクロソフトに転職した経緯です。

ちなみに、その後、日本のマイクロソフトに3年勤めて、シアトル本社に移籍し、2000年の初めまで勤めました。興味がある人もいるだろうから書いておきますが、辞めた時の基本給は14万ドルでした。これにキャッシュのボーナスが10%と、ストックオプションが毎年のようにもらえていました。それも管理職ではなく、バリバリとコードを書く、純粋なソフトウェア・エンジニアとして、です。

ストックオプションによる報酬は、株価によっても大きく左右されるので、なんとも言えませんが、参考までに言うと、私が辞めると宣言した時に、会社が私を引き留めるために提示したストックオプションは $4 million 相当でした。$4 million の現物株ではなく、「$4 million の株を当時の価格で将来買う権利」です。10%値上がりして40万ドル、100%値上がりしたら $4 million のキャピタルゲインが得られる計算になります。

1980年代にこんなことをやっていた方はかなり珍しかったのでしょうが、今は「より評価される職場で」「より自分を差別化できる職場で」という動機で転職をする人は非常に多いのです。

 

官僚や旧態依然とした日系企業が、外資系企業の人材の草刈り場になっていることが問題視されていますが、待遇面で考えれば当たり前……そんなことを思っていたら、どうやらお金だけの問題ではないようです。

 

実は、「日本人はもともと、欧米よりも個人主義で、「無能な同僚」がとても嫌い。」だというのです。

 

北大名誉教授の、山岸俊男は「安心社会から信頼社会へ」の中で、次のように述べています。

この結果は、日本人もアメリカ人も、作業成績の良い人はほとんどつねに集団から離脱していたことを意味しています。つまり、日本人もアメリカ人も同じように、怠け者と一緒にされるのは「馬鹿らしくてやってられない」というわけで、グループから離脱してしまったということです。(中略)

実験の結果は、この一匹狼的な行動をとる頻度にきわめて大きな日米差があることを示しています。具体的には、高コスト条件で金銭的な犠牲を払いながらグループから離脱する頻度は、アメリカ人参加者の場合には二〇回のうち平均一回程度しかなかったのに対して、日本人参加者の場合にはほぼ八回も離脱していました。つまり、アメリカ人よりも日本人参加者のほうがよほど「個人主義的」に行動していたわけです。

[amazonjs asin="4121014790" locale="JP" tmpl="Small" title="安心社会から信頼社会へ: 日本型システムの行方 (中公新書 1479)"]

実験結果は、「無能と同様の条件で働くのにはうんざり」と考える傾向は、米国人よりも、日本人のほうが強いということを示しています。

 

つまり転職が困難な社会情勢や常識が取っ払われてしまえば、日本人のほうが、良い条件を求めてより躊躇なく転職する傾向にあるとも言えるでしょう。

 

この結果を見て、私は最近聞いた話に、合点がいきました。

「日本全体のGDPが下がっていると言うけど、自分は稼げているから、別に問題ではない。」

「東京都知事選挙には全く興味がない。その結果に私に関わりはなく、誰がなっても同じ」

 

これはある意味では、「日本人の強い個人主義志向」を示していると言えます。

 

実際、東京大学の研究では、『日本人は集団主義的』という通説は誤りだということが示されています。

日本人論では、長らく「日本人は集団主義的だ」と言われてきた。現在では、「集団主義」は、「日本人」の基本的なイメージになっている。

ところが、この通説が事実なのかどうかを確認するために、心理学、言語学、経済学、教育学などにおける実証的な研究を調べたところ、日本人は、欧米人より集団主義的だとは言えないことが明らかになった。

また、「日本人は集団主義的だ」と広く信じられているという現状は、人間の思考を歪める心理的なバイアスによって作りだされたものであることも明らかになった。

これからのマネジメントや、日本社会の運営はむしろ、「個人主義志向」を前提として考えたほうが良いのかもしれません。

 

といっても、「強い個人」が思う存分活躍する社会がどのようなものなのか、私にも、まだよく理解できているわけではないのですが。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」60万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]

Photo:

2016年。東急電鉄がマナー広告で「電車内で化粧をしている女性はみっともない」と表現し、大きな議論を巻き起こした。

それに乗じて『化粧をしないことは、本当に「マナー違反」なんだろうか』という記事を書いたところ、とんでもなくバズり、新聞やテレビでも紹介していただいた。

 

2024年のいまでもわたしの考えは変わらず、「女は化粧をして当たり前」という考え方はまちがっていると思うし、「化粧は身だしなみでマナー」というのなら男性だってやるべきだと思う。

 

さて、マナー広告騒ぎから8年経った現在。

「他人の見た目をとやかく言うのはルッキズムであり悪いこと」という声をよく聞くようになった。

 

ようやく時代が追いついてきた! そうそう、別にすっぴんだっていいじゃないか!

……と思っていたわたしだが、最近、まったく予想していなかったことが起こる。

なんとわたし自身が、化粧にハマったのだ。

 

すっぴんは接客NG?他人のための化粧への違和感

大学生時代、わたしはベースに夢中でとにかくずっとベースを弾いていたかったから、すっぴんで大学に行くことが多かった。

すると毎回数人の男子から、「今日すっぴんじゃん、急いでたの?」とか、「すっぴんだとなんか顔色悪いな(笑)」なんて言われる。

 

バイト先の居酒屋はすっぴんの女は接客してはいけないので、すっぴんの日は強制的に洗い場担当にさせられた。店長含め、男性は全員すっぴんで接客しているのに。

しかも大学内には、堂々と「就活用メイク講座」なんてポスターが貼ってある。なんだそれ。

なにがなんでも女に化粧をさせようとする社会の圧力が、さっぱり理解できなかった。

 

いくら顔を洗って、眉毛を整えて、きちんと髪の毛をまとめても、化粧していないかぎり女は社会的に受け入れられない。いったいなぜ女だけ、素顔でいることを否定されるんだろう。

こういう思いがあって、マナー広告炎上に際し、「なんで化粧を強制するんだ」という記事を書くに至ったのだ。

 

そしてその記事が『ワイドナショー』という番組で紹介され、すっぴんだと接客を禁止されることをどう思うか、という話題になったとき。

正確な言い回しは覚えていないが、コメンテーターの松本人志さんが、「僕はすっぴん好きですけどね。すっぴん居酒屋あったら行きたいくらい」のようなことを言って笑いを誘っていて、心の底からがっかりした。

 

その発言が化粧しない女性の肯定になると思っているなんて。

 

あんたの好みなんて毛ほども興味ないわ。あんたのために化粧するわけでもなければ、あんたのためにすっぴんを選ぶわけでもない。あんたの基準でわたしの見た目をとやかく言われるのがダルいって話をしてるのに、なんで伝わらないの?

 

化粧嫌いのわたしが化粧に目覚めた理由

大学を卒業してドイツに移住してからは、ほとんど化粧をしなくなった。

ドイツには、化粧をしているかどうかでとやかく言ってくる人はいない。夫も「化粧なんてしなくていいよ」と言ってくれるし、すっぴんでも普通に接客バイトができる。

 

その後、病気になりバイトを辞めて在宅ワークをはじめた結果、外出頻度がかなり減った。さらにコロナ禍に突入したことで、わたしは完全に化粧をやめた。2年間ほどだろうか。

が、コロナが落ち着き、車を購入して行動範囲も広がったので、街に買い物に行ったりレストランで食事することも増えてきた。

 

コロナ禍の3年間、外出といえば犬とのハイキングがメインで、スポーツ服やジャージしか着ていなかった。「久しぶりにお出かけするならおしゃれしたいな」という気持ちが湧き上がり、「久しぶりにお化粧してみよう!」という気分に。

 

思い立ったわたしはその週の土曜日、意を決してマインツのMüller(ドラッグストア)に突撃。

とりあえず資生堂やメイベリンといった見たことあるブランドで化粧品をそろえ、久しぶりに化粧をしてみる。

 

……これ、わたし?

 

数年ぶりに化粧をすると、なぜだか自分がすっごくかわいく見える。

ずっとタンスに眠っていた昔のおしゃれ着を引っ張りだしてお買い物に行けば、窓に映るこぎれいな自分を見て思わず笑顔に。

 

えー、なになに、化粧ってめっちゃ楽しいじゃん!

 

別にわたし、化粧が嫌いなわけではなかったんだな。

単純に、他人に化粧を強制されるのが嫌だっただけで。

 

化粧は自分を幸せにするための手段

化粧を学ぶためにいろんなYouTube動画を見るなかで、「就活のため」「モテるため」のような他人基準ではなく、自分のために楽しんで化粧する人がたくさんいることを知った。

 

ガチのコスメオタクって、2000円する単色アイシャドウ全99色レビューとか、6000円のリキッドファンデーション5色比較とかやるんですよ。

しかもそれぞれ経過時間でどう変化するかを確認するために、使ってから数時間は落とさないから、お金だけでなく時間もかかる。

 

いろいろ試して研究するのが本当に好きだからできるんだろうなって、素直にそう思う。

コメント欄も、「このコンシーラーで赤みを抑えられて大人っぽくなりました」「動画通りにチークを使うようにしたら血色良く見えました」「自分は脂性肌なのでこの下地と組み合わせてテカりを抑えました」などなど、化粧を通じてなりたい自分を目指す人たちのポジティブな意見で溢れている。

 

そのなかには男性のYouTuberもいるが、「男が化粧するなんて」「オカマ」といった時代錯誤なコメントは一切ない。

「肌きれいでうらやましい~」「派手なアイシャドウでも似合うのすごい!」など、美を求める仲間としてのコメントばかり。

 

ちなみに老けて見えるNG眉メイクという動画には、「NG例普通にめっちゃよくない?」「大人っぽく落ち着いた印象でいいと思うけどなー」「『これはNG』とかやめようよ、やりたいようにやればいいじゃん」「骨格によって似合うものが違うんだから、ネガティブワードを使う必要ない」というコメントがたくさんあった。

 

そういうのを見て、他人が決めた「こうあるべき」のための化粧はつまらないけれど、自分が「こうありたい」のための化粧って楽しいんだなぁ、としみじみ思ったのだ。

 

他人から「好き」を奪われたくない

わたしのように、「本来嫌いじゃなかったのに、他人からとやかく言われたせいで嫌いになった」という経験は、実は多くの人がしているかもしれない。

 

たとえば本人は苦手ながらも楽しく体育のサッカーをやっていたけれど、サッカー部の人に「このときはこう動くべき」「なんでできないんだ」「足引っ張ってるぞ」と言われて、スポーツ嫌いになったり。

独身時代は気合入れて自炊していたのに、結婚後はパートナーに「2日連続揚げ物か」「肉じゃがはもっと濃い味だろ」なんて言われ続けて、料理が苦痛になったり。

 

本当はサッカーだって料理だって、嫌いじゃなかったはずなのに。

他人にああだこうだと言われ、こうあるべきだというルールに縛られて、無理にやらされているという気持ちが勝って、嫌いになってしまう。

 

それはとても残念なことだ。

もちろん、だれかのために努力することは素敵だし、それが原動力になることもある。

でもそれは「そうしたい」という本人の選択だから素敵なのであって、「こうするべき」という他人からの強制になったら、ただの重荷だ。

 

というわけで、他人から自分の「好き」を奪われないようにしたいし、自分の不用意な発言で他人の「好き」を奪わないようにしたいなー、という話でした。

にしても、ドイツは日焼け止めが入ってる下地があんまりないんだけど、みんなBBクリームを使ってるんですかね? 日焼け止め入ってるファンデも少ない気がする……。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

[amazonjs asin="4106107783" locale="JP" tmpl="Small" title="日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち (新潮新書)"]

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

Photo:Gustavo Spindula

「やればできる」、「夢は叶う」。使い古された言葉ですが、気持ちの持ち方次第で人生は変わるもの。これは真理ではないでしょうか。

夢を持てない若者、闇バイトなど人生を狂わす道へと進んでしまう若者が少なくない今だからこそ、改めて前を向く生き方の大切さを訴えたいのです。

 

 

「ついに俺の勝負服、作れるよ!」。先日、40年来の友人の弘田(仮名、50代)が、まるで子供のように目を輝かせながら言った。

昨年、長年の夢だったJRAの馬主登録を行ったのが、仲間内でも無類の競馬ファンだった弘田。

数年前には、すでに地方競馬の馬主になっていて、関東の某地方競馬で2頭の愛馬を走らせていた。

 

最初の所有馬(牝馬)は10戦以上走って未勝利のまま引退。2頭目の牡馬は、まだ弘田が馬主(他の馬主名義では2勝)になって以降は未勝利だが、今も現役バリバリ。

「最初の牝馬は毎回、全力で走ってくれて感謝。現役の牡馬は、俺を口取りに連れていってくれる気がするんだよ」。弘田は、目をキラキラさせながら、馬主として初めて口取り(勝った馬とウイナーズサークルで行う記念撮影)する日を思い描いている。

 

そんな中、つい先日、弘田がJRAで共同所有する馬の共有代表馬主に選ばれ、自らの発案で勝負服(所有馬に騎乗する騎手が着用する服)を制作することになった。

JRAの厳しい個人馬主登録条件(所得金額が過去2年いずれも1700万円以上、資産額が7500万円以上など)をクリアしても、高額の馬代金や預託料などの負担は大きく、個人で1頭を所有(1頭持ち)するのは簡単ではない。

 

そこで「共同所有」というシステムを利用する馬主も少なくないが、勝負服を決められるのは代表馬主だけ。JRAでは、1頭を最大10人(10口)の馬主登録者で共有することを認めているが、弘田は10分の1の確率を突破し、共同所有馬の代表馬主に選ばれたのだ。馬主の魅力の一つである、勝負服を自ら決める喜びは計り知れないだろう。

 

「●●さん(馬主)のカラーに、●●さん(馬主)のデザインがいいんだけど、被っている可能性もあるからね。第3希望まで出すみたい。とにかく楽しみだよね。むふふふ」。還暦も近い弘田が、少年のように目を輝かながら話す姿を見ていると、こちらまで、すがすがしい気持ちになる。

 

 

今では「先生」と呼ばれる立場の弘田も、10代から20代前半まで、極貧の苦学生だった。「ちょっと諭吉(1万円)を●枚ほど回しちゃ(貸しちゃ)くれないか」。とにかく金がないから、よく仲間に無心していた。

商売人の家筋で、彼の親も手広く事業を展開していたが、バブル崩壊も手伝い、家業は億単位の負債を負って衰退。やむなく弘田は高校時代からバイトに明け暮れ、自身の生活費などを工面していた。

 

弘田の口癖は「俺はサラリーマンにはならない。自営(業者)で大成して、将来JRAの馬主になる」だった。

2浪の末、自ら稼いだ金で東京都下にある某大学の商学部(2部=夜間学部)に入学。

事業者として身を立てるため、超難関の某士業の資格取得を目標に猛勉強した。

 

その間、学費、生活費、ボロアパートの家賃に加え、資格受験のための予備校の費用などを、奨学金と警備、雀荘、プール監視員などのバイト代で捻出。

「高速道路の警備は本当に危険だよ。一つ間違えれば、瞬間的に(はねられて)死んじゃうんだから。雀荘の代走だって、海千山千が相手だから油断ならないよね」。

 

その間、学費や生活費、時に馬券代が足りず、愛嬌たっぷりに「諭吉を●枚ほど回しちゃくれないか」と手を合わせる姿を何度も見た。

通常はプライドなのか、仲間には借りず、内緒で金融機関に借金をするのが債務者の性(さが)のようだが、弘田の場合、仲間には借りても、利息のかさむ消費者金融やクレジットのキャッシングには絶対に手を出さない。で、期限までには必ず返済する。

堅実というか、合理的というか、非破滅型というか…。それが弘田という男だった。

 

彼は大学卒業して2年後に、難関の国家資格を取得した。自らの汗(バイト)と反骨精神でつかんだ社会人の扉。

数年、大手事務所で修行した後、関東近郊のアパートの一室で自ら事務所を開いた。「最初は全く依頼が入らなくてな。生活費どころか、事務所代も稼げない月が続いてさ。俺には事業の才覚がないのかとマジで悩んだよ」。

 

だが、根っからの人付き合いの良さと調子の良さから、顧客は徐々に増えていった。

商工会や自治会の役員、ボランティア活動に加え、趣味の延長でもある酒、麻雀、競馬、夜の街にも積極的に繰り出す日々。時には苦手のゴルフや草野球にも精を出し、進んで人と接する機会を作った。それが事業展開にもプラスに作用したのは言うまでもない。

 

某士業の事務所を独立開業して約30年。

現在は東京近郊の某ターミナル駅近くにある巨大ビルのワンフロアを借り切り、手広く事業を行っている。

名刺に裏には本業(士業)の代表のほかに、著名企業やスポーツ団体ほかの役職がずらり並んでいる。金銭的援助も、何の伝手(つて)もなく、自らの努力と才覚で切り開いた肩書だけに、値打ちが違う。

 

「今は人手が足りず、申し訳ないけど、依頼を断ることも少なくない。引き受けるからには、どこの事務所にも負けない仕事をする覚悟と自信を持ってやっているから。俺の財産は人との縁。何かの縁で出会った相手に、誠心誠意、接してきた積み重ねで今がある。仕事も縁なら、家族や仲間、それに競馬や馬主だって何かの縁。この縁を大事にする原点だけは忘れないでやっていく」。

 

つい先日、弘田が所有する地方競馬の牡馬(所有2頭目)がレースに出走した。馬主として、弘田も南関の某レース場に駆け付け、「前に勝った時のタイムが出せれば、ある(勝てる)気がする」と期待を込めたが、結果はブービーだった。

だが弘田は「連闘でプラス十数キロ。どっかで買い食いでもしたのかな」とジョーク交じりにレースを振り返っていた。

 

この弘田という男、麻雀でも競馬でも、「勝てば謙虚に(負けている人への配慮)、負ければ笑顔で」という姿勢を崩さない。社会人としても立派だが、ギャンブラーとしても、彼の所作は一流。物事が思うようにいかなくても、言い訳はせず、しゃれっ気たっぷりに前を向く。

 

これは成功する人間の共通点かもしれない。

「俺は馬券収益も含め、しっかり8桁納税しているぞ。お前には馬券収益なんてないだろうし、5桁納税かな。むふふふ」。弘田が言うと嫌みがないから不思議だ。

 

いまだ馬主として勝利には恵まれないが、今度はJRAの大舞台で、弘田がデザインした勝負服を着た騎手を背に、愛馬が走ることになる。

若いころ、誰彼構わず「諭吉」を拝借し続けた男が、ついにJRAの馬主として、長年の夢を実現させる日も近い。

 

 

月並みな言い方で恐縮だが、「やればできる」、「夢は叶う」のが人生ではないでしょうか。

少なくても、「やらなければできない」、「やらなければ夢は叶わない」のは間違いないでしょう。

若い皆さんには、何があっても前を向いてほしいのです。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

小鉄

約30年、某媒体で社会、スポーツ、音楽、芸能、公営競技などを取材。
現在はフリーの執筆家として、全国を巡り、取材・執筆活動を行っている。
趣味は全国の史跡巡り、夜の街の散策、麻雀、公営競技。

Photo by:

 

仕事をしていると、成功することもあれば、ときには失敗することもあると思います。

仕事での失敗というのは、例えば「目標に届かなかった」「思い描いていた結果にならなかった」「ほかの人とのコミュニケーションが上手くいかなかった」などさまざま。

こうした失敗との向き合い方について、お悩みの方も多いのではないでしょうか。

 

本記事では、仕事で失敗したときに考えたいことや避けるべき状態について解説していきます。

 

失敗したときに考えたい3つのこと

誰しも失敗は経験しますし、失敗そのものは決して悪いことではありません。

チャレンジしたり、試行錯誤したりしているからこそ、失敗という結果がついてきます。

ここでは、失敗から学びを得るために考えたい3つのポイントについてご紹介します。

 

①フィードバックを正しく受け止める

他人のフィードバックやアドバイスを正しく受け止めることが重要です。

一緒に働いている上司や先輩、同僚がどんなことを言っているのか、しっかりと耳を傾けて聞きましょう。

 

注意していただきたいのが「正しく受け止める」とは、全てのフィードバックを鵜呑みにしましょう、という意味ではありません。

ここでいう正しく受け止められていない状態とは、上司や先輩が「ここはよかったよ」と言ってくれているのに「失敗したから全部ダメだった」と思考停止してしまったり、周りの人が「こういうところに気をつけよう」と指摘してくれているのに耳をふさいだり...といった言動を指します。

 

失敗を客観的に振り返るためにも、まずはフラットにフィードバックを受け止めるところから始めてみましょう。

 

②取り組みのプロセスを振り返る

自分が取り組んだプロセスにおいて、ベストを尽くせたのか振り返りましょう。

これは、どちらかというと「失敗を引きずってしまう」という方向けのアドバイスです。

 

重要なのは、「あのとき、あれをやっておけばよかった」と客観的に振り返るということです。

もし「やっておけばよかった」ということがあれば、次の機会への実践につなげることができます。

反対に、「自分なりにベストを尽くした」と思うのであれば、失敗したことは仕方ないと気持ちを切り替えるようにしましょう。

 

よい意味でのき直る力というのも、仕事をしていく上で大切な能力のひとつです。

こうした能力も、失敗を機に磨いておくとよいでしょう。

 

③失敗をどのように活かすか考える

最後に、将来どのように失敗を活かすことができるか考えましょう。

失敗したときに重要なのは、この経験を学びとしてどう捉えるかということだと思います。

 

ネガティブに捉えすぎると、気持ちだけが落ち込んでしまい、なかなか次へつなげるという発想ができなくなります。

「次に同じ状況になったら、こう行動してみよう」とポジティブに捉えることが、失敗を学びに変える上で何より重要です。

 

失敗したときに避けたい2つの状態

失敗することは悪いことではありませんが、避けたほうがよい状態が2つあります。

 

①必要以上に落ち込んでしまう

②失敗と向き合わずに逃げてしまう

 

失敗を引きずって必要以上に落ち込んでいるのは、いわば生産性が下がっている状態です。

加えて、自分自身だけでなく、周囲にもよい影響を与えません。

 

また、失敗を正面から受け止めずに逃げてしまうのは、その経験から学ぶ機会を自ら失っている状態ともいえます。

こうした状態を避けるためにも、失敗を適切に振り返り、前向きに行動できるよう切り替えることが重要です。

 

まとめ

「失敗が怖くてなかなか一歩を踏み出せない」という方は、次からこの考え方を取り入れてみてください。

その上で失敗歓迎のマインドを持ち、さまざまなことにチャレンジしてみるとよいのではないでしょうか。

 

また、何か今の仕事で失敗して落ち込んでいるという方は、ぜひこの考え方を参考にしてみてください。

具体的な失敗の対処法や未然に防ぐ方法について知りたい方は、こちらの記事もおすすめです。

仕事で失敗してしまった!立ち直り方と未然に防いでいく方法

 

 

(執筆:熊谷 翔大)

[adrotate group="46"]

【著者プロフィール】

グロービス経営大学院

日本で最も選ばれているビジネススクール、グロービス経営大学院(MBA)。

ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。

グロービス知見録

Photo by:Richard Dykes

以前から読みたかった本が、ようやく図書館に入荷した。「ルポ書店危機」という本だ。

[amazonjs asin="4909852506" locale="JP" tmpl="Small" title="ルポ書店危機"]

 

近ごろの私は、ほとんど本を買わない。読書量は以前と変わらず多い方だと思うが、もっぱら図書館を利用している。

どうしてもすぐに読みたいけれど、発売されたばかりで図書館にない場合や、人気がありすぎて予約が多く、数ヶ月先まで順番が回ってこない場合には、仕方なく購入する。紙より安くて便利なKindle版を。

 

私と同じく読書家の夫や友人たちも、読みたい本はまず図書館で探し、なければBOOKOFFオンライン、Amazon、楽天を利用していると言うから、そりゃ書店も危機になるわけだ。

申し訳ないと思うが、もうオンライン書店や電子書籍が無かった頃の暮らしには戻れない。

 

かつての私は、暇さえあれば書店に通っていた。

もう15年ほど前になるが、30代前半の頃は本好きが高じて、書店で働くほどだったのだ。

それなのに、今ではリアル書店へは週に1度どころか、月に1度も足を運ばない。

 

もし住んでいる街から書店が無くなってしまったらと思うと寂しいけれど、じゃあ無くなったら困るかと言えば、特に不便を感じないだろう。近所のレンタルビデオ屋が無くなっても、ちっとも困らなかったように。

私のような消費者が多いのか、ただいま全国的に書店は激減中である。

最近では首都圏の書店でさえ閉店が相次ぐようになったため、いよいよ国が支援に乗り出すそうだ。

経済産業省は、2024年3月5日に全国で減少する書店の振興に取り組む「書店振興プロジェクト」を設置。書店は地域の文化拠点としての役割があり、日本人の教養を高める重要な基盤であると定義。プロジェクトでは、書店の経営者を呼んで意見交換を行い、カフェの併設やイベント開催で集客するといった様々な工夫によって、利用客を増やした事例を全国の書店に紹介するとともに、事業継承の課題などを把握、新たな支援策を検討していくという。

「ルポ書店危機」より

[amazonjs asin="4909852506" locale="JP" tmpl="Small" title="ルポ書店危機"]

書店員だったことがあるくせに冷たいことを言うようだが、リアル書店を支援してどうするのだろう。もはや市場から見放されてしまった業界に政府が手を突っ込んだところで、衰退の未来は変えられないのに。

 

出版不況と言うけれど、電子書籍は売り上げを伸ばしているのだから、本が売れていないわけではない。活字や漫画を紙で読む文化が衰退しているのだ。

ならば、主に紙の本を売る商売が立ち行かなくなるのは当然のなりゆきであって、何の不思議もない。

それなのに、また国はこうした無駄な事業に税金を溶かすのかと思うと、心の底からうんざりする。

 

書店振興のために政府が支援策を検討してもうかるのは、全国の現場でふんばっている書店と書店員ではなく、東京のコンサルだろう。

リクルート出身かどうかは知らんけど、「お上に言われたし、予算も消化しなくちゃいけないから、とりあえず支援に向けた仕事をする振りだけしよう」と考える地方公務員の役にしか立たないタイプのコンサルだ。

 

「地方の中小の書店を切り捨ててはいけない!」

と言いながら、行政から依頼を受けたその手のコンサル先生が東京からやってくる。

 

そして、地方自治体の商業振興課のお膳立てで「書店経営者のためのセミナー」を開催したり、公務員をぞろぞろ連れて書店を回り、地域の実情を知らないために的外れな提案をしたりして、何も解決していないのに高額なコンサル料をかすめていくのだ。

 

そんな風にして東京から下りてきた補助金は、地方に居着かないままコンサルの懐に入り、東京へと帰っていく。いつものことだ。

補助金とは、きっとホームシックにかかりやすいタイプのお金なのだろう。

 

地方にある昔ながらの街角の本屋さんは、もはや店を開けていても店頭販売はほぼしていない。

店主は高齢で年金受給者。子供はいるけれど後継者はいない。いた場合でも、親が倒れたら閉店か業種転換を考えている。今すぐ店を閉められないのは、高齢の親が商売を辞めて家に居るようになる方が、家族にとっては手がかかるから。

 

生活が変わることや生きがいをなくすことで、要介護になられたらたまらない。それならば、売り上げがなくてもお店を開けてレジに座らせ、わずかな常連客とおしゃべりでもしていてもらう方が、ボケと寝たきり防止になって、総合的にはコストが下がるというわけだ。

 

もっというと、めったに客が来なくても古ぼけた書店が営業を続けられる理由は、地域の学校の教科書取次店をしていたり、不動産を持っていたりして家賃収入があるからである。

書店にも儲かった時代が過去にある。その時に蓄財した店主は生活に困っていない。だからこそ、今ではほとんど売上のない店でものんびり続けていられるのだ。

そんな現役からの引退か現世からの引退が近い人たちが、いまさら集客の工夫なんてしたいと思うだろうか?

 

一方、地方でも中規模以上の店舗や独立系書店になると、上から教えられなくても自分たちでできる努力はすでにしている。

こだわりが見える選書。手の込んだPOPやディスプレイ。本を紹介するフリーペーパーの発行。お店独自の賞の設置。読書会の開催や、本の著者を招待したイベント。SNSの活用。カフェの併設に、本と組み合わせた雑貨の販売などなど。あの手この手で集客の工夫をしている。

意欲的な事業者は、補助などなくても様々なチャレンジをしており、やれることはやりつくしているのだ。

 

ひとつ疑問なのだが、国が書店を支援したとして、それでリアル書店というビジネスが延命できたとして、そこで働く人たちの処遇は改善するのだろうか。

 

書店員とは、やりがいを搾取されやすい職業である。

「好きな場所で好きなものに囲まれる幸せ」が仕事のやりがいになるため、純粋に本が好きで真面目な人たちが、超低賃金でも嬉々として働いてしまうのだ。だから書店員の給料は最低賃金に近い。

特に、優秀な人材でも非正規で働かざるを得なかった氷河期世代は、使い勝手の良いコマだったろう。

 

私が書店員をしていた頃、会社はそうしたスタッフの存在に甘えて正社員を減らし、パートやアルバイトに担当ジャンルを持たせていた。

私が最初に勤めた大手チェーンの書店ではそうだったし、次に勤めた家族経営の書店でもそうだった。ちなみに、当時はまだ幼い子供の子育て中だった私が担当したのは児童書だ。

 

担当する棚を持ったからといって、時給が上乗せされるわけではないし、売り上げを伸ばしてもボーナスは出ない。それでも担当ジャンルがあるのは、誇らしい気持ちにさせられた。

とはいえ、社員と同等の仕事をさせて、ジャンルの売上に責任を持たせながら、最低賃金に近い時給で非正規のまま働かせるのは「おかしいだろう」という気持ちはあった。

 

では、社員になれば待遇が良くなるのかと言えば、そうでもないのが悩ましい。

正社員になっても超低賃金は変わらないのである。そのため、大手書店の男性社員たちは「家族を養えないから」という理由で、結婚を機に転職していく者が少なくなかった。

書店の仕事はもともと薄利多売の上に、仕入れては返す自転車操業に陥っている。非効率な仕事は長時間労働になりがちで、書店員は本のプロであるはずなのに、本を読んでいる暇もないほど忙しい。

 

まだ電子書籍が世に登場する前で、紙の雑誌とコミックが堅調に売れており、東野圭吾と村上春樹の新刊が出るたびにバカ売れしていたあの頃から、すでに現場で働く書店員たちは食い詰めていたのである。

 

さて、未曾有の人手不足が到来し、他業種間で労働者の取り合いになっている昨今、「非効率」「低賃金」「長時間労働」の三拍子そろった書店業界で、わざわざ働きたいと思う物好きがどれだけ居るだろうか。

いくら国が事業者を支援しても、現場で働く労働者の環境と待遇が良くならなければ、リアル書店に持続可能性は無いと思うのだ。

 

私は、紙の本が世の中から消えるとは思っていない。例え主流の座を電子書籍に譲っても、コレクターズアイテムとして根強い人気が残るはず。

ただし、そうなれば書店は地域の文化拠点としての役割を降りて、一部のマニアを相手にした趣味の店になる。そうしたニッチな需要を満たす商店は、人口の多い都市部でしか成り立たない。

 

残念ながら、人口が激減中の地方に住む私の生活圏からは、リアル書店は消える運命だろう。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

マダムユキ

最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :

りりちゃんのマニュアル

少し前に「頂き女子りりちゃん」が話題になった。この世の中には頂き女子というものがいて、頂けられてしまう「おぢ」がいるということだった。

 

正直、おれはあまりこの事件に興味をもっていなかった。おれには関わりのなさ過ぎる世界の話だからだ。しかし、ふと、次の記事を読んでしまった。

名古屋「22歳頂き女子」にだまされたおじさん2人が特別対談「僕らがバカだった。若い女子がおじさんとの“餃子の王将デート”を喜ぶはずがない」

 

なんととくべつな対談なのだろうか。おれは夢中になって読んでしまった。

そして、「りりちゃん」のマニュアルを読みたくなった。マニュアルくらいにしては判決が重いな、と思ったような気がしたし、どんな内容なのだろう。もちろん、マニュアルだけの罪ではないが。

 

して、おれはマニュアルを読んで驚いた。これはすごいな、と思った。どのようなすごさかというと、たとえば新入社員とかが、書類を作成するのにこれをお手本にすればいいのではないかというすごさだった。

おれにはこんな理路整然としたビジネス文書を書くことはできないな、と思った。文書作成に困っているビジネスパーソンは生成AIに頼るか、りりちゃんに頼るべきだ。

 

ちなみにおれが読んだのは以下のバージョンであって、これが真正なものかどうかはよくわからない。

https://archive.md/Owyye

これ以後は、上のテキストを読んでもらっていたらいいなという前提で書く。

 

おれは「おぢ」なのか?

さて、45歳男性のおれとしては、頂かれる側の「おぢ」的立場であるのが前提であろう。

しかし、それ以前の大前提として、「おれには金がないので頂かれるものがない」。が、それを別にして、「頂き女子」マニュアルを読んだ。どうにもおれには被害にあった「おぢ」たちに同情するところがある。とすると、おれも「おぢ」なのだろうか?

 

ただ、「おぢ」にも何種類かある。最悪なのは「テイカーおぢ」だ。

テイカ―おぢ

☆人に何も与えず、人から搾取することだけ考えている
☆頂ける確率99パーセント頂けない

☆このタイプのおぢにひっかかってしまって時間ロスしてる女の子多い

☆即切ってください。「死ね」と送ってから。

「テイカーおぢ」の特徴を読めば、「これは人間として付き合いたくないな」と思わせる内容だ。身近にいてほしくはない。

 

こういう人間に注意を喚起してくれる。すばらしいマニュアル。人間が「テイカ―おぢ」にならないように、このテキストを小学校の教科書に載せたほうがいいのではないか?

マッチャ―おぢ

☆こちらが与えた分(信頼関係構築コミット)だけ与え返してくれる(お金)

☆逆に、与えてる分が少ないと見返りを求められる

☆50〜250万までなら頂きやすい

ついで「マッチャーおぢ」なるものが出てくる。これは普通の人のように思える。思えるが、50~250万までなら頂きやすいらしい。この世の中はどうなっているのか。


ギバーおぢ

☆人に与えることを優先して考える

☆自分が与えてもらうことは基本考えてない
☆私の高額頂いてるおぢはみんなこれ

☆とりあえず神なのでこのおぢを手に入れたら頂き無双できる

☆信頼関係構築コミットがしっかりできていたら3桁の頂きがスムーズにできる

これが主な目的である「ギバーおぢ」らしい。神だ。「ギバーおぢ」の特徴はこう列挙されている。

はたしておれには(金がないという大前提を無視して)「ギバーおぢ」の要素があるのだろうか?

 

・独り身が多い
→独り身だ。

・全部自己責任の考え
→自己責任的な思考はしやすいが、他責思考も強そうだ。自分でもよくわからない。

・普通のサラリーマンが多い
→底辺だが普通のサラリーマンではある。

・仕事にやりがいを感じてなくて、ただなんとなく生活のために出社している
→これはそうやろ。

・毎日仕事行って帰って寝るだけを繰り返している
→まさにそうやろ。

・夢や希望がない
→実にそうやろ。

・お金の使い道がない
→馬券に使うが、「それが使い道と言えるのか?」と言われると答えに困る。

・自分にあまりお金をかける癖がない
→金自体ないし。

・寂しいと感じている
→寂しくはないというか、孤独を好む。

・癒しを欲しがっている
→癒しは欲しいだろ。

・自分の話を聞いてくれるような人が周りにあまりいない
→周りどころかネットにぶちまけているが。聞かれているかは知らない。

・清潔感は一応ある
→一応あるつもりです。

・ネット世界に興味無い(TwitterとかFacebookとか)
→残念、興味ありすぎる。

・モテたことがない
→幼稚園と小学生のころはモテたよ!

・恋愛経験が少ない
→少ない。

・熱中する趣味はない
→競馬とカープ。あと、将棋観戦とか、「おぢ」の趣味。

・女の子への理想が低い
→生意気なことを言うと、高いような気がする。

・気遣いをしてくれる
→するほうだと思いたい。

・こちら目線でいつも考えてくれる(待ち合わせ場所はそっちに合わせるよなど)
→考えるほうだと思いたい。

・無駄な誘いをしてこない
→誘うのは苦手。

・一人でいることが多い
→多い。

・一人暮らしの人が多い(実家暮らしでも頂いたことある)
→一人暮らし歴も長い。

・寂しいからLINE即レスで返してくる
→LINEは即レスする。

 

というわけで、けっこう当てはまっているような気はする。でも、肝心なところで当てはまっていないかもしれない。

しかし、部分的には、おれも寂しい「おぢ」なのかもしれない。おっさんはだれもが心に小さなギバー「おぢ」を飼っている。

で、いい「おぢ」を見つけると、「無害ガチ恋をつくる」信頼関係構築コミットという段階にすすむ。

信頼関係構築コミットとは…
おぢに世界で1番の特別感のある会話、行動をしてあげること。
↓↓
ぼく生きててよかったんだ
ぼくって存在価値あったんだ
この子のおかげで生きる理由に気づけた
この子との楽しい日々をもっと経験したい

更に「誰よりも信用できる女の子」になること
↓↓
こんなに純粋で信じれる子は他に居ない
この子ならなんでも信じられる

と思わせてあげることです

これは刺さるものがある。おれのような自分の存在価値が低い人間にはとくに。

 

でも、そんなに一方的になってしまうものか。やはり、おれはどうも理想の「おぢ」失格のような気がする。ギブ&テイクみたいなところがあるだろう、人間関係。あ、でも、こんなに存在価値を与えてくれるなら、お返しするというのも当然か。

……いや、信頼関係構築に至るまでの女性の設定も嘘だし、実際にお金を求める話も嘘だし、「当然か」ではないだろう。マニュアル読んだだけで、すでに騙されている。

 

年の差の交際はきもちわるいのか?

しかしなんだろう、この事件について、「おっさんが若い女の子とつきあえると思っているのがキモい」という意見もある。

たしかに、被害者も馬鹿だよな、と思われてもしかたないかもしれない。ただ、おれはこのマニュアルを読んで「こんなにやられたら騙されてしまうのもしかたないかも」などと思ってしまったわけだが。

 

とはいえ、年の差ってそんなにあれなんかね。おれは20代のころに20歳年上の女性と付き合い始めた。そういうこともある。

じゃあ、逆もあっていいのではないか。べつにおれはお金を頂いたわけでもない。それが目的ではなかった。逆ならだめというのも平等ではないように思うのだが。

 

モテたいっすね

まあ、それを置いといても、一つ、ちょっと、あれだな、これから書くことは忘れてもらいたいのだけれど、すべてのおっさんの心のどこかに、「自分だって若い女性にモテてもいいじゃないのか」という気持ちはないだろうか。

しょせん、なんの才能も、ろくな稼ぎも、理想的な人格も、よい見栄えもない……とか思いつつ、心のどっかに「なんかワンチャンあってもおかしくないんじゃないのか」みたいな、本当にちっぽけなゴミくずの小さなプライドはないだろうか。

 

いや、正直言って、おれにはある。ひょっとして、なんかちょっと、タイミングとか合って、話が合う、若い女の人と出会えること、つきあえることもあるのではないかって、ほんのちょっぴり、そんな気持ちがある。

自信とまではいかないが、可能性が0ではないというていどのなにかだ。

 

そして、このなにかがおれのなかにはあって、もし「何百万円も頂かれてしまうだけのお金を稼いでいる健常者のおっさんなら、もっとそう思っているんじゃないかな」と感じる。

 

人間は愚かで、男も愚かで、おっさんも愚かだ。愚かだけど、人間だもの。

ほんのちょっぴり、そういうところがあるんじゃないかって、消えてしまいそうな淡い期待があって、そこにバキバキに仕上がった頂き女子が現れたら……。

そりゃあきついよ。負けてしまうよ。下心、もっと率直に言えば性欲に負ける、そういう部分もあるだろう。

 

でも、それ以上のものに負けるんだよ。もっとなにか、生きてきたすべて、人生のすべて、それに負けてしまうんだ。

悲しいな。悲しいけれど、それが現実だろう。われわれおっさんは、りりちゃんの人間力に負けてしまう。主語が大きいか?

 

「おぢ」はどう生きるべきか

最初のほうに書いた騙され「おぢ」二人の対談。おれは「このおじさん二人でタッグを組んで婚活の荒波を乗り越えていってほしい」と書いた。わりと本心だ。

 

おれは婚活というものがわからない。身長、収入、学歴、なにもかも足りない。足切りどころか頭をはねられてしまうようなレベルだ。

そもそも、ある人を好きになって、つきあいたい、結婚したいという流れならわからないでもない。ただ、先に結婚という目的があるという心がよくわからない。

 

が、このよくわからない心に多くの人が悩んでいる。そして、婚活という地獄に飛び込んでいく。

先に人を好きになるのなら、ほかのものは後からついてくる。でも、婚活という目的が先にあると、スペックが先に出てくる。姿も形もない対象を求めるのだ。

 

できたらスペックが高いほうがいいだろう。男女双方、そうなってしまう。だから地獄だ。

ただでさえ地獄とは他人のことだ。そこに立ち向かわなければいけない。

 

もちろん、そこで傷つくものもいる。癒そうとするものもいる。その癒しが、頂き女子……とか言ったら変な話になる。

それにしても、いったいどんな金額が頂かれているのか。どうなっているんだ。そのお金はどこに行くのだ?

 

こうなったら、もう、「おぢ」が直接ホストクラブに行けばいいのではないか? あるいは「おぢ」が直接湘南美容クリニックに行けばいいのではないか? 間違っているか? いや、後者は効果があるかもしれない。

 

そして、「おぢ」は「おぢ」同士仲良くなって、「こんなLINEきたけど、どうかな?」とか協力して戦う必要があるかもしれない。でも、「おぢ」は「おぢ」同士なかよくなるのがむずかしい存在のような気もする。

 

人間には人間のことがわからない。ただ、頂き女子だけが「おぢ」の心を知っているのかもしれない。

冷めたるココアのひと匙を啜りて、そのうすにがき舌触りに、おれも知る、「おぢ」のかなしき、かなしき心を。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Tetiana SHYSHKINA

「飲食店で量が少なめのものを頼みたくても、“レディースセット”なんていう名前がつけられているから、頼みにくい」

Z世代の男子はそんなところにジェンダバイアスを感じるのかと、ほのぼのした気分になった。

 

高校生・大学生を対象にした意識調査が面白い(SHIBUYA109 lab.調べ)。

「これまで生きてきた中で、ジェンダに関する不平等を感じたことがある」が半数弱。

それでも、「価値観が合わない人がいるのは仕方ないことだと思う」「価値観が合わない人とは戦わずに距離を置きたい」という回答がどちらも7割を超えているのだ。

 

いやいやいやいや。

そんな呑気なことを言っている場合じゃありません。

近い将来、その「価値観」に命を奪われかねないんですよ、という話をしてみたい。

 

誰かを救うために誰かを犠牲にする

唐突だが、「トロッコ問題」をご存じだろうか。

イギリスの倫理学者フィリッパ・フット氏が1967年に提起した思考実験である。

 

ブレーキが故障したトロッコが暴走している。もしそのまま直進すれば、その先にいる5人をひき殺してしまう。

進路を変えればその5人は助かるが、変えた進路の先にも別の人がいて、その人が死ぬことになる。

「ある人を助けるために他の人を犠牲にすることは許されるか」という倫理的ジレンマがテーマだ。

 

一生のなかで、そんな究極の状況が果たして生じるものだろうかという疑問を持つ人もいるだろう。

しかし、この問題は、最近にわかに現実味をもって注目されるようになってきた。

それは、現在レベル4まで進んできた、自動運転の文脈からである。

 

近い将来、自動運転車に搭載されたAIが人間の命に関わる意思決定を迫られるだろう。

人身事故が避けられない状況で、AIはどのような倫理的意思決定をすべきなのだろうか。

倫理アルゴリズムを設計するためには、皆が納得できる倫理規則を構築しなければならない。

まずはそのための「議論の材料」を用意しようと、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボのチームが立ち上がった。

 

こうしてできたのが、人間の視点を収集するためのプラットフォーム「モラルマシン」である。

デバイスに、2車線の道路を走行する車のイラストが映し出される。

参加者は「事故を観察する第3者」として、2つずつ示される「避けられない事故」のシナリオのうち、どちらがより容認できるか判定する。

MIT MediaLab「モラルマシン」(日本語版)

 

13セットで1回。日本語バージョンもあり、何回もやることができる。

年齢、性別、最終学歴、収入、政治的信条や宗教など個人データの提供は任意だ。

 

犬の次

誰かを救うために誰かを犠牲にする。

実際にやってみるとわかるが、架空であっても、これが予想以上にキツいのだ。

 

命とはそれ自体が尊いもので、その重さはどれも同じ。私たちの社会は、生命の平等性を絶対的な価値観として成り立っている。

ところが、この実験では、救える命と救えない命があるという前提で、どちらを救い、どちらを犠牲にするのか、命の優先順位をつけなければならない。

 

倫理的ジレンマを抱えるのは、災害現場でのトリアージと同じだが、トリアージには、限られた医療リソースを最大限に活用して、可能なかぎり多くの命を救うという明確な目的がある。

また、訓練を受けたプロフェッショナルが、確立された基準にしたがって行う。

 

一方、モラルマシンでは、判定基準ごとまるっと参加者に委ねられてしまう。

 

重視すべきは救える命の数だろうか、それとも交通法規の遵守か。

乗客か、歩行者か。

車を操作するのか、そのままの進行方向を維持すべきか。

 

それらに加えて、性別、種(人間/犬/猫)、年齢(乳幼児/子ども/大人/高齢者)、体型(アスリート体型/肥満体)、社会的地位(医師/経営者/犯罪者/ホームレス)、妊婦などの属性も絡んでくる。

 

では、参加者はどんな判断を下したのだろう。

 

2018年にネイチャー紙に投稿された論文によると、その時点で233の国と地域から数百万人が参加し、4,000万のサンプルが集まったという。

国際的に共通する最も顕著な傾向は、救える人命の多さ、動物より人間、高齢者より年少者を優先することだった。

 

属性別にみてみよう。

優先される属性:Nature“The Moral Machine experiment” p.3

 

優先的に「助けられた対象」は、多い順から、乳幼児、少女、少年、妊婦。

一方、優先順位が低く「殺された対象」は、猫、犯罪者、犬が圧倒的に多く、女性高齢者がそれに続く。
私は犬の次かあ。

 

自分の属性を殺す意味

実は、この結果は、なんとなく予想できていた。
この実験では判定後、「最も助かった対象」と「最も殺された対象」が表示される。私の場合、「最も殺された対象」に女性高齢者のマークが示されることが数回あったのだ。

こんなふうに。

なぜ私は自らの属性を一番多く「抹殺」したのだろう。

 

その要因はいくつか考えられるが、一番のポイントは、「事故を観察する第3者」にはなり切れなかったということだろう。

自分と合致する属性をみて、「その属性をもつ人々の集合体」と捉えるのではなく、自分自身をそこに投影させてしまう。

 

そして個人としてなら、自分の命と引き換えにしてでも助けたいと思える対象が多いのだ。

たとえばベビーカーのイラストをみれば、自分の子どもや孫が赤ん坊だったころの、ぷっくりした頬っぺやくびれた手首、ミルクの匂いが蘇ってくる。

妊婦のキャラクタをみると、娘や自分が妊婦だったときの、希望と不安のないまぜになった気持ちやあのころ着ていた服を思い出し、懐かしさでいっぱいになる。

 

そんな愛おしい存在が暴走車にひき殺されるなんて、架空のできごとであっても耐えがたい。

そして、そういう対象が多ければ多いほど、自分自身の命の優先順位は相対的に下がっていくのだ。

それはむしろ幸せなことではないだろうか。

 

しかし、そこが問題でもある。

なぜなら、こうした「自己犠牲」を伴う心の動きが、実験結果には、あたかも「女性高齢者軽視」であるかのように反映されてしまうからだ。

 

猫の次

私は犬の次だったが、猫の次の人もいる。

 

最近、こんな犯罪が報道された。

24歳年下になりすました女を再逮捕 健康保険証を不正取得した容疑

実在しない人物の戸籍を作成し、24歳年下の「妹」になりすましたとして警備員の吉野千鶴容疑者(73)=東京都大田区=と夫(65)が有印私文書偽造・同行使などの疑いで逮捕された事件で、警視庁は10日、偽造書類で国民健康保険証をだまし取るなどしたとして千鶴容疑者を詐欺容疑などで再逮捕し、発表した。容疑を認めているという。

犯人は犯行当時アラセブ、70歳前後の女性である。

「陰でひとくくりに“ばばあ”呼ばわりされるのは嫌だ」

「元気でやる気もあるのに、トシだからと軽い仕事しかさせてもらえないなんて理不尽だ」

それが動機だったという。

 

問題は能力ではなく実年齢。変えるのは不可能だ。

そんなとき、無戸籍の人が新たな戸籍を取得できる制度があることを、偶然、知った。

 

「だったら、うんと若い妹の戸籍をつくって、妹になりすましちゃえば、いいんじゃない?」

 

閃いた彼女は作戦を練り、百戦錬磨の弁護士や家裁を手玉に取って、思いどおり24歳年下の架空の妹の戸籍を取得してしまう。

法律のプロフェッショナルたちの前で、「戸籍のない妹」の生い立ちを詳細に語り、自身と「妹」を演じ分けていたというのだから、驚きだ。

 

60代後半で働いていた警備会社では隅に追いやられていたが、40代半ばの妹になりすまして別の警備会社に就職すると、状況は一変する。

仕事の幅が広がり、トシのことを言われることも全くなくなったのだそうだ。

年齢に関係なく気持ちよく働きたいという彼女の願望は、こうして叶えられた。

 

しかし、犯罪は犯罪。

「身分証明制度の根幹を揺るがす悪質な犯行」として、懲役3年、執行猶予5年の判決を一審で言い渡された。

 

だが、彼女は、本当に悪党なのだろうか。

そもそも誰も傷つけてはいない。

ひとさまの金品に手をつけたわけでも暴力をふるったわけでもない。

 

手段はともかくとして、エイジズムに抗ったのだ。

むしろアッパレではないか。

 

ところが、モラルマシンでは「犯罪者」として、それこそ極悪非道な殺人鬼などと一緒くたにされてしまう。

そして、命の優先順位は最下位から2番め、猫の次だ。

 

ひとくくり

ちなみに70~74歳の女性の就業率は25.1%。その割合をどう捉えるかは微妙だ。

4人に1人は働いているのだから、そうレアでもないが、多いわけでもない。

 

私は犯行時の彼女と同じくアラセブで、周りが引くくらいあくせく働いているが、同年代の女友だちの生活は多様である。

子どもをもたずに大企業でバリバリ働いていた友人は、定年になるとすっぱり仕事をやめ、親の介護を終えた今は、趣味に打ち込んでいる。

半世紀近くピアノ教師を続けている人もいれば、家業を手伝いながら「孫育て」を楽しんでいる人もいる。

ずっと専業主婦で一度も働いたことのない友だちは旅行三昧だ。

 

[女性×高齢者]という属性は共通しているけれど、それぞれがそれなりの事情を抱えながら、できる範囲で自由に自分らしく、唯一の人生を生きている。

それなのに、ある属性をもつ人々をひとくくりにして、ステレオタイプなジャッジを下すのは、暴力でしかない。

 

それは、他の属性でも同じこと。

モラルマシンではそうした暴力が横行してしまっているのではないか。

 

そんな場合ではない

しかし、私も偉そうなことはいえない。

「犬の次かあ」などと言うのだから。

 

「命はそれ自体が尊いもの」というのなら、生き物の命の重さは種を越えてすべて同じはずなのに。

ステレオタイプとは、なかなかに厄介なものである。

 

とはいえ、AIが命の優先順位をつける状況が訪れつつある。

AIの判断のもとになるのは、人間の判断を蓄積したビッグデータだ。

人間の判断にバイアスがかかっていれば、AIの判断も同じように偏ったものになるだろう。

 

「価値観は人それぞれ」なんて、呑気なことを言っている場合ではない。

ステレオタイプに気づいたら、とにかくシビアに撥ね返していこうと思うのだが、いかがだろうか。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

著者:横内美保子(よこうち みほこ)

大学教員。パラレルワーカーとして、ウェブライター、ディレクターの仕事もしている。

今あくせく働いているのは、若い頃のツケが回ってきているからです。人間は死ぬまでにプラマイゼロになるといいますが、そうするためにはまだまだ働かないと(・・;)

X:よこうちみほこ

Facebook:よこうちみほこ

Instagram:よこうちみほこ

Photo:Nimrod Persson

 

資料

株式会社SHIBUYA109エンタテイメント「Z世代のジェンダー・多様性に関する意識調査
ファッションを中心にジェンダーレスに楽しむのは当然!?不適切発言に違和感は6割。」
(2024年4月25日 14時00分)

MIT MediaLab「モラルマシン」(日本語版)
https://www.moralmachine.net/hl/ja
https://www.natureasia.com/ja-jp/phys-sci/research/12745

Nature“The Moral Machine experiment” p.1, p.3

最近、我が家で起こった行き違いから始めさせてください。

 

そのとき私はレコーダーに残っている『ブラタモリ』の録画を整理していて、まだ見てないものと記念にとっておきたいものを残しつつ、もう観なくて良い放送回や最終回以降も録画し続けてしまったゴミ録画をレコーダーから削除してしようとしていました。

 

そのとき嫁さんからこう言われたのです。

「見てない録画は消さないで」と。

 

「うん、わかった」と答えて、私は録画の整理を続けました。

すると、リストのなかに天気予報を録画してしまったものが残っていたんです。一瞬、手が止まりましたが私はそれも削除しました。が、これがダメだったことが判明します。

 

その天気予報の録画の正体は、なんと、まだ見ていない大河ドラマ『光る君』の録画だったのです。

先週の日曜日、たまたま録画の設定が外れてしまっていたので、放送直前に嫁さんが直接録画ボタンを押して録画したため、タイトルが『光る君』ではなく『天気予報』に化けてしまっていたのです。

 

嫁さんとしては、まさにこの録画があったから「見てない録画は消さないで」とわざわざ言ったのでしょう。

でも「『天気予報』に化けている『光る君』を消さないで」と聞いたわけでもなく、私は「見てない『ブラタモリ』や『光る君』の録画は消さないで」という意味だと思い込んでいたのでした。

 

どうしてこの行き違いが起こったのか

どうしてこんなことが起こってしまったのでしょう?

まあ、私と嫁さんのメッセージの授受がいい加減だったのがいけなかったのでしょうね。

 

録画に関しては、レコーダーを新調してしまえばこうした事態は防げそうです。

我が家のレコーダーは旧式で、撮れている番組のサムネイル・録画時刻・録画時間の長さなどのデータが一覧できません。このどれかが通覧できるレコーダーだったら、タイトルが『天気予報』に化けた『光る君』を消さずに済んだと思われます。

 

とはいえ、レコーダーを買い替えて解決できるのは録画についてだけです。録画以外のジャンルでは、今後もメッセージの授受がいい加減なことによる行き違いが起こってしまいそうです。

では、私たちは「会話にもっと気を付ける」べきでしょうか?

 

ある程度はそうでしょう。でも、録画に限らず、詳細な情報のやりとりができたと気が済むまで毎回しゃべり続けていたら、時間的にも体力的にもコストがかかり過ぎます。

神経質にやりとりしすぎれば注意力や判断力のコストも高くなり、ストレスを感じるかもしれません。そのくせ、時間と手間と注意力さえかければ完全に行き違いがなくなるとも思えません。

 

たかがレコーダーの録画消去のために厳密なやりとりを行うようなやり方は、時間や注意力が足りていない時には結局破綻してしまい、またぞろ似たような行き違いが起こってしまうのは避けられないと思われます。

 

行き違いを減らす工夫:仕事編

こうした行き違いを防ぐための方法は、仕事の場面では思いつきます。というか私の職場でも日常的に使われていると感じます。

たとえば医療分野では、患者さんの情報を診療録に書く際に用いる「SOAP」という書き方が有名です。

 

Sはsubjectで患者さん自身の主観的な訴え。

Oはobjectで観察をとおしてみてとることができた客観的な情報や所見。

Aはassessmentで、訴えや情報や所見をとおして下した評価。

Pはplanで、アセスメントを踏まえて実践していく対策や対応。

 

このような書き方を身に付けておけば、誰が診療録を書いたとしても、書いた医療者がどのように患者さんを診て、どのように所見を集め、どう判断し何をしようとしたのかが読み取りやすくなります。

診療録をとおしたコミュニケーションに齟齬が生まれにくくなり、行き違いが起こりにくくなるわけです。

 

医療は、コミュニケーションの齟齬や行き違いが人の命に直結するため、こうした書き方が広く用いられているのでしょう。

加えて、医療分野では他のいろいろな治療手技や手続きもプロトコル化されていて、個々人のコミュニケーション能力やコンディションにできるだけ依存しないかたちでインシデントやアクシデントを回避できるよう、工夫がされています。

 

同じく、人の命に直結している軍隊にも工夫がみられますよね。

ここに貼った海上自衛隊の動画のなかでは、砲雷科の自衛士官がちょっと独特の言い回しを用いているのが聞こえます。これなども、表現の正確さを重視し、誤解や行き違いが起こらないようにするための工夫と言えます。

 

軍隊の言葉には他にもいろいろありますよね。時刻を「ヒトヨンマルマル(14時のこと)」などと呼ぶ言い方や、「アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ」で知られるフォネティックコードなども、数字やアルファベットの聞き間違いが起こらないよう工夫したプロトコルだと言えます。

それから復唱。復唱がプロトコル化していると行き違いが一層少なくなります。

 

個人の資質や時間や注意力に依存するソリューションではなく、プロトコルを当たり前化し、それを徹底させることで行き違いを防ぐ──こうしたソリューションは業務の世界では珍しくありません。人の命に直結している分野ではほとんど必須とさえ言えるでしょう。

 

行き違いを本気で減らしたいなら、そもそも行き違いが起こらないようなプロトコル、そしてシステムを構築してしまえば良いのです。それが業界のスタンダードになってしまえばなお良いでしょう。そしてそこで働く人を全員、それにあわせてトレーニングしてしまえば良いのです。

 

だけど家庭は自衛隊ではない

家庭の話に戻りましょう。

では、夫婦や親子の間でも安全確認をプロトコル化し、なにごとも復唱すべきでしょうか。あるいは、自衛隊みたいにヒトヨンマルマルと言ったりアルファブラボーチャーリーと言ったりすべきでしょうか?

 

一般的な家庭では、難しいと思います。

 

ある程度まではそうした工夫ができるかもしれません。少なくとも我が家では『艦隊これくしょん』の影響のおかげか、自衛隊風の「1200(ヒトフタマルマル)」みたいな時刻の読み方が通用したりします(便利です)。

でも、家庭は自衛隊や医療現場や工事現場ではありません。家庭ではもっと楽にコミュニケーションしたい・もっと柔らかな言い回しも使っていきたいと思う人が大半でしょう。

 

こちらの元自衛官の方のコラムには、"このような言い方をしている組織や人たちを客観的に見た場合、その時刻の表記、呼称は極めて合理性に富んでいるものではありますが、どこか味気がない、あるいは冷たいような感じがするのですが、みなさまはいかがでしょうか。"と記していますが、私も同感です。

自衛隊や医療現場では情報の正確さがコミュニケーションのすべてかもしれませんが、家庭のコミュニケーションはそれだけがすべてではないのです。

 

家庭でのコミュニケーションは、気楽さやストレスの少なさが伴っていたほうがいいし、情報だけでなく情緒まで伝えることが期待されているので、情報の正確さだけに特化したコミュニケーションでは、それもそれで問題と思われるのです。

子育てしている場合は特にそうですよね。子どもは、情報のやりとりとしてのコミュニケーションだけ身に付ければいいわけではありません。情緒のやりとりを含んだコミュニケーションをマスターしていかなければならないので、自衛隊みたいなコミュニケーションに終始していては、情緒的な学習が遅れてしまうよう思われます。

 

さりとて、解釈がブレてしまいそうな曖昧な言い回しをのさばらせていると、冒頭で紹介したような行き違いはどうしても発生してしまうでしょう。難しいですね。

家庭で期待される情緒を保ちつつ、それでいて情報の正確さを担保するような言葉運びを選ぶのは簡単ではありません。それでもコミュニケーションしていくしかないのが家庭という場、家族という人間関係だと思います。

 

繰り返しますが、家庭は自衛隊や医療現場や工事現場ではありません。しかも情報と情緒の両面に即したコミュニケーションが期待されています。ですから家庭における折衷案は、ある程度までは職場と同じプロトコル化を意識しつつ、ある程度からはいい加減に構え、情緒や気楽さに支障をきたさないようにすることでしょう。

そして家庭で本当に大切なのは、行き違いをある程度は許容しあい、それでもお互いの信頼や愛情を失わないことかもしれません。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

[amazonjs asin="B0CVNBNWJK" locale="JP" tmpl="Small" title="人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 (ハヤカワ新書)"]

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:

この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。

 

・昔の友人に、「ゲームの面白いポイント」を見つけるのがめちゃくちゃ上手いヤツがいました

・面白いコンテンツを見つけるための根気、ぶれなさ、言語化能力に私は憧れていました

・「他人の評価を参考にする」ことと、「評価軸を他人任せにする」ことは違います

・もちろん何かを評価する時に他人の評価を参考にすることはありますし、あって良いと思います

・けれど、その上で、「自分の評価軸」「自分は何を面白いと感じるのか」という軸はもっておきたいな、と思っています

・全然関係ないけどファミコン版のロットロットはスルメゲーです

 

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全て書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

 

まず、小学校~中学校の頃の友人だった吉田くん(仮名)の話をします。

吉田くんとは誰かというと、小学校の頃知り合った私のファミコン仲間の一人で、私たちの中で唯一「ロットロット」の面白さを見出した男です。

 

ロットロットってゲーム、皆さんご存知でしょうか?アーケードからファミコンに移植されたアクションパズルゲームでして、一言で言ってしまうと「独特の操作性の自機を操り、ボールの位置を入れ替えながら特定の場所に流し込んで、高得点を狙う」というルールなんですが、まあ動画を見ていただいた方が早いと思います。

 

https://www.youtube.com/watch?v=M3Fn6YNcgbQ

 

こちらの動画でも解説して下さっていますが、ゲーム画面内に赤い「矢印(みたいなユニット)」と青い「矢印」がいることがお分かりでしょうか?

これ、プレイヤーは赤い矢印を操作して、青い矢印は少し遅れて赤い矢印を自動的に追いかけるような動きをします。で、赤い矢印と青い矢印の間で上から流れてくるボールの位置を入れ替えて、一番右端に誘導してやる。すると、右端からボールが流れ出て得点になる。

 

ボヤボヤしていると一番左下にボールが流れてしまって、変なカニに捕まってしまうと1ミス。文章で説明しにくいんですが、そんな感じのゲームです。現代でも類例がかなり少ない、非常に独特なパズルゲームだと思います。

 

このゲーム、ルールをきちんと理解した上で遊ぶと癖になる面白さがありまして、上手いこと青い矢印を誘導して大量のボールを流すことが出来るとめちゃくちゃ気持ちいいんです。

「テトリス」や「ぷよぷよ」のような落ち物パズルに近い爽快感と中毒性があるスルメゲーなんですが、当時小学生だった私たちには、本当にわけわかんなかったんですよ。「これ何のゲームなんだ??」って当時も思ったんです。

 

以前から何度か書いていますが、私たちファミコン仲間の間では、お互いのゲーム所持状況について情報交換して、新しいゲームを買ってもらったらそいつの家に行ってみんなで遊ぶ、という習慣がありました。

当時はゲームを買ってもらう機会も限定されていて、新しいゲームが手に入る機会など、半年に一度あればいい方でした。なるべくたくさんのゲームを遊ぶために、なるべく買ってもらうゲームが被らないようにして、やったことがないゲームを遊ぶチャンスを可能な限り増やそうとしていたんです。一種の互助会です。

 

以下は手前みそですが、このゲーム仲間の間で「ドラクエ2」を遊んだ時の話です。良かったら読んでやってください。

工藤くんの家でルプガナに初めてたどり着いた時のあの感動を、俺はいつかまた味わえるのだろうか

 

で、この「ロットロット」も誰かが買ってもらったタイトルなんですが、説明書がついていなかったこともあって、最初は仲間の誰ひとり「これは何をするゲームなのか?」が分からなかったんです。

十字キーを押すと、なんか↓が動く。で、ボタンを押すとなんか音がする。が、ただそれだけで、いつのまにかボールが下の方に移動していって、変なカニが出てきてゲームオーバー。そんな理解度だったと思います。

 

今でこそ動画やWebの情報で「遊び方」を調べることが出来ますが、当時そんなインフラはありませんでした。たとえ取説があったとしても、この「ゲームの仕組み」と「面白さ」を、小学生が理解するのは、恐らく難しかったでしょう。

こちらは、自宅にある「ファミリーコンピュータマガジン」のおまけ冊子の画像引用です。

当時、「ファミマガ」の紙面では読者によるゲームの評価づけが行われていまして、面白いゲームは大方評価20以上、最上位の有名ゲームだと25を越えていました。確か、歴代最高点が「ドラクエ2」の28.02だったと思います。

 

そんな中、ロットロットの評価は御覧の通り15.7。これを見ても当時のファミっ子たちが、ロットロットをかなり低く評価していたことが分かります。

これらの評価もあって、私たちはロットロットを「なんだかよくわからんつまんないゲーム」として評価し、ファミコン箱の奥にしまい込んでしまいそうになりました。

 

そこで、「俺、家でもうちょっと遊んでみたいから貸してよ」と言って、ロットロットを借りていったのが吉田くんです。

最初はみんな「物好きだなー」と思っていたんですが、やがて吉田くんは「いや、ロットロット面白いよ!赤いの落とすと一気にボーナス入って、すごい気持ちいいんだよ!」と熱弁するようになりました。

 

みんな半信半疑だったのですが、吉田くんの家に遊びに行って、彼が何万点ものポイントを積み重ねるところを見せられると、「すげえ……!」となりました。

彼が「一度赤い矢印を右端に持っていって、その後上から落ちてくるボールの方に行く」「すると青い矢印が同じ軌道で右端に行く」「そこでボタンを押してボールを交換する」という非常に忙しい操作をスパスパ処理するのを見て、私は初めて「これがなんのゲームなのか」を理解することが出来たのです。

 

とはいえそれでも「ロットロットが仲間内で大流行り」とはならず、大半の仲間にとってロットロットは「なんだか分からないゲーム」であり続けたのが現実の辛いところなのですが、その後も吉田くんはロットロットをやり込み続け、スコアが数十万に達するところも見せてもらいました。

 

実はこの時だけの話ではなく、仲間内で「このゲームつまんない」という結論に至りそうになった時、いつも決まってそのゲームを借りていき、「いや、これ面白いよ」と言っては解説してくれていたのが吉田くんでした。

私はスターラスターを、スパイvsスパイを、ランパートを、ギミック!を、かこむん蛇を吉田くんから教わりました。

 

今から振り返って考えてみると、私が持っていなかった「ゲームを評価する際の強み」を、吉田くんは少なくとも三つ持っていました。

 

・分からないゲームのやり方を黙々と試行錯誤する根気

・周囲や雑誌の評価をうのみにせず、面白いポイントを自分で見つけ出すぶれない軸足

・「面白い!」となった時、その面白さをきちんと言語化出来る言語化能力

 

特に、「周囲の評価をうのみにせず、ちゃんと自分で確認しようとする」というスタンスには、当時も感銘を受けましたし、今でも小学生ばなれした物凄い能力だと思っています。自分の物差しをもつ。簡単なようで、大人でもこれが出来ていない人は数多くいます。

 

ロットロットのように「面白さが分かりにくい、けれど分かってくるハマる」タイトルというのは、世の中にはたくさんあります。けれど、その面白さに気付く為には、まず「面白さを理解する」為の遊び方、スタンスというものがどうしても必要になります。そして、そのスタンスに基づいて、自分の目でコンテンツを判断する根気も必要不可欠です。吉田くんにはそれがあった。私にはなかった。

だから、私は今でも吉田くんに憧れています。

 

***

 

クリエイターの心構えというか、一つのスタンスとして、「百人に一人、深く刺さるようなコンテンツを作る」というものがあります。

最初から万人受けするものを作ろうとすると、コンテンツからエッジがなくなってしまって、結局誰にも刺さらないで終わってしまう。だから、「百人の中で一人でもいいから、どこか「刺さる」エッジを作ろう」と、そんな考え方だと理解しています。

 

ただ、コンテンツの受け手としては、その「百人の内の一人」になる為にはどうすればいいのかな、と思うことがあります。

クリエイターが作ったエッジを適切に受け取り、それを「面白い!!!」と感じ、それを言語化出来る誰かひとり。

別にそこまで他人と違った人間でいたいという欲求があるつもりではないのですが、「面白さを見逃さない」というスタンスには、私は小学校の頃から憧れ続けています。

 

その為には、まずは最低要件として、「他人の評価をうのみにせず、自分でコンテンツを評価する自分なりの軸」が必須なのだろうなあ、と思います。

 

もちろん、他人の評価を参考にしてはいけない、という話ではありません。あらゆるコンテンツを遊び尽くすことは不可能なのだから、何かのコンテンツを見出す為には、既にそのコンテンツに触れた誰かの評価をまずは参考にすることだって必要でしょう。現代のように、多種多様なコンテンツがあふれている世界であればなおさらです。

 

けれど、その評価を参考にした上で、「それは飽くまで他人の評価軸に基づいて評価されたもので、自分の評価軸とは違うんだ」と理解すること。そして、自分は何を面白いと感じるのかをきちんと把握して、その上で「これは面白いかも」と思ったら、出来る限り自分の目でそのコンテンツを確かめること。

そういうスタンスがあって初めて、「深く刺さる百人に一人」になれるのだろうな、と思います。そう、例えば吉田くんのように。

 

残念ながら、私には吉田くん程の根気もなければしっかりとした軸足もなく、今でも往々にして人の評価に流されてしまいます。

私に「刺さる」コンテンツは他の大多数の人とそれ程異ならず、強いて「人と被りにくいタイトル」をあげるとすればファミコン版のゴーストバスターズくらいだと思いまして、あのゲーム私自身は「お買い物ゲーム」として大好きなのですが、それは余談なので省きます。

 

ただ、それでも、コンテンツに接する時は可能な限り「自分の評価軸」を意識して、それに基づいて面白さを判断したい、と。他の誰かに評価軸を委託するようなことはできる限りしたくない、「これ面白いかも」と感じたら可能な限り自分の目で判断したい、と。

そんな風に考えているわけです。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Ugo Mendes Donelli

生き方や価値観は人ぞれぞれですが、「一度きりの人生を後悔したくない」という想いは、みなさん共通してあるのではないでしょうか。

 

本記事では、先行き不透明なVUCA時代といわれる今、キャリアという観点で20代という時期をどう過ごすか、何を意識して取り組むべきかについてご紹介します。

 

20代は「最高の自己投資期間」

20代のキャリアは、決して一括りにはできません。

組織風土を含む働く環境や、個々人の働く上でのスタンス、その時々の心理フェーズにより、眺めている世界が全く異なります。

 

例えば、「大手企業でようやく一人前に」という方もいれば、「"3年いればベテラン"の組織で、後輩の育成に悩んでいる」という方もいます。

そして、「仕事が辛く転職を考えている」方もいれば、「なんとしても今の会社を良くしたい!」と意気込む方もいます。

 

よく「20代でやるべきこと」として何十個もリストアップされるのは、その多様な価値観を網羅しようとした結果なのでしょう。

私は基本的に、それぞれが好きなことをやればいいと思っています。

 

一方で、それでもあえて「20代でやるべきこと」を考えることは、とても意味があることだと思います。

人生100年時代という長い人生において、20代は「最高の自己投資期間だからです。

 

20代でやるべき5つのこと

「最高の自己投資期間」である20代でやるべきことについて、5つご紹介します。

 

①キャリアの土台を築く

一般的な期待にも、真実が含まれます。

20代では、キャリアの土台となる基礎能力を固めることも重要です。

 

以前、キャリアコンサルタント時代に、転職マーケットで引く手あまたな20代の方を支援させていただいたことがあります。

戦略コンサルティングファームに勤めていた方で、同業種・同職種への転職が当たり前だった時代に、異業種・異職種からのオファーをたくさん獲得されました。

その方のどこが一番評価されたのか。

特別なスキルではなく、圧倒的に高い「基礎能力でした。

圧倒的な基礎能力は、強力な差別化要因になるのです。

 

ポータブルスキルを身につける

では、「基礎能力」とはどんなスキルなのでしょうか。

具体的には、問題解決能力コミュニケーション能力、ビジネスへの基本的な理解や業務生産性につながるITリテラシーなどです。

目立った実績はなくても、土台である基礎能力の高さがポテンシャルを示す証拠となります

こうした基礎能力は、環境に関わらず持ち運べる「ポータブルスキル」となり、30代、40代と続くキャリアの変化において身を助けます。

 

具体的なポータブルスキル例は、こちら

 

②貯蓄より自己投資する

お金に関しては「稼ぐ」「貯める(貯蓄)」「増やす(資産運用)」の3つの視点があります。

人生100年時代、将来を見越しコツコツとお金を「貯める」ことやお金に働いてもらい「増やす」ことも重要ですが、最も重要なのは「稼ぐ」ことだと思います。

理由は、「貯める」「増やす」は、そもそも「稼ぐ」ことを前提とするからです。

そして、安定的に魚を手に入れるには、魚をもらうよりも、魚を釣れる自分になるほうが確実で自由だからです。

数ある投資対象の中で最も確実なリターンが見込めるのは、「稼ぐ」ことができる自分になる自己投資です。

 

仕事の成果につながる勉強を始める

「稼ぐ力」を得るためには、仕事で成果を出すためのスキルや知識を身につける必要があります。

 

例えば、

  • 自身の専門性に関連のあるセミナーを受講する
  • 仕事で役に立つ資格を取得する
  • 読書をする

などです。

 

ここで1点注意しておくべきことは、どのような学びが有効かは、目指すキャリアによって一人一人異なることです。

例えば、「流行っているから」や「とりあえず」でプログラミングスクールに通ったり資格を取ったりするのは避けましょう。

途中で挫折して、結果的に時間や労力を無駄にしてしまった...ということにもなりかねません。

自分の人生にどれくらいリターンがあるかをしっかりと意識しながら、必要な学びは何かを見極めていきましょう。

 

ちなみに、私が講師を務めているグロービス経営大学院では、20代で入学した卒業生のうち、卒業から5年以上経っている人の年収の平均上昇幅は、2倍でした。

自己投資によって「稼ぐ力」を得たことを実感できるデータといえます。

(参照元:2018年実施の卒業生アンケート)

210408_Cnote_column_detail01.jpg

210408_Cnote_column_detail02.jpg

 

③大きな失敗をする

20代には、失敗しても「大目に見てもらえる」という大きな特権があります。

私がキャリアカウンセラーをしていた頃、ある企業の人事部長が「20代との面接では必ず、最大の失敗体験を聞く」とおっしゃってました。

きな失敗ができるのは、大きな挑戦をした証拠」だからだそうです。

 

年代問わず、常に挑戦が求められる時代です。

20代の経験は、30代以降の大きな財産となるでしょう。

 

リスクを取って行動する

ここでの重要なポイントは、失敗自体が目的ではなく、能動的に失敗のリスクを負うチャレンジの機会に身を置くということです。

 

例えば、

  • タフな業務を引き受ける
  • 新規プロジェクトに立候補する
  • ジョブポスティング(社内公募)を活用して環境を変える

など、手を挙げれば引き寄せられる挑戦の機会は少なくありません。

 

"特権"のある20代のうちに、ぜひ失敗を恐れず、リスクを取ってどんどん挑戦していってみてください。

 

④多様性に触れ、世界を広げる

20代に限らず、私たちが生きる世界は狭いものです。

生きている期間の短い20代はなおさらでしょう。

 

しかし、若いほど「柔軟な吸収力」という武器があります。

自分と異なる人の価値観や考え方に出会ったとき、「私はそうは思わない」で済ますか、「この観点は新しい」「それも一理ある」と異質なものを、自分の世界を広げる材料に変えられるか。

柔軟な人は、後者の反応をし、その積み重ねによって世界を広げていくことができます。

柔軟な吸収力という武器を存分に発揮するためには、昔の仲間や同じ価値観を持つ同僚とばかり付き合うのではなく、新たな出会いも重要です。

 

クラブ活動やプロボノなど新しいコミュニティに参加する

ぜひ20代のうちに、日常の居心地よい環境から一歩外に踏み出し、多様な人に触れ、世界を広げていってみてください

 

例えば社内なら、

  • チーム外の人と定期的にランチに行く
  • クラブ活動などの非公式コミュニティに参加する
  • あるテーマで勉強会を主催する
  • 社内イベントに積極的に参加する

などがあります。

 

また社外なら、

  • セミナーや勉強会に参加する
  • 地域コミュニティに参加する
  • 講座やスクールに通う
  • プロボノや副業を始める

などがあります。

 

多様なバックグラウンドの刺激的な社会人に出会う場として、ビジネススクールを活用する方もいます。

 

⑤自分自身を知る

20代で「やるべきこと」に絶対解が存在しないように、横並びではなくなったこの先の社会では、人生の多くのことが個別解となるでしょう。

自分を知っているからこそ、自分だけの個別解を迷わず選ぶことができます。

逆に、自分のことを知らない場合は、周囲の考えや意見を鵜呑みにし、身を委ねるしかなくなります。

 

フレームワークを用いて自己分析をする

自分のことを知る上で、フレームワークを使って考えてみる方法が有効です。

例えば、自分の思考や価値観を紙に書いて、派生するものをつなげていく「マインドマップ」。

「自分は何が好きなのか」「どんな価値観で行動しているのか」といったことを考えることで、思考の整理や新たな発見をすることができます。

 

また、自分自身を知り、自分らしく生きるためのヒントについては、こちらも併せて読んでみてください。

 

20代前半で意識したいこと

20代前半ではとくに、「多様性に触れ、世界を広げる」が重要だと思います。

社会人になり3年ほどは、「社内に馴染む」「一人前になる」が最優先という考え方もあります。

ただそれは及第点であり、読者の皆さんにとってはあまりにも当たり前過ぎることではないでしょうか。

どの組織も、新人には新しい視点や斬新なアイデアを期待します。

「多様性に触れ、世界を広げる」ことは、その期待に応えるための基盤を形成します。

身の軽さや行動力を武器に、"社外で得た社内にはない知見"を組織に還元することそのものが、価値発揮につながります。

『社内の常識は、社会の非常識』といわれます。

社内に偏ることなく、社会における自分の市場価値を客観視しながらキャリアを築いていくために、社外とのつながりはより一層重要になると考えます。

 

20代後半で意識したいこと

20代後半ではとくに、「大きな失敗をする」が重要だと思います。

自転車に乗る練習の体験を思い出すと、成功には失敗が不可欠であることがよく分かります。

そして、挑戦しなければ失敗すらできないことも。

社会人経験が5年前後になると、安定感が出てきます。

それは、成長実感が薄れる時期でもあります。

だからこそ、自分を揺さ振る挑戦の価値が高まるのです。

安定感があることは、信頼が得られていることでもあります。

その信頼を担保に、挑戦の機会を獲得できるのなら、自分を試してみることをおすすめします。

繰り返しますが、20代の経験が30代以降の大きな財産となるはずです。

 

まとめ

20代への「一般的な期待」を過去の残像とした上で、あえて20代でやるべきことを考えました。

アイデアレベルの「やるべきこと」は、検索すればありがたいことにほかにもたくさん出てきます。

旅に出る、スキルを磨く、本を読む、交友関係を広げる、(消費ではなく)生産に時間を割く、発信する。

盗めるものは盗み、ぜひ自分に合ったアクションをとってみてください

 

 

(執筆:中村 直太)

[adrotate group="46"]

【著者プロフィール】

グロービス経営大学院

日本で最も選ばれているビジネススクール、グロービス経営大学院(MBA)。

ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。

グロービス知見録

Photo by:Mohamed Nohassi

「心を込めて仕込み中!」

居酒屋さんなど準備中の立て看板で、最近見かけるフレーズのひとつだ。

お客さんを想い、誠実に串打ちをしているのだろうか。

そんな光景が目に浮かぶので、「準備中」というお知らせよりもずっと気持ちよく心に響く。

 

そんなこともあるのだろう。

「心を込めて 社訓」でgoogle検索をしてみると、とても多くの企業がこの“心を込めて”というフレーズを経営方針に取り入れていることがわかる。

 

「心を込めて接客しましょう」

「心を込めて作りましょう」

「心を込めて人と社会に尽くしましょう」

 

そんなニュアンスの社訓が数多くヒットする。

そのためきっと多くの人が日々、「心を込めて」仕事に取り組んでいるのではないだろうか。

 

しかしこの「心を込めて」という言葉。

実はこれこそが、間違った仕事を生み出す元凶ではないのか。

さらに言えば、従業員の心を壊し、組織を破綻させかねない危険なフレーズとすら考えている。

 

「気が緩んでるからだ!」

話は変わるが、米国史上最凶の悪人といえば、多くの人がアル・カポネを思い浮かべるのではないだろうか。

1920年代の禁酒法時代、密造酒で財を成し、殺人、暴行、売春など悪事の限りを尽くして「暗黒街の帝王」と呼ばれた男だ。

1929年2月14日、抗争相手のギャングを襲撃した「バレンタインデーの虐殺」は今もたびたび話題になるなど、100年近くの時を超え今もなお、多くの人の記憶に残り続けている悪党である。

 

そんな彼だが、実はその自己認識は、一般市民とは全く異なるものだった。

以下、ビジネス書の名著として知られる、「人を動かす」(D・カーネギー著)も参考にしながら、少しお話したい。

[amazonjs asin="B0CDKYTLV1" locale="JP" tmpl="Small" title="人を動かす 改訂文庫版"]

アル・カポネ自身は大まじめに、自分のことを慈善事業家と考えていた。

世の中の求めるものを提供しているだけなのに、なぜ認められないのかと嘆き、

「働き盛りの大半を世のため人のために尽くしたのに、なぜ犯罪者という烙印を捺されなければならないのか」

と、晩年まで憤っていたという。

 

「極悪人だけに、思考回路もイカれてただけでは?」

多くの人が、そう思うかもしれない。

 

しかしニューヨークに所在するシンシン刑務所の元所長は同著で、こんなことを述べている。

「受刑者の中で、自分のことを悪人だと思っている人はほとんどいません」

そして自分の犯した犯罪について、驚くほど理路整然と、その正当性を述べる。

自身の信じる正義に従っただけであって、「犯罪者扱いされるなんて不当だ」と考えている。

 

「いやいや、だからそういうイカれた思考回路だから、犯罪に手を染めるのでしょう」

確かに、そうなのかもしれない。

しかしこれを、私たちの日常に置き換えてみたらどうだろうか。

 

例えば昨日、上司から叱責された仕事の失敗や不手際について。

「確かに自分がマヌケだった」

「失敗したのだから、怒られても当然だ…」

そんな思いで、上司の説教に感謝の気持ちを持てた人などいるだろうか。

 

(それ、お前の指示でやったんだけど…)

(失敗を叱責するくらいなら、やる前に止めるのがあなたの仕事では?)

 

おそらく多くの人がそんな想いで、猛烈な不満を心の奥底に潜ませながら上司のたわごとを聞いていたはずだ。

 

断言してもいいが、仕事や会社を潰してやろうなどという思いで仕事に取り組んでいるビジネスパーソンなど、ほとんどいない。

そんな部下に対しリーダーが、

「なんてことをしたんだ!」

「気が緩んでるからそんなことになるんだ!」

などと感情論で叱責したところで、何のプラスになるだろうか。

そしてこれこそ、無能リーダーが「仕事をしたつもりになって」やっている、説教という名のルーチンである。

 

確かに、極悪犯罪者と一般のビジネスパーソンの思考を、全て同列に語ることは難しい。

その上でこの、アル・カポネやシンシン刑務所長の話から得るべき教訓は、

「極悪人ですら、自分の誤りを認めることはこれほどまでに難しい」

という事実についてだ。

 

まして、誠実に仕事に取り組んでいる部下を感情論で叱責したところで、

「そうだ、悪いのは自分だった」

などと思うわけがないだろう。

人間関係を悪化させ、上司自身が仕事と組織をぶち壊しているに過ぎないということだ。

 

人は決して、叱責で行動を変えることなどない。

リーダーと呼ばれるポジションに就いた人がまず知るべきは、そんな「説教や叱責の無意味さ」ではないのか。

そんな教訓を学ぶべきエピソードであると信じている。

 

間違えているのは常に、上司自身

話は冒頭の、「心を込めて」という言葉についてだ。

日本的な“もてなしの心”にも通じるこの価値観の、いったい何が問題というのか。

 

想像してほしいのだが、「心を込めて仕事をしなさい」と言われて、例えば自分なら、具体的に何を思いつくだろう。

丁寧な言葉づかい、笑顔での接客、電話は3コール以内に出る…

人により立場により、いろんな事を思いつくはずだ。

 

つまりこの指示は、「自分の判断で、良いと思うことをしなさい」と同義ということである。

であれば、一体何が起こるか。

 

私がコンビニの店員さんであれば、

「お客さんとの近い距離感の演出こそ、心の込もったサービス」

などと考えるかもしれない。

そしてお客さんにタメ口を聞き、手を握るように商品を渡し始めたら悲惨である。

客はファミチキとビールが欲しいのであって、中年のオッサンとの近い距離感など誰も求めていない。

 

「注文を受けてから粉をつけて、アツアツ揚げたてのから揚げを楽しんでもらおう」

オフィス街のコンビニでそんなサービスを始めたら、多くの客にはありがた迷惑だろう。

最優先順位は時間であり、そこそこの味、安価な値段で空腹を満たしたいのであって、完全にニーズを外している。

 

つまりこの「心を込めて」とは、自分の気持ちに向き合うベクトルが働く言葉ということだ。

自分の価値観というフィルターを通して顧客ニーズを解釈しなさいと、部下に対し相当大きな裁量権を与える指示と言ってもいい。

 

そのリスクをリーダーが背負えないのであれば、

「心なんか込めなくてもいいから、顧客ニーズに真剣に向き合うように」

と指示したほうが100倍マシである。

 

そして話は、アル・カポネについてだ。

歴史に名を残す極悪人ですら、自分の過ちを認めることなど無いというのは、先述のとおりである。

 

にもかかわらず、「心を込めて接客しましょう」という指示の下、顧客にタメ口を聞き、アツアツのから揚げを出し始めた部下を叱責したら、悪いのは上司に決まっている。

裁量権を委ね、その範囲で真剣に仕事に取り組んでいる部下を頭ごなしに怒るのだから。

 

(指示通りに心を込めたのに…)

(仕事を任せたくせに、責任から逃げるクソ上司め)

そう思って当然であり、こうして多くの仕事で上司と部下の認識のズレが発生する。

 

「心を込めて」という価値観が悪いのではない。

「大きな裁量を与えていることに無自覚な上司」が悪いという話だ。

そしてそのことに気がつけない上司もまた、アル・カポネのように自分の過ちを認めることなど無い。

このようにして、「使えない奴め」「このクソ上司め」という人間関係が出来上がる。

 

いうまでもなくこれは、「心を込めて」だけではない。

大なり小なり、部下のよくわからない行動の根本的な原因は、上司の指示にこそあるものだ。

だからこそ、部下の判断が間違っていると思った時はまず、自分の指示に原因があったのでは無いかと、考えなければならない。

 

叱責や説教で人の考えや行動を変えることなど、できないこと。

明確な指示を出し、部下の仕事に責任を取りきること。

それを理解し実践できれば、きっと誰もが、部下から尊敬される上司に一歩近づけると信じている。

 

 

[adrotate group="46"]

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

内陸で育ったせいか鮎やアマゴなどの川魚がとても好きなのですが、なかなか理解してもらえません。
ブリやマグロのほうが美味しいといわれると、ぐうの音も出ない。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo by:Nick Fewings

「お前はコピーライターの仕事を、自分の手で、なくすつもりなのか」

 

僕のなかには、いまもこの葛藤が渦巻いている。

コピーライティングは人間だけが成し得る仕事だった。クライアントのニーズを汲み取り、時代の空気を吸い込み、言葉を紡ぐ。心に響くメッセージを生み出す。それが僕たちの使命であり、誇りだった。

 

しかし、生成AIの登場によって、存在意義は完全に揺らいでいる。生成AIとは人工知能が文章などを生成するシステムの総称であり、もはや、人間が書いたような文章を生成できるレベルにまで達している。

 

生成AIに仕事を奪われる恐怖と、可能性への期待。相反する感情が交錯するなかで、僕はある決断をした。生成AIの力を活用して、コピーライティングの自動化を推し進めることを。この文章では、僕がたどってきた思考について語っていきたい。

 

解決すべき課題は無限にある。しかし、人間のリソースは有限である。

マーケターの元には、日々新しい依頼が舞い込んでくる。

様々な企業や団体が、自分たちの事業やサービスに関する悩みを持っており、解決に向けた協働パートナーを求めている。企業や団体の数だけ異なる課題が存在し、その数はまさに無限である。

 

その一方で、正しく課題を紐解き、解決策を検討し、実施できる人材の数はどうだろうか。その数は、圧倒的に不足しているのが現実である。

例えば、優秀なマーケターが1年間で12件の課題に取り組んだとしよう。仮に30年間、同じペースで働き続けたとしても、解決できる課題は360件に過ぎない。マーケターがどんなに頑張ったとしても、微力の域を超えることはないといえる。

 

この限界を突破するために、注目しているのが生成AIである。その理由はいたってシンプルである。生成AIは「人間のボトルネックを開放する力」を持っているからである。

 

・膨大なデータを瞬時に処理できる

・人間の何倍もの速度で仕事をこなす

・24時間365日休む必要がない

・不満を言うこともなければ、離職のリスクもない

 

人間の時間や体力や気力といった、有限なリソースの壁を突破することができる。世のなかに存在する無限の課題に向き合うために、生成AIを味方にすることは必然である。

生成AIの力を借りることで、人間の限界を超え、これまで手が届かなかった課題にも応えることができる可能性が生まれるのだ。

 

「コピー書いて」では、コピーは書けない。コピーを構造的に理解している人は少ない。

ただし、生成AIの登場ですべてが解決するわけではない。生成AIに「キャッチコピーを書いて」と指示したところで、求めている結果は得られないだろう。

正しくコピーライティングを行うためのプロセスを、生成AIへの指示である「プロンプト」を通じて伝えなければ、言葉の精度は上がらないのだ。

 

もうひとつ、大きな課題がある。それは、コピーライターでさえ、キャッチコピーを書く方法を説明できるわけではないことである。自転車に乗れるからといって、自転車の乗り方を説明できるわけではないのと同じ構造だ。

コピーライティングの書籍を読んでも、書き方めいたものは提示されているものの、書かれている通りに実践してもキャッチコピーを書ける方法論にまでは昇華されていないのが現実である。

 

こうしたコピーライター界において、僕は異質な存在である。まず、純粋培養なコピーライターではない。マーケティングの実務経験から、マーケティングの限界を感じ、クリエイティブに鞍替えをした背景がある。

さらに、理工系出身で仕組化が得意である。そのため、戦略づくりから戦術への接続、クリエイティブへの落とし込みまでを「ひとり広告会社」のように行ってきた。

 

言葉を生み出していく過程を言語化し、プロンプトとして言葉にしていく。そして、マーケティングを民主化する。僕は、そんな誰もやってこなかった、気の遠くなるような作業をできる数少ない存在であると自負している。そして、今では、その作業を行うのが、僕の使命であるとさえ感じるようにまでなっている。

 

マーケティングの民主化で、企業の稼ぐ力は底上げできる

日本企業の99.7%は中小企業である。この国の経済を支えているのは中小企業である。そして、僕も学生時代には中小企業を立ち上げ、ビジネスを行っていた。現在も、細々と中小企業を営んでいる。

 

しかし、多くの中小企業は、マーケティングやクリエイティブの専門家と仕事をする機会はめぐってこない。

「誰に頼んでいいのかわからない」という理由もあろうが、マーケティングやクリエイティブ費用を捻出できない、という理由が多いだろう。その結果、社内で販売活動を行っている企業がほとんどである。その結果、いい商品なのに、いいサービスなのに、いい事業なのに、ユーザーに伝わらず停滞していく現実がある。

 

マーケティングは、企業の成長に欠かせない要素である。素晴らしい製品をつくっても、利点を適切に訴求できなければ、売上には結びつきにくい。だからこそ、誰でも、気軽に、マーケターやクリエイターに相談できる環境が重要である。だからといって、マーケターやクリエイターが安価で稼働するのも、違うと思っている。

 

そこで重要になるのが、プラットフォームである。生成AIによって、疑似的なマーケターやクリエイターを生み出し、相談しながら日々の悩みを解消していく世界線である。

 

例えば、商品のキャッチコピーを考えたい場合、生成AIに商品の特徴を伝えるだけで、複数のアイデアを出してもらえる。候補から選ぶだけで、誰でも効果的な訴求ができるようになるのだ。

その先には、事業が進展し、より複雑な課題を腕利きのマーケターやクリエイターと解決していく未来が待っている。こんな新しい潮流をつくりたいと考えている。

 

マーケティングの民主化は、必ず、中小企業の成長を後押しする。日本経済の活性化に直結する。

マーケティング自動化支援ツール「AUTOMAGIC」のリリースに関するオンラインイベントにも、多くの中小企業の人に参加していただきたいと考えている。

 

最後に人間に残る仕事を、憶測ではなく、この目で見たい。

生成AIの発展は止まらない。多くの仕事が自動化され、人間が代替される未来は避けられない。この流れは不可避であり、コピーライターは、既にその現実に直面している。

 

このような状況下で、議論されているのは「人間にしかできない仕事とは何か?」である。よく挙げられるのは、「創造性」「共感力」「身体性」などだ。確かに、これらは人間の強みであり、生成AIにはない特性といえるだろう。

しかし、それらは、人間の儚い希望に過ぎないともいえる。「生成AIに身体性はないから、実感を伴う感情は残る」と思いたいだけなのである。

 

生成AIの進化のスピードは目覚ましく、こんな推論などいとも簡単に超えてしまうだろう。

だからこそ、僕は、この手でマーケティングの自動化や効率化を推し進めることで、人間にしかできないことを、この目で見てみたいと考えている。憶測でも希望でもない、現実としての人間の役割を直視し、残された時間をフルベットしたい。

 

「コピーライターにしかできない仕事とは何か?」

 

その答えに到達すために、僕は今日もチームで「AUTOMAGIC」の開発に打ち込んでいる。

おそらく、僕たちの予想はことごとく外れるだろう。それでも、生成AIがもたらす未来と真剣に向き合い、人間にしかできない価値を生み出し続けること。それが、コピーライターとしての僕の、あるべき生き方なのだと信じている。

 

 

[adrotate banner="205"]

 

 

 

【著者プロフィール】

梅田 悟司(うめだ さとし)Satoshi Umeda

コピーライター

1979年生まれ。上智大学大学院理工学研究科修了。

2016年から2017年にかけて、4カ月半におよぶ育児休暇を取得。当時を振り返ってTwitterに投稿した「育休を4ヶ月取得して感じたこと」が大反響を呼び、累計1200万PVに。

直近の仕事に、ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」、リクルート「バイトするなら、タウンワーク。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション・ディレクターなどがある。

著書にシリーズ累計30万部を超える書籍『「言葉にできる」は武器になる。』(日本経済新聞出版社)ほか。

横浜市立大学客員研究員、多摩美術大学非常勤講師。

Photo:Mohamed Nohassi

いまから7年前の2017年、とんでもないCMが世に放たれたことを皆さんはご存知だろうか。

DoCoMo25周年スペシャルムービーCM「いつかあたりまえになることを」。

このCMは4分にもおよぶ長さのためTVCMというより、もはやショートムービーなのだけど、とにかく破壊力が高いのでまずはしっかりと見てほしい。

なにこれ。

おそらく、この動画を見終わって、多くの人がこんな状態に陥ったんじゃないだろうか。

なんかしらんけど泣ける。

ただ、そこにあるのはあまりに複雑な感情なはずだ。

ありきたりで分かりやすいそれと違って、心の奥底がザワザワするような、敏感な場所を得体のしれないもので撫でられているような、まるでどこかで自分が経験したかのような、そんな感覚が生じているのだ。

 

もちろん、そうでない人もいるのだろうけど、それを言い出すと話が始まらないので、みんなそうなったと思い込んで話を進めていく。

感情が動く。

なのに、その明確な理由が分からない。これはなかなか穏やかではない。正体不明の感情が次々と沸き上がってボロボロと泣けてしまう。こんな不可思議なCMがこれまでにあっただろうか。

なんど見返してみても、感情が動く、動きすぎてボロッボロッだ、けれどもその理由が本当に判然としないのだ。なんとなくはわかる感じがするけど、はっきりしない。どうなってんだよ。なんだよこれ。もう許してくれよ。

 

初めて見た7年前から、このCMについて文章を書きたいと願いつつも、その感情の正体が判然としないので書けないでいた。そんな状態で書いたところで、訳の分からないものができあがってしまうだけだ。ずっとそんな状態が続いていた。

 

けれども、決して短いとは言えない7年という期間を経ることで、僕自身もさまざまな経験をし、円熟味を増してきた。なんだか理由のようなものが見えてきた気がした。だから徹底的にここで書き記してやろうと考えたのだ。書いて殴ってやる。そう、これは書き殴りなのだ。

以下はこのCMに対する徹底的な書き殴りである。書いているのでない。書いて殴っているのである。そのつもりで読んでいただきたい。

 

では、最初に結論から述べてしまおう。なぜこのCMでは正体不明な感情の動きが起こるのか。

その最大の要因は次のセリフに集約されている。この動画の開始32秒だ。

「いまでは想像できないけど父はかなりモテる遊び人だった」

このナレーションだ。これこそが最大の要因であり、このCMの主題、そしてキモなのだ。

これは、逆側の視点という考え方だ。このCMにおいては逆側の視点が多用されている。一見すると気づきにくいこの要素が僕らを複雑な感情へと誘っている。7年たってやっとそれに気が付いたのだ。この観点で読み解くとこのCMが持つ魅力をもっと知ることができる。

問題のシーンを見返せるように親切にもう一度、動画を貼っておく。

「父は」というナレーションからわかるように、動画に登場する2人の男女、その娘という立ち位置の女性ナレーションが入る。動画全体でも娘からの視点が続く。

しかしながら、全体を通して見ると、この言葉はそこまで重要でないようにも思える。他にももっと琴線に触れるシーン、セリフが山盛り、分かりやすいシーンがあるはずだ。けれども、この言葉にこそ、このCMの本質である逆側の視点が集約されているのだ。

では、なぜそうなるのか、順を追って説明していこう。

 

このCMの概要

このCMはいまから7年前の2017年に25周年を迎えたDoCoMo、そして同じくデビュー25年を迎えたMr. Childrenが歩んできた25年を振り返る内容になっている。つまり現時点(2024年)から考えて32年前の世界から物語がはじまる。

32年前に17歳だった2人の物語、ということで現在(2024年)は49歳ということだ。実は僕とそんなに年齢が変わらない。だから多くの場所でリンクした感情が生じるのだろう。このへんは同年代しか感じ得ないものなのかもしれない。

 

このCMが紹介されていたDoCoMoのスペシャルムービー特設サイトではストーリーの概要が記された残骸だけが残されている。現在もPRTIMESさんにそれが残っているので以下に引用する。

はじまりは、25年前の夏だった。
たったひとつの歌や、
たった一本の電話で、
人生は大きく変わるらしい。
今、目の前に見えている「あたりまえ」の世界は、
実は、全然あたりまえではなく
小さな奇跡の積み重ねなのかもしれない。
無数に枝分かれした未来から、選ばれた今がある。
25年という時をつなぎ、未来へとつづくストーリー。
いつか、あたりまえになることを。

PRTIMESより

この動画では、25年前の夏、17歳だった主人公の父である高橋一生さん(結婚おめでとうございます)と母である黒木華さんが出会い、娘であり主人公でもある清原果耶さんが17歳になる2017年までの四半世紀の物語を描いている。

「いつか、あたりまえになることを」

この言葉が示唆に富んでいてとても深い。いったいなにが「あたりまえ」になっていくのか、それは後段で説明しよう。

ざっと見てもらって分かるように、この動画においては主に3つの要素における25年の変遷が描かれている。軸が3つあるといっても過言ではないだろう。その3つの軸を以下に示す。

① 1つの家族の25年
② Mr. Childrenの25年
③ 通信手段(DoCoMo機器)の25年

これらそれぞれが独立して感情に働きかけてくる。さらに相乗効果でも働きかけてくる。こんなの反則だろ言いたくなるほどに働きかけてくる。だから得体のしれない感情が湧きたってくるのだ。これらの要素を紐解いてみよう。

 

1つの家族の25年

まずはこのCMのストーリーをしっかりと見ていこう。

1992年とテロップが入り、渋谷のスクランブル交差点から始まる。1992年当時の、まだTSUTAYAも存在せず、やたら東海銀行が目立つ当時の景観が再現されているところが注目だ。

「わるい、まった?」

「おそい」

横断歩道の真ん中で落ち合う二人。このセリフがキーポイントになることが予想される。

場面が変わり、また2人の待ち合わせ。しかし緊張感いっぱいだった最初のシーンと違い、今度はずいぶんと慣れた感じなっている。服装も制服から大人っぽいものになっているので、ある程度の交際期間を経た二人を描いているのだろう。

「わるい、まった?」

「おそい」

やっぱりこのやり取りがキーになるんだと安心する場面だ。

「おそい」のニュアンスと表現がとにかく秀逸で、最初のシーンのそれに比べてかなり甘えた感じがでている。やはりある程度の交際期間を経たシーンなのだろう。

順調に交際を続ける2人のシーンが数カット続き、もっとも重要な例のシーンとなる。

「いまでは想像できないけど父はかなりモテる遊び人だった」

ただ、ここではまだ重要さには触れない。そのままストーリーを見ていこう。

ここでのシーンは順調だった2人の交際がちょっと怪しくなっていくところを描いている。

彼氏は遊び人なので、別な女性と連絡先を交換する。この場面は合コンの雰囲気なので、交際相手がいながら盛んに合コンに参加し、それでいて目ぼしい女性と連絡先を交換しまくるという、いっぱしの遊び人だったようだ。

そして別れのシーン。

彼女が怒り狂って「だれ!? なんかいってよ」と言いながら携帯電話を投げつけていることから、浮気的な何かが露呈して別れることになったようだ。男は黙って俯いている。こういうときに何も弁明しない男である。

決定的な別れ。2年半の空白。けれども連絡先を消すことはできなかった。

「父の番号を母は消せなかった」

というナレーションからわかるとおり、娘のナレーションはすべて母からの伝聞である。つまり父とはあまり関係が良くなかったことが伺える。

2人が好きだったミスチルの曲がラジオから流れてきて、あの日のことを思い出す。そして男は彼女に電話をかける。

元カレからの着信、その着メロ(!!)は元カレが思い出したミスチルの音楽と同じものだった。そう、2人の思いは同じだったのだ。この辺のシンクロはなかなか心憎い。

「わるい、まった」

「おそーい」

例のやり取りとともに交際が復活する。よりを戻した二人に明るすぎる光が差す。

ここから一気にストーリーが展開する。結婚式だ。

出産。主人公である娘が生まれるシーンだ。

娘は健やかに成長していく。しかし、そのまま順調に親子関係を築けたわけではなかった。

 

「幼い頃、わたしは父が好きだった」

その大好きだった父は単身赴任で遠くに行ってしまった。

単身赴任先は大阪だった。

かなりの長い期間、単身赴任に行っていたようで、主人公がどんどん成長していくけど、その様子を父親が回線越しに眺めるシーンが続く。

単身赴任が終わり、父は関東へと戻っていく。スカイツリーも完成していて、けっこうな年月が経ったことを教えてくれる。

単身赴任が終わると娘との関係はすっかり冷え切っており、娘は携帯の画面に向き合ってばかりだった。ここの清原さんの演技すげえ、と感嘆するしかない。

おはよう、いってらっしゃいと、朝からこんな爽やかなお父さんいるかよと言いたくなるシーン。語り掛けても無視する娘。思春期にありがちな反抗期というやつだけれども、単身赴任で別々に暮らしていた期間が長いぶん、その嫌悪も強いのかもしれない。父の爽やかな笑顔が悲しい。

「うるさい! 関係ないでしょ!」

と父親の介入を拒絶する娘。ここの演技もすごい。

父はそれに腹を立てるでもなく、ただ悲しそうに二階を見つめることしかできなかった。あと、奥に映っているお母さんの立ち位置もリアルで良い。

ファストフード店で苦悩する娘。なんであんな態度をとっちゃうんだろうと後悔しているようにも見える、良いシーン。

父は、歴代の携帯電話やスマホを並べて何かを始める。

誕生日おめでとう!!

パパより。

そこには歴代の機種で撮影したものを編集した娘の成長記録があった。

涙を流す娘。

ありがとう。

娘より。

 

この「ありがとう」は、どんな「ありがとう」だろうか。

言いにくいこともオンラインならいえる。親子関係の形態すら通信機器が変えていった。そういう表現である気がする。

場面が変わり2017年。

物語は娘に受け継がれていく。

「ごめん、まった」

「おそい」

そして、子育てが終わった雰囲気の父と母。

「たまには、二人でさ、なんかさ」

「なあに? なんかって」

いつか、あたりまえになることを。
どうでしょうか。なんか面倒だなと最初に動画を見なかった人も、ここまで解説したらみたくなったんじゃないでしょうか。

僕は親切なので、もういちど動画を貼っておきます。

もうとにかく泣けてきて仕方がないのだ。

 

このCMは1つの家族の25年を描いていて、とにかく心の何かに働きかけてくるのだけど、それだけではないものがある。

その理由の一つが、想像させられる裏のストーリーだ。

 

表面上のストーリーでも十分に心動かされるのだけど、その裏にある「なにか」を想像できるよう、巧みに作られている。しかもDoCoMoのCMということで、それらのフックが歴代の通信機器になっている点が興味深い。

携帯電話などの通信機器はすっかりと日常のパートナーになった。僕らは無意識にそれらの機器から自分の過去を連想し、それに感情を同調させている可能性がある。だから心が震えるのかもしれない。

 

つまり、もっと詳細に各シーンについて、登場する通信機器を中心に検証すれば、詳細なストーリーが見えてくるということだ。それによって正体不明に心を揺さぶる「何か」の正体が見えてくるのだ。

 

はじまりのシーンにおける大きな違和感

もう一度、説明させてもらうと、このCMには3つの25年が描かれている。

① 1つの家族の25年
② Mr.Childrenの25年
③ 通信手段(docomoの機器)の25年

これらを詳細に考えたうえで、各場面を見つめることで本質が見えてくる。ひとつひとつ丁寧に、それぞれの場面を見ていこう。

渋谷のスクランブル交差点、その中心で落ち合う二人。印象的なシーンだ。ここで流れる音楽はMr.Childrenの「君がいた夏」。

二人が出会ったのと同じく1992年にMr.Childrenがリリースした1枚目のシングルだ。このCMは各場面と楽曲が大きくリンクしているので、その背後関係を探るためのヒントとなる。
君がいた夏、2人の出会いは夏だった。誰よりも何よりもいちばん好きだった。(Mr.Children君がいた夏より)

この場面の二人も夏服を着ていることから歌と同じく夏のシーンであると予想できる。

ただし、すでに親しげに会話しており、その内容も何度かのデートを経た上での定番の待ち合わせのように思えるので、ここは出会いのシーンではない。

 

ただし、ナレーションでは「25年前の夏に出会った」とはっきり断言しているので、出会って間もなく、そして交際が始まってすぐの時期を描いているのだろう。

これからの25年間の物語を予感させる良いシーンなのだけど、このシーンを見てなにかを感じないだろうか。圧倒的な違和感を覚えないだろうか。そう、このシーンにはとてつもなく不自然な点があるのだ。そこにこのシーンの本質がある。

 

それは、彼氏がやってくる方角だ。

画面の左側からやってきた彼女は不自然ではない。その方角は渋谷駅がある。待ち合わせのメッカ、ハチ公とかもある。おそらく電車に乗って渋谷に来たのだろう、それは理解できる。けれども、問題は彼氏の方だ。

僕の感覚では、この横断歩道において右側の方角からやってくる高校生は存在しない。いるはずがない。この事実が大きな違和感となっているのだ。

 

いや、もちろん、この横断歩道を右側から歩いてくる高校生は大量にいて、下手したら1日に1000人とかそんなレベルで存在する。けれども、彼女との待ち合わせ、学校帰りの放課後(制服なので)、それでもって詳細は後段で説明するが、待ち合わせ時刻に自分が遅れている、そんな状況でこの横断歩道を右側から歩いてくる高校生はいない、と断言する。

ではこの二人が横断歩道で出会ったのはどんな状況だろうか。考えてみよう。

 

周りの風景、特に109ビルの位置から考えるに、二人が出会った横断歩道をストリートビューでみるとこの位置になる。

当時も、そして現在でも、めちゃくちゃ交通量が多い場所で、横断する人も多い。二人が落ち合ったということから、ここで待ち合わせしていたように感じるかもしれないが、よくよく考えてほしい。普通、こんな激しい往来のど真ん中を待ち合わせ場所に指定しない。したとしたら存分に狂っている。

 

つまり、この横断歩道の真ん中で二人が出会ったのは予定したものではなかった可能性が高い。もちろん、二人のセリフから考えるに待ち合わせはしていたのだろうけど、それは別の場所であったわけだ。

それを示唆するのが、開始0秒、横断歩道へと向かう彼女の手元から始まるシーンだ。

ポケットベル、いわゆるポケベルを持つ彼女。その画面に「0906」と表示されている。

 

そもそもDoCoMoの歴史はポケベルから始まっている。1968年、電電公社においてポケットベルサービスが開始するし、1979年には自動車電話サービスが開始され、1985年には電電公社の民営化に伴い、日本電信電話株式会社(NTT)が設立されている。

1991年に超小型携帯電話「ムーバ (mova)」が提供開始され、1992年にコミュニケーションブランドが「NTT DoCoMo」に決定されている。NTT DoCoMoはポケベルと共に始まったと言っても過言ではないのだ。だからこのCMもポケベルから始まる。

 

さて、CMに登場する機種を特定しよう。これは「ポケットベルディスプレイカードタイプ」と呼ばれるもので、薄型カード形状となって一気に洗練されたモデルだ。発売は1990年。これまではビジネスマン向けに無骨なデザインだったポケベル、それを若い人たちが持つようになったので、薄くておしゃれなものにしていった。その最初期の機種だ。画像の機種は女子高生らしくかわいいシールを貼ってアレンジしている。

いまの人々には信じられないかもしれないけど、当時は外出している人との連絡手段が脆弱だった。携帯電話は存在したけど、戦地の通信兵みたいに武骨なもので、値段も通信料も高額、ほとんど一般に浸透していなかった。

 

当時、多くの人が使っていたのがポケベルであった。ポケベルとは「無線呼び出し」と呼ばれるもので、固定電話から呼び出しをかけると、ポケベルに通知が行き、公衆電話を探して呼び出し元に連絡するというシステムだった。

最初の頃は数字なども送れず、液晶表示もなく、ただ呼び出されたという事実だけを受信していて、その後、数桁の数字を送れるようになった。

 

ここに連絡しろと発番号通知のように電話番号を送る目的だったけれども、90年代にメインユーザーとなりつつあった女子高生を中心に、数字のゴロによってメッセージを送るようになっていった。CM中においても「0906」と受信している。これは「おくれる」というメッセージだ。

その後、数字の組み合わせによって例えば「11」とプッシュすれば「あ」と送信できるといった風に、ひらがなによるメッセージを送れるような機種が登場したが、これよりちょっとあとのことである。

 

さて、つまりこのシーンでの彼女は、彼氏からの「遅れる」というポケベルメッセージを受信していたわけだ。受信してそのまま横断歩道へと移動する。これもまたおかしい。

何度も言わせてもらうけど、当時は今のようにスマホもなく、ましてや携帯電話も普及しておらず、数字の組み合わせの語呂によってメッセージを伝えるポケベルしか存在しなかった。つまり、待ち合わせの難易度が格段に高かった。

待ち合わせ場所は死守する必要があり、相手が遅れるんだからちょっとデパートでも覗いてこようかな、なんてしたら二度と会えなくなる、そんな時代だった。その状況において「遅れる」とメッセージを貰っておいてどこかに歩き出す。これは完全に暴挙である。

 

そして右からやってきた彼氏。遅れるとメッセージを送っておきながら焦っている様子が微塵もない。余裕綽々だ。

これはどういうことだろうか。

だいたい彼は、どこから来たのだろうか?

まず、この横断歩道の右側の先には駅が存在しないので、別路線の別の駅から来たという線はなさそうだ。

現代ではこの横断歩道の右側に渋谷駅と地下で繋がる出入り口があり、1991年の渋谷駅の様子を記した録画資料を見ても同じように出入り口があるのでそこから出てきたとも考えられる。

けれども、ここから出てくる理由がないのだ。なぜならここは渋谷駅と繋がっている出入り口だからだ。べつにここから出てこなくとも、もともとはこの横断歩道の渋谷駅側で待ち合わせしていた(たぶんハチ公前)と考えられるので、ここから出てきてわざわざ横断歩道のど真ん中で落ち合う理由がない。

 

こちら側に駐車場があって、車を停めてやってきたという線も考えたが、2人は17歳とはっきり明言されているのでその線もありえない。こちら側に学校があって学校帰りに待ち合わせに向かったとも考えたけど、この方角に当てはまる学校は制服が違っていた。

もしかしたら、現代の渋谷事情から考えているから不自然なだけであって、1992年当時はそうではなかったのかもしれない。1992年には僕らの知らない何かがこの方角にあり、待ち合わせに遅れた高校生がこちらから歩いてきてもおかしくないなにかがあるのかもしれない。

ということで、1992年当時の渋谷の地図を調べようと思ったが、あいにく、ネット上ではちょうど良いものが見つからなかった。けれどもここは確実に1992年の渋谷の状況を確認しておきたい。となると、仕方がない。最終手段を使うしかない。

国会図書館にやってきた。

国会図書館にはあらゆる書籍のほか、あらゆる年代、場所の地図が保管されている。少し手間がかかるけど、1992年当時の渋谷の地図、住宅地図、ついでに時刻表も調べ上げ、やはりこちらの方角に待ち合わせに遅れた高校生が沸いてもおかしくない場所が存在しないことを確認した。

当時の状況をどれだけ調べてもなぜこちら側から歩いてきたのか完全に不明、なぜ彼はこの方角から来たのか。

 

ただし、これには一つの仮説をたてることができる。

彼氏はスクランブル交差点の真ん中で彼女と落ち合いたかったのではないか?

今でこそ渋谷のスクランブル交差点といえば、渋谷の、いや東京や日本を代表する景色で、外国人を中心に、その雑多な景色が日本の代表のように扱われることもある。しかしながら、1998年に行われたアンケート調査を見ると、当時はそうではなかったことがわかる。

 

渋谷の象徴といえば渋谷109、ハチ公、センター街であり、スクランブル交差点の認知度は低い。21世紀に入ってから、サッカーW杯の試合後の大騒ぎで認知度を上げたのである。1998年でもそこまで認識されていないのだから、92年ともなるともっと認識が薄いのである。

ただし、一部では大きく認識されていた。それが、1990年に放送された浅野温子主演の月9ドラマ「世界で一番君が好き」の影響だ。

このドラマではオープニング映像や、最終回のラストシーンなどで渋谷のスクランブル交差点のシーンがあり、そこですれ違う男女の関係をエネルギッシュにかつ効果的に描写している。

当時としては月9ドラマと言えばトレンディの象徴だったし、このドラマの主題歌であるリンドバークの「今すぐKiss Me」は大人気だった。二人が出会う92年の2年前、彼氏がこれを見てスクランブル交差点での男女のすれ違いに憧れを抱いてもなんらおかしくない。

 

つまりこうだ。

まず待ち合わせはスタンダードにハチ公前だったのだろう。おそらく、そこから二人でタワレコに行くのが定番コースだった。のちのシーンに二人はけっこうな音楽好きだった描写があるのでここは間違いない。そうすればあの横断歩道を左から渡ることになる。

そこに、彼氏はたいして遅れてもないのに、「0906」とメッセージを送る。もしかしたら、彼女の動向を見るためにハチ公周辺の、後に喫煙所となる場所に並んでいた公衆電話からポケベルに送ったかもしれない。

 

「おくれる」とメッセージを貰ったら、先にタワレコに移動することになっている。ポケベルでは多くのメッセージは送れないし、数字の語呂だけでは意志の伝達も難しい。だから2人の間で取り決めがあったのだろう。これで、メッセージを受け取って動き出すという暴挙にでた謎も理解できる。

そして、彼氏は渋谷駅に戻り、急いで地下に潜って、横断歩道の右側から出現、信号が変わるのを待って歩き出し、交差点で落ち合うのだ。

それに憧れていたし、あと、ポケベルというものを駆使した恋愛に対する憧れもあったと思う。92年というと女子高生がこぞってポケベルを持つようになる時期よりちょっとだけ早い。ちょっと進んだ男女交際をする東京の我々という感覚もあり、待ち合わせでポケベルを使いたかったという側面もある。

 

しかも、たぶん毎回のことだったんだろう。彼氏は毎回、遅れたと偽ってドラマっぽく横断歩道の真ん中で落ち合おうとしていた。そうやってみると、彼に歩み寄る彼女の雰囲気も、どこか彼の趣味に合わせてあげているような優しさを感じる。

このシーンからは不自然な違和感を覚えると同時に、そういった恋に対する憧れ、ポケベルを介した少し進んだ恋をする二人、そんな状況が読みとれる。

そして次のシーンがこちら。最初の出会いから2年後の1994年の様子だと思われる。なぜなら彼女が持っている機種がそうだからだ。

わかりやすいシーンを貼るとこんな感じ。なにか小さい赤いものを手に持っている。

ただ、本当に一瞬、ほんの一部しか映らないので機種の特定は困難だ。こんなもの特定できるわけない、ふざけるな、と言いたい。でも、たぶんこれはDoCoMoのポケベル、パルフィーVだ。

(https://image.itmedia.co.jp/l/im/news/articles/1804/28/l_kf_pocketbell_11.jpg より引用)

細な写真がITメディアさんにあったので引用させてもらう。

サイズ感と持ち方から考えてパルフィーVで間違いないだろう。画像は薄いピンクバージョンだが、これの濃いピンクバージョンを持っていたと思われる。

 

デザインがさらに洗練されて小型化され、若者を中心に一気に広まった機種だ。前段で説明した、数字の組み合わせによって簡単な文字列を送れるようになったものでもある。

この機種が94年発売ということなので、出会いの夏から2年経っていることが明確に分かる。交際から2年が経過し、ドラマに憧れて横断歩道の真ん中で待ち合わせるのは愚かだと気が付いたのだろう。普通の場所で待ち合わせている点も興味深い。

 

このシーンにはさらに興味深い描写がある。彼氏を待つっている彼女が手に持ったパルフィーVをずっと眺めている点だ。

いまでこそ、待っているときにスマホを眺めるのは普通であり、不思議でもなんでもない素振りだけど、当時はそのようなものはないので、かなり珍しい行動だ。

おそらく、送られてきた彼氏からのメッセージをずっと眺めていたのだと思う。彼氏から送られた「オクレル」という短い文章をジッと見て思いを馳せていた。そんな心情が読み取れる。

 

そして、この場面の意義は深い。二人の後ろに並ぶ3つの公衆電話ボックス。これらは携帯電話が普及する前には必須の設備だった。携帯電話以前のポケベルの時代でも折り返し連絡として必要なものだったが、それらの時代が終わり、携帯電話の時代になっていくことを示唆している。

 

渋谷から新宿へ

次のシーンからはポケベルの時代が終わり、携帯電話が登場してくる。

主人公の父を演じた高橋一生(結婚おめでとうございます!)さんは、このCMに対するコメントで「撮影で使われた携帯電話も、ほとんど見たことがあるものでした。携帯って色んな機種があって、DとかPとか自分が使っていたものを改めて使えたりして、あぁ懐かしいなって、その時の記憶が蘇ってくるような感じでしたね」と述べている。

 

このCMにおいてはそれほどまでに時代に即したDoCoMoの歴代機種が登場してくる。注目の点だ。

ポケベルの例からも分かるように、これらの機器は時代と生活に即していた。だから、機種を特定することでその裏にあるストーリーを読み取ることができる。だからなるべく丁寧に特定していこう。

携帯電話が登場する最初のシーンがこちらだ。

彼氏の部屋と思われる場所、ベッドの上でCDを聞きながらいちゃつく二人のシーンだ。ここで流れる曲がMr.Childrenの「innocent world」に入れ替わる。1994年にリリースされた6枚目のシングルだ。

 

この歌をここに持ってきたのはもちろん、年代的なところもあるけど、この曲を代表する「またどこかで会えるといいな」のフレーズを想起させ、それが後の展開の伏線になっているのだろう。ちなみに、このフレーズの部分は意図的に流していない、そこに差し掛かる前に曲が終わるが、誰もが余韻でそのフレーズを思い浮かべるようになっている。

 

画面に映るのはバッシュとバスケットボール。この94年当時は漫画スラムダンクが絶賛連載中で、ものすごく盛り上がってバスケブームみたいになっているときだった。その流れに乗って彼氏が購入したのだろう。ただ、あまり使ってはいないようだ。月9ドラマの影響のところからもわかる通り、彼はなかなかにミーハーなのだ。

さて、そんな場面に携帯電話が描かれている。テレビデオ(!!)の前に置かれているのがそれだろう。ただし、このCMは様々な機種が登場しつつもこれ見よがしに映さないのでなかなか判別が難しい。

 

機種の特定においては、以前はドコモ公式が2012年時点でそれまでに発売していた611機種を紹介した特設サイトを公開していたのだけど、公開終了となってしまったので、Buzzapさんが公開している「NTTドコモが25年間で発売した611機種を一覧できるムービー」をもとに特定を行うことにする。

この機種は、ほんとうに一瞬しか映らないので特定が難しい。こんなもの特定できるかと憤るばかりだ。ただ、その特徴的な形状からおそらくこれだと考えられる。

(https://www.youtube.com/watch?v=527hcqeAwyMより引用)

SONY製のCMDーD800だ。1994年発売。左側に備えられたジョグダイヤルが特徴的で、これを回しながら電話帳などを閲覧していくものだった。携帯電話のジョグダイヤルといえばソニーみたいなイメージは確かにこの時代から存在した。

1994年はポケベルから携帯電話へと大移動が起こるちょっと前。一歩先に進んだ新しいもの好きが早めに移行していたような時代だったように思う。きっと、出会いの1992年から2年、19歳となった大学生が新しいものに飛びついたのだろう。

さらには、このジョグダイヤルを重視した点が重要で、彼氏の方はおそらく交友関係の広い大学生だったんじゃないだろうか。電話帳を閲覧する機会が多く、その登録数も多かったため、使いやすいジョグダイヤル機種を選んだ可能性が高い。けっこう遊び人であったことが機種からも伺える。

順調に交際を続けていた二人だけれども、次のシーンからその雲行きが怪しくなってくる。

ふらふらとだらしなく歩く彼氏。この場所がどこなのかは重要なエッセンスだ。

ヒントとなるのは路上で販売しているWindows95、その後ろには「館」という文字が見える点だ。おそらく家電量販店で、大型店舗ではなく、いくつかの店舗に分けられたものだと考えられる。そしてその向かいにあるのは「はなの舞」という居酒屋。この位置関係に該当する場所は世界で一か所しかない。

ここ。

いまだに面影があるからすごい。

つまり、このシーンは新宿駅西口である。これまで、出会いの場面から徹底して渋谷を描いていたのにここで新宿が登場してきたことは意義深い。

 

この時代のあとの2000年前後、ドコモを象徴するドコモタワーが渋谷に完成する。新宿高島屋の近くに燦然とそびえるエンパイアステートビル風の建物だ。あれは場所的には新宿にあるけど、住所的には渋谷になる。新宿と渋谷の境目にあるドコモの象徴。だからこのCMは渋谷と新宿の描写が多い。

もちろん、彼女との交際が渋谷でのもので、その後、浮気的な交際を新宿と分けて描写しているのだろう。

ここでの登場機種もしっかり特定しておこう。

浮気相手と連絡先を交換するシーンだ。あんな純朴そうだった高校生が、けっこうチャラい感じになっている。

持っている携帯電話はかなり小型の機種というところまでは分かるけど、なかなか判別できない。こりゃ特定は無理だ。

ただし、手元を拡大して見ると、全貌が見えてくる。少し短めで丸い特徴的なアンテナと、その逆サイドに特徴的なでっぱりのようなものがある。ということは、おそらくこれはNOKIAのNM151じゃないだろうか。なかなかマニアックなのきたな。この時代にNOKIAはけっこうマニアックだった記憶がある。

 

NOKIA NM151

(https://www.youtube.com/watch?v=527hcqeAwyMより引用)

もうこれで決まりかと思われたけど、ただし、もういちどよくよく動画を見てみると何かがおかしいことに気が付く。

浮気相手と思われる女と連絡先を交換し「連絡するね」と言っているシーンだけど、明らかにテンキーのところにパカパカする蓋がついている。そうなると、NOKIAのNM151はそれがないので該当しない。なんてことだ。もういちど特定のやりなおしだ。

その前のシーンでは路上でWiondows95を熱狂的に販売するシーンが描かれている。よって95年のことを描いたシーンに違いないわけで、1995年もしくはそれ以前に発売された機種であることは間違いない。けれども、アンテナの形状とその反対サイドの特徴的な形状、さらにはテンキーのパカパカ、それらの条件を満たす機種は存在しない。完全に迷宮入りだ。そもそもこんな一瞬で特定できるわけない。

なにか見落としがあるんだろうと、何度も該当シーンを確認する。そこで衝撃的な事実に気が付いた。

めちゃくちゃでかい、しっぽ毛のストラップがついている。そういや当時、こういうのつけてる人たくさんいた。アンテナ反対側サイドの突起は特徴的な形状だと思っていたけど、実はこれ、ストラップの根元の何かなんじゃないか。こんなでかいストラップだ、つける部分に大きな金具があっても不思議ではない。

そうなると、この丸っこいアンテナと、その反対サイドにストラップをつける穴があって、おまけにテンキーの部分にパカパカの蓋がついている機種を探せばいい。

三菱電機製D101がそれに該当するのではないだろうか。これにストラップを付けたものがよく似ているように見える。

(https://www.youtube.com/watch?v=527hcqeAwyMより引用)

アンテナとは逆サイドにストラップを通す穴がある。また、特徴的なオレンジ色のサイドボタンもCMの機種に見られるような気がする。

ちなみにこの機種は1995年の12月1日発売。さらに前シーンのWindows95の日本語版が1995年11月23日に発売され、深夜に売り出されるほど熱狂していたので、問題のシーンはけっこう沈静化したあとのようにも見える。おそらく12月初旬の設定だと思う。つまり、この機種が発売されてすぐに飛びついたと考えることができる。ちなみに95年の携帯電話普及率は10%程度。かなり珍しい部類だ。

この一連のシーンにおいては、1994年、1995年とけっこう短い期間にコロコロと新機種に変えていることがわかる。かなり金がある大学生だったようだ。

つぎの機種が登場するのがこちらのシーン。誰なのよこれ、なんかいってよ、と喧嘩をして携帯電話を投げつける、別れのシーンだ。

ここで注目すべきは、彼女の方はけっこうカッチリした服装なのに、彼氏のほうは完全にチャラチャラした遊び人風の格好が抜けていない点だろう。

まず、機種を特定してしまおう、そうすれば見えなかったストーリーが見えてくる。

怒りながら彼女が持っている携帯電話、めちゃくちゃ長い携帯電話に見える。そんなロングタイプのやつあったかなあ、と探すけれども見つからない。ただ、ここで注意しなくてはならない点は別のシーンにある。

機体の真ん中からストラップが伸びている。機種の端にストラップ用の穴があるパターンがほとんどで、このように真ん中につける機種は存在しないのではないか。つまりこれは、全体が折りたたまれるタイプの携帯電話ではないだろうか。それを広げた状態にしているからこのように見える。

そうなると、この機種はN103 HYPERじゃないか。

(https://www.youtube.com/watch?v=527hcqeAwyMより引用)

たぶんこれ。

全体がパカパカとなる機種はこれが初めてではないけれども、まるで昆虫のようなスタイリッシュなフォルムを持ったパカパカという意味ではかなり衝撃が強かった機種だ。

投げられた後に放置される携帯を写したシーンからも、これがパカパカ携帯であることがわかる。なんだよ、先走って特定しちゃったよ。先にこっちを映してくれよ。

さらに詳細に裏付けしていこう。

小さな赤丸、テンキーの右上にごちょごちょと白い文字が書いてある。これはNシリーズの特徴で、ここに「カナ/英字」って書いてある。下部にはDIGITALと書かれており、角度的にはここでは見えないが、画面の下には「N」と書いてあるはずだ。

 

ちなみにこの機種は1996年3月発売。さらにこのシーンは徹底的に雨の描写があることから考えて、普通は意味もなくそんなことしないので梅雨であることを表現したいのだろう。2人の別れは1996年、6月、の可能性が高い。じつはこの日付こそがなかなか重要だ。

1992年、高校2年生の夏に二人は出会った。そして2年後の1994年、おそらく大学生1年生となった2人の交際が描かれ、1995年には浮気的なことに精を出す彼氏が描かれている。そして、96年の梅雨に別れである。ここでなにがあったか。

このシーンにおける重要ポイントはふたりの服装の格差だ。彼氏が相変わらずチャラチャラした大学生風ファッションなのに対して、彼女はけっこうちゃんとした服装になっている。これから考えるに、おそらく彼女は働きだしたのではないだろうか。

 

これまでの年代の流れから考えるに、17歳で出会ってから4年の時間が経っているので2人は21歳。彼氏は大学3年生。ただ、彼女は短大に進学したんじゃないだろうか。だから、この時点で短大を卒業して働き始めている。

短大をでて働き始めて2か月目の梅雨、この時期であることは意義深い。

働くようになって急に彼氏の子どもっぽさ、軽薄さ、無責任さ、そんなものが嫌になり、それまで目を瞑っていた浮気も許せなくなった。それまでも何度か別れているというナレーションのとおり、何度かくっついたり離れたりをしていたけど、ここでの別れは決定的だった。ふたりの意識が根本的に異なったからだ。ライフステージの変化は大きく意識を変えるのだ。

これみよがしにマンガ雑誌が積み上げられている描写も、彼氏の子どもっぽさを表現しているのだろう。

そもそも、この彼氏はあまりに裕福すぎるのだ。まず、携帯の機種を変えすぎだ。それに、出会いのシーンにおいては、渋谷に気軽に行ける位置の実家に住んでいる感じで、大学生になってからも新宿を中心に合コンなどの活動をしていることから、大学も渋谷や新宿からそう遠くなく、実家から通えるような大学だったと予想できる。

なのに、実家住まいではなく独り暮らしをしている。たぶん、実家から通うことも可能だけど、いろいろと自由に遊びたいし、社会勉強だからと両親を説得して独り暮らしをしている。アルバイトに勤しんでいる感じもしない。だから、その資金はたぶん実家からの援助なのだろう。はやい話、けっこう甘ちゃんだったのだ。

 

時間軸のミスリード、そこには描かれなかった葛藤がある

二度と会わないと決意した決定的な別れから2年半の空白。そこで二人が好きだった曲がラジオから流れてくる描写がある。

この曲はMr.Childrenの「花 -Mémento-Mori-」だ。1996年4月10日にリリースされた11枚目のシングル曲だ。ちなみに、この曲は当時としては珍しくノンタイアップの曲だった。このCM自体が初のタイアップといえる。

2年半の空白、その間に社会人となった彼氏は働き始めている。そこで大きな意識の変化があったのか、大学時代のチャラチャラした子どもっぽさは感じられない。むしろ、かなり苦労している印象すら受ける。

2人が好きだった曲がラジオから流れてきたという描写でカーオーディオが映し出される。この描写により、曲を聴いてすぐに元カノに電話をかけ、すぐよりを戻したような、双方の軽薄さを感じるシーンになっているが、それはミスリードである。

 

カーオーディオの日付に注目されたい。

1997年11月27日とある。この日付に彼女に電話をしていたのなら時間の整合性がとれない。

なぜなら、登場機種から考えても別れたのは1996年の梅雨だからだ。1996年4月にリリースされた「花 -Mémento-Mori-」を二人が好きだった、ということからもやはり別れは1996年6月だった。つまり、この時点では別れから1年半しか経過していないのだ。

 

ただし、明確に「2年半の空白」とナレーションされているので、連絡を取ってよりを戻したのは98年の11月で間違いない。つまり、この時には電話をかけていないということだ。ここがこのCM最大のミスリードポイントなのだ。

 

曲を聴いてすぐ電話をかけたのか、それとも時間をおいてだったのか、この事実はあまりに重い。

それは彼氏の意識の変化が決まってくるからだ。すぐかけていたんじゃ、元カノいっとくか、まだいけるかもしれん、みたいな印象をうける。あいかわらずチャラチャラした男のままなのだ。これが、思慮深く時間を置いたとなると成長が見て取れるのだ。

 

だからここは徹底的に検証しよう。この時間経過もやはり機種を特定することで見えてくる。

電話をかけたのがカーオーディオの日付である97年11月ではない明確な証拠は以下である。

 

まず、父の番号を母は消せなかった。というシーンに登場する機種を見よう。

これは楽だ。P205と書いてある。すべての機種がこういう登場をして欲しいものだ。

 

P205とはシャープ製の機種だ。画像では指で隠れてしまっているけど、中央に配置された4方向に押せるミョーンとした大きなボタンが特徴的なストレートタイプの機種だ。

たぶん、電話帳に漢字が使えるという新機能が搭載されていたやつだと思う。それまでは漢字で登録できなかったんだぜ。

 

そして、当時としては最軽量と軽かったのを覚えている。1997年の機種だ。まだ連絡なども来ていない時期に、番号を消せずに葛藤している。と考えると時間軸は正しい。

 

そして次に登場するのがこの機種だ。

こちらは、元カレから電話がかかってきているシーンだ。

これも楽勝だ。D207と書いてある。すべての機種がこういう登場をして欲しいものだ。

 

三菱電機製D207。パカパカを前面に押し出した不気味なCMだったような記憶がある。洗練されたかわいいデザインであり、カラーバリエーションも白とシルバーがあって女性の支持が高かったように思う。1998年の機種だ。僕もこれを持っていたことある。

ほら、98年の機種だ。98年に電話を受けているんだよ。あの日付はミスリードなんだよ。

 

そして、この事実から、彼女の方も比較的に短期間で機種を乗り換えていることがわかる。

昨今ではMNPサービスや、機種乗り換えアプリの影響などで、連絡先などのデータの移行がスムーズだし、電話番号も変わらない。ただ、当時は、機種を変えるたびに電話番号が変わることが多く、機種変更の度に友人に番号を連絡し、そこから漏れていった人が淘汰される時代だった。

 

そんな中でお互いに電話番号も変えず、連絡先も消さなかったのは奇跡でもなんでもなく、確固たる信念があったのだろう。消せない何かがあった。いまでこそ普通だが、当時、交流が無くなった人の連絡先が残ってるってのは本当に大きな力か確固たる意志が働かないと起こり得ないことだった。

 

そして、男が電話をかけたのはラジオからの曲を聴いた1年後だった。

やはり男は成長して思慮深くなっていた。もしかしたら何度か聴いて、そのたびに葛藤したのかもしれない。そして98年の11月に電話をかけた。

ただ、そうなると、ひとつ、整合性が取れない事実が出てくる。新しい事実が判明すると、また新しい疑問が出てくる。これがそのCMの魅力なのかもしれない。

 

出会ったのが高校2年生の17歳で、別れたのが大学3年生の梅雨という時系列で論を展開してきた。そうなると、その別れから1年半後は、まだ彼氏は大学4年生の冬ということになる。なのにバリバリに働いている描写があるのだ。

これは、2つのケースが考えられる。

①出会ったのは17歳の夏、高校2年生だった。
②出会ったのは17歳の夏、高校3年生だった。

17歳の夏とはどちらかの学年である可能性があるのだ。

これまでの論は①の前提で話していたけど、17歳夏はふたりが3年生である可能性もある。そうなると、別れの年は彼氏が大学4年生の梅雨、ということになり、その一年半後に働いていることもおかしくない。

ただ、筆者としては、ここは強く①の説を推したい。なぜなら、②の説であった場合は、別れのシーンの整合性が難しくなるからだ。そう、②ならあの場面で彼氏は大学4年生の梅雨ということになる。

とてもこれから就活に臨む大学生には見えない。

中島弘至「就職協定(就活ルール)の通史的分析」(大学経営政策研究,2019)によると、このシーンの年である1996年とは後に廃止となる就職協定の最後の年であったようだ。

 

86年に制定された就職協定によると、会社訪問、推薦開始を8月20日から解禁と定めたものだが、実際にはそれに違反した青田買いが横行していた。だから、97年にこの協定はいったん廃止になっている。あと、就職情報がリクルートなどを通じてインターネットに流されるようになったのもこの年だ。

つまり、大学4年生の梅雨時期であっても、バリバリに青田買いはされていたわけだ。ならばもう少し彼も緊張感があってもいい。他の同級生はがんがん内定を取っている。いくら遊び人でも焦りみたいなものがでるはずだ。けれどもそれが微塵もない。やはり3年の梅雨時期なら納得のいく緩さなので、ここは①の説を推したい。

 

そうなると、大学4年の11月時点でなぜ働いているのか、という点になるのだけど、おそらく彼は大学を中退したんじゃないだろうか。

ただ単に時間的な整合性のために中退説を唱えているわけではなく、なんというか働き出してからの彼氏は、あまり裕福で恵まれたボンボンという感じがしないのだ。

その根拠を出していこう。

上の画像が1994年の交際時のもの、そして下の画像が、彼女から折り返しの電話を受けた98年のもの。特徴的な部分を赤丸で囲った。この部分が完全に一致している。

そう、多少は家具が充実しているものの、2つの部屋は同じ部屋なのだ。

大学時代を過ごした部屋にそのまま社会人となっても住み続けているのだ。

 

確かに、就職してたとしても、引き続き通勤できる場所に就職したのなら、同じ部屋に住んでいても不思議ではない。

けれども前述したように彼は比較的に裕福で親からの援助も厚い。実家から通える大学に行っていたのにわざわざ一人暮らしをしていたくらいだ。そしてかなりの頻度で携帯電話を乗り換えるほどに新しい物好きで飽きっぽい。

そんな彼が、就職を機にそのまま大学1年から住み続けた部屋に住むだろうか。

 

このあたりは憶測の域を出ないが、彼は裕福じゃなくなったんじゃないだろうか。そう、彼女と別れてから色々なことが上手くいかず、大学を中退してしまった。それと同時に、両親との関係も悪くなり、実家からの援助が受けられなくなったのではないだろうか。

では、ついでにこのシーンの彼氏側の機種も特定しておこう。

このシーンは先ほどのD207を持った黒木さんが、高橋さんに電話をかけるシーンだ。つまり同じ時期に発売された1998年の機種であると考えられる。そして、元カノから久々の電話がかかってきた高橋さんは、慌ただしく携帯を開いている。つまり、全体がパカパカするタイプの機種だと分かる。

 

でも情報はこれくらいだ。だいたい、こんなロングアングルから判別できるわけないだろ、いい加減にしろ。これは人間の特定能力を超えている。無理だ、無理。

1998年の機種で全体がパカパカするタイプのものは3機種なので、このいずれかに絞られる。さらに電話に出る瞬間、機体の上方に青っぽい三角の飾りが見られる。

ということは、これだ。

NEC製のN206Sじゃないかと思う。折りたたみ携帯としてかなり人気があった機種だ。これはかなりの名機だよ。携帯電話の歴史に残る名機。ぜったいこれだよ。

さて、カーラジオから曲を聴いた97年の11月にすぐ電話をかけたわけではないことは分かってもらえたと思う。

彼氏はその1年後の98年に電話をしている。その1年の期間が、多くの挫折や失敗を経て成長した彼氏を表現している。もしかしたら、俺なんかが電話してもまた悲しませるかも、みたいな葛藤があったかもしれない。自身の身勝手な過去、その反省から、ずっと電話をかけられずにいた。

電話を受けた彼女の方もまた葛藤していた。着信に気付いたのが駅のホームで、そのときは電話に出ていない。ある程度の葛藤があった後に、どれだけ時間の間隔が空いたのかはわからないけど、彼女の部屋から、かけなおしている。

 

ここで楽曲はMr.Childrenの「365日」へと切り替わる。「言葉を持たぬラブレター」という歌詞を持つこの曲をここに持ってきた意図はかなり強い。復縁したシーンからこの曲が流れるので、彼女に対してそういった想いを抱えているのかと思いがちだけど、実はそれだけではない。

ここまでこのCMは年代と曲が一致していたのにここだけ完全にミスマッチだ。復縁したのは98年の冬、そして、この「365日」は2010年の曲だ。つまり12年も年代がズレている。

 

これは、この後に登場する、10歳となる娘への思いを表している。詳しくは後述するが、この曲が出た2010年12月は、父親は単身赴任状態となり、初めての冬を迎えている。気軽に娘に会えなくなった思いをこの歌で表現していると見ることが妥当だろう。

 

主役ではなくなる携帯電話

さて、ここから具体的な機種が登場せずに一気に年代が飛ぶ。交際復活、結婚のシーンで具体的に機種が登場してこない。

その間でもドコモではiモードが始まったり、FOMAという新たなサービスが始まったりと激動ではあったけれども、その部分の転換点となる機種が登場してこない。

これはかなり不自然だ。DoCoMoとしては、できればドーンと主張したいところだけど、それをしない。いったいなぜなのか。

 

それは彼氏が機種変更しなかったからだ。

彼はきっと苦労したのだと思う。大学を中退し、なんとかコーヒーを卸す会社に潜りこんだ。けれども生活は苦しく、とてもポンポンと携帯電話を乗り換える余裕などなかった。このN206S(名機)をかなり長く使ったに違いない。だからここからしばらく具体的な機種が描写されない。

出産のシーンでやっと機器が登場してくる。

ここで赤ちゃんを撮影している白い大きな機種、これの特定が本当に難しかった。

画面から見るに、この機種、かなりの大きさがあるように思う。その形状が独特で、どちらかと言えばいまのスマホに近い形に見える。

 

そもそも、この場面は非常に謎多きシーンだ。まず、主人公が生まれたシーンであるので、このシーンは2000年の出来事であることがわかる(2017年に主人公が17歳と公式設定にある)。

楽しそうに赤ちゃんを撮影しているのでカメラ付き携帯がついに登場したのかと考えていたけど、そもそもカメラ付き携帯については、ドコモは大きく出遅れていて、本格的に搭載されたのは2002年になってからだった。じゃあこれ、いったいなんなのか。完全なる謎だ。

 

これはダメだ、特定できない。そう諦めかけた瞬間、ある仮説が浮かび上がる。

これ、もしかして「キャメッセ」じゃないの?

(NTTドコモ、デジタルカメラ搭載のメール端末 (impress.co.jp)より引用)

このキャメッセプチはデジカメ付きメール端末と呼ばれるもので、本体背面にPDC方式のデジタル携帯電話に接続するケーブルを備えていて、携帯電話と接続して画像付きメールを送ることができる端末だ。

形状的と色からもこれに見えるし、発売時期も2000年2月1日と完全に一致する。うん、たぶんキャメッセプチだな。

 

この出産のシーンにおいても、片方の家族しか駆けつけていないように見える。おそらく奥さん側の両親と姉妹だろう。お父さんが奥さんのベッドに手をかけている描写があり、この馴れ馴れしさはもともとの親子でないと不自然だからだ。

つまり、旦那側の親族はここに駆けつけていない。孫が生まれたというのに駆けつけていない。そのことからも大学中退を機に関係が悪くなったことが伺える。

次に登場するのがこちらの機種。また特定が難しそうなシーンだ。ただ、ヒントが全くないわけじゃない。

まず、この高橋さん演じる父親は、折りたたみ携帯が好きなようで、かなり高い確率で折り畳み機種を選択しているところに着目する。このシーンの機種も構え方やストラップの位置から見るに折りたたみを選択したように見える。

 

さらに背面ディスプレイが見える点にも注目だ。この背面ディスプレイによって、わざわざ開かなくてもある程度の情報が分かるようになった。折りたたみ携帯で右側にアンテナがあり背面ディスプレイがあり、カメラのレンズが左側にある。さらに死ぬほど画像を拡大してみると、そのカメラの横に丸いライトみたいなものが見える。

そうなると該当機種はこれしかない。

シャープ製のSH251iだ。奇しくも、ドコモ初のカメラ付携帯として2002年に発売された機種だ。つまり、歩いている主人公は2歳になったということがわかる。キャメッセを使うまでカメラ付携帯を欲し、それでもドコモから離脱できなかった熱狂的ドコモ信者、娘を撮影できると大喜びでこの機種に飛びついたことは想像に難くない。

と思ったら次のシーンではロウソクが2本の2歳の誕生日だ。前のシーンは2002年だけど誕生日前で、このシーンは誕生日ということだろうか。

そうなるとこの機種も2002年の機種ということになるのだろうけど、あきらかにヒントが少なすぎる。側面しか映らないのでほぼヒントがない。また折りたたみ携帯を選択しとる、くらいしか情報がない。あとは開いたときに右上にアンテナがくるくらいか。

 

2002年に発売された機種ではそれに該当するものがなかった。ただし、2歳の誕生日が2003年だったパターンもあるので2003年の機種も探す。ただ決定打となる特定はできなかった。ただ、そのずっと後のシーンにヒントっぽいものがあった。

これは、娘に贈るムービーを作成するために高橋さんが歴代の携帯を取り出すシーンなのだけど、このいちばん右の携帯が時代別のデザインから考えてこの時の携帯に該当すると思う。

NEC製のN505iだ。やはり2003年の発売。俺もこれ持ってた!

娘が2歳になるかならないかの時期から2歳の誕生日までの短期間にカメラ付携帯からカメラ付携帯に乗り換えていることになる。

 

まず、大学中退から復縁、結婚、出産と大変だった時期に自粛していた機種変更しまくる性癖が復活している。おそらく、お父さんの頑張りが認められ収入が増え、生活にも余裕が出てきたんじゃないだろうか。そもそも状況的にこの時期にマイホームを購入していると思われるので、やはり生活は楽になっている。

この前の機種であるSH251iとN505iでは搭載カメラこそ32万画素で変わりないが、メインディスプレイが2インチから2.4インチアップし、表示色数も4倍に上がっている。撮影した娘の姿をより美しく大きいディスプレイで観たい、父のそんな気持ちが垣間見れる機種変更だったに違いない。

 

次のシーンがこちら。娘のバレエの発表会のシーンだ。

これは完全に無理ですよ。サイドしか映っていない。また折りたたみを選んどる、くらいしか情報がない。

あとはアンテナがなくなってるくらいのことしかヒントがない。絶対に特定は無理だけど、どうせD252iだよこれ。2003年の機種。また素早く機種変更しとる。

 

実は、ここらあたりのシーンから明確に携帯電話の描写が薄くなっていく。おそらくこれには明確な理由があるのではないだろうか。

同様に小学校入学のこのシーンもあまり携帯電話がクローズアップされておらず、特定はほぼ困難。完全に無理。

ただ小学校入学ということで、2006年か2007年の機種だろうということがわかる。

そうなると、お父さんの歴代の使用機種が集結するシーンが大活躍する。この真ん中に置かれている機種がSH703iで2007年の機種なので年代的に一致する。

左下の階段状の穴模様が一致するのでこれの黒バージョンで間違いないだろう。

ついでに左側の機種も特定しておこう。こちらはP-02Aだろう。2009年の機種だ。

形状的にスライドタイプの Dシリーズかと思ったけど、画面上部のデザインが異なる。2009年になって出されたP-02Aで間違いないだろう。さすがにパカパカタイプに飽き、スライドタイプを選んだということか。

そして、一気に携帯電話が登場しなくなり、それを際立たせるように紙の手紙などが登場してくる。

父が単身赴任となるなるシーン。単身赴任になるということは高確率でマイホームを購入したこととなる。

このシーンは一瞬だけ映る前の座席のシートカバーから高速バスであることがわかる。建設途中のスカイツリーを右手に眺めながら高速バスに乗って、大阪へと赴任していいく。

 

そうなると首都高7号線を通行している可能性が高く、江戸川区のどこか、あるいは市川市あたりにマイホームを構えた可能性が高い。大学中退で実家からの援助もなくなり、苦労したけど、ついにマイホームを購入するまでになったのだ。

ちなみに、スカイツリーがこの状態まで建設されていたのは、2010年の1月から5月にかけてくらいなので、年度の切り替わりを考慮して2010年の3月、娘が10歳の時に単身赴任になったことが読み取れる。

さすがにこれはヒントがなさ過ぎて特定できない。部屋が暗いし。ただまあ、これたぶんP-06Bだよ。2010年の機種。

このシーンにおいては、俺でなければ見落としちゃうね、という機種特定チャンスが存在する。

単身赴任に行ってしまった父、ずっと寂しかったというナレーションと共に一人で遊ぶ娘の姿が描かれる。このシーンにおけるピンク色の箱がずっと気になっていた。この箱、紙製のもので手作りっぽいもので、おもちゃにしては意図が分からないものなのだけど、これはいったいぜんたいなんだろうか。

なんだか、心当たりはあるのだけど、ネットで検索しているだけでは確たる証拠が得られなかった。ということはもう一つの最終手段を使うしかない。

東京の両国にあるドコモ歴史展示スクエアには、歴代の機種の代表的なものが展示されている。なんと入場無料。そして写真撮影OK。このようなCMから機種を特定する文章を書いている人にとっては宝の山みたいな施設だ。

一生懸命に特定したキャメッセとかも展示されている。実物を見るとサイズ感がよくわかる。うん、やっぱ出産時のあれはキャメッセだな。

うおおおおおおお、パルフィーもある!

そして、もう一つのお宝の山がこちら。DoCoMoがこれまでに出した全ての機種のカタログが収蔵されている。ぜんぶ閲覧可能。宝の山。完全にゴールドラッシュ。これで機種特定の精度が格段に上がる。

あったあった。これだ、これを見に来たんだ。

これは2010年に発売されたキッズケータイF-05Aだ。

このシーンのピンクの箱がF-05Aに似ている。もちろん、そのサイズ感や厚み、質感から、これがF-05Aではない。たぶん紙製の箱だ。ただ、F-05Aに似せてお母さんに作ってもらったと考えることができる。

大好きなお父さんが単身赴任にいってしまった。もっと携帯電話でお話がしたい。だから彼女はキッズケータイを欲しがった。けれども、そう簡単に買い与えられるはずもなく、それに似せたおもちゃを作ってもらったのではないだろうか。このシーンからはそんな心情が読み取れる。ここにボロンとキッズケータイの実物が置かれていると、んなことねえだろと醒めてしまう。紙製のおもちゃを置いたところがいい演出だ。

画面からは特定できないけど、年代的にここで使われているのが歴代機種として出てきたP-02Aじゃないかと思われる。スライド式携帯を持っているような手つきだし。

ここかもかなり厳しい。

それからしばらく年代が流れ、ついにスマートフォンが登場してくる。

こちらの機種はXperia A SO-04Eで2013年の機種だ。

さらに月日が流れ、娘が一気に成長する。こちらはさすがにヒントがなさ過ぎて特定不可能だったけど、イヤホンジャックの位置からいってどうせAQUOS ZETA SH-01Hだよ。2015年の機種。娘は15歳か16歳、高校に入って買ってもらったんじゃないかな。

「うるさい! 関係ないでしょ!」

そしてこのシーンだ。単身赴任から帰ってきた父も、娘が冷たい対応であったことは気づいていたはずだ。

本来ならそこれでも、近寄りすぎず、離れすぎずの関係を保って、決定機にこじれないようにすることだって可能だった。けれども、この場面がやってくる。

 

娘に「関係ないでしょ」と言わしめる何があったのか。ここで、お父さん大学中退説が効いてくる。

大学を中退し、実家との関係も悪くなり苦労した父親、単身赴任だって大変だった。それでもマイホームを購入し、娘を不自由なく高校に通わせることができた。本当に苦労したと思う。

その苦労を娘には味わってほしくない。だから「真剣に進路を考えてだな、お父さん苦労したんだ」みたいに助言をしたんじゃないだろうか。それが娘の怒りを引き起こした可能性が高い。

父はそれに怒るでもなく、ただ悲しそうに階上を見つめることしかできなかった。家族のためとはいえ、ずっと家庭を留守にしていたことを負い目に感じ、強く出られなかったのかもしれない。

娘だってわかっている。お父さんが心配して言ってくれていることを。でもどうしても腹が立っちゃうし、あんな態度を取ってしまう。どうしたらいいんだろう。そう苦悩する。

そして、父親からムービーが届く。

ムービーを受信したのが、MONO MO-01J(ZTE)だ。ドコモオリジナルブランドの機種で、2016年に出されている。画面上部のインカメやスピーカーの形状からXperiaかと思ったけど、それだとそこには「SONY」と書かれているはずなので該当しない。そうなると、MONO MO-01J(ZTE)しかありえない。

そして、娘がおくった「ありがとう」を受信した父親のスマホは、ARROWS NX F-04G(富士通)で2015年の機種だ。娘のスマホが2016年のもので、あれだけ最新機種を追い求めて狂ったように機種変更していた父の機種が2015年のもの。この表現はかなり深い。それこそが、筆者がこのCMから感じ取ったエッセンスに近い。もう、最新の機種なんてどうでもいい。少し型遅れのスマホでいいんだよ。そういうことだ。

 

ちなみに、父からの動画を受け取って、「ありがとう」「娘より」と返したのは次の日だ。いったん、自分の中で考えて時間を置いてリアクションするところはとてもお母さんに似ている。

君を巡る想いのすべてよ。どうか君に届け。この歌詞に達したところで、一連のストーリーがいったん終わる。やはりこの365日は娘への想いなんだなとわかる。もう最高だろ。

 

主役たちは移譲されていく

機種の特定を行いながら、その裏に隠されていたストーリーを読み解いていった。

 

さて、筆者がこのCMから受け取った最大のエッセンスについて述べさせもらおう。それは「自分にとっての主役は移り変わっていく」というものだ。このCMはそれに集約されている。

このCMは主役の移り変わりを実に如実に表しているのだ。各年代の映像でこれ見よがしに映し出される当時のファッションや流行は、その時代ごとに主役が移り変わっていることを表現しているし、その時代を思い出すきっかけとなるMr.Childrenの楽曲たちもまた、主役として移り変わっている。

なにより、ポケベルや携帯電話、スマホなどの通信機器はずっと主役を交代しながら、我々の日常に寄り添い続けてきた。

 

そして、もっとも重要な主役である、自分自身、その根本的な主役すらも移り変わっていくことを表現している。

誰しも、産まれたときから自分が主役で、自分が主人公を演じる人生のメインキャストを歩んでいる。けれども、そうでない瞬間が訪れることがある。このCMはそれを携帯電話やスマートフォンの変遷を通じて上手に表現している。

 

父親の視点でみると、物語の始まりからある地点まで、携帯電話は自分を満たすためのものだった。彼女との交際、連絡、浮気相手との連絡、復縁、すべて自分の欲望や欲求を満たすためのものであった。しかしながら、娘が産まれてから、父親の携帯電話は全て娘に向けられている。

ここで父親にとっての人生の主役が、父親から娘へと移ったのだと思う。

 

それは我が子を愛する気持ちかもしれないし、我が子をきちんと育てなければならないという責任感かもしれない。自分のDNAを受け継いだ存在を守って次世代とつなぐ、そういった本能めいたものかもしれない。その正体はよく分からないけど、確かに父親から娘へと主役が移っている。そして、それは悲しいことも寂しいこともあるけれども、そう悪くはないものだという描写になっている。

そうやって自分の人生を子どもに重ね合わせることの良し悪しは別として、そういった主役の交代によって僕らの社会が成り立っていることは確かだ。

 

そしてこれは、子どもだけに限らない。職場の後輩、弟子、新勢力、フレッシュな新人、血気盛んな若者、などなど。自分の力が衰えてきたとき僕らはその主役を明け渡し、次世代へと繋いでいかねばならない。連綿と移譲されてきた主役、それらを僕らは支え、それらに支えられている。

 

人はいつかあたりまえになることをなんて願ったりはしない

さて、この文章の冒頭で、このCMのいちばんキモとなるのは逆側の視点であると述べた。それがどういうことなのか詳細に説明していこう。

はじまりは、25年前の夏だった。
たったひとつの歌や、
たった一本の電話で、
人生は大きく変わるらしい。
今、目の前に見えている「あたりまえ」の世界は、
実は、全然あたりまえではなく
小さな奇跡の積み重ねなのかもしれない。
無数に枝分かれした未来から、選ばれた今がある。
25年という時をつなぎ、未来へとつづくストーリー。
いつか、あたりまえになることを。

PRTIMESより

PRTIMESに残されたこのCMのストーリーだ。たったひとつの歌や、たった一本の電話という奇跡が今の「あたりまえ」を作っているというストーリー。もちろんそうなのだけど、最後の行の「いつかあたりまえになることを」はその上の文章と繋がっていない。

なぜなら、1本の電話も、ひとつの歌も、これが奇跡となって、これを積み重ねて将来の「あたりまえ」を作るぜと意識されるはずがないからだ。後から振り返ってみて、あれがそうだった、と思い出されるのが本来の姿だ。

 

この世に存在する多くの変換点はいままさに変化していると実感できることはない。あったとしたらそれはまやかしに近い。後から振り返って、あれが変換点だったね、となるのが本当の変換点だ。

そのときはなんでもなかったものが、未来に振り返ったときに小さな奇跡となっていて、あたりまえを作っていく。だから「あたりまえになることを」なんて願ったりはしない。

 

あたりまえになってほしいなんて願ったりしないからこそ、今あるすべてのものが将来的に奇跡を形作っていく可能性がある。

小さな奇跡が今を作ったという視点ではなく、逆側の視点で今を考えたときに小さな奇跡があった。だから今も奇跡となる可能性がある、その視点を持つ必要がある。

 

そうなると、このCMはなにが「いつかあたりまえになることを」なのだろうか。これはさらに後で説明しよう。ここでは主役の変遷に絞ってについて述べる。

主役の変遷、ここでも逆側の視点が登場する。

 

子どもが生まれると子どもが人生の主役になる。そんなものはよく語られるありきたりな言説だ。けれどもこのCMにおいては逆の視点こそが重要となる。それは「その主役はまた誰かに譲られてきたものだ」という点だろう。この視点で表現したものはそう多くない。

この文章の冒頭、僕はこのCMの肝は次のセリフに集約されていると述べている。

「いまでは想像できないけど父はかなりモテる遊び人だった」

若い時の父親はかなりモテる遊び人だった。娘の視点からみてそれはちょっと信じられない、想像できない、というものだ。

 

確かに、歳をとり、うだつが上がらなくなった父親(といっても高橋さんは当てはまらないと思うけど)を見ているとそうなるのもわかる。けれども、このセリフには、自分の父も母も、かつては主役だったという視点が抜け落ちているのだ。

自分の父親や母親が、大恋愛を経て結婚した。なんどかいざこざがあって涙することもあった。描写されていないけど恋のライバルとかいたかもしれない。そんなこと、理屈ではわかっているけど、あまり想像しないものだ。

 

でも、いま主役を演じているかもしれない僕らも、かつて誰かから主役を渡されてきたはずだ。それは父かもしれない。母かもしれない。親族かもしれないし、先輩や恩師かもしれない。連綿とつながれてきた主役のバトンがあって、僕らがここにいる。

僕らはそんな想いに包まれて主役を演じ、成長してきた。

 

こいつさえ幸せで苦しまないならそれでいい。そう思える相手に主役を渡す。それはどんな気持ちだろうか。いや、気持ちはないのかもしれない。気付いたらそうなっているだけのことなのかもしれない。僕に渡してくれた、かつての父や母を想い、そう考えることがある。

そして、その主役をどこかで誰かに渡さなければならないことを分かっている。かつて来た道を、今度は自分が通って行かねばならない。

もう渡し終わった人もいるかもしれない。渡さないままの人もいるかもしれない。そして僕は、いつかそう思える存在に渡せるだろうか。そう考えるからこそ、このCMはとにかく心を揺さぶるのだ。

 

主役を渡すという苦悩

「うるさい! 関係ないでしょ!」

このシーンは主役を渡したことによる苦悩がよく描かれている。人はいつも主役として生きることがメインのように捉えているところがあるので、渡したあとの描写がされることはそう多くない。

 

自分が主役であるなら、自分が頑張ればいい、なにかに届かなくとも自己責任だ。けれども、主役を明け渡してしまうと、自分が頑張ればいいことがなんと簡単なことだったのかと気が付く。なんとか頑張ってほしい。けれどもうまく伝わらない。新しい主役への思いが強くなることもあるだろう。

そして、ついつい口うるさくなってしまうこともある。そして苦悩がはじまる。

 

このCMにおいては徹底して逆側の視点が重要となっているので、すでに主役を渡した視点と渡された視点が出来上がっている。

かつて自分に口うるさくいってきた人々、親だったり親族だったり恩師だったり先輩だったりするかももしれない。あのときは鬱陶しく感じていたけど、じつは苦悩していたんだと気づかされる。それを無意識に感じさせてくれる。だからこのCMは凄まじいのだ。この逆側の視点はなかなか持てない。

 

内包されていく人生の主役

人生の主役を渡すと表現すると、渡し終わったあとに何も残らないような印象を受ける。けれども、それは違うと、このCMでは優しくフォローしてくれてもいる。

娘が17歳となり、主役も渡し終わった。そこで父と母の会話の場面になる。

「たまには、二人でさ、なんかさ」

「なあに?なんかって」

 

これは1992年の渋谷からずっとキーポイントとなっていたセリフが姿を変えたものだ。

「わるい、まった?」

「おそい」

それぞれ父と母の立場になって、このセリフが形を変えただけで本質は変わらない。そう、これからまた、父も母も主役を演じていく。誰かに主役を渡しても、無になることなんてなくて、その主役に内包されて自分の人生も続いていく。そして、いつだってその主役は帰ってくる

 

とんでもないご褒美

このCMには続編が存在する。同じく2017年に公開された、DoCoMo DヒッツのCM,娘の帰り道編だ。

父親役である高橋さんが、Mr.Childrenの名曲「抱きしめたい」を口ずさみながら娘の帰りを待つ30秒のCM。

 

後日談となるこのCMが凄まじいレベルでご褒美なので是非とも観てほしい。ここまでじっくりスペシャルムービーをを分析してきた我々にとっての最大級のご褒美だ。

この破壊力たるや。最高すぎる。

ここに出てくる機種も特定できるけどそんな野暮なことはしたくないし、この駅はたぶんJR根岸線の本郷台駅なんだけど、そうなるとマイホームの場所がおかしくなって、単身赴任に行くときに作りかけのスカイツリーを右に見るようにならない、なんて野暮なことは言わない。とにかくこれは最高なので何度も観てほしい。僕は100回くらい観た。

 

いつかあたりまえになることを

このCMのテーマメッセージは「いつかあたりまえになることを」だ。

当たり前のように見えるこの世界は、実は小さな奇跡の積み重ねでできている。たったひとつの歌や、たった一本の電話で、簡単に世界は変わる。いま、私たちが生きているこの世界も小さな奇跡が刻一刻と積み重ねられている。それらはいつか、あたりまえになっていく。受け継がれた主役は、また主役の中で当たり前となっていく。譲られたことを意識すらしないまま。

これがこのCMのメッセージだと思う。

 

ただ、「いつかあたりまえになることを」なんて願いながら日々の奇跡に思いを馳せることなんてないと既に述べた。ただ、そう願うことがある。それが技術分野である。

フランスSF小説家である「ジュール・ヴェルヌ」はこう述べた。

「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」

そうやって我々の技術や文明は発展を遂げてきた。

こういうことができたらいいね。いつかあたりまえになるといいね。技術の発展はすさまじく、これがあたりまえになってほしいという願いの多くは実現されてきた。技術においては「いつかあたりまえになることを」と願い、それが実現されているのだ。

CMのラストは、1992年と2017年の対比、おなじ横断歩道で同じように落ち合う父母と、娘と男の子が描かれている。

ここでの楽曲は、2017年当時、まだデモ曲でしかなかったMr.Childrenの「皮膚呼吸」だ。その後、アルバムに収録されたときには歌詞が変わっている。まだ完成していない未来を表現するのにうってつけの選曲だろう。

 

1992年においては、こんな横断歩道で落ち合う高校生はありえない、とねっとりと国会図書館にいってまで検証させていただいた。あまりに不自然な2人の待ち合わせ、それは強い憧れを実現しようとしたものに違いない。

けれども、まったく同じ絵図でありながら、2017年のそれはまったく不自然ではない。通信機器が発達した2017年においては、待ち合わせ場所も時間も曖昧で、「学校が終わったら渋谷で」くらいの約束なのだ。あ、もうついた、わりわり、そっちいくわ、タワレコの方から歩いていく、じゃあわたしもそっちいく、こうしてここで落ち合っている。

1992年に不自然だったシーンは、2017年にあたりまえになる。このCMはそれが言いたいのだ。

 

通信機器の発達がもたらした恩恵は大きい。あたりまえでなかったものがあたりまえになっていく。

ただし、その恩恵は決して光の部分だけではないだろう。誰かを傷つけたり、誰かを追い込んだり、誰かを憎んだり、ポケベル以前の世界とは比べ物にならないほどそれらが大きく、深刻に起こることがある。

僕らがこれから迎える未来はなにがあたりまえになっていくだろうか。人生の主役たちはどんなあたりまえを演じていくのだろうか。そこでやはり大切になるのは逆側の視点を持つことだ。

 

あなたが主役であることと同じように、他の人もまた人生の主役である。その発展が心安らぐ方向であってほしいと思う。皆が尊重されて主役を演じきれる世界、いつかあたりまえになるように。

おわり

 

この記事を書いたpatoの書籍がアスコムより発売されています。

文章で伝えるときいちばん大切なものは、感情である。/pato

[amazonjs asin="B0CZDGJ3XF" locale="JP" tmpl="Small" title="文章で伝えるときいちばん大切なものは、感情である。"]

Books&Appsの記事では「Amazonで「鬼滅の刃」のコミックを買ってしまったのに、どうしても読み始める気になれない。

「職場で「わたしのコンソメスープ」という意味不明コラムを書かされた時のこと。」などに用いられた手法を徹底的に解剖しています。

 

 

[adrotate banner="205"]

 

 

【プロフィール】

著者名:pato

テキストサイト管理人。WinMXで流行った「お礼は三行以上」という文化と稲村亜美さんが好きなオッサン。

著書:文章で伝えるときいちばん大切なものは、感情である。 読みたくなる文章の書き方29の掟

[amazonjs asin="4776213265" locale="JP" tmpl="Small" title="文章で伝えるときいちばん大切なものは、感情である。 読みたくなる文章の書き方29の掟"]

Numeri/多目的トイレ 

Twitter pato_numeri