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とある殺人事件の途中経過

2026年3月の終わりから4月にかけて、ある事件が世の中を騒がせた。……と、書くべきなのかもしれないが、事件の内容に触れるので、はっきり書く。

京都府南丹市で男子小学6年生が行方不明になり、結果として継父(この件についてはあとで触れるのであえてこう書く)が逮捕された事件だ。

 

結果として? 結果というのはおかしい。まだ裁判すら始まっていない。おれは推定無罪というものを大切なものだと思っている。なので、表現には気をつけたい。

とはいえ、これを書いている現時点では、逮捕が最新の情報だ。そして、殺人に関与したという供述があったという報道。

 

もちろん、警察のリーク情報がどこまで正しいかなんてわかりはしない。

おれはそんなに警察もマスメディアも信用していない。

 

でも、語るうえでその情報を自分が知っているということをごまかすわけにもいかない。

これから書くことが、その流れに乗ってしまう可能性を最初に警告しておきたい。

 

もちろん、今後の捜査の進展や、あるいは裁判でまったくべつの事実がわかる可能性もある。

ただ、今回おれが書きたいのは「事件の真相」の話ではない。なので、この時点で書きたいものを書く。それに「事件の真相」はあまり関係ない。

 

おれとワイドショー

さて、おれはこの事件、発端はよく知らない。気づいたら、なにか世の中で小学生が行方不明になっていた。

テレビで、行方不明者の服の特徴と、山だか森だかの映像を見た。「山だか森だかは行方不明になるとたいへんだからな」とか、そんなことを思った。

 

……が、おれはいま、週の半分くらいリモートワークをしている。

希少がんとその治療の後遺症みたいなものがある。体調が悪いと出社できない。もとから精神疾患で午後から出社があたりまえになったりしていたが。まあ、人生初リモートワークだ。

 

で、リモートワークをしながら、テレビを垂れ流しにしている。

そして、ワイドショーが垂れ流しになっている時間が多い。

 

世の中にはワイドショーが多い。一時期減ったとかいう噂を聞いたが、想像以上にワイドショーだらけだった。

夕方のニュースとかいうものも、えらく長時間になって、ワイドショーと見分けがつかない。

平日にテレビを見ない人が想像する以上に多いと思う。もっとも、いまどきテレビなんて持ってない人も多いだろう。

 

で、おれはどうもこの行方不明事件の報道量がちょっとすごいな、とようやく気づいた。

なにやら、ちょっと不自然な感じでランリック(ランリュックとも……というランドセルにかわる通学用バッグ。わりと歴史がある。世の中、ランドセルやめてみんなこれにすればいいのにと思ったが、まあ今回は関係ない)が見つかったりしたらしい。

ミステリー的に話題になっているのか? それとも劇場型犯罪なのか?

 

そう思ったが、ネットで見てみると、どうも継父が盛大に疑われていた。

なにか状況的にいろいろ考えると、怪しいぞということだった。かなり決めつけに近い書き込みもあった。

 

え、そうなの? おれがテレビを見ている分には、そんな情報ぜんぜんなかったぞ。

マスメディアとネットの情報に乖離があった。おれはそう感じたので書いておく。

 

それで、ちょうどリモートワークしているときに事件に進展があって、「ご遺体」(と、テレビは言うのだが、昔から使ってきた言葉だったろうか?)が見つかり、継父が逮捕されるにいたった。

それはもうすごい情報量だった。夜のニュース(報道ステーション)でも30分以上やっていたんじゃないだろうか。

おれはそんななか、ほかならぬワイドショーの中で、報道のあり方に対する二つの異議を見た。

 

「報じない」という選択がもたらすもの

一つ目は、「マスメディアが報じないこと」についての異議だった。

コメンテーターとして出演していた、どこかの大学の女性教授で、たぶん弁護士の資格も持っている人のコメントだったと思う。父親の逮捕後のコメントだった。

曰く、「マスメディアが家族や継父の件についてまったく報道しないことで、逆にネット上で不確定でいいかげんな情報が氾濫している」と。

 

マスメディアも継父に対して疑いを持ち、たくさんの取材を進めていたのは確かだろう。

逮捕されたと同時に大量の情報が放出されたからだ。

そこまでいろいろなことを調べておきながら、今回の事件については、普通の殺人事件ではありえないほどに被害者の家族関係に触れていなかった。不自然なほどに触れていなかった。あるていど確定して問題のない情報は出すのが、メディアの役割ではないのかと。

 

さきほど書いた通り、おれはテレビ報道ばかり見て、そのあとネットの情報に触れて、その落差に驚いた。

なので、テレビが不自然なまでに最後の目撃者であり、被害者を車で送っていた継父に触れていないのは、確かだ。

 

そして、ネットで不確定情報が溢れていたのも本当だ。その多くは継父を犯人視するものであったが、なかには継父の国籍がどうこうという話まで出ていた。

結果的に(あくまで逮捕まで、だが)、前者のネット探偵の推理は正しかった。一方で、国籍がどうのこうの、具体的に言ってしまえば中国籍だという説は、現時点ではどうもデマの可能性が高いように思える。

 

もちろん、メディアが継父の国籍を調べ上げているかどうかわからないのでなんとも言えない。

ただ、あまりにも報じなさすぎるために、その不自然な空白が、たとえば犯人であることの確定情報としてネットを駆け巡ってしまったのは否めないかもしれない。

もちろん、情報を出すことで、火に油という可能性もある。むずかしいところだが、マスメディアとネット、情報がどうあるべきか考えることはたくさんあるだろう。

 

事件の詳細を報道する「メリット」とは?

二つ目は、「事件を詳細に報道して視聴者がえるメリットはなにか?」という問いだった。

これは、脳科学者の中野信子さんによる発言だった。

「中野信子だったかな?」と思っていたが、なかなかインパクトのある発言だったので、発言がネットにまとめられていたので確定情報として書く。新聞記事にもなっていた。

これに中野氏は「これは本当に嫌なニュースで、なるべく見ないようにしていた」といい「いつ、どこで亡くなったか興味があるかもしれないが、分かったところでなんなのよ、と思う」とコメント。

そして「このニュースをお届けする側に立っているものが言うべきではないかもしれないが」と前置きし、「見ている方は、このニュースを見て得られるメリットって何かしらと思ってしまう」とも吐露。

「お母さんは子供がいたら再婚するなっていうメッセージなんでしょうか。それともお父さんは子供を殺すなよってことですか?」と訴え「私はちょっとそういうの、どうかと思いますし、この事件が多くの人に知られている事件ですが、再婚して幸せに暮らしている人もいっぱいいるでしょうに。

再婚している人は皆そういう目で見られるんでしょうか。野次馬根性を満足させるためだけのニュースならどうかと思う」と語った。
デイリー

この発言をしているときの中野氏は、かなり悲痛な表情をして、悲痛な語り方をしていた。

悲痛というのが正確かわからない。「泣きそうな」が近いかもしれない。

 

ともかく、おれはこの発言を見て、「おお、よく言った」と思った。

おれが同意するのは、「分かったところでなんなのよ」というところだ。

 

これはおれがそれこそ子供のころからといっていいほど昔から思っていたことだ。

殺人事件があった。たとえばそれは男女の痴情のもつれの結果だとする。

それについて、事細かに報じる理由はどこにあるのだろうか? それを聞いた人間はなにを思うべきなのだろうか? 暴力はよくないです?

 

たとえば、ある詐欺の手法が多くの人に被害を与えている。それなら、詳細を報じる必要がある。

その手法を周知させることによって、新たな被害が防げるからだ。

 

あるいは、介護殺人が増えている、というニュースならどうだろう。

これも一つの社会問題として、介護退職や老老介護の問題などについて人々に示唆を与える。場合によっては福祉の制度を改正する道につながるかもしれない。

ストーカー殺人のニュースも、色恋営業からの刃傷沙汰も警察の対応を変えたかもしれない。そう、ときには法律が変わるきっかけになるかもしれない。

 

で、この事件になにかそういうメリットはあるのだろうか。おれにはないように感じられた。

まあ、行方不明の小学生がいる、ということを報じることは情報を集めるのに役に立つだろう。だが、継父が殺人の犯人かもしれないということになんのメリットがあるのか。

 

これについて、Yahoo!ニュースで「シンママ」(シングルマザー)の恋愛や結婚を否定する流れになってはならない、というような内容の記事が出た。

それに対する、ヤフコメの反応はどうだったろうか。

 

ほとんどが「シングルマザーは恋愛も結婚もするべきではない」という意見で埋め尽くされていた。

たまに継父が連れ子を虐待したり殺害したりことをあげつらい、シンママは自分一人で子供を育てるだけの技能、才能、努力が必要であると言う意見だらけであった。中野信子の懸念どおりではないか。

 

ちなみに、おれはこのシングルマザー批判はまったく想像していなかった。想像力の欠如だ。

そして、こんなところに人のヘイトが火を吹くのかということも想像できなかった。とはいえ、「法律的に規制するほど事件発生率が高い」というのであれば、それも一つの議論だろうが。

 

いずれにせよ、「なんのメリットがあるのか」というのも一つの問いだ。

そもそも報道とはなんのためにあるのか、メリットのためなのか、という問いもありうるだろう。

でもまあ、できれば広く社会にとってなにかメリットがあったほうがいいようには思う。少なくともだれかが報道で傷つくのはよくない。

 

人ひとりの死を報じ、論じることについて

また、一つおれは思ったことがある。この間、一冊の本を読んだ。東浩紀の『平和と愚かさ』という本だ。その本の主題については前に書いた。

おれはけちなので一冊の本からいろいろなことを取り出す。

 

おれが事件のニュースを見ていて思ったのは、批評家の笠井潔の探偵小説についての主張を紹介したこの部分だ。

探偵小説の起源は、一般には一九世紀前半のエドガー・アラン・ポーに求められる。けれども笠井によれば、ほんとうの起源は第一次世界大戦にある。

第一次世界大戦は人類がはじめて経験した総力戦であり、多くの人々が殺された。無数の人々が、集団的に、匿名的に、本論でここまで使ってきた言葉でいえば、まさに「ゴミのように」殺された。

笠井はその言葉を「大量死」と呼び、探偵小説はその経験への抵抗として生まれたジャンルだと主張している。彼はつぎのように記している。「戦場の現代的な大量死の経験は、もはや過去のものかもしれない尊厳ある、固有の人間の死を、フィクションとして復権させるように敷いた。

機関銃や毒ガスで大量殺戮され、血みどろの肉屑と化した塹壕の死者に比較して、本格ミステリの死者は、二重の光輪に飾られた選ばれた死者である。

犯人による、巧緻をきわめた犯行計画という第一の光輪、それを解明する探偵の、精緻きわまれない推理という第二の光輪。第一次世界大戦後の読者が本格ミステリを熱狂的に歓迎したのは、現代的な匿名の死の必然性に、それが虚構的にせよ渾身の力で抵抗していたからではないか」。

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おれはべつに、現実に起きた殺人事件(であろう)を、ミステリとして見ているわけではない。

ただ、大量死に対する固有の死というものを思い浮かべた(さらに話を進めた「大量生」の話にはここでは触れない)。

 

さきほどおれは、痴情のもつれのような殺人事件を報じるにどれだけの価値があるのか、と書いた。

しかし、一方でそれは大量死ではない死にほかならないのも確かだろう。だからといって、光輪のある死とは決して言わぬ。言わぬが、一つの死を軽んじることもまたなにか違うのか? という気になった。

そしておれは、言語の壁が崩されたX(これついてはまたなにか書きたい)で見かけたポストを思い浮かべた。

ねえ、俺はマフディ、22歳だ。ガザで死にたくないし、俺はただの数字じゃない。ただ、良い人生を歩みたいだけなんだ。

AIによって翻訳された言葉に、一人の青年の自撮りが添えられていた。「俺はただの数字じゃない」。

 

ガザで行われていることが国際法的にジェノサイドにあたるのかどうかおれにはわからない。ただ、おれはジェノサイドだと思っている。

マフディが直面しているのは、自分一人の死であると同時に、数字として処理されてしまう大量死の一つだ。もちろん、人は固有の死であれ、大量死の一つであれ、殺されたくはない。良い人生を歩みたい。それはマフディも、京都で亡くなった中学生も一緒だ。

 

今の日本国内に大量死は存在していないといっていい。でも、世界では違う。

そこでわれわれは人の死をどう扱うべきなのだろうか。どう思うべきなのだろうか。

 

マスコミはそこまで考えて、人の死を報じてほしい。大手のマスコミを「オールドメディア」などと揶揄する言葉も多く見るが、今のところ事件をリアルに取材して、報じられるのはマスコミだけだ(迷惑系YouTuberの突撃がその代わりになるとは思えないが)。

そのバランスを間違えないかぎり、マスコミには存在価値があるし、そうあってほしいと思う。

 

たとえば、今回は「報じなさすぎる」という意味で逆に目立たせてしまったが、誰かを犯人と決めつけて報道する、メディアスクラムみたいなものは、松本サリン事件や和歌山のヒ素カレー事件のときからはよくなっているとはいえる。

 

今回、ワイドショーで中の人からの批判も見た。それを予定調和という人もいるかもしれないが、やはりそれでも中から批判が出るのはいいことだろう。

少なくともおれは、「本日、某県で殺人事件があり、容疑者が逮捕されました。事件の詳細は伏せさせていただきます」というニュースだけの世界は、警察権力へ国民の監視が成り立たないという意味でよくないと思う。

かといって行き過ぎもよくない。そのバランスは難しい。最適解があるのかも想像はつかない。でも、なんとかやってほしい。

 

そして、インターネット、SNSというものによって、ひとりひとりがメディアとなったわれわれも、なにをどう表現し、発信するのか、しないのか、それも突きつけられている。

おれがここに書いたことは大きな誤りかもしれない。だとすれば、これを踏み台に、大いに論じてよい方向に進めばいいと思う。

 

たぶん、それしかない。それくらいしか「メリット」はない。

そう思っている。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

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この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。

 

・昔の部下に、「他者への連絡・相談」が絡むタスクを必ず遅らせてしまう人がいました

・「叱られないか、どう反応されるかに対する不安」「相手の時間を奪ってしまうことへの罪悪感」「相談するタイミングの見極めが苦手」「過去の上司に対話を拒絶された経験」などが主な問題だったようです

・心理面とインフラ面の両方から、なんとか解決できないか、上司・同僚として色々試行錯誤しました

・しんざきのチーム内で一番効果があったのは「エスカレーションの単純化」と「エスカレーションルールの設定と周囲への共有」でした

・「部下のコミュニケーションコストをどう下げるか」というのはマネージャーにとって重要な仕事のひとつです

・一方、「連絡・相談が気軽にできる」というのが、ビジネスパーソンとして非常に強力なスキルになることも確かです

・特に4月からの新人の皆様には、「こまめな相談・連絡は何より自分を守るためのもの」「新人期間は、相談スキルを身につけるための無敵タイム」ということを覚えておいていただきたいです

 

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

 

何度か書いているんですが、しんざきはDBを中心に色々やるITエンジニアです。部下をマネジメントしつつ自分でもタスクをこなす、いわゆるプレイングマネージャーの立場で20年近く働いています。

 

とはいえ最近はDBというよりクラウド絡みの仕事ばっかりやってまして、

「えっ!?メインフレームで独自実装してたレガシーシステムをモダナイズしつつ四カ月でフルクラウドに!?」「できらあっ!!」

みたいな会話してるところに横から慌てて突っ込みを入れる仕事で主に生計を立てています。

ドキュメント皆無なのに大丈夫なのかな、あのシステム。

 

それはそうと。皆さん、「他人への連絡・相談」ってお得意でしょうか?

例えば、

ドキュメントの不明点についての確認。

スケジュール調整とミーティング設定。

他部署との利害調整と依頼前の頭出し。

単なる進捗の報告から資料のレビュー依頼まで、「人への連絡・相談」が絡むタスクというものは、仕事をしていれば山ほど発生します。

 

もちろん人によって、業種によって、タスクによって全然変わってくる話ではあるのですが、しんざきの経験上は、「連絡・相談」が絡むタスクの得意不得意って、人によってだいぶ違いがあるような気がしています。

 

かつ、(私も含め)どちらかというと連絡・相談に苦手意識、心理的障壁がある人の方が多いような気がしています。

報連相、「社会人の基本」みたいな顔してますけど、案外難易度高いスキルですよね。

 

そりゃ、「報連相してもただ聞き流すだけで、なんのフォローもしてくれない」なんてなったら連絡も相談もしたくなくなります。そりゃそうです。

 

***

 

さて。

昔私がいた会社で、「連絡が絡むタスクが極端に苦手」という人がいました。仮に名前をAさんとします。当時3~4年目くらいだったでしょうか。

 

単にタスク遂行速度の話であれば、速い人も遅い人もいるのですが、Aさんの特徴的な点は、

「人との連絡や相談が絡むタスクと、そうでないタスクのスピードにものすごい落差がある」ことでした。

 

例えば定型の事務処理とか、ドキュメントの整理とか、独力で片付けられる仕事なら、Aさんは何の問題もなく、前倒し気味にどんどん仕事を進められるのです。

 

ただ、「誰かに連絡・相談しないといけない」というタスクについては、必ず後回しにしてしまい、大抵の場合期限から大幅に遅らせてしまうという傾向がありました。

特に、「自分が作った成果物のレビューを受ける」という段階になるとその傾向が顕著で、手元で抱えたまま何の報告もせず、気付いたら当初の予定から2週間遅延、なんてこともありました。

 

これ、管理側として、いくつか選択肢はあるんですよ。

 

もちろん、「単純に管理強度を上げて、細かい進捗まで逐一見る」という手段は、大変ですけどまあ、解決方法として成立します。

Aさんが明確に「ひとりで完結しないタスク」を苦手としているのは確かなので、「そういう仕事は可能な限り回さない」という選択肢も、もちろんあったでしょう。

 

ただ、「完全にひとりで完結するタスク」ってとても幅が狭いですし、定年間近な人ならまだしも、社会人としてまだまだこれからのAさんにとって、「できるタスクが超限定される」という状況も、その状況に慣れてしまうのもあまりよくないことです。

 

「連絡が苦手」という人の中には、成功体験を積むことで改善する人も、「コツさえつかめばできるようになる」という人もいます。

本人と話してみると、Aさん自身「ダメなのは分かっているんだけど、つい遅れてしまって……」という感じだったので、なんとかできないかなーと色々試行錯誤しました。

 

***

 

Aさんと話したり、Aさんの仕事の傾向を観察していてちょっとずつわかったことなんですが、Aさんが「連絡・相談」タスクを遅らせてしまう理由には、大きく5つくらいがあるようでした。

 

1.叱られないか、どう反応されるかに対する不安
2.相手の時間を奪ってしまうことへの罪悪感
3.相談するタイミングの見極めが苦手
4.相談内容を言語化するのが苦手
5.相談しても状況が改善しないことによる学習性の無力感

 

1つめとして、何と言っても「叱られることを想像してしまう」こと。

2,3とも関連するんですが、とにかく「こんなこと言って怒られないかな、呆れられないかな」という恐怖や不安がとにかく大きいんですよね。

もちろん、叱られるのは誰にとってもイヤなことですが、Aさんの場合、後述の経験もあってか、特に「こんなことも分からないの?」的な反応を受けることに対する不安感、恐怖感が大きいようでした。

 

2つめと3つめは関連しているんですが、「相手の状況を見極めようとし過ぎてしまうこと」。

もちろん「相談」というのは、一時的には相手に時間をとってもらうことですし、忙しそうにしている人には話しかけにくいし、メールやチャットで時間を奪うのも申し訳ない。

そういう心理的な遠慮が働いてしまう点も大きいようでした。

 

あと、特にPC仕事だと「相手が何の作業をやってるのかよくわからん」という状況も頻繁にありますし、そこで「今相手にコンタクトをとるのは正解なのか?」という疑問が大きくなってしまうことが、Aさんの抱える問題の一つのようでした。

 

更に、「相談」って、しないまま時間が経てば経つほどしにくくなっていくものなんですよね。

「なんでいままで言わなかったの!?」とか、「こんなに時間かけてこの状態!?」とか言われるんじゃないか、という恐怖感がどんどん大きくなってしまう。「相談できなかった」ことが、そのまま不安を蓄積させていくわけです。

 

4点目、そもそも「何を相談すればいいんだ?」というのを言葉にするのが苦手。

まあ、これは仕方ないこともありまして、「分からないこと」「煮詰まっていないこと」は、相手に伝わるように言語化すること自体が一苦労でして、これを解決するには「慣れる」しかありません。ある程度ベテランの人でも、「分からない」を言葉にするのが苦手な人は全然います。

 

5点目として、私以前の上司のスタンスが問題になっている部分も大きいように見えました。

相談してみたものの、「そんなこと自分で判断しろ」と言われてしまう。あるいは、進捗遅れに対してフォローしてもらえない、他部署との調整をエスカレーションしてくれない。「相談」に対する失敗体験ですね。これが、1点目の「相談することに対する恐怖感」を助長しているように見えました。

 

この辺、単に「私はちゃんとやるから相談してくださいね」のひとことで済めば問題ないんですが、そこそこ根深い問題のような気がしたので、色々と対策を試行錯誤してみることにしました。

 

***

 

大きく考えた方針は三点で、

・「連絡・相談に対する心理的負荷をなるべく減らして、相手の反応を警戒しなくて済むようにする」
・「連絡・相談自体を「ルール」として部署全体で共有して、他のメンバー含めて「相談するのが当然」という状況にする」
・「相談してうまくいった、という成功体験を積んでもらう」

この三つを実現できる方法を色々考えました。

 

当時はまだコロナ以前の話で、チャットソフトによる業務的なやり取りがまだそこまで一般的にはなっていなかったのですが、例えば「相談アリ/なし」というトリガーだけを伝えられるチャットルームを用意して、中身については私(上司)が自分から確認にいく、というシステムにしてみました。

 

これなら、相手が都合のいい時に見に来てくれるので、「相手の時間を奪ってしまう」という不安はだいぶ軽減されます。

また、「分からない」自体を言語化しなくても、ヒアリングでこちらから補助しつつ徐々に拾ってあげられるので、言語化の練習にもなるかなーと思いました。

 

また、相談や連絡について、エスカレーション自体にルールを設けました。「10分考えて結論が出なければエスカレーションする」とか、「自分一人で解決しないタスクについては、最初からチャットのメンバーに関連メンバーを入れておく」とか、そういうのです。

これ、「ルールとして全体に周知」というのが重要で、自分だけでなく相手も「ルール」として認識しているので、「連絡したら怒られる」という不安はかなり軽減されます。「だってルールだし」の精神です。

 

あとは、もちろん口頭でも色々話しました。

「相談っていうのは、何より自分を守るためのことですよ」とは、結構口酸っぱく言ったような記憶があります。

つまり、相談しないで自分一人で抱えてしまうと、それは自分の責任になってしまう。相談して、相手にも状況を周知しておくことで、相手にも責任を共有することができる。

 

上司なんて責任を押し付けるためにいるんだから、がりがり相談してもらって構いません、とかいった記憶があります。

 

「40%の出来でもってきてください」とも言いました。「完成形」までもっていくのって物凄く大変ですし、人に見せる時の心理的ハードルも上がるので、先に「30~40%」と指定してしまうことで、速いうちに方向性の修正をする練習ができないかなーと思いました。

 

コロナ後、リモートワークが主体になってからは、割と普通に行われることも多くなったような気はしますが、当時は「何が利くのかなー?」とあれこれ悩みながら色々やりました。

 

***

 

色々やっているうちに、Aさんの状況についてはちょっとずつ改善していって、普通の連絡・相談タスクならほぼ遅れない、くらいにはなったように思います。

この時、Aさんの場合は「ルール化」の影響が一番大きかったようには思えまして、「もうルールとして決まっているならやるしかない、相手が怒ったとしても自分のせいじゃない」というように頭を切り替えることに成功したみたいです。

 

相談自体を「ナシ/あり」のスイッチだけにする、というのもそこそこ大きかったのか、とは思います。やっぱり「相談内容を言語化する」って大変ですしね。

この辺、何が刺さるかってのは人それぞれなので、単純に色々試したのが良かったんだと思うんですが、「気軽に相談できるインフラを整える」っていうのは、上司の重要な仕事の一つだよなーと考えた次第です。

 

上でも書きましたが、コロナ以降、リモートワークがメインになって、この辺の「連絡・相談」の事情もだいぶ変わりました。

連絡自体のコストはだいぶ下がっている一方、「相談しなければいけない点の言語化」についてのハードルはむしろ上がっているような気がします。

チャットソフトで、「何を相談しなければいけないか」というのを整理するのって多分滅茶苦茶大変で、そのためだけに生成AI使うのもナシではないと思うんですが、ここ最近でも手こずっている人は多くみられます。

 

自分の手が届く範囲ではなるべくフォロー・サポートしつつ、皆が気軽に相談できる環境が作れるといいなあ、と思っている次第なのです。

 

***

 

ここから先は、私の話というより、この四月から新社会人になった皆様へのおっさんからの助言、という感じなのですが、

・「進んでない」とか「うまくいってない」というのは、一番言いにくいですが、上司にとって一番重要な情報です
・新人の内は進んでないっつっても大した影響が出ることはないので、遠慮なく「進んでません」と言える練習をしておいた方が良いです
・上司が相談しにくい人であれば、他に相談しやすい人をみつけておくのが良いです
・なによりも自分を守るために、気軽に軽率に「連絡・相談」していきましょう

以上になります。

 

とにかく、「連絡・相談」が苦手だと何が起きるかっていうと、「色んなことを抱え込みやすくなってしまうし、問題が大きくなるまで発覚しなくなってしまう」んですよね。

そこをなんとかするのは上司の仕事ではあるんですが、それでも上司の目が常に全体に行き届いているかっていうとそうでもないので、問題をなるべく小さいうちに人に投げられるに越したことはありません。

 

マネジメント上、一番困るのは「実は進んでませんでした」ということを知るのが遅くなることで、フォローのための手段がどんどん限定されていきます。

だからこそ、まだ芽が小さい内から気軽に「ごめんなさい進んでないです」と言えるのが良いですし、それが一番上司も助かります。

 

新人期間というのは、「どんな大失敗しても業務にクリティカルな影響を与えることは(普通は)ない」という、一種の無敵期間なので、この無敵タイムの間に、是非「気軽に相談できる」という社会人としての重要な強みを身につけていっていただければ、と考える次第なのです。

 

まあ、社会は広いので、中にはいきなり金融機関の結構重要な現場に配属されて、失敗したら即プロジェクトにでかめなダメージが発生する仕事を押し付けられる、みたいな例もあるみたいですが(私とか)。

そういう会社とは付き合い方自体を考えるべきなので、相談連絡自体の重要性が下がる話ではありません。気楽にいきましょう。

 

ということで、4月からの新人さんにもそうでない人にも、「気軽にエスカレーションしつつ楽しく働きましょう」という程度の結論をもって、この記事を閉じたいと考える次第なのです。よろしくお願いします。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

コンサルタント、という仕事は、初対面の、様々な人と話すことが必要な職業です。

しかし、不特定多数を相手にする接客業(例えばホテルや飲食店)が接客する相手を自由に選ぶことができないように、コンサルタントも大体において「話をしなければならない人」は、自分で選べません。

 

どんな嫌味な人であっても。

どんなに話を聞かない人でも。

どんなにワガママな人でも。

「その人に合わせた対応」を、その場で考えて行う必要があります。

 

しかし、私が個人的に苦手だったのは、上のような人々ではありませんでした。

正直なところ、話を聞かなかったり、ワガママであったりする人でも、「接し方」のコツさえわかってしまえば、対して困ることはありません。

 

それよりもずっと難しいのが「賢い人たち」と話すことです。

 

賢い人は、怖い

「本当に賢い人」に接したことはあるでしょうか。

 

別に「IQが高い」とか、「勉強ができる」とか、そういった話ではありません。

そういう人は、正直なところ、世の中に結構います。

 

では、最も希少で、最も「賢い人たち」は、どのような人たちか。

それは、人の心理を読むのことに、異常に長けた人たちです。

 

人の心理をコントロールして、大きな組織をつくります。

人々に支持される、それでいて独創性のある作品を作ります。

世の中で何が売れるのかを察することができます。

目の前の相手を安心させます。

つながりを作るのがうまく、強力な人的ネットワークを持っています。

 

そして、彼らの最も大きな特性として、

「こちらの考えていることは見透かされてしまうのに、相手の考えていることはわからない」

があります。

 

私は何度か、そういう人に出会いました。

例えば、こんなことがありました。

 

「管理職育成プログラム」の一環で、合計で10人ほどの管理職に対して、インタビューを行ったときのことです。

私は管理職たちに部署の課題や人事の悩みを聞き、あるいはその内容から、管理職としての適性を量る、といった任務を与えられていました。

 

インタビューは全員に対して、ほぼ同じ設問で行われます。

回答の内容のばらつきを抑え、比較をしやすくするためです。

 

私が怖いな、と思ったのは、5人目くらいの方だったと思います。

私が部署の課題について尋ね、目標の達成状況について聞き取りを行い、内容をメモして、

「何か質問はありますか?」と聞きました。

 

すると、その方はこう言いました。

「そうですね……、安達さんの仕事って、何をすることなの?」

 

私は答えました。

「貴社から頂いたテーマがこちらです」

そして、「管理職育成」プロジェクトの資料を見せました。

 

すると彼はこう言いました。

「うんうん、それは知ってます。でも、私の質問の回答にはなってないですよね?」

 

*

 

こういうインタビューでは、

「用心深く、ほとんど話をしてくれない人」

「こちらを敵視する人」

「俺は優秀だぞアピールをする人」

「見下してくる人」

「無関心な人」

というのは、数多くいます。

 

彼らはみんな、「自分」しか見えていない。

話し相手については、全く興味がないのです。

そして、そういう人の扱いは、簡単です。

彼らが望むような回答をすればいい。

 

しかし、賢い人の多くは、相手自体に興味をもち、探ろうとしています。

そして、「あなたと話す価値はあるの?」と、こっそりと、逆に値踏みしてくるのです。

しかも、表面的にはとても紳士的にふるまうので、腹の中が読めない。

 

上の彼が聞きたいのはありきたりの「プロジェクトの内容」ではありませんでした。

私がどのような人間で、どのような基準で仕事をしているのか、それを返答から知ろうとしていたのです。

 

具体的には、

・どんな管理職を「優秀だ」と思っているのか

・どんな行動を「良い」と思っているのか

といった、私の「個人的な考え方」に属するようなことです。

これは非常にこたえづらい。

 

当時の我々の考え方として、上のような話は、そもそもコンサルタントが決めるものではありませんでした。

・経営者がどう思うか?

・現状の評価基準がどうなっているか?

・一般的な評価基準に照らし合わせた時にどうか?

・他社ではどうか?

などの基準を総合的に加味して、最終的には、その会社自身が決めるものだとしていました。

我々の役割は、事実の収集と、その話の内容の報告です。

 

その話をしたところ、彼は言いました。

「でもさ、安達さんだって、いろいろ話を聞いて、「この人は優秀だなあ」とか、思うんでしょ?そっちのほうに興味があるんだけど。」

 

彼は背景を知りつつ、私にあえて、「個人的にはどう思う?」と、聞いたのでしょう。

 

ただ、私は、そのような場合に「リスク回避的な回答」をするように訓練されていましたので、

「それは、私が決めることではないと思います。」

と答えました。

 

彼はちょっと笑って

「ごめんね、安達さんと話したくてね。」

と言いました。

 

私は戦慄しました。

人当たりがいいのに「実はものすごく怖い人たち」」の気配を感じたからです。

話を続けるとおそらく、「彼の思い通りに話を引き出されてしまう」でしょう。

 

「隠し事」ができない

子供がいる人ならわかると思いますが、子供の隠し事は稚拙です。

言動や、様子から「何を隠しているか」は、親からすればすぐに読めてしまう。

 

おそらく、それと同じことです。

私が何を考えているか、彼には簡単に読めたことでしょう。

 

繰り返しますが、この「こっちからは相手が何を考えているかわからないが、相手からは簡単に読まれてしまう」

という状態が、「賢い人の怖さ」の正体です。

 

例えば、世界一の名探偵、といえば、シャーロック・ホームズの名前を思い浮かべる人も多いでしょう。

彼は助手のワトソンが考えていることを言い当て、驚かせます。

ホームズは黙り込んだまま、その細く長い身体を猫背にして、何時間も化学実験室に向かっていた。

何かひどくいやな臭いのするものを生成しているのだ――深々とうつむくその様が、私には、ひょろ長い怪鳥けちょうに見えた。くすんだ灰色の毛と、黒い鶏冠を持った怪鳥――

「だからワトソン――」とホームズが突然口を開く。「君は、南アフリカの証券への投資を思いとどまった。」
私は驚きのあまり身を震わせた。このホームズの不思議な力に慣れているとはいえ、どうして私の胸のうちの考えに潜り込めたのか、皆目見当がつかなかった。

「いったい、どうしてそのことを?」と、私は聞き返す。
ホームズは椅子をくるりと回し、手に試験管を持ったまま、その深くくぼんだ瞳を面白そうに輝かせるのであった。

「さあワトソン、ぐうの音も出まい」
「まったくだ。」

「では、この件について、君に証文を書いてもらわねば。」
「なぜかね?」

「五分後には、君はきっと『ひどく簡単な話だ』などと言うからだ。」

(踊る人形 青空文庫

 

このような人と同居するのは、普通の人であれば、さぞかしストレスでしょう。

なんでも見透かされてしまうのですから怖いです。

 

人の心を読み、人を動かす能力を「社会的知性」と呼びます。

(これは詳しく本にも書きました。)

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この社会的知性が高い人は、一般的にとても仕事ができます。

他者が考えていることが、手に取るようにわかるので、当然です。

悪用すれば、人を操ることもできる。

 

それを知っていると、上の私のように

「この人にはすべて読まれてしまう」

という恐怖がわいてきます。

 

相手がたまたま良い人であればいいですが、そうでない場合は……。

発言には、くれぐれも用心せねばなりません。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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最近は、為替や株価について意識することが増えました。インフレが進んでモノの値段がドシドシ上がっていくと、貨幣の価値の曖昧さや水物っぷりが実感できますね。

貨幣の価値は絶対ではない。

経済に詳しい人には当たり前のことかもしれませんが、長年、デフレ経済下で暮らしていた私にはそれが肌感覚としてわかっていませんでした。

 

自販機の缶ジュースの値段が僅かずつ値上がりしていたこと、ファーストフード店のハンバーガーの価格が上下することは、本来、貨幣の価値が変動することを示すサインでした。

デフレ経済下にも、その兆候はちゃんと目の前にあったのです。にもかかわらず、私はそれを意識していなかったから見ていなかった。見えていなかったのです。

 

そして迎えた2020年代。

貨幣の価値は上下動し、それに伴ってモノの値段も上下動しています。チョコレートの値段も、コメの値段も、パソコンの値段も、素人にもわかるように変わり続けてきました。

それらは、ある程度までは需要の変化や供給側の都合によるものだったけど、それだけでは説明できない一面をも含んでいたのでした。

これは第一ライフ資産運用研究所さんからのグラフですが、日本では近年、物価の上昇が激しくなっており、2026年もこの傾向が続きそうです。

物価の上昇が激しくなっているということは、貨幣の価値、とりわけ日本円の価値が相対的に低下しているということです。

 

一万円札一枚で買えるモノの量が減っているので、まるで一万円札が腐ってきているようだ、と私はつい思ってしまいます。タンス預金しっぱなしのお金も腐ってきていると比喩できるでしょう。「お金はタンスにしまっておくと腐る」だなんて、誰も教えてくれなかったよ……。

 

本当は、ノーポジなんて存在しない

誰も教えてくれなかったといえば、「本当は、ノーポジなんて存在しない」もそうですね。

ノーポジション、略してノーポジとは、投資の世界においてなんにも株や証券を買っていない状態を指すそうです。字義どおりに考えるなら、どこの証券会社も銀行も利用せず、タンス預金で日本円だけ溜めている人はノーポジに相当します。

 

でも、経済音痴な私が最近になってようやく気付いたのは、為替レートの上下まで含めて考えるなら、この世にノーポジなんてものは存在しない、ということでした。

たとえば1ドルが100円だった時に日本円で100万円をタンス預金していた人は、ドルに換算して1万ドル持っていたことになります。

でも、その1ドルが150円になったら、その100万円のタンス預金は三分の二の価値、約6700ドルになってしまうのです。そうなったらアメリカ製の製品、たとえばiPhoneやアメリカ産穀物などを買うのは難しくなってしまうでしょう。

 

最近の日本円の為替レートは、どの通貨を相手にしても分が悪くなっています。かつてはぜいたくし放題と感じられたアジアの新興国に出かけても、割安感はもうありません。

日本円というポジションがどんどん弱くなっているのが肌感覚として理解できます。

 

もちろん過去には逆の時期があったのでしょう。円高がどんどん進んでいる頃は、日本円で外国通貨や外国製品がますます買いやすくなり、そういう時期に財産を日本円でもっていた人はタンス預金しているだけで相対的にお金持ちになれていたんだと思います。

 

日本円がうなぎのぼりに円高になっていった時、日本人が意識的に日本円をため込んでいたわけではありません。

でも、結果的に日本円にポジションを持つのと同じことが起こり、世界レベルでみれば相対的にお金持ちになれていたのでした。

今は正反対のことが起こっています。円安がドシドシ進んでいる時に日本円だけを持っているのも、それはそれで日本円にポジションを持ち続けているのと同じことです。100万円のタンス預金も、円安が進行すればどんどん安くなってしまうでしょう。

 

ですから、「為替レートのことなんか気にしない、自分の財産は日本円のままでいい、それをタンス預金するんだ」と言っている人は、完璧にノーポジションなわけではなく、全財産を日本円に張っている人、それもタンス預金に張っている人、と表現すべきなのでした。

決して何も選択せずに済ませているわけではありません。その人は「日本円のまま」「タンス預金をする」という選択をしているのです。

 

その選択の結果は自己責任となって帰ってくるでしょう。手元にある日本円の額面が同じでも、円高やデフレが進めばその価値は相対的に上がっていくでしょうし、円安やインフレが進めばその価値はどんどん下がっていくでしょう。

 

余談ですが、社会全体の富の総量が増えることで貨幣の価値が下がっていく、という側面もあります。『7つの階級 英国階級調査報告』という本のなかに印象的なフレーズを見つけたので紹介しましょう。

過去30年間で社会全体の富の総量が数倍になったイギリスについて、著者は「それによって毎年の社会全体の所得は、事実上減少している」と述べたうえで以下のように付け加えます

こうした富の絶対的な増加は、社会の分断をさらに広げてしまう。

登山にたとえると、資産を持たない人が、経済ランクの頂上を目指す場合、30年前と比較し、山頂が何倍も高くなっているのと同じだからだ。

いくらかの資産があって、山の中腹から登頂を目指す人にとっても同じだ。社会全体の富の全面的かつ絶対的な増加は、連鎖的に社会の格差を増大させる。

富の分配の不平等が大きくなっている場合は、特にその傾向が強くなる。

年収1000万円の価値、年収500万円の価値は、日本国内全体やグローバル世界全体の富の絶対的増加によって目減りしていくのです。

私と同様、こうしたことに最近になって気づいた人も多いのではないでしょうか。

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こういうのって学校で習うの?

コロナ禍が起こり、ロシアがウクライナに侵攻し、中東が戦乱に巻き込まれているなかで、こうしたことがようやく自分事として感じられるようになりました。

ほとんど手遅れではあるのですが、為替レートについて意識するようにもなりました。なぜなら、真のノーポジションなんて世界にはどこにも存在せず、お金はいつだって・容赦なく上下動していることがわかってしまったからです。

 

昨今は円安がどんどん進み、インフレも進んでいますから、日本円をタンス預金しているだけの人は気づかぬうちに資産を目減りさせていくのでしょう。

「ディフェンシブな資産運用」なんて言葉がありますが、今の状況でディフェンシブな資産運用っていったいどんなものなんでしょう?

正直、私にはそれがよくわからないのですが、それでも「全額日本円にしてタンス預金する」がディフェンシブな資産運用にあたるとは、どうにも思えません。

 

ところで、こうしたことって学校で教わるものなのでしょうか?

ざっと調べたところ、インフレやデフレについては高校のカリキュラムの中でも習ったりするようです。

しかし、日本円で給料をもらい、日本円で貯金していること、それ自体がノーポジションではなく、「日本円に全賭けしている」ことになることまでは、たぶん教えていないんじゃないでしょうか。少なくとも私の頃は教わっていなかったように記憶しています。

 

なにより、当時は円高が進みまくっていた時期だったので、何も考えずに財産を日本円で持っておくことが結果的に正解だったのかもしれません。円高が進み続けている状況において、円で資産を持つことはそんなに悪い話ではなかったでしょうから。

 

政治・外交にもノーポジションは無い

余談ですが、「政治的にもノーポジションは無い」、仮にあったとしても著しく難しいものだと私は考えています。

 

たとえばAという勢力とBという勢力が争っている時に中立であるとは、AとBの勢力が均衡している状況下にはノーポジションのように見えます。

というより、双方との通商が利益にすらなる、おいしいポジションですが、もしAが圧倒的優位に立ち、Bが圧倒的不利に立たされる局面になってくると、そのようなポジションはあまり良い風には(Aからは)みえないでしょう。

滅ぼされようとしているBに比べれば沙汰はマシかもしれませんが、それでも、戦後に冷や飯食いに甘んじる覚悟はできていなければなりません。

 

ですから、こうした中立も、立派なポジションのひとつなんですよね。

それは「Aが大勝してもBが大勝しても壊滅的に悪いことにはならないし、相争っている間は有利ですらあるかもしれない、だけど戦後は冷や飯になりそう」なポジションであると自覚しなければなりません。

少なくとも、大勝している側をずっと支援してきた陣営に比べれば冷遇されるでしょう。

 

こうしたことは国や組織だけでなく、人間関係においても起こり得ます。

中立を気取るのも構いませんが、それをノーポジションと誤解すること、まして絶対に安全なポジションだと誤解するのは危険です。

 

とりわけ、「是非味方になってください」と手を引っ張られている状況で中立を宣言するのは、相手側からは「塩対応」と解釈されるリスクが高く、よほどうまい大義名分が伴っていなければ恨まれる可能性があるといえます。

 

そういう時に穏便にお断りする大義名分があるかどうかによって、中立宣言が恨まれる度合いや理解を示される度合いは変わってくるので、中立というポジションをとりたい人はそういうことにも神経を巡らし、事前に大義名分をこしらえるセンスが要請されるでしょう。

 

こういう人間関係や外交関係のポジションについても、学校は教えてくれません。

少なくとも授業では習わないので、授業以外のどこかで学び取っておきましょう。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

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「学校に行きたくない!くもんの宿題なんて嫌だ!」

ある日、子供がそういって泣き叫んでいた。

 

正直に言えば…気持ちはすごくよく分かる。僕だって学校になんて行きたくなかったし、くもんなんて拷問以外の何事でもなかった。

 

じゃあ、嫌な事からは逃げた方がいいのだろうか?

この問いに対する自分の答えは「今よりもっと苦しくなりたいのなら逃げてもいいが、楽になりたいのなら逃げないほうがいい」である。

 

自由だからといって、社会の義務を背負わなくていいわけではない

現代社会はとても自由だ。私たちは基本的には誰かから何かを強制される事はないし、仮にされたとしても跳ねのける事はそう難しいことではない。

 

じゃあ現代社会は優しいのか?その答えはNO!である。

 

世の中は世の中で、求めている事がある。

例えば医者は病院で真面目に働く事が薄っすらと求められているし、子供は小学校に真面目に通う事が薄っすらと求められている。

 

この規範を踏襲している限りにおいて、世の中は人に優しい態度を取る。

病院で働く医者は「立派なかたですねぇ」なんて言ってもらえたりするし、学校でキチンと教育を受けている子供も「ちゃんと勉強して偉いねぇ」と言ってもらえる。

 

対して、この2つを不真面目にやる人間に対して、社会は冷淡だ。

働かない医者は単なる無職だし、学校に通わない子供は単なる登校拒否で、特に何らかの保障を与えてくれるわけではない。

 

ワガママと自由は何が違うのか?

ワガママと自由の区別はとても難しい。

 

全体主義という言葉がある。これは社会全体の利益が尊ばれるという主張で、過激になるとナチズムやかつての共産主義政権のように、個人の人権が極めて蔑ろにされる性質のものだ。

これに対応するのが個人主義だ。これは個人の人権こそが尊いものであり、過激になると社会全体なんてのは個人にとっちゃどうでもいいものだという事になる。

 

言うまでもないことだが、このどちらも極端な形では”正しく”はない。社会は社会でキチンと存続しないと個人は生活ができないし、個人の自由もある程度は認められないと、息苦しすぎて生活ができない。

故に私たちは常にこの両者のバランスを上手に取らなくてはいけないのだが…この2つを上手に調律する事は非常に難しい。

 

嫌な事をやると、ワガママ成分が消える

冒頭の子供の「学校が嫌で、くもんの宿題が嫌だ」という発言に戻ろう。

この2つは、確かに嫌だ。そして子供にも一応は拒絶を主張する権利ぐらいはある。

 

しかし、この2つから逃げて、子供に何のメリットがあるだろうか?

そりゃ勿論、死にたくなるとか、徹底した人格批判がそこで行われるというのなら、逃げるのも妥当性があるが、ちょっとぐらい嫌だというのなら、単なるワガママと受け取られても、何も言えない。

 

逆に、ここで頑張って学校に行ったとしよう。すると子供は多少は社会性が育まれるだろうし、くもんの宿題をイヤイヤでもやれば、四則演算が身体で覚える事ができる。

 

ここで興味深いのが、このいずれもが社会全体からすれば、身につける事が望ましい性質であるという事だ。

逆に逃げて何が得られるかと言うと、個人の自由が拡大される程度であり、少なくとも社会には特に何の功徳も積まれない。

 

社会の信用は冷淡に判断を突きつけてくる

社会にキチンと功徳を積むとどうなるのか?その答えは極めてシンプルだ。社会が優しくなるのである。

 

借金を例に話を具体化させてみよう。例えば住宅ローン。これはサラリーマンが家を買う時に、年収の概ね10倍程度ものお金を借りれるシステムだが、金利はわずか1%程度と、他の制度と比較すると極めて良心的だ。

 

仮に同じ額の借金を、社会的な信用が全く無い状態からやると金利がどれぐらいになるか個存じだろうか?その答えは金利15%である。

いわゆる信用ゼロの状態から借りられるサラ金からお金を借りると、同じ借金でもこんなにケタが違うのである。

 

昨今はホルムズ海峡の閉鎖もあって住宅ローンの金利上昇で阿鼻叫喚の自体が叫ばれてるが、そこで問題となるのは精々数%の話であり、サラ金の15%とは比較にならないレベルの話でしか無い。

 

サラ金で数千万円借りて15%の金利を背負って生きる息苦しさは、住宅ローンで数千万円借りて発生する息苦しさとは文字通り桁違いのレベルである。

同じ借金をしたとしても、社会というのは権利を果たしているモノには徹底して優しい。対して、権利を果たしていると主張できない人間に対しては、どこまでも冷酷になる。

 

このように、世の中というのは冷淡に人を扱う性質がある。

社会というのは義務を果たしている人間には”それなり”の対応をするし、逆に義務を果たさない・あるいは義務を果たしていると主張できない人間に対しては”そういう存在”として対応をしてくる。

 

信用スコアは可視化されてないが、日本にもちゃんとある

この社会からの信用スコアは中国なんかだと可視化して提示されているようだが、日本に存在しないというわけではない。

 

例えば中年のオジサンが公園で子供を眺めていたら不審者扱いされるかもだが、子持ちのお父さんが子供を眺めていたら、それは至極普通の事とされる。

たまに「なんで苦労して金を払って子供を育てなくちゃアカンのや」という人がいるが、そういう人は、社会の信用スコアの力をわかっていないのだと思う。

 

社会は常に社会が追い求める規範や利益があり、それに見合った貢献をしてくれる個人に”それなり”の対応をする。

 

残念ながら、承認欲求は社会からの信用スコアの代用にはならない

承認欲求という言葉がある。誰かに認めて欲しいという気持ちがその源泉にあるとされるこの言葉だが、多くの人は承認を与えてくれるのはフォロワーやファンのような”個人”だと思っているフシがある。

だから現代ではインターネットのインフルエンサーが「承認欲求を稼げる人」として人気なのだろう。

 

自分もそういう存在に憧れた人間の一人なので、わからなくもない。

僕もインターネット歴が長いので、そういうインフルエンサーを何人も見てきたが、そういう人間が社会から独立して「わし、インフルエンサーで食っていきますわ」となって幸せになっている事例が驚くほど少ない事に、中年となって愕然としている。

 

なぜ社会と繋がらない個人は変になっていくのか?

一体何でそんな事態になってしまうのだろうか?

それについて自分なりに真剣に考察を重ねたのだが、結論は「個人が権力を持ってしまうと、社会の義務を果たすのがダルくなってしまい、結果的に社会の信用スコアがゼロになる」というものである。

 

世の中の不条理に晒されなくても生きていけてしまう強い個人は、社会からすれば扱うのが面倒な個人でしかない。

そういう社会の手に余る個人がどうなるかというと、社会はそっとその人を”見放す”のである。

 

こうして社会から見放された人間は、見放されているが故に社会性を失う。

社会から目を背けて生きる人間に対して、社会は極めて冷淡な態度をとる。

 

異次元レベルの社会的制裁に君は耐えられるのか?

そうして、いつの間にか社会からの信用スコアが消失した人間は、金利15%という重たい世界で生きる事を余儀なくされてしまうのである。

 

金利数%で生きている人間は、金利の上昇は確かに「苦しい」が、何とか対応できないレベルではない。辛いのは確かだが、頑張れないレベルではない。

だが金利15%の世界で生きるのは苦しいとか辛いとか、そういうレベルではない。そももそも9割の人間は、そんな世界では息を吸う事すら不可能である。

 

あまり社会から与えてもらう承認の事を馬鹿にし過ぎない方が無難である。

社会がクソだと叫びたくなる気持ちは痛いほどよくわかるが、残念ながら人は社会なしでは生きられない。そして義務を果たさない人間に対する社会の制裁は、異次元レベルで重いのだ。

 

悪人をやれない人間は、真っ当をやってしまった方がコスパはいい

以前から、なんで多くの人が自分の行いを善行のように語るのかが不思議でしかたがなかった。

 

少なくとも、自分を悪人であると正面切って主張している人をみた事はあまりない。

たまに自分の事をダメ人間だという人はいるが、そういう人間を本当にダメな奴だと正面切って批判して「ホンマにその通り。君は正しい!」とニコニコする姿なんて、一度も見たことがない。

 

なぜ人は善人ヅラをするのか?それは人が弱いからだ。

人間という生き物は、堂々と悪人をやれるほどには、精神的に強くはないのである。

 

スターウォーズのダース・ベイダーがカッコいいのは、あれが真剣に悪をやっているからである。

もしルークに「お前は悪人だ!」と言われて「ち、ちげーし。ジェダイが悪いんだし!」と顔を真赤にして反論したら、そこから神性は一気に剥がれ落ちる。

 

人はみな、罪深い生き物なのである

歳を取るという事はシンプルではない。故に僕らは、気が付かないうちに罪を重ねて生きる事になる。

みんな本当は、自分がとても罪深い人間であるという事を”わかって”いる。

 

だが、僕らはその罪を受け入れられる程には強くはない。だからどうしても自分の事を”善人”であるように振る舞ってしまうし、自分の行いが”善行”であると過度に主張してしまう。

しかし…そろそろ自分が悪人である事を、ゆっくりと受け入れられる位には、強くなるべきではないだろうか?

 

いつまでたっても正義のヒーロー役しかやれない人間は、少なくとも”大人”ではない。大人は必要に応じて悪役だってやるし、子供をひっぱたいてでも学校に行かせ、くもんの宿題をやらせる。

そうして子供に無理をしてでも社会の信用スコアを蓄積させ、子供から嫌われる事を甘んじて受け入れるのである。

 

好きな人から、愛する人から、嫌われたっていいではないか。

その人がキチンと真っ当に生きられるようになるのなら、大人はいつだって悪人の顔を、するべきなのである

 

 

 

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【著者プロフィール】

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

Photo by:

30代に2回のクビを経験した。

 

いま思うと若気の至りだなぁと思うのだが、それと同じぐらい

「自分が上の立場になった時に、元気な若者を上手にあしらえない程度の精神性しか無い上司は、無様だな」

とも思う。

 

人間の精神の発達というのは、純粋な能力の多寡では推し量る事が難しい資質だ。

達観したっぽい事をいう小学生は山ほどいるが、実際に達観した境地にいる小学生というのは有り得ない。

 

何故なら、普通に考えて小学生が自分でリスクを取って、自分自身を死地へと投げ込むという事が、現象的に不可能だからである。

そういう意味では、よく分かっていないながらもリスクをとって自分で自分を追い詰めて、そこから這い上がってこれて良かったなと思う。

 

お陰様で、今では色々な意味で、理解した上で他人に優しく接する事ができるようになったと思う。

ロジックが分かった上で他人への気遣いができるようになったのは、とても役に立つ知恵である。

 

「現場が回れば…それでいいんだ…」

異性の顔の好みが千差万別なように、人間には様々な謎のこだわりがある。

僕は以前、世の中には”正しいもの”と”間違ったもの”があり、それは議論を重ねる事で結果的に”正しい考え”に帰着するような性質のものだと思っていた。

 

しかし、この歳になって理解したのだが、管理職以上の立ち位置の人にとっては、正しいか正しくないか以上に”とりあえず現場を回す事”が重要になるという事だ。

 

わかりやすく例えでいえば、食事ならどんなにマズくてもまず3食キチンと出るのが大切で、一番駄目なのはメシが全く出ない事だ。味の好みはそこでは特に問われない。

同じように会社なら、最善の効率で仕事が回る事は確かに理想的ではあるが、たとえどんなに非効率であろうが、現場が回って経営できるぐらいに利益が上がってれば、その内容は正直どうでもいいのである。

 

若い頃の僕は、この「現場が回れば…それでいいんだ…」という経営者の祈りが全く理解できなかった。

だから眼の前で非効率な事や間違った事が行われる事が耐えられず、つい色々と問いただしてしまったように思う。

 

能力と地位は、必ずしも相関しない

会社組織が面白いのは、必ずしも能力と地位がキチンと比例するわけではないという事だ。

たまたま偶然でいいポストに能力が乏しい人間がつくだなんて事はよくある事だし、今は通用しない昔の常識を使って仕事をし続けてて軋轢を生んでいる管理職も割とよく散見する。

 

実力と地位が相関してる時というのは幸せな状態である。この場合、上司は部下を丁寧に指導すればそれで何も問題は無い。

部下はそれなりにはストレスフルだろうが、そこで歯を食いしばっていれば、それで現場が上手く回る。

 

しかし実力と地位が相関していない状態はどうだろうか?

こうなると、もう上司はある意味では神輿みたいなものである。売上のような第三者的な目線が必要な場所だと、上司はとりあえず置物のような存在として取り扱われて、部下が必死になって安月給で現場を回す事になる。

 

この上司置物状態は中々にストレスフルだが、もっと最悪なのは売上等が全く気にされないような場所でコレが発生する事である。

このような環境では、上司が行う黒魔術が常に発動し続ける事で現場が”回る”事になり、結果的に現場はファンタジーの世界のような展開となる。

 

偉い人のいう事しか通らない世界では、優秀な若者は残らない

こういう事をいっちゃアレなのだが、医療現場というのはある意味ではファンタジーな世界なのである。

7割の病気は自己治癒力で勝手に治り、残り2割ぐらいの病気は最善の選択肢を尽くしたとしても、間違えたり何もしなかった事と比較しても、そこまで短時間では大きな差は出ない。

 

例えば大学受験の模擬試験なら、試験の結果なんて終了後即座に結果が出る。だから自分が間違った事をした事はすぐに客観視できるし、修正も可能だ。

しかし医療現場では、最善ではない治療を選択したからといって、患者さんの7割は自己治癒力で勝手に治ってしまうし、誤診をしたとしても、その場で患者さんが突然死ぬようなドラスティックな変化は起きない。

 

だから、こういう場面で部下が上司に「これ、間違ってませんか?」と聞いても、多くの上司は「今までこれで何も問題なく仕事ができている。なにが問題なんだ?」と返してしまえるし、それで現場は”回って”しまう。

 

こうして旧時代の間違った価値観で動き続けている自己批判が出来ない権力者が、己の感覚をアップデートできないままに、現場が回り続けてしまう。

もちろんこれで稀に問題が生じる事はあるのだが、結局それは稀な現象だし、仮に起きても何だかんだでどうにか出来してしまうのである。

 

たとえ経営層に「あれじゃ駄目だ」と若手が訴えたところで、経営層が全ての現場を正確に把握する事など不可能だから、経営層は「よくわかんないけど、とりあえず上のいう事を聞けない下が悪い」で終わってしまう。

 

それでも自分で回せない場所は、たくさんある

こうして謎の黒魔術が発動し続けるファンタジー病院は日本全国にソコソコあるのだが、大切なのは「それでもやっぱり、世界は回っている」という事なのである。

 

結局、どんなに頑張った所で、人間が自分一人で回せる場所というのは限られている。

そういう絶対的な限界を考えると…そういう「実力ではなく、権力で物事が決まる場所」というのも、地域社会が回り続けているのなら、それはそれで必要悪なのである。

 

ただ、必要悪といっても程度の問題はある。

非常に正しい医療が、適切なフィードバックが働きながら施行され続ける理想的な病院が模範解答だとするのなら、「ギリギリ合格点」が行われ続けている限り無くホワイトな病院もあれば、「ドロッドロの黒魔術が行われている病院」というものもある。

 

本来ならば、そういう黒魔術が行われている病院は潰れるなり適切に空気の入れ替えが行われるべきなのだが…残念ながらそうならない条件が揃ってしまう事というのが、稀ではあるが確かに存在する。

 

たまに社会を大きく賑わせる病院がポッと出現するが、あれは多分、何らかの黒魔術が形を伴って発動してしまった結果なのだろう。

火のないところに煙は立たないのと同じで、魔法陣が存在しない場所では黒魔術は発動しないのである。

 

人は、ゴロゴロ転がってれば、自分に見合った器の場所に行き着く

”置かれた場所で咲きなさい”という言葉があるが、多くの人はこの言葉を”とにかく我慢しろ”と誤って捉えているように思う。

 

例えばだが、もし仮に自分がドロドロの黒魔術が行われている会社にたどり着いたとしよう。

この会社が自分の常識に照らし合わせて、物凄く間違った事をやっていたとしても、とりあえず偉い人の言う事を聞けば給料が出るのだとしたら、問われている事は

1. 権力者に従順になって、その対価として給料をもらう。
2. 権力者に従えないから、別の場所にいく。

のどちらかになる。

 

世の中には色々な文化がある。だから、自分の肌に合う水場を適切に探し出し、その水に肌が合うのなら、給料が安いとか労働拘束時間が長いというような条件には、ある程度は目をつぶるしかない。

自分自身に関して言えば、適切に対話が成り立たない場所で働く事が、どうしても無理だと気がついた。

世の中には上司が絶対に正しくて、部下は「正しくても、間違い」になるような場所というのが残念ながらある。

 

こういう場所は見た目は残念ながらホワイトで、実際に仕事の内容も量も少ないホワイトっぽいオーラを放っているのだが、実際には求められている仕事のレベルが上司を批判するに値しないが故に黒魔術の温床になりがちで、黒魔術師はその術式が発動する為にも、詠唱にチャチャ入れをされる事を酷く嫌う。

 

逆に、キチンとした事をやらないと物凄く徹底して批判されるような場所というのは、本当にお金では買えない自由な議論が行える場所だと気がついた。

 

ここでは常に上下関係なく正しい医療という目標に向かって皆が集中できる場所であり、そういう場所に居続ける為には自己研鑽や他人から批判されてもキチンと受け入れる度量のようなものは求められるが、少なくとも「馬をみても鹿と言わなくてはいけない」みたいなキテレツな現象には晒される事は無い。

 

こうやって跳ねっ返りが、強い自分自身が必死になって生き延びる為に試行錯誤していくにつれて、結局は人は「何かを追い求めたら、その他のものは切り捨てなくてはいけないのだし、それを手にするのに何かが足りないのなら、自分自身を強くするしかない」のだという結論に至ってしまった。

 

試練を通じて研鑽する過程は、決して楽ではないものの、その過程で積み重なった胆力は自分自身を強くしてくれるし、その強さというのが、その人の生み出す”器”の形なのである。

 

そういう意味では組織だけではなく、自分自身もゴロゴロと転がして、取りあえずスルッと収まる場所に行き着く事が大切だ。

そういう場所で、ちゃんと咲くことが大切なのだ。

黒魔術の贄になるぐらいなら、ちゃんと自分を回してあげる事も、じっくりと考えるべきだなと自分は思う。

 

 

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【著者プロフィール】

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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私は怒っている。

何に怒っているのかというと、上司と人生の不条理に対してである。

 

まずは、先月寄稿したこちらの記事を読んでほしい。

ミスを犯した役員が「被害者」ぶった日に、会社が失ったもの

「で、結局、どうなるんですか? 今回もマナミさんはお咎めなしなんですか?」
「経費の三重請求は、もし他の社員がやったら懲戒処分ですよ。あの人はミスばかりしてるのに、社長夫人だからという理由で毎回お咎めなしなのは、おかしくないですか?」
「ミスをしたのは自分なのに、自分がちゃんとできないのは社員の教え方が悪いと責任転嫁するなんて、人間性を疑います」

 

記事に書いたように、社長夫人であるマナミさんのせいで、会社の要であった社員が異動することになった。

本当はすぐにでも退職したいらしいが、「経理と総務を兼任している自分が、業務の引き継ぎと後任のフォローをしないままで辞めるとなると、途端に会社が立ち行かなくなってしまう。そんなことをすれば、これまで仲良くしていた同僚たちにも迷惑がかかる」との理由から、どうにか踏みとどまってくれているのだ。

 

彼女の責任感の強さに甘える形で、会社はどうにか日々の業務が回っているのだが、社長夫妻は

「彼女が辞めると言い出さないのは、例えどんなに不満があっても、結局はウチの会社の居心地が良いのだろう」

と、どこまでもズレたことを言っている。アホなのか。アホなんだろうな。

 

もちろん、会社は急いで求人を出した。

けれど、ただでさえ人材不足の田舎で「薄給で働いてくれる、経験豊かな、経理のベテラン」なんぞ市場に居るはずがない。

「できる人に来てもらおうと思ったら、知り合いを高給と高待遇で一本釣りするしかないですよ」

 

と私は進言していたが、現状認識の甘い経営陣は「いつも通り」の条件で求人を出した。

つまり、スキルと経験のあるベテランからすれば「こんな給料で働けるか、バーカ!」という舐め腐った条件なのである。

 

案の定、応募者のなかに実際に働けそうな人間は一人もいなかった。

 

事務は人気の職種なので応募はあるのだが、蓋を開けてみれば、

「経理の経験はありませんが、真面目なので適性はあると思います。派遣の仕事やパートで、入力の仕事なら、したことがあります」

という50代女性ばかりなのである。

 

応募者たちの経験は似通っており、若い頃(1990年代)に数年の会社勤めをし、退職後は空白期間がある。恐らく子育てに専念していたのだろう。

子育てが一段落してからは非正規の仕事を転々としており、主にサービス業や介護の仕事に従事している。

 

未経験にも関わらず応募してきた理由は、50代になって体力の衰えを強く感じ始めたからに違いない。

体を動かす仕事に疲れを感じるようになり、どんなに薄給だろうと、座ってできる仕事に転職できれば御の字なのだろう。

 

私も、前職では全くの未経験から独学で会計の勉強をして経理業務もこなしたので、「未経験者には無理」とあしらうつもりはないが、いかんせん、こちらには若くない新人の教育にリソースを割く余裕がない。

「本当は、すぐにでも会社を辞めたいと思ってます」と言っている経理担当者に、「時間がかかると思うけど、後任はゼロベースなので、一から丁寧に教育と指導をしてください」とお願いすることもできない。「いいかげんにしろ」とキレられるに決まっている。

 

結局、私に白羽の矢が立った。

ベテランとは言えないが、最低限の知識と経験があるからだ。

 

やりたくはないが、やらざるをえん。

承諾する代わりに給料を引き上げてもらったが、釈然としないのはマナミさんの態度である。

 

「あの人(経理担当者)は不親切で、私とは相性が悪かったし、いつかこうなったと思う。仕事ってチームワークが大事でしょ。お互いにサポート精神が必要じゃない?」

サポートされてばかりでお荷物になってる側が言っていいセリフじゃねぇぞ。

 

「あなたが担当してた仕事は、私が引き継ぐから大丈夫よ」

で? 「迷惑かけてごめんなさい」も「引き受けてくれてありがとう」もナシですか?

 

当初は、1日に3回くらい背中に蹴りを入れたくなったが、もはや憤ることも虚しくなった。

彼女には、本質的な知性がないのだ。知性がないから、周りの言うことも、自分の立ち位置も理解できないのだ。

 

知性とは畢竟、己に対しても客観的な視点を持てることではないだろうか。

冷徹な観察眼を自分自身にも向けるのは、辛いことだ。

 

もしも友人にバカしかいないのであれば、自分もまた同レベルのバカだということだし、パートナーが大した人間でないということは、自分も大した人間ではないことを自覚しなければならない。

レベルが釣り合っているから、付き合っているのだから。

 

現実とはいつだって情け容赦がない。

けれど、現実を受け止める勇気がなければ、自分の立ち位置は永遠に分からない。

自分の立ち位置を正しく把握できなければ、人としての成長も見込めないのだ。

 

他者に認めてもらえるだけの能力がないのに、プライドだけはエベレスト並に高いマナミさんのために、私は毎日「クソが!」と毒づきながら猛烈に働いている。

 

「ユキさんの仕事をマナミさんが引き継ぐの? 無理でしょ?」

と同僚たちは口を揃えるし、私も無理だと思っているが、それでもやらざるをえんのだ。

無理なことを可能にするために、私はこれまで担当していた業務を全て細かいタスクに切り分けて、暗黙知を片っ端から言語化し、マニュアルに落とし込み、テンプレートを作っている。

 

それまではマニュアルが存在せず、個人の能力に依存していた業務を「どんなアホでもできる」ところまで持っていかないと、事態が前へと進まないためだ。

それと並行しながら、睡眠時間を削って会計・経理・簿記の学び直しもしているのでフラフラである。

全て猛烈に怒っているからできている。全身にみなぎる怒りを機動力に変え、力技で目の前の課題を薙ぎ倒しているのだ。

 

思えば、いつだって私の原動力は「怒り」であり、怒っている時ほど高いパフォーマンスを発揮する。

前職でもそうだった。ブチ切れている間に、気がついたら問題を全て解決してしまっていた。

 

ブログや寄稿記事にしても、怒りに任せて書いたものほどよく読まれる。

闘争が私のアイデンティティーなのかもしれない。

 

夫に愚痴をこぼすと、呆れたように笑われた。

「ブログ書いてた頃から、あなたはずっと怒ってるし、闘ってるよね」

 

まったくだ。

書いて闘うことに疲れて、勤めに出たら、騙されて死にかけの商店街組合の立て直しをさせられた。ようやく片付いたと思って転職したら、今度は「プロ被害者」かつ「無能ハラスメント」の上司が待っていた。

再び修羅場に身を投じることになり、「元の木阿弥」感がすごい。

 

「我が闘争だわ」と自分で言って、笑ってしまった。笑うしかない。人生は不条理だ。

 

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

リンク:https://note.com/flat9_yuki

TwitterAmel Majanovic

ウサギと戦争反対

ネットの話題は移ろいやすい。その速度は上がる一方だ。SNSでは反射神経だけが求められる。なにかものを言おうとすると、もう話題は通り過ぎている。ただ、いつ通り過ぎた話題を語るのも勝手だ。

 

Xでの話だ。あるイラストレーターが「世界中から戦争がなくなりますように」というコメントとともにウサギのイラストを投稿した。

これが炎上した。イラストレーターは自分がおかしくなった、暴走したと謝罪し、最後にはイラストも謝罪文も削除してXから去った。

 

正直、書いていて意味がわからない。おれは今そう思った。

実のところ、最初のポストを見たときも、それに最初についたであろう批難の声を見たときもそう思った。そうだ、おれはわりと移ろいゆく話題を追いかけてはいる。

 

そのときは最初の批難に対する批難、が多かったように見えた。そりゃそうだろうと思った。おれはそれで目を離した。が、ちょっと目を離しているうちに炎上、謝罪の流れになった。

なぜ炎上したのか。無責任に見えるからか? 現実の暴力に対して軽すぎるからか?

 

そりゃおかしいだろう、という声も広まった。ウサギと戦争反対のイラストをアップするべつのイラストレーターも出てきた。「#NOWARBUNNY」というハッシュタグも作られた。これが読まれている時点で流行っているかどうかわからない。

 

ただ、話の根っこは流行っているかどうかではない。戦争の話だ。なぜ人は人を殺すのか。人類の文明や文化につねにつきまとってきた話だ。

そして、今なぜ「世界人類が平和でありますように」(文言がちょっと違うか)という願いが炎上するのか。これは考えるに値する。

 

東浩紀『平和と愚かさ』を開く

「考えるに値する」のでおれはじっくり考えはじめた……わけではない。まず東浩紀の『平和と愚かさ』という本を開いた。そこに、「これ」に関する考察が書かれていたっけと思ったからだ。

 

ちなみに、『平和と愚かさ』はおれがそうとう久しぶりに買った本だ。いつ以来、なに以来か思い出せない。

おれは貧乏人で安いアパートの部屋も狭く、図書館通いをしていたからだ。

 

そして、何ヶ月ぶりにか読んだ本でもある。

希少がんになって2025年12月に入院することになり、図書館通いが途絶えた。退院後も図書館に通う体力がなかった。

そして、2026年2月、二度目の入院となった。今度はWi-Fiの弱い古い病院だったので、なにか本を読もうと思った。そこで買ったのが『平和と愚かさ』だった。

病気になって酒も飲めなくなり、Xのスクロールに没頭するようになったおれは、よく目にする東浩紀のポストに「いつも真っ当なことを言う」という印象を持った。たまには、本を買おう。新しく書かれた本を読もう。そう思った。

 

入院中、この本を読んでいるとき、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃が始まった。病院でスマートフォンを見るだけでは、どういう規模の話かいまいちわからなかった。

昭和生まれのテレビの子であるおれは、テレビがどのくらい報じるかでニュースの規模をはかる。

 

ただ、結局のところ退院して一ヶ月経ったいまも、これが戦争なのか、なにかべつの規模のものなのか、よくわからない。

ロシアによるウクライナ侵攻は「この時代に国家間戦争が起きるのか」というたいへん大きな驚きがあった。それで感覚が麻痺してしまったのか、自分には戦争というものがよくわからなくなってしまった。

アメリカによるベネズエラ攻撃も国家間戦争だったのか? そもそも戦争の定義とはなんだろう。おれには学がないので、そんなことも知らない。

 

そんなおれが『平和と愚かさ』を読んだ。とても難しい言葉で書かれていたらどうしよう、という思いはあった。

おれには読める本と読めない本の境目がわりとはっきりあって、たとえば同じ著者の『動物化するポストモダン』はまるで読めなかった。

 

一階建ての本と二階建ての本というものがあって、あれは二階建てだと思った。

しかし、『平和と愚かさ』は一階建てだった。これはおれの「感じ」の話だ。あと、読めるけど意味がわかったとはいえない「広すぎる一階建て」の本とかもある。いつか話そう。

 

いま平和を語りにくいわけ

話がそれた。話を戻す。『平和と愚かさ』の最初のほうに、こんなことが書かれている。

戦争はよくない。あらためて繰り返すが、それはじつに単純なメッセージだ。
にもかかわらず、ぼくがそんな単純なメッセージから本書を始めるのは、それこそがいま素直に思考し表明できなくなっているものだからである。

反戦ウサギの話に直結する話ではないか。そして、こう続く。

戦争はよくない、停戦するべきだ。開戦からしばらくのあいだ、そう発言するだけで、おまえはロシアの侵略を許容するのかと批判される状況が続いた。

少なくとも日本のSNSではそうだった。本書が出版される二〇二五年の時点では、多少状況は改善している。けれどもそれは戦争への関心そのものが落ちていることを示しているにすぎない。

またどこかで新たな戦争が起これば、やはり同じように、正義の側について戦うのか悪の側について戦わないのか、どちらかを選べという空気が支配的になるだろう。これはたいへん不自由な状況だ。そしてぼくはここにはとても重要な哲学的問題が隠されていると感じている。本書はその探究を主題としている。

ロシアの侵略からその空気はあった。そして、言葉どおり、新たに不自由な状況が生まれている。言葉通りだ。

なので、どういう立場からであれ、あのウサギの炎上に興味を持った人は、『平和と愚かさ』を読んでみるといい。その探究の本といってもいいからだ。おれの文章など読んでいないで、今すぐ買って、そして読め。以上。

 

……といって終わってもいいが、まあこちらはこちらで話を進めさせてもらう。

おれは先ほど、「戦争の定義を知らない」と書いた。なんらかの国際法に書いてあるかわからない。AIに聞いてみたら、1945年の国連憲章以来、国家間の戦争というもの自体が禁止されているので、明確に定義されていないと言ってきた。

国際人道法が問題にするのは「武力紛争」らしい。なので「宣戦布告」というものも存在しないらしい。今ならあいさつなしにパールハーバーに行ってもいいのだろうか。よくわからない。

 

本書では、現代においては平和とされている状況で行われている「認知戦」も、広義の戦争ではないかという考え方が紹介されていた。

ひょっとしたら、日本だってすでにネット上でどこかの国と戦争をしているのかもしれない。

 

そして、それゆえに「平和」が厄介な概念だという。認知戦まで戦争だとすると、平和とはなんだということになる。

戦争と平和を単純に対立させていいのだろうか。その境界はじつはあいまいではないのか。そこに、平和というものの概念に弱さがあるのではないか。

 

そこで著者は「平和とは戦争が欠けている」のだと定式化する。欠けているのは「思考」だとする。

多くのひとが平和だと感じる状況においては、ひとは戦争を戦っていないだけではない。そもそも戦争について考えていない。少なくとも考えないことが許されている。それが重要なのではないか。

平和の本質は戦争をしないことにあるのではない。戦力を放棄することにあるのでもない。戦争について考えないことが許されることにある。

だから逆に、いったん戦争が始まると、平和について語ることは原理的にはむずかしくなってしまう。戦争が始まるとは、すべての人が戦争について考えねばならなくなること、つまり戦争について考えないことが許されなくなることを意味するからだ。

これはとても具体的な話である。平和から戦争に移行するとは、「戦争について考えないことが許される」状態から、「みなが戦争について考えねばならない」状態に移行するということである。そしていったんそのような移行が完了してしまうと、もはやかつての平和は悪の放置にしか感じられなくなってしまう。なにも考えないで敵国民と共存し、平和を享受していた過去は欺瞞にしか感じられなくなってしまう。

ザ・ブルーハーツは「爆弾が落っこちるとき、すべての自由が死ぬとき」と歌った(と、思ったが、いま歌詞を確認したら微妙に記憶違いであった。なので、これは歌詞の無断使用にはあたらない)。

その自由のなかに、「戦争について考えない自由」も含まれる。なるほど、そういうことか。

 

そして、そこに平和についての大きな考えが示される。

平和は「考えないこと」の広がりで定義される。だから、平和について考えるとは、「考えない」ことについて考えるということでもある。

ほんとうに、そうなのだろうか?

たとえば、過去の戦争について加害者だった側が「考えない」ことは許されるのだろうか。

 

そのあたりについては、著者が旅(この著者の用語でいえば「観光」なのかな)をしながら考察しているので、そちらをあたってもらいたい。答えがあるとはいわないが、考えるきっかけはたくさんある。

さて、おれは「考えないことについて考える」という点について考えたい。

 

「妙好人」の境地

著者は「考えないことについて考える」ことを、「ほとんど自己矛盾のような作業」と書いている。

おれがそこで思い浮かべたのは、「禅問答みてえだな」だった。

 

おれは西洋哲学というものがわからない。いまはなんの時代だか知らないが、ポストモダンを学ぶには、モダンを知らなければならないだろう。

では、なにが近代を成立させたか、その前の時代を知らなくてはいけないだろう。西洋思想の基盤の一つであろうキリスト教について知らなくてはならないだろうし、古代ギリシア、ローマまで遡る必要があるだろう。おれは西洋哲学というものを学ぶ気力がない。

 

なので、まだ仏教思想の切れ端を読んでいるほうが楽だ。仏教にだって長い歴史、積み重ねがあるのだろうが、なんというか一階建てだ。

思想と宗教という違いがあるのかもしれない。たとえば、思想は思想でも東洋思想となって、自己矛盾にしても「絶対矛盾的自己同一」とかいわれると困る。

 

困るので、「禅問答」というところに落ち着く。そしてさらに、おれは禅から浄土真宗に飛んで、こんなフレーズが思い浮かんだ。

「たりきには じりきもなし たりきもなし ただ いちめんの たりきなり」

だれの言葉だろう。妙好人・浅原才市の言葉である。

 

妙好人とは、浄土宗、浄土真宗の在俗の篤信者のことを指す。修行に打ち込むでも、学識を積み上げるでもなく、一つの悟りのような境地にいたった人たちのことだ。

東方正教会には「聖なる愚者」という言葉があるが……それとはちょっと中身が違うな。でも、字面のイメージは近いかもしれない。妙好人はあくまで市井の人であり、そのあつい信仰と人柄によって周りの人から尊敬された人たちである。

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それについて研究して本を出したりしたのが鈴木大拙だ。

「他力宗の生命は実にいかめしい学匠達や堂々たる建築の中に在るのでなくして、実は市井の人、無学文盲ともいわれ得る、賤が伏屋に起臥する人達の中に在る」という。曽我量深も小学校を出ただけのお百姓さんの日記を読み「ああいう立派な文章でも、内容でも、自分など書けるものではない」と書いた。

 

むろん、妙好人の味は鈴木大拙や曽我量深の研究文にはない。その言葉そのものにある。

いや、じっさいのところは、その人に接して生きるなかにあるのだろうが、周りにはいないし、残された文章で知るしかない。

 

話が長くなった。おれは平和について、さっきの浅原才市の言葉を連想した。

「平和には 戦争もなし 平和もなし ただ一面の平和なり」

 

戦争について考えないということは、行き着くところこういう境地ではないのか。そんなふうに思った。

平和について考えると、もはや「考える」の世界に入ってしまう。「考える」世界はより賢さが求められる。東浩紀はSNSとAIにより賢さへの強迫が加速しているのが今の時代だという。

そこでは「考えない」という平和は許されない。状況が状況であれば、「反戦」という「戦い」に参加しなくてはならない。

 

だから、平和すら考えない、それで済む、それが人類究極の目的かもしれない。そんなことを考えた。

 

……考えたが、それはあまりにも非現実的すぎる。ジョン・レノンくらいドリーマーだ。

人類全員がそんな境地に至ればいいが、そんなことはありえない。邪悪な人間がひとりでも出てきたら、なにも考えない人はあっさりとだまされてしまうし、世界が間違った方向に行ってしまうだろう。

 

たとえば、上の本に妙好人・小川仲造のこんな言葉が見受けられる。

◯此度も身こそろしやにゆかずとも、銃(つつ)はろしやにむけまする、心の国が一大事。
◯御国の為に、法の為、ここが御恩の報じどき、すすんで、てつだい、いたしましょ。

明治三十七年二月日露戦争んつき、国債応募のよろこび
よろこべよろこべ、もろともに、
ほとけが陛下と御出世か、
大臣軍人みな神か。
ろしやのあくまを、ごうぶくし、
せかいのわざわい、はらはんと、
とうとい御徳があらはれて、
あさ日が山ばにおあがりで、
せかいに光がかがやいた。

これでは、あまりよくない。

もちろん、彼らは知の人ではない。市井の雰囲気や報道を素直に信じ込んでしまう。

 

いや、知の人ですら、いざ戦争の世の中になるとどうなるかわからない。たとえば、日本で宗教の戦争協力というと神道のイメージがあるが、縁遠そうな浄土真宗ですら接近、合一してしまう。

政治と宗教を考える『親鸞と日本主義』を読む

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「考えないことについて考えつつ考えないことにはおちいらない」。

その塩梅のむずかしさ。「政治的な思考停止の領域についての合意の広がり」の塩梅のむずかしさ。

 

それでもおれは、東浩紀の言う「考えないこと」の価値を論じることが重要であるという指摘を、単に「勉強したり、考えたりするのはめんどくせえな」(まあそれも本心であって、なおかつ許されるべきなのだが)と受け取るだけでなく、考えてみる価値があるものだと感じた。『妙好人』でも鈴木大拙がこう言っていた。

禅者の言葉に「教壊」というがある。これは、教育で却って人間が損なわれるの義である。その実、内面の空虚なものの多く出るのは、誠に教育の弊であるといわなくてはならぬ。

 

『平和の愚かさ』の帯には「ぼくたちは政治について語りすぎている。そのせいで平和から遠ざかっている」とある。

 

まあおれもSNSでブログでこのサイトで語りすぎているような気がする。なんならこの文章もそうだろう。

「高卒のわりにそこそこ賢いだろう」という態度が透けて見えるかもしれないし、それは正しい。

 

どうやってここから横超するのか。それは自力ではどうにもならぬから、他力本願といくしかないのか、考えていても答えは出ない。

ただ、おれが文章を書くのをやめないことだけはわかっている。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :UX Gun

SF小説家、アーサー・C・クラークの小説が好きで、よく読む。

 

とくに、

「幼年期の終り」

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「2001年宇宙の旅」

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「都市と星」

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「宇宙のランデヴー」

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などは、何度も読み返した。

個人的に、「幼年期の終り」は、安部公房の「第四間氷期」などと合わせて読むのがおすすめ。

 

 

それはそれとして。

つい先日、「SFずきの知人」とちょうど話題となった「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の話や、「火星の人」「三体」などの話になった。

流行り廃れはあるが、個人的には、SFは「ありそうな未来」がテーマになっていると面白い。

それらはある意味では、「今後の科学技術に対する考察」でもあり、理系を志す少年少女たちの燃料でもある。

 

そんな話をしていたときに、「クラークの3法則」の話が出た。

 

アーサー・C・クラークには、よく知られている主張が3つあり、そのなかでも、第三法則は最もよく知られている。

十分に高度な科学技術は、魔法と区別できない。

という主張だ。

 

我々は「科学技術」を扱うことで、魔法のような力を行使できる。

よく知られた事実だ。

 

遠隔地の人間と話をする。

未来を予想する。

容姿を変える。

数万度の火を起こし、稲妻を作り出す。

鉛の弾を超音速で飛ばす。

人間のように話ができるマシンを生み出す。

 

このような話をしていたときに、別の知人が、こんなことを言った。

そういえば「ハリー・ポッター」で描かれている「魔法」って、けっこう科学技術でできちゃうよね。

と。

 

そうなのかな?と思ったが、確かに魔法使いのできることは、「姿現し」などの空間転移以外は、科学技術で再現可能にも見える。

なるほど、たしかにわざわざ「魔法」である必要もないかもしれない。

 

また、彼によれば、ハリー・ポッターの世界における「魔法」の描かれ方は、科学技術にそっくりなのだという。

 

再現性と法則性がある。

体系的に教育される。

運用にはルールと罰則、限界がある

人を傷つける魔法は禁忌とされ、通常は使われない

 

従来の魔法使いは、「おとぎ話」や「TVゲーム」で描かれるように、杖を振れば何でもできたり、戦闘のために魔法を使うシーンがメインで描かれていた。

また、「魔法」とは、単に「個人的な能力」とみなされていた。

 

「魔法を礎にした社会はどのようなものなのか?」について、詳しく描かれることはなかった。

(ファンタジーの世界の住人は、「魔法」があるにもかかわらず、我々と同じような思考をする)

 

しかし、ハリー・ポッターの世界では、魔法はもう少し複雑な描かれ方をしている。

「社会における体系化された技術の一つ」

であり、数学や工学、化学のような扱いだ、というのだ。

 

ただ、そう考えていくと、実は我々の世界でも、学校で、科学の礎たるSTEM、つまり「数学」や「工学」をきちんと習得できないのは、問題なのではないかと思った。

何しろ、ハリー・ポッターの魔法使いの世界では、魔法が使えないのは人権にかかわるくらい、重大なことなのだ。

 

 

「STEM」という言葉がある。

科学、技術、工学、数学の頭文字を取ったもので、国力の根幹を支える、不可欠なものとして認識されている。

科学、技術、工学、数学(STEM)教育と研究は、国家の発展と生産性、経済競争力、そして社会の幸福にとって不可欠なものとして、世界的にますます認識されるようになっています。

世界各国の政府が、学校における理科と数学、そして高等教育におけるSTEM分野の教育と研究を統括するSTEM政策を策定しようとしていることからも明らかなように、STEMへの世界的な転換が見られます。(Research Gate

これらは、いわば現実世界における「魔法教育」のようなものかもしれない。

 

実際、世界における時価総額トップの企業群の創業者はほぼ「STEM」の学位取得者で占められている。

つまり、強大なパワーを操り、マシンをコントロールできる「魔法使い」たちが、大きな力を持っている。

 

一方で、魔法を習得するのは、簡単ではない。

実際、日本においては、「魔法」の習得者は、全体の2〜3割に過ぎない。

2〜3割の「魔法使い」が存在しており、残り7〜8割の「マグル」(ハリー・ポッターの世界では、魔法が使えない大半の人々は「マグル」と言われる)が、存在しているともいえる。

 

*

 

とはいえ、日本も含め、主要国の国家元首は中国を除き、STEM分野の出身者ではない。

政治家の多くは「マグル」であり、マグルの代表でもある。

 

しかし富は魔法使いに集中し、マグルはこれをコントロールできなくなってきている、と感じる人も多いのではないだろうか。

 

ハリー・ポッターシリーズの主人公、魔法使いであるハリーは、自分の養父母であるマグルのおじさんとおばさんに、半ば虐待のような生活を強要されている。

おじさんとおばさんは、大きな力を持つ魔法使いに対して、恐怖を抱いているからだ。

そしてそういう対象は、迫害しても構わない、と思っている。

 

テクノロジーへの不信、そして、科学者への敵視というのは、マグルが魔法使いを恐れるのと、何ら変わりはないのかもしれない。

自分たちのよく知らないパワーは、怖いものだ。

 

実際、ハリー・ポッターの世界では、魔法使いたちは、マグルたちの記憶を改ざんし、記憶に残らないように暮らしている。

マグルたちとの無用な争いを避けるためだ。

 

まあ、与太話としては面白かった。

忘れてほしい。

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:Shayna Douglas

3月5日に40歳になった。もうこれで、文句のつけようのない中年である。

小さい頃は自分が40歳になるだなんて想像すらしなかったし、40歳は完全無欠な大人だと思っていたが、実際には至らない点が多い。多少の円熟はしたとは思うが。

 

40歳を迎えて思うのは、次の10年が最初で最後のやりたい事に全力で向き合える機会だろうなという事だ。

20代30代の頃は、そもそも仕事や技能の取得が出来ておらず、それ故に自分がどれぐらいの能力があって、どういう事が実際に出来るのかが、全くわからなかった。

 

しかし40歳にもなると、さすがに自分の能力やスキルについては客観的に把握ができるようにはなってくる。その上で、自分が何を成し遂げるべきなのかを冷静に見据え、それらにコツコツと向き合い続ける事で、きっと明るい50代が迎えられる事だろうという予感がある。

 

いま思うと、20代~30代は苦の連続だった

最近の僕は精神的にはとても落ち着いている。この落ち着きが何に由来するかといえば、若かった頃にあった「会社に行きたくない」という感覚が薄いからだと思う。

 

いま思うと、20代30代は地獄だったように思う。その地獄が何に由来するかといえば、結局は会社に行くと自分が何かをできない事を痛感させられ、それで自尊心が削られるからだ。

この自尊心の目減りが会社に行きたくない、働きたくないという正体の9割ぐらいだった。

 

しかし40代になり、少なくとも自分の専門分野に限っていえば幸運にもそれなりの才覚に恵まれていたという事がハッキリとするようになってからは、僕は会社にいくのが全く苦痛ではなくなった。

むしろキチンと自分の能力を発揮して自分自身の存在感を出せるという事もあり、働く事が楽しくなったとすら言えてしまうかもしれない。

 

やりたくない事をやらなくては、人は楽にはなれない

以前にも「結局、辛いのは弱いからであり、だから楽になりたいのなら強くならなくちゃ駄目だ」というような事を書いた事がある。

生きるのが楽になって思うのは、結局いまの自分を構築しているのは、辛く厳しい20代30代の自分が踏ん張ってくれたからに他ならないという事だ。

 

もしあの頃の自分に「それがお前の本当にやりたい事なのか?」と、スティーブ・ジョブズの最後のスピーチっぽく誰かが問いかけたら、恐らく過去の自分が全力でNO!というと思う。

もしそこで、踏ん張ることを辞め、楽な道に逃げ出していたとしたら…まず間違いなく40歳になった僕は、今ほどには心の安寧は迎えられてはいないだろう。

 

特に若い人に多いとは思うのだが、そもそも自分が何をやりたいのかなんて、多くの人にはサッパリわからないものだ。

そりゃアンパンが好きだとか、カツカレーが好きだみたいな雑な好きぐらいなら誰でも簡単に言えるだろうが、40歳でそれなりに達観した境地に達したいみたいな状態に至りたいと思ったとしても、そのためにどうすればいいのかは好きとか嫌いの理の範疇には無い。

 

必死になって生き延びろ。そうすれば答えは出る

こう考えればわかるとおり、実は好きとか嫌いのようなものは、やりたい事の判断基準にはあまり役には立たない。

むしろ嫌で嫌で仕方がない事の方が、安楽な好きなんかよりも、よっぽど将来の自分の為になる可能性のほうが高いだろう。

 

子供をみていても思うのだが、人間が最も凄いなと思うのは、発達するという事だ。

例えば僕は今ではフルマラソンを完走する事もできるし、数時間ぐらいなら全く身動きせずに坐禅を組む事もできる。仕事の速度や正確さは業界内でも恐らく上位3割にはいるだろうし、昔はあまり得意ではなかった他人への共感も、あまり苦ではなくなった。

 

この出来るようになった事だが、いま思えばどれもこれも全て僕が大嫌いだったものばかりである。

だからそもそも自分は出来ないと思っていたのだが、色々な副次的な理由もあって、結局どれも履修する事になり、そして僕は”発達”した。

 

人は発達してしまう

一度自転車に乗れるようになってしまった人間が、二度と自転車に乗れなくはならないように、人間の発達は基本的には不可逆的なもので、出来るようなればその技能が失われる事はまず無い。

必死になってギリギリ生き延びるような日々が続いていると、自分が高度に発達するだなんて事は想像も出来ないが、実際には生き延びてさえしまえば、大抵の人間は結果的に発達する。

 

一度発達さえしてしまえば、もう後は楽なもんである。その技能はもう、二度と失われる事はない。だから辛い事から逃げずに頑張る事には意味はある。

 

自分で自分の事がわからなくなると、正しい判断が行えなくなる

逆に、適切な発達をせずに出世してしまった人の予後は暗い。

 

僕はかつて、秘書をわざわざ雇っている人達の気持ちがよくわからなかった。自分の事ぐらい自分でするべきであり、自分で自分のスケジュール管理すらできないような状態に陥っているのは、明らかにオーバーワークだと思うからだ。

 

しかしこの歳になってくると、確かにある領域に限っていえば、仕事を外注せざるをえないなと感じる事は多い。

全てを自分で処理するのは、増え続ける仕事と対比させると、さすがに難しいものがある。

 

そういうわけで、秘書のような方に、自分のスケジュールを管理してもらう事も仕方がないのかな、と思うようにもなった。

 

だが、そうやって自分の仕事を自分の器を超えるような形で拡張させすぎた人の何人かが、ちょっと頭がおかしいのではないか?という行動をときおり取るような姿を散見するようになり、とても不思議なものをみるような気持ちになってきた。

 

この手の人達は、恐らくなのだけど自分で自分の事がちょっとわからなくなってしまっているのだと思う。

 

若い頃はこういう状態になったら「ちょっと休んでスッキリしなさい」とか、あるいはあまりにも酷いと説教されてハッと我に返ったりできると思うが、微妙に偉くなってしまった後で、そういう風にゼロの地点に立ち戻るのは、かなり難しい。

仕事を誰かに外注するのは確かに良い事だ。だが、それは必ずしも自分で自分の事を把握しなくてもよいという事にはならない。

 

だから間違った選択をしたくないのなら、常に自分の事を見つめ直す事である。

だいたいの誤った判断は、自分を見失っている事に起因する。

 

偉くなったんだし、ちょっとぐらい火遊びしても問題ないだろうというのが、転落の火種になるのだろう。

 

40代は、20代に見えていた景色と全く異なるから希望を持っていい

20代の頃の僕は、結局はこの世はお金が全てであり、性的快楽にまさるものはなく、美味しいものを食べるのは無常の喜びで、仕事もせずにグータラ毎日遊び耽るのが最高の人生だと思っていた。

運動なんて疲れる事は絶対にやりたくなかったし、会社に所属する意味も全くわからなかった。子供は凄く嫌いだし、別にいなくてもいいかなと思っていた。

 

しかし40代の今の僕は、ランニングがライフワークになっており、人生で最も幸福を感じる瞬間が子供と公園で遊んでいる時だという、20代に想像していた景色とは完璧に異なるものだった。

会社に通う意味も、お金や仕事を覚えるためというよりも、人のふり見て我がふり直せ的な、自分自身の立ち振舞いの修正に最も役立つ、社会生活におけるメンテナンス的なものになるという風に、全く異なる意義として捉えるようになった。

 

逆にあんなに好きだったグルメ活動は一旦やめてみたら意外と辞められるもので、そこまでの執着は今ではない。

もちろん、暇が戻ってきたらまたやり始めてもいいかなとは思うものの、最悪無いならないで未練は感じない。

 

あと美しい異性に全く心を惹かれなくなってしまった。これはまあ、性欲が抜けたのに加え、女性と人間関係で随分揉めてて色々と学べた事が大きいのだと思う。

若い頃の僕が、今の自分をみたら、随分つまらなさそうな大人にみえるのかもしれないが、逆に40歳になった今の自分が20代の自分を思い返すと「いろいろな欲望に自我を振り回されたりしてて、執着も多くて、苦しそうだなぁ…」と思う。

 

昔は「これぐらい当然だ」と思っていたことが、この歳になると苦悩を生み出すものに対する執着でしかなく、それをさっさと捨てれば楽になれるのにというのは分かるのだが…まあ、若いってそういうものでも、ありますからね。

なにはともあれ、ちょっとは余裕をもって40歳を初められそうでよかったなと思う。

 

これからもコツコツと日々を積み重ねてゆき、想定外の50代を迎える日を楽しみに待つ事にしよう。

 

 

 

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【著者プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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数日前、「脱オタクファッション」について当時を知る人々とおしゃべりする機会があった。

1980~2000年代は、オタクとみなされることが社会不適応者の烙印たりえる時代だったから、そうしたマジョリティからのオタク差別をかわすための擬態として、「脱オタクファッション」を求める向きが存在していたわけだ。

 

ところで、オタクが差別の対象となる時代は、オタク界隈が日陰者の隠れ家たりえる時代でもあった。

オタクが社会不適応者の烙印だったからこそ、社会不適応者にとってオタク界隈がアジールたり得た、とも言える。

当時のオタク界隈はカウンターカルチャーとして機能していた、とも言えよう。

そのことは、当時の景色からも、そこで生まれたコンテンツからも、そこで育ったクリエイターからも言えるだろう。

 

社会のマジョリティからは蔑まれても、内部に独自の価値観やステイタスを持ち、「マジョリティの価値観やステイタスから距離を置ける社会空間」としてのオタク界隈。そこに救われた人はけっして少なくなかったはずだ。畢竟、成功したカウンターカルチャーとはそういうものではないだろうか。

ところが00年代後半以降、オタク差別は次第に解消され、オタク界隈で育まれていたコンテンツやクリエイターが広く支持されるようになっていった。オタクという言葉の響きも、のっぴきならないものからライトなものへと変化した。

 

それはカウンターカルチャーとしてのオタク/オタク界隈の終わりの合図でもあった。控えめに言い直すなら、オタク界隈がマジョリティに親和的になった、とするべきだろうか。

コンテンツで例示するとしたら、たとえば00年代なら『涼宮ハルヒの憂鬱』であり、10年代なら『君の名は。』であり、20年代なら『超かぐや姫!』あたりが事態をよく物語っていると思う。

 

それで良かった、とも言える。

オタクがマジョリティになっていくと同時に自分自身も社会に馴染んでいき、社会へと組み込まれていった世代にとっては特にそうだ。

しかし、カウンターカルチャーとしてのオタク界隈が終わった後、社会不適応者がたゆたっていられるカウンターカルチャーはどこに行ったのだろう?

 

サブカルチャーからカウンターカルチャーへ──オタクの誕生

本題に入る前に、カウンターカルチャーとしてのオタクについて少しだけ振り返っておきたい。

 

社会学者の宮台真司らは、『サブカルチャー神話解体』のなかでオタクの出自として1973~76年頃の東京有名私立校などの一部の若者たちを挙げている。

73~76年、東京の有名私立校などの一部の若者たちによって原新人類=原オタク文化が混融した形で担われていたが、77年以降にメディアを通じて性や恋愛と結びつく形で新人類的なものが上昇を開始すると、新人類的なものとオタク的なものの担い手が対人能力によって分化し始め、オタク系メディアの物語世界が「ついていけない人間」に対する「救済コード」として機能しはじめる──。

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ここでいう新人類とは、1970年代にオタクと袂を分かち、20世紀末のサブカルチャーの主流派となっていったグループだ。

宮台らによれば、76年あたりまではオタクと新人類は首都圏の良い学校に通っている良家の子女を共通祖先としていたが、コミュニケーションを志向し異性関係に開かれていく新人類と、そうではないオタクに分派していったという。

 

1983年には新人類のオピニオンリーダーの一人である中森明夫によるエッセイ「『おたく』の研究」が雑誌『漫画ブリッコ』に掲載され、これ以降、オタクには根暗な社会不適応者の集まりというスティグマが貼りつけられるようになった。

当時を憶えている人なら、1988~89年に起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人についての報道がそれに拍車をかけたことも思い出せるだろう。

 

かくして、オタクとオタク界隈は社会の表舞台から遠ざけれた。

新人類が若者文化の雛型として持て囃されるのをよそに、アニメやゲームに傾倒している人も、外見からそのように見える人も、まともに区別されることなくオタクという一言でまとめられ、蔑まれ、アンタッチャブルな人物とみなされた。

 

この時期、NHKはオタクという言葉を放送禁止用語にしているが、それぐらい、オタクとみなされること、オタク呼ばわりされることは社会適応にかかわる大問題だった。

オタク界隈に通じている人々もそれは自覚していて、オタクたちは自分達の対義語として「一般人」や「カタギ」といった語彙を用いていたし、コンテンツの作中描写、たとえば『ああっ女神さまっ』などにはオタクが社会不適応者らしい姿で登場している。

 

だが、それは悪いことばかりでもなかった。大人たちや若者文化のマジョリティに忌避されたからこそ、当時のオタク界隈はカウンターカルチャー(のひとつ)として機能した、とも言える。

新人類とそのフォロワーの嘲笑をよそに、この時代のオタク界隈はコミュニケーションの苦手な者のアジールとして機能する側面を持っていた。

自分の好きなアニメの話になるとマシンガントークをしてしまう人、独り言がやめられない人、いつもオフ会の時間に遅れてくる人、新人類的なコミュニケーションや恋愛に嫌悪感を持つ人でも、仲間意識を持ちあえる場所だった。

 

社会から後ろ指をさされかねない者同士、そのようなコンテンツをシェアしている者同士という仲間意識が、お互いを結び付ける一助になっていたのは想像にかたくない。

少なくとも地方在住の私には、『アドバンスド大戦略』や『機動戦士Vガンダム』や『痕』といった個々のコンテンツの話題が通じる相手であるだけで「友達」のように感じられた。

 

それからクリエイターを揺籃する地としてもオタク界隈は機能した。

大人文化はもちろん、若者文化の主流派からも距離を置いていたからこそ、許される表現や試される表現があった。

 

『Fate』シリーズなどの那須きのこ、『魔法少女まどか☆マギカ』などの虚淵玄、『君の名は。』などの新海誠は、この時代・この界隈で頭角を現したクリエイターだ。

ボカロやゆっくり実況、今日のアニメ表現の少なからぬ部分でさえ、この時代のオタク界隈から受けた影響は小さくない。

 

若者文化の主流派からパージされていたからこそ、2010年代以降に台頭していく表現や感性の種が蒔かれたといえる。その種を育てたのは、クリエイター自身であると同時にそれらを支持した当時のオタクたちだったのは言うまでもない。

 

若者文化の主流派としての始まり、カウンターカルチャーとしての終わり

ところが00年代の中頃、『電車男』や『涼宮ハルヒの憂鬱』が人気になったあたりからオタク差別がなりをひそめていく。マスメディアにおけるオタクの扱いも変わり、「クールジャパン」なるシュプレヒコールまで聞かれるようになった。

 

それからは皆さんもご存知のとおりだ。

ライトノベル的なもの、ガンダム的なもの、推し活的なもの、そういったものが若者文化の主流派へと繰り入れられ、それらを愛好していることが差別に直結する事態は緩和された。

オタクという言葉も希釈され、洒落た服装をした男女が気軽に自称できるものにもなった。

今ではもう、オタクを自称すること、オタク呼ばわりすることにたいした社会的意義は存在しない。たとえばもし、推し活する人をオタクと呼ぶなら、今日の若者文化の主流派はオタクということになる。そこまで希釈された言葉に、もはやたいした意味などない。

 

しかし、そのこともオタクたちにとっていいことづくめとは限らない。

00年代後半の段階から、ライト化・カジュアル化していくオタク界隈、あるいはコンテンツたちに不満な目線を向けるオタクは存在したが、それは「にわか」に難癖をつける以上の意味があったよう、2026年からは回想される。

オタクとオタク界隈が若者文化の主流派に転じたことに伴い、それらはコミュニケーションを不問に付すアジールとしての機能を喪失していった。

 

もちろん、コンテンツを観ているだけで本当の本当に誰ともコミュニケートしないなら、それすらどうでも良いことだったかもしれない。

が、しかし、同好の士と繋がろうと思ったら今後はコミュニケーション能力が問われることになる。

かつてのように、個々のコンテンツの話題さえ共通していれば無条件に仲良くなれるのではなく、たとえば空気も読まずにマシンガントークしてしまう人は同好の士のあいだでも浮いてしまう可能性がにわかに高まった。

 

旧来のオタクたちに比べて、若者文化の主流派をなすマジョリティのマスボリュームは巨大で、コミュニケーション能力に下支えされた影響力は強大でもあった。

コンテンツだけ見ていて人間を見ていない人間が、コンテンツも人間も見ている人間、ひいては本当は人間のほうを見ていてコンテンツはそのために選択している人間に影響力で伍するのは難しい。

 

SNSで全員が繋がり合った世界で「いいね」や「シェア」を利用しコンテンツを遠く高く飛ばしていくのは、コンテンツと専ら一対一で向き合っているような影響力ゼロの人ではない。

コンテンツをみんなと一緒に推せる人、そしてコンテンツ(と自分自身)をアッピールできる人だ。

そうなると、アニメもゲームも次第にマジョリティのほうを向いたジャンルへと変質していき、たとえば2000年前後につくられたビジュアルノベルにあったような、「マイノリティのためにつくられた作品」は相対的に少なくなっていく。

 

さきほど『サブカルチャー神話解体』から引用した際に、コミュニケーションの可否によって新人類とオタクが袂をわかち、前者が若者文化の主流派となったと書いた。

これが示すように、元来オタクはコミュニケーションに苦手意識を持つ人々が構成員に多かったカテゴリーで、オタク界隈のコンテンツもコミュニケーションに苦手意識を持つ人々のほうをある程度は向いていた。

その傾向は、たとえば『Kanon』や『CROSS†CHANNEL』や『灼眼のシャナ』といった往時の作品を振り返ってもわかることだし、くだんの『サブカルチャー神話解体』にも、たとえば「青少年マンガのコミュニケーション」の章にもそれは詳述されている。

 

2026年第一クールの秀逸なアニメにしてもそうだ。

コミュニケーションに苦手意識を持つ旧来のオタクのほうを向いた作風は主流ではない。

それらの作品はそもそもクオリティが高いからコミュニケーションに苦手意識を持つ人でも十分楽しめる。だが、旧来のオタク「のために」作られた作品とは違う。

コミュニケーション強者におもねる作品とまでは言わないにしても、コミュニケーション弱者に格別な配慮をはからう作品ではない。

 

母屋を乗っ取られるとはこのことだ。支持層の傾向から言っても、作中描写やキャラクターの造形から言っても、90~00年代にオタク界隈で育まれ成長してきたコンテンツ、ひいてはジャンルは、若者文化の主流派に占拠された。

例外がないわけではないにせよ、アニメやゲームはカウンターカルチャーとしての性質をおおむね失い、大人文化や若者文化の主流派とも接続し、アジールと呼び難い場所に変わってしまった。

カウンターカルチャーとしてのオタク界隈は、終わってしまったのである。

 

コミュニケーションの苦手なオタクはどこへ行った?

そうなると、即座に疑問が立ち上がってくる。

コミュニケーションできないオタク、たとえば人間集団に溶け込めないオタクやオフ会の片隅で無口だったオタクはどこへ行ったのだろうか?

 

答えの半分は、「今でもオタク界隈に残っている」だ。

友達はできづらくなるかもしれないし、オフ会にも気軽に参加できなくなるかもしれない、しかしアニメやゲームに向き合うことはできるし、SNSで「いいね」や「シェア」をやってのけることだってできる。

ソーシャルゲームの片隅でなら承認欲求をみたせなくもない。マジョリティに母屋を乗っ取られたことを気にしないなら、まあ、楽しむことはできる。

 

しかし、マイノリティ同士が繋がれるアジールはどこにある?

トー横キッズになれる人は、なれば良いのかもしれない。そこは確かにカウンターカルチャーみが深い場所だ。

が、誰もがそこに入れるわけではないし、身の危険と隣り合わせの場所である。旧来のオタクに相当するような青少年に親和性の高い場所とも思えない。

 

私は年を取ってしまったので、たとえば進学校に通っているコミュニケーションの苦手な少年が易々と所属でき、友達を見つけられるカウンターカルチャーみの深い場所がどこにあるのか、よくわかっていない。

 

わからないままでいいのかもしれない、とも思う。

かつてのオタク界隈がそうだったように、新時代の表現やクリエイターは大人の与り知らないところで育まれるだろうし、そのほうがアジールとしてちゃんと機能するだろうとも思えるからだ。

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Clark Gu

「あの時、あの場所でしか存在しなかった体験」の話をする。

まず、ゲームセンターの話から始めさせて欲しい。

時期としては、私がお小遣いとか勉強時間とか睡眠時間とか栄養とか、色んなものを削りに削って、ゲーセン通いにリソースを全振りしていた頃。もう少し正確に言えば、大体1992年~1998年くらいまでの期間になる。

 

かつて、ゲーセンに通っている人たちの間では、「ホームどこ?」という言葉が「相手の身元確認の手段」として成立していた。

ホームというのは、要は「自分が普段通っていて、主な居場所にしているゲームセンター」のことだ。「色んなゲーセンがあって、ゲーセンごとに遊べるゲームに偏りがあったので、みんなあちこちのゲーセンを巡っていた」という前提知識がないと、そもそも意味不明な言葉だ。

 

当時は、ゲーセンでも「強い人/上手い人がたくさんいるゲーセン」と「そうでないゲーセン」の間にはかなり明確なヒエラルキーがあって、前者を「ホーム」にしている人たちは、それだけで「こいつ、なかなかやりそうだな……」と一目おかれたりしていた。

私のホームは、名古屋の端っこの方にある、「キャビン」という小さなゲーセンだった。家から出て、角を二回曲がって、しばらく坂道を転がり落ちていくと、道の左側にキャビンがあった。今はもう、ないのだけれど。

 

あの光景は、今でも目を閉じるだけで鮮明に思い出せる。匂いも覚えている。ふっと何かの匂いを嗅いだ時、「あ、キャビンの匂いだ」といきなり記憶が蘇ることがあるくらいだ。

主にタバコと駄菓子とおっさんの体臭が主成分で、いい香りとは言い難かったが。

 

キャビンは小さな体育館のような作りになっていて、天井は鉄骨が剥き出しになっていて、鉄骨から飛行機の模型がいくつもぶら下がっていた。

入り口の方にUFOキャッチャーが三台。真ん中のあたりには格ゲーの対戦台が大きな顔をしていて、ゲーセンの一番奥には(当時基準の)レトロゲームと脱衣麻雀が何台か置いてあった。そして、格ゲーの周辺、対戦台エリアを囲むように、壁際に何台ものアクションゲーム、シューティングゲームが並んでいた。

 

私はキャビンで色んなゲームを遊んだが、特に色濃く残っているのはシューティングゲームの記憶だ。

つま先から頭まで沼に浸かっていた横シューの最高傑作、「ダライアス外伝」。

最終盤、強大な敵と相対するプレイヤーを鼓舞するように1面のBGMが流れる演出の珠玉、「ガンフロンティア」。

R-TYPE。バトルガレッガ。ソニックウィングス、19XX、ゲーム天国、雷電II、アクウギャレット、BATSUGUN、ウルフファング、ギガウィング、プロギアの嵐、中華大仙、疾風魔法大作戦、蒼穹紅蓮隊、ストライカーズ1945。

 

無理だ。私があの頃キャビンで遊んだゲームのタイトルは、とてもじゃないが挙げ切れない。

「やり込んだ」と胸を張って言えるゲームもあれば、1コインクリアすらできなかったゲームもたくさんあるが、とにかく思春期の時間の何割かを、私はキャビンに捧げている。

 

キャビンの唯一の店員であるおっさんには毛髪も愛想もなかったが、脱衣麻雀をスタッフクレジットでプレイしている時以外は割と親切にしてくれて、年少だった私が他の客に絡まれたら声をかけてくれたし、店で売っているキャベツ太郎をおごってくれることもあった。

人生の中に「頭が上がらない人」というのは何人かいるが、「あの場を提供してくれていた」というそれだけで、キャビンの親父も私にとっての「頭が上がらない人」の1人だ。

 

ということで、キャビンはとても良いゲーセンだったのだが、今から考えると1つだけ、大きな問題があった。

「とにかくうるさかった」のだ。

 

当時のゲーセンなんて大体そんなものだったかも知れないが、キャビンのゲームはどれも音量設定がデカく、デモの間も音が鳴りっぱなしで、一つ一つのゲームの音なんてろくに聞こえなかった。

格ゲーの対戦台は特にそうで、ゲーム中のキャラの声もデカければ、遊んでいるプレイヤーの奇声もだいぶデカかったので、自分が遊んでいるゲームのBGMをじっくり聴くことなんてとてもできなかった。当時、一部のゲームではヘッドホン端子がついている筐体もあったらしいが、キャビンにはそんな気の利いた台は一台もなかった。

 

これはだいぶ後になってから分かることなのだが、私はどうも「複数の音が鳴っている中から、一つの音を聴き取る」ということがかなり苦手な性質であるらしく、それも「聴こえない」に拍車をかけていた。

当時、「ゲームのBGMにもいい曲がたくさんある」と認識し始めていた私には、ここだけはなんとももどかしい点だった。

 

***

 

次に、レイストームというゲームの話をしたい。

レイストームは、1996年、タイトーから発売された、3Dポリゴンを使った縦スクロールシューティングゲームの大傑作だ。その最大の特徴は、「「高さ」「深さ」という側面から、プレイヤーの視点を完璧にコントロールする」という、圧倒的なゲーム演出にあると思う。

レイストームには、前作「レイフォース」から引き続く、「ロックオンレーザー」というシステムがある。

眼下の敵にカーソルを合わせることで敵を「ロックオン」することができ、そこでロックオンレーザーを放つと画面上のどこにいてもレーザーが敵を襲い、撃破する。

 

ロックオンレーザーは敵を倒すためにも重要だが、得点を稼ぐためにも非常に重要で、「敵をどういう順番でロックオンして、どう倒すか」というのがゲームを遊ぶ上での重要な要素になる。

縦スクロールシューティングというものは、自然と「自機を上から見下ろす」という視点になるものだが、レイストームというゲームにおいては、ロックオンレーザーと3Dポリゴンによる当たり判定の関係で、それが直接的にプレイフィールに影響する。

 

その顕著な例が4面の対艦隊戦だ。レイストームでは、「高さ」が合わなければ敵にも敵弾にも接触しないため、下の方の敵はすりぬけられる一方、「遥か下方から撃ってきたレーザーが、自機と同じ高さまで来て襲いかかってくる」なんて場面もある。

 

さらに、ロックオンレーザーも撃ってから着弾までにタイムラグがあるため、特に自機がR-GRAY2の場合、「遥か下方に見える敵艦にロックオンレーザーを撃ち込んだ場合、戻ってくるまでしばらく時間がかかる」という現象が発生するわけだ。

この感覚が、「宇宙空間での艦隊戦」というAREA4で特に顕著になり、「2Dの縦シューなのに、自分がちゃんと宇宙空間で戦っている」という絶妙な臨場感をもたらしてくれた。

 

これに限らず、ロックオンレーザーのパターンを構築する時は、「敵の高さと位置」の意識がかなり重要になる。

結果、プレイヤーは「自機の高さと、敵の相対的位置」を自然と意識することになり、結果レイストームが「縦シューとしても他に類を見ない程「見下ろす」という視点を強く意識する」ゲームになっていると考えるわけだが、とはいえ本記事では、レイストームの視覚的演出は本題ではない。

 

ここで特筆したいのは、レイストームのBGMの演出だ。

レイストームにおいて、自機が託された使命は「惑星間戦争で敗北直前まで追い詰められた人類による反撃」だ。

敵勢力である「セシリア連合」、衛星セシリア自体が元々は地球からの植民衛星であり、セシリアを圧政で支配した地球政府の自業自得的な面もあるのが業が深いのだが、それはそうと自機である「R-GRAY」を駆るプレイヤーは、地球圏から衛星セシリアへと攻め上がっていく。

 

で、レイストームのBGMは、このストーリー展開と明確に、見事にシンクロしている。

具体的に言うと、序盤、地球圏でのBGM(AREA1~4)は比較的明朗で軽快な曲が多いのに対して、地球圏を離れて衛星セシリアに戦いの場が移って行く(AREA5~8)につれて、BGMの構成がどんどん重く、無機質に、陰鬱に、しかし荘厳になっていくのだ。

 

その最たる例が、最終面(AREA8)の「HEART LAND」および「INTOLERANCE」だろう。

最終ボスである「ユグドラシル」についにたどり着く自機R-GRAY。

 

当初は、ユグドラシルは複数のパーツを破壊しないと全容をあらわすことがなく、プレイヤーは激しい攻撃を凌ぎながら、緑色のシールドに覆われたユグドラシルを「見下ろして」ひたすらロックオンレーザーを撃ち下ろしていくことになる。

この時BGMとして流れているのが、心臓の拍動のように静かに重々しくドラムの音が響く、「HEART LAND」。

https://open.spotify.com/intl-ja/track/0zQRBKIcAExLq97MEzqe3T?si=44cac7ab151146a9

 

そして、全てのパーツを破壊すると、旋回するR-GRAYに合わせて視点がぐるっと動き、自機の前についに「ユグドラシル」の本体が姿を現す。

同時に、まるで滅び行く種族への鎮魂歌のように、静かに、ゆっくりと、「HEART LAND」からスネアの音を経てシームレスに繋がる、「INTOLERANCE」の荘厳なメロディが響き始める。

https://open.spotify.com/intl-ja/track/7uQjOtGpe3MWDHPRQk4cNB?si=9a5d307a6e0b466e

 

サントラのライナーノーツやエンディングの文章を読むと分かることだが、実はレイストームというゲームでは、エンディング後に衛星セシリアの住民数十億が命を落とすことになる(※PS版のエクストラモードだともっとひどいことになる)。

そのため、まさにプレイヤーが作戦を成し遂げようとしているその瞬間、流れる曲が鎮魂歌となるのはある意味で正しい。

 

しかし、この「INTOLERANCE」という曲、とにかく静かで、荘厳で、そしてかっこいいのだ。

STGのラスボスという最高に盛り上がるシーンで静謐な曲が流れるというのは、例えばダライアス外伝やガンフロンティアとも通じるところがあるが、レイストームの「INTOLERANCE」の素晴らしさはダラ外の「SELF」にも全く劣らない。聴いたことがない人は聴いてみて欲しい。

 

ところで、ここでひとつ問題があった。それは、「レイストームのBGM演出は、ゲーセンで味わうにはあまりに繊細過ぎた」ということだ。

しんざきが通っていたキャビンなどは特にそうだが、音がうるさいゲーセンでは、演出を味わうどころか、メロディを聴き取ることすら殆どできやしなかった。「なんとなくかっこいいメロディが聴こえる……」と歯がみするのがせいぜいだった。

 

***

 

そんな私を何が救済したかというと、それは当然サントラ、ではなくPS版「レイストーム」だった。

 

アーケードゲームの家庭用移植というものには、遥か「ゼビウス」の昔から様々な性能上の問題がつきものだったが、PS版レイストームについて言うと、元々のアーケード版がPS互換システムを使っていたこともあり、これが間違いなく超絶良移植だった。

SS版の「バトルガレッガ」(STG移植のひとつの到達点である)に並ぶのではないか、とすら個人的には思っている。

 

もちろん、画質や処理落ちを始め、アラが全くないというわけではない、ないのだが、自室という静かな空間で、初めて「ユグドラシル」を背景にした「HEART LAND」と「INTOLERANCE」を耳にした時には、「これが本当のレイストームだったのか……!!」と思うほどの衝撃を受けたものだ。

 

PS版のエクストラモードで聴けるアレンジ版BGM、「ノイ・タンツ・ミックス」がこれまた素晴らしいアレンジ揃いで、一面の「GEOMETRIC CITY」のアレンジで響きわたる笛の音を聴いた時には、これを吹くだけのために管楽器を始めることを決意してしまうほど感動した(それでケーナを始めた)。

 

サントラはそれはそれで素晴らしく、今でもレイストームは(オリジナル版もアレンジ版も)Spotifyのお気に入りリストに入っているが、それでもやはりゲームBGMの味は、ゲームとセットで体験した時にこそ最大化するものだ、と私は思う。

ゲーセンで散々「音が聴きとれない」という辛酸をなめた後だっただけに、感動もひとしおだったのかも知れない。

 

***

 

上でも書いたが、レイストームが発売されたのは1996年。今からちょうど30年前、PS版で考えても29年前になる。

あれから、ゲームを取り巻く環境は激変した。

 

「個人経営の街のゲーセン」というのは残念ながらその多くが姿を消し、私がかつて通い詰めたキャビンも、今では建物すら残っていない。

その一方で、ゲームを遊べる環境は恐ろしく進歩し、今ではオンラインで何の問題もなく通信対戦ができるし、SteamやSwitch、PS5を始め、様々なプラットフォームでもの凄い数のゲームを遊ぶことができる。過去の名作も遊べるし、現在の大作も、インディーズの新機軸のゲームもDL販売で手軽に遊べる。

 

これは、疑いなくゲーマーにとっては素晴らしい時代であると思う一方、ほんのちょっとだけ、奇妙な寂しさも感じる。

それは、インターネット時代にパソコン通信のモデムの接続速度の遅さを懐かしむような、たいした意味はない、ほろ苦いノスタルジアとでも言うべきものだ。

そう、ちょうどキャビンのタバコ臭い匂いのように。

 

「ゲーセンで聴こえなかった音を、家庭用移植版で初めて聴けて感動する」というあの時の体験も、おそらくは「あの日、あの時」しか存在しなかった体験なのだろう。

とすると、それをどこかに書き残しておくのも、全くの無駄ではないのかも知れない。そう思ってこの記事を書いた。

 

誰かの「あの日、あの時」をほんのちょっと思い出す、そのきっかけにでもなれば、幸いなことこの上ない。

今日書きたいことはそれくらい。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

様々な会社の、新卒採用を手伝っていたことがある。

その時の話だ。

 

通常、採用の面接官は、「採用に値する人」を振り分けるのが目的だ。

が、正直なところ、新卒採用では「だれを雇うべきか」は、ほとんどわからない。

実績に相当するものが、学歴程度しかないからだ。

 

では、何もできないのかというと、そうではない。

「雇ってはならない人」を通さない、という役割がある。

 

その「雇ってはならない人」を見分ける方法の一つが、

「「話のつじつまが合わない部分」をついたときの反応を見ること」であった。

 

*

 

例えば、学生が、志望動機を

「豊かな社会に貢献する」という企業理念に共感しました。
私は実家があまり豊かではなかったので、皆が豊かな生活ができる世の中を作りたいと思っています。

といった(テンプレっぽい)話をしたとする。

 

もちろん、テンプレっぽい、というだけで落としたりはしない。

が、この話、信じてよいのだろうか。

 

そこで面接官は、具体的に聞く。

「豊かな社会」と「豊かな生活」について、あなたなりの具体的な定義をしていただけますか?

 

「具体性」を問われると、少なくない学生が、定義ができないことがある。

そういう学生には、

「豊かな社会」に共感したと、先ほどおっしゃいましたが、一体、何に共感したのですか?

雰囲気に共感したということですか?

と、少々突っ込んで問いただす。

 

あるいは、

豊かな社会とは、皆が不足なく暮らせる社会で…

と、抽象的な言葉で逃げようとする学生にも、

皆が不足を感じない社会なんて、そもそもあり得ると思いますか?

と、現実との矛盾点を問う。

 

ただ、内容そのものは、正直何でもよいのだ。

我々は、価値観ではなく、能力と性格を見ているのだから。

 

つまり、ビジネスでよくある、

「会議で突っ込まれる」とか

「お客さんから聞かれる」とか

「部下から矛盾を突かれる」など

といった、少々苦しいシチュエーションを、この場で擬似的に作り上げるのが目的なのだ。

 

そして、こういうところでは、人間の本性が出る。

 

「こまったなあ」という表情を浮かべる学生もいる。

焦って凍りついてしまう学生もいる。

中には、

「雰囲気で共感していました、すいません。でも気持ちは本物です。なぜなら~」と、謝れる人もいる。

それならいい。

謝れることは、社会ではとても重要なことだし、能力不足は、育成でなんとでもなる。

 

が、少なからずいるのが、こちらに怒りの矛先を向ける人だ。

表情と、口調が変化する。

 

「いえ、そういうことではなくて。誤解していただきたくないのは……」

と、こちらの誤解のせいにしようとする人。

 

「私が申し上げたのは、豊かというのは経済的な意味だけではなくて——」

と、「話のわからない人たちだ」、とでも言いたげに、最初に言ってもいない前提を突然持ち出してくる人。

 

「ダボス会議で言われていたのは……」

などと、別の権威を持ち出して、質問に答えず、話をすり替えようとしてくる人。

 

反論するのは全く問題ないのだが、感情的なのはいけない。

面接の場で、何回かこのような反応が見受けられたら、

彼らは

「謝れない」

「間違いを認めない」

「頑迷である」

という特性を持った人たちの可能性がある。

 

彼らはどんなに学歴が良く、ペーパーテストができても、基本的には落とす。

ビジネスでも、アカデミックでも一緒だと思う。

「謝ったら死ぬ」とまでは行かないが、重要なときに「自論の欠点/間違い」を認められないのは、後々、顧客対応や社内のやりとりなどで、大きなトラブルを引き起こす可能性が高いからだ。

 

面接官は、単に話の辻褄が合わない部分を突いただけ。

圧迫したわけでも、叱ったわけでも、人格を否定したわけでもない。

 

でも、このタイプの人はそれらを区別できない。

 

「論理の指摘」を「人格への攻撃」として受け取ってしまう。

こういった性格面での未熟さは、10年経っても、20年経っても、だいたい治らない。

 

柔軟ではない人は、年配も若者にもたくさんいる

余談だが、よく、「若者は柔軟だ」と言われる。

が、実際に様々な採用に携わると、決してそんなことはない、と気づく。

 

現場で見聞きした限りでは、おっさん、おばさんと、若者は大して変わらない。

事実、「年を取ると頑固になる」という話には、大したエビデンスがない。

 

おそらく、直接なにか言われたときに

「黙っている」とか

「反抗しない」

といった若者が見たことが多いからなのだろうが、それは彼らが、柔軟だからではなく、経験からくる「意見」を持っていないだけの可能性が高いのではないだろうか。

それは柔軟さではない。

 

おそらく、柔軟さや素直さ、謝れるかどうか、といった性質は、年齢よりも「個人差」のほうが圧倒的に大きい。

 

なんでも「はい、はい」と、無条件に受け入れてしまうのは、素直ではなく単なる阿呆だ。

だが、話の矛盾や欠点を突かれて、相手に怒りの矛先を向けたり、謝罪して修正をできないような人間は、組織の人間関係や対顧客の関係を危うくしかねない。

 

あくまでも冷静に、「組織に絶対に入れてはいけない人」を見極めることは、かなり重要なのである。

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:Amel Majanovic

就職氷河期世代

就職氷河期世代、というものがある。内閣府の定義によると、大卒者は「1970年(昭和45年)4月2日から1983年(昭和58年)4月1日まで」に生まれたもの、高卒者は「1974年(昭和49年)4月2日から1987年(昭和62年)4月1日まで」に生まれたものを指すらしい。いま、Wikipediaを読んで知った。

 

とはいえ、おれ自身が就職氷河期世代であるということは知っていた。おれは1979年(昭和54年)の生まれだ。

大卒だろうと高卒だろうと氷河期真っ只中だ。凍え死んだ世代の一人だ。それは知っていた。

 

おれは「知っていた」と書いた。おれは就職氷河期世代の人間の一人として「生きてきた」わけではない。

おれにとって就職氷河期とは、あくまで他人事だ。おれに「就活で何百社も落とされた」とか、「仕方なく非正規雇用についた」というエピソードはない。おれは人生で履歴書を書いたこともないし、就職面接を受けたこともない。

おれは就職氷河期世代と、同じ世代だ。ただ、それだけだ。

 

ドロップアウト

おれの最終学歴は高卒だ。中高一貫の私学を出た。出たあとどうしたか。一年くらい大学に通っていた。なので、非公式な言い方では大学中退ということになる。

おれが入ったのは慶応義塾大学文学部だった。入学式で学部長だかだれだかがこう言った。

「文学部は就職に不利だと言われるが、諸君らは大学の名前で就職できるから安心したまえ」。

「諸君ら」がどうなったかはしらない。

 

ひょっとしたら、学部長だかの言うとおり、慶應の卒業者は就職氷河期でも問題なく就職できたのかもしれない。それはよく知らない。だが、おれは就活中らしい上級生のこんな会話を聞いた。

「アコムってところに行ったけど、金融系と思ったらサラ金だったの」

 

アコムだったか、プロミスだったかは覚えていない。ただ、おれのなかでそこはサラ金だった。サラ金。今だったら消費者金融というのだろうか。

ともかく、慶應の就活生がサラ金を知らないのか。そして、そんなところに就職先を求めるのか、と、意外に思った。

 

たぶんだが、その当時、リアルタイムではまだ就職氷河期なんて言葉はなかったように思う。

少なくとも、就職氷河期にいるとは自覚していなかった。

 

もっとも、おれはその自覚をすることなく、就職氷河期からドロップアウトした。ドロップアウトしたのは大学だが。

おれはフランス語の活用が覚えられなかったし、語学のクラスで「二人一組を作って」と言われて、相手がいなかったし、「大学にもなってこんな幼稚園みたいなことをさせられるのか」と絶望した。おれは大学に行かなくなった。おれは大学を辞めた。

 

大学を辞めたおれはひきこもりのニートになった。ひきこもりのニートになるくらいは実家が太かった。

「このままひきこもっていても、この鎌倉の実家の土地を売れば遊んで暮らせるのでは?」などと思っていた。

おれにはニートの才能があったので、なんの気兼ねもなくダビスタなんかをしながら暮らしていた。

 

が、親が事業に失敗した。実家がなくなった。一家離散となった。おれにもなにもなくなった。

なくなって、一人暮らしを始めることになった。不本意だ。不本意ながらそうなった。

 

生きるために働くことになった。自分の身分が何なのかわからなかった。生きるために最低限の金だけ現金で渡された。

初めて銀行口座を作ったときは感動したし、その後けっこう経ってからクレジットカードを作れたときは恩義すら感じた。おれは楽天カードを愛している。いずれにせよ、おれはおれが正社員というものになったのがいつなのかよくわかっていない。そうなる前にちゃんと納税していたかというと怪しいが、納めるだけの税金があったのかどうかもわからない。

 

最初は洗濯機すらなかった。近くにコインランドリーもなかったので、ユニットバスで服を手洗いした。そのアパートは水道代定額だったので、そういうこともできた。そんな生活だった。

ずっとパソコンも持っていなかった。おれが自分のパソコンを持つことができたのは、おれがブログをはじめたずっとあとだ。おれは会社のパソコンでブログを書いていた。

 

べつに苦労話をしているつもりはない。単なる事実だ。そしてこれは、就職氷河期世代とはなんの関係もないと思っている。

 

おれのは自己責任だし

さて、就職氷河期論となると、「自己責任論」が出てくる。とくに下の世代から出てくる。

「いつまで世代論で政治や社会に文句を言っているのか。就職氷河期世代でもちゃんと就職して結婚して子供を作り、資産を形成している人もいる。自分の能力や努力が足りなかったのをいつまで人のせいにしているのか」と。

 

そういう意見に対して、氷河期世代は大卒者の就職率などを出して反論する。就職活動の悲惨さを述べる。どうしようもない時代に左右されたのだと主張する。

 

おれはというと……、なにも言えない。おれがまともな人生から脱落したのは、おれが「もう大学に行きたくない」という自己の決断であった。

フランス語の活用を覚えようとする努力を怠ったのだし、友人を作れるという才能に欠けていた。おれには努力するということが物心ついたあとからいっさいできなかったし、なにかになりたいという意志も欠いていた。

 

おれはまったくの無能な人間であって、なおかつ努力する才能もない。日本経済、社会情勢、そんなものと関係なく、勝手に没落した。社会の底に落ちた。それはおれの自己責任にほかならない。

 

というわけで、下の世代から投げつけられる自己責任論、それに対する反論について、おれはなにも言えない。

おれと同じ世代にいた人間がすべておれのような怠惰な無能であったわけがない。向上心と性能があった人間も多くいただろう。そういう人間が、ほかの時代であれば得られたであろう人生を得られなかったケースも少なくないだろう。

 

でも、おれはそれを自分事として語れない。おれには友人というものもいないので、直接見聞きした話も語れない。

「そうだね、この世代の自己責任だよね」ともいえないし、「いや、時代のせいなんだよ」ともいえない。「おれは自己責任で社会の底辺に行って、貧しい人生を送ってきたけれど、ほかの人は……知らねえや」となる。

 

おれは世代自体からドロップアウトしてしまったので、「氷河期世代の敗者」ですらない。そもそも氷河期の戦場に立っていないのだ。もちろん、立たなかったのも自己責任だ。おれはそういう人間だ。

 

氷河期世代には報いがあっていい

なにごともすべて世代論で語るのは無理がある。人には人それぞれの人生がある。高度経済成長で成長できなかったやつも、バブルの恩恵を受けられなかったやつもいる。たくさんいる。もちろん、氷河期世代で勝ったやつもいる。それなりにいる。全滅ではない。

 

全滅ではないが、かなりの損耗率だ。軍隊では何%が損失すると全滅扱いになるのか忘れたが、かなりやられた世代だと思う。世代というものにやられた世代だと思う。

それでおれは「氷河期世代」という言葉には反応してしまう。どの世代でもいえることだが、生まれる前に「自分はこの世代に生まれたいです」と選択して生まれてきたやつは、人類史上一人も存在しない。いや、なんかの宗教のだれかにはそういう話があるかもしれないが、おれは知らない。

 

おれはたまたま同世代である氷河期世代に同情の気持ちを持ってしまう。たまたま同世代だったからだ。もっとも、おれは同情されてしまう側ではあるので……世代の外側から共感する感じだろうか。うまく表現するのはむずかしい。

おれは土俵にすら乗らなかった人間だからなにも言う資格はないかもしれない。それでも、なにやら苦労が多かったよな、と。いや、おれはその苦労、とくに就活の苦労を知らないのだけれど。

 

なので、なにか世代という偶然に振り回されて、不利な人生を送った人間にはなにか助け舟があってもいいような気がする。もちろん、下の世代からこういう発想がよく思われないのはわかっている。個人の努力も、世代の努力も足りなかったのだろう。人数はいるくせに、なんて役立たずでお荷物の世代なのだろう、と。

 

しかし、戦争に動員された世代に同じことを言えるだろうか。まあ、言えるやつは言えるか。そもそも、戦争の時代と不景気の時代を比べるなと言われるか。それでも、時代の不幸はあって、なにか救われてもいいような気がする。

……とはいえ、令和の現代日本がだれかに報いを与えたり、救いを与えたりできるほど恵まれた時代だろうか。そんな余裕ねえよと言われたらそれまでだ。そんな時代を作ったのはおまえら氷河期世代だろと言われたら、さらに返す言葉もなくなる。つらいなあ……。

けど、どのみち人生なんてコントロールできねえよ

昔のおれ、今のおれ。令和最新版のおれとなると、避けて通れないのが病気の話になる。おれは希少がん(NET-G1)になった。なってそれなりに大きい手術をして、一時的に人工肛門もつけた。いまはそれを閉鎖したあとの後遺症というか、LARSという病のなかにある。

で、がんを経験して人生観が変わったのか。がんサバイバーとしてだれかになにか言いたいことがあるか。

 

……ちょっとなにか、人生観が変わったとか、がんサバイバーとして人に説教できるような余裕はない。今のところはない。でも、ちょっと思ったことはある。新たに気付いたというより、確信が増したということだ。

 

それはもう、単純で当たり前な話だ。「人生はコントロールできない」ということだ。

自分が大腸内視鏡検査を初めて受けるときに、がんである可能性なんて露ほど思っていなかった。それが希少がんだった。死ぬよりなりたくなかった人工肛門にもなったし、LARSとかいう排便障害持ちになるとも思っていなかった。そんなもん、わからんとしか言いようがない。

 

ただ、おれは双極性障害という精神障害持ちだが、そうなるとも思っていなかった。思っていなかったが、精神のどこかがおかしいという感覚を抱いて生きてきたところはある。なので、精神科のクリニックに通うようになることも、手帳持ちになることも、それほど特別なこととは思わなかった。

 

が、希少がんは違った。「ああ、人生ままならないな」と思った。

「人生思い通りだ!」と思ったこともないが、まあそれでもここまでコントロールできないものに人生左右されるのかという話だ。ほっといたら希少がんが進行して死んでいたかもしれない。検査したのも偶然、希少がんだったのも偶然。ぜんぜんどうにもならない。

 

だからあなたが、氷河期世代科どうかも知らないし、そんな世代論どうでもいいが、まあ人生そんなにコントロールできねえよということは言っておきたい。

「わりと自分は勝ち組かも」と思っている人間も、健康診断一つで地獄に落ちることもある。それを忘れるな。

 

もちろん、自分で自分の人生の選択をコントロールして、成功した人もいるだろう。失敗した人もいるだろう。でも、どうにもならんこともある。そういうことだ。運命は残酷なので、氷河期世代で辛苦を味わって来た人間が、さらにがんになることだってあるだろう……。

 

結局、人生でいちばんたいせつな生命ですら、自分ではコントロールできないんだよ。

コントロールできることとできないことを見極める賢明さがあったところで、コントロールできないものはできない。人生は思っているほど人間のものではない。

 

まあ、それでもおれは今日という日まで生きてきた。それでも、生きてはきた。

明日死ぬつもりもない。けれど死ぬかもしれないと思っている。おれはそうだ。あなたはどうだろう?

 

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Davide Cantelli

最近、「ケア」を巡って暖かい言葉や冷たい言葉がSNS上を飛び回っている。たとえば「女性同士ではケアが行われるが、男性同士ではケアが行われない」、といった風にである。

 

私には、巷で語られている「ケア」なるものがよくわからない。「ケア」という言葉からは、なんとなくポジティブな、善きものといったイメージが沸く。しかし、イメージばかり先行して具体的な輪郭がわからない。医療や福祉の専門家が狭い意味で用いている「ケア」と、世間で流通している「ケア」の意味が乖離しているようにもみえる。

 

それと、もうひとつ。

「ケア」という言葉に該当する状況や状態が、私にはそんなに平穏には見えないのだ。少なくとも「ケア」と人々の呼ぶ状況が完全なる善、完全なる平和、完全なる助け合いになっているとは私にはなかなか信じられない。

 

「ケア」という言葉にポジティブで善いイメージがついて回ること、それ自体に異存はない。しかし手放しで肯定できるほど「ケア」が真っ白かと言われたら、そうじゃないこともあるんじゃないですか? と私は言いたくなる。そのあたりについて、ごちゃごちゃしたことを書いてみたい。

 

そもそもケアとは何か? 女性同士しかしていないものか?

そもそも、ケアとはいったいなんだろうか。

医学書院のウェブサイトにある、広井良典京都大学名誉教授のテキストによれば、ケアとは、

1.最も広義には「配慮」「気遣い」といった意味。他人や対象を気にかけること全般が「ケア」と呼ばれる。ヘアケアやスキンケアといった具合に、人以外のものが対象になることもある。

2.もう少し狭義には「世話」という言葉に相当する意味。

3.医療や福祉分野において提供されるサービスとしての「ケア」。または職業的な意味内容を含むレベルの「ケア」。

と記されている。

 

私は医療職なので、「ケア」という言葉を三番目の意味で解釈したくなる。

すなわち、この場合の「ケア」とは介護保険のような福祉制度や福祉体制に根ざしていて、「ケア」の専門家によって提供される「サービス」である。金銭を支払って「サービス」が購入されることもあれば、福祉制度に基づいて現物支給されることもあろう、社会契約的かつゲゼルシャフト的な性質を持ち、権利を持つ人には分け隔てなく提供され得る「ケア」だとも言える。

 

他方、昨今のSNSで意味されている「ケア」はこれではない。

たとえば、ときどきSNSで見かける「女性同士ではケアが行われるが、男性同士ではケアが行われない」といったフレーズが指す「ケア」は、三番目の意味ではなく、二番目の意味と思われる。

性別による有無はさておいて、「世話」に該当するなら「ケア」と呼べ、該当しなければ「ケアがない」ことになるだろう。

 

この二番目の意味の「ケア」を考える際に注意しなければならないのは、これが多かれ少なかれ縁故主義的であること、不特定多数が分け隔てなく「ケア」を授受できるとは考えにくいことだ。

友達同士であれ、クラスメート同士であれ、家族同士であれ、先輩と後輩であれ、「世話」に相当する「ケア」は顔見知り同士で贈与されるのが原則だ。

 

災害発生時など、見知らぬ者同士が「ケア」を授受する状況もあり得るが、あくまで例外だ。なんらかの縁故に基づいているという点において、この「ケア」は非-社会契約的かつゲマインシャフト的であり、授受されるかどうかは当事者間の関係性に依存している。

このことを意識しながら、くだんの「女性同士ではケアが行われているが、男性同士ではケアが行われていない」というフレーズが指す「ケア」を振り返ってみよう。

 

女性同士でケアが行われていると言っても、それは無尽蔵ではないし、権利意識に基づいて分け隔てなく授受されているわけでもない。

世話する者同士、世話される者同士は、なんらかの縁故に基づいて選択・選別されている。自助・共助・公助という言葉で分類するなら、これは共助のたぐいだ。

 

私は男性だから、ここでいう「世話」に相当する「ケア」が男性同士の間にも存在すると感じている。

そうした男性ならではの「世話」や「ケア」が一部の人々には見えない形式だったり、認めがたい形式だから、「男性同士ではケアが行われない」といった物言いが出てくるのだろう。

 

たとえば飲み会に誘う、釣りに出かける、身体をぶつけあう、等々といった男性同士の「世話」や「ケア」は実在する。

女性同士がランチを共にしたりプレゼントを交換しあう、あのあたりまで「ケア」の範疇に入れて構わないなら、同じぐらいの蓋然性で男性同士の「世話」はあるだろう。

 

だが、この男性同士の「ケア」にしても、分け隔てなく授受されるわけではない。女性同様、男性ならではの「世話」も共助的なものであって、縁故や選り好みに基づいて「ケア」の授受が形成される。

だからもし、二番目の意味で「ケア」という言葉を良いものとし、その不足や不能を嘆くとしたら、この共助的で縁故的でゲマインシャフト的な「世話」を良いものとして認め、それを励行する含意があるのだと思う。

というより、そうした含意ぬきに二番目の意味の「ケア」を推奨する向きがあるとしたら、正直、おかしいと思う。

 

二番目の意味の「ケア」には縁故や選り好みによる選択・選別が含まれ、すべての人に平等に「ケア」行き渡るとは期待できない。

私はある程度保守的な考え方の持ち主だから、二番目の意味の「ケア」にそうした含意が含まれていることには驚きはなく、「仕方ないけど、『世話』ってそういうものだよね」といったあきらめがつく。

しかし、もう少し進歩的に物事を考える人々にとって、「ケア」とはなかなか厄介で、近代社会の理念にそぐわないニュアンスを含んでいるようにみえる。少なくとも、三番目の意味の「ケア」にあたらず、二番目の意味にあたる「ケア」には、カマトトぶっていられない意味合いが含まれているんじゃないだろうか。

 

「ケアする/される」と、影響力や権力も移動する

それからもうひとつ。

「ケア」の授受が誰かと誰かの間で行われる時、、人と人との関係性はどのように変わるだろうか。

 

「ケア」は、身体的問題や精神的問題の軽減に寄与する。生活困難な人を「ケア」が支えることもあるだろう。

のみならず、「ケア」の恩恵は「ケア」される側だけでなく、ときには「ケア」する側の問題を軽減させる。それらは、まあいいだろう。

 

だが、そうして「ケア」の授受が起こる時、ましてや繰り返し起こる時、人と人との間柄や関係性、ひいては力関係は次第に変わっていく。

間柄や関係性になんら影響を与えない、この方面で完全にニュートラルな「ケア」を想像するのは難しい。二番目の意味の「ケア」なら、とりわけそうである。

 

「ケア」が授受され、繰り返される時、一方が一方に恩義を感じたり負い目を感じたりすることがある。「ケア」はコミュニケーションの性質を併せ持つから、やりとりをとおしてどちらかが大きな影響力や権力を獲得し、間柄や関係性が思わぬ影響を受けることがある。

 

かと思えば、はじめから影響力や権力の不均衡があったために、「ケア」という体裁のもと、一方的な状況が生まれてしまう場合もある。

本来、「ケア」をさせられるのが不適当と思われる人が、延々と「ケア」を続けざるを得ない場合には、事前に影響力や権力に大きなギャップがあり、一方が一方に服従、または隷属せざるを得ない状況ができあがっていることがよくある。

 

では、「ケア」の授受のバランスが均衡していて、恩義や負い目が偏らなければ問題ないか?

そうとも限らない。「ケア」の授受がおおむねイーブンでも、相互依存が強くなりすぎて、双方が「ケア」の輪に囚われてしまう場合もある。共依存などが良い例だが、お互いがお互いを必要とし、双方が貢献し合っているからといって、「ケア」必ず好ましい転帰を迎えるとは限らない。

 

つまり、ここで私が指摘したいのは「『ケア』って影響力や権力の強い重力を生み出すんじゃないの?」ってことだ。

「ケア」は人と人の間で起こる決して小さくないコミットメントだ。なおかつそれは、しばしばそれは繰り返される。そうした繰り返しは、しばしば「ケア」を授受する者の間になんらかの影響力や権力の勾配を生じさせる。

それが健全な程度であれば別に構わない。「いつも○○さんには世話になっている」程度に恩義を感じるぐらいなら、よくあることだし、それでいいじゃないか、と私などは思う。

 

しかし、そうした恩義が「○○さんに『ケア』されているから逆らえない」とか「○○さんがしてくれることに比べて、私が○○さんにできることは知れている」ぐらいになると「ケア」が生み出す権力勾配、影響力のギャップは無視できないレベルになる。

それも、なかなか難しい現象ではないだろうか。

 

あるいは逆に、既存の権力勾配や影響力のギャップに基づいて「ケア」が強制され、まかり通ってしまう状況もあるだろう。

捉えようによっては、ヤングケアラーもそうした状況の一種かもしれない。これはこれでのっぴきならない現象だ。さらに共依存のようなかたちで「ケア」にお互いが囚われてしまう場合もある。

 

影響力や権力といった時、少なくない人が大文字の政治権力、マスメディアの宣伝力などを連想するかもしれない。

それらに比べれば、ここで論じている影響力や権力は局地的なものに過ぎないし、社会全体に影響するものでもない。

だが、局地的だとしても人と人との関係性が変わること、ひいては誰が誰の言うことをどれだけ聞いてくれるのか・聞かなければならないのかを変更してしまうのも、立派な影響力や権力である。

且つまた、局地的であること、私的な間柄での出来事であることは、大文字の政治権力やマスメディアの宣伝力とは違ったかたちで深刻になり得る。

 

「ケア」を予断してはいけない

冒頭で紹介した、医学書院のウェブサイトの文章は、以下のように締めくくられている。

人は、案外「他人のために」と言いながら、実は「自分(の存在の確認)のために」行動している、ということがあるかもしれない。

だれかの「ために」役立つことを何かしたい、ということが、自分自身の存在理由を確認できる何かを求めている、という動機による部分が大きい場合があるかもしれないし、もちろんそれがただちに「よくない」ということでもない。

しかしそれが独善的なものとなるのを避ける意味でも、ケアを「与える-与えられる」といった一方向的な関係としてとらえるのではなく、むしろ人間という存在が「ケア」への欲求をもっており、それが実現する場として様々な関わりのかたちがある、と考えるべきではないだろうか。

「情けは人の為ならず」ということわざがあるが、同様に、「ケア」も人の為とは限らない。自分の承認欲求や所属欲求をみたすための「ケア」、対象をからめとり、支配するための「ケア」もあり得るだろう。

文中にあるように、それがただちに良くないというわけでもない。とはいえ「ケア」が抜き差しならない事態をもたらし得る点には注意が必要だ。

 

コミュニケーションとしての「ケア」が好ましい転帰をもたらすのか、悪しき転帰をもたらすのかは事前にはわからないことが多い。

コミュニケーション全般にも言えることだが、「ケア」が人を救う舞台裏には、こうした影響力や権力を巡る諸問題がべったりとこびりついている。だからといって「ケア」するなとか、「ケア」はいけないというつもりはない。

しかし、影響力や権力を巡る諸問題がこびりついている以上、「ケア」ならばきれいだとか、「ケア」ならば正しいといった予断はすべきではない、とも思う。

 

「ケア」の面構えをした支配、「ケア」の体裁をとった統治といった出来事は十分に起こり得るものだし、また実際、起こっている。

そのあたりも十分に視野にいれたかたちで「ケア」が語られて欲しい。

頭ごなしに「ケア」を否定するのはいけないが、頭ごなしに「ケア」を肯定するのも、たぶん良くない。

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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ブログ:『シロクマの屑籠』

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Photo:J W

おれのLARS

おれはこちらのサイトで、大腸内視鏡検査(結果が出る前)の記事を書き、そこから希少がん(NET G1)がわかり、切除手術を受け、一時的にストーマ(人工肛門)を造設した話を書いてきた。そして、ストーマ閉鎖後に起こるLARSという症状についての恐怖を書いた。

人工肛門の一時造設で休戦できたと思ったのは浅はかだった

 

とりあえず、どうなったの? まず、それについて書く。

いま、おれの腹にストーマはついていない。希少がんとは別の病院で、ストーマ閉鎖の手術を受けた。

がんに冒された直腸やその可能性のあるリンパ節を、ロボット支援下手術で6時間行うよりは簡単な手術だ。とはいえ、全身麻酔をかけて行う、入院一週間から十日コースの代物ではある。

 

で、その結果どうなったのか。前の記事でLARSへの恐怖をさんざん語った人間としては、それを報告する義務のようなものはあるだろう。

現在、閉鎖手術後二週間と少し、水様便による切迫便意と便失禁の地獄には陥っていない。現状ではそうだ。

 

もちろんおれは、最悪の場合を想定し、あるいは信じ込んでいた。なので、閉鎖手術する入院の際も、「パジャマとタオル使い放題コース」のほかに「おむつ使い放題コース」も申し込んでいた。

おれのLARS恐怖は決して大げさに書いたものではなかった。ストーマの閉鎖の直後からくる、と信じて疑わなかった。

 

が、手術後、病院食を取るようになったあと起きたのはなんだったのか。切迫便意と便秘、これである。

急に切迫した便意に襲われる。たしか、普通の大腸のころは、だんだん便意というもののゲージが溜まっていったものだったと思う(ストーマ時期を含めて三か月くらいで忘れてしまうものだ)。

 

ところが、一気にMAX状態でくる。なるほど、切迫だ。で、トイレに行く。おれが今回入院した病院は、大部屋ごとにトイレがなかった。

そして、部屋から男子トイレまで少し距離があった。何度も最短距離での移動を頭でシミュレートした。急いでトイレに行く。が、何も出ない。

これを繰り返す。何度も便意に襲われて、何度もトイレに行く。しかし、出ない。出たとしても、ウサギのふんだ。病院ではほとんどこれだった。

 

まあ、手術前後の絶食、ほとんど水分の重湯からの食事、まずは出るものもない。それに、大腸もしばらくスルーされていたので機能を復活させていない。そんなところもあるだろう。

おれは希少がん手術のあとも、腸が働かなくて入院がのびた。それもある。

 

でも、手術痕の状態もよく、ガスも出て、多少の排便もある。これは悪いことではなかったらしい。

おれは最短の一週間で退院した。退院前、こちらから聞き忘れたのもあるが、食事についていっさいなにも言われなかった。

 

で、おれは野に放たれた。ストーマの切除痕はわざと縫い合わせない技法が取られている。入院時に処置されていたように、ガーゼで保護する。

これもまた、ガーゼを用意して保護して下さいとは言われなかった。消毒の必要もないらしい。ただ、血だかなんだかの液体は沁み出してくる。おれは病室からAmazonにガーゼの注文をした。なかったら大変なところだった。

 

今回、がんのような大病をしてみて、外出など難しいとき、Amazonは助けてくれた。Amazonをばかにしたり、いろいろな面で批難するひとも多いだろうが、「Amazonは福祉」だと、一人暮らし病人のおれが感じたのは事実だ。

もちろん、Amazonのほしいものリストを通じて、たくさんの人からたくさんのものを支援してもらった面もある。ありがとうございます。

 

野に放たれたおれの話だった。おれは最初、大腸が機能を麻痺させているから便秘状態なのだと思っていた。いつ、切迫した下痢に襲われるのか、失禁するのかわからないと思っていた。

なので、Amazonで大人用おむつを買った、生理用ナプキンを買った、便漏れパッドを買った。どの程度の症状が出て、なにが過不足なく対応するかわからなかったからだ。

 

最初おれはおむつを履いて待機した。失禁はなかった。便意は頻繁にあるが、出ても固くて小さいものだった。おむつはもっと危険な状態になったときのために温存しておくか。そう思った。

そう思って、生理用ナプキンにしてみた。Amazonで買った、一番強そうなやつだ。女性用のものなので、男性用の下着、とくにトランクスには対応していないなと思った。

ただ、生理用ナプキンを使うLARSの人の話を聞いていたし、おむつほど大げさでもなく、便漏れパッドより大きい。ちょうどいいように思えた。おれは生まれて初めて生理用ナプキンを使った。それでも水様便には襲われなかった。

 

最後には……今は、一番小さい便漏れパッドを装着している。

「こんなに小さくて大丈夫なのだろうか」と心配になるようなものだ。

でも、ないよりはマシだろう。漏れたら漏れたで、漏れてみなければわからない。

 

そう、おれは漏らしていない。むしろ便秘になった。ただし頻便の便秘だ。この状態が二週間と少し続いている。

食べるものは食べていたが、やはり便が極度に柔らかくなることを恐れて、ストーマ時の低残滓メニューをつづけていた。

米、うどん、たまご、豆腐、サラダチキン。退院一週間後に、術後の経過を診るための通院予約が入っていた。そこで食べ物の話も聞こう。メニューを考えるのはそれからだ。そういうことにした。

 

しかしなんだ、入院時の自分は、退院一週間後に外出できるのか心配していた。そうとうに心配していた。前々日ぐらいから絶食すれば外出できるのだろうか、などと考えていた。

真剣に考えていた。

しかし、おれが実際のところお医者さんに言ったのは「軽い下剤を処方してくれませんか」だった。

 

下痢、便失禁を恐れていたのに、下剤をお願いする。妙な気分だ。

しかし、おれはこの病気になる前は、野菜中心の食生活をして、便秘とは無縁だった。なかなか起こらないLARS、逆に起こった未知の便秘。便秘の体験もなく、食べても出ないというのもなかなか怖いことだった。退院時に処方された下痢止めも飲まないでいたのだが、出ない……。

 

で、処方されたのが酸化マグネシウムだった。

これは、おれがずっと自分の病状を叩き込んでいるAIが予想していたものだった。浸透圧系の下剤が処方されるだろう、と。

 

まあ、それで、土曜日にこわごわと酸化マグネシウムを飲んでみた。そうしたら、すぐに、たくさん、やわらかめのものが出た。たまっていたものが全部出たのではないかというくらい出た。水様便でも下痢でもなかった。

しかし、あまりにも出たので少し怖くなった。飲むのは何日か一度にしようか、とも思った。が、土日の休みに毎食後飲んでも、そんなにお腹が変になることはなかった。むしろ、また軽い便秘に戻った。

 

というわけで、おれのLARS地獄テキストを期待していた人には悪いが、いまのおれは地獄にはいない。かといって天国でもない。

やはり直腸が存在しない。ためが効かない。急にMAXで便意がくる。何度もトイレに行くし、偽の便意にも惑わされる。ちょっとずつ出る。出たと思ってトイレから出たら、またいきなり来ることもある。頻便ではある。

ただ、幸いなことに、我慢がきく。ぐっとしめると、戻っていく。偽の場合は霧散する。おれはあまりこの手のことを書くのが得意ではないので、なにやら抽象的な表現になってしまうが、そんなところだ。

 

今のおれは、原理的にはLARSなのだろうが、典型的なLARSではない。便秘的LARSだ。

おれはLARSについてさんざん調べたときに、こんな状態があることはわからなかった。もちろん、自分がなるとも想像しようがなかった。あれだけ不幸を予測した文章を公開した手前、なにか裏切りのような気持ちも少しはあるが、現状、最悪ではないと書いておく。

 

LARSとはべつの、ストーマ閉鎖の手術痕が痛くてリモートワーク中心の日々を送っているが、出社して一日過ごすこともできた。

もちろん、たくさんトイレには行った。でも、「前もそのくらい行ってたような気がする」と言われた。自覚はあったが、おれは気分転換のために頻繁にトイレに行っていた。それと変わらないのか? まあ、今は「切迫」しているのだが。

 

まだ、「お出かけ」はできていない。でも、できる可能性はあるような気がする。我慢によって失禁を避けることはできるかもしれない。ただ、いきなり便意がMAXでくるので、怖いところはある。

あるというか、大きい。大きいし、そのような状況で「お出かけ」が楽しめるかというとあやしい。やはり頭の中が「トイレ」でいっぱいになってしまうというLARSの状況にある。

 

それでもなんだろう、今の主治医(がん切除してくれた執刀医とはべつの医師)は、頻便も「十回が五回、五回が三回になっていく人が多いので」とポジティブなことを言ってくれる。

できればそうあってほしい。ただ、大腸が復活するにつれて悪い方へ転ぶ可能性、おむつの出番がくる可能性もおれは想定している。ただ、今のところは、最悪じゃない。

 

身体障害者になってみたこと

さて、本題について書きたい。……と、思ったが、ずいぶんLARS報告に時間を取られてしまった。

まあ、そのLARS状態も含めた話だと思ってほしい。

 

おれは一時期、オストメイトだった。ストーマ、すなわち人工肛門造設者だ。

永久ストーマの人は、身体障害者に認定される。おれは一時だったので認定はされない。ただ、その先に閉鎖する予定があるかどうかというだけで、つける装具も、交換の手間も、その間は永久の人となにも変わらない。

 

なので、障害者認定とはべつに、各自治体から出るストーマ装具の補助金(月に一万円くらいかかる)は出てもいいんじゃないかと思ったが、それはなかった。

まあ、「骨折しただけで身体障害者認定されない」というようなコメントをどこかで読んで納得したが、そのようなものだろう。

とはいえ、たとえば足を単純な骨折(という言い方でいいのだろうか)した人が、一時的に松葉杖が必要だったり、車椅子が必要だったりした場合、それはやはり一時的に身体障害者になる、ということだろう。

 

関係ない話だが、おれがストーマ閉鎖で入院した病院は、べつに病状で病室が分けられているわけではないようで、同じ部屋に足を骨折した人が二人いた。

そして、漏れ聞こえてくる話によると、二人ともバイクで事故ったらしい。おれは原付という乗り物が好きだったが、バイクに乗るのはこわいなと思った。

 

まあいい、彼らも一時的に身体障害者になった。いや、ひょっとすると後遺障害によって身体障害者になる可能性もあるのだが。

そしてまあ、おれもオストメイトという一時的身体障害者になった。希少がん切除手術の退院後は、まさしく歩くリハビリが必要なほど衰弱していたので、その時期も障害があったと言えるかもしれない。

 

むろん、こんなことを書くと、本当に身体障害者の手帳を持っている人に怒られるかもしれない。

とはいえ、おれも精神障害の手帳持ちだ。いや、張り合うような話ではない。ただ、精神障害者のおれが、身体障害者にもなったのだなと思った。そこは薄目で認めてほしい。

 

一時的に身体障害者になる。それで見えてくる世界もあるはずだ。世の中がいかに心身の健常者のためにデザインされているのか、それが想像ではなく実感としてわかる。あるいは、健常者だったころカーブカット効果に助けられていたことを実感できる。そういう話だ。

……と、そういう話を一時的オストメイトだった自分が書いておこうと思ったのだ。

 

思ったのだが、正直に告白すると、おれは自分がオストメイトであるという状態が非常に辛く、ろくに外出もできず、仕事もリモートワークにして、ほとんど引きこもっていた。

だから、「オストメイト対応トイレに助けられた」という話一つない。

自宅以外で排出したことはあるが、「すごく狭くない個室であればできるな」というくらいの感想だ。

 

むろん、これはおれが中腰になれる身体の持ち主だということによる。

あと、外でパウチの交換をする必要に迫られることもなかった。だからおれは、オストメイト対応トイレについて語れない。

 

そしてまた、LARSという障害者に認められない病気になった今も、書いてきたとおり「とりあえず、そこまでひどくない」という理由と、これまた本格的な外出をしていないことから、まだ書けない。

しかしまあ、いずれにせよ、どちらについても、トイレは広めできれいで、街の中にたくさんあると助かるなあ、ということは言える。これは、健常者にとってもいえることだろう。

 

で、なんだろうか、昭和生まれの人間としていえるのは、「外のトイレ」がどんどんきれいになってきたなという実感があるということだ。

商業施設やらなんやら、ウォシュレット付きなんてのは標準的になっている、ような気すらする。昭和生まれの人、そうは思わないだろうか。

 

べつにこれはカーブカット効果ではない。ではないけれど、まあひょっとしたら、バリアフリートイレの整備といっしょにいろいろ更新されたのかもしれないし、都市の底上げみたいなものが起こったのかもしれない。

 

もちろん、トイレにしたって、なんにしたって、まだまだ足りないよ、障害者には厳しいよ、ということもあるに違いない。

残念ながら、今回おれは一時的な身体障害者になって、それを体感することはできなかった。せいぜい、退院後に歩けないとき、「もうちょっと歩行者信号は長くてもいいのでは」と思ったくらいだ。

 

だからなんだ、ちょっと今回おれにはできなかったが、障害者当事者はもちろん、一時的に障害を負った人も、その体験をどんどん流してほしいと思う。

おれも双極性障害の人間としてまともに朝起きて会社に行けないとか、今後はLARSの人間としてトイレについての困りごとについて発信していく。

 

もちろん、心身ともに健康な人間だって、困りごとはどんどん発信していくべきだ。なにか改善の種になるかもしれない。

ただ、このご時世、炎上の火種になる可能性もある。あるけれど、今日のところはその可能性についてはあまり考えないでほしい。

 

おれも都市のトイレについて書いていく。結局トイレのことばかり考えている。

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Marco Bianchetti

PIVOT公式チャンネルで、こちらの動画を見た。

 

私にとっては内容が衝撃的過ぎて、3回も見てしまった。夫にも友人にもリンクを送って視聴を勧めたし、動画の中で紹介されている本も買いに走った。

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語られているのは「文章の経済的価値が劇的に下がっている」ことについてだ。

・インターネットが文章を無料で流通させてきたこと

・動画の方が情報を取るのに効率的だという認識が広まったこと

・そして生成AIによって文章を作るコストが限りなくゼロに近づいたこと
その三つが重なって、文章の価値が急速に失われつつある、という話だった。

 

聞きながら、「まあ、そうだろうな」と思った。

そんなの知ってた。言われなくても分かってた。

AIが来て、ライターは絶滅すると言われてる。そうなんだろうね。

 

親しいライター仲間たちに会っても、みな一様に

「原稿料が上がらない」

「いくら知名度が上がっても、ライターの仕事一本では、とても食べていけない」

と嘆いている。

 

でも、動画を見て気がついた。私が、ちゃんと分かっていなかったことがあった。

 

ライターよりも先に、読者が絶滅しようとしているんだ。

そうか。そうだったんだ。

よほどの活字好き以外、人はもう文章を読まないことがデフォルトになっていたんだ。

そこで、私は慌ててnoteで有料マガジンを作った。

 

ここに公開するのは、かつて企業のオウンドメディアに寄稿し、媒体の閉鎖とともに消えていった記事たちだ。

企業側の事情と都合でWebメディアが閉鎖するのは当たり前のことだし、記事が消えるのも仕方がない。けれど、時間をかけて、頭を捻って、記憶を掘り下げて書いた記事ばかりなのだ。一つ一つの記事に思い入れがある。

 

だから、「今は会社員として忙しいけれど、いつか余裕ができたら、あの原稿たちをリライトして、有料で売ろう」などと、頭の隅でぼんやり考えていた。

書きためてきた原稿は、私の資産だと思っていたから。

 

でも、呑気にかまえて先延ばしにしているうちに、時代はとっくに前に進んでいた。

もはや一刻の猶予もない。私が書いたものが完全に無価値になってしまう前に、早く届けなければ。ほんのわずかでも価値を見出してくれる誰かが居るうちに。

 

今の時代、長い文章を読みこなせるのは特殊能力であり、いまや世の中のほとんどの人は、もうわざわざ長い文章なんて読みたいと思っていないらしい。

だいたい長文を読めなくたって、ちっとも困らないそうだ。

 

読む気が起こらないような長さの文章は、AIに放り込んで、要約させて、「要点だけを押さえればいい」ってなっていってる。

つまり、これから先、長い文章はAIしか読まなくなってしまう。人間の読者がいなくなる。

 

とはいえ、AIは活字を吸収して学習するのだから、世の中から文章がなくなるわけじゃないだろう。

それに、今だって本が全く売れていないわけでもない。

本を読む習慣がない人でも、「実利的な目的を達成させてくれる本」なら、ちゃんと読むのだそうだ。

だから、テキストという形式は残り続ける。でもその場合、世の中に必要とされるのは、あくまで「情報を伝えるための文章」であって、「文体で読ませる文章」ではない。

 

文章に書き手の個性など必要なくなるってことだ。

私は、ブロガーやライターになるよりずっと前の若い頃から、「文章力がある」「視点が面白い」と言われてきた。

だから、それが私の武器なのだと思っていた。得意なことであり、他人に認めてもらえるスキルなんだと。

だけどそれは、もう人に認めてもらえる価値じゃないんだ。

 

じゃあ、私の価値ってなんなの?

動画の中で、MCの佐々木さんがこんなことを言っていた。彼はテキストメディアから動画メディアへとシフトした人物だ。

「ここ(テキスト)に縋り付くと、(会社が)潰れるなと思ったんですよね。これはもう、自分の刀を捨てるみたいなものですよね。捨てないといけないな、と。
けど、意外と辛くないというか。私は本とか、テキストを愛してきたのではなくて、濃い情報とか知識そのものを愛してきたので、その届け方が変わっても、やっていることはそんなに変わらない」

なるほど、と思った。

 

「濃い情報とか、知識そのものを愛している」

それなら私にも言えることだ。考えてみれば、私は今でも本をたくさん読んでいるけれど、同時に、情報を摂取する手段としては動画を頼り始めている。それはつまり、私が愛しているのは「文章」という形式ではなく、知ることそのものへの欲求なのかもしれない。

 

知的好奇心、と呼ばれるもの。

集めた情報を理解すれば知識に変わる。得た知識を何かに役立てれば、知恵に変わる。その過程が、私は好きだ。

AIが人間の知的労働を代替するといっても、だからといって、人間が知識を得て、知性を磨く行為が無駄になるとは思わない。むしろ逆じゃないだろうか。

 

AIはあくまで道具であって、それを使う人間こそがフィルターだ。

つまり、ユーザー(人間)の判断力や、教養や、経験や審美眼がフィルターになるのだ。

AIが人間の知的労働を代替していく世の中では、「AIを使えるかどうか」は最低条件であって、AIの出力に差がつくのは、その先にあるフィルターの性能しだいという実感がある。

 

だとすれば、AIが強力になればなるほど、人間としての知性を磨くことの価値は上がるはず。

テキストを読むことが非効率とされ、文章を書くことの経済的価値が消えていく時代に、それでも読書を続け、文章を綴ることの意味は、多分そこにある。

 

私がこれからどこへ向かうのかは、まだ分からない。時代は今まさに移り変わっている最中だから、答えは出ない。

だけど今日も、私はこうして文章を書いている。

たとえ経済的な価値がなくなっても、文章を書くことは、私自身の思考を整理する手段として役に立っているから。

 

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

リンク:https://note.com/flat9_yuki

Twitter:@flat9_yuki

「婚活って短期決戦の、条件の突きつけあいやねん。そんなん無理に決まってるやろ」

先日、婚活を諦めたという50代の友人と話していた時の事だ。

ふと思い付きでぶつけた疑問を、そんなふうに否定されてしまった。

 

「何人かの候補の人と、1年でも2年でも時間を掛けて理解と共感を積み上げたら、誰か1人くらいとうまくいかへんのか?」

そんな素朴な質問だったが、そんなわけないという。

 

「女性もなる早で結婚したいから、登録しとんねん。じっくり時間を掛けるとか、それだけで本気を疑われるんやわ」

「時間を掛けることも許されへんとかマジか…。例えばどんな条件なん」

 

「年齢とか年収、なんやかんやで見た目もあるな。後は兄弟構成、親の介護とか」

「俺の思ってる結婚となんか違う…。っていうかお前も、そんな感じで条件てんこ盛りにしてたんか?」

 

「いや、俺は子供が欲しかったんで年齢だけや。30代半ばまでの女性って条件以外は、ほぼつけてない」

 

私自身、婚活というものを経験したことはない。

彼以外に、婚活を経験した人の話も聞いたことが無いので、それが本当なのかもわからない。

その上で思わず、こんなことを言ってしまった。

 

「ちょっと待て、どう考えてもそれ、最初からクリア不可能なムリゲーやんけ。婚活サービスってそんな詐欺まがいなモンなんか?」

 

人は必要ないものは買わない

「そんなことないやろ、実際に成婚退会している人もたくさんいるんやし。なんでムリゲーやねん」

「そやな…。例えばお前、こないだ新車買ってたやん。なんでトヨタのあの車にしたんや」

 

すると彼は、車じゃないと通勤が不便な会社に転職したので、ちょうどいい買い替えの機会だったこと。

昔からトヨタに乗り続けてて、期待を裏切られたことがないこと。

馴染みのディーラーと担当者さんなので信頼しており、今回も同じ店で買ったことなどを説明する。

 

期待通りのキレイな返事に、思わず吹き出す。

「まさにそれ、マーケティングの基礎やんけ」

「どういうことや」

 

「人は必要ないものは買わない。人は知らないものは買わない。人は知らない人や嫌いな人からは買わない。合ってるやろ?」

「そんなん当たり前やんけ。マーケティングってそんな程度のもんなんか?」

 

そう、彼が言うようにこの程度の原則を肌感覚で理解できない人などいない。

にもかかわらず、おもしろいほどに人は、とりわけ会社経営者はその程度の原則を本質的に理解していない。

 

例えば自社のwebサイトで製品やサービス、経営者の考え方を日々情報発信し、「知ってもらうための努力」を続けている会社が、どれだけあるか。

作って終わりという会社が、ほとんどだろう。

 

つまりそんな経営者は、こう考えているということだ。

人は必要ないものでも、ウチの商品なら買ってくれる。

人はウチの商品なら、知らなくても買ってくれる。

人はウチの会社からなら、知らなくても(嫌いでも)買ってくれる。

 

そんなわけがあるものか。

人は必要で、知っている商品で、知っている人(会社)だから「買ってもいいかな」と、思うものだ。

 

そしてこの「買ってもいいかな」と「実際に買う」の間にも、実は大きな壁がある。

それは「知っている」だけで、人は買ってくれるわけではないという事実だ。

それこそが、マーケティングと両輪で考える必要がある“ブランディング”である。

 

いろいろな定義があるだろうが、ブランディングに不可欠な要素が少なくとも、3つある。

認知、理解、共感だ。

 

認知とは、知ってもらうこと。相手の視界にも入っていないのであれば、それはこの世に存在しないことと同じである。

理解とは、自社の考えや商品のコンセプトまで踏み込んで知ってもらうこと。

共感は、それら考えに文字通り共感し、ファンになってもらうことを指す。

 

認知し、理解しても、「だからこそ買わない」という選択も当然よくある。

認知し、理解し、共感してこそ初めて、人は商品を購入してくれるのが、ブランディングとマーケティングの両輪である。

高額な商品であればあるほど、人はそのように意思決定する。

 

そんなことを彼に話したうえで、改めて質問する。

「つまりお前は、車が必要で、トヨタを知ってて、よく知っているディーラーと担当者やし、選択肢に入ったんやん?」

「…そういうてるやん」

 

「加えて、トヨタのモノづくりを理解し、共感したからこそ、ファンであり続けてるんやろ」

「回りくどいな。その通りやけど、それが俺の婚活の話とどう関係があるねん」

 

「下心なんか、一切なかったんですけどね(笑)」

「すまんすまん、本題に戻るわ。その前にもう一つ、聞いて欲しい話があるねん。50歳で29歳の女性と社内結婚した、かつての部下の話や」

「なんやそれ、そんなことありえるんか!」

 

「いや~、本当に当時はビビったぞ。離婚と養育費で生活が厳しいとこぼしてたオッチャンなんよ。それが有名女子大卒の国家資格持ちで、すごく愛嬌のある29歳女性の初婚を掴んだんやから」

 

もう20年以上も前の話なので、時代の価値観を含め多少の粗相をお目こぼし頂きたい。

結婚報告会を兼ねた部署を挙げての飲み会の席で、思わず女性部下に、こんなことを聞いてしまう。

 

「なんかすごい悔しいなあ!このオッチャンで本当にいいん?」

「…実は私も、よくわからないんです(笑)」

 

そしてオッサンも会話に参加すると、なぜ結婚にまで踏み切ったのか、2年ほどの軌跡を2人して説明してくれる。

要約、最初はお互いに何でもない“職場の人”としか思ってなかったこと。

しかしそのうち、任せた仕事がお互いに誠実であり、信じられる同僚だと思えるようになったこと。

そんな日常の中で、恋人と別れたり、ケガをした時など「非日常」のタイミングの心のケアで、プライベートの部分にまで入ることをつい許してしまったと女性は話す。

 

「下心なんか、一切なかったんですけどね(笑)」

そんなことを照れながら話すオッサンだが、だからこそなのだろう。

 

自然体ではないアラフィフの世話焼きオヂなど、20代の女性から見たら迷惑どころか、恐怖でしかない。

そんなことで、2年以上の時間を彼女と共有したオッサンは、「認知・理解・共感」をゆっくりと満たすことに、奇跡的に(?)成功した。

そして、同僚皆から荒っぽい祝福を受け、幸せな再婚を果たす。

 

そんな昔話をざっとかい摘まんで婚活を諦めた友人に話すと、改めて聞いた。

「お前の言う“短期間での条件の突きつけあい”ってやり方の婚活、“認知”で止まってしまうやん。頑張っても“理解”まで行けるかどうかやん?“共感”までたどり着けへんやん」

「…そういうもんやねん

 

「そうか…。でもな、“共感”抜きでの“高額な買い物”って、カタログだけで車とか家を買うようなもんやろ。フェラーリやタワマン並みのスペック持ちでしか無理やって」

 

SNSでたびたび見かける、「おごりおごられ問題」「初デートがサイゼリヤ」といった話題もそうだが、こんなものは“認知”の段階にある関係でしか起こりえない論争だ。

理解・共感まで成熟した関係であれば、そもそもお互いの価値観に合わないシチュエーションをわざわざ共有することはないだろう。

まして、おごること・おごられることで関係性の軽重を推し量るなど、それだけで未成熟というものだ。

逆に言えば、“認知の次”に行くためには、その壁を乗り越えるためにお互いにいろいろ頑張らなければならないということでもあるが。

 

その上で、ブランディングとマーケティングについてだ。

人は必要ないものは買わない。

人は知らないものは買わない。

人は知らない人や嫌いな人からは買わない。

 

認知・理解・共感の全てが揃って初めて、人はモノを買う決断をしてくれる。

そんな当たり前の事ですら、“知っているのに理解していない”経営者やリーダーが、余りにも多い。

「知ってもらう努力」をし続けることこそ、もっとも投資効率のいいセルフブランディングであり、マーケティングだ。

恋愛や結婚という関係も、きっと同じである。

 

 

【お知らせ】

3月24日14時から、なぜ「発信する企業」は顧客を集め続けるのか というセミナーを電通出身のマーケター、弊社倉増が実施します。

ブランディングとマーケティングの基礎を学びたい方はぜひ、下記からお申し込みください。

『なぜ「発信する企業」は顧客を集め続けるのか』

 

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
もうずいぶんと昔、27歳で結婚した時に妻が、こんなことを言ったことがあります。
「あんたはチョビチョビしててかわいいから、結婚したんよ」
(意訳:子供みたいで無邪気)

偉そうなことたくさん書きましたが、そんなブランディングなど全く意識してませんでした…。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Hongwei FAN

個人的にすごく感慨深い体験ができたので、書き残しておこうと思います。

 

先日、「地下謎への招待状2025」にソロ参加してきました。

地下謎への招待状2025

SCRAPさんが提供している、いわゆる「リアル謎解き」「謎解き街歩き」といわれる系列のゲームです。

バラエティ豊かな謎を解きながら東京メトロで色んな場所を巡り、地下鉄旅を楽しみつつ、最後に隠された謎を解くことが目的のゲームです。

 

「脱出ゲーム」というと、「限られた空間内で謎解きをして制限時間内に脱出するゲーム」なわけですが、「謎解き街歩き」の方はそれよりもだいぶ時間制限も緩く、かつ色んな場所を見て回ることになるので運動にもなるし、知らなかった街を歩けて見聞も広がるし、個人的には脱出ゲーム以上にお気に入りです。

「地下謎への招待状2025」について、細かい感想を書くとネタバレになってしまうので、ここでは簡単な箇条書きに留めますが、

 

・めちゃくちゃ面白かった

・SCRAPさんの謎解きでは毎度のことながら、とにかく謎解きキットの出来が良すぎて、「こうくるか」と感動させられることばかり

・謎を解きながら30回くらい「マジか」って呟いた

・「次にどの駅にいくことになるのか」が分からない、電車に乗っている間のわくわく感も素晴らしい

・昔は「ここで立ちっぱで謎を解くのは通行人の邪魔になりそう……」といったシーンや「車椅子の人大変では?」と感じる場面もあったけれど、それも大きく改善されていた

・ただし謎解きの難易度自体はかなり高い(どうしても分からなければヒントサイトで答えも見えるので詰まることはない)

・個人的な事情として、自分が勤めている/勤めていた場所を通る頻度が高く、休日出勤をしている気分を非常にリアルに味わえてしまった上、休日作業をしていた同僚に遭遇までして休日出勤への招待状2025になってしまった点だけが唯一の問題

 

というくらいになるでしょうか。最後のは本当に私個人の事情なので、謎解きのクオリティとは一切関係ないです。

何はともあれ、謎解き街歩きを遊んだことがある人もない人も、「地下謎への招待状」は非常にオススメなので、是非遊んでみていただければ。3月いっぱい開催しています。

 

*

 

それはそうと、感慨深かった話についてです。

実は私、この「地下謎への招待状」に一人で参加したのって、今回が初めてだったんですよ。今までは必ず長男と2人、ペアで参加していたんです。

何故かというと、そもそも私が「リアル謎解き」を遊び始めたこと自体が、長男を遊びに連れていったことがきっかけで、中でもこの「地下謎への招待状」は長男と私共通のお気に入りだったので。

 

ちょっと昔話をさせてください。

 

「パパ・ぼく謎解き探検隊」の結成と歴史について

私と長男が初めてリアル謎解きに挑んだのはもう11年前、2015年のことになります。

当時まだ長男は7歳で、一緒に「こどもの国」に遊びにいった時、「タカラッシュ」さんの「トレジャーキングダム」というイベントの幟(のぼり)を目撃しまして、宝探しが好きだった長男が「やってみたい!」と大騒ぎしたのです。

 

初めての「リアル宝探し」に、長男は当然のようにドはまりしました。子どもの国の遊具で遊ぶつもりだったのに、遊具のことを完全に忘れてしまって、夢中になって園内を走り周りました。

それ以来、長男はことあるごとに「パパ、謎解き行こう!」と言うようになりまして、本当にあちこちの謎解きに参加しました。散歩のついでに行ったこともあれば、わざわざ謎解きのためにビジホ泊まりがけの旅をしたこともありました。

 

やがて長男は、パパとの謎解き旅について「パパ・ぼく謎解き探検隊」というチーム名をつけまして、「パパは知識担当、ぼくは閃き担当」というようになりました。いや実際、私が解けない問題を、頭が柔らかい長男が閃きで解いてしまうことも多かったんですよ。

 

長男にとって、もちろん「頭を使って色んな謎を解く」という遊びは楽しかったのでしょうが、それ以上に「自分も役割が持てる」ということも嬉しかったのだと思います。

「謎解き探検隊」でどれくらいのイベントに参加したでしょう、ブログで確認したら少なくとも数十にはなってるみたいですが。

 

ただ、当たり前の話ですが、子どもはあっという間に成長しますし、子どもの世界はあっという間に広がります。男の子が、そうそういつまでも父親と遊んでくれるわけがありません。

いや、それでもうちの長男って相当付き合いはいい方で、私が開催するアナログゲーム会とか、毎回喜んで参加してくれるんですけど。

 

長男の大学受験も終わった(幸い第一志望受かりました)ので、そういえば今年は地下謎どうすんのかなと思っていたら、長男ちょっと申し訳なさそうに「今回は友達と行くけどいい?」と聞いてくれました。「いい?」なんていちいち聞く必要はなく、遠慮なくどんどん行っといでと言う他ないのですが、長男にとってもやはり多少は「地下謎」が特別だったのでしょうか。

 

なんにせよ、友人と地下謎を解いてきた長男が「めちゃくちゃ面白かった!!」と言っていたので、それなら俺も行こうと、初めての地下謎ソロ参加に至った次第なのです。

十年以上続いた長男との「謎解き探検隊」もぼちぼち解散かなということで、今回の地下謎参加は、私にとっての「卒業旅行」でもあったわけです。

 

いや、別に謎解き自体を卒業するわけではなく、今後も色々参加するだろうとは思うのですが。

「幸せのアンテナ」という考え方について

それはそうと。

今回「地下謎2025」にソロで参加しながら、つくづく感じていたのが、ぼちぼち自分の中の「幸せのアンテナ」を再調整しないとなあ、ということでした。

 

「幸せのアンテナ」というのは私が勝手に呼んでいるだけで、他にもっといい呼び方があるのかも知れませんが、要は「この人の幸せなら、自分の幸せとカウントしてもいいな」というその対象のことです。「この人が嬉しければ、私も嬉しい」という、その相手。

 

地下謎を遊んでいて思ったこととして、もちろん遊びとしても楽しかったんですけど、それ以上に「謎が解けて長男が大喜びをしているのを、すぐそばで眺める」というのが私にとってもの凄く大きかったんだな、とは感じるんですよ。

自分だけでなく、すぐそばに「この人が嬉しいと自分も嬉しい」という人がもう1人いたから、2倍、3倍楽しめた。

 

謎解きを楽しみながらも、あー長男いたら「この謎すげー!」と盛り上がれただろうな、と感じるのは、ちょっとだけ寂しい体験でもありました。

基本的には、「幸せのアンテナ」って多ければ多い程いいと思っているんですよね。「この人が嬉しいと嬉しい」対象がたくさんいる程、人生を楽しめる機会は増える。

 

私にとって、最大の「幸せのアンテナ」の対象は妻と子どもたちなわけですが、これは必ずしも家族である必要はないと思っています。友人でもいいし、芸能人でもいいし、なんなら漫画やゲームのキャラクターでもいい。

例えば推し活をしてる人って、「自分の中に、推しを対象とした幸せアンテナを立てている」ってことなんだろうなあとも思います。

 

私自身は、正直この「人の幸せを自分の幸せと感じる」アンテナがかなり鈍い方で、その点結婚して育児ができたことって、私にとってもの凄く幸運なことだったと思っています。本当に本当に、私は妻から、子どもたちから、色んな幸せをもらいました。

 

ただ、当たり前ですが子どもは親を幸せにするために生きているわけではなく、親の側としてもいつまでも「アンテナ」の対象を子ども全振りにしていくわけにもいかず、ぼちぼちアンテナを再調整、つまり子ども以外の世界にも向けていかないとなあ、と。

 

多分、どんな世代、どんな時代の親も考えたことなのでしょうが、いずれ当然のように巣立っていく子どもたちが、親の方なんて振り返らずに安心して羽ばたいていけるように、こちらはこちらでよりいっそう人生を楽しむ準備をしていかないとなあ、と。

「謎解き探検隊」の解散と同時に、そんな風に考えた次第なのです。

 

さしあたっては、もちろん私は妻も大好きで、ただ妻自身は(パズルゲーム好きな割に)謎解きにあまり興味をもってこなかったので、ちょっとずつ視界に謎を増やして、いずれ「夫婦謎解き探検隊」の再結成でもしたいなあと考えているわけです。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

AIでコンテンツを作れるようになった今、発信において、「人間」が果たすべき役割は、

・他にはない「切り口」を出すこと

・AIの出力結果をチェックすること

の2つに集約される。

 

平たく言うと、「企画」と「校閲」。

 

ただし、このうち、後者の「校閲」については、正直なところAIでもある程度代替可能である。

ではなぜ、人間がチェックをしなければならないのかというと、成果物の「責任」を誰かが取らなければならないからだ。

 

仕事においてはもちろん、

「AIのせいです、私は知りません」

というわけにはいかない。

 

そのため、「このAIの出力には、私が責任を負っています」という人が必要で、それが校閲の役割となっている。

 

まだAIに「企画」は出せない

しかし、前者の企画、「おもしろい切り口」を出すという観点からすると、AIはまだ力不足、というのが実感として存在する。

 

残念ながらAIの出す企画は、普通で全く面白くない。

これは、AIを使って、多少なりともクリエイティブな試みを行っている人ならば、誰でも知っている事実である。

 

もちろん、ネット上では、多くの「驚き屋さん」たちが、生成AIの性能を褒め称えているのは知っている。

が、正直なところ、「人間のプロ」の水準にはまだ及ばない。

かなりチューニングを行ったプロンプトであっても、「素人が考えそうなこと」を言えるだけだ。

 

だから、現在の生成AIのアウトプットは、最初の「アイデアの種」の質に大きく依存する。

 

「能力の高い人間」

が使うと、高い品質のものになり、

「普通の人」

が使うと、普通のもの(つまり面白くないもの)が出来上がるのはそのためだ。

 

AIに適切な方向づけを行い、AIがどのような情報を参照すべきかを伝えられる人、つまりプロが、AIを使いこなして、大きなパワーを得ているのが現状である。

「テクノロジーは格差を拡大する」を地で行っているのがAIだ。

 

「AIの出す企画」が人間を超える日は来るか

問題は、これが「時間の問題」かどうかだ。

 

つまり、5年後、10年後には

「誰でもAIですごいものが作れるから、人間の賢さは意味のないものになる」

といえるかどうか、である。

 

もっとわかりやすく言えば、

「文章の素人が、AIでベストセラーを生み出す」

「絵の素人が、AIをつかって商業誌で人気漫画の連載をする」

「映像の素人が、AIで映画賞を取る」

「音楽の素人が、AIでヒットソングを作る」

などが、可能となるかどうかだ。

これが可能になったら、本当に人間の頭脳労働は不要になる。

 

未来予測というものは大抵が外れるので、正直なところ確信めいたことは言えない。

が、可能性としては「ゼロではない」とは言える。

 

人間の頭脳の差を意味のないものにするほどのAIが出現すれば、もはや頭脳労働は人間がやる仕事ではなくなるだろう。

 

人間に残された仕事は何か?

そうなったときに、我々人間は、どのような仕事をすればよいのか?

 

一つは、肉体労働とホワイトカラーのハイブリッドである。いわゆる、エッセンシャルワークに就くことだ。

代表的なのは医師、看護師である。

他にも、小学校の教員、保育士、建設作業員、消防士、農作業員、工員、警察官、配送ドライバー、倉庫員、調理員、ケースワーカー、生活支援員などがある。

 

これは元経営共創基盤代表の冨山和彦氏の「ホワイトカラー消滅」に詳しい。

[amazonjs asin="B0DJCYLVR6" locale="JP" tmpl="Small" title="ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか (NHK出版新書)"]

 

そもそも、現在の大半のホワイトカラーは、頭を使って仕事をしているのではなく、単に事務仕事をしているだけなのだから、AIが代替すれば仕事はなくなる。

したがって、頭脳労働は、AIと対等のクオリティで仕事をする「スーパークリエイター」と、経営の責任者である「経営者」「上級管理職」しか残らない、という主張だ。

 

そして二つ目。

これは私の主観だが、「人間が行うことが欲されている仕事」だ。

 

裏を返すと

「人間が機械にやらせたいと思わない仕事」

が複数存在する。

 

例えば、アーティスト、宗教家、運動家、政治家、スポーツ選手、アイドル、など、いわゆる「カリスマ」には、一定の存在価値がある

それは、「憧れの人に付き従いたい」という、人間の根源的な欲求だ。

一種の偶像崇拝だが、ニーズは大きい。

 

あるいは裁判官や議員など、司法、立法の中枢は、保守的に人間に占めさせることだろう。

これらは企業経営者のように、「人に責任を取らせること」を欲する仕事だからだ。

 

それと「営業マン」はなくならない

そして、おそらく無くならないのは「営業マン」だ。

「営業パーソン」と書くべきなのだろうが、泥臭い「営業マン」のほうがイメージに近い。

経営者や顧客のキーパーソンを相手にして、商品の説明を行い、接待をし、顔を出して挨拶を行い、彼らに気に入ってもらうことを目的とする職業だ。

 

実は営業マンは、ホワイトカラーではなく、「エッセンシャルワーカー」に近い。

 

といっても、情報提供や提案をするだけの仕事、あるいはインサイドセールスなどは、かなりの部分が自動化されていくだろう。

しかし、人間の情理が必要な営業、たとえば不動産販売、M&Aの仲介、塾への勧誘、生命保険への加入、アパレル販売員、ホテルや旅館の接客、そして中小企業向けコンサルタントなどは

「人から買いたい」

「この人の誠実さを信頼する」

という人間関係そのものが商品の一部になっているため、AIに代替されずに残る可能性が高い。

 

「キーパーソンに気に入られて、取引が始まる」ということは、人間の本質をついている。

「責任者」「リーダー」「カリスマ」を人間がやっている以上、彼らに「直接のサービス」や「人間のインターフェース」を提供するための「人間がやる仕事」が残っていく、というのが近未来の労働の主役になるだろう。

 

そういう点から見ると、今よりもAIがはるかに賢くなっても、「人間の仕事」は当分、無くなりそうもない。

 

 

【お知らせ】

3月24日の14時から、なぜ「発信する企業」は顧客を集め続けるのか というセミナーを実施します。

上の話の根底に通じる部分、「人間は人間に惹かれる」という部分をビジネスに落とし込んだ話をするので、興味がある人は以下のページから。

『なぜ「発信する企業」は顧客を集め続けるのか』

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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どうもこんにちは、しんざきです。段々あったかくなってきましたね。毎年この時期になると原因不明の鼻風邪にかかるんですが、遅めのインフルエンザでしょうか。

この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。

 

・リモートワーク環境下で、一部の新人・中途さんが伸び悩んでいました

・原因の一つは、「仕事が分からない」を言語化できず、特にリモート環境だと気軽に質問・相談できないことのようでした

・文字だけで質問・相談のやり取りする際には、高い言語化能力か、遠慮のない質問力が必要です

・「じゃあAIに聞けば?」となるかも知れませんが、ただ「分からない」だけだと、たとえAIに投げても適切な答えは得られません

・「なにがわからないのか」を明確にして、人に投げられる質問に成型するためにAI相手の壁打ちを使ってみようと話して、生成AIとのやり取りをある程度テンプレ化してみました

・最近、「質問の適切な言語化」にも慣れてきたようで、だいぶ質問できるようになってきました

・「AI使っても仕事わからん」となっている人は、「答えを得る」ことではなく「何が分からないのかを明確化して、知ってそうな人に投げられる状態にする」ことを目標にしてみるといいのではないでしょうか

 

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。

 

リモート環境では、「分からない」を言語化する能力で実力の伸び具合が変わってくる

みなさん、普段、遠慮なく「質問」「相談」って出来てますか?

仕事上で何か分からないことが発生した時、「取り敢えずこの人に相談すればいいや」って相手、いるでしょうか?

 

何度か書いている通り、しんざきはRDBMSを軸足に色々やるITエンジニアでして、自分で動きながら部下もマネジメントする、いわゆるプレイングマネージャーの立場で20年近く働いています。

そのため、新人さんを指導する立場になることもちょくちょくありまして、毎年そこそこの数の新人さんを見ています。タスクを直接管理することもありますが、メンターやアドバイザー的な立ち位置で指導する機会も多いです。

 

指導する側として、以前から悩んでいたことなんですが、「リモート環境だと細かい疑問をフォローしにくい」という問題があります。

めっちゃ新人指導しにくい。

 

もちろん、入社当初、ある程度仕事が回るようになるまでは、対面でつきっきりで指導します。それは前提です。

その上で、当たり前のことですが、配属されたばかりで即仕事が十分できる人はいませんので、周囲は色んな面でフォローして、ちゃんと働けるようにお手伝いしてあげないといけません。

これはどんなに仕事歴が長い人でも同じで、「放っておくだけで勝手に自走して、成果を出せるようになる」人は、全くいないとはいいませんが激レアです。新卒だろうが中途だろうがその点は同じです。

 

大きな問題の一つとして、

「「分からない」を拾いにくい」

「だから「言語化能力が高い人と低い人で大きな差が出る」

という点があります。

 

まず、リモート前の環境ならできたはずの細かいコミュニケーションや相談が、リモート環境だともの凄くやりにくいんですよね。

仕事のやり方を教えるにしても、その場で相手の表情を見ながら教えるのと、画面を見ながら教えるのでは、やっぱり得られる情報量も違うし、細かいフォローのしやすさも違うじゃないですか。

 

例えば仕事についての説明でも、対面なら

「あ、今はちゃんと理解してるな」

「今はちょっと目が泳いでるな、あとでここ確認しないとな」

とか、細かい情報からフォローを手厚めにしようとか、教え方の方針を変えようとか判断できたんですが、やっぱり画面越しだと気付かない部分も多くって、どうしてもフォローが行き届かないところが出てしまうんですよ。

 

以前の対面環境ならちょっと席を立って話しかけに行ったり、雑談混じりに質問を受けたりといったこともできたんですが、それもリモートだとなかなか難しく、「ちょっとした雑談」ベースの情報交換というのが大変やりにくくなっております。

 

もちろん、指導する側としても色々工夫はしていて、なるべく相談・雑談しやすい環境を作ろうとしてはいるんですが、自分も他の仕事をしながら見ている関係上、遺憾ながらそれにも限界はあります。

 

こういう状況で何が起きるかって、どうしても「質問する力」「疑問を言語化する力」で実力差がつきやすくなっちゃうんですよね。

つまり、仕事をしていて分からないことが発生する。先輩や上司に聞かないといけない。

 

けれど、そもそも「どこが分からないのか」が自分でもよく分からないので、どう質問をすればいいのか自体分からない。上司も忙しそうだし、さすがに「何がなんだかわかりません」とは聞きにくい。

 

これ、例えばTeamsやチャットで先輩に質問を投げる時って、文字ベースのやり取りになるので、

「どこが分からないのかを文章と質問事項にまとめて、先輩に投げられる形に整形しないといけない」

という点で、余計にハードル高いんですよね。

 

「じゃあ自分で調べるか」ってなっても、これまた何が分からないのか分かっていないので、適切な結果を引き当てることはできない。

そのまま時間だけがずるずる過ぎてしまって、「こんなに時間が経ったのにこれしかできてないの?」と言われるのが怖くて、ますます相談しにくくなってしまう。

 

悪循環ですよね。

こういう状態でも、構わずバンバン質問を投げてこれる人というのは、実際います。以前この記事でも書いたんですが、「何をどう困っているのか」をちゃんと言語化して説明することができる人。こういう人はすごく伸びます。

昨年入社した新人さんが、あまりにも助けを求めるのがうまくて、「こいつ人生二度目か?」と思った話。

ところがですね。去年入った件の新人さん、この辺のことが殆ど最初からできているんですよ。なんでしょう、大学や大学院時代の指導がよほど良かったんでしょうか。

まず、手遅れになる前にちゃんと「ここが分かりません、できてません」と言える。それだけでも偉いんですが、その背景として「今○○が目的の作業をしてるんですが、ここが分からなくてできてません」と、ちゃんと「作業の目的」と「できてない箇所」を最初の時点で説明できている。

ただ、やっぱりそういう「質問力」みたいなもので、新人さん同士でも実力の伸び具合に大きく差が出てしまうのは確かな話でして。そういうのって上司の責任なんで、私が解決しないといけません。

 

「曖昧な状態でも聞いてくれていいからね」とか「同じこと何度も聞いてもいいからね」とか、色々フォローをしようとはしつつ、なんとかしないとなーと思っていました。

 

AIに「答え」を求めてしまっている新人さんとの会話

で、もう半年くらい前の話なんですが、なかなか相談できないで仕事を抱えちゃう傾向がある新人さんに、何度か話を聞いてみました。

1 on 1って言い方だと構えちゃう人がいるんで、休憩中の雑談ベースで。

 

私はその人の直接の上司ではないので、細かいタスク状況は知らないんですが、色々苦労しているっぽいという話は共有されていました。

 

私「お疲れさまー。コーヒー飲みます?」

新人さん「あ、いただきます」

 

私「(ちょこちょこ雑談してから)そういえば最近○○の仕事振られたでしょ。どんな感じです?」

新人さん「あー……色々分からないところが多くて……」

 

私「どの辺が分からなそうです?XXさんがあの分野超詳しいけど」

新人さん「えーと……ちょっと、分からないところが多すぎて、どう聞けばいいかが……XXさんすごく忙しいですし、ちゃんと整理してからと思って」

 

大体想定通りです。まあ、そもそも上司に質問を投げるのに遠慮は要らないんですが、

「全然曖昧な状態で投げて手をとらせるのは申し訳ない」

という気持ちはよく分かります。

 

じゃあAIならいいんじゃねえの、と思いまして、

私「ちなみに、会社のAIbotとか使ってみました?あれ使い倒してもいいと思うんだけど」

新人さん「使ってはみたんですけど、なんかそれっぽい答えは返ってくるけど、やっぱり理解できなくて」

なるほどなーと思いました。

 

これは、分かっている人にとっては今更の話だと思うんですが、AIは「自動的に答えを教えてくれる装置」ではありません(正確にはプロンプトの作り方によりますが、一旦おいておきます)。

自分がよくわかっていない状態で、曖昧な質問だけを投げても、一般的な答えしか返してくれません。

RAG(その組織の知識を利用できる仕組み)を使ってるかどうかなんて関係なく、疑問の答えを得るためには、ある程度「明確な問い」が必要なわけです。

 

彼は、「疑問点が曖昧なまま、その答えだけをAIに聞いている状態」に見えました。

その場合、AIとのやり取りは「答えを聞く」ためではなく、「疑問点を明確にする」ために使うべきです。

 

その上で、AIとのやり取りだけで疑問が解決するならそれでいいですし、解決しないなら「明確になった質問」を他の人に投げればいいわけです。

 

私は、「じゃあ、「答えを出すところ」じゃなくて、「疑問点、質問点を明確にして、XXさんに投げられるようにするまで」を目標にしてみるのはどうですかね?」と言ってみました。

ある程度具体的なテンプレを提示してみました。こんな感じです。

 

1.まず、「自分が今やろうとしていることは何か」「現時点で知っていること」「どの辺が曖昧か」などの状況をそのまま書く(歯抜けでも全然よい)

2.AIに足りない情報をインタビューさせる(「上記の目的のために、抜けていると思われる情報はなんですか?」)とか聞けばいい

3.壁打ちしながら「何が足りないか」が分かったら、AIに聞いて解決するならそれでいいし、「その疑問点を上司に質問したいと思います。質問のポイントをまとめてください」と伝えて質問を形成させる

4.適当に整形して上司にもっていく

 

ポイントとして、「何度も壁打ちしながら、段々具体的にしていく」というところですよね。会社の上司と違って、AIにはいくらでも時間があるので、何度適当な質問を投げても怒られない。

解決しなくてはいけないのは、「分からない」ことではありません。「何が分からないのか分からない」という、その状態です。そこさえ解決できれば、あとは分かる人に聞けばいい。

 

だから、「自分は何が分からないのか?」ということを突き詰めないといけない。そのためには、「ここまでは分かるんだけど、あと何が足りない?」を壁打ちしていくのが一番速い。

「質問できるところまでたどり着く」ためにAIを使えばいいんじゃないですか、とアドバイスしてみたわけです。

 

人間って、「入出力するだけ」で段々疑問点を明確にしていけるので、「とにかくやり取りをする」だけでも全然効果があるんですよね。キャッチボールは、何度も続けないと意味がない。そこを上手いことやれるといいなーと思いました。

 

「質問力」「疑問の言語化能力」はとても重要だが、ある程度はAIで補える

こういうアドバイスって刺さる時もあれば刺さらない時もあるんですが、上記の新人さんには刺さったらしく、その後割とすぐ、結構色々な質問が出てくるようになりました。

当初は「質問できる人と、随分差がついちゃってるなあ」と思っていたのが、段々埋まってきました。

 

「分からないところを言語化する」ってある種の訓練なんで、何度もやってる間に自分だけでもできるようになっていくんですよね。

いわば補助輪つきの自転車みたいなもので、AIを「答えを得るためのタクシー」ではなく「問いを明確化するための補助輪」として使ったことで、自走もできるようになってきた、とも言えるかも知れません。

 

「質問力」「疑問を言語化する能力」がリモート環境下でもの凄く重要だ、というのは変わっていないと思います。むしろ、AIも使える今の環境では、重要性はますます上がっている。

 

ただ、AIを使っても伸びない人の多くは、「疑問を明確化する前に答えをもらおう」としてしまっている。

実際、この先いろんな仕事をする上で、一番価値があるのは「適切な問いを立てられる」ことなのに、そこを飛ばしてしまっているわけです。

 

現時点で「疑問を言語化する能力」が低い人でも、思考の方向性をちょっと変えて、「答えを得る」ためではなく「問いを作る」ためにAIを使うだけでも、疑問を言語化する力は鍛えられるかも知れませんよ、と。

そういう話でした。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Edwin Andrade

訳あって、アンダークラスについてちょっと調べている。この言葉は、なんらかの階級を指し示しているようで本当はそうではない気がしていたからだ。

そのうえで、私が診察室の内と外で見てきたアンダークラスらしき諸現象も思い出しながら、個人的な所感を付け加えたい。

 

まず、アンダークラスとはなにか。
これはそのものズバリ、そういう新書がまとめられているので参照する。(注:この文章で引用されているグラフも以下の新書からの引用です)

[amazonjs asin="B07L4KB94J" locale="JP" tmpl="Small" title="アンダークラス ──新たな下層階級の出現 (ちくま新書)"]

 

著者は、はじめに永山則夫の言葉を引用しルンペンプロレタリアート(モノ持たぬ労働者階級)に言及したうえで、アンダークラスについては以下のように定義する。

……そして底辺には、低賃金で不安定な非正規労働者の大群が形成されていて、その数と全体に占める比率は、増大を続けている。そしてこの構造は社会不安の大きな源泉になっている。

ここで非正規労働者のうち、家計補助的に働いているパート主婦と、非常勤の役員や管理職、資格や技能をもった専門職を除いた残りの人々を、「アンダークラス」と呼ぶことにしよう。その数はおよそ930万人で、就業人口の15%ほどを占め、急速に拡大しつつある。

……平均年収はわずか186万円で、貧困率は38.7%と高く、とくに女性では、貧困率がほぼ5割に達している。仕事の種類は、マニュアル職、販売職、サービス職が多く、具体的には販売店員、料理人、給仕係、清掃員、レジ係・キャッシャー、倉庫夫・仲仕、介護員・ヘルパー、派遣の事務員などである。平均労働時間はフルタイム労働者より1~2割少ないだけで、多くがフルタイム並みに働いている。

 

管理職や役員や専門職を除外した、非正規労働者で低収入の雑多な職種の人々がアンダークラスであるという、かなりざっくりとした定義がうかがえる。なお、本書はコロナ禍の前に著されているため、今日ではもう少し平均年収は高いかもしれないが、いずれにせよ低収入である点は変わるまい。

同書によれば、このアンダークラスという言葉を現在に近い意味で最初に用いたのは、スウェーデン出身のミュルダールという経済学者が最初であるという。

アメリカ社会の大多数は教育を通じて社会的/経済的移動が盛んで、また可能だが、そうした大多数の下には失業や不安定雇用が長引きやすく社会的/経済的移動が困難な人々があるという。その、社会的/経済的移動が可能か不可能かのボーダーラインより下に位置するのがアンダークラス、というわけだ。

 

その後アメリカでは、アンダークラスという言葉が素行の良くない人々へのレッテルとして用いられたり、福祉政策への依存により生み出されたものとみなされたりするなかで、「救済に値しない人々」といったニュアンスを帯びるようになっていった、ともある。

 

アンダークラス≠労働者階級

これらを踏まえたうえで、じゃあアンダークラスとは何か? を私なりに咀嚼しようとした時、それは「いわゆる労働者階級」とイコールではないな、と感じずにはいられなくなる。

かつて、「階級」という人々の区切り方があった。支配階級~中間階級~労働者階級とか、ブルジョワ階級~プチブル階級~労働者階級といった、特にヨーロッパ社会で用いられてきた区切り方だ。この階級という考え方のなかでは、労働者階級が一番下の階級、とみなされている。

では、アンダークラスはそのまま労働者階級とみて良いのか? とてもそうは思えない。そもそもアンダークラスは非正規労働者であって正規労働者ではないし、その内実は雑多だ。実際、『アンダークラス』の著者・橋本健二はこう書いている。

 これまでの日本の労働者階級は、資本主義社会の底辺に位置する階級だったとはいえ、その大部分は正社員としての安定した地位をもち、製造業を中心にそれなりの賃金水準を確保してきた。

これに対して激増してきた非正規労働者は、雇用が不安定で、賃金も正規労働者には遠く及ばない。しかも次章でみるように、結婚して家族を形成することが難しいなど、従来からある労働者階級とも異質な、ひとつの下層階級を構成し始めているようである。

労働者階級が資本主義社会の最下層の階級だったとするならば、非正規労働者は「階級以下」の存在、つまり「アンダークラス」と呼ぶのがふさわしいだろう。

 

労働者階級はいわゆるブルーカラー層にあたる。だからといって非正規労働者ではない。

逆に、アンダークラスだからといってブルーカラー層にあたるとも限らない。旧来の三つの階級の外側の存在とみるなら、アンダークラスという名称にも納得できるというものだ。同書所収の調査結果からも、それはうかがえる。

 

 

これを見ると、アンダークラスには事務職が少なからず含まれている。

仕事の種類からいえば、これはブルーカラー層というよりホワイトカラー層、労働者階級というより中間階級やプチブル階級と呼ぶべき人々である。

 

学歴にも注目したい。非アンダークラスと比較して中卒者が多く大卒者が少ないとはいえ、それでも、決して少なくない割合の大卒者が混じっているのである。

だから、少なくとも日本のアンダークラス=零落した労働者階級とみるのは正しくない。零落した中間階級、持続不可能になったプチブル階級もかなり含まれたまとまりとみるべきなのだろう。

関連して、アンダークラスの貧困率や性差も興味深い。

 

男女年齢別の貧困率、生活満足度についての調査結果を見ても、この、アンダークラスなるものが一律でも一枚岩でもない、さまざまな属性を持つ人々であることがうかがえる。

もちろん著者も、年金を取得している高齢者は、若年者とは様子が違っていることには自覚的だ。著者はそこから、アンダークラスを年齢や性別により四つのサブタイプに分類していく。

が、そのあたりについてはこの文章の主旨からは逸れるので興味のある人は『アンダークラス』をお読みになっていただきたい。

 

階級にふさわしいハビトゥスや趣味は、アンダークラスにありや?

ここからは、私自身が診察室の内外で見聞きしたことも踏まえながら個人的な所感を書くので、そのつもりでいてください。

雑多な属性を持った一群だから仕方ないかもしれないが、私は、アンダークラスに当てはまる人々に固有のハビトゥスや趣味を感じ取ることができない。

アンダークラスだから○○を特異的に愛好しているとか、アンダークラスだから××のような仕草をしがちといった、階級固有の「やりかた」「処世術」「嗜好」といったものは想像できない。

階級にふさわしいハビトゥスや趣味といえば、社会学者のブルデューが『ディスタンクシオン』でまとめたものを私は思い出す。そ

こでは、支配階級、中間階級、労働者階級それぞれには選びがちな趣味があり、それぞれにありがちな所作やハビトゥスがあるとされている。

たとえば労働者階級は実用性に即して趣味を愛好し、中間階級は上昇志向的に即して趣味を愛好し、支配階級は実用性から距離を取った趣味が選択できると同時に、余裕ある趣味態度をつくりがち……といった具合だ。

そうした趣味選択や趣味態度には、それぞれの階級の経済事情や他階級に対する卓越性の提示が染み込んでいる。

たとえば中間階級の勤勉な趣味態度は、支配階級に近づきたい上昇志向を遂行する推進力たり得ると同時に、労働者階級に対してみずからの卓越性を示す証拠ともなる。

 

他方、労働者階級は中間階級とは異なる趣味態度をとおして、勤勉さという中間階級のモノサシから心理的距離を取ることができ、そのおかげで無用の劣等感を抱えずに済むだろう。

ポール・ウィリス『ハマータウンの野郎ども』やリチャード・ホガート『読み書き能力の効用』に記されている労働者階級のハビトゥスや趣味も、そのような性格を併せ持っているものだった。

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このように、ブルデューが『ディスタンクシオン』でまとめたそれぞれの階級に固有のハビトゥスや趣味は、それぞれの階級の社会的適応や心理的適応に貢献する一面を持ったものとしても読み取れる。

たとえそれが、融通無碍なものではなく、ときには呪わしい一面をみせるかもしれないとしてもだ。

しかし、アンダークラスとまとめられる人々には、こういった固有のハビトゥスや趣味が見当たらない。

アンダークラスに該当していそうなさまざまな人々の実観測でも、そのハビトゥスや趣味は雑多というほかなかったと思う。労働者階級っぽさが感じられる人もあれば、中間階級っぽさが感じられる人もある。ハビトゥスや趣味といえるものが失われてしまっているとみえる人もいる。

そもそも日本では、ブルデューが1970年にフランスでまとめたような、ヨーロッパ的な階級と階級意識は乏しいように思われる。

戦前はさておき、太平洋戦争やGHQの施策などをとおして貧富の差が少なくなり、”一億総中流”という言葉すら生まれた後の日本社会では、労働者階級と中間階級の境目ははっきりせず、支配階級も目立ちにくい。

少なくとも、読む新聞も話す言葉も通う飲み屋もまるきり違うほどの差異は、日本ではみられない。

Xの行儀の悪い領域では、ときどき「○○はアンダークラスの趣味」といったメンションを見かけることがある。

しかし納得できるものを見たことはない。

 

ましてや、アンダークラスの社会的適応や心理的適応に貢献もしているハビトゥスや趣味となると尚更だ。ハビトゥスや趣味の桎梏から自由であるとも言えるが、ハビトゥスや趣味に守られている度合いも薄いのだろう。

特に中間階級的な上昇志向を内面化したまま、勤勉にアンダークラスを続けるのは、きついことのように思われる。

 

くだんの『アンダークラス』の後半には、アンダークラスの人がそうでない人よりもメンタルヘルスの問題に多く直面している統計的データが記されているが、中間階級的な上昇志向を内面化した零落した中間階級の人ほど、アンダークラスという状況に葛藤をおぼえるように推察した。

 

世代再生産が成らないなら階級っぽくない

それからもうひとつ。

前述の古典的な階級は、親から子へと継承されがちなものだった。支配階級の子どもはそのハビトゥスや趣味がアドバンテージとなり、同じく支配階級になれる確率が高い。

 

ときには、経営者の子が弁護士となったり弁護士の子が大学教授になる等、サブカテゴリが移動することは、ある。また正統な継承ではないとしても、支配階級の子がメディア産業やサブカルチャー領域に転じて活躍することも少なくない。

そうやって、ハビトゥスや趣味は階級間移動や階級内サブカテゴリ間の移動を伴いつつ、世代から世代へ続いていくものだ。

 

しかし、そうした営みが続くためには、どうあれ世代再生産が必要になる。逆に言うと、世代再生産が持続してきたからこそ階級という社会的/文化的まとまりが存在し続けてきた、とも言い直せるかもしれない。

ところが、ここでいうアンダークラスは世代再生産が成っていない。

世代再生産の適齢期のアンダークラスに絞って言えば、アンダークラスは子どもをなかなかもうけることができない。

特に男性においてその傾向は顕著だ。かつての労働者階級とは異なり、アンダークラスは世代を紡いでいくことができない。だとしたら、アンダークラスは世代を跨げず、そういう意味でも階級たりえないようにみえる。

なかには子をもうけられたアンダークラスもあろう。しかし、アンダークラスがそれそのままに子どもを育てることは今日とても難しい。

中間共同体がさまざまなリソースや経験を提供・共有していた時代が去った今、子育てにまつわるあらゆるリソースは親が直接伝授するか、購入可能な分野ならば金銭で贖わなければならない。

それができなければ、渡世のリソースとなる学力もスキルもハビトゥスや趣味も乏しいまま子どもは社会へ、その前段階としては学校へ放り出されることになる。

私が世の中を眺めて思うのは、実際には、アンダークラスの家庭に育った子どもが社会や(その手前の)学校で不適応を呈したりメンタルヘルス上の問題を呈したりすることは、かなり多いということだ。

アンダークラスという状況は子世代の不適応やメンタルヘルス上の問題を引き起こしやすいようにみえる。

 

と同時に、親子どちらかの社会不適応やメンタルヘルス上の問題がアンダークラスという状況を招き寄せる場合もあるようにみえる。

だから、アンダークラスという階級……というより状況は、経済的な問題が原因/結果になっているだけでなく、心理的な問題が原因/結果になっているようにもみえる。

 

もっと一般化した表現を試みるなら、

「経済・心理・社会的な諸資源の総合としての世帯が回らなくなると、アンダークラスという状況が到来する」

といったところだろうか。

アンダークラスという状況にはセルフネグレクトの問題も近接しているはずで、ここも、経済・心理・社会的な諸資源の欠乏が見え隠れする領域だ。

中間共同体がほとんどなくなった今、理論上、そうした領域への援助は社会契約に基づき国や自治体を経由して行われるべきかもしれないが、実のところ国や自治体やボランティアはそこまで小回りがきかないし、プライバシーという別の問題との兼ね合いもある。

ともあれ、世代再生産という見地から見てもアンダークラスは従来の階級とは違った何かに見え、かつ、これが大きな社会問題であるとは想像しやすい。

社会問題として、この方面についてもう少し知ってみたいなと今は思っている。

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:Steve Mushero

「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」

「何?」

 

「評価が公平じゃないと思うんですよ。」

「具体的には?」

 

「例えば、昇進の条件です。シニアコンサルタントになるためには、Aランクの顧客を2社以上担当しなければならない、ってあります。」

「うん、何もおかしくないと思うけど。」

 

「でも、Aランクのお客さん自体、うちの部署では、4、5社しかないじゃないですか。普通に考えたら担当できないと思うんですけど。」

「担当させてもらえるように頑張りなよ。同期の滝川さんは、こないだアサインされたよ。」

 

「知ってます。なんで彼がアサインされたんですか?」

「優秀だからじゃない?」

 

「どういう基準で優秀だとみなされたのか、わからないんですよ。」

「評価基準のシートを見ればいいじゃない。」

 

「あの基準、抽象的でよくわからないんですよ。「1億円以上のプロジェクトをリーダーとして遂行できる能力がある」とか。」

「具体的だと思うけど。」

 

「どうすれば、Aランクの顧客を担当させてもらえるんですか?それを知りたいんです。」

「Aランクの顧客を担当できるくらいの能力がある、とみなされたら、アサインされるんじゃない?」

 

「だから、その基準が……」

「唯一言えるのは、すでにあなたより滝川さんのほうが、昇進にふさわしい、とみなされているということ。」

 

「だから公平ではないって言ってるんです。」

「そうだね。」

 

*

 

「先輩、うちの会社、ひどくないですか?」

「今度は何?」

 

「AI研修があるらしいのですけど、それを受けられる人って、全員じゃないんですよ。」

「知ってる。」

 

「課長がAI研修の対象者を選ぶ、ってことになってますよね。」

「そうだね。AI研修も安くないからね。自分で勉強すれば?」

 

「課長はどういう基準で、対象者を選ぶんですかね。」

「AIをうまく活かしてくれそうな人にするんじゃないかな。もう決めたって言ってたけど。」

 

「え、そうなんですか。何も聞いてないんですけど。」

「あなたは対象者じゃないんじゃないかな。」

 

「どういう基準で選ばれるのか、公表されてないのはおかしいと思うんですけど。」

「なんで?」

 

「不公平じゃないですか。」

「誰が優秀なのかは、上はみんなわかっていると思うよ。」

 

「どうしたら「優秀だ」ってみなされるのか、全くわからないんですけど。」

「そうだね。」

 

*

 

「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」

「そうだね、ひどいね。」

 

「ちゃんと聞いて下さいよ。」

「もちろん聞いてるよ。」

 

「有給の申請をしたんですけど、ダメだと言われたんです。」

「ほうほう。」

 

「休みたいときに休めないなんて、おかしいと思いません?」

「そうだね、おかしいね。」

 

「もう宿とか、取っちゃったんですよ。」

「それは困るね。」

 

「そしたら上から、「そこは期末の追い込みで、ギリギリ目標行くかどうかだから、なんとか休みの次期をすこしずらせないかな」って、言われました。」

「頼られてるじゃない。」

 

「そうなんですけど、前から計画してたんですよ」

「会社は有給に関しては、時季の変更権があるからね。でも、なんで期末は忙しいってわかってて、そこを外さなかったの?」

 

「好きなときに休みを取る権利があると思うんです。」

「そうだね。好きに休めばいいと思うよ。」

 

*

 

「先輩、ちょっとうちの会社、ひどくないですか?」

「ひどいよね。」

 

「いや、今回も本当にひどいんですよ。」

「どうしたの?」

 

「社内公募があったんです。新規事業の企画担当。」

「知ってる。」

 

「応募したんですよ。」

「うん。」

 

「落ちたんです。」

「そうなんだ。残念だったね。」

 

「で、選ばれたのが、また滝川さんなんですよ。」

「滝川さん、忙しいね。」

 

「選考基準が全くわからないんです。何を見て判断したのか、説明もなかった。」

「人と企画を見たんじゃないかな。」

 

「だから、その基準を聞いてるんです。」

「僕も知らないよ。あ、でもちょっと聞いたな。滝川さんは、事前に企画の素案を三つくらい作って、部長に持っていったらしいよ。」

 

「……それ、ずるくないですか?」

「なんで?」

 

「そういうことをしていいって聞いてないですよ。」

「そうだね。」

 

*

 

「先輩。」

「うん。」

 

「僕、この会社に向いてないんですかね。」

「急にどうしたの。」

 

「いや、ずっと思ってたんですけど。」

「うん。有給とかアサインの件とか?」

 

「それもありますけど……もしかして、自分は嫌われているんじゃないかと思いまして。」

「別に嫌われてはないと思うよ。」

 

「好き嫌いで評価されていて、嫌われてしまったらどうしようもないですよね。」

「好き嫌いで評価されているわけではないと思うよ。」

 

「絶対に嫌われていますよ。」

「そうだね。」

 

「先輩は理不尽だと思わないんですか?」

「何が?」

 

「この会社の評価です。」

「そう?評価は明確だと思うけど。優秀な人がアサインされて、社内営業がちゃんとできるひとが、希望する仕事ができる。わかりやすいよ。」

 

「僕がダメだって言ってるんですか?」

「そうは言わないよ。より優秀な人がいるだけ。」

 

「じゃ、どういうことですか。」

「会社で望んだ地位や仕事、結果を得たいなら、自己評価より、上司とか周りの評価のほうが重要だってことじゃない?」

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

[amazonjs asin="4478116695" locale="JP" tmpl="Small" title="頭のいい人が話す前に考えていること"]

Photo:Museums Victoria

いぬじんさんの「子供の中学受験が終わった」という記事を読んだ。

 

「中学受験かぁ、懐かしいな」と思った。

いぬじんさんはもうすぐ50歳だそうだ。ということは、彼は現在50歳の私と同学年か、一つ下なのだろう。

この年齢でこどもの中学受験に伴走するのは、さぞかし大変だったろうな。

 

結婚と出産が早かった私は、すでに子育てをほぼ終えている。

長男はとっくに大学を卒業し、就職して自立しており、長女はまだ大学生だけれど、成人式を終えた大人である。

なので、私が子供達の中学受験に血道を上げていたのも、今から10年〜15年ほど前の話だ。

 

当時の自分がどんな風に子供の中学受験に取り組んでいたのか、先月閉鎖したライブドアブログに記事が残っていた(現在は非公開)ので、編集した上で、ここに転載しておこうと思う。

2017年2月20日に書いた記事なので、今からちょうど8年前の出来事を綴っている。

 

**********************************************

 

■ニーナさんはダイヤモンドが好き

 

あー、寒いんだかぬるいんだか、よく分からないお天気ですね。

今日はあれですよ、あれの日。

 

中学入試の合格発表の日ですよ!

 

受験生のいるご家庭は、今この瞬間もドキドキしながら合格者掲示の時間が来るのを待っているのでしょうね。(注:当時はまだインターネット上の合格発表がなかった)

 

いやー、私も行った行った。あれはン年前の合格発表の日。今日と違って晴れてた気がする、覚えてないけど。

世間には学校を休ませたり、早退させたりする親もいると聞いていましたが、「そんな理由で学校休むとか早引けるってどうなんだろう?」と思った私は、ちゃんと息子を登校させました。

 

夕方に息子が息を切らせて学校から帰ってきて、二人で受験した学校(中高一貫の私立校)へ行って、

「やったぁあああ!ばんざーい!」

って、二人で叫んだよね。飛び跳ねました。

 

そりゃ、嬉しかったですよ。だって、うちは受験勉強をする時間がたった10ヶ月しか無くて、10ヶ月間みっちり二人三脚で、毎晩深夜12時とか、遅くなると1時過ぎまで一緒に勉強しましたから。

都会で生活していた頃は、生活に余裕がなくて、息子を塾に通わせられなかったんです。公立中学校に進学させる気でいました。

 

それが、結婚生活が破綻し、地元に帰ることに。

そして、教育熱心な私の実家のサポートを得たことで(親が塾代を払ってくれた)、急遽中学受験をすることになったのです。

 

けれど、

「え?偏差値に20台ってあるんだ?」

ってレベルからのスタートでした。その時点で、すでに息子は小学6年生で、4月も半ばっていう...。

あの頃は、前夫と別居したり、離婚したりもしながら、息子の4教科の成績が偏差値20〜30台だったのを、10ヶ月で60〜70台に持ってくのに集中しました。

 

あ、ちなみに偏差値20台と言っても、息子は小学校では全く落ちこぼれてなんかいませんでしたよ。むしろ賢いって言われているくらいでした。

要するに、公立小学校でやる義務教育の内容と、塾でやる受験勉強の内容に差がありすぎるのです。びっくりしちゃうよね。

 

あの時は、いわゆる母親(私)の狂気と、受験生本人である息子の短期集中型努力の甲斐あって、無事に志望校の合格を勝ち取りました。

 

あれからいくつもの春が巡って、今度は娘の番です。

残念ながら、娘は息子ほど受験に対する意欲も集中力もなく、小5の春から塾に通い始めましたが、成績は低空飛行のまま。

そこで、「このまま塾に任せてはおけない」と、息子の時と同様に、また私が横に張り付いて一緒に勉強することに。

 

昨日は、理科のテキストを復習しました。

内容は、空気や水の温度による変化についてです。

「気体の体積は温度が1℃上がるごとに、0℃の時の体積の273分の1ずつ増えます」 

 

にひゃくななじゅーさんぶんのイチ…

 

何なの、この中途半端な数字は?法則が分からねー…。

息子と違って、分からなくても数字をともかく丸暗記していくっていう勉強スタイルが苦手な娘には、これは覚えられないだろうなぁ。

お次は水です。

 

「水は0℃ではなく、4℃のとき体積が最も小さく、温度がそれより上がっても下がっても体積は増えます」

 

何これ? もう0℃でいいじゃんっていうね。なぜ4℃なのかっていうね。

 

理数系が苦手な私には、このあたりを科学的に説明することができません。

仮に説明できたとして、うちの娘が理解できるとも思えない。ともかく今は暗記させるしかないんだけど、さて、こういう中途半端な数字をどうやって覚えさせようか...。

 

そこで、私が考えた語呂合わせがこちらです。↓

私「いい?ここにNinaさんという女の子がいると思ってね。気体の体積の変化の割合はニーナさん(273)で覚えなさい。」

娘「イタリア人なの?」

 

私「イタリア人かもしれないし、ドイツ人かもしれない。少なくともヨーロッパから来たことだけは確かね。

ところで水の話だけど、4℃といえば、そういう名前の有名なジュエリーブランドがあるのよ。ほら、こういうの。綺麗でしょ?」(パソコン画面で4℃の公式HPを見せる)

 

娘「わぁ、綺麗!」

私「でしょう? だからね。水の体積はダイヤモンドって覚えなさい。いい? ニーナさんはダイヤモンドが好きなのよ。

 

では、要点チェックです。空気は温度が1℃上がるごとに、0℃の時の体積に比べてどのような割合で増えますか?」

娘「ニーナさんぶんのいち!」(273分の1ってちゃんとノートに書けました)

 

私「よくできました。では、同じ重さで比べた時、水の体積がもっとも小さくなるのは何℃の時ですか?」

娘「4℃!」

 

私「はい、よくできました。今日のポイントは『ニーナさんはダイヤモンドが好き』ですよ! しっかり覚えておきましょう。いいわね? 女の子はダイヤモンドが好きなの。」

夫「ひどい教えかただな」

 

あら、そうかしら? いい語呂合わせだと思ったのになぁ。

**********************************************

今改めて読むと、我ながら何をやっていたんだと呆れもするけれど、親として子育てに励んでいた日々の楽しい思い出である。

 

結局、娘は中学受験をしなかった。小学校を卒業するタイミングで夫の転勤が決まり、引っ越しをした為だ。

引っ越し先の地域には中学受験の文化がなく、子供たちは住んでいる地域の公立中学校に進学するのが当たり前だったので、娘も家から近い中学校に通った。

 

その後、娘は中学に入ってからも高校や大学受験を見据えて塾通いが続いたものの、高校へは推薦で入り、大学も総合型選抜で合格が決まったので、考えてみたら彼女は一度も入試でペーパーテストを受けていない。

 

だからといって、塾通いや受験勉強が無駄だったとは思っていない。

結局のところ、私が子供達に身につけて欲しかったのは学歴ではなく、「学習の習慣」だったのだから。

冒頭で話したように、私は50歳になる。

学校教育を終えてから、もう何十年も経つ。それでも、「学ぶこと」には終わりがない。

 

私たちが生きている世界は、放っておいても変わり続ける。仕事のやり方も、常識も、価値観も、数年で更新されていく。そのたびに新しいことを覚え、理解して、とにかくやってみる。

それを面倒だと思わずにいられるかどうかは、才能よりも習慣の問題だと思うのだ。

 

泣いたり笑ったりしながら受験を終えた全国のお父さんお母さんへ。

目の前の結果だけで、どうか一喜一憂しすぎませんように。

 

受験の合否は、その年の出来事に過ぎないけれど、日常的に学び続ける力は、その後の人生を長く支える基礎体力となるのだから。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

リンク:https://note.com/flat9_yuki

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :Aaron Burden

「タクシーに乗る時は、偉い人が一番奥で運転手さんの後ろです。お供の人は後から乗りましょう」

もう30年以上も前のこと、大手金融機関に入社した時の研修で、最初に教えられたビジネスマナーの一つだ。

 

不思議に思い、マナー講師さんに率直に疑問をぶつける。

「なぜですか?例えば部長とか偉い人は高齢の人も多く、奥に乗り込むのは大変だと思うんです。足が悪い人であればなおさらです」

「運転手さんの後ろが一番、事故の時に安全なんです。宴会などでも、上座は一番奥で下座は入り口に近いところです。同じことです」

 

「宴会はわかります、入り口で雑用をこなすためですよね?しかし可能性のほとんどない事故に備えるのが、本当に正しいのですか?」

するとマナー講師は、今はわからなくてもいいので奥が上座で手前が下座であると覚えろ、そのうちわかるというようなことを言った。

全く納得感がなかったが、新卒1年生だったこともありおとなしく引き下がる。

 

しかしそれから30年以上経った今も、“そのうちわかる”ような成長はできなかったようで意味が分かっていない。

さらに言えば、和室の飲み会で床の間を背負うのが偉い人というルールも、いまだに納得できない。

 

もちろん、床の間は神聖な場所というのが一般的な文化なので、そこに近い場所が上座という理屈は理解できる。

しかし結果として、下座の方が床の間の立派な掛け軸や生け花の美しさを堪能できるというのは、ズルいではないか。

そんなことに疑問を持っていたある日、ホテルラウンジで納得の光景を目にする。

 

お気に入りの店だったのに…

話は変わるが、今からもう20年近くも前だろうか。

グルーポンやポンパレと呼ばれる、共同購入クーポンサービスなるものが大流行したことがある。

 

例えば飲食店で、300名限定で通常価格60%offクーポンを発行する。

旅館でも同様に、100組限定で宿泊代50%offクーポンなどを発行して集客しようとするものだ。

 

フラッシュマーケティングと呼ばれる販売手法の一つで、24時間限定であったり、100組限定というような“今だけ”感の演出で消費者心理を刺激する。

半額以下などの大幅値引きで過剰なお得感も演出し、潜在顧客の掘り起こしに強力な効果があったとされた。

 

そんな流れに乗ろうとしたのだろう、ある時、近所にあった食べ放題・飲み放題の串揚げ屋さんが、50%offクーポンを300組限定で販売しているのをそれらサイトで見つける。

個人経営であろうそれほど大きくない、店内はいつも常連さんだけ10組もいないような規模のお店だ。

(いつでも気軽に行ける、安くて美味しいお気に入りの店だったのにな…)

 

そんなことを思いつつ、自分も50%offクーポンを買うのだが案の定、いつも満席で駐車場にも車があふれるようになった。

駐められているのは、県外ナンバーの車ばかり。フラッシュマーケティングとやらの集客力の恐ろしさを感じつつ、なかなか利用することができない。

とはいえクーポンには利用期限があるので、どこかのタイミングで使わないわけにはいかない。

 

そんなある日の平日夕方、開店と同時に並びやっと入店することができたのだが、あの時の修羅場は忘れられない。

串揚げの素材は冷蔵棚から取り、自卓で揚げるスタイルなので問題ないのだが、飲み物が全くこない。

20組50人くらいの客に対し、オーナー1人とバイトさん2名で運営しているので、完全にキャパオーバーだ。

さらに悪いことに、そのうち揚げ物の素材もすっからかんになってしまい、まったく補充されないようになる。

 

やがて店員さんに文句を言い始めるお客さんたち。

一見客であり、おそらくもう2度と来る気もない県外客ということもあるのだろうが、全く容赦がない。

そのクレーム対応でますます店員さんの手が止まり、飲み物も食べ物も提供されなくなる。

 

加えて、そもそもそれだけのお客さんを捌けるような店の作りにもなっていなかったのだろう。

店内には、気化した揚げ油が充満しそのうち目が痛くなりだした。

そして、1組、また1組と怒鳴りながら店を後にする。

 

するとあろうことか、今度はオーナーとアルバイトさんがフロアの真ん中で大声を出し、ケンカを始めてしまった。

もっと手を動かせというような叱責に対し、こんなもん間に合うわけねえだろというような言い合いが始まり、忙しさのストレスをぶつけあう。

そこにもう1人のバイトも参加して、オーナーとの激しい言い合いを始めると、やがて2人とも辞めるというようなことを言ってフロアから出て行ってしまった。

 

もう後は、営業どころではない。

そのため食事を切り上げ店を後にしたのだが、ほどなくしてそのお店は臨時休業になり、そのまま閉店してしまった。

結果として、フラッシュマーケティングとやらを利用したことで、お店をつぶしてしまった形である。

 

そしてグルーポンやポンパレといったサービスそのものも、数年ほどで急成長しその後、数年で急速に衰退し姿を消した。

当然である。あのようなサービスを飲食や宿泊業にまで適用するのは、どう考えても「物事の本質」を外しているのだから。

ではいったい、何を外しているというのか。

 

この眺め、自分が観ちゃだめだよね

フラッシュマーケティングとやらが力を発揮するのは、「自社(自店舗)を知らない潜在顧客」に対する、認知の獲得“だけ”である。

例えばサプリメントの通販であれば、初回限定50%off、今から1時間だけというような、“お試し”のやり方だ。

通販であれば、一時に需要が集中しても大きな問題になりにくいうえに、商品が良い物なら必ず一定数リピーターになるので、意味のあるマーケティングになりえるだろう。

 

しかし飲食や宿泊業では、「安いから利用するだけ」「正規の値段では絶対に来ない」顧客など、百害あって一利なしに決まっているではないか。

ましてそのような集団が一時に大量に押し寄せるなど、ブランドや信用を根こそぎ破壊し、ロイヤルカスタマーの期待を毀損する結果しか招かない。

極論すれば、「筋悪でもいいので知ってもらいたい」のであれば、迷惑系youtuberとして店を宣伝すればいいのである。

 

飲食や宿泊業がポンパレやグルーポンを利用するなど、そういう行為だったということだ。

サービスを利用したお店も、見境なくあらゆる業種に売り込んでいったフラッシュマーケティング事業者も、衰退して当然の結果であった。

 

そして話は冒頭の、ホテルラウンジで見た光景だ。

いったい何を見て、マナーに対するモヤモヤがすっきりしたのか。

 

東京のラグジュアリーホテル、高層階にあるダイニングラウンジでのこと。

偉い人に指定され、場違いなレストランにランチで赴いたのだが、高層階だけあって見たこともないようなとんでもない眺めが目の前に広がる。

個室でもないので、通路側に偉い人を座らせるわけにはいかない。

 

そのため20分前に店につくと、通路側に座り相手を待つのだが、眺めの良さを下座である私だけが楽しめてしまう形になる。

ふと周囲に目をやると、客層は上品そうな男女2人組ばかり。

そして例外なく、通路側には女性が座り、窓を背にする席には男性が座っていた。

きっと普段なら、通路側に女性を座らせるようなことなどしない紳士たちだろう。

(そらそうだよな…。この眺め、自分が観ちゃだめだよね)

 

結局のところ、マナーというものの本質は、「相手を思いやり、リスペクトする気持ち」である。

にもかかわらず、マナーを守ることが目的化したら本末転倒でしかない。

場違いなラグジュアリー空間に思いがけず出かけたことで、マナーの本質を見たような想いになった。

 

同様に、フラッシュマーケティングとやらについてだ。

事業者もお店も、原理原則で顧客のニーズを考えれば、売ってもいい業種なのか、利用してもいいサービスなのかくらい、容易に理解できただろう。

にもかかわらず、売ることが目的化し、また知ってもらうことが目的化した結果、本質を外し事業を潰した。

手段と目的をはき違えるということはそれくらい、あらゆることをぶち壊すほどの破壊力があるということである。

 

余談だが若い頃、マナー講師の教えに納得ができなかった私は今も、目上の人とタクシーに乗る時には必ずこう聞く。

「もし奥に移動されるのがご面倒であれば私、先に乗ります!」

マナーなんてものは手段の一つであって、決して目的ではない。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

偉そうなことを書きましたが、カタブツの昭和のオッサンの中には「マナー警察」も大量にいました。
「先に乗りましょうか?」と聞き、タクシー車内で20分、怒られ続けたこともあります…泣

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Hongwei FAN

アルコール依存ができなくなった人間の末路

おれはアルコールに依存していた。しかし、大病が原因でアルコールを飲めなくなった。

がんになれば禁酒なんて簡単なことさ

飲めなくなってどうしたのか。アルコールに代わるべつの依存先を探した。探した結果、そのとき行き着いたのがゼロ・コーラだった。おれはゼロ・コーラ依存症になって2ヶ月くらい過ごした。おれはゼロ・コーラを飲みまくった。

 

「ゼロ・コーラにもなんらかの害はあるのでは?」という疑問を持つ人もいるだろう。そりゃなんかあるだろう。

だが、アルコールの害とゼロ・コーラの害、どちらが大きいだろうか。とくにおれにとっては、差し迫った希少がんの手術ができるかどうかがかかっているのだ。

 

ゼロ・コーラを飲むのは「より害の小さい依存」にほかならない。AIなどと対話した先では「ゼロ・コーラより水を飲んだほうが健康的です」などと答えるが、それはさすがに人間をやめすぎている。

 

ゼロ・コーラが飲めなくなった人間の末路

さて、おれは無事禁酒ができた。希少がんの手術を受けることもできた。大腸切除。ストーマ(人工肛門)の一時造設。そうなった。

 

ストーマができたおれがどうなったか。飲食物に対する恐怖の塊になった。おれは不安症なので、「ストーマになったら何を食べてはいけないか」について、事前によく調べた。非常によく調べた。

だいたい「ストーマには食事制限はありません」という希望をもたせる言葉ではじまったあと、「ただし、以下の食べ物には気をつけましょう」で、食べるべきではないものがたくさん列挙されている。

 

正直、いんちきじゃないかと思った。それで頭がいっぱいになったおれは、入院中の病院食に出てきた野菜やわかめなどについても、ウェブで確認したり、AIに聞いたりしたうえで、「危険だから食べない」という選択肢をとったりした。病院食すら信じない。

もしストーマが詰まったらフードブロッケージ、腸閉塞でアウトだ。それだけは避けたい。とくに造設後は注意が必要だ。

 

というわけで、おれは退院してからも警戒を続けている。最初はレトルトのおかゆばかり食べていた。その後食べるようになったのは、以下の二通りの「おれ流オストメイト食」である。

 

・オストメイトうどん

Amazonブランドの一番安いうどんの乾麺を標準ゆで時間より長く茹でる。水で洗う。皿に乗せる。コンビニやスーパーで売っているサラダチキンと、一番安い3個100円くらいの充填豆腐、卵を1個のせる。めんつゆをかける。

・オストメイト雑炊

パックご飯をレンジで加熱する。雪平鍋に少量の水を入れ、火にかける。あたたまったご飯を入れ、卵を一つ入れて溶き、ヒガシマルの雑炊のもとを入れる。さらにサバ缶あるいはサラダチキンを入れる。缶詰が味付けではない場合、醤油などを垂らす。

 

この二つである。おれはこの二つを食べている。よく噛んで食べている。

それでもストーマが「キューッとなる」ことはあるが、詰まったことはない。野菜? そんなもの人間に必要ではない。サプリを飲め。あと、「本当にそんな食事だけをしているの?」と疑問に思った人は、おれのXを見ろ。まずそうな食事の写真が並んでいる。なによりの証拠だ。

 

まあ、それはいい。おれは食事に極度の恐怖を抱いている。その結果、ゼロ・コーラも飲めなくなった。炭酸飲料もガスを発生させるのでオストメイトにはよくない飲み物だからだ。

でも、ガスが発生するだけなら、人前でなければ関係ないんじゃないか? そう思って、一本飲んだ。こわごわ飲んだ。飲んでどうなったか。どうもならなかった。ガスの発生も感じなかった。

 

ただし、ぜんぜんおいしくなかったし、気持ちよくもなかった。怖がりながら飲むコーラは、まったくよい飲み物ではなかった。おれはそれ以来、一本もコーラを飲んでいない。炭酸飲料を飲んでいない。

アルコール依存の代わりの、ゼロ・コーラ依存もなくなってしまった。

 

2026年になってX依存になる

アルコールを飲む時間が、ゼロ・コーラを飲む時間になった。そのゼロ・コーラを飲む時間もなくなった。空いた時間ができてしまった。

なにか、べつのことをすればよい。たとえば読書はどうだろうか。読書ならば時間の区切りも自由だ。べつに意義のためにする行為でもないが、有意義といってもいいだろう。

 

が、おれは退院したあと本を一冊も読んでいない。恥ずかしながら、おれは読書の習慣を図書館に頼ってきた。本を買う金がない。本を置く場所がない。

入院前に、すべての本を返却して、長いこと続いた、「借りる→返す→返すついでに借りる……」のサイクルを終えた。そして、あらたに借りに行っていない。

 

最初は手術後の肉体の劣化で、近所のコンビニに行くのがやっとだった。図書館には行けない。今は、体力も回復してきて、図書館くらいには行ける。ただ、どうも足が遠のいてしまう。足が遠のくというか、ストーマがある身体で、外に出たくないのである。

ストーマ閉鎖後にLARS(直腸を失ったことによるひどい排便障害)で本当に外に出られなくなるのがわかっているのに、外に出たくないのだ。部屋に閉じこもっていたい。どこにも行きたくない。図書館にも行きたくない。

 

あと、本を読む体勢が取れない。へその右上にストーマがあって、うつ伏せになれない。おれは本をうつ伏せに寝っ転がって読むことが多かった。そういうことも頭をよぎる。

おれは日本人の平均以上に本を読んでいたが、もう本も読めない人間になった。本を読もうという気も起こらない。

 

そして、どうなったか。スマホを見るようになった。よく見るようになった。はてなブックマークをよく見る、5chも見ちゃう。でも、どちらも読み始めると、意外に簡単に読み終わってしまう。

 

……で、出てきたのがX、これである。旧Twitter、これである。

おれがTwitterのアカウントを作ったのは2009年3月らしい。Twitterも普通に使ってきた。使ってきたが、一番の目的ははてなブックマークと連携させることだった。

もしもはてなブックマークがなくなってしまったとき、Twitterにバックアップがあればいいな、と思ったのである。まあ、はてなブックマークは健在だし(すばらしい)、むしろTwitterのほうがどうなるんだよみたいになったこともあった。まあ、Xになったのだが。

 

で、おれはあまりXを見なかった。はてなブックマーク連携(記事と一言コメントの転載)と、それこそ自分の食事をアップするくらいのものだった。あ、あと、スペースで配信というのをほぼ毎日4人くらい相手に行っているか。

 

一方で、たまに自分がフォローしている人のタイムラインを見ることはあっても、べつに熱中したりはしなかった。

「おすすめタイムライン」? なにやら荒れていたり、いやな情報で溢れていたり、よくなさそうなので見なかった。本当に見なかった。

 

が、これが、時間ができてみてどうなった。「ちょっとおすすめタイムラインを見てみるか」となった。そうなるとおそろしいな、これは。

なんとなく自分の興味がありそうな話題、それもバズっている話題が並んでいる。バズっている話題というのは、それなりにバズる理由というものがあるもので、人の興味を引くなにかがある。おれも人の子なので興味を引かれる。正直、おもしろい。

 

そして、きりがない。これが怖い。どんどんスワイプしていけば、どんどんバズっているポストが出てくる。いくらスワイプしてもきりがない。きりがないと思って最初に戻って更新してみれば、今度は新しい話題がいくらでも出てくる。

おれはもう、椅子に座って、iPhoneの画面から目を離せない。ほかになにもできない。する気もおきない。時間は信じられないスピードで溶けていく。「あと15分」と思っても、気づいたら1時間くらい平気で溶けている。これはすさまじい。えげつない。やばい。そう思った。

 

そう思ったおれはどうしたか。Xに課金した。こんだけ使っているのだからいくらか払ってもいいだろう、というのと、広告が減る、というメリットを享受したかった。一番安いコースでは「減る」だけで、もしもそんなに減らなかったら、すぐに解約すればいい。そう考えた。

……したらなあ、たしかに減るんだよ、広告。

実感として。数字で見ると、今まで2957件の広告が表示されなくなって、一年間で42時間節約できる計算らしい。

 

それでもって、選挙なんていうネット言論空間を躁状態にするイベントもあって、ますます目が離せない。

おれのタイムラインではあまり多くないが、生の陰謀論とかも目にすることができて、ああ、これがインターネットか、と思ったりもした。いや、自分はネットの負の側面、SNSの負の側面について知っているつもりではいたが、あくまで知識として知っていただけで、実際にそういう人を目にしてきたわけではなかった。

 

……とか、なにやら勉強になったみたいなことを書いてはみたものの、じっさいに「ためになったなあ」、「勉強になったなあ」という手応えは少ない。

むろん、X上にも信頼できる思想家、専門家もたくさんいる。とにかくXにはたくさん人がいる。ピンからキリまでなんでもいる。なので、新しい知見を得ることだってある。

 

が、圧倒的にどうでもいい話が多い。どうでもいいならまだいいほうで、無駄に怒りを煽られたり、偏見を植え付けられたり、そういう情報もむちゃくちゃ多い。

たんにインプレッション稼ぎ、金儲けのためのポストも山ほどある。玉石混淆と言いたいが、じっさいのところ、圧倒的に石が多い。それがばんばん流れてくる。そしておれは、たくさんの石にぶつかりにいきながら、それをやめることができない。

 

正直なところ、Xの元ポスト→Togetterのまとめ→はてなブックマークのホットエントリと、ある程度しぼられてきた情報だけ見るのが効率的で健康的だ。

タイムラグは少しあるが、そんな時間のなにが貴重だというのか。

 

遅れてきたX依存症の末路はどうなる?

まあそういうわけで、おれはXをがっつり見ている。これが遅れてきたX依存症の現状である。

昔は「ツイ廃」などという言葉もあったと思うが、おれはあまりポストしないのでそれには当たらないだろうか。X閲覧依存症だ。

 

おれはこれが、まるで役に立たない、害になる時間の使い方だと思っている。これはよくないと思っている。思っているが、やめられない。だからもう、依存症なんじゃないかと思っている。

 

それでも、アルコールよりは害の少ない依存でしょう? アルコールは一滴でもがんその他の病因になることがはっきりしている。

それに比べて、Xを見すぎて肺がんの原因になるという研究はないだろう。ゼロ・コーラの健康の害とされるものの可能性より、さらに健康の害にはならないだろう。「より害の少ない依存症に置き換える」、これにぴったりだ。

 

だが、ちょっと言いたい。「そんなのアルコール依存症の戯言だろう」と思ってもらってかまわない。

「Xってアルコールより精神に悪い影響あるんじゃね?」

どうも、そう思えてならない。アルコールがもたらすリラックス、安楽、気分の明るさ、それらとは対極のもので精神が侵されていく。

 

精神というと、アルコールが作用する精神疾患などにも使われるので適切ではないかもしれない。そうだな、「心」に悪い。どうもそのような気がしてならない。

こんなことは、もう10年や15年前に発見されていたことだろう。それでもおれはいまになって気づいた。そして、それでもやめられない。それじゃあ、X見るんで、このへんで終わる。

 

 

 

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【著者プロフィール】

黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Inspa Makers

ときどき、「ずいぶん未来まで生きたなぁ」と思うことがある。

未来を感じるのは、AIをいじっている時や凄まじいクオリティのアニメを眺めている時だけでない。地方を車で走っている時も、私は同じような感慨を持つ。

 

今日では当たり前の風景になった地方郊外のショッピングモールは、昭和時代から見れば未来に属するものだ。そのショッピングモールに、徹底的に整備された幹線道路や高速道路を使って大勢の地方民が集まってくる。そこに「未来」を感じる私は、昭和生まれ・昭和育ちのロートルなのだと思う。

 

ちょうど先日、「地方が車社会になる前の話がイマイチ流れてこない」というメンションがXでバズっていたが、私が思春期を過ごしたのは、まさに車社会ができあがる直前~直後の頃だった。だからだろう、今でも明け方に見る夢のなかで当時の風景が蘇ったりする。

これもひとつの機縁と思い、今日は、車社会ができあがっていく過渡期の地方の記憶について書いてみる。

 

1970年代、地方の車社会は完成していなかった

はじめに、思い出話の舞台を少しだけ紹介する。

私は1975年に石川県に生まれた。今日でもそうだが、北陸地方は共働きや三世帯住宅が多いため、世帯収入の都道府県別ランキングではだいたい上位だ。

そのうえ昭和時代の北陸地方は繊維業が栄えていて、織物工場の威勢の良い稼働音があちこちから聞こえていた。土地の値段は安く、たいていの家は車庫やカーポートを増設するのも難しくない。

 

そうしたわけで、私が保育園に進む頃には近所の家の多くが自家用車を所有していたし、世帯収入の高くない我が家でさえ自家用車があった。

確か、マツダのファミリアだったと思う。次に我が家にやって来るカローラに比べると手狭で、子ども心にも小さい車だと感じられたが、とにかく、世帯収入が高くない家でも乗用車を保有する状況が1970年代の北陸地方にはできあがっていた。

 

では、その当時の北陸地方が車社会だったか?

そんなことはない。

自家用車が普及している状況は、車社会であることをそのまま意味しない。さきほど私が「北陸地方は共働きや三世帯住宅が多い」と書いたのを思い出していただきたい。世帯に一台の自家用車では、家族全員が車で通勤・通学・通院するような生活にはまだ遠い。

 

統計を振り返っても、そのことが確認できる。

これは不破雷蔵さんのyahooニュースの記事 から引用したグラフだが、グラフを見ると、私が生まれた1975年の日本の自動車保有台数は3000万台にも届いていない。内訳にトラック・バス・特殊用途車両が800万台程度あることを差し引くと、自家用車の実数は多く見積もっても2000万台弱と推察される。

昭和から平成にかけ、日本の自動車保有台数は右肩上がりに上昇し、最終的には約8000万台に到達した。

今日の地方でありがちな「一人一台」のカーライフが完成したのは21世紀、早く見積もっても1990年代に入ってからのことだ。

 

車社会ができあがる前の地方も、それなりに豊かだった

そうしたわけで、私が子どもだった頃には車社会以前のフレーバーが残っていた。なかでも今日なかなか見かけなくなったのは、行商人だ。

我が家では富山の薬売りの行商人が頻繁に出入りしていて、私は風船や折り紙で色々なおもちゃを作ってもらっていた。他にも色々な行商人がやってきた。これも少し前にtogetterで話題になっていた、"押し獅子舞"の話も、そういう時代のものだろう。

 

私自身は"押し獅子舞"を見たことがない。そのかわり、北陸地方だからか"押し読経"の人は一年に一度か二度ほどはやってきた。

修行僧のような恰好をした人が、頼んでもいないのに玄関で朗々と読経をはじめる。祖母から教わったとおりに私が100円玉を手渡すと、彼/彼女は深々と一礼をし、仏教に関する小冊子を手渡して帰っていくのだった。

 

それから個人商店。私の集落には複数の「○○ストア」や「××商店」があり、肉や魚、野菜や果物、トイレットペーパーや電池といった日用品まで、ひととおりののものが並べられていた。

今日のショッピングモールなどに比べれば品揃えは貧弱かもしれないが、それが当たり前だと思っていたから足りないとは感じてなかった。

 

商店はそれぞれ品揃えが微妙に異なっていて、そのことは大人も子どももよく知っていた。

たとえば1980年代前半には「ガンダムチョコボール」や「ビックリマンチョコ」といったオマケが肝心なお菓子が流行ったけれども、そうした流行の品をどの商店がたくさん仕入れているのかは、地域の共有情報になっていた。

だから、昭和の個人商店だからといって商売の機敏が問われなかったわけではない。今から振り返ると、個人商店衰退の時代にも愛顧され、長く生きながらえたお店は、子どもや大人が欲しがる商品を仕入れ、並べるのがうまい商店だったからだ。

 

ひとつひとつの商店の品揃えは少なくても、全体としてみれば半径1㎞圏内にたいていのものが売られていて、衣服でも靴でも電気機器でも手に入れようと思えば手に入ったのである。

市町村の中心部には書店や銀行の支店もあり、寿司屋や仕出し屋、食事処などが繁盛していた。商店街には人気があり、活気があり、数年後に一挙に衰退するようには見えなかった。

 

あと、路線バス網も忘れてはならない。

1980年代前半ぐらいまで、地方都市の路線バス網は今日とは比べ物にならないほど本数も路線数も充実していた。自家用車に頼れない人がまだまだいる以上、通勤や通学、街の中心部への買い物などはバスに頼らざるを得ない。

けれどもバスの本数が多く、路線のバリエーションも豊富なら、バスだって十分に使えるのである。

 

今日、路線バスの本数と路線数が充実しているのは東京や大阪といった大都市圏に限られ、地方の路線バスの時刻表はしばしば以下の写真のような有様となっている。

こんなバス路線では、通学に使うのも厳しい。しかし1980年代前半の片田舎にはもっとずっとマトモな頻度でバスが走っていて、それが重要な交通手段になっていた。

しばしば私も、街の中心にある商店街やデパート的店舗までバスで連れていってもらった。そういう時、祖母は決まって喫茶店に立ち寄り、アイスクリームやプリンアラモードなどをご馳走してくれたのだった。

 

私自身にはあまり縁が無かったが、鉄道網も充実していたことを付け加えておこう。今日では廃線になっている国鉄路線や私鉄路線が現役で、北陸本線にはたくさんの特急や急行、貨物列車や郵便列車が走っていた。

この時代の貨物列車は実にさまざまなモノを運んでいて、子どもの好奇心を刺激してやまなかった。そうした貨物列車の存在は、ロジスティクスとしての車社会がまだまだ未完成だったことを証明していた。

 

そして街の中心部や個人商店は寂れていった

昭和が終わり、平成が始まる頃、景色が変わり始めた。ちょうどその時期、私は中学→高校→大学と進学し、地方都市の中心部にあるゲーセンや商業施設の最上階にあるゲームコーナーに足しげく通っていたから、街の変化のことはよく覚えている。

 

1980年代後半の段階では、地方都市の商店街や商業施設に、それほどの翳りがあるとは感じなかった。

平日でも夕方になればお客さんがそれなりいて、ゲームコーナーには地元の学生や若者がたむろしていた。CDや本、ゲームソフトを買う際も、地方都市の中心部に行くのが一番間違いないように思われた。

 

それが、私の高校在学中のうちに変わっていったのである! かつて、週末には満車になっていた駅近くの商業施設の駐車場はガラガラになり、ゲームコーナーにたむろしていた学生たちもどこかへ行ってしまった。

バスターミナルに近い商店街も閑古鳥が鳴くようになり、シャッターが下ろされた店舗が増えていった。

世間を知らない学生の私にもくっきりわかるほどの、すさまじい速度の衰退だった。

 

市町村の中心部にいた人々はどこに向かったのか?

国道である。

正確には、国道沿いに立ち並ぶできたばかりの店舗たちだ。

 

石川県には国道8号線という大きな幹線道路があり、沿線には昔からいくらかの商業施設が存在していた。とはいえ、国道沿いにしか無い店舗といったらせいぜいホームセンターぐらいで、頻繁に足を運ぶ場所ではなかった。

 

ところが1990年代に入ると、その国道沿いに大きな商業施設、今日でいうショッピングモールの前身のような総合商業施設が建ち始めた。

2000年に大規模小売店舗立地法が施行される前の出来事だから、総合商業施設といっても、現在からみればささやかな規模でしかない。それでもこの新しいタイプの商業施設ができたとたん、人々は殺到した。

一か所でたいていの用事が片付くうえ、ひどい渋滞を起こしていた市の中心部を通らなくても構わなくなるからだ。

 

やがてそうした総合商業施設がアピタやジャスコにとって代わられ、最終的にはイオンモールになっていったのは言うまでもない。

高校生だった私たちも、次第に国道沿いに移動していた。CDショップ、カラオケボックス、ゲームセンター、ファーストフード店。そういった学生の好きそうな店舗が国道沿いに次々に建てられていったからだ。

 

私と私のゲーセン仲間のホームグラウンドは、高校一年生の段階では市の中心部、バスターミナル近くの商業施設のゲームコーナーだったが、高校3年生の頃には国道沿いの総合商業施設のゲームコーナーになっていた。

そちらほうが対戦格闘ゲームのプレイヤーが多く、最新のゲームももれなく入荷し、他の用事を兼ねるうえでも便利だったからだ。

 

家族に連れられて買い物に向かう先も国道沿いになっていた。私とその家族だけがそうだったのではなく、友人やその家族もだいたい国道沿いをあてにするようになっていた。

カメラのキタムラやアルペン、CoCo壱番屋といった、全国チェーンの専門店舗もだいたい国道沿いに建てられていた。市の中心部に店を構えていた書店や玩具店も、体力のあるところは国道沿いに移転していった。

 

それが、私が目撃したモータリゼーションだった

そうした大変化の背景にあったのが、自家用車の普及だったのは間違いない。1990年代には母が仕事帰りに買い物をする際も、国道沿いのスーパーマーケットを利用するようになっていた。

市の中心部は人が集まる場所ではなく、その役割は国道沿いにとって代わられたのだ。

人の流れから外れてしまったバスによる交通網は、干上がった川の支流のように縮小していった。

 

今の私は、その大変化がモータリゼーションと呼ばれることを知っている。自家用車が「一人に一台」まで普及し、それに合わせて道路網も整備されていった結果、地方の暮らしや街並みは激変した。

 

それが起こったのは石川県だけではない。今日では「ありふれた風景」とか、ときには「なんにもない風景」と呼ばれがちな、あの国道沿いの景観、それから巨大ショッピングモールは、1990年代にできあがった、当時としては新しいものだったのだ。

 

私の身体はその新しい世界ができあがる前のことを憶えていて、ときどき、少し寂しく思い出す。あれこそが昭和の風景だったんだな、とも思う。

そうした景色について語る意志と能力を持った人は、これから減っていくだろう。だから、こんな風に書き残すことには意義があると私は思っている。

 

 

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

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twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

Photo:

こんにちは、しんざきです。気は長い方というか、ぼーっと待つのがあまり苦にならない性質でして、「昔のPCゲーのテープ読み込み待ちはこんなもんじゃなかった」を合い言葉にすると大体の待ち時間を穏やかな気持ちで乗り切ることができます。

 

いやー、大変でしたよね、昔のゲームの読み込み待ち。画面一枚表示するのに数十秒かかったりとか、場面転換の度にディスクを入れ替えないといけなかったりとか。今は場面転換どころか、セーブ&ロードすら一瞬で済むのすごい。

 

この記事で書きたいのは、大体以下のようなことです。

・子どもと接する上では、「待つ」ことがとても大事です

・子どもは感情を扱うことに慣れていないので、整理がつくまで待ってあげないといけません

・ただ、「待つ」のは放置とみられがちだし、待つこと自体が状況的に難しいことも多いです

・だから、「待つタイミングを選ぶ、待つ基準を決めておく」「ゆっくり考えていい、というメッセージを伝える」「周囲と「待つ」基準、方針について合意する」「待っている間も観察する」といった、いわば「能動的に待つ」スタンスや「待つための技術」が重要なようです

・これは仕事の上でも同じで、「放置ではなく能動的に、戦略的に待つ」ということを、周囲と合意しておくことが重要っぽいです

・世の中「すぐ結論が求められる」ことは多いので、上手に待てるといいですよね

 

以上です。よろしくお願いします。

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、あとはざっくばらんにいきましょう。

 

育児における「待つ」ことの重要さ

以前から何度か書いているんですが、しんざき家には3人子どもがいます。

長男、高校生。長女次女、中学生の双子。最近子どもたち全員、すごくよく食べるようになりまして、五合の米が一日で溶けます。約一週間で5kgの米が必要になるわけで、米の購入費こわい。麦飯増やそうかしら。

 

まず前提というか、当たり前のことかも知れないですが、育児の上で「待つ」ことってとても大事だし、一方とてもとても難しいことでもあるんですよね。

さすがに最近はなくなってきたんですが、しんざき家の子どもたちはみんな感情豊かな方で、昔は「何か悲しいこと/悔しいことがあって大泣きする」ということが頻繁にありました。3人ローテーションの中一時間制で泣いてるのかな、ってくらい、大抵誰かは大泣きしていました。

 

何かが欲しくて泣いたことも、何かをやりたくて泣いたことも、叱られて拗ねて泣いたことも、転んで泣いたこともありました。「どうして泣いているのか、親には(もしかすると本人にも)理由が分からない」ということもしょっちゅうでした。

 

で、親としては「子どもが泣いている」というのはもちろん非常事態なので、すぐに理由が知りたくなるし、早く泣き止んで欲しくなるわけです。だから、どうしても「泣き止む」ことを急かしてしまう。あるあるな話ですよね。

ただ、泣いている時に限らず、子どもが感情を大きく動かしている時、しんざき家では状況が許す限り「待つ」を選択するようにしてきました。

 

なぜかというと理由は大きく二つで、

・「感情に整理をつける」ということはどんな人間にとっても大変で、特に子どもにはその練習をさせてあげないといけないから

・「ちゃんと聞いてもらえている」「ちゃんと待ってもらえている」という認識は、自己肯定感の獲得の中ですごく大事だと思うから

 

そもそも、大きく揺れ動いた感情の整理なんて大人でも簡単にできることではないのに、まだ言語化の経験も足りていない子どもが、そうスムーズにできるわけがないんですよね。

感情って子どもにとっては嵐のようなもので、その嵐が多少なりとも静まらないと、親の助け船に乗ろうにも乗りようがない。

 

ちょっと前にこんな記事を読みました。

幼稚園のときに泣いていたら先生から「泣いてたら分かんないよ?」と言われたが「お前が勝手に聞いてきただけで何も訴えようなどとは思ってない」と激しくムカついたのを覚えている

 

多分似たような話だと思うんですよ。大人としては、とにかく子どもが泣いているという「課題」を「解決」したいけれど、聞いて答えが出るような状況ならそもそも泣いていない。

「どうして泣いてるの」という質問を重ねれば重ねるほどお互いに焦ってしまって、大人も子どもも疲弊するだけ、みたいな場面ってありがちだと思うんですよね。

 

だからこそ、可能な限り、「取り敢えず待つ」。

待っている間に少しずつ、自然に感情がおさまっていって、必要なら説明もできるようになるし、「ちゃんと時間をかけて整理していいんだ」「待ってもらえるんだ」という意識が根付く、という側面もあるんじゃないかと思うんです。

 

もちろん、子どもにもよるし家庭にもよるし状況にもよると思うんで、一般化する意図はない、ということは注釈させてください。しんざき家では状況が許す限りそうしている、というだけの話です。

 

ただし待つのも簡単じゃない→「待つため」に考えたこと

ただ、これも当然ながら、「待つ」のも言うほど簡単なことではなくて、世の中には「待てない状況」「待てない事情」が山ほど存在するんですよね。

単純に時間が足りない。子どもを待っている間、他のことができず他のタスクが進まない。待ってる間も容赦なく時間は過ぎるのだから、悠長なことを言ってられない場合も当然あります。

 

周囲へのご迷惑や、周囲からの視線が気になる。電車で子どもが泣いていれば騒音にもなるし、「子どもを放置する親」だと思われるかも知れない。

待てど暮らせどいつまでも解決しない、待てば待っただけ待ち損ということだってあるし、放置ととられて逆に子どもの疎外感を高めてしまうことだってあるかも知れません。

 

これについて、もちろん色んなやり方があると思うんですが、子どもたちが小さい頃から、何度も何度も試行錯誤する内に、こういうやり方がいいかなーと思うようになりました。

・「待つタイミング」を選ぶための基準を決めておく

・周囲と「待つ方針」「待つ基準」について合意しておく

・ゆっくり考えていい、というメッセージを伝えて、「今は感情を整理する時間なんだ」と認識してもらう

・待っている間も子どもを観察する

 

まず、「今は待ってもいいタイミングだ」「今は待ってられないタイミングだ」ということについて、ある程度基準を決めておいたこと。

 

当たり前ですが、怪我をした時とかの緊急事態とか、もうすぐバスや電車の時間だという制限がある場合、また公共の静かな場所で大泣きしている場合とか、「待ってる場合じゃない」という場面は当然あります。

そういう時は、取り敢えずおぶって移動したり絵本で釣ったり、とにかく強引にでも緊急避難して、もしも後から振り返れるようなら振り返ればいい。「待ってる場合じゃない」の判断は素早く、というのが一つの方針でした。

 

また、基本的には「やってはいけないことをした時は即叱る」「やらないといけないことをしない時は待つ」という方針にしていまして、「これはダメだよ」という場合にはすぐ指摘する一方、例えば片付けが面倒とか、お皿を洗いたくないとか、そういう「するべきことができていない」時は、もっぱら腹落ちするまで待つことにしていました。

 

一方、寝る時間だとか食事の時間だとか、「本来はここに納めたいけどコントロールできなくもない」程度の時間については、なるべく融通を効かせるようにしました。

その辺、「今は待つ時間」「今は待たない時間」というのは、私と妻で基準が一致していないと家庭内タスクにも不都合だし子どもも混乱するので、この辺はことあるごとに意識共有するようにしました。幸い妻も「待つ」ことの大事さは理解していたので、意識のずれは殆どありませんでした。

これが二点目の、「待つ基準」について合意しておく、ということです。

 

おかげで、長男が小学校に上がるくらいの頃には、だいぶ阿吽の呼吸で「待つ」「待たない」を判断できるようになりました。長男が大きくなった頃には、長男にも「待つ基準」を伝えて、長女次女を「待つ」時につきあってくれるようになりました。

 

三点目として、「今は待つ時間だから、ゆっくり考えていいんだよ」と納得してもらう、つまり、「待つ」目的や方向性を共有すること。

子どもの側からしても、「親がなんか怖い顔をして黙ってるだけ」となるとプレッシャーもかかるでしょうし、「なんとかしないと」という意識が強すぎて余計に焦ってしまうかも知れない。あるいは、「構ってくれない」と思って余計にヒートアップしてしまうかも知れない。

 

だから、色んな形で、「私は今待っているから、ゆっくり気持ちを整理していいんだよ」「時間はあるから、焦らなくていいよ」と伝えるようにしていました。時には抱っこしたりおんぶしたり、時には横で寝転がりながら、「後で理由が言えるといいねー」と伝えました。なるべく寄り添う、待つスタンスを伝える、というのは、そこそこ頑張ってきたと思います。

 

四点目として、「待っている間」のスタンス。これも状況によるんですが、私の場合、なるべく子どもの様子を観察して、何か助け船が出せそうなら出せるようにしていました。いわば、「待つ」を受け身の行為ではなく、能動的な観察の時間にしていたわけです。

これ、子どもが「放っておかれている」と思わないために、というのがそもそもの理由なんですが、周囲にも「あ、あの親は今は子どもが落ち着くのを待っているんだな」と理解してもらえる、という側面も大きくて、時には周囲の皆さんが協力してくれることもありました。

 

たとえば公園で長女が泣いている時、長男と次女を他の親御さんが見てくれたり、なんてこともありました。ありがたさしかありません。

繰り返しになりますが、上記は飽くまでしんざき家での方針です。家庭によって、子どもによって、マッチするしないはあるのだと思います。

 

とはいえ、上記のようなやり方が子どもたちに影響した部分も多少はあるのか、最近は長男たちも色んな場面で「待てる」ようになった気はしまして、私自身気が長くて損をした記憶がないので、子どもたちの気の長さに多少は寄与できたかなあ、と思うと、いいやり方だったのかも知れないと考える次第なのです。

 

ビジネスにおける「待つ」は思考停止ではなく「戦略的停滞」

ところで、上記のような話は、そっくりそのまま仕事にも当てはまります。というか、仕事上の「待つ技術」について考えていて、「これ育児と同じじゃん」となりました。

例えば部下の育成とか、チームの組成とか。あるいはトラブル時の判断とか。

 

子どもが泣いた時と同様、ビジネスでも、「判断を急がない方がいい時」「時間をとった時がいい時」っていうのはしばしばありますよね。

私自身が実際に遭った話ですが、社内の内部システムのトラブルについて、普段私が見ていたところを、初めて部下に任せた時。もちろん早く直す必要があるんですが、とはいえ顧客に露出するシステムではない以上「ド緊急」というわけではない。

 

こういう場合、焦りまくる部下に「今は時間を使える場面だから、焦らないでじっくり調べよう」と声をかえて、周囲にもそれを承知してもらう、という動きをするのが望ましいのは当然で、結果的にそれが部下のスキルを育てることにもなります。

「放置されている」と思わせないよう、部下の動きをある程度観察しておいて、助け船が必要な時はフォローする、というのも、これまた育児の時と同様です。

 

一方、これはSI会社にいた時の失敗例なんですが、当時はBtoBのパッケージ製品の保守をやっていて、「顧客側のトラブルに対応して、UIの一部に変更を加えることになった」なんてこともありました。

BtoBの顧客側トラブルってある種「子どもが泣いている」状況と相似しているものがありまして、先方の担当者様は「とにかく急いでUIの××の箇所を改善しろ」とおっしゃるわけなんですが、こちらとしては本来「待たれよ」と言わなくてはいけないところなんですよね。本当にそれって必要な変更か?根本解決になってるのか?と。

 

これも、本来なら時間をとって、きちんと状況を観察して要件の深堀りをして、とやるべきだったところ、当時は無駄にフットワークがいい営業さんと無駄にフットワークがいい会社判断のため、緊急対応とあいなって、事態が落ち着いたころ

「この変更のせいで滅茶苦茶運用がしにくくなったんですが」

という他社さんからのクレームに悩まされることになるんですが、これも「待つ方針」についての合意ができていて、顧客に「深堀りするまで待ってください」と言えていれば避けられたかも知れない問題ではあります。

 

「待つ」ことが「放置」とみなされてしまう。だから動かざるを得なくなる。けれど、時には戦略的に、能動的に「保留」「停滞」を選ぶべき時もある。

もちろん、仕事におけるタスク管理、時間管理のシビアさは育児以上なので、「待ってられない、本当に今すぐにでもどうにかしないといけない」という状況は当然あります。納期が週末の仕事について、じっくり時間をとって判断を待つ、なんて悠長なことをやっていられるわけがありません。

 

だからこそ、「こういう場合は待った方がいいです」「ここは時間ちゃんととった方がいいです」という、「待つ基準」「待つ方針」について、きちんとチーム内、また上の人とも合意しておくというのも重要で、これまた家庭での「待つ基準の合意」で学んだ話でもあります。

 

もうちょっとシンプルにまとめてしまうと、

・待つかどうかを判断する

・待つ目的と判断基準を共有・合意する

・観察しながら介入の準備をする

この三点が、育児と仕事に共通した、「能動的に待つ」という考え方に必要なポイントなのかもなーと。

 

家庭で当てはまる話が、仕事でも当てはまる。仕事の知見が、家庭でも活かせる。これについては、「待つスタンス」の話だけでなく、色んな場面で当てはまるなあ、と。

今後とも家庭と仕事を行ったり来たり、一方で得た知見をもう一方でも活かしていければなあ、と。

そう考えたわけです。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Marco López

コミュニケーション力とは、「知性」のことである。

 

そのように主張すると、

「たかがコミュニケーション力で?」

と思う方もいるかもしれない。

 

しかしこれは事実だ。

クイーンズランド大の心理学教授、ウィリアム・フォン・ヒッペル氏は著書の中で、「コミュニケーション能力」を「社会的知性」と呼び、要は、

「他者の考えていることを類推する能力」であるとしている。

 

この「他者の思考を読む」という能力こそ、人類を地上の覇者にした能力、すなわち知性の本質だ。

なぜなら、これによって「協力」が可能になるからだ。

 

「協力」が苦手だと、組織を作ることができない。

例えば、人間と近縁種であるチンパンジーは、集団で狩りをするときでさえも、全員が参加するわけではない。

のんきに座り込んでいる者、騒ぎをただ見物するだけの者。

チンパンジーは、怠けものと協力者を、ほとんど区別しない。

 

しかし、人間は違う。

4歳の子供ですら、チーム内で「協力」をしたものには報いようとするが、「非協力的なもの」には、褒美を分けようとしない。

 

これは、進化という観点から見ると、必要不可欠な行動で、協力者と傍観者を区別しない動物は、効果的なチームを作って維持する能力を持つことができないのである。

 

技能も伝えられない

また、チンパンジーはコミュニケーション能力が低いので、技能を伝達するのも苦手だ。

野生のチンパンジーが木の実を石で割って食べる技術を身につけるのに、10年もかかるのはそのためだ。

 

実際、母親のチンパンジーは、子供チンパンジーが何を知らないのかを類推することができないため、教えることが苦手だ。

ハンマーとなる石の持ち方や、木の実のおき方を効果的に伝えることができない。

 

一方で人間のトレーナーは、子供のチンパンジーが何を考えているかを類推できるため、1年で技能を伝えることができる。

「企業」「科学」「宗教」「軍隊」など、人間の文明の産物で「多くの人の協力」が不要だったものはほとんどない。

 

それゆえ、「コミュニケーション能力の不足」は、文明社会で生きていくことにとって、致命的になる。

企業が採用時に、「コミュニケーション能力を重視する」のには、こうした背景がある。

 

コミュニケーション能力の低い人の特徴

もちろん、人間の中にも、相対的にコミュニケーション能力の高い個体もいれば、低い個体もいる。

 

高い個体は多くの人を束ね、組織を運営して大きなことを成し遂げる可能性が高い。

逆に、コミュニケーション能力の低い個体は、他者や集団に必要とされず、孤立しがちで、社会的な成功を得にくいことは周知の事実である。

 

ではなぜ、「コミュニケーション能力の低い」個体は、「他者の思考を読む」ことが苦手なのだろうか。

 

*

 

私がまだ、大きな組織でコンサルタントをやっていたころ、経営者たちの中にも「コミュニケーション能力の低い人」が、数多く存在していたのを見た。

 

彼らは、一生懸命、

「やってほしいこと」

「期待すること」

「ビジョン・ミッション・パーパス」

「自分の哲学」

「自社の仕事の意義」

などを語るのだが、社員にはほとんど興味を持たれない。

いったい、社員たちはなぜ、経営者の言うことをほぼ無視してしまうのか。

 

社員たちの声は、こうだ。

「社長、何言ってんのかわかんないんですよね」

「現状は社長の認識と違います、といってるのに、聞かないんです」

「あー、また言ってんな、っていう感じです」

 

実は、これは、経営者の「単なる言葉の能力」の問題ではない。

「社長が、社員の考えていることを類推する能力が低い」

ことに原因がある。

 

つまり、コミュニケーション能力が足りないこと、言い換えれば

「経営者が、周りの人たちの話をちゃんと聞かないこと」

に起因することが多かった。

 

賢い個体は、コミュニケーションをするにあたり、周囲の手がかりを集めることに余念がない。

だから、「自分が話す」のは、出来るだけ、周囲の状況を正確に把握してからにする。

例えば、良い営業が「沈黙」を活用するのは、そのためで、相手に喋らせたほうが優位に立てるからだ。

 

高い知性を持つ「コミュニケーション強者」は、実際には「聞く」「見る」ことに長けており、状況から、他者の思考を類推することが得意なのだ。

 

地頭が良い人は、コミュニケーション能力が高い

昔、地頭について書いたことがある。

「地頭の良い人」と、そうでない人の本質的な違いはどこにあるか。

この「地頭」の正体について、私はずっと気になっていた。地頭の良さとは一体何なのか。

「地頭の良い人」というのは、同じ情報に接していても、そうでない人に比べて、そこから読み取ることができる情報が桁違いに多いのだ。

 

同じ情報に接していながら、「そこに気づくのはすごい!」という驚きを周囲に抱かせる人は、「地頭が良い」と言える。

 

コミュニケーション能力は、それと似た性質がある。

 

例えば、こんなことがあった。

ある会社の、品質管理プロジェクトに参加していた時のことだ。

私は当時、先輩のコンサルティングを見て学ぶ、OJTを受けていた。

 

その中で、一点だけ私に任されたのが、「内部監査テキストの説明」だった。

人前で話すのが苦手だった私は、よどみなくテキストの説明ができるように繰り返し練習を行い、その日に備えた。

 

そして本番。

私は時間ぴったりに説明を終え、間違いもなく、詰まることもなく、完璧にリハーサル通りに、説明を終えた。

心配していた質問もなく、私は「良くできた」と満足していた。

 

ところが先輩は、沈黙するお客さんに向かって

「あ、〇〇さん、監査チェックリストの使い方、不安でしょうか?」

と、声をかける。

また、「△△さん、計画作るの大変そうだと思ったら、手伝いますんで!」

とフォローをする。

 

すると、お客さんから一斉に、質問が噴出した。

それに丁寧に、先輩はこたえていく。

 

結果的に、その日は「成功」だったのだが、私は引っかかっていた。

私は「完璧な説明」をしたつもりだったが、先輩のフォローがなければダメだったのでは、と思ったのだ。

 

私は帰途についたとき、先輩に聞いた。

「私の説明、マズかったでしょうか」

 

先輩は言った。

「いや、マズくないよ。説明は完璧だった。でも……」

「でも?」

「チェックリストのところは、説明が難しいから、お客さん顔をしかめてたよね、あとみんなメモ書きが止まってた。説明をわかってなかったと思うよ。」

 

私は失敗したのだ。あれほどリハーサルをしたのに……

「何が悪かったんですか?」と、私は聞いた。

安達さんは、相手を見てないよね」と先輩は言った。

 

確かにそうだった。

私は「自分がうまくやること」ばかりに意識が向かい、「相手が何を考えているか」に想像力が及ばなかった。

先輩は説明がうまいことは当然のこととし、さらに「相手の反応を見て、出し方を変える」ことまでやっていた。

 

これを「コミュニケーション能力の高い人」は自然にできてしまうのだ。

 

 

わずかな表情、口調のちがいに気付く能力。

言語化できていない要望をくみ取る能力。

相手が用いている表現に合わせて、こちらの言葉を制御する能力。

 

コミュニケーション能力が「高い知性」の表れであることの所以である。

 

コミュ力が高い人が話しながら意識していること

ここからは余談だ。

こうした話を、今から約10年前の2017年に、書籍として出したことがある。

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好評をいただき、様々な本の中で紹介されたり、企業内研修のテキストとして採用していただいたりした。

ただ、すでに刊行から10年近く経過していることもあり、時代に合わない部分も出てきている。

 

そこで今回、この本を「新装版」として、書き直した。

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2月13日、本日発売なので、お手に取っていただければ幸いである。

 

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」92万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

〇まぐまぐ:実務で使える、生成AI導入の教科書

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Photo:Kylie Lugo

親はもうすぐ50歳

子どもの中学受験が終わった。

ぼくはもうすぐ50歳。夫婦ともにフルタイムで働きながらの中学受験は、とにかく体力の限界だった。

次に同じことをやれと言われても、お断りだ。お金を積まれてもお断りだ。

 

いやまあ金額によるけど、よほどでなければお断りだし、だいたい受験のスペシャリストでもなんでもないただのアラフィフに高額な報酬を払うような酔狂な人はいないだろう。

 

酔狂といえば、中学受験である。

中学受験に必要なのは父親の経済力と母親の狂気、とドラマ(原作はマンガ)『二月の勝者』で黒木先生が言ってたけど、ほんとそうだよなと思う。

 

まあ、父親に経済力がないばかりに苦労したのだけれども。

そのぶん、父親も狂気と、そして時間をしぼりださざるをえなかったのだけれども。

 

時間が…ない!

お金がないなら、なんとか時間をしぼりだして、子どもの受験勉強をサポートするしかないのだが、これが大変だ。

昼間は仕事をしていて何もできないので、こちらの対応も、どうしても子どもが帰ってきてしばらくしてからのスタートとなってしまう。

そのあいだに一人でさっさと問題集を解きはじめてくれていればいいのだが、そうはいかない。

 

いくら開始時間を決めていてもその通りにはなかなか始めない。

親が帰ってきて、さあやろうぜと何度も声をかけて、ようやく重い腰を上げる。

調子がいいときはそれだけでどんどん問題を解いていくのだが、問題が少し難しかったり、本人のコンディションがイマイチだとすぐに手が止まる。

手が止まったら、その問題はさっさと飛ばして解ける問題へと移ってくれたらいいのだが、鉛筆を持ったままじーっとしている。

フリーズしているのである。

 

そういうときは声をかけるようにしているのだが、そんなことにいつも気づけるわけではない。

ぼくが残してしまった仕事の対応や家事をしているあいだじゅう、ずっとフリーズしていることもある。

となると、子どもの状態をいつも気にかけながら別の用事をしなければいけない。常に出塁され続けているピッチャーの心境である。

 

子どもが問題を解き終えたら、親が丸付けをする。丸付けをすると同時に、間違えた問題にチェックを入れる。

これは後でもう一度その問題を解き直すためだ。

そこまで過保護にやることはないのではと思われるかもしれないが、分業にしないと間に合わないのである。

 

もちろん、それも全部自分でやっている小学生もいるだろうけど、うちではそのやり方をしていなかった。

 

話はそれるが、ぼくは何か成功体験を伝えようとしているわけではない。

だからといって完全な失敗体験だというわけでもない。だいたい、何をもって成功か失敗かなんて、明確なようで明確でもない。

 

志望校に無事合格できたからといってそれで「成功」なのかといえば、まあ一義的にはそうなのだろうけど、結局はそこからどんな6年間をすごすか次第でその後はまた変わってくるし、もっと言えば人生において何を成功とするかなんてその人次第である。

だからこの話はただの体験談であり、ここから中学受験のヒントになるようなことが得られるわけではないと思う。

 

さて予告通り、話はそれた。

とにかく、ぼくの場合はそうやって、子どもが問題を解いているあいだ見守ったり、丸付けをしたり、明日やる分の問題集のチェックをしたり、過去問のプリントアウトをして、学校から帰ってきたらすぐに始められる準備をしておいたりする。

そして、子どもがやるべきことを終えて布団に入り、眠りにつくまで見届け、そのあとそっとパソコンを開いて、日中の仕事の続きに取りかかる。

気がつくと深夜になっている。とにかく時間がなかった。

 

体力が…ない!

しかし時間以上にキツかったのは、体力が足りないことである。

ぼくはもうすぐ50歳。

週末に4時間ほど運動をして汗を流す習慣はあるけれども、平日はほとんど動けていない。おまけに、この数か月、腰痛の治療で痛み止め薬を飲み続けている。

この薬が厄介で、とにかく眠くなるのである。

 

日中に仕事をして、子どもが帰ってきたら対応、そして子どもが寝るところまで見届けて、そこから仕事を再開する、という状況が続くと、20時頃にとんでもない眠気がやってくる。

ちょっとソファに背中をあずけただけのつもりが、1時間ほど、時間が飛んでしまっている。

 

あるいは、眠たいのをとにかく我慢して、子どもが眠るところまでたどりつき、さて自分のことをやろうかと思ったところまでは覚えているのだが、気がつくと床の上で寝ていたりする。

だからといって、痛み止めの薬をやめるのは怖い。腰が痛いと座っていられなくなる。受験どころか仕事にも支障が出る。

 

なんだか年寄り臭い話をしているなと思うが、もう年寄りに片足を突っ込みはじめている年齢だ。

しかたがないとも思う。

 

ちなみに、塾の説明会や模試の会場、実際の受験会場で、ぼくよりも年上らしき男性たちを何人も見かけた。

見た目が老けているだけで実際は違う人もいるのかもしれないが、それにしてもみんなよく体力が続くなと思う。

まあ、ぼくとちがって「父親の経済力」を発揮できる人たちなのかもしれないが…。

 

だとしても、単純に子育てをするだけでも体力が必要だ。

そのうえ中学受験にまでチャレンジするなんて、やっぱり狂気の沙汰なのかもしれない。

 

お金が…ない!

経済力という話でいえば、中学受験でお金がかかるのは塾代だけではない。

受験の世界では、勉強が得意でない子ほどお金がかかるようになっている。

というのも、中堅帯の中学校では、午前のA日程、午後のB日程、翌日午前のC日程、翌日午後のD日程、さらには夕方の特別Z枠(勘弁してくれ…)のように、同じ学校を何度も受験できる枠を用意しているのである。

 

当然ながら、それらの枠を受ければ受けるほど受験料がかかっていく。

おまけに、日程が後半になればなるほど、競争は熾烈になっていく。

募集人数が減っていく上に、うちの子よりも上のレベルの学校を受けてうまくいかなかった子たちが「降りて」くるからである。

 

そんなわけで、うまく第一志望の学校に合格すれば、受験から解放されるわけであるが、うちの子のようにいつまでも合格が出ないまま何度も同じ学校を受験し続けると、体力も気力も、そしてお金も削られていく。

日程が進むと、明らかに保護者たちの表情が暗くなっていく。

 

はじめの頃は、待合室で、知り合い同士が出会ったのか、ぺちゃくちゃと楽しそうに話している人たちも多い。

それが二日目、三日目と進むにつれて、声のトーンがはっきりと下がっていくし、他人同士でぺらぺらと話している人は激減する。四日目ともなると、病院の待合室のようである。

ほとんどの人はうなだれて、無口で、寝不足で顔色も悪い。隣から聞こえてくる夫婦の会話の内容も、とにかく暗い。

 

お兄ちゃんの時はこんな風ではなかった、こんなはずではなかったとか、こんな学校に通ったところで大学受験で苦労するに違いないとか、勉強自体が好きではない性格を直さないとこれから絶対に困るとか、聞いているだけで気が滅入るような話をしている。

もちろん、ぼくだって同じようにメンタルをやられている。

 

しかし、ぼくも腐ってもブロガーである。

こんな悲喜こもごもの人生たちを観察できる機会もめったにないと思って、そういう会話に耳をすましたり、飲み物を買いに行くついでに会場内をうろうろして他の人たちの様子をのぞいたりしていた。

 

色んな人たちがいた。

明らかにすべり止めのために受けているだけの人もいれば、この学校に通らなければもう後がない、という様子の人もいた。

あるいはスタンプラリーのように色々な学校を受けて、受験自体を楽しんでいそうな人もいた。

だけど、どの保護者もみんな、子どもの合格を願っていることだけは同じだった。

 

希望は…ある!

さて、子どもは、意外と頑張れるものである。

もちろんとても疲れているのだが、周りの子どもたちも状況は同じだし、なかなか合格が出ない中でも、試験が終わるとちゃんと前を向いて、顔を上げて帰ってくる。

その様子を見ると、どれだけ心が折れそうになっていても、こちらもいい顔をして出迎えようと思うものである。

 

時間も、体力も、お金もない中で、なかなかのハードモードだった中学受験だが、最後まで気持ちよく、前向きに取り組むということだけはあきらめないように努力した。

それだけは家族で力を合わせてやり抜いたと思うし、中学受験をしてよかったなと思うことのほとんどすべてである。

結局、うちの子は第一志望も、第二志望も合格することはできなかったが、はつらつとしていて、受験が終わった翌日には、中学校ってどんな勉強をするのかなあ、と聞いてくる。思わず抱きしめたくなってしまった。

 

そこで思うのは、結局、中学受験の価値なんて、そんな程度のことなのではないだろうか、ということである。

同じ目標に向けて、家族で力を合わせて取り組み、悲喜こもごもを味わう時間。

子どもというものは、わりとどんなことでも楽しめる生き物だと思う。それが受験であれ、スポーツであれ、なんであれ、楽しめる人たちだ。

 

問題は親なのである。

あるいは、ぼく自身なのである。

ぼくが、子どもと一緒に楽しむ時間をすごすことができるか。妻と一緒に力を合わすことができるか。

その機会がたまたま中学受験という形で存在するだけなのだ。

どこに合格したかなんて、おまけのようなものだ。

 

もっと言えば、それは人生のすべてである。

目の前の人と、良い時間をすごすことができているか。そして何より、自分自身が楽しんでいるか。

経済力があるかとか、社会的地位があるかとか、そんなものは、おまけのようなものだ。

 

50歳を前に、そんなことを思う。

…ほら、だから言ったでしょ、中学受験のヒントになるようなことなんて、何も書いていませんよって。

 

 

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【著者プロフィール】

著者:いぬじん

プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。

だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。

プロフィールって、むずかしい。

ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。

Photo by:Ben Mullins