まず、「仕事ができるできない」とは何か?

ここでは、「お金を稼ぐことができるかどうか」と定義する。

そして現代では(他の時代でも?)、お金を稼ぐ最も本質的な方法は「新しい価値を生み出して人々を喜ばせる」ということにある。

「新しい価値を生み出して人々を喜ばせる」ことができたら、それは大きな儲けにつながる。

たとえば、その人々を喜ばす新しい価値を製品化して売り出せば、たくさん売れて儲かるからだ。

 

もちろん、その製品が売れて儲かるにはその他の条件も必要だが、とにかく核になるのは「人々を喜ばせる新しい価値を生み出せるかどうか」だ。

それができたら儲けるのは比較的簡単だし、逆にいえばできなければなかなか儲けられない。

そして「新しい価値を生み出して人々を喜ばせる」というのは言い方を変えると「イノベーション」のことだから、端的にいうとイノベーションの能力がどれだけあるかでその人の仕事の能力が決まり、それに伴って収入もまた違ってくる。

そのため、もしあなたがこれから収入を増やしたいと思うなら、イノベーションの能力を高めるのが一番だ。

 

ところで、この世にはイノベーションの能力を測ることのできるいいリトマス試験紙がある。

もしぼくが企業の社長なら、あるいは人事担当なら、入社試験にこのリトマス試験紙を導入するだろう。

というより、この方法以外の試験はしない方がいいくらいだ。とにかく儲けたかったら、この試験に高いレベルで反応する人材を雇うべきだ。

 

では、そのリトマス試験紙とは何か?

それはiPhoneである。

こういうと、拍子抜けされたかもしれない。なぜなら、iPhoneがリトマス試験紙というと、今さら陳腐に聞こえるからだ。

 

しかしiPhoneは、現代において「新しい価値を生み出して人々を喜ばせる」ことのできた最も偉大な製品だ。

iPhoneほどイノベーティブな製品は他にない。

だから、iPhoneに対する反応で、その人のイノベーションの能力も分かるというのは、至極当然のことなのだ。iPhoneに対する感度によって、その人の「新しい価値」に対する感度や、「人々を喜ばせる」ということに対する感度も分かるのである。

 

では、iPhoneをどのようにリトマス試験紙に使うのか?

その前に、この試験には6段階の評価があることをまずお伝えする。最高は6で、最低は1だ。

このうち、雇う価値のあるのは6から4までだ。3以下は、残念ながら会社の儲けに直接的に貢献することはないだろう。

 

もちろん、イノベーションの能力がないからといって、即「雇う価値がない」というわけではない。

人間にはさまざまな能力があり、イノベーションの能力はその一つに過ぎない。

ただ、現代経済の構造上、最も稼ぎにつながるのはイノベーションの能力だから、もし稼ぎに焦点を当てるのなら、やはりこの試験は重要な指針にはなってくるだろう。

 

岩崎夏海流「イノベーション能力診断」

では、試験の方法を見ていく。

ところで、iPhoneが成功した要因はいくつもあるが、最も大きいのはデザインの力だ。

そして、iPhoneのデザインはいろいろとすぐれているのだが、その中でも気づかれにくいがそれゆえに決定的な役割を果たしているものがある。

それは「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」だ。

 

これこそが、iPhoneの成功においてきわめて重要な役割を果たしており、同時に、人のイノベーションの能力を測る上で最も分かりやすいリトマス試験紙となるのである。

 

まず、評価6。

これは、「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」に類するようなアイデアを、ほとんど何もないところから独力で生み出せる人だ。そういう発明ができる人である。

これは、文句なしのイノベーターだ。ほとんどジョブズクラスである。

つまり、もしそういう人材が入社試験にやってきたなら、これはいわれるまでもないかも知れないが、問答無用で雇うべきだ。また、もしあなたにその能力があるのなら、すぐにでも起業することをおすすめする。それくらいのレベルである。

 

続いて、評価5。

これは、「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」を、独力で思いつくことこそできないものの、製品化されたそれを(つまり売り出されたiPhoneを)見た瞬間に、「すごい!」と気づける人である。「これは金になる!」と即座に理解できる人だ。

こういう人は、むしろ経営者に向いているかも知れない。

なぜなら、すぐれたアイデアには、思いつく人と同時に必ず支援する他者が必要で、支援する他者がいないと、いかにすぐれたアイデアでも闇に埋もれてしまうからだ。

 

これは、マンガ家と編集者の関係に似ているかも知れない。どんな優秀なマンガ家も、それが出てくる裏にはたいていすぐれた編集者がいる。

あるいは、ジョブズとウォズニアックの関係に似ているかもしれない。ジョブズがいなければ、ウォズニアックはアップルⅡを作ることはできなかっただろう。

ちなみに、アップルⅡのときはウォズニアックがマンガ家でジョブズが編集者だったが、iPhoneのときはジョブズがマンガ家でそれ以外のスタッフが編集者になっている。このジョブズのクラスチェンジも興味深いところだ。

 

次に、評価4。

これは、「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」に価値があると、実機を見たときは気づけなくとも、誰かからその概念を教えてもらえれば、すぐに「なるほど」と理解できる人だ。そういう教えを即座に吸収できる人である。

こういう人は、成長が見込める。やがて、その能力を評価5や、なんなら6に伸ばすかもしれない。つまり、将来稼げる可能性が高いのだ。

そもそも、その価値を理解できるだけでも相当能力が高いといえる。だから、雇う価値は十分にある。

 

次は、評価3。

残念ながら、これ以下はイノベーションの能力が低いといわざるをえないだろう。

評価3は、それを教えてもらっても理解できない人のことだ。「Safariの画面をフリックしたときに働く慣性の力のデザインが、iPhoneの価値に決定的な影響をもたらしている」といわれてもピンと来ない人は、この先もイノベーションの本質を理解するのは難しいと思われる。つまり、これからお金を稼ぐということはあまり見込めない。

 

次は、評価2。

これは、それに価値があることを否定する人。

「いや、そんなものには価値がない!」と言い切ってしまう人。

これは、あまりにも感性が鈍すぎる。とてもではないが、お金は稼げない。

 

最後は、評価1。

これは、そもそもそういうデザインに興味を示さない人だ。そういう話をしても、ポカンとするような人である。

こういう人は、申し訳ないがイノベーションの能力という意味では論外である。そして、こういう人は世の中に少なくない。

ただ、ビジネスの場面で遭遇することは希だろうから、あまり気にする必要はないのかもしれない。

 

さて、以上が試験に対する評価の概要である。

ところで、なぜ「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」がリトマス試験紙に適しているのか?

それは、誰もがピンとくるようなものではないからだ。ピンと来る人と来ない人とに大きく別れるからである。

 

これが、誰もがピンと来るようなことなら、リトマス試験紙には適していない。

例えば「iPhoneの色や形」については、はっきりいってほとんどの人が意識できるので、リトマス試験紙になりにくい。

その逆に、「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」というのは、ピンとくる人がそれほど多くない。だからこそ、その人のイノベーションの能力を測るリトマス試験紙として適しているのである。

 

ただ、ここでピンと来なかったからといって、必ずしも悲観することはない。なぜなら、イノベーションの能力は、後天的に向上させることができるからだ。

では、どうすれば向上させられるのか?それには、大きく3つのアプローチがある。

一、感性を磨く

二、自分を客観的に見る

三、知識を蓄える

 

まず、「一、感性を磨く」。

そもそも「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」は、触れる人が気持ち良く感じるようデザインされている。

そして、感性が豊かになればなるほど、それを気持ち良く感じられるようになる。

だから、それがすぐれたデザインであると気づきやすくなるのだ。そのため、感性を磨いておくことはとても重要なのである。これに気づけない人は、たいてい感性が鈍いのだ。

 

続いて、「二、自分を客観的に見る」。

自分を客観的に見る訓練を積んでおくと、「あ、自分は今、気持ち良く感じている」と気づける。

ただ、多くの人はこの訓練を積んでいないから、たとえ自分が気持ち良いと感じていても、それに気づけない。

その快感が無意識のレベルにとどまっていて、意識の表層にのぼってこない。だから、それを価値として気づけたり、デザインしたりできないのだ。

 

最後は、「三、知識を蓄える」。

「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」のように、気づきにくく無意識に訴えかけるデザインは、色や形のような意識に訴えかけるデザインより、実は強い影響力を持つ。

そのことは、心理学の知識があれば理解できる。

映画などでも、すぐれた監督は、意識に訴えかける映像より、むしろ無意識に訴えかける音にこだわったりする。

そういう知識があれば、「Safariをスクロールしたときに働く慣性のデザイン」に価値があるということも、頭で理解できるようになるのだ。

 

まとめると、今の時代は上記の三つのアプローチに取り組むこと——つまり感性を磨き、自分を客観的に見、知識を蓄えることが、イノベーションの能力を高め、それに伴って収入を高めていくことにつながる。

もしあなたが収入を高めたいなら、この三つのアプローチに取り組むといいだろう。

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

【著者プロフィール】

岩崎夏海

作家。

1968年生まれ。東京都日野市出身。東京芸術大学建築科卒。 大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。

放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』等、テレビ番組の制作に参加。 その後、アイドルグループAKB48のプロデュースにも携わる。

2009年、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』を著す。

2015年、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』 。

2018年、『ぼくは泣かないー甲子園だけが高校野球ではない』他、著作多数。

現在は、有料メルマガ「ハックルベリーに会いに行く」(http://ch.nicovideo.jp/channel/huckleberry)にてコラムを連載中。

(Photo:Matt Madd