唐突ですが、今日は『風の谷のナウシカ』の話をします。

金曜ロードーショーで『風の谷のナウシカ』が放送されると、午後9時ぐらいからtwitterには視聴者のつぶやきが増えてきて、午後10時20分~11時にかけてピークを迎えます。

世代を越えて繰り返し親しまれている名作、と言っても過言ではないでしょう。

 

ひとつの作品として十二分に評価されている映画版『風の谷のナウシカ』ではありますが、これをベストとは思ってはいないファンも少なくないことをご存知でしょうか。

かくいう私もその一人で、「『風の谷のナウシカ』でベストなのは漫画版!」という気持ちを持ち続けています。

この、全7巻セットの漫画版『風の谷のナウシカ』は電子書籍化されておらず、しかもワイド版なので結構かさばってしまいます。

ですが、一冊の値段は420円ちょっととお安く、収納スペースさえあるなら買って損をすることは無いでしょう。漫画喫茶で読んできても良いかもしれません。

 

 

この漫画版『ナウシカ』の1巻は、映画版によく似た筋書きで始まります。

ペジテ市で巨神兵が発掘され、それに目をつけたトルメキア軍がペジテ市を強襲、さらに風の谷も戦乱に巻き込まれ、巨神兵にまつわる物語が展開していく……といったあたりは共通しています。

 

ところが王蟲が押し寄せてきた後に完結する映画版とは違い、漫画版は王蟲が押し寄せた後もまったく終わる気配がありません。

巨神兵は風の谷では蘇らず、そもそも、王蟲が押し寄せてきたのは風の谷とはぜんぜん違う場所でした。

また、映画版では蟲恐怖症になっていたトルメキアのクシャナ妃殿下がそうなっておらず、悪役っぽさも感じられません。

これは漫画版『ナウシカ』3巻の表表紙ですが、3巻の表紙に描かれているのはクシャナです。

残り6巻の表表紙がすべてナウシカであることを思えば、破格の待遇と言わざるを得ません。主人公のナウシカと、準主人公のクシャナ。そんなことを考えたくもなります。

 

漫画版のクシャナの雰囲気をお伝えするために、3巻のスクリーンショットも張り付けておきます。

こんな具合に、漫画版のクシャナは「兵からの人望があつく、有能な指揮官、しかも皇女殿下」として描かれています。

一読すれば、映画版のイメージは木端微塵になることでしょう。

 

人間をやめていく主人公のナウシカと、人間世界の主人公のクシャナ

映画版でも幾分そうでしたが、とりわけ漫画版のナウシカには「人間をやめていく主人公」という雰囲気が漂っています。

いっぽう、クシャナには「人間世界の主人公」といった趣があります。

 

ナウシカの行動原理は、人間世界の常識や枠組みにとらわれていません。

映画版のナウシカも、王蟲の子どものために我が身を投げ出し、人間の命も蟲の命も分け隔てなく愛してやみませんでした。

漫画版ではそれに拍車がかかり、人工生命にすらその愛情を差し向けています。そして、生き物がみずから生きていこうとする力を賛美し、その命を弄ぼうとする者には容赦がありません。

 

ただ、ナウシカの行動原理はあまりにも命に対して懐が深すぎるというか、人間世界の常識やキャパシティといったものを超越していて、ちょっとついていけないところがあります。

はじめは風の谷の族長の娘でしかなかったナウシカが、途方もない力の持ち主とも対峙するようになり、世界の命運を左右する超人的存在になっていく──良くも悪くも、ナウシカはそういう主人公として描かれていました。

 

対して、クシャナの行動原理は、人間世界の常識や枠組みにもとづいています。

クシャナは指揮官やトルメキア皇女としての立場に基づいて行動しています。

トルメキア王家の他の面々に比べれば慈悲深いし有能でもあるけれども、ナウシカに比べれば常識的で、できること/できないことを計算して行動しているふしがあります。

少なくとも、命のためなら何をやらかすかわからないナウシカの無鉄砲さがクシャナにはありません。

 

クシャナ自身、そうしたナウシカとの違いはよく心得ていて

「ナウシカ、お前はお前の道をいくがいい それも小気味良い生き方だ」

と評したうえで「あの娘は自分でも気づかずに我々を渦の中心に導いているのだ おそらくわたしの探すものもそこに居る」と述べています。

 

クシャナにとって、ナウシカとその行動原理はついていけるものではないけれども、ナウシカの特質をよく理解し、ナウシカが自分たちにどういう状況をもたらすのか、よく見極めているさまがうかがえます。

 

漫画版『風の谷のナウシカ』は、後半に進むにつれてどんどん神がかりな物語になっていきます。

正直、ナウシカとその周辺には常識はずれな雰囲気が漂っているのですが、人間世界と人間の常識を代表する存在としてクシャナが登場するおかげで、ハチャメチャな展開になんとか読者がついていけるような構図ができあがっているようにみえます。

 

や、もちろんアズベルやクロトワといった、映画版でもお馴染みのキャラクターたちも人間世界と人間の常識を代表してはいるのですが、彼らにはナウシカとその周辺を理解するだけの理解力や度量がありません。

どんどん神がかっていくナウシカと、ごく普通の人々(や読者)の間を取り持つ人物として、クシャナはやはり重要です。

 

ゆえに、漫画版『ナウシカ』には、どんどん物語を神がかりな状況へと引っ張っていくナウシカと、人間世界の代表としてのクシャナという、2人の主人公がいると評したくなります。

 

映画版のクシャナのことがあまり好きでない人も、漫画版のクシャナには好感が持てることでしょう。なにしろ、クシャナのような人物がいなければ、どんどん腐海の謎へと進んでいくナウシカの物語についていけないのですから。

 

庵野監督が『ナウシカ』をリメイクしてくれたら……

ここまでは漫画版の紹介でしたが、ここから、私の願望を書き連ねます。

漫画版『風の谷のナウシカ』がメチャクチャ面白い作品であるのは間違いないのですが、将来の大本命は漫画版ではない、と私は踏んでいます。

 

“いつか庵野監督が、『風の谷のナウシカ』をリメイクしてくれる日が来るんじゃないか”

“もし、庵野監督が『風の谷のナウシカ』をリメイクするなら、漫画版が来るんじゃないか”

もちろんこれらは私の願望であり、夢想でしかないのですが、それらしい筋はあります。

 

まず、庵野監督が『ナウシカ2』を作りたがっていたという逸話。

鈴木俊夫氏「庵野英明にナウシカ2をやらせようとしたら、宮崎駿が激怒して…」本当にあった、続編構想

映画版『風の谷のナウシカ』でも制作に関わっていた庵野監督が『ナウシカ2』を作りたがって、それに宮崎監督が怒っていたというのです。

 

その一方で、庵野監督は2012年に『巨神兵東京に現わる 劇場版』という特撮を作っています。

『ヱヴァンゲリヲン劇場版:Q』 の前座的に公開されていた、あの大量破壊特撮です。『ナウシカ』本編のリメイクではないとはいえ、スピンオフ作品を庵野監督がつくったという事実に、私は興奮しました。

 

さらに2017年には、庵野監督と宮崎監督について『エキレビ!』でこんな記事が流れました。

今夜金曜ロードSHOW「風の谷のナウシカ」庵野秀明は巨神兵の呪いから逃れられない

宮崎「庵野はずっと『ナウシカ』(の映画化)をやらせろと言ってくるんですよ」「「いいや、もう。庵野も『ナウシカ』をやればいいんだ」って思いました。「あんなの原作通りにやるのはやめろ。でも、好きにすればいい」と。

やりたかったらやればいい。たいした問題じゃない」(「風立ちぬ ビジュアルガイド」より)

自分の作ったものに縛られないように、切り捨てて別なことを始めるスタイル(「風の帰る場所」より)の宮崎駿が、辿り着いた結論だ。

一連の流れをみるに、90年代には不可能のように思われた庵野監督による『ナウシカ2』が、実現する可能性はちょっとずつ高まっているように思われるのです。

 

たとえばの話として、第一部ではナウシカを主人公とした「風の谷」を描き、第二部はクシャナを主人公とした「トルメキア戦役」を描き、さらに第三部はナウシカとクシャナの2人主人公体制で「腐海と巨神兵の秘密」を描いてくれたら……おおむね漫画版どおりの内容で、なおかつ映画版しか知らない人をも興行に引きずり込めるのではないでしょうか。

 

この連休中、漫画版『風の谷のナウシカ』を再読したのですが、ナウシカを主人公に据えたままリメイクすると、後半の神がかりなナウシカについていけない人がゾロゾロ出るように思えてなりませんでした。

やはりここは、クシャナ殿下におでましいただき、ナウシカの世界と人間世界をとりなしていただくほかないでしょう。

 

現在、庵野監督は『劇場版ヱヴァンゲリヲン』の最終作に取り組んでいると聞いています。

もちろん、それはそれで絶対に観に行くしかないのですが、いつか、『ナウシカ』のリメイクも手掛けてくださることを祈らずにはいられません。

 

が、それまでは漫画版『ナウシカ』こそが至高と私は信じているので、これからも愛読し、ことあるごとに宣伝してまわりたいと思っております。未読の方は、ぜひご一読を。

 

【お知らせ】
大好評ティネクト主催ウェビナー5月実施のご案内です。


良いアイデアはあるけれど、実行に移せない…
このような課題をお持ちの企業の経営者様、事業責任者様へ向けたセミナーを開催します。

<2024年5月13日実施予定 ティネクト90分ウェビナー>

マーケティングの人手不足は「生成AI」を活用した仕組みづくりから

-生成AIで人手不足を解消しようセミナー


<セミナー内容>
1.あらゆる業界で起こっている人手不足
2.「動ける人材がいない状態」から脱却しつつある事例紹介
3.マーケティングの省力化事例
4.生成AI用いた業務省力化、その他の取り組み

【講師紹介】
倉増京平(ティネクト取締役)
楢原一雅(同取締役
安達裕哉(同代表取締役)


日時:
2024年5月13日 (月曜日)⋅18:00~19:30
参加費:無料  
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細 こちらティネクウェビナーお申込みページをご覧ください

(2024/4/21更新)

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

熊代亨のアイコン 3

(Photo:Kwasi B.