最近、『ラグナロクマスターズ』というロールプレイングゲームを始めたのですが、この微温的なゲーム、ペットとじゃれていたくなる作風になっていて、ペットにおいしいご飯を用意したり、なでてあげたり、一体何のゲームをやっているのかわからない状態が続いています。
で、なでられて喜ぶペットたちを見ていると思い出すんですよ。
そういえば、「なでる」とか「さする」って、人間も喜ぶものだよね、と。
認知症病棟のナースはよく「さする」
私の知人に高齢者認知症病棟につとめている男性がいるんですが、彼いわく、認知症の高齢者の身体をさすったり手をなでたりすると、とても落ち着くのだそうです。
認知症の高齢者は、しばしば不安やフラストレーションを抱えていたりします。
時間がわからなかったり、人がわからなかったり、場所がわからなかったりすれば不安になるのも無理はないでしょう。
何かをしてもらってもそのことを忘れてしまい、「まだ何もしてくれない!」と怒る人、身体が思い通りに動かない辛さに呻いている人もたくさんいます。
そういった難しさや辛さを抱えた高齢者を介護する際に、身体をさすること、手をなでること等はコミュニケーションの一環として重要だと聞きました。
また、現在も言われていることかちょっとわかりませんが、私が研修医の頃は、精神科医と患者さんとの面接の際、ほんの少しの身体的接触には効果がある、といったことを教わりました。
そのことを教えてくれた年配の精神科医は、「たとえば男性医師が若い女性の患者さんに触れたりすれば、思わぬ誤解や影響を与えてしまうだろう。
だからそういう身体的な接触は避けなければならない。
けれども同性の高齢者を見送る時に肩を叩いたり、ちょっと背中をさすったりすると、ときには言葉よりもずっと患者さんを勇気づけ、支えることができる」と話していました。
実際、その年配の精神科医の診療風景を見学すると、彼はときどき若い男性の患者さんの肩を叩いたり、ご高齢の患者さんが診察室から出ていく際に手をひいたりしていて、そういったアクションのひとつひとつを診療面接の一部として意識しているのがみてとれたのでした。
ほかにも医療場面には身体的接触がいろいろあり、ときに、患者さんがそれを期待していると感じることもあります。
たとえば健診で内科にかかった時、一番肝心なデータは採血やレントゲン撮影や内視鏡検査が占めるとしても、打診や聴診、触診といったものを医療行為の一部として期待している人は意外に多いのではないでしょうか。
もちろん現在の医者も、そうした身体的接触から得られるデータを無視しているわけではありません。
が、医者は打診や聴診や触診をデータを取るためにやっているのに対し、どうも患者さんのなかには、それらをコミュニケーションとして受け取り、それらを受け取ることで「ちゃんと診てもらった」と納得する向きがあるようにも思われるのです。
子育ても「なでる」「さする」に事欠かない
ところで子どもを育てる際にも「なでる」「さする」には事欠きません。
生まれて間もない赤ちゃんは母親の傍にいたがります。
「なでる」「さする」というより、身体的に密着している、と言っても過言ではありません。
少し大きくなった後も子どもはだっこやおんぶを喜び、あまり長いこと一人でいたがりません。
親しい親族と身体的に触れ合っている状態を期待し、不安な時や落ち込んだ時などは「なでる」や「さする」を必要としています。
子どもが身体的接触を求めている時、それを察してなでたりさすったり抱きしめたりすると、表情がパッと明るくなったりリラックスしたりします。
そうしたさまを見るにつけても、人間は本来、コミュニケーションのチャンネルとして、身体的接触を必要としているのではないでしょうか。
ベストセラー『銃・病原菌・鉄』で知られている進化生物学者のジャレド・ダイアモンドは、狩猟採集民は赤ん坊と世話する者のスキンシップを心がけるのが一般的で、一部の先進国にありがちな、小さい頃から親子が別の部屋の別のベッドで寝るような習慣はごく最近に始まったものだ、と述べています。
現代の西洋工業化社会における、大人(おもに母親)と赤ん坊の時間の過ごしかたは、赤ん坊と母親がいつも一緒にくっついていない、というウサギやアンテロープのパターンを踏襲している。
(中略)
しかし、人間は、人類史の大半を通じて、先祖である類人猿やサルのパターンを踏襲してきており、このパターンが変わったのは直近の数千年のことではないかと思われる。
現代の狩猟採集民の生活を観察調査した結果もまた、日中の赤ん坊が、母親にずっと抱かれているか、別のだれかに抱かれているかのいずれかであることを示している。
ジャレド・ダイアモンドは、このことをもって「狩猟採集民並みのスキンシップが子育てには必要不可欠」という結論を出していません。
なぜなら、狩猟採集民並みのスキンシップが子育てに必要かどうかを本当に確認するためには、厳密な評価ができる対照実験を行わなければならず、人間を相手取ってそんな実験をやれるわけがないからです。
ただ、そういった狩猟採集民の子どもがきちんと育っていること、私自身の子育て経験とも重なり合っていることを思うにつけても、「なでる」「さする」は子育てにある程度必要ではないか、と私は推測したくなります。
子どもが大きくなるにつれて、こうした親子の身体的接触も少しずつ減っていきます。
少なくとも現代の家庭では、思春期以降も親が子どもを頻繁にさすったりなでたりすることはあまりありません。
ですが、身体的接触を伴ったコミュニケーションには、言葉中心のコミュニケーションではカヴァーできないエッセンスが含まれていますから、親子でキャッチボールをしたりハイタッチをしたりすることにはなんらか意義があるのではないかと私は思います。
そういう親子関係を続けていきたいですね。
コミュニケーション能力としての身体的接触
現代人のコミュニケーション、特に仕事の場面では、私たちは聴覚や視覚に頼ったコミュニケーション、とりわけ言葉や文字に頼ったコミュニケーションに終始しがちです。
たとえば日々の仕事のなかで、いったいどれぐらい身体的接触を伴ったコミュニケーションが行われ、期待されているでしょうか。
そのうえインターネットが普及したため、私たちはますます視覚や聴覚に頼ったコミュニケーションで済ませるようにもなっています。
聴覚や視覚が人間のコミュニケーションのチャンネルとして重要なのは言うまでもありませんし、現代人がそれらを習熟しなければならないのも理解できます。
しかし昔の人間はもっと身体を接触させ、触覚というチャンネルを通してもコミュニケーションを行っていたのではなかったでしょうか。
現在でも、よくよく眺めてみると仕事やパブリックな場面でも身体的接触がそれなり使われていて、意外な威力を振るっているのを目にすることがあります。
たとえば握手。
個人的には、握手には言葉には無い効果があると思っています。
どぶ板選挙に特に熱心な候補者はだいたい握手してまわるものですし、アイドルだって握手会でファンの心を掴もうとしています。
私も、重要な場面ではなるべく握手をすることにしていて、たとえばbooks&appsに執筆参加する際にも、私は大将の安達さんと握手をかわしました。
あと、日本人はあまりやらないかもしれませんが、外国の政治家同士って、肩を抱き合って親愛のジェスチャーを示すとか、よくやりますよね。
こういった、社交場面のテンプレートになっている身体的接触は、意外と馬鹿にできません。
そして私生活のレベルでは、「なでる」「さする」をはじめ、身体的接触はお互いの気持ちを近づけたり、ストレスを取り除いたりする手段として数多使われています。
身体的接触のうまい方法は学校の授業では教えてもらえないため、メソッドとして把握しづらいのですが、上手い人はおそろしく上手く、上手くない人とのコミュニケーション格差はそれなりあるように見受けられます。
人間関係は、視覚と聴覚だけで決まるにあらず。
ときには「なでる」や「さする」といった触覚経由のコミュニケーションのほうが、言葉選びに神経を使うよりも効果的な場面もあるでしょう。よく見極め、ここぞという場面で使っていきたいものです。
生成AIの運用を軸としたコンサルティング事業、メディア事業を行っているワークワンダース株式会社からウェビナーのお知らせです
生産性を爆上げする、「生成AI導入」と「AI人材育成」のコツ
【内容】
1. 生産性を爆上げするAI活用術(安達裕哉:ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO)
2. 成功事例の紹介:他業種からAI人材への転身(梅田悟司:ワークワンダース株式会社CPO)
3. 生成AI導入推進・人材育成プログラム「Q&Ai」の全貌(元田宇亮:生成AI研修プログラム「Q&Ai」事業責任者)
4. 質疑応答
日時:
2025/1/21(火) 16:00-17:30
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細 こちらウェビナーお申込みページをご覧ください
(2024/12/6更新)
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』
(Photo:Andrew Bardwell)