児童小説が大好きで、大人になってからも結構読んでいます。

 

しんざきは小学生時代、ケストナーとミヒャエル・エンデと佐藤さとるを摂取して育ったようなものでして、「だれも知らない小さな国」とか「エーミールと探偵たち」とか大好きで今でも頻繁に読み直します。

 

昔の児童小説しか読まないかというとそういう訳でもなく、最近は長男長女次女が私に漫画や児童小説をお勧めしてくれるようになりまして、「自分が知らない面白いコンテンツを子どもが見つけてきて私にお勧めしてくれる」という、こうなるといいなーと昔から思っていた状況が実現しつつあって割と感動しています。

 

子どもとコンテンツ交流があるとマジ楽しいですよね。最近だと「氷の上のプリンセス」とか漫画の「本好きの下克上」とか面白かった。

 

児童小説といっても、子ども向けだから単純かというと決してそういう訳ではなくて、むしろ大人になった今でも読み直す度に新しい発見があったりするんですが、そんな中でも個人的なキング・オブ・児童小説が、ミヒャエル・エンデの

「はてしない物語」

です。

 

この「はてしない物語」、エンデの作品中でも「モモ」と並ぶ最高傑作だと思うんですが、良質なファンタジー小説でもあり、少年の成長物語でもありながら大人の救済小説でもあり、風刺を交えながら同時にメタ物語でもあるという、様々な側面を見せながら最後には全ての展開が見事に一点に収束する、児童小説の超絶傑作です。

 

今日は、この「はてしない物語」についてそのとんでもない面白さを紹介しつつ、私が「はてしない物語」全編通して最も好きな描写に関して、その恐るべきエモさを皆さんに説明したいと思います。

ざっくりネタバレが入ってしまうのはご勘弁ください。未読の方にはハードカバー版の購入を強くお勧め致します。損はさせません。

 

***

 

はてしない物語は、主人公であるバスチアンが学校の倉庫に閉じこもって読む本の、そこに描かれていた物語という、「物語内物語」の形式で始まります。

 

物語内で、バスチアンがいる現実の世界の描写は赤い文字、「はてしない物語」の本の中の描写は緑の文字で色分けされています。

既読の方には今更だと思うのですが、「はてしない物語」は大きく分けると前後半の二つに、細かく分けると多分四つくらいのパートに分かれます。

 

物語前半は、緑の肌族の少年である「アトレーユ」が主人公の探索パート。

バスチアンが読み進む「はてしない物語」の中で、アトレーユは「ファンタ—ジェン」世界を統べる女王である「幼ごころの君」を癒し、同時に崩壊の危機に瀕するファンタ—ジェンを救う為、広大なファンタ—ジェン全土を探索する旅に出ます。

 

旅の途中、「幸いの竜」であるフッフールと出会ったアトレーユは、ファンタ—ジェンを救う鍵が人間の「救い主」にあることを知ります。

物語を四つに分けた場合、ここまでが一つ目のパートだと私は考えています。

で、ここが前半パートの一つの転換点なんですが、はてしない物語を読み進むバスチアンは、段々と自分自身が本の中に取り込まれつつあることを認識するんですね。

 

例えば、バスチアンが挙げた声が、実際に「本の中で」描写される。バスチアンとしか思えないような姿が「本の中に」現れる。物語内のキャラクターが、バスチアンとしか思えない人物について話題に出す。そして、バスチアンは徐々に、作中で探索されている「救い主」が自分自身であることを悟るわけです。ここまでが二つ目のパート。

 

そして物語後半。

舞台は完全にファンタ—ジェンの中に切り替わります。

幼ごころの君を救済したバスチアンは、自らファンタ—ジェンをもう一度形作っていきます。

 

自分が望んだことがそのまま物語世界の中で実現し、同時に物語世界を豊かにしていくことを知ったバスチアンは、自由に想像力を働かせ、同時に自分がコンプレックスを持っていた、自分の様々な欠点を物語世界の中で改変していきます。

バスチアンがファンタ—ジェンの中で自分の願いをかなえていき、同時にファンタ—ジェン世界を形作っていく、ここまでが三つ目のパート。

 

ところが、あることをきっかけに、バスチアンは重大な事実を知ります。

バスチアンは、自分の願いをかなえる度に、その代償として願いの元となっている現実世界での記憶を失っており、全ての記憶を失ってしまえば自分の名前や心すら失ってしまうということを知るのです。

 

ここからバスチアンは、現実世界に戻る為の願い、本当に願うべき望みとは何なのか、ということを探し求めることになります。これが四つ目のパート。

便宜上、上の4つのパートを、それぞれ「Aパート」「Bパート」「Cパート」「Dパート」と呼ばせてください。

 

***

 

まずは「何が物語を区切っているのか」を考えてみましょう。

私が考える限り、「はてしない物語」のストーリーを区切っているのは、「バスチアンの立ち位置と心境」です。

 

物語序盤のAパートでは、バスチアンは完全に「アトレーユの冒険を傍観するただの読者」という立ち位置であり、ファンタ—ジェン自体にもまだそこまで感情移入してはいなかった。

読者とほぼ同じ立ち位置にいる訳です。勿論このパートでのアトレーユの冒険も、それだけで十分以上に臨場感があり、手に汗握る大冒険な訳ですが。エンギウックさん好き。

 

Bパートから、はてしない物語はまさに「メタ物語」となり、本を読み進むバスチアンと、本の中の世界が徐々に交錯し始め、バスチアンの立ち位置は「現実世界とファンタ—ジェンの間」でゆらゆらと遷移します。

 

ここで、バスチアンは、もしかすると救い主は自分なのではないか?という密やかな期待と、一方その期待が裏切られることへの強い不安感の板挟みになることになります。

このパートでの「さすらい山の古老」の下りは、本当に児童小説の枠を軽く超える程に衝撃的な描写であり、一面SF的ですらあると思うんですが、一旦それは置いておきます。

 

Cパートでは、バスチアンはファンタ—ジェンの救い主として、次々ファンタ—ジェン世界の創造と、同時に自分の願いをかなえていくことになります。物語世界の中で、まさにヒーローの視点となる訳です。

 

ここでバスチアン、及びバスチアンに感情移入する読者は、強いカタルシスを感じることになります。

自分のコンプレックスを覆すような望みを次から次へと叶え、同時に物語世界を豊かにしていくという、まさに「創造の喜び」を味わうバスチアン。自分の望みが、新たに世界を形作る。

 

そして、例えば今まで虚弱だったバスチアンが無双の力を手に入れたり、臆病だったバスチアンが誰にも負けない勇気を持ったりするところも大きな爽快感がありますし、それが皆に認められ始めるところも読んでいて非常に気持ちいいところです。

 

「物語を作ることが出来る」というのが、ファンタ—ジェンの中ではバスチアンだけの才能だということもあり、バスチアンが今まで作ってきた物語が一つの図書館として現れるところなど、カタルシス展開の最たるものでしょう。

「本の中の世界に転生してチートな活躍をする」という点では、現在の転生系ラノベのルーツの一角を形作っているともいえると思います。

 

しかし、エンデの筆は、ただ読者へのカタルシスを提供することに留まりません。

バスチアンの活躍には徐々に影が差し始め、折角出会うことが出来たアトレーユやフッフールとの関係も、様々な事件から微妙なものへとなっていきます。この辺の描写は、子ども相手だからといって手加減しない、ある種容赦ないものです。

 

そして、最後のDパートで、バスチアンの視点はまた切り替わります。彼は、ヒーローの立ち位置から、否応なく「探究者」の立ち位置に立たざるを得なくなるのです。

 

***

 

これ本当に「はてしない物語」の凄いところだと思うんですが、多分A・B・Cパートって、Dパートの純然たる前座なんですよ。

あんなにも充実していて、あれだけ読むこと自体気持ちいいのに、前座。

エンデがこの物語で本当に語りたかったことって、多分Dパートに収束しているんです。

だからこそ、このDパートについて全く触れなかった映画版の「ネバーエンディングストーリー」に対して、エンデがあんなにも憤った。

 

前述した通り、Dパートにおいて、バスチアンは「願いをかなえる度に自分が現実世界での記憶を失っていた」ということと、その記憶を全て失った時の自分の行く末を知ることになります。

そして、バスチアンは、否応なくこれまで劇中で築いたもの、全てを捨てて旅立たざるを得なくなります。

 

「元帝王の都」でアーガックスと会話したバスチアンは、残り少ない自分の記憶を使って、「現実世界に帰る為に願うべきこと」を探すことになります。

この「元帝王の都」の描写も、本当に児童小説なのかコレと思わせる程に衝撃的で手加減無用な内容なんですが、それもまあ余談。

 

ここで物語の構造は、「願いを叶える度に、その願いを叶える前の自分の記憶を忘れる」という構造から、「数少ない記憶を使って、本来願うべきことを見つけ出す」という構造に、完全に逆転する訳です。

 

ここでも、「バスチアンが願う度に、新しい何かが創造される」という構造は変わらないのですが、それでもこの旅は悲壮感に満ちています。

ファンタ—ジェンで並ぶもののないヒーローになったバスチアンは、段々と全てを失っていくわけです。

時には仲間と出会い、時には癒されながらも続く、一つ一つの記憶を捨て続ける旅。

 

そして、バスチアンは旅の果てに、「ヨルのミンロウド」へとたどり着くわけです。

 

***

 

ミンロウドとは「人々の記憶の採掘場」の名前で、ヨルはその採掘場で途方もない時間、人々が夢から覚める時に失ってしまった記憶を掘り出し続けてきた坑夫です。

 

殆ど全ての記憶を失ってしまったバスチアンは、最後に、自分が現実へと戻るよすがをミンロウド坑に求めることになります。

ヨルの指導を受けて、深く暗い坑内でただひたすら記憶を掘り続けるバスチアン。

自分のコンプレックスも、それを覆す願いを叶え続けたことも、ファンタ—ジェンの救い主だったことも、彼にとっては遠い過去のことになっていきます。

 

またこのミンロウド坑での生活の描写が、どこまでも静謐で、しかも美しいんですよね。

果てしなく広がる雪原に、地平線まで並べられた人々の夢を写し取った絵。そして、永遠の闇に閉ざされた採掘場。

こういう現実離れした情景を生き生き描写出来る時点でエンデ本当凄いと思うんですが。

 

そんな中でひたすら静かに絵を掘り続けたバスチアンは、ある夕方、1枚の絵を掘り当てるのです。

で、この後にヨルに言われた言葉が、タイトルにもある、私がこの「はてしない物語」でもっとも染み渡る言葉だと思っているんですが、絵を胸に旅立とうとするバスチアンに、ヨルはこう言うんですね。

「おまえはいい坑夫見習いだった。」ヨルはひそやかにいった。

「よくやった。」

私、おおげさな言い方をすると、この一言で救われた気がしたんですよ。

おそらく、バスチアン自身にとってもそうだったんじゃないかなあ、と。

 

救い主としての業績も、たくさんの味方と彼らからの賞賛も、現実世界の記憶も全てを失ったバスチアンが、最後の最後にもう一度、(力や勇気はまだ残っていたとはいえ)自分の力で絵を見つけだし、それをたった一人の坑夫に認められる。

この、ごく短い、そっけない賞賛が、バスチアンにとっては何よりも、それこそ数限りない賞賛よりも貴重だったんじゃないかなあ、と。

 

ある意味で、物語はここで、最後の最後で「再起」の物語になるのです。

失敗しても、すべてを失っても、もう一度何かを成し遂げることが出来るんだ、という物語。

 

これは、もうすぐ旅を終えようとしているバスチアンに対しても、またここまでの旅をバスチアンと共に歩んだ読者に対しても、「よくやった」と投げかけられた心からの労いの言葉なんじゃないかなあ、と。

 

そんな風に思うわけなんです。まあ、直後にシュラムッフェン絡みでまだもうひと悶着あるんですけど。

 

バスチアンが現実世界に戻るために必要とした願いとは何なのか。

また、彼が掘りだした絵には何が描かれていたのか。その先で彼を待っていたのは誰だったか。

ここまで色々書いといてなんですが、未読の方には是非、自分の目で確かめて頂きたいなあ、と。そんな風に思う訳です。

 

***

 

ということで、はてしない物語は、とにかく一冊の児童小説とはとても思えない程様々な面を見せてきて本当物凄い、あとヨルの最後の一言がエモ過ぎる、という話でした。

 

今回はあまり書きませんでしたが、アトレーユパートの方もほんとーーーに手に汗握る冒険でめちゃ面白いんですよね。

フッフールかわいい。映画版毀誉褒貶あるとは思うんですが、「フッフール」を「ファルコン」とかいう名前にしたことだけは絶対に許容出来ない。

はてしない物語超面白いですよね!と。

それだけが言いたかったわけです。

 

ということで、今日書きたいことはそれくらいです。

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

(Photo:James Coleman