『1兆ドルコーチ』を読みました。
スティーブ・ジョブズの追悼式で、「ザ・コーチ」と紹介され、一番最初に登壇したのが、この「1兆ドルコーチ」ビル・キャンベルさんだったのです。
あのジョブズが無二の親友、メンター、コーチとして慕い、アドバイスを求めて毎週会っていた、という人物。
ビル・キャンベルが相談相手となり、アドバイスを贈っていたのは、ジョブズだけではなく、Googleの経営陣やAmazonのジェフ・ベゾスなど、アメリカのIT産業を形づくってきた面々でした。
ビル・キャンベルは、彼らと個人的に会って散歩をしながら会話をしたり、ときには、重要な会議に参加したり、企業にしばらく在籍して、その問題点を指摘したりしていました。
彼は、その「コーチング」を、基本的には無報酬で行っていたそうです。
もともとはアメリカンフットボールの選手、コーチだったにもかかわらず、そのバイタリティと人柄を買われてビジネスの世界に飛び込み、自らも経営者として成果をおさめたあと、「一流の経営者の相談相手」として活動するのと同時に、自らの人生を楽しんだビル・キャンベル。
この本は、実際に彼に「コーチ」され、その人柄と業績をしのぶ人たちが、「なんとかして、ビルのコーチングのエッセンスを後世に残すことができないか」と考え、書かれたものです。
読めば読むほど、ビル・キャンベルという人の「魅力」とともに、「結局のところ、ビル・キャンベルの言葉がこんなに説得力を持っていたのは、『この人が言うことだから』だったのではないか」と思わずにはいられなくなるのです。
「何を言うか」よりも「誰が言うか」であり、ビル・キャンベルの「人間力」の凄さに圧倒されるばかりです。
さまざまな人間をその魅力でひきつけた後に、使い捨てにしたり、罵って喧嘩別れしたりもしてきたスティーブ・ジョブズの「親友」であり続けたというだけでもすごい。
著者たちは、「彼のやり方を全て真似することはできなくても、エッセンスを活かすことはできるはず」だと述べています。
リーダーシップはマネジメントを突き詰めることによって生まれるものだと、ビルは考えていた。
「どうやって部下をやる気にさせ、与えられた環境で成功させるか? 独裁者になっても仕方がない。ああしろこうしろと指図するんじゃない。同じ部屋で一緒に過ごして、自分は大事にされていると、部下に実感させろ。耳を傾け、注意を払え。それが最高のマネジャーのすることだ」
ビルは一緒に働いている人たちが、リーダーシップとカリスマ性を混同することを懸念していた。
カリスマ的ビジネスリーダーの代名詞、スティーブ・ジョブズと30年ものあいだ親しく仕事をしていた人物の口からそんな言葉を聞くのは、意外な気がしたものだ。
だがビルの目から見て、ジョブズは最初の任期中、つまり1985年にジョン・スカリーと取締役会によって会社から追放されるまでのあいだは、すぐれたリーダーではなかった。
1997年にアップルがジョブズの会社ネクストを買収したことにより、スティーブがCEOとしてアップルに復帰したとき、ビルは彼が変わったことに気がついた。
「スティーブはいつもカリスマ的で、情熱的で、とんでもなく優秀だった。だが復帰してから、彼が”すぐれたマネジャー”に変わっていくのを、私はこの目で見た。彼は何事においても細部にまでこだわった。プロダクトはもちろん、財務部門やセールス部門の運営、業務や物流の施策までの何もかもにおいてだ。スティーブはすぐれたマネジャーになってはじめて、すぐれたリーダーになれたんだ」
そんなわけで、私たちが毎週のコーチングセッションでビルに会い、本題に入ってから真っ先に話すのはオペレーションやタクティクス(短期的な戦術)など、マネジメントに関することだった。
ビルが長期的な経営戦略の問題を取り上げることはめったになく、たとえあったとしても、その戦略を支える強力な行動戦略があるかどうかを確かめるにすぎなかった。
会社がいま直面している危機は何か? どれくらい早く脱出できそうか? 採用はどうなんている? チーム育成は進んでいるか? スタッフミーティングはどうだったか? 全員からインプットを得たか? 何が話題に出たか、出なかったか?
ビルが気にかけていたのは、会社がしっかり運営されているか、そして私たちがマネジャーとして成長しているかどうかだった。
ビル・キャンベルのコーチングは、「人」と「チーム」をどうやって活かすか、を最も重視しているのです。
重視している、というよりは、それが全て、と言えるかもしれません。
それは、簡単なようで、すごく難しいことでもあります。
IT企業のカリスマ経営者というのは、ある意味、孤独な立場です。
うまくいっている間は、誰もカリスマを恐れて諫言してこないし、ダメになったら、あっという間に取締役会によって解任されてしまう。
内部の人間には弱みを見せにくいなかで、アメフトのコーチ出身で、経営者たちに対しても「外部から助言するコーチ」としての立場を崩さなかったからこそ、ビル・キャンベルは貴重な存在だったのでしょう。
ビル・キャンベルは「リーダーシップはマネジメントを突き詰めること」だと考えていたのです。
「人柄」や「カリスマ性」という曖昧なものではなくて、チームを運営する技術を持ち、目の前の問題を解決できる優れたマネジャーであることが、リーダーとしての資質なのだと。
エリック(・シュミット)は10年以上のあいだ、毎週月曜の午後1時にスタッフミーティングを行っていた。
スタッフミーティングといっても、あなたが出たことのあるふつうの会議と多くの点で似たようなものだ。議題があり、テーブルを囲む全員が概況を報告し、こっそりメールをチェックし……という、おなじみの光景だ。
だがエリックはふつうとはちがうことを一つやった。スタッフが部屋に入って腰を落ち着けると、まず一人ひとりに週末何をしたかを尋ね、旅行帰りの人がいれば簡単に旅の報告をしてもらったのだ。
スタッフにはラリー・ペイジとセルゲイ・プリンもいたから、カイトサーフィンの話や極限トレーニングの世界の最新報告もよくあったが、ジョナサンの娘のサッカーでの活躍や、エンジニアリング部門を率いるアラン・ユースタスのゴルフのスコアなど、日常のありふれた話が中心になることもあった。
エリックも出張帰りのときは、みずからレポートを提供した。訪れた都市をグーグルマップにピンで表示してスクリーンに映し出し、都市ごとに順を追って、旅行のことや旅先で見た興味深いことを報告した。
こうしたやりとりは、一見行き当たりばったりで仕事とは無関係のようにも思えるが、じつはビルが長年かけて開発し、エリックとともに磨きをかけたコミュニケーション法の一環だった。
目的は二つ。
一つは、チームメンバーが、家庭や仕事外の興味深い生活を持つ人間同士として、お互いを知り合えるようにすること。
二つめは、全員が特定の職務の専門家や責任者としてだけではく、一人のグーグラーや人間として、最初から楽しんでミーティングに参加できるようにすることだ。
「仕事には関係ない雑談」をしているように見えるけれど、こうして、「仕事」の中に、コミュニケーションを円滑にするための技術が取り入れられているのです。
しかも、それは単なる思いつきではなくて、長い時間をかけて作り上げたもので、ちゃんと根拠もあった。
ものすごく口が悪かったけれど、ビルの「率直さ」は多くの人に愛されたし、相手が大企業の偉い人でも昔からのフットボール仲間でも、旅先で偶然出会った人でも、ビルの接し方は変わらなかったそうです。
どんなに忙しいときでも、友達が困っているときには駆けつけて、サポートしてくれる人でもあった。
この本を読み終えて思うのは、ビル・キャンベルという人は、こういう「感想」とか「まとめ」みたいなものでは、うまく伝えることができない「コーチ」だったのではないか、ということなんですよ。
本人は亡くなっておられるので、直に接することは、もうできない。
だから、もしこれを読んで興味を持たれた方は、この本を先入観無しで、最初から最後まで、読んでみていただきたいのです。
もしあなたが何か、責任ある仕事を任され、チームを率いる存在であるならば、読んでおいて、絶対に損はしないと思います。
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【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
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