海外旅行に出かける理由は人それぞれ。

私の場合、いつも日本のことを知るために海外に出かける。

 

たとえば欧米諸国に出かけると、欧米からみた日本の文化や習慣のユニークさに気づきやすい。

経済発展の真っ最中の国々に行けば、日本の生活習慣や街並みがどれぐらい先進国然としていて、どこまで追い付かれ、どのように追い越されようとしているのかを垣間見ることができる。

今回は、ベトナムのホーチミン市に出かけてみた。

ホーチミン市はベトナム第一の経済都市だから、ベトナムという国のなかでは現代的な場所のはずである。

それでも、日本を振り返るには十分な経験ができたので書き残してみる。

 

美しい街並みと、まだ現代的ではない人々の振る舞い

お昼に日本を発って六時間弱、ホーチミン市の夜空は濁っていた。

着陸態勢に入った飛行機の窓からは、赤茶色のもやに覆われた地平線が見える。これって大気汚染じゃないか?

 

帰国して調べてみると、ベトナムでは大気汚染が深刻なのだという。

自動車の普及率はそれほどでもないが、バイクの普及率は高く、深刻な大気汚染のため、たくさんの人が防塵マスクを身に付けていた。

空港を出ると、ユニクロのロゴの描かれたタクシーが停まっていた。

ところがベトナムには不正タクシーが多く、正規のタクシーでさえ事前のコミュニケーションが必要など、なかなか手ごわい。

日本や韓国のタクシーのようにはいかない。

 

幸い、宿泊地周辺の治安はまずまず良いようで、夜遅くまで日本人女性が出歩いていた。

ホテルのセーフティボックスが壊れていたためフロントに修理を依頼すると、聞き取りやすい英語を話せるエンジニアをすぐ派遣してくれた。

 

当地のホテルや外国人向けの飲食店、大手コンビニチェーンの店員は、皆キビキビと働き、英語を流暢に使いこなしていた。

こうしたサービスのクオリティに関する限り、日本との差は感じられず、現代化が進んでいると感じた。

 

しかし翌朝以降、街歩きをしてみると、日本と違っているところが少しずつ見えてきた。

ホーチミン市はサイゴンとも呼ばれ、フランス植民地時代につくられた美しい街並みは、「東洋のパリ」と讃えられたという。

共産主義政権が誕生した後も街並みの美しさは変わらず、急激な経済発展に伴って、現代的な高層ビルがたくさん建設されている。

 

だが、そこに暮らす人々の習慣や通念は、西洋的でも現代的でもなかった。

路上にはたくさんのゴミが投げ捨てられていて、掃除する人を見かけはするものの、ポイ捨ての数には追い付いていないようだった。

ポイ捨てが行われる現場も結構見かけた。

「ゴミを持ち帰る」という習慣は、この街で暮らす人々にはまだ定着しきっていないらしい。

 

たくさんの人が、路上で食事を採っている。

日本の屋台などと比べると、食べ物の置かれている高さがかなり低い。

この写真にあるような、ほとんどしゃがむような高さで食事が提供され、食べることが当地では一般的のようだった。

日本でこんなことをしたら、きっと保健所に睨まれてしまうだろう。

 

郊外の住宅街まで出向いてみると、路上でご飯(?)を干している風景に出会った。

トラックやバイクが行き来する、幅の広い道路の片隅に敷物を広げ、いろいろな穀物を干している様子だった。

天気が良かったので泥をかぶる心配は少ないとは思うが……。

 

マンションや学校などのゲートには守衛らしき制服を着た男性が詰めていたが、彼らの振る舞いも現代的ではなかった。

というのも、彼らはぼんやりと座っていたり、スマホをいじっていたり、デッキチェアに寝転んでいたり、とにかく「まじめに守衛をしているように見えない」様子だったからだ。

 

そういえばホーチミン空港に到着して最初に通過したゲートの警備員たちも、ずっとスマホをいじっていてこちらを一瞥もしていなかった。

日本はもちろん、イギリスやイタリアでもこういうのは目にすることがない。

 

警備員たちほど顕著ではないにせよ、スーパーマーケットの店員、町工場の工員、露天商の振る舞いものんびりしていて、キビキビしていなかった。

そのことに誰かが不満を持っていたり、クレームをつけていたりする様子もなかった。

 

交通規則も、あまり守られていない。

ホーチミン市の路上は自動車よりもバイクのほうが多いのだが、彼らは交通信号を見て動いているのでなく、周囲の人間の動きを見ながら動いている様子だった。

信号無視は当たり前、バイクで歩道を走るのも当たり前、三人乗りも当たり前……といったバイクの群れが、我が物顔に走り回っている。

 

では、路上がまるっきりカオスかというと、そういうわけでもない。

彼らは人間の動きをとてもよく見ていている。

誰かが道路を横断していれば彼らは速度を落とすし、歩行者のほうも、そんなホーチミン市の交通秩序を当たり前のものとみなして堂々と道路を横断している。

信号は見ていなくても人の顔はよく見ているらしく、アイコンタクトを利かせながら道路を横断すれば、バイクの運転手たちはちゃんとわかってくれて、速度を落としてくれる。

 

きわめつけは立小便だ。

さすがに写真で撮るのはよしておいたが、ホーチミン市では街中で立小便する男性を何度か見かけた。

東京都内では滅多にみかけない立小便に何度も出会うのだから、当地ではそれほどおかしな行動でもないのだろう。

 

日本ほど潔癖でなくても社会が回っている

たちまち私は、このホーチミン市の人々の挙動や習慣と、街の秩序に魅了されてしまった。

高層ビルやブランドショップ街はグローバルで現代的な顔つきをしているけれども、この街で暮らす人々の挙動や習慣はどう見てもグローバルでも現代的でもない。

少なくとも、東京に住む人々の挙動や習慣とはだいぶ違っているのは間違いない。

 

大気汚染が蔓延し、ゴミだらけで、衛生の観念が甘く、法にもとづいた交通規則がちゃんと守られない街。

清潔で、法にもとづく交通規則がきちんと守られている日本の暮らしに慣れている人には、それらは無秩序な環境とうつるかもしれない。

 

ところが現地の人の挙動をみるに、現地には現地の秩序があり、人々の暮らしはしっかりと成り立っていた。

ホーチミン市の秩序と人々の暮らしは、令和時代の日本ではなく、昭和時代の日本のソレに近いようにもみえる。

 

急激な経済成長によって、ホーチミン市の街並みやインフラは急激に変化している。

高層ビルや外国人向けサービスが示しているように、そうした変化にしっかり追随している部分も確かにある。

 

半面、急激な経済成長についていっていない部分、昔ながらの習慣を引きずっている部分もまだまだ残っている。

ホーチミン市の人々は、日本人に比べて清潔な習慣を身に付けきっていないし、交通規則に身を委ねきっていない。

殺人や窃盗のような、明確な法からの逸脱は避けていても、立小便やゴミのポイ捨て、問題だらけのタクシー、信号無視といった、ミクロな法からの逸脱には鈍感だ。

 

昭和時代の日本人と同じように、たぶん彼らは「世の中はそういうものだ」と受け止めている。

昭和時代から令和時代にかけて、日本社会は清潔になり続け、人々の挙動や習慣も変わり続け、ミクロな法からの逸脱にも敏感になった。労働者や企業のコンプライアンスも大幅に向上した。

 

しかし、こうやってホーチミン市の人々の暮らしを見ていると、現代の私たちの挙動や暮らしが唯一の正解だったのか、疑問に思えてもくる。

 

たとえばの話、発達障害と日本でみなされている人々の一部は、日本の秩序のなかでは浮き上がってしまっても、ホーチミン市の緩い秩序のなかではあまり目立たず、社会のどこかに居場所を見つけることも難しくないのではないか……といった疑問を感じるのだ。

 

ある部分では、ホーチミンの人々は東京の人々に比べて「遅れている」。

大気は汚れ、衛生面でも劣っている。

それでも社会は社会としての秩序を保っていて、そこに住まう人々は、それを当たり前のものとして暮らしている。

 

そういう、異なった社会の異なった秩序をみることができたから、私にとって、このベトナム行きは大成功だった。

これがあるから、外国旅行はやめられない。

 

汚くても生命力があって、未来がある

ベトナムは、生命力に満ちた国でもある。

googleでは、ベトナムの合計特殊出生率は1.95となっている。駐ベトナム日本大使のレポートによれば、2017年の時点で合計特殊出生率は1.77、国の平均年齢は30.4歳となっている。

日本と比較して、かなり人口構成の若い国、と言ってしまって差し支えないだろう。

 

実際、街には若い人の姿がいっぱいだった。

上掲写真のような、ブルーカラー然とし若者集団が、安食堂でモリモリと飯を食う光景にあちこちで出会った。

 

また、写真には撮れなかったが、Ho Van Hue通りにはたくさんのウェディングドレス専門店が軒を連ねていて、結婚適齢期の男女がたくさんいることがうかがわれた。

 

安食堂でモリモリと飯を食う若者や子どもは皆、とても良い目をしていた。

日常の一部であろう、安食堂での朝餉や夕餉の最中に、こんなにキラキラした目をしていられる若者や子どもが日本にいったいどれぐらいいるだろう、とも思った。

 

あまりにも急速に経済発展した開発途上国は、しばしば社会保障制度が追い付かず、現在の韓国のような苦境に陥ってしまうリスクがある。

また、ベトナムの人々はバブル崩壊を経験した日本、IMF通貨危機を経験した韓国と違って、高度経済成長の行きつく先をまだ知らない。

 

それでも、否、だからかもしれないが、ホーチミンで出会った若者や子どもは活気に満ちていて、その目は未来を見据えているようだった。

 

彼らはまだ、資本主義の恩恵しか知らず、資本主義の怖さや疎外に直面していないだけなのかもしれない。

それでも、これまでに訪れたどの国よりも若く、どの国よりも生命力があり、未来をまっすぐ見据えていられること自体は、幸福なことだと思う。

 

昭和から平成にかけて、日本社会は大きく変わり、たくさんのものを獲得すると同時に、たくさんのものを失った。

ベトナムの街には、私たちがもっと貧しく、もっと汚く、もっと秩序が緩かった頃の挙動や習慣がまだ残っていて、人々は未来を見つめて懸命に生きている。

どちらが良いとか、悪いとかいった話がしたいわけではない。

ただ、令和時代の日本の秩序がちょっとキツいと感じている人が訪れるには、とてもいい街だと思う。

 

ちなみに、いろいろな料理にパクチーが入っているので、パクチーが苦手な人はちょっと苦労するかもしれない。

衛生面も含めて、選ぶ料理にはご注意を。

 

 

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システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。

岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。


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(2026/01/19更新)

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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