グローバル化によりサプライチェーンが複雑化した現在のビジネス環境では、取引先の工場で人権を侵害するような労働環境や児童労働の横行、強制的な立ち退きを伴う開発等が行われることにより、大規模な不買運動や訴訟問題に発展する可能性もある。

 

今回はSDGsに対する関心の高まりと共に注目を集めるようになってきた「ビジネスと人権」をテーマに責任ある企業活動として求められる行動を考えていきたい。

 

人権侵害は企業価値を著しく棄損する

日本企業の場合、人権問題というとセクハラ・パワハラなどのハラスメントや外国人労働者等、直接雇用関係にある人々との間で発生する問題が取り上げられがちだ。

しかし、本来、企業が考えるべきは、自社の従業員はもちろんのこと、サプライヤーや顧客、あるいはその先の社会まで含め、自社の企業活動が影響を及ぼすすべての範囲である。企業による人権侵害の有名な事例としては、ナイキの児童労働問題がある。

 

ナイキは、開発途上国で製造を行うことで低コスト化を実現していたが、1997 年に委託していたインドネシアやベトナムの工場で児童労働や劣悪な環境下で長時間労働が行われていたことが発覚した。

 

この事実を国際NGO が摘発したことをきっかけとして世界的に不買運動が広がり、同社は国際社会からも強い批判を受けた。

不買運動が発生していなかった場合の売上高予測値(1998年~2002年の5年間累計)は、約12,180 百万ドル、日本円で約1 兆3,764 億円と算出されている。
(参考:人権を軽んじる企業には、1000億円以上失うリスクあり|デロイトトーマツ

 

人権保護の主体は国家から企業へ

企業による人権侵害の例は他にも多数あるが、グローバル企業が台頭する中で、国家のリソースだけでは十分に人々の人権の保護ができないことが明らかになってきた。

こうした中で、企業にも人権を保護する責任があるという考え方が登場している。それがアメリカの国際政治学者ジョン・ジェラルド・ラギーによって提案された枠組みを定式化した「ビジネスと人権に関する指導原則」(United Nations Guiding Principles on Business and Human Rights:UNGP)である。

 

UNGPは、2011年に国連の人権理事会にて全会一致で支持された文書であり

「人権を保護する国家の義務」

「人権を尊重する企業の責任」

「救済へのアクセス」

の3つの柱から構成されている。UNGPは法的拘束力を持たないソフトローであるが、欧米など各国ではこの指導原則に基づいた国内法の整備が始まっている。

 

イギリスにおける現代奴隷法

例えば、イギリスでは、2015年に企業のサプライチェーン上における強制労働や人身取引を特定し、根絶させるため現代奴隷法が制定された。

奴隷というと2020年の今日に存在するのかと耳を疑われるかもしれないが、国際労働機関(ILO)の調査によれば、強制労働、債務奴隷、強制結婚その他の奴隷制、人身取引等を含む現代奴隷は、2016年時点で、世界全体で4,000万人に上ると言われている。

 

同法では、イギリス国内で企業活動を行い、世界での売上高が3,600万ポンド(約50億円)を超える企業を対象に、「奴隷と人身取引に関する声明」をウェブサイト上で公開することが義務付けられている。

 

また、イギリス企業に限らず、国内に子会社を置く海外法人も範囲に含まれており、日本企業の多くも対象となっている。

日本で10月16日に発表された「ビジネスと人権に関する行動計画」では、イギリスのように企業に対する法的義務は盛り込まれていないものの、グローバル展開する企業には国際基準で人権対応に取り組むことが期待されはじめている。

 

アシックスが目指す“よきモノづくり”

グローバルに事業を展開する企業にとって、その複雑なサプライチェーンにおけるリスク管理は難しい課題である。

サプライヤーに対する情報開示や能力強化など、自社だけでなく、業界全体やNGO、地域社会などのステークホルダーと連携した取り組みが必要となるだろう。

 

スポーツブランドのアシックスは、東南アジアを中心に20ヵ国以上、約150の工場を抱え、広範なサプライチェーンを有するグローバル企業である。

同社はサプライヤーのリストを公開しているほか、工場を選定するタイミングで監査を実施し、ガバナンスに関する取り組みについて開示を求めるなど、リスク管理を徹底している。

加えて、グリーバンスメカニズム(苦情相談窓口)を導入し、労働者に対する救済システムを構築している。

 

また、アシックスは、世界スポーツ用品工業連盟(WFSGI)や国際労働機関(ILO)のベター・ワーク計画、アパレル業界団体のサステナブル・アパレル連合(SAC)といった国際的なイニシアチブに参画しており、サプライヤーの能力強化や労使関係の構築など業界全体で取り組むべき課題にも連携したアクションを取っている。
(参考:PEOPLEサプライチェーン|アシックス

 

こうした取り組みが評価され、イギリスに本部を置くビジネスと人権に関する諸問題に取り組む人権NGOおよびESG評価会社等のパートナーシップであるKnowTheChainが企業のサプライチェーン上の強制労働防止への対応に関して実施した調査では、「労働者の声」のテーマでベンチマーク対象となった日本企業12社中、最高のスコアを獲得した。
(参考:3部門、3年後:強制労働の撲滅に向けた進捗とギャップ|KnowTheChain

 

ちなみに冒頭で取り上げたナイキも、その後、人権問題に対する取り組みを進め、高いスコアを獲得している。

 

日本企業は従来から人権を考慮する意識が低いと言われているが、海外の投資家や国際NGOの注目度も高まっている。

企業経営者は、サプライチェーン上で発生しうる人権侵害や児童労働といった問題について可視化・把握する努力を怠るべきではない。

 

なお、ここで最も重要なのは、「人権リスク」は企業にとってのリスクではなく、あくまで負の影響を受ける人々にとってのリスクであることだ。

人権への負の影響を特定、防止、軽減し、どのように救済するかという一連のプロセス(人権デューディリジェンス)を実施することにより、結果として企業にとってのリスクを最小化することに繋がりうる。

 

「ビジネスと人権」という、避けて通れないテーマについて、企業が自社の課題として捉え、責任を果たすことが求められている。

 

 

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(2021/08/4更新)

 

 

【著者プロフィール】

グロービス経営大学院

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Photo by Rio Lecatompessy