インターネットって、本当に便利だよね。
犬のしつけかたの動画がいつでも見れるし、発売日翌日にゲームの攻略方法が一覧になってるし、SNSで質問すればすぐにだれかが答えてくれるし。
あー、本当に便利。
ないと生きていけない。
でもその一方で、最近、「インターネットが『成長』を邪魔してるんじゃないか?」という気もする。
手軽にいろんなことを教えてくれるインターネットだけど、実は、わたしたちが知識を得て、見識を広め、より豊かになり、『成長』することを邪魔しているんじゃないか。
そんな懐疑心が芽生えてしまったのだ。
だって、インターネットはその性質上、「意見の更新」に不寛容だから。
「ドイツすごい!」と思っていた時代が、わたしにもありました
わたしはもともとライターになる気なんてまったくなかったから、言葉を選ばず、たいして考えもせず、思っていることをただひたすらてきとーにブログに書いていた。
たとえば、「日本じゃ休めないけど、ドイツはみんな1ヶ月の有給休暇をとる! ドイツスバラシイ!」のように。
ドイツ移住直後というのもあって、なににつけてもドイツがよく見えていたのだ。
でもドイツでの生活が長くなると、「効率的に働くからみんなバカンスに行っても問題ない」のではなく、「バカンス中なら仕事が滞ってもしかたない」という諦めによって成り立っているだけだとわかってきた。
実際、バカンスシーズンは担当者不在が多すぎて、ちょっとした問い合わせの返事も数週間待たないといけなかったりするしね。
そんなこんなで、最初はドイツヒャッハー!していたけど、いまでは「結局理想郷なんてどこにもないよなぁ」という考えになった。
のだが。
インターネットの性質上、当時の「ドイツたまんねぇ~!」という記事もまだ残っている。
わたしが記事を消してないこともあるが、たとえ消したとしても、だれかがスクショやログを残していたら永遠に残り続ける。
それが、インターネットだ。
それ自体は「そういうもの」なのでどうもこうもないが、3年前の記事が急に拡散されて批判されたりすると、さすがに「今はそんなこと思ってないよ~」と言いたくもなる。
成長して意見を更新すると、「ダブスタ」と言われるインターネット
わたしたちは毎日の生活のなかで、ごく自然に考え方を変えている。
たとえば、わたしはもともとKindle否定派だった。
「本はやっぱり紙をぺらぺらとめくるあの感じがないとね~」と。
でもいまは電子書籍の手軽さと便利さを知ってしまったから、もうKindleを手放せない。
ほかにも、いままでは「問答無用に出社なんて古い! リモート可能にすべき!」と信じて疑わなかった。
しかしコロナ禍で多くの人がリモートワークになり、家事が増えて自分の仕事ができない人がいることを知ると、そうも言ってられなくなる。
みんな、生きていくなかで、ごく自然に考え方を変えているのだ。
わざわざ意識しないくらい、あたりまえに。
いろんな人と出会い、昨日より少し広い世界を知り、考えを改める。
それにより、人は成長していく。
でもインターネットには『成長前』が残っているから、他人がそれを見て、「この人は(今も)こういう考えなんだ」と思ってしまう。
成長前後を並べて、「ダブルスタンダード」や「ご都合主義」だと言われることもある。
たとえばとある政治家が、
「昔は同性愛を理解していなかった。しかし当事者の話を聞き、人を愛する気持ちは同じなのだと知ったいまでは、同性結婚を可能にすべきだと思っている」
と考え方を改めたとする。
しかしその人が「同性結婚を認めましょう」とツイートすると、リプ欄で「だまされないでください。この人は差別主義者です」と、その人の過去ツイートを引用して書き込む人が現れるのだ。
それを見た人は、「この人は票稼ぎのためにこう言ってるだけで、内心は同性愛を認めていないんだな。口ばっかりで信用ならない人だ」という印象を受ける。
たとえ昔の記事を消したり書き直したりしても、「都合が悪いから改ざんした」などのコメントとともに、古いバージョンの魚拓が拡散される。
この人は、『成長』したのに。
それなのに、過去の自分が、インターネットという仕組みを使って足を引っ張ってくる。
「データが残る」という性質上、インターネットは、「意見を更新する」ことに対して不寛容なのだ。
それが、最近わたしが「インターネットが『成長』を邪魔してるんじゃないか」と思う理由である。
インターネットでは過去ログからいくらでも揚げ足が取れる
もちろん、すぐに意見を変えるような信用できない人も、なかにはいる。
でもたいていの人間は、ある程度信念や考え方の傾向を維持しつつも、ちょっとしたことで意見を変えていくものだ。
めちゃくちゃ怖い上司が、子どもが生まれたことで若い社員に優しくなったとか。
学歴主義マウントマンが、社会人になってから苦労しつつ学位を取った人と出会い尊敬するようになったとか。
プライドが高く頑固だったが、一度挫折してから他人の意見を素直に聞けるようになったとか。
日常生活なら、「あの人丸くなったよね~」で終わる話なのだが、インターネッ上だとそうもいかない。
「思考停止」はバカにされるのに、日々考えをアップデートすることは「ダブスタ」として許されない。過去ログを漁れば、とる揚げ足をいくらでも見つけられる。
だれかが炎上すれば、数年前の発言を掘り起こして
「おまゆうw(お前が言うな)」
「過去にイキってたくせにこれは草」
なんていわれる。
芸能人の結婚というおめでたいニュースでも、5年前のインタビューで「結婚相手に求める条件」をいろいろと上げていたことを引き合いに、「モラハラ気質だが大丈夫か」なんてネットニュースにされる。
いつまで経っても、過去が、リアルタイムでの出来事のように付きまとってくる。
5年前のネットニュースでも、リアルタイムだと勘違いして批判してしまうこともあるしね。
また、あえて詮索せずとも、ちょっと検索したら「過去」が掘り起こせてしまうのも、ネットの厄介なところだ。
大きな炎上を経験すると、かなりの時間が経ったとしても、検索のサジェストで「炎上」がでてしまうように。
改めて書くが、「データが残る」という性質上、インターネットは「意見の更新」に対してとても不寛容なのだ。
過去の発言より、どういう経緯でいまその考えに至ったかを重視したい
だからわたしは、「その人が過去にどういう発言をしたか」ではなく、「どういう経緯でいまその考えに至ったか」に目を向けたいと思う。
ダブスタではなく考えを更新したのであれば、そこにはちゃんと筋が通る経緯があるはずだから。
たとえばわたしなら、
「『ドイツならみんな1ヶ月有給休暇をとっても問題なく仕事がまわる』というイメージだった。
でもそれは、バカンスのために半年や1年前からすでに休暇を申請してみんなの予定を調整しているから可能なこと。
しかも、バカンスで担当者とまったく連絡がとれない不便なことも多い。
考えてみれば、1ヶ月いなくても仕事にまったく影響がでない社員ばっかりって、それはそれでおかしいよね。
ドイツは『効率的に働くからバカンスOK』なのではなく、『休むことによる不便に寛容』『休むために引継ぎやスケジュール調
整などをしている』だけだったんだ」
という流れで、考え方を更新した。
みなさんもわたしのように、「昔はこうだったけど今はこう思ってる」ということもあるだろう。
というか、人間なんてそんなのばっかりだと思う。
「初志貫徹」という言葉のように信念を貫くことも立派だが、意見を変えること自体、悪いことではない。考えが変わった経緯に、筋が通っているのであれば。
だからわたしは、自分にも他人にも、意見の更新に寛容でありたい。
そして、そういう人が増えるといいなぁと思ってる。
インターネットはそれがむずかしい環境ではあるけども、過去を引っ張り出して揚げ足を取るのは、あまり趣味がいいことではないからね。
何年も前の発言を引っ張り出してとやかく言うのは、「自分は考え方をまったくアップデートしてません」というようなもので、むしろ恥ずかしいことだし。
だからみんな、もっと気軽に意見を変えてもいいんだよ。
「考え方が変わった経緯」をしっかり説明できるのであれば、それは『成長』なんだから。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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Photo by Markus Spiske