ちょっと個人的な話から始めさせて頂きたいんですが、私、「不快感を煽るキャラがメインになっている漫画広告」が好きじゃないんですよ。

 

いや、ちょくちょくあるじゃないですか。いかにも「あーーこいつ不快!」というキャラが出てきて、不快なキャラが不快な言動をするコマが広告の主要な内容になっているヤツ。

で、散々不快な言動を見せつけておいて、その不快なキャラがひどい目にあう展開なんかもチラ見せしておいて。

「さーこの不快なキャラを見て不快になったろ?こいつがひどい目に遭っているところを見てスカッとしたいだろ?さあクリックして?」

と言われているような広告。

 

いや、「不快なキャラ」自体が嫌い、ってわけじゃないんですよ?

作劇上不快なキャラが出てくるのは全然構わないですし、なんならそのキャラがひどい目にあって読者が溜飲を下げるのも別にいいと思うんです。それは単なる作劇上のテクニックです。

 

ただ、「それを前面に出して漫画を売ろうとする」広告は嫌い。

だってそれは、「不快感の押しつけ」「憤りの押し売り」であって、受け手の負の感情を呼び起こして行動をコントロールしようとする手法だから。

 

今出版業界って大変ですし、売れる漫画、売れる本というのは切実に必要です。

ああいう広告って受けるんだろうなーってのは分かりますし、だから存在して欲しくないとまでは思わないんですが、それはそれとして個人の好き嫌いを否定出来る程私は大人ではないので、「あの手の広告not for meだなー」とは思っちゃうんです。

 

いや、ああいう広告、元々の作品のファンの人的にはどうなんですかね?

不快感のあるキャラが出てくる一場面だけを切り取って、「こういう漫画なんだ」って思われちゃうの平気なんでしょうか?

 

例えば私、ワールドトリガーの広告があったとして、最序盤の三馬鹿を遊真がやっつけることで読者がカタルシスを得る部分だけをクローズアップされてたら

「この広告作ったヤツちょっと体育館裏こいや」

ってなると思うんですけど。

 

***

 

まず、端的な事実として、「負の感情を煽る情報は注目を得やすいし受けやすい」っていうものがあります。

怒り。

憤り。

嫉妬。

不快感。

こういう感情を強烈に惹き起こす情報は、そうでない情報よりバズる率が高いですし、注目を受ける率が高いです。

 

いくつか根拠となる参照記事として、例えば日経BPさんのこちらの記事。

SNSでは怒りの感情が伝播しやすいことが中国の研究で明らかに

だが、伝播性や影響力が最も大きかったのは、おなじみの「怒り」だった。

怒りの投稿は、元の投稿者のネットワークから少なくとも3ホップ(3段階)先まで広がっていく傾向が強く見られた。

さらに、怒りの投稿をした人とつながりのあるユーザーも、同じようにいら立ちを感じ、自らも怒りの投稿をして、怒りの輪が広がっていた。

この記事の元になっているのは以下の論文ですね。端的に、「怒りの方が喜びよりも影響力がある」という標題が分かりやすいです。

Anger Is More Influential than Joy: Sentiment Correlation in Weibo

 

フォーブスジャパンさんにも以前こんな記事があがっていました。

『怒り』の感情は拡散される|SNS空間を支配する「科学」

 

卑近な例として、この記事が掲載される時の状態がちょっとわからないので的外れな例になってしまう可能性もないではないんですが、まあ最近あんまり傾向変わらないので例示してしまいましょう。

たとえばはてなの人気エントリー。

https://b.hatena.ne.jp/hotentry/all

 

「不寛容な言動や規則に対して、これはひどい!!と理不尽さを責める記事」だとか。

「どこかしらの政治家の見当外れな発言を気持ち良くやっつける記事」だとか。

夫婦間の行き違いに対する一方の愚痴を可視化した記事だとか、世代間対立をあおる記事だとか、その辺ははてなでも大人気になりやすい記事ですよね。

 

その時々によってこの比率は増減するんですが、コロナ禍まっさかりの時とか特にひどかったですよね。

40以上のエントリーの内、7割近くが「憤りを誘う」記事である、なんてこともありました。

 

どうも、「怒る」「憤る」ということには、何か本能的な気持ち良さがあるようなんですね。

ベースの部分で、感情を盛り上げること自体が気持ちいい。

 

さらに、自分が「正しい」側に立って、正しくない側に憤る、怒りをぶつけるのは凄く気持ちいい。

そういう本能的な気持ち良さによって、「怒り」を呼ぶ情報が受けてしまう、という側面はもちろんあるのでしょう。

 

情報を出す側、記事を出す側には、大抵の場合「バズる」ことによるインセンティブがあります。PV。影響力の向上。承認欲求の充足。

もしかすると、アフィリエイトやweb広告のような金銭的な収益。

 

「受ける情報を、受けるやり方で出す」というのは、個人だろうがメディアだろうが関係なく、情報を発信する側にとってとても魅力的なことです。

どうせならバズらせたい。皆に読んで欲しい、クリックして欲しい。

 

だから、冒頭で出した「不快感を誘う」「憤りを誘う」ような広告や情報は、常に色んなところから発信されます。

自然と、webを見ていて不快感を感じる機会、怒りを感じる機会も増える。

これ自体は、まあある程度仕方ないのかなあと思う部分もあります。

 

***

 

ただ、こういう、「憤りを誘う情報」に慣れてしまって、しかも憤りをほいほい誘われることに違和感を感じなくなってしまうのは、実際のところかなり危険です。

何故かというと、「憤りを感じるとガードを下げて、ブレーキもなくしてしまう人は凄く多いから」。

人のこと言ってられません。私だって、あなただって。

 

SNSでも現実でもそうなんですが、何か「こいつ許せん!!」と思うと、行動をエスカレートさせてしまう人って物凄く多いんですね。

それについて口舌鋭く罵ったり、激しく攻撃したり、もちろんどんどん拡散したり。炎上案件って大体そうじゃないですか。

ただ、当然のことながら、例えばそれがデマを拡散することに繋がったり、あるいは法律によらず誰かを追いつめたり、最悪の場合は誰かの命を奪ったりしちゃうこともあり得るわけなんですよ。

 

例えば、女子高生を殺害した実行犯だ、などという根も葉もないデマを信じ込んだ人たちによって引き起こされた、スマイリーキクチ氏の中傷被害事件とか。

スマイリーキクチ中傷被害事件

 

番組での挙動について憤った人たちの誹謗中傷によって痛ましい結果を生んだ木村花さんの事件とか。

新型コロナの発生で病院に誹謗中傷を伴う問い合わせが殺到した、みたいな事件もありましたよね。

<新型コロナ>病院襲う感染デマ 「おたくやろ」「来ないで」憶測で詰問

 

東日本大震災の時にもその手の話たくさんありましたけど。

 

「怒りを誘われて」しまうと、人間ってすごく攻撃的になってしまうし、脇も甘くなってしまうんです。

しかも厄介なことに、怒りを誘う情報は「受ける」から、情報を流したり拡散してしまう側も、結構いい加減な内容でも平気で放流してしまったりする。

更にそれを見てしまった人たちが、主観的な正義感で拡散に協力する。いい加減な情報で不幸な結果を招く。

 

ものすごーい悪循環ですよね。それを我々は、何度も何度も何度も見てきたわけです。

こういう時、少なくとも「あ、今私は、他人によって怒りをコントロールされている」と感じることが出来れば、まだブレーキが利く可能性はあります。

 

他人にいいように操られちゃうのって不愉快じゃないですか。

「ほーれ、怒れ怒れ」と言われていると気づくことが出来れば、まだ「うるせえ何言ってんだ」と思うこともできます。

そこから「この情報に対して憤りをぶつけるのは本当に正しいのか?」

「そもそもこの情報は妥当なのか?」

とちょっと立ち止まって考えることも出来る。

 

「ちょっと立ち止まる」って本来物凄く大事だと思うんですよね。

怒っちゃいけないとは言わないけれど、せめてちょっとだけ確かめてみませんか、操られてないか考えてみませんか、と。ただそれだけで防ぐことが出来た不幸な事件って、実際のところ山のようにあると思うんですよ。

 

だから我々は、「怒り」という感情のトリガーを他人に明け渡してしまうべきではない。

「煽られる」ことに慣れっこになるべきではない、憤るにしても、自分の意志で、きちんとした情報で、主体的に憤らなくてはならない。
そんな風に考える次第です。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

 

【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

 

Photo by Issy Bailey