エアピストル

突然だが、私は本物の銃を所持している。

振り返れば、初めて銃を所持してから15年が経過した。そのうちの5年間は、片手で銃を握って標的を狙う「エアピストル」で、その後から現在までは、空中を飛ぶ素焼きの皿を撃つ「クレー射撃」を行ってきた。

 

同じ射撃といっても、この二つはまるで異なる性質を持っている。

エアピストルは、モデルガンやエアソフトガンとは違い、実際に競技で使用する銃器を指す。

そして、200気圧という強力な空気圧により押し出された鉛弾(直径5ミリ)が、10メートル先の標的のど真ん中(10点)に当たればいいのだが、そう簡単に10点は射貫けない上に、それを60回も狙い続けるのがエアピストルという競技である。

 

言うまでもないが、この競技は想像以上に強靭なメンタルを必要とする。

なぜなら、標的は10メートル向こうでじっとしているわけで、祈るように引いたトリガーでまさかの8点を撃ってしまったとき、その原因はすべて自分自身…という残酷な現実を突きつけられるからだ。

(・・狙いすぎたか。あぁ、取り返しのつかない点数を撃ってしまった――)

 

どのみち結果は自分の責任だが、それにしても微塵も言い訳ができない厳しさは、いつしか射手本人を追い詰めることとなる。

エアピストルを始めて3年目、私は壁にぶち当たった。これまで点数は、9割以上をコンスタントに撃ってきたが、どう頑張っても8割しか撃てなくなったのだ。

俗に言う「イップス」というやつか?・・いや、そこまで大した選手ではないので、イップスなどという言葉で逃げるのは図々しい。つまりは、単なる実力不足が原因で、どうにも立ち行かなくなってしまったのである。

 

「なんか面白いキャンペーン、やってるよ」

 

世話になっていた射場のスタッフが、突然、チラシを持ってきた。

そこには「女性限定!散弾銃と装弾300発が当たるキャンペーン実施中」と書かれてあった。だが当時の私は、散弾銃がどのようなものなのか、イメージすら湧かなかった。

(鳥や猪を撃つのに使う銃だろうか?そんなものが当たったところで、狩りガールにでもなれというのか?)

 

すると彼女はこう教えてくれた。

「クレー射撃っていう競技があってね。お皿の形をしたターゲットが飛び出してきて、それを散弾銃で撃つのよ。止まっている的(まと)を片手で撃つピストル射撃もいいけど、たまには息抜きで、動いている的(まと)を撃ってみるのも面白いんじゃないかなと思って」

 

・・見るに堪えないほど腐っていた私を気遣い、彼女は「別の射撃」を紹介してくれたのだ。しかも、このキャンペーンに落選すればそれまでだし、当選したら無料で銃と弾がもらえるのだから、どちらにせよ悪い話ではない。

 

首を縦に振る私を見て、彼女はニコリと微笑んだ。

 

 

――半年後。私はキャンペーンに見事当選した。全国で何名の応募があったのかは知らないが、およそ激戦を勝ち抜いた結果、散弾銃と装弾300発を手に入れたのだ。

そしてこれこそが、私とクレー射撃との出会いとなった。

 

クレー射撃

散弾銃というものを初めて手にした感想は「これ、ガチの鉄砲じゃん!」だった。

この真っ黒な鋼鉄の塊に比べれば、エアピストルなどおもちゃである。そりゃそうだ、散弾銃は狩猟でも使われる実銃であり、装弾の種類によってはクマやイノシシを仕留められるほどの威力を持つのだから。

 

とはいえ、散弾銃を所持したからといって狩猟はできない。銃とは別に「狩猟免許」を取得しなければ、勝手に野生鳥獣をハンティングすることはできないからだ。

 

なお、エアピストル競技との最大の違いは「クレー射撃の標的は動く」ということだろう。

 

放出機からランダムに飛び出す「クレー」と呼ばれる素焼きの皿を、散弾銃で撃破することで一枚につき1点が入る。

さらに、公式戦では1ラウンド25点を5ラウンド行うため、合計125点満点で順位が決まる。そして、どちらかというと「ノーミス」が基本の競技のため、失点は痛恨の一撃となるのだ。

 

それでも気が楽なのは「散弾」であることだ。読んで字のごとく「散らばる弾」というところがポイント。

リップスティックよりも一回り大きなサイズの装弾には、およそ500粒の細かい鉛玉が詰まっている。それらがスポンッと飛び出していくわけで、さすがに1粒では割れないが、5粒も当たればクレーは欠けるのだ。

 

(これなら、クレーが割れなくても色々と言い訳ができるな・・・)

 

負け犬のような人生を送る私は、常に失敗した時の言い訳を考えている。そのため、クレー射撃ならば

「風が吹いてクレーの軌道が変化した!」

「太陽が眩しくてよく見えなかった!」

「雨粒や霧のせいで視界不良になった!」

などなど、自然環境の変化を理由に「ミスの言い訳」が可能であると考えた。

 

そして、これらの素晴らしい屁理屈を並べた結果、ピストル射撃のシビアな現実から逃避することに成功したのである。

 

 

とはいえ、当然のことながらクレーが割れなければ楽しくはない。むしろ「クレーを撃破して当然」という固定観念がプレッシャーとなり、外した時のショックと絶望は大きかった。

 

そりゃそうだ。いくら散弾銃とはいえ、撃てば当たるようなロックオン機能のついた銃器など存在しない。

いや、それよりも「ターゲットを狙う難しさ」こそが射撃の醍醐味であり、そこをすっ飛ばして結果だけを手に入れたところで、果たしてその競技が「楽しい」とか「魅力的」だといえるだろうか?

 

「狙う」ということ

ちなみに、ピストルと散弾銃とではターゲットの狙い方が大きく異なる。

 

止まっている標的を撃つピストルの場合、とにかく銃身を安定させることが重要。

そして、フロントサイト(銃口の真上についている、照星と呼ばれる凸)とリアサイト(照門と呼ばれる、銃身の根元についている凹)を重ねて、ローマ字の「E」を左へ倒したような状態をつくるのだ。

 

ここで「E」のバランスが悪ければ、どんなにスムーズに引き金を引いたところで、10点にはかすりもしない。

とにかく美しい「E」をキープすることが絶対条件であり、そのままストンと引き金が引ければ、ほぼ間違いなくど真ん中を貫くだろう。

 

しかし散弾銃は、フロントサイトはあるがリアサイトは存在しない。そもそも500粒もの細かい鉛が飛び出すわけで、距離が延びれば延びるほど500粒の集団の直径も広がっていく。

 

具体的には、射手から標的(クレー)までがおよそ20メートルで、その時点での鉛粒は直径1メートルほどに広がる。

つまり、ガチガチに狙いを定めて「一粒を当てる」というよりも、クレーの飛行線上に「たくさんの粒を飛ばす」という感じなのだ。
よって、フロントサイトを凝視するのではなく、放出されたクレーを見ながら、その延長線上に弾をぶち込むのである。

(ちなみに、ここで触れているクレー射撃は「スキート」という種目であり、その他の種目には当てはまらない部分もあるので悪しからず。)

 

そんなこんなで、カテゴリーとしては同じ射撃であるものの、「ターゲットの狙い方」については大きく異なるピストルと散弾銃。

このことを改めて痛感したのは、元陸上自衛隊軽火器教官で、現在は北海道恵庭市でエアガン練習施設「GunTREX*1」を営む、加藤直樹氏から射撃のアドバイスを受けたときだった。

 

「動く標的を撃とうとすると、どうしても目で標的を追ってしまいます。すると手元のサイティングが甘くなり、当たらなくなるのです」

 

拳銃のエアソフトガンで、モニター上を移動する標的を狙うトレーニングを受けた際に、加藤氏はこう教えてくれた。

 

そういえばそうだ。

手元のサイティング(フロントサイトとリアサイトを重ねて、「E」を寝かせた形をキープすること)が一ミリでもズレれば、標的の真ん中には当たらない。とくに銃身が短い拳銃の場合、そのズレは致命傷となる。

であればターゲットは視野で捉えて、目はサイティングに集中させよう――。

すると驚くほど正確に、動く標的のど真ん中を狙えるようになったのである。

 

拳銃での練習を終えると、次は89式小銃のエアソフトガンを使って、屋外に設置されたターゲットを狙うトレーニングに移った。

 

(おかしいな。サイティングは完璧なのに、なぜ命中しないんだ・・)

 

すると、加藤氏がこう尋ねてきた。

「左目で弾を追えますか?どんな軌道で飛んでいるのかが分かれば、狙点を修正することができます」

 

なるほど!このアドバイスはドンピシャだった。右目でサイティング、左目で弾道を確認することで、瞬時に狙点の修正ができるようになったのだ。

 

ターゲットが動かない静的射撃は、サイティング、つまり「手前」を重視しなければ満点は狙えない。

逆に、ターゲットが動く動的射撃は、サイティングと同時に標的の動きを把握しなければ当たらない――。

 

そしてこれは、SNSを含むインターネットの世界に通じる感覚のようにも思えた。

 

実在する人間だけとは限らないネット空間において、「向こう側の人々」の共感や称賛を得ようと、向こうばかりを気にして撃ったところで人々の心には刺さらない。

逆に、手前のサイティングを正しくキープした状態で引き金を引けば、結果としてど真ん中を貫くかもしれない。

 

とはいえ、手前を注視しすぎて独りよがりな発信を続けたところで、これまた的(まと)を外すことになるだろう。特に「動く標的」であるWeb上の人々へ命中させるには、「手前」も「向こう」も両方を意識しながら撃つ必要があるわけだ。

 

――なんてことを考えながら、私は黙々と遠くの標的を撃ち続けるのであった。(了)

 

 

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(2024/4/21更新)

 

 

【著者プロフィール】

URABE(ウラベ)

早稲田卒/ライター&社労士/ブラジリアン柔術茶帯/クレー射撃元日本代表

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Photo by :LOGAN WEAVER | @LGNWVR
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