今回は伝統ある有田焼のイメージを「和食器の有田焼」から「モダン・ラグジュアリーなテーブルウェア」へと一新し、ブランド・イノベーションを果たした、アリタポーセリンラボを取り上げます。
※本稿は、グロービス経営大学院教員の沼野利和の指導のもと、4人の社会人大学院生(山根紀子、梁瀬晋也、末森玲子、庄司拓哉)が調査・研究を行った結果に基づいています。
ヨーロッパの王侯貴族を魅了した有田焼400年の歴史
「絵柄の文様と人の技術があれば、有田焼は続く」こう語るのは、アリタポーセリンラボ株式会社の松本哲社長です。
アリタポーセリンラボは、創業200年以上の歴史を誇る有田焼最大規模の老舗窯元、弥左ヱ門窯が立ち上げた新たなブランドです。
「絵柄の文様と人の技術があれば、有田焼は続く」こう語るのは、アリタポーセリンラボ株式会社の松本哲社長です。
アリタポーセリンラボは、創業200年以上の歴史を誇る有田焼最大規模の老舗窯元、弥左ヱ門窯が立ち上げた新たなブランドです。
有田焼とは
有田焼は17世紀初頭に始まりました。伊万里焼という名でも普及している、日本最古かつ、日本三大陶磁器の一つです(本論では総称して「有田焼」とします) 。
有田焼の特徴は、原材料の陶石がもたらす透き通るような白磁の美しさと色鮮やかな絵付けにあります。
有田焼の技術は、江戸時代より鍋島藩により外部に流出しないように保護されてきました。その結果、有田でしか生み出せない、格調高く品のある佇まいで、国内外で高く評価されてきました。ドイツの名窯マイセンは有田焼を模倣したとも言われており、ヨーロッパの名窯を生み出すきっかけにもなっています。
有田焼の様式は、大別すると3種類に分けられており、アリタポーセリンラボの母体である弥左ヱ門窯は「古伊万里様式」に則っています。「古伊万里様式」は金襴手という金彩をまじえた絢爛豪華な装飾技法による、華やかさが印象的な磁器です。1950年代には、GOLD IMARIとして欧州への輸出も盛んに行われ、その白磁は「白い金」と言われヨーロッパの貴族を熱狂させたという輝かしい歴史があります。
マイナスからのスタートで、有田焼のブランド価値を再設計する
1985年のプラザ合意により海外需要が激減したこと、日本国内の生活様式の西洋化などにより、伝統的な和食器である有田焼の市場は縮小します。1991年の249億円をピークに、2012年の売上高は5分の1まで落ち込み、倒産や後継者不足による廃業も相次ぎました。弥左ヱ門窯も例外ではなく、2001年に約20億円の負債を抱えて倒産し、民事再生法の適用を申請しています。
松本氏が九州の大学を卒業後、地元を離れ東京で就職すると、有田焼が生活の中で当たり前に存在していた日常から一変して、(有田焼を)全く目にしない毎日でした。松本氏は、有田焼が日本の生活に溶け込んでいると思っていたことは固定観念に過ぎなかったと気づき、思考の転換を果たします。
「就職し東京で暮らすようになった際に、自分が遊びにいくお店やおしゃれなレストランには有田焼は合わない。そういうところで使われるものを作りたい、雑誌に取り上げられるようにしたかった。」 その後、再建を託され七代目に就任した松本氏は、はじめは比較的安価でカジュアルな有田焼をつくっていましたが、上手くいかなかったと言います。
試行錯誤を繰り返す中で松本氏が辿りついたのは、有田焼を象徴する手書きの伊万里草花紋の文様を活かしつつ、絢爛豪華さではなくマットな仕上がりにこだわったシンプルな色使いです。また、プラチナやゴールドを使用しつつも、現代の暮らしに合わせた、新たな様式の有田焼ブランドの創造に挑戦したのです。
<従来の有田焼とアリタポーセリンラボの製品>
文様や技術はそのままに、価値を再設計し新たな様式を創造
超一流のクラフトマンシップを、どう活かすか?
例えばヨーロッパのラグジュアリーブランドを代表するエルメスは馬具、ルイ・ヴィトンは旅行鞄といった革製品の工芸からスタートし、類稀なクラフトマンシップにより世界中の人々を魅了しています。有田焼も、歴史は400年と古く、ヨーロッパの名窯が模範するほどのポテンシャルがありました。
松本氏はブランド・イノベーションをするための材料は元々すべて揃っていることに気づきました。では、それをどう活かすか。その鍵は、どのようなポジショニングを行い、価値を再設計し、ブランド価値をどう高めるかであると確信します。
「有田焼は400年の歴史、うちも200年の歴史があり、伝統的なものを作る職人もいる。ルイ・ヴィトンなどのラグジュアリーブランドも伝統工芸からスタートし、うちと歴史は変わらない。モノ自体は違えども、職人の技術もあって、モノも引けをとらない。そうなれば、どうやって作るか、どうやってブランド価値を高めるかである。ブランドビジネスはやろうと思ってすぐにできるものではないが、うちにはそれだけの土台があるのでできた」と松本氏は語っています。
伝統と芸術性に対して海外からリスペクトされるブランディング
アリタポーセリンラボのブランド認知が海外で大きく広がるきっかけとなったのは、世界トップの老舗化粧品ブランド「ゲラン」とのダブルネームによる商品化でした。ゲランを代表する香水「ミツコ」のスペシャルボトルとして、アリタポーセリンラボはその名前を商品上に刻印することを許されました。そこには、有田焼の伝統と芸術性に対するゲラン経営陣のリスペクトがあり、相互のブランド価値を高めることになったのです。
これをきっかけに、アリタポーセリンラボ(JAPANシリーズ)は、ミシュラン星付きレストランなどで多く採用され、ハイブランドとのコラボの依頼も相次ぎ、モダン・ラグジュアリーなテーブルウェアブランドとして脚光を浴びることになります。
アリタポーセリンラボの「モダン・ラグジュアリー」とは、デザインを現代風にするだけでなく、古伊万里の歴史ある文様をベースにしたモダンな様式を、有田焼のクラフトマンシップによって作り出すことを指しています。「モダン・ラグジュアリーなテーブルウェアの有田焼」という、老舗だからこその歴史と伝統へのリスペクトを生み出すブランディングを目指しているのです。
常識を超えて新しいブランドの世界観を伝え続ける
アリタポーセリンラボが取り組んでいるのは、ものづくりの改革だけではありません。有田焼を後世に継承させていくため、従来の商習慣に捉われない取り組みをしています。
「有田は地元の問屋にしか卸せず、問屋がメーカーのような存在になっている。そのためブランドが育たず、ブランドが問屋の下請けになっている」
どのようなブランドでも顧客との接点は重要ですが、有田焼の各ブランドは、問屋経由で販売が行われています。そのため、顧客にブランドの世界観やブランドメッセージが伝わりづらく、問屋に安価で販売されるとブランドイメージも失われかねません。
そこで、アリタポーセリンラボは、問屋を介さず伊勢丹新宿店や銀座三越など店舗を絞り、販売されています。松本氏も自ら店頭に立ち、ブランド価値を顧客にしっかりと伝えているのです。
Vol.2、Vol.3と見てきたブランド同様、今回もリンゴの木モデルに当てはめてみましょう。リンゴの木モデルとは、文化資本がブランド価値を生み出し、ブランドが文化価値を向上するというメカニズムです(Vol.1参照)。
弥左ヱ門窯には倒産してもなお、有田焼の文化、弥左ヱ門窯の文化が蓄積された土壌は残っていました。有田焼を象徴する白磁を作り出す「技術」「文様」、弥左ヱ門窯の「職人技」といった文化を肥やしに、新たに「アリタポーセリンラボ」という木を植え、共存しながら成長しています。
<アリタポーセリンラボのリンゴの木モデル イメージ図>
(次回へ続く)
(執筆:山根 紀子・末森 玲子・梁瀬 晋也 ・庄司 拓哉、監修 沼野 利和)
【著者プロフィール】
日本で最も選ばれているビジネススクール、グロービス経営大学院(MBA)。
ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。
Photo by:Ashley Van Haeften