「若者は投票率が低いのだから、現役世代に不利な政策になるのは当然」

選挙のたびに、こんな“評論家”やSNSの書き込みを目にすることが多い。

 

確かに、令和3年に行われた衆議院議員選挙を例にとると、もっとも投票率が低いのは20代(36.5%)だ。

次いで10代が低く(43.21%)、30代、40代と続く。

さらに言えば、全体投票率(55.93%)を上回っているのは50代、60代、70代以上だけであって、40代以下の若い世代は全て、

これを下回っている悲惨な状態である。

 

これなら、「若い世代の自業自得」と言われても反論が難しいだろう。

政治屋の大多数は、たくさんの票が取れる高齢者層に媚びた政策に寄るに決まっているのだから当然である。

イオンは来客層にあわせて商品を揃えるし、マクドナルドがご飯・お漬物セットを売らないのと同じだ。

 

しかし若い世代は、本当に政治にも選挙にも関心が無く、好き好んで権利を放棄しているのだろうか。

私は決して、そうは思わない。

むしろ、「公正で公平」にみえる選挙制度の方こそ、若い世代にとってとんでもなく不公正で不平等なものなのではないのか。

 

さらに言えば、少子高齢化の一因すら、ここにあるのではないかと考えている。

昭和から令和に続く選挙に関する数字が、その事実を物語っているからだ。

それはどういうものか。

 

「困ります、常識に反します!」

話は変わるが、かつて大阪の会社で事業再生に携わっていた頃の話だ。

資金繰りに苦しみ、主力事業の一部を売却してまとまった資金調達をしようとした時のこと。

M&A仲介大手の会社に依頼し、複数の買い手候補の企業を紹介してもらったのだが、担当者がこんな事を言う。

 

「桃野さん、仲介は当社との専任契約にして、他社への依頼を切って下さい」

「え?他にも買い手候補を探すようお願いしているのですが」

「それを切って下さいとお願いしているのです。M&Aの仲介では、専任契約が常識です」

 

自社が指定する買い手候補だけと交渉するよう、契約で義務付けるというのである。

しかしそんなリクエストは交渉を一方的に不利にするだけで、そう簡単に呑めない。

 

「では、御社の仲介する買い手候補は、ウチが希望する期日までに、必ずM&Aに応じるのですね?」

「それはわかりません。期日も成約の有無も保証できません」

 

納得がいかない。

こちらは資金繰りに苦しみ、6ヶ月後までにまとまった資金を調達しないと、下手したら会社存続も危ぶまれる状態なのである。

にもかかわらず、相手の意思次第という細い糸に会社の命運を託せというのか。

 

全く腑に落ちなかったものの、“それが常識です”と言われたら、弱い立場もあり反論が難しい。

そのため専任契約を呑まざるをえず、交渉を進めることになった。

 

しかしM&Aの交渉は、本当に難しく過酷だ。

DD(デューデリジェンス:事業精査)という名の下に、あらゆる証憑や契約書をひっくり返され、また従業員にも聞き取り調査が行われるなど、大騒動になる。

 

しかもこれは、買い手候補による“リスク調査”であり、売り手だけが一方的に不利になるイベントである。

なおかつ、こちらは数ヶ月で資金が枯渇することまでわかっているのだから、当然、足元を見られるに決まっている。まともな交渉になるわけがないだろう。

 

結果、5億円で提示した売却条件は、1.5億円にまで値切られてしまった。

 

「これでは意味がありません。せめて2億円まで引き上げるよう、ネゴして下さい」

「無理ですね、1.5億円が客観的な適正評価です。資金繰りも苦しそうですし、このあたりで妥協をしてはいかがでしょうか」

 

全く交渉にならない。というよりも、最初から交渉にならないよう環境を作られて詰んでいたことに、今さらながら気が付かされた。

こんなディール(取引き)は、買い手側に一方的に有利で、公正でも公平でもなく不誠実というものではないか。

 

「交渉に応じる気が無さそうですね。もう結構です。この話は破談にします」

「本当に良いんですか?資金繰りを考えると、もう会社が潰れるのでは?」

「大きなお世話ですよ(笑)。別の仲介会社に、すでに次のディールを相談しています。新たな買い手候補も複数いるようで、すでに待って下さっていますので」

「…では弊社も新たに、より有利な条件を出せる企業をご紹介します」

「いいですね、歓迎します。ただし次はビッド(競争入札)で行きますからね。専任契約は破棄します」

「それは困ります、常識に反します!」

 

担当者は顔を真っ赤にして机を叩き、それがM&Aの常識であり、当社のためだという詭弁を改めて繰り返した。

ふざけるな、こんな交渉にならない環境で、ただ値切られるだけの取引きがウチのためだと?

そう言い返し、負けじと激しく机を叩き返す。

 

「…一存では決められません、上司に確認します」

そんなしらじらしい演技の後、彼は憮然とした態度で、ビッドの受け入れを回答した。

 

その後、別の仲介会社からの案件を含め3社を相手に交渉を進めた結果、最高値では実に10億円もの提示を受けることになる。

当然のことではあるが、競争入札で個別企業と真摯に向き合える環境であれば、アライアンスをはじめとした様々な将来価値も交渉材料になるのだから、当然だ。

 

これこそが本当のビジネスであり、お互いにとって有益な交渉というものである。

2億円でも買わないと言われた事業に、一部上場の大企業が10億円もの価値をつけた事実が、それを物語っているだろう。

 

この時のことは今も、大きな教訓になっている。

「それが常識です」という説明は、多くの場合、嘘ということ。

なにかおかしい決まり事は、それを設定した側に有利に作られていること。

そして、負ける仕組みの中で戦ったら必ず負けるということだ。

 

20年近く前の話であったが、ぜひ参考にしてほしいと願っている。

 

”常識”という名の嘘

話は冒頭の、「公正で公平な選挙」についてだ。

なぜ、選挙制度そのものが若い世代にとって不公正で不平等なものであり、少子高齢化の一因にすらなっていると考えているのか。

 

令和3年に行われた衆院選の年代別投票率については、先にご紹介したとおりだ。

20代の投票率が最低であり、なおかつ全体投票率(55.93%)を上回っているのは50代、60代、70代以上だけという悲惨な状況である。

 

もしこれが、今回のみ、あるいは最近の傾向であるとするなら、「最近の若者は、選挙に関心がないので自業自得」という分析は妥当だろう。

しかし現実は、だいぶ違う。

 

引用:総務省「国政選挙の年代別投票率の推移について」を抜粋

 

上図からも明らかだが、20代の投票率が最低なのは昭和44年(1969年)から、実に50年以上も変わっていない。

また50代と60代の投票率がもっとも高い状態は、昭和47年(1972年)から同様に、半世紀以上も変わらない傾向なのである。

この事実は、何を表しているのだろうか。

 

「投票行動にかかるコストが、20~30代には重く、50~60代には軽い社会構造」

というのが、一つの大きな要因なのではないのか。

 

言い換えれば、仕事や子育てに忙殺されている若者世代にとって投票に必要な30分と、時間にゆとりがある60代の30分は、等価ではないということだ。

こんな制度の下で工夫なく選挙を続ければ、高齢者に手厚い政策が優先され、少子高齢化が進んで当たり前だろう。

 

欧米を見ても、程度の差はあれ実は、年代別投票率は似たような傾向がある。

そのため棄権に厳しい罰則を設けたり、教育に力を入れるなど、国によって対策は様々だ。

 

とはいえ、日本の場合、棄権に罰則を設けるような方法は、簡単に受け入れられないだろう。

であれば、投票行動に必要な時間コストを0にすることが、まずは現実的な施策ではないのか。

つまりネット投票だが、実現すればただそれだけで、若い世代の投票率が上がることは目に見えている。

 

「そんなことをして、本人確認はどうするんだ」

「データを改ざんされたら、取り返しがつかないじゃないか」

 

こんな”為にする議論”が通用すると思っている政治屋たちは、きっとネットバンキングも怖いのだろう。

そんな屁理屈に、もはや耳を傾けているような場合ではないはずだ。

 

そして話は、私が経験したM&Aについてだ。

先に挙げた私の教訓をこれにあてはめるなら、以下のようになるだろうか。

 

「公正で公平な選挙」という常識は、実は嘘ではないのか。

こんな偏った年代別投票率が半世紀以上も放置されているのは、それを維持したい側が有利にしたいだけではないのか。

若い世代は、こんな負ける仕組みの中で戦っても必ず負ける。

 

どう戦っても勝ち目のない中で、交渉すらさせてもらえず惨敗した私は、ルールそのものを公正で公平なものに上書きして勝つことができた。

これは決して、M&Aという特殊な場面だけに適用される考え方ではないだろう。

 

「若年世代の投票率が低く、高齢世代の投票率が圧倒的に高い状態を50年以上も放置」

している今のルールは、どう考えてもおかしい。

改められないのであれば、この国の現役世代はますます苦しめられ、少子高齢化が加速し、日本社会はますます衰退するだろう。

 

もちろん、少子高齢化をこの要因だけに限定する気などさらさらない。

しかし「投票行動にアクセスする年代別格差」について、私たちはもう少し真剣に考えるべきではないのか。

ぜひこの国の将来のためにも、全世代にそんな問題意識を持ってもらいたいと願っている。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

鶏の唐揚げほど、奥の深い料理はないと思っています。
安全性を考えてしっかり揚げると、肉汁が抜けて美味しくありません。
ならばと平べったく肉を切ると、食べごたえがなくなります。
唐揚げ道の奥は深い・・・。

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