6月11日、内閣から『経済財政運営と改革の基本方針 2024』なるものが発表された。

「政府は今後こういう方針で経済と向き合っていきます」的なやつだ。

 

そこには、「全世代対象のリスキリング強化に取り組み、ジョブ型人事の導入を促進する」といったことが書かれている。

ジョブ型への移行はここ数年取り沙汰されていたから、「やっぱりその路線でいくのねー」と理解はできるのだが……。

 

なんで、ジョブ型に必須の「職業に紐づく教育」について語られないんだろう?

ジョブ型にしたからって、スキルを持った若者が畑からとれるわけじゃないんだぞ?

 

ジョブ型では若者が「就職弱者」になる

ジョブ型についてまとめたレポートによると、岸田首相はジョブ型に関して、「多様な人材、意欲ある個人が、その能力を活かして働くことで企業の生産性を向上させる」と演説したらしい。

 

また、経団連は「必要な能力やスキルを明確にすることで、働き手が能力開発やスキルアップの目標を立てやすくなり、主体的なキャリア形成、エンゲージメント工場につながる」といっている。

 

ここでのポイントは、「能力を活かして働く」「能力開発やスキルアップ」のように、「ジョブ型では個人の強みを活かせる」という面が強調されていることだ。

 

いやまぁね、それがジョブ型のメリットだから、そこを推すのはわかるよ。

だからこそリスキリングって言葉が流行ってるわけだし。

 

でもこのままジョブ型移行って、かなり危ういと思うんだよなぁ。

だってジョブ型って、若者の失業率が高くなりがちだもの。

 

だからこそ、若者が就職できるように職業に紐づく教育がセットであるべきなんだけど、日本はそのへん大丈夫……?

 

ジョブ型には、社外でスキルアップして証明する手段が必須

そもそもジョブ型は、「この仕事があります。これができる人は来てください」と募集し、「その仕事をするだけの能力があります」と応募するシステムだ。

 

その仕事の担当者=十分な能力があることが前提だから、社内育成という考えがあまりない。すでにできる人を探すだけだから。

 

こういう仕組みだと当然、若者は「弱者」になる。

まともに経験のない若者とそれなりに経験のある10年目の中途なら、どこも後者を採用するからね。

 

同一労働同一賃金のジョブ型では、日本のように「若いから給料が安く済む」という企業側のメリットも小さいので、どうしても若者が不利になりがちだ。

そこで必要になるのが、「職業に紐づく教育」である。

 

ジョブ型の社会では、労働者はステータスによってきっちりランク分けされている。

ランク1の人は、どれだけ長く働いていようが、どれだけ優秀だろうが、ランク2の仕事をすることは基本的にない。

 

で、若者はランクは0~1だから、基本的にたいした仕事を任せてもらえない。運よく就職できても、社内教育がないからいつまでもランクは上がらない。

それじゃ困るから、就職弱者の若者でも戦えるように、「教育」が必要なのだ。

 

社外でランクアップする手段、自分のランクを証明する手段という役目を、教育が担っているのである。

でも日本は社内教育がメインでやってきたから、そういう仕組みが確立されていない。

だからわたしは、それなのにジョブ型に移行して大丈夫……?と心配になるのだ。

 

就職弱者の若者が社会に出るために必要な職業教育

たとえばわたしが住んでるドイツでは、教育は職業にがっつり紐づけられている。

ドイツの大学はテストが難しく卒業のハードルが高いので、みんなめっちゃ勉強する。だからこそ、学位=専門知識の証明になる。

企業によっては「会計が専門だと優遇」「会計の成績が2.5以上」といった細かい条件をつけるくらいだ。

 

とはいえ大学生は、どうしても経験が足りない。

経験不足解決のために、最近は多くの大学・専攻で、4~6週間のインターンシップが卒業要件になっている。

 

無給~アルバイトの給料で働かなきゃいけないが、そこでいい評価をもらえれば就職のときのアピールポイントになるから、みんなせっせと真面目に働く。

その結果、大学生は「大学でしっかり専門知識を学び、インターンで実務経験を積みました」と就活できるのだ。

 

そしてここで大事なのは、「大学生がいっぱい勉強したうえで、無給インターンする時間的・経済的余裕がある」ということ。

ドイツの大学の学費はほぼタダ、学生証で一定区域の公共交通機関乗り放題、奨学金(返済上限あり)があり、希望すれば家具付き格安学生寮に住める(衛生面には期待できないけど……)。

 

とにかく、学生でいることのコストが低いのだ。

だから若者は、生活の心配をあまりせずに、将来のためにがっつり勉強してじっくり経験を積める(さらにいえば、働きながら学位をとったり、仕事を辞めて大学に入りなおすことも容易)。

 

ちなみに大学に進学しない人たちは基本、Ausbildungという職業教育を受ける。イメージ的には専門学校で、だいたい2~3年半、学校に行きながら働く感じだ。

これもまた下積み期間として給料は低めだけど、修了したら公的に「その職種の知識・経験がある人」と認められる。

学位を取れるほど勉強が得意じゃない人、早くから働きたい人もちゃんと、就職のための教育が受けられるわけだ。

 

ちなみにAusbildungを実施する企業は条件を満たした担当者を据える必要があり、その制度に対するきっちりした法律もあるので、企業が好き勝手やれる研修ではない。

とまぁこんな感じで、社内教育に期待できないぶん、「就職弱者の若者でもこの教育を受ければスキルを公的に証明できるよ」という道が用意されているのだ。

 

ジョブ型は「スキルアップは自己責任」と丸投げする大義名分ではない

ちょっと話は変わるけど、みなさん、ユーロ危機直後のスペインの若者の失業率をご存じだろうか。

4割ですよ、4割。全体失業率が2割だったのに対し、15歳~24歳の若年層の失業率はその2倍。

 

ジョブ型は仕組み上、若者は就職弱者になる。

だから大学教育と紐づけて就職先を見つけやすくしようね、職業教育中の低賃金でも生活できるように家賃補助出そうね、とかそういうふうになっているわけだ。

スキルを身につけて証明する手段がなければ、ジョブ型社会では仕事が見つからないから。

 

で、「じゃあ日本は?」という話に戻る。

同一労働同一賃金で社内教育も少なくなったら若者はピンチなわけだけど、下積み中の若者の生活を保証する仕組みがちゃんとあるんだろうか。

リスキリングだのなんだのと言ってるけど、学んだ知識・技術を公的に証明する仕組みが用意されているんだろうか。

 

いやまさかね、お金出してネットで講座を10時間くらい見て、その修了証がステータスになったりしないよね?

リスキリングのために休職して大学に入学しなおした人の生活を保証する社会福祉が、ちゃんと用意されてるんだよね?

……だよね?

 

時代の変化に伴ってジョブ型への移行が必要。これはわかる。

でもポテンシャル採用しておいて、「社内教育はしないので自分でスキルアップしてね」と丸投げすることを「ジョブ型」って呼ぶのはちがうでしょう。

 

スキル重視の採用をするなら、事前にスキルを磨く環境がなきゃムリゲーじゃないか。そこもセットで考えないと。

ジョブ型は、若者を育てる余裕がなくなった企業が、スキルアップを自己責任にして労働者に押し付けるための大義名分じゃないんだから。

 

ジョブ型への移行は、経済界だけでなく教育界の改革が必須

女性活躍って言い始めて、いったい何年経ったんだろう。

 

「保育園落ちた日本死ね」が2016年で、103万円の壁が見直され始めたのなんて、2024年の最近になってからだ。

保育園の確保や男性の育児休暇の制度化、扶養控除のあり方など、そういった制度の見直しがないまま「女性も働く社会だー!」って見切り発車した結果がいまの惨状なわけで。

 

改革には時間がかかる。

だからこそ、ジョブ型に移行するのであれば、先んじて仕組みを整えておくべきなんだよ。スキルを公的に証明できて、若者が手に職をつけられるような仕組みをさ。

 

ジョブ型の「能力を活かしてキャリア形成」といういい面だけアピールするのはズルい。裏を返せば、「能力がないやつはノーキャリアのままずっと低賃金で働く」って意味なんだから。

日本から若者が減っていくことを考えれば、就職弱者の若者でも「仕事が見つからない」ってことはないとは思う。でもジョブ型でノンスキルのまま就職しても、あとがきついだけ。

 

年功序列がないぶん給料は上がらないし昇進もしない、でもOJTもないからスキルは身につかない、スキルアップするために身銭を切って学んでも給料が上がる保証はない、ってなって詰むからね。

だからこそ、ジョブ型に移行するのなら、若者がスキルを身につけるための時間的、金銭的猶予を作ってあげないと。

 

経済界と政府が協力してジョブ型にしていくんじゃない。

協力すべきなのは、政府はもちろん、経済界と教育界なんだよ。

ジョブ型は、企業内組織改革じゃなくて、国全体の社会改革なんだから。

 

 

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【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

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