「あれ?おかしいな。前は売ってたのにな」

子供がランドセルにつけるようなシンプルな防犯ブザーが欲しくてホームセンターに立ち寄ったのに、目当ての物は無かった。

念の為に学用品のコーナーも探してみたけれど、やっぱり無い。

 

防犯ブザーって、もはや売れない商品なのだろうか。子供の数が減っているし、近頃の子供はブザー付きのキッズ携帯を持っているから、もう需要がないのかもしれないな。

 

ホームセンターの売り場を見渡してみると、防犯よりは防災グッズの売り場が広くなっているし、学用品コーナーよりも介護用品コーナーの方が充実している。世相を反映しているのだろう。

 

やれやれ。近頃は体感治安が悪くなった。だからわざわざブザーを買いに寄ったのに、手に入らなくてガッカリだ。

と言っても、決して実際の治安が悪いわけではないのだけれど。

 

それでも、治安はこれから悪くなるに違いないのだ。

今は物騒な事件と無縁のように思われる地方においても、きっと。

 

そんな不安に囚われたのは、つい先日、若者たちと交わした会話が原因だった。

「あぁ、事務員さん、どうも。ちょっといいっすか? 聞こうと思ってたことあるんすけど」

勤め先の商店街を歩いていたら、ふいに老舗喫茶店の店主に声をかけられた。老舗喫茶店の店主といっても、一年前に店を継いだばかりの若い兄ちゃんである。

 

元の店主は高齢で、癌を患い、当初は閉店がアナウンスされたのだが、その兄ちゃんが「老舗の看板をなくしたくない」と申し出て、脱サラして跡を継いだのだ。

店主との血縁関係はないらしいが、近頃はこうした第三者による事業承継が珍しくない。

 

「あの、こういう財布って、そこにあるブランド品の買取店で買ってもらえるんすかね?」

そう言って彼が鞄から取り出したのは、しっかりめの使用感があるルイ・ヴィトンの長財布である。状態が良いとは言えないけれど、ヴィトンはヴィトンだ。偽物でないなら多少の値はつくだろう。

「そうねぇ、ヴィトンなら大丈夫じゃない?そこの店なら商店街の仲間なんだし、少しは高く買ってくれるかもよ。もしああいう店に入ったことがなくて、入りにくいなら一緒に行こうか?」

「あ、じゃあ、いいっすか? すいません」

 

最近はブランド品と貴金属の買取店がやたらに増えているが、彼を連れて行った買取店は、地元の老舗で、商店街の古株だ。

ウィンドウやショーケースには、誰でも名前を知っているハイブランドのバッグや財布、腕時計とジュエリーが並べられている。査定を待っている間、彼は珍しそうに店内をうろついてブランド品を眺め、「ふ〜ん」とか、「すごいっすねぇ」と声を上げた。

 

友人のお下がりだという財布は本物だったようだが、やはりヴィトンといえど使用感が目立つということで、買取価格は6000円にしかならなかった。それでも

「全然それでいいっす。助かります」

と言うので、そのまま買取の手続きをしてもらう。

 

手にした6000円を鞄にしまう彼に、

「良かったね。じゃ、行こっか」

と声をかけると、彼は改めて店内をぐるりと見渡した。

そして、「こういう店って危ないっすよね」と、唐突に言った。

 

「え?」

何だよ、いきなり。

「こういう店が狙われる強盗事件のニュースって、最近多いじゃないっすか」

「あぁ、うん。都会はね〜、そういうニュースがあって怖いよね」

やめろよ、お店の人の前で。

「べつに都会だけの話じゃないっしょ? これからはこの辺も危ないっすよ」

いいから黙れよ、コラ! お店の人が嫌そうな顔して見てるだろ!

 

「あははは。やだなぁ、もう。怖いこと言わないでよ〜。ほら、行こっ」

私は慌てて彼を店の外に押し出したが、外に出てもまだ「いや、こういう店はヤバイっすよ」と言い募った。しつこいわ!

 

この商店街は人通りが少ない上に、その買取店は老舗なだけあって、店主もスタッフも高齢なのだ。確かに、もし犯罪グループに狙われでもしたら、ひとたまりもないだろう。

しかし、それを店内で口に出すのはデリカシーが無さすぎる。

 

空気の読めない困った兄ちゃんとバイバイした直後、今度は商店街に新しくできたカフェで、雇われ店長をしている女の子に声をかけられた。

「事務員さ〜ん!あの、仕事やめちゃうって聞いたんですけど、本当ですか?」

「あぁ、うん。そうなの」

 

「なんでですか?」

「そうねぇ。理由は一言じゃ言えないけど、でも長い目で見たら、私がいない方がこの街のためでもあると思うのよ」

 

「そんなことないです。事務員さんがめちゃくちゃ仕事してくれたから、短い間にすっごく街が綺麗になったし、夜も明るくていい感じです」

「ははw 私はただ、放ったらかされてたことを片付けただけ。けど、そもそも街が荒れてたのは、この街の人たちが事務員になんでもかんでも任せっぱなしなのがダメなんだよ」
「そうなんですか?」

「そうだよ。本来は、ただの雇われ事務員がそこまですることないんだもん。街をちゃんと管理して、街の魅力や活気を維持することで利益を得るのは、この街に土地と物件を持ってる地権者なんだから。なのに彼らは何もしないの。金持ちのくせに」

 

「え〜、そんな金持ちなんですか?」

「金持ちだよ。みんな高度経済成長期からバブル時代に稼いで、資産を貯めて、悠々自適の暮らしを送ってる。お金も暇もあるのに、街路灯の電気代やアーケードの修繕費さえ出し渋るんだから。そんな人たちが持ってる資産の価値を守るために、こっちが安月給であくせく働いてるのがバカバカしくなってくるよ」

 

「うわぁ〜」

「だから辞めるの。私がこのままここに居て、いつまでも便利に働いてると、この街の人たちは『任せておけばいい』って思うでしょ?私が辞めて、このままじゃダメって分からせないと、いつまでも変わらないから」

 

「めちゃくちゃ沁みます。良いお話が聞けました。実は、私も似たような立場で、似たようなことで悩んでる最中なんです。私も放っておかれて、色々と任されて、どんどん責任と仕事を増やされてしまってて。でも、そこまでの仕事を求められるのも、責任を負わされるのも違うんじゃないかって」

「本来は店のオーナーがやるべき仕事までやらされてるのね。能力があって、できるからやってしまってるけど、それで扱いが変わるわけでも、給料が増えるわけでもない。
あなたのアイデアと努力でお客さんが増えても、自分には何も還元されないんじゃ、モチベーションが上がらないって感じ?」

 

「そうです。なのに、もっと頑張れって」

「それは辛いね。そもそもこの街で商売を頑張れって言われても、限度があるやん。高齢者ばっかりなんだから」

 

「そうなんです!」

「お金を持っているのは高齢者なのに、高齢者には消費意欲がないから、物もサービスもなかなか売れないよね。逆に、若い人たちは消費したいのにお金がないし」

 

「そうそう!本当にそう! 私たち、べつに浪費したいわけじゃないのに、普通に暮らすためのお金もないんですよ!」

そう憤る彼女の顔には、一本のシワも一点のシミもない。50歳に近い私ですらこの街では若者の部類に入るのだが、目の前の彼女は本当に若いのだ。

 

さっきから彼女の隣で、ずっと黙って紙タバコをふかしていたイケメンが、

「自己犠牲はよくない」

と、急に声を発した。

「若い俺たちが犠牲を強いられてると、このあたりの治安も悪くなりますよ」

 

えっ?

「だよねー! 私もそう思う! 最近、めっちゃ強盗事件のニュースやってるじゃないですか。高齢者が狙われるやつ」

「あぁ、うん。都会はね〜、そういうニュースがあって怖いよね」

 

あれ? さっきも言ったな、このセリフ。

「都会だけの問題じゃないですって! この辺でも絶対そのうち強盗がおきますって!」

あら? さっきも聞いたな、似たようなセリフ。

若い二人は、しきりに「だよね」と頷きあっている。

「高齢者ばっかりお金を持ちすぎなんですよ。こんな世の中じゃ、強盗が起こるのも当然っていうか、分かるもん」

「本当そうだよな」

そう話す彼らの声には怒気が含まれている。私は返答に困り、誤魔化すように笑いながら

「そうかもしれないね。でも、物騒なことを考える前に、とりあえずあなたはオーナーに待遇の改善と昇給をかけあってみたらどうかな? それでダメなら、転職を考えればいい。あなたは若いし、仕事もできるし、より良い条件で働けるはず」

と提案をしてみる。

 

「そうですね。もう自己犠牲はやめます」

「うんうん。じゃあね、頑張って」と手を振って、彼らを背にして歩き始めてから、そういえば次の日曜日は衆院選だと気がついた。

「今の社会の仕組みに不満があるなら、選挙に行こうね」って、あの若者たちに言えばよかったな。

 

今のうちに政治が若者の苦境をどうにかしないと、いくら闇バイトの取り締まりを強化しても、若者が高齢者から暴力的に金銭を奪おうとする事件は、これからも増え続けるのかもしれない。

地方もそれと無縁ではない。むしろ、すでに住民のほとんどが高齢者ばかりの地方こそ、これから格好の狩場になるのではないかと思うと、背筋が震えた。

 

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

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Twitter:@flat9_yuki

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