35度超えの暑さが続いたこの夏、エアコンの設定温度を18度、風量を最大にしても部屋がほとんど冷えないという危機に見舞われることがあった。
冷たい風のようなものはチョロチョロ出るが、エアコンの真下に立っても涼しくない。
フィルター掃除をしても、状況は一向に改善しない。
やむを得ず電器屋さんに電話すると、保証期間内ということで、すぐに修理の職人さんが来てくれることになった。
床を養生し脚立を立てると、何やらセンサーのようなものをポケットから取り出し、エアコン周りを手際よく探るおっちゃん。
「原因はほぼ特定できました。これ、内部の送風ファンに汚れがこびりついていて、冷たい風を送り出せない状態で間違いありません」
「すごいですね、バラさずにそんなことまでわかるのですか?」
「送風口からわずかに出てる風を測定すると、19.8度と十分冷たいんです。つまり冷却機能の問題ではなく、送風機能の問題と推測がつくんです」
「へー、そんな感じで、消去法で問題点を探るんですね!」
「はい、加えてリビングのエアコンって、油汚れなどで送風ファンが詰まりやすいんです。間違いないと思います」
状況をわかりやすく説明してくれる職人さん。
しかしそこまで言うと、少し困った顔をしながらこんな事を話し始めた。
「で…、申し上げにくいのですがこれ、エアコンの故障では無いので、保証対象外なんです。掃除をしたら間違いなく直ると思いますが、私が掃除をしたらお金掛かっちゃいます。どうしましょう」
「この暑さなので、多少の出費はやむを得ません。ちなみに掃除ってどうやるんですか?」
「そうですね…、では今回は私が手取り足取り説明しますので、そのとおりにやってみて下さい(笑)」
そして一緒になってエアコンをバラし始めるのだが、その時、こんな事を考えていた。
(職人さんのスキルも会社経営も、結局同じことか…)
「おかしい、何かが潜んでる」
話は変わるが、かつて中堅メーカーでCFOをしていた時のことだ。
経理の若い社員がある日、こんな事を話しかけてくることがあった。
「桃野さん、ちょっといいですか。今年に入ってから、車両費が妙に高いことが気になってるんです」
「ん?どういうことや」
「前年実績では、毎月平均50万円程度だったんですよ。それが今年に入ってから、55万円~60万円になる月が目立つんです」
なるほど、車両費で出ていくものなど、社用車のメンテや税金、ガソリン代くらいのもので、大きな変動が発生するようなものではない。
修理代のような単月要因ならわからなくもないが、高止まりする理由がない。
そのため会議室に場所を移し、こんなリクエストをする。
「金額にして毎月わずか5万とか10万円か。だからこそ怪しい匂いがするな。調べられるか?」
「はい、去年との差分を証憑ベースで洗い出します」
「さすが、理解も仕事も早いな。なる早で頼む」
翌日、すぐに結果を持ってきてくれる。
前年と比較して増加していたのはガソリン代と、車両用の備品類であった。
しかし営業にのみ使う社用車で、走行距離にそこまで大きな変動など発生するわけがない。
加えてガソリン単価はむしろ、前年よりも下がっていたほどだ。
なおかつ備品類も、営業車に設置されている気配はないという。
「何かおかしいのは間違いないな。ガソリン代の精算って、どういう仕組みでやってるんや?」
「プリペイドカードをストックしておいて、申請があれば渡すようにしています」
「給油の頻度が多い社員は割り出せるか?」
「はい、給油記録を出させてますので。誰が出した明細かも記録してます」
そしてこれら記録を突き合わせると、すぐに状況がわかった。
今年に入ってから、一人の営業社員の給油頻度が不自然に高い。
そのため彼を呼び出すと、単刀直入に言葉をぶつける。
「間違ってたら本当に許して欲しい。自家用車か私用車に、会社のプリペイドカードで給油してないか?」
「…なんでそんなこと聞くんですか」
「営業車の走行距離から考えて、使えるわけがない量のガソリンを給油してる記録がある。あとアクセサリー類も、社用車のどこにあるか教えて欲しい」
「…なら私も言いますが、まともな昇給もない会社も悪いですよね?」
「そうか、そうやな。それは謝る。で、いつからどれくらい、不正行為をしていたのかを説明してくれへんか?」
すると彼は、生活が苦しくせめて家の車のガソリン代くらい会社に支給してもらってもいいだろうと、軽く考えたこと。
アクセサリー類も同様に思ったことなどを語り、謝罪の言葉を口にし始めた。
そのため、一旦家で謹慎しているよう告げて、その日は帰らせることにする。
しかしそれでもまだ解せない。
一般家庭でのガソリン代など、遠乗りを繰り返してもぜいぜい3万円くらいだろう。
アクセサリー類を考えたとしても、5~10万円に届かず数字が合わない。
すると後日の聞き取りで、彼は自分の車だけでなく、友人の車にまで給油していたことを話したそうだ。
状況から考えて、おそらく実質的に換金行為をしてたのだろう。
残念なことではあるが、悪質性から考えて全額を会社に返金させた後、彼を解雇した。
改めて思うことだが、「数万円くらいならバレないだろう」と不正行為に気軽に手を染める人は、深刻なレベルで想像力が欠如している。
経理や財務が機能している会社であれば、どんな小さな数字であっても、異常値に気が付かないはずなどないからだ。
私自身、CFOになり特に力を入れたことは、全ての数字について、各リーダークラスに以下のように把握するよう求めたことだった。
・前月と比べてどうか
・前年同月と比べてどうか
・平均的な数字とのブレはどうか
数字は不思議なもので、単月だけをみても
「なんとなく多め」
「きっと少なめなはず」
といった“印象”にしかならない。
しかし期間や変動幅などの“流れ”で見ると、
「今月の材料費は前月比で5%、前年同月比では8%も増えているのか。おかしい、何かが潜んでるな…」
というように、「主語を含めた定量的な分析」になって、危機感が生まれる。
そういった仕組みの中では、わずか5万円の不正であっても決して見逃されることなどない。
とはいえ、さすがにCFOの職責では、このレベルの不正に気がつける可能性は正直高くなかった。
そんな中で、若手のリーダークラスが “異常値”を見逃すこと無く対応してくれたことは、本当に誇らしい出来事だった。
若い社員の成長って、こんなにも嬉しいことなのか-。
そんなふうに思えた、今も忘れがたい想い出の一コマだ。
「自分でやってみましょう」
話は冒頭の、エアコン修理の件についてだ。
職人さんのスキルと会社経営について、一体なにを同じことだと思ったのか。
「エアコンは、バラすよりも元に戻すほうが大変なんです。よく覚えといてくださいね」
「はい」
「まず、そこの突起を左にスライドして下さい。そのあと、下に押し込みながら手前に引いて下さい」
「こうですか?」
そんな会話をしながら作業すると、エアコンはみるみるパーツになっていき、見たことのない内部が露わになっていく。
「ほら、そこが送風ファンです。汚れがビッシリでしょう?」
「本当ですね…」
「はいこれ、ファン掃除用のブラシです。これで削り落として下さい」
そして送風ファンをキレイにすると、後はバラしたパーツを元に戻す番だ。
この時も手取り足取り説明してくれたので、程なくしてエアコンは元の姿を取り戻した。
スイッチをいれると、寒くなるほどの冷たい風が大量に吹き出すエアコン。
それにしても、エアコン修理のオッチャンに来てもらったはずなのに、脚立に昇って“修理”をしているのはなぜ自分なんだというシュールな光景に、思わず口元が緩む。
「はい、直りましたね。直したのは桃野さんですから、今回の修理代は不要です。保証の範囲内の作業ということで処理をしておきますね」
「ありがとうございます!本当に勉強になりました。これから同じような不具合が起きても、自分で対処できる自信がつきました」
「そうして下さい。簡単なことはお客さん自身でやるに越したことはありません」
改めて思ったことだが、この職人さんは顧客を“教育”し、本当に必要な時だけ自分が来ることで、Win-Winの関係を作ろうとしてくれている。
家電の困り事があったときは、次も必ずこの職人さんに来てもらおうと思えた、とても印象的な出会いになった。
そして話は、CFOとして取り組んだ会社の仕組みづくりについてだ。
財務の大事な仕事の一つは、先述のように、会社の状況を定量的に把握できる仕組みを作ることにある。
問題のある箇所さえ可視化できれば、それはもう解決したのと同義といっても良いのだから当然だ。
それはあの職人さんも同じことで、“ブラシ掃除”のような低付加価値の仕事で小銭を稼ぐような領域で仕事をしない人なのだろう。
説明すればわかるようなレベルの仕事は、惜しげもなく顧客にノウハウを提供する。
そうやって信頼関係を築いてこそ、高付加価値の仕事も依頼される関係になれるということだ。
結局のところ、皆が自立・自律してこそ会社や社会は、それぞれが専門的な知見を積み上げ、付加価値を上げていくことができる。
夏の暑い日、とんでもないトラブルに見舞われたと思った“事件”だったが、逆に素晴らしい学びを頂いた、貴重な経験になった。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など
昨日まで冷房だったのに、今日は暖房とかおかしい…
秋はどこに行ったの(泣)
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